◆メディア
『情熱大陸 #978 「科学者・落合陽一」』スーパーダイジェスト
◆セール情報
◆Magazine Watch
岸政彦「100分de名著 ブルデュー『ディスタンクシオン』」
鴻巣友季子「100分de名著 マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ』」
千葉雅也・東浩紀『実在論化する相対主義』(ゲンロンβ28,29より)
NewsPocks Magazine Autumn 2018 vol.2
NewsPicks Magazine summer 2018 vol.1
◆インフォメーション
『現在の名著?ーリベラルアーツと教養の世界ー書評集2』Kindle版発売!
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◆Book Review
850.森合正範『怪物と出会った日 井上尚弥と闘うということ』
849.山内朋樹『庭のかたちが生まれるとき 庭園の詩学と庭師の知恵』
836.丸山宗利『[カラー版] 昆虫学者、奇跡の図鑑を作る』
834.小泉悠『ロシア点描 まちかどから見るプーチン帝国の素顔』
827.飛浩隆『SFにさよならをいう方法 飛浩隆評論随筆集』
825.北村紗衣『批評の教室 チョウのように読み、ハチのように書く』
818.千葉雅也、山内朋樹、読書猿、瀬下翔太『ライティングの哲学』
809.内藤理恵子『正しい答えがない時代を生きるための「死」の文学入門』
798.石塚真一・NO.8『BLUE GIANT EXPLORER 1』
792.森合正範『力石徹のモデルになった男 天才空手家山崎照朝』
789.庭田杏珠、渡邊英徳『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』
784.千葉雅也『勉強の哲学 来るべきバカのために 増補版』
782.松岡正剛『日本文化の核心 「ジャパン・スタイル」を読む解く』
780.辻田真佐憲『古関裕而の昭和史 国民を背負った作曲家』
774.ドミニク・チェン『未来をつくる言葉 わかりあえなさをつなぐために』
771.Tak.『書くための名前のない技術 case3 千葉雅也さん』
770.石田英敬『現代思想の教科書 世界を考える知の地平15章』
769.J・ウォーリー・ヒギンズ『続 秘蔵カラー写真で味わう 60年前の東京・日本』
763.松本卓也『創造と狂気の歴史 プラトンからドゥルーズまで』
747.石田衣良『絶望スクール 池袋ウエストゲートパーク??』
745.斉藤哲也『試験に出る哲学 「センター試験」で西洋思想に入門する』
740.内藤理恵子『誰も教えてくれなかった「死」の哲学入門』
733.福島香織『ウイグル人に何が起こっているのか 民族迫害の起源と現在』
729.河合雅司『未来の地図帳 人口減少日本で各地に起きること』
719.貴志祐介『エンタテインメントの作り方 売れる小説はこう書く』
716.さやわか『名探偵コナンと平成』
715.ヤマザキマリ×とり・みき『プリニウス ?』
711.千葉雅也、二村ヒトシ、柴田英里『欲望会議 「超」ポリコレ宣言』
706.青木真也『ストロング本能 人生を後悔しない「自分だけのものさし」』
703.堀江貴文『堀江貴文 VS. 鮨職人 鮨屋に修業は必要か?』
702.ヤマザキマリ『ヴィオラ母さん 私を育てた破天荒な母・リョウコ』
701.マツキタツヤ、宇佐崎しろ『アクタージュ act-age』1-5
693.落合陽一『0才から100才まで学び続けなくてはならない時代を生きる人と育てる人のための教科書』
692.津田大介『情報戦争を生き抜け 武器としてのメディアリテラシー』
685.石田衣良『七つの試練 池袋ウエストゲートパーク??』
671. OCHABI Institute『伝わる絵の描き方 ロジカルデッサンの技法』
670.土屋敦『男のチャーハン道』
669.岸政彦『はじめての沖縄』
664.ロバート・キンセル、マーニー・ぺイヴァン『YouTube革命 メディアを変える挑戦者たち』
