つぶやきコミューン

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早野龍五・糸井重里『知ろうとすること。』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本



『知ろうとすること。』(新潮文庫)物理学者の早野龍五氏とコピーライター糸井重里氏の、福島原発第一発電所事故にともなう放射線の問題を語った対談集である。

2011年3月の事故以来、科学者として一貫した態度で、twitterで発信してきた早野氏。誰もが正しい情報を見極めることができず右往左往している中で、早野氏の科学者としての態度は、最大の信頼を集め、twitterのフォロワー数も3千人から15万人に膨れ上がった。私を含め、この本の読者の多くもそうした人間ではなかろうか。そして、対談相手の糸井氏もそんな一人である。

科学者だからと言っても、何でも知っているわけではない。専門内の事柄と専門外の事柄では、知っている知識の量や信頼度にも天と地との差がある。しかし、世間はそうは考えない。科学者の言うことは、すべて正しいと考えたがるのが世の多くの人々である。早野氏は、知りえることと、知りえないことの間にはっきり区別をし、語りえること、すなわち事実やデータのみを伝え、それ以外のことに関しては語らない、わからないという態度を一貫してきたのである。

専門外のこととは言え、早野氏は科学者として知りうることは3・11以降積極的に研究してきた。実名で情報を発信する以上はその情報に対して責任を持たなければならないからである。給食の「陰膳調査」のような文科省が乗り気でないものに関しても、その推進に尽力してきた。時には、個人の被ばく量を測るため、時系列変化を算出できないガラスバッジに代わるものとして、「D−シャトル」やそのソフトを自費で購入するなど、個人でできる最大限の努力をおこなってきたのである。それは、年度の変わり目だと国の予算のつかない福島の高校生の研究発表のための渡欧に至るまで続いている。

放射線の問題について語ることは難しい。人々は確実なもの、100パーセントの安全を求めたがる。しかし、放射線はすでに自然界にも、また私たちの体内にも存在しているものである。したがってその値はゼロにはできない。さらに医療被ばくの問題もある。早野氏は、積算すると200ミリシーベルトの放射線をすでに浴びており、10年前に肺ガンとなり、右肺切除手術を受けている。そして、検査により癌の転移が発見されるメリットと被ばく量の増加のリスクを勘案した結果、CTスキャンによる検査もとりやめている。そうした経験の中で、どの程度放射線量を浴びると危険なのかに関し、体感できた部分を踏まえ語っているのである。身体は医療被ばくと原発事故による被ばくを区別しないので、被ばくは個人の事情に合わせて考えることが重要なのだ。

被ばくに関しては、するかしないかではなく、どの程度という「量の問題」が重要である。今日出荷される福島県産の農産物に関しては、まったく危険がないと言ってよいものだが、個人が裏山で採ったキノコや山菜、狩った野生のイノシシの肉などに関しては、その限りでない。そうした食べ物を食べるリスクを、「5万円が入った財布」にたとえ、早野氏はこう説明している。
 
 みんなが持っている財布の中に5万円が入っています。これは1年分の予算で、これ以上は使えません。だけど、検査の結果、あなたの場合は少し高い数値が出てしまったので、そこから6000円天引きされたと思ってください。残りは4万4000円だから、どう使うか考えましょう、ということなんですけど。p79

常に重要なのは、個人の事情、どのような住環境で暮らし、屋外ではどこでどれだけ時間を過ごしているか、何を食べているかである。

放射性セシウムに関しては、内部被ばく、外部被ばくとも問題ないレベルという早野氏だが、ヨウ素に関してはわからないと言う。なぜなら、ヨウ素は半減期が8日と短く、国が調査を怠ったため、十分なデータが存在しないからである。

現在話題となっている甲状腺ガンに関しては、ちゃんとした検査をすれば必ず見つかるものである。しかし、チェルノブイリの場合、甲状腺ガンは4〜5年後に発見されているので、同様の期間を置いて検査すれば、元からあった癌と原発事故起源のものを区別できるのではないかと言う。さらに全国との比較調査を行えば、より正確なデータは得られよう。ただ、全国レベルの比較検査には多くの問題がからんでいることを指摘する。
 
