つぶやきコミューン

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小玉ユキ『青の花 器の森 1』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略

 

 

『坂道のアポロン』が映画化された小玉ユキの最新長編コミック『青の花 器の森』は、同じ長崎県の波佐見町を舞台にしたラブストーリーだ。

 

佐世保市の隣町である波佐見町は人口1万四千人、長崎県では唯一海に面していない市町村で、棚田と波佐見焼で知られている。中尾山には多くの窯元が集まり、桜陶祭の開かれる四月には全国から来た大勢の人で賑わいを見せる。

 

次の波佐見町のビデオは、そのまま『青の花 器の森』の背景の解説になっている優れものだ。

 

 

主人公の馬場青子は31歳。波佐見で生まれ育ち、波佐見焼の窯元の一つで働いている。ふだんは髪を後ろに束ね、丸い眼鏡をかけて目立たなくしているが、かなりの美人で、スタイルもいい。細面なのに、アラレちゃんのような大きな黒目がチャームポイントだ。性格は天然で整理整頓は苦手、趣味は食べること、特に甘いものに目がない。

 

そこへやってきた一人の青年。真鍋龍生。長身でかなりの「イケメン」だが、表情は平坦で、感情に起伏がなく、人との間に壁をつくりがち。この窯に来て早々に一年で止めるつもりと、全く空気を読むそぶりも見せない。

 

だが、彼はただ者ではなかった。器をのせた長い板をバランスよく持ち、その器の出来も上々。青子は、その言動にはムカつきながらも、彼がつくる一輪挿しと手の仕草に魅せられ、思わずその器に絵付けをするイメージが浮かぶ不思議な体験をする。

 

だが、絵付したい由を伝えると、絵付しない方がいいに決まっていると、龍生に秒殺されてしまう。

 

そして、窯元でも意見が二分したため、二人の意見のどちらが正しいか、雌雄を決することになる。。

 

はたして勝敗のゆくえはいかに?

 

前作の『月影ベイベ』で富山県八尾市のおわら踊りの世界、そのしぐさの一つ一つに、複数の世代の恋の記憶を込めて描いた小玉ユキは、この『青の花 器の森』でも、ろくろによってつくりだされる波佐見焼のかたち、その上に描かれる絵付の模様、そしてそれをつくりだす男と女の手の動きに、繊細な感情の世界を凝縮的に表現しようと試みている。

 

言葉の上では対立し合う青子と龍生だが、しだいに焼き物を通じて、互いの存在を認め合うようになる。龍生が器に触れる時に、青子が感じる不思議なときめきは恋の一歩手前だ。

 

なんなの あの手

器触っているだけなのに

優しくて

色っぽくて

 

まるで

 

見ちゃいけないもの

見ちゃったみたいに

 

ドキドキする

 

だが、龍生にはいくつかの語られざる秘密があった。克服しきれていない火に対する恐怖心、海外に出たものの自分の器がつくれなくなって、一からやり直すために帰国したこと。そして…。ふれれば壊れそうな器のようなもろさを、龍生の過去ははらんでいるのではなかろうか。

 

『青の花 器の森』は、男女の繊細な感情のドラマを通じて、いつの間にか読者を波佐見の町と、焼き物の世界まで、好きにさせてしまうような不思議な力を持った美しい作品である。

関連ページ:

小玉ユキ『坂道のアポロン』1〜10

書評 | 01:32 | comments(0) | - | - |
堀江貴文『健康の結論』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本   文中敬称略

 

 

自殺、ガン、脳梗塞、心筋梗塞、毎年大勢の人が、若くして、命を落とす。メディアを賑わせる有名人の死は、氷山の一角にすぎない。その中には、実は避けることが可能であった死も少なくない。もっと早期に発見していれば、医師に相談していれば、定期的に健康診断を受けていれば、AEDが近くにあれば、防げた無数の死がある。

 

堀江貴文『健康の結論』(KADOKAWA)は、そうした防げる死を防ぐための、オールラウンドなガイドと言える一冊だ。

 

もちろん、いかに情報通であろうと、堀江貴文は医学の分野の専門家ではない。だから、各章ごとに各分野の専門医師のサポートを受けながら書かれており、聞きかじりの話を思い込みで発展させ、トンデモな情報が紛れ込むリスクもない。

 

防げる死の中で、最初に取り上げるのは自殺だ。日本での自殺者の数は、世界的にも高いレベルで、特に若者の自殺は深刻だ。

 