651.堀江貴文『堀江貴文の本はなぜすべてがベストセラーになるのか?』
649.猪ノ谷言葉『ランウェイで笑って』1〜4
648.辻田真佐憲『空気の検閲 大日本帝国の表現規制』
647.中沢新一『アースダイバー 東京の聖地』
646.畠山理仁『黙殺 報じられない”無頼系独立候補”たちの戦い』
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2月19日
古味慎也『空をまとって 2』 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL/集英社) Kindle版
こどものころ肝試し的に踏み込んだ洋館で出会った一枚の裸体画に魅せられて以来、ヌード画を描き続けてきた少年小川波路は、その絵そっくりの女性に出会ってしまう。彼女は言った。「もし藝大に入ったらモデルになってあげる」魅力的な登場人物と緻密に構成された背景、そして力ある作中画の数々。八虎の藝大合格以後は、青春をこじらせた人物の群像劇と化した『ブルーピリオド』に比べて、メッセージがストレートでわかりやすい青春物語です。
田村隆平『COSMOS 2』(サンデーGXコミックス/小学館) Kindle版
『べるぜバブ』の田村隆一の新作は、宇宙人相手の保険会社の業務がテーマ。主人公水森楓は、女子高生の姿をしたエージェント穂村燐に出会い、嘘を見抜くことのできる能力を買われスカウトされるところから物語は始まります。宇宙人といえども、ふだんは地球人の姿で生活しているわけで、両者の違いと共通点を浮き彫りにすることで、落涙必至のヒューマンなドラマになっています。
2月18日
渡辺祐真編『みんなで読む源氏物語』(ハヤカワ文庫)
円城塔や角田光代ら作家、歌人の俵万智、翻訳家の森山恵、鴻巣友季子、外国文学者の小川君代さらにはアイドル、芸人、科学者まで多彩な顔ぶれが、それぞれの角度で、源氏物語の多面的な魅力を焦点を当てた一冊です。とりわけヴァージニア・ウルフによる「ウェイリー訳の源氏物語論」は感動的な名文です。
2月16日
倉本一宏『紫式部と藤原道長』(講談社現代新書) Kindle版
大河ドラマ「光る君へ」時代考証担当者による、『源氏物語』の作者紫式部と藤原道長の関係を軸に、当時における『源氏物語』の意味、平安時代の宮中の生活などを浮き彫りにする一冊です。
ラテン語さん『世界はラテン語でできている』( SB新書) Kindle版
現代の日本語にまで影響を及ぼしているラテン語、いかにその影響が広範囲な分野にまで及んでいるかを、さまざまな歴史上の人物の台詞などを取り上げながら語りつくすラテン語の雑学本です。予備知識ゼロでも誰もが読みだすことができる本ですが、単語や格言などのラテン語関連の知識は増えても、それによってラテン語の本が読めるようになるわけではありません。
2月15日
蓮實重彦『ゴダール革命 増補決定版』(ちくま学芸文庫) Kindle版
フランス文学者で映画批評家である蓮實重彦によるゴダール論。映画史的なパースペクティブのもと、ゴダールの存在意義と、今日における存在理由を問う一冊。ゴダールへのインタビューを収録し、自らその映像への終止符を打ったゴダールへのレクイエムとも呼べる一冊となっています。
2月14日
万城目学『八月の御所グラウンド』(新潮社)
万城目学の直木賞受賞作「八月の御所グラウンド」と「十二月の都大路上下ル」の2編が収録されています。いずれも夏クソ暑く、冬クソ寒い京都を舞台としたスポーツものの青春小説ですが、万城目学だけに普通のスポコン物語で終わるわけはありません。「十二月の都大路上下ル」ではそれは駅伝の並走者、「八月の御所グラウンド」では草野球チームの助っ人投手となって登場します。
『文藝春秋 2024年3月号』(文藝春秋)
九段理江の『東京都同情塔』は、単行本で読む予定ですが、それ以外の著者へのインタビューと、芥川賞選考委員による講評が気になって購入しました。最低100冊は本を読まないと書けないとか、作文の優秀者を集めた会の帰りのバスの中で、将来の希望で「小説家になりたい」といった話などが面白かったです。