   福島の方は、不安やリスクがありますから、きちんと検査をして、異常があればきちんと見守って、経過によっては手術でガンを除去する、ということが必要だと思います。しかし、甲状腺ガンというのは非常に進行の遅いガンで、ガンの中では危険度が低いんです。わかりやすくいうと、ほぼ、命に別状がない。ですから、検査すれば甲状腺にガンが見つかるけれども、見つからないまま過ごして、他の病気で亡くなる保持者の方がとても多いと言われているんです。
   そういった状況を踏まえると、本来であれば知らずに済んだ異常が、検査によって見つかってしまった子どもにとって、甲状腺のガンを探すことになんのメリットがあるのかという意見もあるんです。
 他のガンだったら「早く見つかってよかったね」ってなるんだけど。甲状腺ガンの場合、命に別状がないとはいえ、ガンはガンだから、既往歴がガンだってことになる。そうすると、たとえば、生命保険に入る際や、さまざまなところかに影響もあるんですよね。もちろん、診断された方の心理的な負担は相当大きなものです。
pp114-115

この問題に関しては、2年先に出る比較検査の結果を待つことで実態が明らかになるだろうと言う。

放射線の問題に関しては、高度な科学リテラシーが必要で、たとえ専門家であっても、ホールボディカウンター一つとっても計測の仕方を間違うと、とんでもない数値が出る場合もある。初期値のずれた体重計にはかるようなものである。そうした数値が一人歩きすると、科学的なお墨付きのついたデマとなるからとても恐ろしいのである。

本文中に直接書かれていない点を補足すると、もう一つ注意すべきなのは、海外発信の情報である。通常、海外の有名メディアは記者クラブによる制約によって縛られず、時の政権や官庁、広告を出稿企業に対する忖度がない分、日本に関する情報は、より自由で正確であると考えられているが、こと福島と放射線の問題に関しては、その限りでない。やはり、現地で詳細なデータをもとに語るのと、海外から入手された限られたデータをもとに語るのでは、その精度に雲泥の差があるのだ。記者と言えども、一介の市民である。その知見は、環境によって得られる情報に大きく制約され、中にはトンデモレベルの情報もあり、媒体のネームバリューを信じ飛びつくと、大きな誤りをする場合もないとは言えないのである。

海外における認識のずれは、早野氏がジュネーブまで福島の高校生を引率して行った時の現地の反応に、顕著に表れている。
 
糸井 事故後の福島の話を聞いて、ヨーロッパの生徒たちの反応はどうだったんですか?
早野 まず、「生きてる人間が福島から来た」ってことに驚いていました。
糸井 あー、やっぱり。ニュースの映像とかで与えられた印象と違いすぎたんでしょうね。
早野 そうですね。「福島の高校生です」って自己紹介すると、ヨーロッパの高校生や引率してきた先生が、「え?福島って人が住んでいるの?」って聞くんです。
p162

そうした基本認識が大きくずれた場所からの情報発信は、耳を傾ける必要はあるとしても、同時にどれだけの根拠に基づいてそれが行われているかをしっかり吟味する必要があるだろう。媒体のネームバリューイコール情報の精度とは限らないのがこの分野の難しい部分である。

福島に住む女の子が、「私は子どもをうめるんですか」と質問してきたとしたら、どう答えるかという糸井氏の問いに対して、早野氏はこう答えている。
 
早野 まずは、自信を持って「はい。ちゃんと産めます」と答えます。躊躇しないで。間髪を入れずに。p100

こうした声は、福島に住む多くの人にとって福音であるだろうが、それでも納得しない人もいるだろう。なぜなら、それは科学ではなく、心の問題であるからだ。本書の冒頭で、それを糸井氏は10m離れた刃物のついた振り子を振れば、10m先には届かないが、その場所に立てるかの問題、あるいは本屋で週刊誌を選ぶときに上から二冊目を選ぶことにたとえている。一冊目が破れても汚れてなくても、つい二冊目を選んでしまう私たちの態度も、科学的ではないからだ。

科学者はこうした不安をそのままにしておいてはいけないというのが、早野氏の本書における考えである。
 
  放射線は、健康に関して無害なわけではない。ただ、デマとか間違った情報というのは、福島ではありえないような高い線量のケースを引き合いに出していて、それをあたかも福島で起こりうるかのように言ってるんです。それは、2011年の早い段階では、仕方がないケースもあったかもしれない。ショッキングな警告としての役目はあったかもしれない。それは、ぼくは否定しません。
 だけれども、ここまでの時間が過ぎて、これだけのデータが出そろって、線量の低さも非常に明確にわかってきた。この今の段階で、そういう話をするのは、ありえないし、あってはならないと思う。
p107

内部、外部を問わず、被ばくの問題は、原発事故の是非とは切り離して語らなければならない問題である。早野氏は、今回の事故はあってはならないことと断言している。その上で、いかに現在生活している住民の被ばくを小さくするかを問題としているのである。その値が無視しうるほど小さなものであろうと、それで事故がいささかも正当化されるわけではないのだ。
 