死にたいと訴える人は、実は辛さが和らげば実は生きたい人である。

 

 特に注目すべきなのは、15〜39歳の死因では「自殺」が事故やがんなどを上回り、15〜34歳の自殺率は事故による死亡率の2.6倍に上ることだ。先進7か国で「自殺」が「事故死」を上回るのは日本だけである。p56

 

どのような理由で人は自殺に至るのか、そのトリガーとなるものは何か、自殺する人の特徴はなどを明らかにしながら、そのリスクを減らす方法を考えてゆく。そこで突き当たるのは、自殺する人は、「辛いときに人の助けを求めない」という傾向だ。

 

周辺のサポートが何よりも大事だが、それでも一人で抱え込むのは禁物。共倒れの可能性もあり、必ず専門家の意見を仰ぐのがよい。

 

□死にたいと言われたら、ワンオペではなく、チームで支えよう。p74

 

続く第3章で扱うのは、心筋梗塞や脳震盪などの「心臓突然死」である。心臓突然死は、早期の適切な措置があれば、蘇生できる可能性がきわめて高いとされている。

 

119番通報で救急車を呼んで救命措置を行っても、9、2%の人間しか助からないが、心臓マッサージを行えば16.1%に、AEDを使えばなんと54.0%の人を救うことができるのだ。

 

どれだけ社会にAEDとその使い方を浸透させるかで、心臓突然死の数は目に見えて減らすことができるということである。

 

しかし、AEDは一台30万円とまだ高価である。大容量のバッテリが値段を引き上げているが、ほんの数回使える簡易的な仕様にすればもっと値段を引き下げることができれば、もっと多くの人が助かるだろう。クラウドファンディングで安価なモデルの量産をめざすなら、解決はすぐ目の前にある。

 

そして、次の第四章は、昨年一年間で37万8千人が亡くなったガンがテーマだ。すべてのガンに対策が可能なわけではないが、胃がんの多くはピロリ菌が原因であり、肝細胞がんの多くは肝炎ウイルスの感染による。また、比較的治癒しやすい大腸がんはポリプの発見によって、早期発見・治癒につながる。

 

  大阪国際がんセンターの調査によると、ポリープを2個以上持つ人は、持っていない人に比べて7倍も大腸がんになりやすく、摘除しても他の場所に再発するリスクが多いそうだ。

  たとえポリープが見つかったとしても、実際にがん化するには数年かかる。そのため最低でも2年に1度、できれば毎日、便潜血検査を受けておけば手遅れになるようなことはまずないと言ってもいい。p108

 

さらに第5章では「脳卒中」(「脳梗塞」「脳出血」「くも膜下出血」の総称)をいかに減らすかがテーマ。脳卒中の場合には、早期の適切な措置が必須で、そのためにも初期症状を見逃さないことが重要となる。この分野では、生活習慣の改善がダイレクトにリスク軽減につながる。

 

第6章は、日本が特に対策が遅れている子宮頸がんなどの原因となるHPV(ヒトパピローマウイルス)を扱うほか、望まない妊娠を予防する「アフターピル(緊急避妊薬)」も紹介する。

 

第7章は、単に入れ歯になるだけでなく、脳卒中や心疾患にもつながる歯周病の予防がテーマ。いったんかかってしまうと、歯磨きや、歯科医の治療でも完全な除菌は困難と言われる。脳卒中や心疾患だけでなく、糖尿病や肺炎、早流産にもつながりかねず、そのリスクはいくら強調しすぎてもしすぎることはない。

 

第8章の「ホリエモンの予防医療サロン」では、1日3〜4時間の短い睡眠時間で日本でも最も働きすぎと言われる落合陽一の健康診断を例に、働き盛りの人間の健康管理を考える企画だ。危ないんじゃないという堀江のツッコミに、落合は健診データや医者の談話を盾に切り返すやりとりが面白い。

 

堀江 大丈夫? このままいくと死ぬよ?

