つぶやきコミューン

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山口つばさ『ブルーピリオド 5』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本  文中敬称略

 

 

美大生になるにはどんな訓練をして何を身につければばいいの?その競争はどのくらい厳しいの?どんな壁があってどんな風に乗り越えればいいの?そんな疑問に対して、論より証拠、正面から答えてくれるコミックが山口つばさ『ブルーピリオド』だ。

 

矢口八虎は、ヤンキーだが、学校の勉強も手を抜かず成績は優良、その上空気の読める人気者。逆に言えば、大人に対しても、友人に対しても、相手の価値観に合わせて生きることで、日々を快適に過ごしていた。しかし、高校二年生の六月、美術の授業で青い色をした朝の渋谷を描き、先生や周囲に認められたことより、絵画の世界にひかれるようになる。そこには、自分だけの世界があったのだ。やがて女装男子のユカに誘われて美術部にも入部、さらには美術の予備校へも自腹で通い始めるようになる。家庭の事情を知り尽くしている八虎が目指すのは東京藝大一本のみ。通常年間160万円かかる美大も、東京藝大なら50万で済む。しかし、東京藝大の絵画科は倍率30倍という日本一の難関学部だった。

 

それから、一年半、八虎はセンター試験に次ぎ、デッサンによる藝大の一次試験も受験し、自分なりの手ごたえを感じていた。

 

たとえ、一次試験が合格できたとしても、三日間かけて油彩を描く二次試験では、八虎にとって色彩を含む多くの課題が未解決のままだった。合格発表まで3日間、二次試験まで8日間。残されたわずかな日数をいかに過ごすかが合否を左右する。予備校で、教師の大葉が与えた課題を一つずつクリアする中で、八虎は悶々とする。

 

そんなとき、女装男子のユカこと、鮎川龍二の異変に気づく八虎。彼は、藝大の一次試験の課題「自画像」に対して、キャンバスに×印をつけ、不合格になったのだった。予備校の日本画のコースも飛び出し、言葉遣いも女性的となった龍二に一体何が起こったのか?

 

アタシはもう美大にはいかないことにしたから

 

ピンチの龍二を気遣う八虎に対し、龍二は電話でこう言い放つ。

 

君は溺れている人がいたら救命道具は持ってきても海に飛び込むことはしない

 

そして、二次試験の直前に八虎を海へと誘うのだった。友情をとるか、時間をとるか、八虎の選択は?

 

女装男子と言いつつも、ユカ=龍二のアイデンティティーは一定しない。一人称も、「俺」から「あたし」へ、そして再び「俺」へと変化し続ける。

 

さらに、男にふられて泣いたかと思うと次の男をつかまえる。そして、八虎にはずっと好きな女の子がいると告白する。

 

ゲイなのか、バイセクシャルなのか、トランスジェンダーなのか。そうした外側から与えられたアイデンティティーの拒絶こそが、キャンバスに記された×印ではなかったのか。

 

進路についても、日本画を選んだのは、単に祖母が好きだったからで、龍二の才能はファッションの世界においてこそ発揮されるのではなかろうかと八虎は予感する。

 

かくして、八虎も、龍二も、絵を通じて、裸の自分に向かい合うことを余儀なくされる。

 

だが、八虎にとって、運命の時はその間にも刻一刻と迫る。ストレスも最大化し、腕の蕁麻疹は止まらない。

 

嵐の海に漕ぎ出すが如き、二人の姿こそが、青春の痛々しさである。

 

関連ページ:

山口つばさ『ブルーピリオド』1〜3

書評 | 01:38 | comments(0) | - | - |
伊坂幸太郎『シーソーモンスター』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本   文中敬称略

 

 

伊坂幸太郎の最新作『シーソーモンスター』(中央公論新社)は、表題作の「シーソーモンスター」「スピンモンスター」の二作からなる連作集だ。二作は、数十年のタイムスパンこそあれ、前者の主人公が後者でも重要な役割を与えられるという点で、同じ世界に属している。そして、あらかじめのお約束として出会ってはならない二人の出会いがテーマとなっている。

 

「シーソーモンスター」は、1990年代の日本を舞台としたある夫婦とその姑の話だ。製薬会社に勤務する北山直人北山宮子の夫婦は恋愛結婚だったが、宮子には夫には言えないある秘密があった。実は、宮子が直人と出会ったのも、秘密の職業の任務の最中だったのだ。その宮子の不倶戴天の敵というべきなのが、直人の母の北山セツだった。何かと宮子の言動に目を光らせ、冷やかな言葉を浴びせる。止めなく高まる緊張感。そして、ある日、保険外交員の言葉から、宮子は姑に対して、疑いの目を抱くようになる。直人の父親は神社の階段から転落死し、さらにその目撃者も謎の死を遂げたというのである。その真相を暴こうとする宮子に、次々と危機が迫る。そして、夫の直人にもまた。果たして、ことの真相は?