 ただ、ここできちんと言っておきたいのは、「内部被ばくが軽かったということ」は、ぼくも心からよかったと思っているけれど、「もともと起こってしまった事故」は、全然OKじゃない、ということ。こんなことは、想定外の規模であろうが未曽有の災害であろうが、そもそも絶対に起こしてはいけない。防ぐチャンスはいろいろあったにもかかわらず、それを無視してきて、こんなことになってしまった。p21


本書の中には、今日わが国で得られる最も信頼できる、最新の知見のエッセンスが詰まっている。読者の中には、避難区域以外の福島県の地域で生活することは、あるいは福島で採れた食べ物は安全かどうか、安全であると断言する人もいれば、それに対して懐疑的な人もいるだろう。いずれの立場に立つ人も、本書の内容をまず頭に入れながら、情報のリニューアルをはかってほしいと思う。3・11の直後に大量に流れた情報はそのまま生きる場合もあれば、完全に時代遅れになり、更新を必要とする場合もあるからだ。大半の疑問は氷解するが、それでも残る不安はあるにちがいない。そうした上で、本書が冷静な議論が未成熟なこの国に、放射線リスクに関する新しい議論の場を準備してくれることを期待したい。
 
中井祐樹『希望の格闘技』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略  Ver.1.01

 

 格闘技はスポーツ・運動であるが、同時に人間学であり、教育学でもある。いろいろな考えに触れ、それぞれのフォーマットに従って動いてみることも、重要な探究手段なのだ。その中で自分に合った競技、自分に合った動き、自分の考えや他の考えとの違いを知っていくのだ。(『希望の格闘技』p121)

 

 

本書の著者中井祐樹は、格闘技界において、<伝説>の人である。

バーリトゥード黎明期の1995年4月20日、日本武道館におけるジェラルド・ゴルドーとの対戦は、今日にいたるまで語り草となっている。中井祐樹身長171センチ、体重71キロ。対する前年度準優勝のゴルドー188センチ、100キロ。常識ではありえない体格のハンディの中で、中井はゴルドーに対し、ヒールホールドで薄氷の勝利を収めた。続く二回戦でも185センチ115キロの巨漢、クレイブ・ピットマンに腕ひしぎ十字固めで勝利をおさめ、最強の男、ヒクソン・グレーシーとの対決にまでこぎつけた。しかし、一回戦でゴルドーに度重なるサミング攻撃を受けた中井は、このころには右目の視力を失っていた。

この大会の模様は、増田俊也『木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか』のコミカライズである『KIMURA vol.0』(原田久仁信画)の中で60数ページにわたり詳細に語られているが、本書で中心として語られるのは、そうした著者の格闘技の戦いの歴史ではない。ゴルドー戦の説明は、わずか9行にすぎないのである。

中井祐樹は、本書巻末の対談相手である増田俊也の北大柔道部の三年後輩であり、悲願であった七大学優勝をとげたメンバーでもある。増田の北大柔道部での青春の日々は、自伝的小説『七帝柔道記』の中で数百ページにわたり展開されているが、そうした北大での青春時代の思い出もわずか3ページで淡々と語られるのみである。

過去の功績を声高に語りたがらない著者の性格ゆえと言うべきか、増田俊也という最良の語り部を得たためというべきか、対ゴルドー戦も、北大柔道部の思い出も、中井祐樹を知らない人のための自己紹介のような「序章 私の闘い」の中の一コマにすぎないのである。

『希望の格闘技』(イースト・プレス)で語られるのは、中井祐樹の格闘技論であり、人生論、教育論である。

格闘技と人生と教育の間に中井祐樹は区別を設けない。それは同じ一つのものである。だから、格闘技論はそのまま人間学となり、教育論となる。

その中心となる考えは、個体化された身体の自由ということである。つまり、様々な流派やスタイルに対して、自由であり続けるというスタンスが徹底している。そして、後進の教育においても決して一つのスタイルを押し付けることなく、むしろ一人一人が自分の型を見出すことを助けようとする。それが中井祐樹の考えるMMA(ミックスト・マーシャル・アーツ)、いわゆる総合格闘技の基本概念である。
 