2月6日
九段理江『東京都同情塔』(新潮社)
第170回芥川賞受賞作。ザハ=ハディドによる国立競技場が建設された世界を舞台としたSF的設定の小説です。国立競技場と双極をなすように建てられようとするシンパシータワートーキョーとは何か。物質としての建築以上に、氾濫する外国語によって分断される建築の言葉、バベルが問題となります。その建物が、シンパシータワートーキョーではなく、東京同情塔でもなく、東京都同情塔と呼ばれるべきなのは一体なぜでしょうか。
東浩紀『観光客の哲学 増補版』(ゲンロン)Kindle版
2017年に出版された『ゲンロン0 観光客の哲学』の増補版。『観光客の哲学』はすでに読んでレビューも書いているし、増補部分も『ゲンロン0』に掲載されたものを読んでいるものの、Kindle月替わりセールで半額になった機会に電子版で押さえることにしました。追加されたのは、「第9章 触視的平面について」「第10章 郵便的不安について」の2章、約2万字です。
戸谷洋志『哲学のはじまり NHK出版 学びのきほん』(NHK出版)Kindle版
哲学を知らない人にもわかりやすく哲学について語った入門書の決定版と言える一冊です。第一章で「哲学とはどんな学問か」について語ったのちに、つづく三つの章で、哲学の三つの分野「存在論」「認識論」「価値論」について語る構成になっています。
イタロ・カルヴィーノ(訳)須賀敦子『なぜ古典を読むのか』(河出文庫) Kindle版
イタリア文学史上最も知性と想像力に恵まれた作家イタロ・カルヴィーノによる古典文学案内です。ホメーロスからボルヘスまで、2000年にわたる世界の文学の中からえりすぐりの作品を解説していますが、カルヴィーノの関心は、もっぱらそれらの古典文学を、過去の遺物としてありがたがるのではなく、ヴィヴィッドな想像力と卓越した技法を持った現代文学として読み直すことなのです。遺作となった『アメリカ講義』と並ぶ、カルヴィーノ文芸評論の白眉です。
2月1日
カルヴィーノ(訳)和田忠彦『サンジョヴァンニの道 書かれなかった「自伝」』(朝日新聞出版)
イタリアの作家イタロ・カルヴィーノの自伝的小説集。父親との対比のなか、郷里の思い出、映画との出会いや、パルチザンとしての活動など、カルヴィーノの自己形成のプロセスがリリカルに綴られた名文です。
バルザック(訳)國分俊宏『ラブイユーズ』(光文社古典新訳文庫)Kindle版
2月のKindle月替わりセールでワンコイン価格となった機会に購入。19世紀前半のフランス社会の壮大な縮図「人間喜劇」の一角を占める長編小説です。 身を持ち崩した元近衛竜騎兵フィリップの収監と、息子を救出しようとする母親の奔走からドミノ状に続く物語。バルザックのストーリーテラーとしての才がいかんなく発揮された傑作です。
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■物語のメタモルフォーゼ
『チーム・オルタナティブの冒険』(ホーム社) は評論家宇野常寛による初の長編小説である。
立ち上がりは、ほろ苦い青春小説のように、主人公森本理生のモノローグで始まる。トマス・ピンチョン『競売ナンバー49の叫び』小松左京『果しなき流れの果て』カート・ヴォネガット『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』光瀬龍『百億の昼と千億の夜』…登場する小説名も、多分に中二病的である。豚肉の串焼きが焼き鳥と呼ばれる片田舎の高校生森本理生は、本の貸し借りで親しくなった国語教師葉山千加子の死を機に、生活が一変する。それまで理生や親友藤川を中心に、好き勝手できるたまり場となっていた写真部の部室に、理生と同じ図書委員の板倉由紀子を連れ、白衣を着た国語教師、カバパンこと樺山優児が顧問として入りびたり始めたのである。さらにオートバイを操るイケメンの若者ヒデさんこと豊崎秀郷を使い、日替わりでフードのデリバリーを利用できるようにし、由希子を含む三名の女子が出入りし始めたことで、完全に部室の主導権を奪われてしまう。