 

「シーソーモンスター」は、一見家族の小説であるかのように見えて、実はハードボイルドな探偵小説に近い世界を扱っている二面性が魅力の傑作だ。物語は夫の直人の視点と妻の宮子の視点より交互に語られるが、最後まで二人の認識する世界は全くの別物なのである。

 

「スピンモンスター」は、同じ悲劇的な境遇に育ち、何かと反目し合うことになった水戸直正と、檜山景虎の物語だ。というも、二人は同じ自動車事故でそれぞれの家族を失い、その結果家族同士が裁判でも正面からぶつかることとなったからである。 

 

成人した直正は私立の配達屋の仕事をしている。列車の中で、ある男より託された謎のメッセージを、別の男へ届けただけで、水戸はその男ともども、無実の罪で 警察から追われる羽目になる。その警察の中に、景虎もいたのだった。

 

なんとかメッセージの意味を読み解き、それを実行しようとするものの、彼らの前に追手が立ちはだかる。なぜそんなにも簡単に行方がつかまれてしまうのか。実は、彼らはとんでもない敵を相手にしていたのである。

 

「スピンモンスター」は、AIが社会を支配する2050年代の日本を舞台にした物語であるが、1990年代の日本を舞台とした「シーソーモンスター」の主人公である北山宮子が登場し、その地続きの未来である傍証も示される。一見、同じ逃亡劇である『ゴールデンスランバー』に似ているが、物語の中心は、一種の鏡像関係にある水戸直正と檜山景虎の関係に置かれてる点が異なっている。

 

いずれの作品も、ありふれた日常から、とんでもないスリリングな展開が読者を引きずり回す伊坂幸太郎の魅力が全開の力作である。

 

関連ページ:

書評 | 22:40 | comments(0) | - | - |
篠原健太『彼方のアストラ』 1〜5

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  Kindle版 

 

篠原健太のSF漫画『彼方のアストラ』(全5巻)は、宇宙を舞台とした少年少女の冒険物語だ。2019年の漫画大賞を受賞している。

 

そのストーリーは、大人たちから切り離されて、宇宙で迷子となった9人の少年少女たちが、偶然手に入れた宇宙船で旅しながら自力で帰還を果たすまでの物語、いわば宇宙版「十五少年漂流記」である。

 

ケアード高校の惑星キャンプで、惑星マクバにやって来た9人の高校生たち。

 

運動能力抜群だが、やる気が空回りして浮いた存在のカナタ・ホシジマ

明るいが天然のアリエス・スプリング

プライドが高く周囲から孤立しがちなキトリー・ラファエリ

キトリーの妹でまだ10歳のフニシア・ラファエリ

IQ200の天才ザック・ウォーカー

生物にやたらと詳しいさわやかなイケメンシャルス・ラクロワ

中性的なキャラの少年ルカ・エスポジト

反抗的な一匹狼のウルガー・ツヴァイク

大柄なメガネ子で引っ込み思案のユンファ・ルー

 

大自然の中、この9人だけで5日間過ごすことになっていた。

 

だが、惑星に置き去りにされると間もなく、彼らは謎の異空間に吸い込まれて、宇宙に放り出される。とっさに宇宙服のヘルメットかぶり一命をとりとめ、付近にあった無人の宇宙船に乗りこむことができた。

 

幸いにも、才能に恵まれたメンバーのおかげで、何とか宇宙船は機動するものの、五千光年の距離を旅することとなる。あまりにもできすぎた才能豊かなメンバーのプロフィールだが、実はそこには深い理由があったのだ。

 

しかし、食料や水は数日しか持たず、残りを途中立ち寄った未知の惑星で調達するしかなかった。

 

一見地球に似た食べ物の宝庫、だが恐ろしい生物がいつ襲いかかるかもわからないスリルの連続。捕食されれば命を落としかねない。

 

こじれた肉親の情、屈折した恋愛感情、親や兄弟の因縁が生む確執…個性の強いメンバーゆえに、さまざまなトラブルが生じながらも、しだいに気心が通じ始める。

 

しかし、そんな矢先ある事件が起こり、その犯人捜しで、アストラ号には疑心暗鬼の雰囲気が漂う。

 

さらに、それぞれの生い立ちがわかるうちに、重大な謎が生まれる。なぜ彼らは宇宙をさまよう羽目になったのか?

それは単なるアクシデントではなく、何者かの意志によるものではなかったのか?

 

はたして、9人は無事帰還することができるのか?

 

そして、メンバーの中にもぐりこんだ刺客の正体は?その目的は?

 

一人一人の過去や能力が明るみになるにつれて、空白部分が少なくなるにつれ、しだいにおそるべき状況の全体が浮かび上がり始める。だが、誰かが嘘をしのびこませ、その正体をカムフラージュしているにちがいなかった。

 

さらに、第十番目の乗組員となる人物との出会いによって、世界の真理自体にも重大な疑惑が生じることになる。

 

エンディングに近づくにつれ、明らかになるのは、犯人の正体、その意図だけではなかった。捏造された世界の歴史、その真実の姿も同時に浮かび上がってくるのである。

 

『彼方のアストラ』は、広大な宇宙空間での冒険サバイバルというSFの要素と、密室的状況でのスリリングな謎解きを含んだミステリー的要素が混然一体に融合した傑作コミックなのである。

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