 格闘技はスタイルではなく、個体で考えるほうが、かえって発想が豊かになるものなのである。p147


個人は、様々な格闘技と出会い、それを吸収し、自ら相違工夫しながら練習を積む中で進化してゆく。そのプロセスに終わりはない。強さも、スタイルも、あくまで現在の時点の仮のものにすぎない。強さも、スタイルも、時間とともに変化してゆくのである。

だから、最強の格闘技は何か?と問われた場合の答えも、ないということになる。
 

 最強の格闘技というものは、その意味において、ない。というか、移り変わる。なぜなら戦略や技術は、日々進歩していくからだ。
敢えて言うなら、最強はチャンピオンその人である。その人の血の滲むような努力(キャリア)とコンディションが、最強を決めるのだ。
p77


個人の強さは、つねに流派やスタイルの外にある。だから、基本とは何かという問いに対しても、何か特別なトレーニングや技術ではなく、著者はこう答える。
 

 だから私が使う「基本通り、基本を大切に」とは、「自信を持って、それで行けるから」という意味なのだ。これはとても重要なことだと私は思う。自分の身体を通して身に付いたものが基本なのだ、と。p38


新しい技術と古い技術、量と質、体重差と無差別、一芸と多芸、個人と団体、選手と指導者、成功と失敗、アマチュアとプロ、スポーツと武道、術と道、長所と欠点、本書を通読して感じることは、実に多くの対概念が扱われていることである。世の中は、物事を二者の対立関係として扱うのが好きである。二元論で物事を扱う方がわかりやすいし、一般の人々にも訴求しやすい。しかし、著者の手にかかると、そのあるものは対立は見かけのもの、言葉の綾にすぎないとして解消され、他のものは不可分のものとして再度混ぜ合わされた上で、一方の他方への依存関係や転化の関係として再整理される。
 

 だから、「武道か、スポーツか」は二者択一でも優劣でもないし、そもそも争うところではない気がする。要するに次元が違う話をしているだけだ、と思う。pp124-125


それは心技体の三者の関係にしても同じである。
 

 ただ、この三つの要素は、言うなれば抽出された「スローガン」に過ぎないと思う。それぞれが独立して存在しているわけではなく、その順番に意味が込められているわけでも本来はないと思う。(…)
 私の理解はこうだ。勝負を決めるのも、人生を形作るのも、物事を決めるのも自分、他者、そして基準だ。何かを解析するのには、三つに分解するとわかりやすいのは確か。しかし、私の興味は三つには分けられず、いつも様々な要素が混じり合って存在する、世界にただ一個の「肉体」だ。pp52-53


最後には、すべてが混じり合う場としての、一個の肉体、身体性の論理へと帰ってゆく。

こうした対立項に対し、しばしば、中井は「同じもの」である、その間に「区別はない」と言った言葉を用いる。しかし、この言葉を、ただ表面的に受け取ってはいけない。修練を積んだ者のみが語りうる奥行き、深さがそこにはあるのだ。それは、巻末の増田俊也との対談の中ではっきりと示されている。
 

オリジナル柔術を生むひとつの手立てを考えると、昔、レオジーニョが柏崎克彦(元柔道世界選手権優勝)先生と対談したとき、「おたくの柔術はグレイシーとは違うのか」と聞かれたんです。これは最高の質問ですね。それに「同じです」と答えたんです。この問答だけでもお腹一杯ですね(笑)
同じなわけがないですよ。かたやアクロバット柔術と言われた派手な柔術家と、ホイラー・グレイシーの柔術が。確かに、ルーツを辿ればそう言えなくもないですけれども、絶対に違う。だけど、意地もあるだろうし、ホイラーよりも自分が上だという気持ちもあるかもしれないし、それを「同じですよ」と言う。これをみんなに言って欲しいなと思ったんですね。
 例えば七帝柔道出身で、柔術の黒帯になる人もいるわけですね。そういう人たちが、「おたくとグレイシーは違うの?」と言われたら、「いやー、やっぱり違いますね」ってたぶん言うと思うんです。でも、「同じなんだけどな」と僕は思うんです。「同じ」という言葉に、先人への敬意もあり、意地もあり、人の差なんてどうってことないという感覚もあり、もうすべてが同包されているんです。
pp187-188


中井祐樹にかかれば、違ったものは「同じ」ものになってしまう。これは表面の技術ではなく、より抽象化された身体の運動・トレーニングの本質へと還元する思考ゆえに可能な言葉である。
 

失礼だと思うんですけども、僕は「格闘技、全部同じですよ」とも言う。ストラクチャーが同じだからです。要は型をやって、実戦で使えるかどうか試して、実証して、身体にいいかどうか検証して、それを繰り返しているだけじゃないですか。全部、同じです。p188