葉山先生の存在をはじめ、たくさんのものを僕は失くしてしまっていた。しかしその代わりにいくつかの豊かなものと僕は出会い始めているように思えた。
カバパンや由紀子のノリには違和感を感じたものの、ヒデさんと意気投合し、女子の一人バイク好きの井上綾乃とも親しくなり、やがて夜から朝方までカブトムシやクワガタを観察するなど環境調査のアルバイトを請け負うにおよんで、著者の『ひとりあそびの教科書』を現代の高校生に投影したノベライゼーションなのかと考えそうになる。『夏への扉』『幼年期の終わり』『ストーカー』などのSF小説が話題に加わり、『アラビアのロレンス』『王立宇宙軍 オネアミスの翼』『惑星ソラリス』などの映画も登場する。だが、ある不安とともに、しだいに雰囲気は単なるジュブナイルな小説ならぬものの影がさす。周囲に、ある視線を感じ始めるのである。これはホラー小説なのだろうか。それともSFなのだろうか。
そして「Team Alternative」(チーム・オルタナティブ)の名称。それはヒデさんのオートバイのステッカーに貼られたものだが、尋ねても「人類の自由を守る正義の秘密結社」と意味不明の答えが返ってくるばかり。そして親友藤川の失踪がトリガーとなり事態は急変、いつしか三人の謎を追うミステリ的展開に。鍵は、虫の眼にあった。
「(…)コツは一つ。虫の眼で世界を見ることだ。虫のように音を聞き、臭いをかぐことだ。そして虫の羽と足でこの世界を動き回ることだ。(…)」
なぜ、葉山先生は死ななければならなかったのか。なぜ藤川は失踪したのか。なぜカバパンや、ヒデさんだけでなく、由紀子まで、ケガが絶えないのか。すべての謎が解き明かされたとき、物語はその真の姿を現し、怒涛のクライマックスに向け加速する。
そう、『チーム・オルタナティブの冒険』は、『ひとりあそびの教科書』の単なるノベライズではなく、そこに含まれるコンテンツの物語として実装なのである。なんという爽快感!だが、こんなことが許されてよいのか?!禁断のキーワードを知るためには、書店で本書を手に取り、パラパラと、ページを最後まで早送りするだけでよいのである。
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『『怪物と出会った日 井上尚弥と闘うということ』は、『力石徹のモデルになった男 天才空手家 山崎照朝』の著者森合正範による井上尚弥伝。あまりに強く、あっという間に試合が終わってしまうため、その強さを伝えることが困難な日本ボクシング界の至宝井上尚弥。その壁を超えるために著者がたどり着いた結論は、井上に敗れた対戦相手たちの目を通じて、井上尚弥を描くことだった。
取り上げられているのは、佐野友樹、田口良一、アドリアン・エルナンデス、オマール・ナルバエス、ワルリト・パレナス、ダビド・カルモナ、河野公平、ジェイソン・モロニ―、ノニト・ドネア、つごう9人の対戦相手。これに、井上尚也のスパーリングパートナーを最も多くつとめながら、一度も対戦できなかった黒田雅之、井上尚弥に父親が敗れたことを契機に、ボクサーの道を選んだナルバエス・ジュニアの二人がそれぞれ一章として加えられている。
それぞれの章が、一冊の本に匹敵するような密度の高さ。読者の心は、冒頭の佐野友樹、田口良一の章から、一気にひきこまれてしまう。それぞれに一人一人のボクサー人生が凝縮されている。
ダウンを奪われようが、ポイントで大差になろうが、佐野は決して諦めなかった。意地と反骨心、そして勝利への執着心。佐野の覚悟が会場の雰囲気を少しずつ変えていく。井上の怪物ぶりを見に来たはずの観客から次第に佐野コールが起こった。(第一章 「怪物」前夜、p67)
「彼に勝ったら人生が変わる。そういうチャンスなんです。逃げて王者になっても、それじゃあ、みんな認めてくれないですよ」(第二章 日本ライトフライ級王座戦、p98)
驚かされるのは、インタビューされた相手が(一人現役で今後も対戦の可能性のあるドネアを除き)、敗戦の内容を、自ら進んで、しかも細部まで克明に語り、その試合を誇りに思っていることである。