落合 そう、だから、ちゃんと定期健診は受けてるんですよ(笑)。

p206

 

このようにして、日本人の主要な死因につながることで、防げる死を格段に減らすことを目的にしているのが『健康の結論』である。個別にがんだけ、歯だけ、心臓疾患だけを扱った本は多いが、自殺まで含めて、専門医のアドバイスを一冊にまとめた本は類がないし、各章ごとのまとめもチャート式の受験参考書のようにわかりやすく、ときどき見返すのにもちょうどよい。HPVなど社会的な議論の詰めが残っているものもあるが、大半の結論はあまりに正しすぎて異議を唱えることが困難だろう。本書が多くの読者を獲得し、その提案の一つ一つが社会的に浸透することは、間違いなく、未来豊かな若者や、働き盛りの人の死を、減らすことに直結することだろう。

 

関連ページ(堀江貴文の近刊レビュー):

堀江貴文『堀江貴文の本はなぜすべてがベストセラーになるのか?』

堀江貴文『多動力』

山口つばさ『ブルーピリオド』1〜3

JUGEMテーマ:自分が読んだ本  文中敬称略

 

 

山口つばさのコミック『ブルーピリオド』1〜3(以下続刊)は、ある日突然絵画の道に目覚めた高校生の美大へのチャレンジストーリーである。ブルーピリオドのタイトルは、パブロ・ピカソの「青の時代」(1901-1904)から来ているが、同時に青春時代の内にほとばしるほの暗い情熱の世界をも表している。

 

矢口八虎(やぐちやとら)は高校二年生。茶髪のヤンキーでありながらも、学力は優秀で、友達にも恵まれ、周囲の好感度も高いリア充の高校生活を送っていた。けれどもテストの得点アップも人付き合いの円滑さも、すべてが周囲に合わせ、褒められるためのもので、そこに自分で選んだ価値観はなかった。

 

ヤンキー仲間とサッカーの試合を観ても、心に残るのは虚しさだった。

 

そんな八虎の生活を変えたのが、美術との出会いだった。

うっかり美術の教室に落とした煙草の箱を取りに行ったときに見た美術部員の大きな絵に何か惹かれるものを感じ、それを見とがめた女装男子の友人、ユカこと鮎川龍二につっかかるうちに、顔を出した美術の女性教師佐伯に言われた言葉が、心にひっかかるものを感じた。

 

矢口さんは周りに少し気を遣いすぎるところがあるように見えます

私はね

世間的な価値じゃなくて君にとって価値があるものが知りたいんです

美術の授業は寝ていて構いません

でも「私の好きな風景」まだ手つけてないでしょう?

矢口さんがみんなに言いたい景色を教えてください

 

八虎は、本気で課題の絵を描こうと思う。彼が描いたのは早朝の渋谷の風景だった。

 

どうしたら あの

眠い空気の中の

少し眩しいような

でも静かで渋谷じゃないみたいな

一日の始まりのような

これから眠りにつくような

青い世界

 

その青い絵に込めたメッセージが教師や友人に伝わったことで、不覚にも八虎は涙を流してしまう。

 

その時生まれて初めて 

ちゃんと人と会話できた気がした

 

このことをきっかけに、八虎は美術部に入部し、美大進学をめざすようになる。

教師の与えた課題を次々にクリアして、急に上達するようになる。

 

けれども、美大進学はお金がかかる。家庭に余裕のない八虎が目指したのは、最難関競争率二十倍の東京芸術大学だったのだ。

 

かくして、遠近法、鉛筆の削り方一つ知らない龍二の、絵画三昧の毎日が始まる。

最大の難関は、絵はあくまでも趣味で、普通の大学へ進学すると信じて疑わない母親の説得だった。

 

遅れてきた美大志望生を主人公にすることで、『ブルーピリオド』は絵画のいろは、美大受験の基礎知識といったものを、一つ一つ八虎に習得させる中で、絵画に疎い読者でも、しだい絵のいろやこの世界の内部事情に通じるようになる。

 

そして、龍二や予備校で知り合った高橋世田介など、八虎よりも先を行く優れた才能の持ち主たちのそれぞれの蹉跌をも同時に描きながら、読者は、この世界の厳しさ、奥深さを知ることになるのである。とりわけ、登場する他のどの女子よりも際立って美しい女装男子鮎川龍二は、八虎以上にキャラ立ちして魅力的である。

 

芸大受験物では、主人公との比較上、多くの学生の作例を示す必要がでてくる。個性の異なる才能の絵を一人で描くには限界があるため、多くの芸大生が動員され、作例を提供し、それが作品世界の奥行きにつながっている。

 

『ブルーピリオド』は、単に芸大志望の学生だけでなく、クリエイティブな世界に惹かれる人、絵画に詳しくなりたい人、人生の岐路に立ち進路に迷う人、それぞれに豊富な考える材料を提供し、前に進む力を与えてくれる傑作コミックである。

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