文中敬称略
幻冬舎より『News Picks Magazine』が創刊された。質量ともに大変充実した内容で、今後もこの内容を維持できるのか、心配になるほどの充実ぶりだ。
創刊号にあたる『News Picks Magazine Summer 2018 vol.1』は、表紙を飾る落合陽一のロングインタビュー「日本文化再興戦略」と「ニューエリート50」、「ポスト2020の世界と日本」の三本柱で構成されている。以下、落合のインタビューと雑誌全般の評価について簡略にまとめたい。
■落合陽一「日本文化再興戦略」
落合陽一が取り上げるのは、明治時代に『武士道』を書いた新渡戸稲造や、『茶の本』の岡倉天心らのはたした役割だ。正しい紹介というよりもその時代に合った紹介の重要性。
こうした仕事を、新渡戸や岡倉が明治時代で行ったおかげで、過去100年以上にわたり、「日本には独自の美的感覚とプレゼンスがあると思われてきました。それこそが、今我々が持っている文化の多くを占めていると思います。p8
さらに、鈴木大拙、吉田松陰、福沢諭吉らの名を挙げた後、現在の日本のグローバルとローカルの和解、デジタルのプロセスとアナログのプロセスの和解と位置づけ、一種の撤退戦を強いられるこの時期、明治時代と類似したアプローチが必要とする。
今の日本は、時代にコアがない時代、だから何でもいいので、とりあえずの叩き台を提示することが必要と落合は言う。
別にたたき台が正解でなくてもいいのです。外れてもいいので、まずは問題提起しないといけません。それなのに、真に賢い人は問題提起をせずにササッといなくなってしまうんですよね。p9
日本人がわびさびを忘れたことは、経年劣化したマンションがヨーロッパとは逆に値段が安くなることにも表れている。服も同様だが、メルカリはものをあまり捨てなかった江戸時代への回帰の萌芽かもしれない。
そして新しく思想を作る上でのヒントとして、モノを作りながら語ることという自説を展開する。
語るだけでなく、語りながらものをつくれるか。自分で語れる歴史をちゃんとつくれるか。全員にとって正しい歴史でなくてもいいので、自分の観点で語れる自分史をどれだけ持てるかーーー自分のコンテキストが問われているのです。p9
重要なのは、茶道でも、華道でも、野球でも、アートでも何でもいいので、各人が自分自身の道(way of life)を持つこと。そのために必要なのは何だろう。
深い集中とアウトプット量。その中で感性を自分なりに磨いていくことです。p12
さらに鑑賞の必要性や、ビジネス=アートと見る考え方などが展開されるだろう。
■ニューエリート50人
50人の日本の、そして世界のキーパーソンの紹介だが、政治、ビジネス、テクノロジー、アート、スポーツなど多岐にわたる。ただ、情報の質や量はバラつきがある。以下、50人の名前を列挙するが、ページ数は( )内の数字で示す。また、記事の末尾ではバーコードからNewsPicks本体の記事に飛ぶことができるが、インタビューや本人の執筆記事があるものは〇、記者による取材記事があるものは●印を付しておく。
すべての人物に関して、一次情報が得られているわけではないが、一つの雑誌のコンテンツとしては非常に奮闘している様が伝わってくるはずである。
1.小泉進次郎(4) 衆議院議員
2. 本田圭祐(4) プロサッカー選手 ●
3. 前澤友作(2) スタートトゥデイ代表 〇
4. 渡辺直美(1) お笑いタレント
5. 森岡毅 (1) 刀CEO 〇
6. 山田進太郎(2) メルカリ会長 〇
7. 大谷翔平(4) プロ野球選手
8. 伊達美和子(1) 森トラスト社長
9. 出木場久征(1) Indeed CEO 〇
10.川村元気(2) 映画プロデューサー、小説家
11.岡野原大輔(1) プリフォード・ネットワークス副社長 〇
12.光本勇介(1) バンク社長 〇
13.ONE OK ROCK(4) ロックミュージシャン
14.大迫傑(1) 陸上競技選手
15.大坂なおみ(1) プロテニスプレーヤー
16.石川康晴(4) ストライプインターナショナル社長 〇
17.慎康俊(1) 五常・アンド・カンパニー代表 〇
18.隈研吾(1) 建築家 〇
19.前田裕二(1+1/2) SHOWROOM社長 〇
20. 武部貴則(1/2) 横浜市立大学先端医科学センター教授