誰一人井上尚弥に勝利できたボクサーはいないが、試合後の人生は、大きく異なる。田口良一やモロニ―のように、井上との試合を心の支えに、その後世界チャンピオンにまで上り詰めたものもいる。他方で、エルナンデスのように、井上戦が人生のピークであったボクサーもいる。敗北は敗北でも、それをどうとらえるかで、十人いれば十通りの解答があり、その後の人生もまるで違ったものになる。人生の生きた教科書がここにある。
本書が描くのは、単に井上と対戦するボクサー一人の人生だけではない。彼らを取り巻き、支え続けた人々の喜怒哀楽まで伝わってくる。手元の1万円以外、フィリピンの家族に送金し続けたパレナスは、井上戦のファイトマネーで家を建て、車を買い、家族や親戚を養った。これも一つの勝利のかたちではないだろうか。
身重だった河野公平の妻は、複数の選択肢のうちで、「井上君だけはやめて!」と訴えたが、それでも夫は井上戦を選んだ。そして、その試合を最後まで見守る姿は、涙なしに読めないものだろう。
試合数日前、夫の口から「早く試合をやりたい」と聞き、信じられなかった。計量を終えるとまた、「早く試合をやりたい」と言った。驚きとともに感心した。
「我が夫ながら凄いな」
会場に到着し、芽衣は出迎えに来たトレーナーの高橋に夫を託す。
「いってらっしゃい」
「よしっ!」
一時の別れ。言葉は短くても、互いの思いは伝わる。
(第八章 日本人同士の新旧世界王者対決、p320)
まだ幼かったオマール・ナルバエスの息子は、井上尚弥戦を契機にボクサーの道を選び、井上との対戦を目標に戦績を積み重ねているが、この親子に井上に対するリスペクトはあっても、遺恨のようなものはない。その清々しさによって本書は締めくくられる。
「井上が父に勝ったことは別にして、僕は井上の大ファンだよ。いつも彼の試合を見て勉強しているし、自分の中では井上がパウンド・フォー・パウンドの一位。一発一発のパンチ力と爆発力。相手に与えるダメージの強さ。同じ体重のボクサーを相手にして、あんな選手は見たことがないだろ?(…)」
(第十一章 怪物が生んだもの、p420)
もちろん、これだけ多くの対戦相手の目を通して、井上尚弥をとらえれば、異口同音に語られるその強さの秘密も明らかになってくる。それらは、三つに要約される。
第一は、圧倒的なパンチの威力とスピードである。
第二は、練習内容を、ストレートに試合で出しきることのできる本番の勝負力。
「尚弥は練習したパンチやコンビネーションを何のためらいもなく、試合で瞬時に打ち込めるんですよ」
(第十章 WBSS優勝とPFP一位、p375)
そして第三には、相手の作戦を早々に解析し、その裏をかいてくる対応力である。たとえ試合中に拳や足を痛めようとも、それを感じさせず、相手の想定外のパターンへと転じることで、逆に有利に試合を進めてしまったことも一度ではない。
『怪物と出会った日 井上尚弥と闘うということ』は、単にボクシングや格闘技に興味がある人だけでなく、すべての読者にお勧めの、2023年一推しのノンフィクションである。そこには、乗り越えがたい壁にぶつかり、それに果敢に挑戦し敗れながらも、その後も力強く人生を歩み続けた人々の究極のドラマがある。
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12月30日
岸政彦『同化と他者化 戦後沖縄の本土就職者たち』(ナカニシヤ出版)
2013年に出版された社会学者岸政彦の生活史研究の原点となる著作です。戦後沖縄で本土へと渡り就職した若者たちの聞きとりから、なぜ彼らはいったん本土へと渡り、そこでの生活を享受しながらも、その多くが再び沖縄へと帰ってしまうのか、構造的な問題に焦点を当てた研究です。
12月29日
イタロ・カルヴィーノ『遠ざかる家』(イタリア叢書/松籟社)
1957年『木のぼり男爵』と同じ1957年に出版されたカルヴィーノの小説。本来のタイトルは「建築投機」で、家を建てようとした男がさまざまな障害にぶつかる中、いつまでも家を完成することができないという不条理な状況に直面することになります。それまでの歴史物とはがらりと作風を変え、カルヴィーノの転換点となる作品の一つと言えるでしょう。