これは、どこからどのルートをたどって登ろうと、富士山は富士山であると言うのと同じだろう。

そう信じる中井だが、同時に簡単に人が分かり合えるとも信じてはいない。
 

 人と人とが完全に同意することなどはない。また完全に違うなどということもない。それぞれの人の主張は、すべてその人の中において正しく、同時に全員他人の観点からは間違っている。それが人の世だ。格闘技観にしたって同じことだ。p172


人が言葉によって分かり合えないとしたら、どこにコミュニケーションの可能性があるのだろうか。それもまた身体であり、触れ合いである。触れ合いの場を設けることによってである。
 

 強かろうと弱かろうと、大きかろうと小さかろうと、思想や信念に違いがあっても、どんな人間でも構わない。そんなことより、触れ合うことだ。意見が同じでなくても、全く構わない。そんなことより、直に言葉を交わすことだ。p119


今日、世界で行われている争いのほとんどは、じかに触れ合うこともなく、言葉を交わすこともない人々の間で行われていると言ってよいだろう。顔の見えない相手、身体を触れることのできない相手には、何を言ってもよいし、何をしてもよいような感覚の麻痺が、無用の憎悪を生み、無用の戦争を生む。

格闘技における闘いは、限りなく戦争に近いものであるからこそ、自分と相手の有限な身体を感じる格闘技に、こうした戦争を止める力があるのではなかろうか。一人一人の人間の身体性の原理が失われた時、人間は戦闘行為において、単なる殲滅すべき標的にすぎなくなる。日々の練習において、自らの、そして他人の痛みを知ることのできる格闘技は、その意味において、人類の希望であり続けることだろう。格闘技が、最良の教育として機能しうるのも、まさにこの意味においてである。

ニーチェやサルトル、カミュに影響を受けたという中井祐樹の言葉は、あらゆる人生を肯定する力強さに満ちている。バーリ・トゥードの闘いにおいて、右目視力を失った時でさえも、一切の恨みはなく、感謝の気持ちしかなかったという中井にとって、戦うべきものはたった一つしかない。それは、人の自由な歩みを脅かすものの存在である。
 

 それは「人が自分の考えややり方でやろうとしていることを否定し、潰そうとすること」に対してである。私はこの一点に対してだけは、激しく怒りを覚える。p134


希望の格闘技は、それぞれの人間が、それぞれの仕方で、自らの人生を切り拓き、歩み続けることを促す自由の格闘技でもある。その目標は、他人のコピーではなく、完全に自分の身についたオリジナルを確立することにある。

増田俊也の言い方を借りれば、「思想家」中井祐樹の闘いはまだ始まったばかりである。

関連リンク:
中井祐樹×常見陽平:格闘技界のレジェンドから学ぶ仕事術(1)
中井祐樹×常見陽平:格闘技界のレジェンドから学ぶ仕事術(2)
中井祐樹×常見陽平:格闘技界のレジェンドから学ぶ仕事術(3)

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万城目学『悟浄出立』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略

 

 

万城目学は、デビュー以来、日本の歴史的な都市空間を舞台に、荒唐無稽で幻想的な物語を展開してきた。『鴨川ホルモー』、『ホルモー六景』では、京都の有名大学が、鴨川を舞台に、式神を戦わせる対抗戦を行い、『鹿男あをによし』では奈良を中心に、鹿の言葉がわかる男の物語が展開する。『プリンセス・トヨトミ』では、豊臣家の末裔を中心に、ふだんは影に隠れた存在である大阪国が描かれ、『偉大なる、しゅららぼん』では、琵琶湖畔の旧家の間の超能力対決といった具合である。そして『とっぴんぱらりの万太郎』では、『プリンセス・トヨトミ』につながる大阪城の歴史をさかのぼり、戦国時代から江戸時代へと移行する歴史の変わり目における、忍者の活躍を描かれる。この作品では、完全に世界は歴史小説に移行したが、しゃべるひょうたんやら、アナクロニズム(時代錯誤)なネーミングなど、エンターテイメント的な脚色がかなりほどこされていた。


しかし、『西遊記』や『三国志』、『史記』など、中国の古典の隙間に滑り込ませるような5つのエピソードを描いたこの『悟浄出立』(新潮社)では、もとの古典の風格を保ちながら、自由な想像力をめぐらせることで、登場人物を見事に描き出している。描写にも遊びや無駄がなく、簡潔な文体で、登場人物たちの隠れた心理まで浮き彫りにし、読むものを感動させる。まるで、『今昔物語集』や『宇治拾遺物語』などの古典に取材した芥川龍之介の短編を読んでいるかのような錯覚さえ覚える。