21.濱口秀司(2) ビジネスデザイナー〇
22.三木谷浩史(1/2) 楽天会長兼社長
23.藤田晋(1/2) サイバーエージェント社長
24.孫正義(1) ソフトバンクグループ会長 ●
25.豊田章男(1+1/2) トヨタ自動車社長
26.ギル・プラット(1/2) トヨタ・リサーチ・インスティテュート CEO
27.イーロン・マスク(1) テスラ、スペースX CEO
28.ジェームズ・ダイソン(1) ダイソン創業者 〇
29.ヴィタリック・ブテリン (2) イーサリアム考案者 〇
30.ジハン・ウー(1) ビットメイン共同創業者(1)
31.ジーン・リウ(1) DiDi総裁
32, ダラ・コスロシャヒ(2) Uber CEO 〇
33. デミス・ハサビス(1) DeepMind ●
34. ブライアン・チェスキー、ジョー・ゲビア、ネイサン・ブレチャージク(1) Airbnb共同創業者●
35. アダム・ニューマン、ミゲル・マッケルビー(2) WeWork 共同創業者 ●
36.シェリル・サンドバーグ(1) Facebook CEO
37.ロバート・アイガー(1) ウォルト・ディズニー・カンパニーCEO
38.テッド・サランドス(1) Netfix CEO
39.ピーター・ティール(1) PayPal共同創業者
40.ダニエル・エク(2) Spotify CEO 〇
41.ジェフ・ベゾス(1/4) Amazon.com CEO
42.ラリー・ペイジ(1/4) Google 共同出資者
43.マーク・ザッカ―バーグ(1/4) Facebook CEO
44.ティム・クック(1/4) Apple CEO
45.ジャック・マー(1/4) アリババ会長
46.ポニー・マー(1/4) テンセントCEO
47.サティア・ナディラ(1/4) マイクロソフトCEO
48.ロビン・リー(1/4) バイドゥCEO
49.習近平(1) 中国国家主席 ●
50. ウラジミール・プーチン(1) ロシア大統領 ●
中でもひときわ目を引くのは、そうそうたるグローバル企業のTOPに直接コンタクトを取っている点だ。特に、UberやSpotify、イーサリアムなどクラウド時代の申し子のような伝説のビッグネームへの直撃インタビューはとても魅力的だ(ただし、ヴィタリック・ブテリンの記事は写真ばかり大きくて短すぎる)。
■ポスト2020の世界と日本
さらに充実しているのは23人からなる「ポスト2020の世界と日本」。『サピエンス全史』のユヴァル・ノア・ハラリを筆頭に、すべて直接のインタビューまたは対談記事である。つまり、一次情報オンリーで情報価値が高い。こちらも同じやり方で枚挙してみる。
1. ユヴァル・ノア・ハラリ(6) 歴史家、ジャーナリスト 〇
2. ルトガー・ブレグマン(4) 歴史家、ジャーナリスト 〇
3. イアン・ブレマー(4) ユーラシア・グループ社長
4. 堀江貴文(2) SNS media&consulting ファウンダー〇
5. 佐藤航陽(8) メタップス社長
6. 伊藤穣一(4) MITメディアラボ社長 〇
7. マックス・テグマーク(4) MIT教授 〇
8. 吉野彰(2) 旭化成名誉フェロー、名城大学大学院理工学研究家教授
9. 前田裕二(4) SHOWROOM社長 ●
10.ドミニク・チェン(2) 情報学研究者、起業家。
11.山本豊津 (3) 東京画廊社長
12.山口周(3) コーン・フェリー・ヘイグループ シニアクライアントパートナー
13.御立尚資(ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)シニアアドバイザー×石川善樹(予防医学研究者、医学博士)(4)
14.佐渡島庸平(2) コルク代表
15.明石ガクト(2) ONE MEDIA代表
16.松岡正剛(2) 編集者、著述家、日本文化研究家
17.富山和彦(4) 経営共創基盤CEO 〇
18.入山章栄(4) 早稲田大学ビジネススクール准教授
19.岡島悦子(2) プロノバ社長
20.峰岸真澄(4) リクルートホールディングス社長
21.新浪剛史(2) サントリーホールディングス社長
22.ポール・ポールマン(2) ユニリーバCEO