12月27日
浦沢直樹『あさドラ! 8』(ビッグコミックススペシャル/小学館)Kindle版
NHKの朝ドラ風に、ある女性の人生を大きなタイムスパンで描きだす浦沢直樹のコミック。1964年自ら操縦する飛行機で東京を脅かす怪獣を撃退したアサ。あれから4年が経ち、今や飛行機を使う会社の社長になったアサに運命的な出会いが。その行き着く先は、吉か凶か。
小林有吾『アオアシ 34』(ビッグコミックス/小学館)Kindle版
Jリーグエスペリオンのユースチームに抜擢された青井葦人とその仲間たちを描くサッカー群像劇。中東カタールの地へと遠征に来た葦人たちエスペリオンユースは、スペインと日本とのサッカー事情の大きな違いに驚くことになります。そしていよいよバルセロナユースとの対戦。葦人たちの作戦ははたして彼らに通じるのか。
12月26日
ぱらり『いつか死ぬなら絵を売ってから』1、2(ボニータ・コミックス)Kindle版
清掃員一希の楽しみは、スケッチブックに絵を描くこと。どこまでも趣味と割り切っていた一希の絵を評価し、とんでもない値段で買い取ろうとする青年透との出会いによって、いつかしか一希の運命は変わり始める。『ブルーピリオド』が東京藝大に合格した者たちエリートサイドから美術界を描いたものであるのに対し、この作品は雑草のような絵描きの生活と野望を描こうとします。
12月25日
堀口恭二『EASY FIGHT』(幻冬舎)Kindle版
格闘家堀口恭二初のエッセイ。伝統派空手から始まった格闘技との出会い、アメリカでの転戦、自らの格闘技哲学などを、飾り気のない言葉で率直に語っています。那須川天心戦の裏側、那須川ー武尊戦の感想、ブレイキングダウンへの違和感など、様々なテーマを独自の視点で掘り下げています。
12月24日
宮崎裕助『ジャック・デリダ 死後の生を与える』(岩波文庫)
フランスの哲学者ジャック・デリダの後期の思想に焦点をあてたデリダ論。エクリチュールとは、いわば生きた生の後に残る「灰」としての死後の生である。survie(死後の生)という概念より、後期のみならず、デリダの思想の全体を透視するデリダ研究書の白眉です。
12月22日
高橋昌一郎『フォン・ノイマンの哲学 人間のフリをした悪魔』(講談社現代新書)Kindle版
この日のKindle日替わりセールの対象になった機会に購入。コンピュータや、原子爆弾などを生んだアメリカの天才科学者フォン・ノイマンの生涯と業績を、彼を生んだ時代背景とともに紹介したノイマン入門書です。
松岡圭祐『JK ?』(角川文庫)Kindle版
死んだはずの女子高生が、謎のYouTuber 江崎瑛里華 として蘇り、身につけた格闘技で復讐をはたすアクションストーリーの第三弾。ただ、『高校事変』の優莉結衣とは異なり、友人を鍛えないままに身代わりにしてしまったりと先を読めないキャラに頼ったストーリー展開で、素直にのめりこみにくいきらいもあります。
12月21日
カルヴィーノ『冬の夜 ひとりの旅人が』(フランス叢書/松籟社)
時代ごとに小説の作風もジャンルも変わり続け「言葉の魔術師」と呼ばれた作家イタロ・カルヴィーノの1979年の作品。物語が落丁によって中断し、別のストーリーが始まったりと、ポストモダンな実験小説の試みが盛り込まれた後期の傑作です。
戸谷洋志『ハンス・ヨナスの哲学』(角川ソフィア文庫)Kindle版
ハイデガーの弟子でありつつ、その批判者でもあった思想家ハンス・ヨナス。その思想の中核をなすのは「未来への責任」でした。ハイデガーやアーレント、ベンヤミンに比べると、日本でも知名度は低いものの、今こそ読まれるべき思想家ヨナスのわかりやすい入門書です。
12月20日
ボルヘス『シェイクスピアの記憶』(岩波文庫)
「シェイクスピアの記憶」はボルヘスの最後の小説とされる作品。これに 「一九八三年八月二十五日」「青い虎」「パラケルススの薔薇」を加えた4編からなる短篇集の新刊です。分身、書物の記憶、迷宮など、ボルヘスらしい作品が揃った傑作集です。
12月19日
新潮編集部『新潮 2024年1月号』(新潮社)