「悟浄出立」では、孫悟空が離れた隙に、三蔵法師沙悟浄、猪八戒は、欲望の誘惑に勝てない八戒の勝手な動きがきっかけで、妖魔の罠に囚われてしまうという『西遊記』ではおなじみの設定である。その間に、沙悟浄の視点から、豚の姿に変えられるまでの猪八戒のかつての英雄譚が浮き彫りにされる。そう、かつて八戒は天蓬元帥という天界でも無敵の大将だったのだ・・・

「趙雲西航」は『三国志』で、諸葛亮孔明に率いられ、張飛とともに、船で長江を西へと上る趙雲の姿を描き出す。陸の上では、劉備の下で様々な武勇伝をはせた趙雲だが、船に乗るとまるで精彩がなかった。
 
 片や、張飛、字は益徳。
片や、趙雲、字は子龍。
同時代に一度で剣を手にした人間ならば、必ずやこの二人の武名に聞き覚えがあったことだろう。巍の曹操、呉の孫権とともに天下に覇を競う、劉備傘下の宿将として、長年積み重ねてきた武勲は数知れず、「髭殿」こと関羽と並び、その勇猛ぶりは敵味方の境を越え、もはや生ける伝説として語られるほどである。
されど、世間の華々しい賞賛の声とは裏腹に、先ほどから船上の二人は、実に覇気のない表情で、口数少なく向かい合っている。もぞもぞと張飛が落ち着かないのは、痔の調子があまりよくないからであろう。趙雲も難しい表情で雲の多い夕暮れの空を見上げているが、彼の場合は実のところ船酔いである。公安の港を出てずいぶん日数がたつというのに、いっこうに船上の生活に慣れることができない。
pp47-48

派手な戦場ではなく、ゆったりとした日常の時間の経過の中で、趙雲の本人にもつかみどころのなかった心の動きを追いながら、人間趙雲の本性、真情に迫ってゆくのである。

「虞姫寂静」では、「四面楚歌」や「虞美人草」の由来となった項羽とその愛人であるの来歴と、迫り来る最期を前にした二人の選択が、ドラマティックに描かれる。「七十余戦し、未だ嘗て敗北せず」と称えられた項羽も、漢の軍に完全に包囲され、周囲からは郷里の楚の歌が聞こえて来るのだった。なんとその時、項羽は虞の名前を剥奪しようというのだ。「虞や虞や 若(なんじ)を奈何せん」悲劇的な調べをたたえた「虞姫寂静」は虞の思いもよらない過去を描きつつも、『悟浄出立』の中でも、一段と格調が高く、古典としての風格さえ備えていると言ってよいだろう。

「法家孤憤」では、燕の使者として秦王の暗殺を謀ろうとした荊軻(けいか)と秦王に官吏として仕える、同音の名前を持つ京科(けいか)という男の奇妙なめぐりあわせを中心に展開する。
 
 そうだ。あの男は俺のせいで、官吏への道を閉ざされ、邯鄲を去ることになったのだ。
p125


そう京科が語る理由とは。不思議な二人の運命の糸の絡み合いの中で、人生の不思議さ、無常が語られるのである。

最後の「父司馬遷」では、『史記』の著者である司馬遷が囚われ、宮刑に処せられたころの物語を、娘の視点から描き出す。死刑こそ免れたものの、牢に囚われた父親にかつての面影はなかった。父は人ではなくなった、司馬遷という名の父は死んだのだ。そんな内なる声に抗い、栄は司馬遷に会い続ける。もしも、高価な蔵書さえ売り払っていたら、こんな刑も受けることなく済んだのであろうに。その父が蔵書に火をつけた。それを聞いた栄は・・・

『史記』が描かれるに至るまでの、司馬遷の葛藤を、娘との絆の中で描き出す「父司馬遷」も心を抉る傑作である。

簡潔な中にも、人情の機微に肉薄した『悟浄出立』により、万城目学は新たなステージに立ったと言ってよいだろう。『悟浄出立』は、前作の『とっぴんぱらりの万太郎』をしのぐ傑作だが、万城目学の場合、今後も次々にこれを凌ぐ古典や歴史を題材とした傑作を生み出しそうな気がしてならない。大いに楽しみな作家の一人と言えよう。

 

関連ページ:

万城目学『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』
万城目学『とっぴんぱらりの風太郎』

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