23.リンダ・グラットン(4) ロンドン・ビジネススクール教授 〇
個人的に特に印象に残ったのは伊藤穣一、マックス・テグマーク、前田裕二の記事。
伊藤穣一は仮想通貨やICOのメリットもデメリットもよく見えているという感じで、言葉に重みがある。
自分の会社だったら、今絶対にICOはしません。もうちょっと買う人の知識レベルが上がってからやらないといけないと思います。自分のファンドのお金を集めるときの、中身をわかっていない人には、株のシェアは売らないようにしています。p120
マックス・テグマークの最近作のコンセプトは、「ライフ3.0」。このコンセプトは、落合陽一の「デジタルネイチャー」に近いものがある(但し、落合の方がより包括的で徹底している)。
Life 1.0は、ハードウエアとソフトウエアの両方が、DNAによって規定される生物です。p122
これに対して、Life 2.0は、ハードウェアはDNAによって規定されているものの、ソフトウエアは後天的に設計できる生物のことです。我々人間は、Life 2.0である。同上
Life 2.0である人間は、ハードウエアの限界によって行動が制限されています。何百年も生きることはできないし、今までに発表されている論文をすべて覚えることはできません。
一方でLife 3.0は、そうしたハードウエアの限界から解放され、ソフトウエアと同じハードウエアも自分自身で設計できる生命のことを指します。p123
『Life 3.0 Being Human in the Age of Artifcial Inteligence(AI時代に人間であること)』の邦訳は7月に発売予定という。この本の存在を知っただけでも、980円の元はとれたと思う。翻訳書のベストセラーになるかもしれない。
前田裕二は『人生の勝算』を読んだ時点では、あまりに平易な語り口で、その凄みを感じなかったのだが、このインタビューを読むときわめて知的な頭脳の持ち主で、先の先まで見通すビジョンと文脈を整理するロジックが傑出している。5G時代の動画のリッチ化をテレプレゼンスとバーチャル化と予測している。そして、エンタメの課金の進化をパッケージ世代、体験価値を消費する世代、直接支援世代の三世代にわけながら分析、今後のトレンドを次のように予測する。
日本の未来を予想すると、いろいろなコミュニティが自律分散的にたくさん出てきて、それぞれのコミュニティに同時並行、同時多発的に所属できるという状態になると思います。p131
また御立尚資と石川善樹の対談では、縄文的原型と弥生的原型という日本文化全体を概観する一つの視点を得ることができる。
片や、強さ、過剰さを感じさせる「縄文土器ー狩野永徳ー東照宮ー明治工芸」という縄文ライン。岩佐又兵衛や伊藤若冲、葛飾北斎、岡本太郎、草間彌生がこれに当てはまります。
片や、すっきりシンプルな「弥生土器ー千利休ー桂離宮ー柳光悦」の弥生ラインです。美術ライターの橋本麻理さんは弥生ラインの延長に無印良品’(良品計画)があると指摘します。p143
また、次のような突き刺さる言葉もあった。
ルトガー・ブレグマン:
日本における問題点は、本当は働かなくてもいいのに、働いているかのように振る舞わなくてはいけないところです。これは社会的に強いられている文化です。頑張っているように見せるために、オフィスにいなければなりません。p88
イアン・ブレマー:
先日全米の高校生たちがアメリカの首都ワシントンや各地で集まり、銃規制の必要性を訴えるために、アメリカ史上最大規模のデモが行われるというニュースがありました。銃をめぐる政策を、本当に動かしつつあるものでしった。
ところがその翌日、大統領選前にトランプと不倫したと主張するポルノ女優のインタビューが流れると、メディアはそちらの方にばかり目を向けました。本来はどうでもいいことにみんな流れていったのです。p105
■結論
NewS Picks Magazine は、一部効果を狙って色数を抑えたページもあるが、オールカラーで紙質もよく、それでいて広告のきわめて少ない、コスパの高い雑誌である。インタビューベースであるため、高度に専門的な内容までは立ち入れないが、グローバルな間口を持ち、幅広い分野をカバーする上質の教養・ビジネス誌である。、
次号以降も、同レベルのクオリティを維持しながら、長く続くことを望みたい。