目玉となるのは、平野啓一郎の小説「息吹」。息吹は主人公の人名なのですが、それ以上の象徴的な意味も含意しています。かき氷屋に座ることができたか、満席でマックへ行ったかによって生死が分かれる可能性を暗示する作品です。他に、井伏鱒二の新たに発見された二つの短編などが掲載されています。
三都慎司『新しいきみへ 6』(ヤングジャンプコミックスDIGITAL/集英社) Kindle版
同じ時間をループ状に繰り返しながら、パンデミックで破滅する世界のシナリオを変えようとしてきた少女相生亜希。そのたびに、バディをつとめてきた教師佐久間悟に別れを告げ、最後の挑戦で、世界を救うことができるか。感動の完結編です。
山田鐘人、アベツカサ『葬送のフリーレン 12』(少年サンデーコミックス/小学館) Kindle版
女神の石碑に触れることで、過去へと意識が飛んだフリーレン。勇者たちの一行には、すぐにふだんとは違う言動より悟られてしまうのですが、若干のチートな知識があるだけで、物語の展開はふつうの時系列の展開となって、よりスムーズに物語を楽しむことができるのは不思議です。
12月16日
ハルノ宵子『隆明だもの』(晶文社)
思想界の巨人にして詩人であった吉本隆明の晩年とそれを取り巻く家族の姿を、漫画家でありエッセイストである娘ハルノ宵子が、自らのイラストともに描き出したエッセイ。後半には、妹の小説家吉本ばななとの対談で、より立体的に知られざる吉本隆明と家族の肖像を浮き彫りにします。
12月15日
カルヴィーノ『イタリア民話集』上、下(岩波文庫)
パヴェ―ゼ、モラヴィアとともにイタリアを代表する作家カルヴィーノの編集によるイタリア民話集。民俗学者のように忠実な伝承の再現をめざすものではなく、カルヴィーノ自らによる補完で、物語の体裁を整えた作品集の抄訳です。全200編のうち、上巻の北イタリア編には33編が、下巻の南イタリア編には42編が収められています。
12月8日
佐々涼子『夜明けを待つ』(集英社インターナショナル)
『夜明けを待つ』は、ノンフィクション作家佐々涼子の過去10年のエッセイとルポルタージュを集めたもの。『紙つなげ!』『エンジェルフライト』『エンド・オブ・ライフ』などの著作で、多くの人々の生と死を見つめてきた作者が、自分の家族や自らの病を語る第1章、そして海外から日本へと移民してきた人々とその家族、家族を失って駆け込み寺に身を寄せた人々らを取材した第2章からなっています。作者は、余命十数ヶ月の宣告を受けつつも、静かなたたずまいで、自らの死にも向かい合おうとします。行間の至るところに、生命の耀きが宿る珠玉の作品集です。
12月7日
高野秀行『イラク水滸伝』(文藝春秋)Kindle版
『イラク水滸伝』は、冒険家高野秀行のイラク紀行。かつての大文明発祥の地、チグリス=ユーフラテスのデルタ地帯は、湿地の水を堰き止めたサダム・フセインによって不毛の土地と化したかに思われたが、実は水牛ととともに舟で水路をゆく少数民族の梁山泊となっていたのでした。その写真の風景を求めて、謎の湿地イラクのアフワールへと、我らが高野秀行は旅立つことになります。
12月6日
米沢穂信『可燃物』( 文藝春秋) Kindle版
『可燃物』は、葛警部を主人公とした5編からなる連作ミステリ。周囲の安易な見込み捜査に対し懐疑的で、あくまで捜査の原則にを貫き通そうとし煙たがられる切れ者刑事葛がいい味を出しています。「可燃物」は、連続放火犯をあぶりだす話。それぞれの表題にも事件解決のヒントが隠されている場合があるので要注意です。
12月4日
末永裕樹、馬上鷹将『あかね噺 9』(ジャンプコミックスDIGITAL /集英社) Kindle版
『あかね噺』は、中途挫折した父の無念を晴らすため、自ら落語家となり、真打への道をひた走る阿良川あかねこと、桜咲朱音の物語。落語家たちの生活を描くリアルな絵の中に、古風なタッチで挿入される落語の演目の世界の絵が、混然一体となって模倣を許さない独自の世界を築いています。父の演目であった「替り目」で、あかねが勝負を賭けた選考会の結果は?そして、次なる目標、二段目昇進のカギとなる人物とは?
