JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略
春の霞、五月晴れの青空に浮かぶ白い雲、夏の入道雲、台風の訪れを告げる黒い雲、秋空に映えるひつじ雲。雪を降らす分厚い灰色の雲、ピンク色に染まった夕空に浮かぶちぎれ雲。山の頂上や飛行機から見下ろす一面の雲海。雲ほど、多種多様で、変化に富んだ現象も存在しません。
けれども、不思議な雲の姿や色を見つけていざ言葉にしようとしても、多くの言葉が思い浮かばないのが実情でしょう。
荒木健太郎の『雲を愛する技術』(光文社新書)は、そんな多種多様な姿を持った雲についての膨大な知識を、何の予備知識のない人にも教えてくれる雲の入門書です。
まず、驚くのは採録された雲の写真の数です。小学校や中学校の理科の時間、高校の地学の時間で習った雲の種類は、十種類ほどだったと思いますが、この本の中には何百枚という写真が使われながら、何十何百という雲の名前が紹介されています。
たとえば、巻積雲一つとっても、層状巻積雲、レンズ状巻積雲、塔状巻積雲、房状巻積雲、波状巻積雲、蜂の巣状巻積雲の6つが写真と共に紹介され、その中には同じ雲とは思えないものも混じっています。
その写真にうつる雲の色の美しさ、姿かたちの多様さに時間を忘れて見入ってしまいます。そして、こんな名前が与えられていたのかを再確認させられます。
さらに、それぞれの雲の説明も、どのようにしてでき、どんな時に見られるのか、細かく説明されています。
多くの写真についで、目を引くのが、パーセル君というキャラクターを中心にした、イラストの数々で、雲がいかにしてできるのかや、天気の変化がいかにして生じるかがわかりやすく描かれています。雪のコーナーでは、お相撲さんのイラストで、どれだけの重さが家の上に降り積もっているかなども説明されます。
他の科学書によくあるように、ある程度基本を説明した後は、同じようなものに関しては説明を省略するというやり方ではなく、すべての雲や気象現象について、丁寧な説明を心がけて書かれています。
つまり、体裁は、初心者向けですが、内容的にはプロをもうならせる最も詳しい雲についての本になっているのです。
本書の中で扱われるのは、雲だけではありません。虹や蜃気楼、雷や雪、オーロラも、天使の階段のような空に見られる現象もすべて、どのような条件で、どのようにできるのかが、同じようなやり方で説明されています。
虹一つについても、ダブルレインボー、赤虹、モノクロ虹、過剰虹、反射虹、霧虹、雲虹などが紹介されますし、虹のように見える空の色彩現象についても、光輪や彩雲、アークなどの名前が与えられていることを知ります。また、月の見え方の変化に関しても、月齢以外に、月光環や月暈などが紹介されています。
また、どうしたら本書の中の写真のようなものが撮れるかのガイドも、随所で盛り込まれています。本書の写真は、スマホやコンデジと100円ショップで売っているようなマクロレンズを組み合わせて撮られたものがほとんどなのです。
『雲を愛する技術』は、このように多面的な魅力を持っているので、学校の勉強に役立てたい小中学生にも、毎日船で海に出て漁をしたり、田畑で作物を収穫したりする人にも、インスタ映えのする空の写真を撮りたい人、絵や漫画を描く人、短歌や俳句、詩や小説をつくる人など、いろいろな読者に開かれている本です。勉強にも、仕事にも、趣味にも使えるオールラウンドな本です。
雲だけでなく、気象現象に関して、これほど多くの言葉が、ポケットに入る一冊に収められた本も他にないと思います。
『雲を愛する技術』は、雲と気象に関する写真の宝庫、知識の宝庫であるだけでなく、それらを表現する言葉の宝庫でもあるのです。