松本直也『怪獣8号 11』(ジャンプコミックスDIGITAL /集英社) Kindle版
自ら怪獣への変身能力を獲得しながら、突然襲い来る怪獣と戦う日比野カフカと、仲間の防衛隊隊員の群像劇。完全に防衛隊の手の内を読んだ上で、同時多発的に襲い来る怪獣に東雲ら小隊長クラスが追い詰められる中、日比野カフカや雨宮キコルらが成長を遂げ、戦況を逆転させる神巻です。
12月1日
斜線堂有紀『回樹』(早川書房) Kindle版
早川のセールで半額になっていたのでKindle版で買いました。『回樹』は、作家斜線堂有紀の6編からなるSF短篇集。表題作の「解樹」は、死者の身体を吸収してしまう巨木のこと。やがて、人々は死者への想いを、その樹木に向けるようになり…他に「骨刻」や「BTTF葬送」など人間の生死や心の深層に関わる作品が収められています。
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『庭のかたちが生まれるとき 庭園の詩学と庭師の知恵』(フィルムアート社) は自ら庭師であり、大学の教員でもある庭園研究者山内朋樹の造園論である。
伝統的な日本庭園の造形は、いかなる形によってなされるのか、なぜあの木はこの位置に置かれ、この石はこの位置に置かれるのか。著者は、京都福知山の古寺の作庭現場に立ち会いながら、庭園生成の内的な論理を、庭園の詩学と庭師の知恵の二つの視点から、考察してゆく。あたかも将棋や囲碁の棋譜のように、文字通り庭師の一挙手一投足が、記録され、その度に新しい庭の相が記述され、考察されるというかたちで進行してゆく。
庭は、あらかじめ描かれた設計図のようなものに沿って造られるのではない。庭の存在する場所、周囲の風景や建築物、土地の起伏、与えられた素材などによって、自然に決まってゆくのである。
石はなにもないところに突如として置かれるのではない。つまり作庭行為は決して「無からの創造」ではない。石はつねに物体や場の特性がひしめきあう偶然的な力の場に巻き込まれてゆく。p74
ひとたび置かれた石や、植えられた樹木も、不動の位置を占めるわけではない。それらはあくまでも仮の場所であり、他の石や樹木、地面の起伏・高低差とのバランスで、位置を変え、それにつれて、庭の様相も刻一刻変化してゆく。これは「物の折衝」である。
庭師一人の意志によって、かたちが決定されるわけでもない。作庭を依頼した住職の意向と庭師の意向には、当然のことながらずれがある。それを調整しながら、落としどころとなる解を見つけてゆくのも作庭のプロセスである。これは「者の折衝」である。
たえず変動する中で、来るべき庭を見つけようとするそのプロセスは、様々なアートや哲学の生成プロセスに似ている。
たとえば、千葉雅也の『別のしかたで ツイッター哲学』では、あくまでそれぞれのツイート=断章は、仮固定にすぎず、次なるツイート=断章によって、更新される運命にあるが、同じようなプロセスがここで語られている。
着工してもなお、設計図や模型や見積書が更新され続けていくように、この庭=設計図は無数の修正とやり直しのなかで相対的に安定し、人々の意図を折衝する媒体として機能するようになっていく。p115
油絵による抽象的な絵画も、すでに描かれた描線や図形は、次なる描線や図形を呼び込むが、それらがうまく機能しない場合には、別の描線や図形、色によって上書きされ、更新されてゆく。その中で、自然に生まれてくるのは、同じ描線や図形、色によるパターンの反復である。ただし、作庭の場合には、意図的またはタッチではなく、石自体の形状が利用される。
石と石はたんに隣接するから組になるのではなく、隣りあう石相互に形態的な反復――-天端や小端の線や面の呼応関係――-が織り込まれているからこそ組になっている。
石と石はかたちの反復を抱えるからこそ組になる。p137
本書が提示するテーゼも、そのプロセスごと、仮のものである。ページを進めると、さらに別の概念がでてきて、それまでに語った内容が、転覆されたり、意味を変えたりする。庭の場合には、立ち位置を変えることで、見えてくるものも異なる。別の視点に立って、やり直すこと。作庭のプロセス同様、本書の記述もまた、絶え間ない不安定さの中にある。
『庭のかたちができるとき』は、単に庭づくりに関心がある人のみならず、思考やさまざまな芸術の創作のプロセスに対し、数えきれないほどの多くのヒントや示唆を与えてくれる書物である。
『庭のかたちが生まれるとき』は、文字と写真、図の三つによって構成される時間の書物である。この本を読んだ前と後では、様々な庭の見え方も違ってくるはずである。というのも、一見静的に見える日本の庭園が、いかに多くの運動、たえず変化し続ける線と点によって構成されているか、その潜在的な時間を、私たちは思い描かずにはいられないからである。そして、自宅に庭がある人には、一歩踏み出して今とは別の庭を造る試みも可能にしてくれるだろう。ほんの一つの石を置いてみる。一本の小さな木を植えてみる。すると運動が生じる。新たなバランスを求めて、庭は、次の石、次の樹木を呼び込み、変容のプロセスがスタートするのである。
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JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略
中森明夫『推す力 人生をかけたアイドル論』(集英社新書)は、作家でありアイドル評論家でもある中森明夫の総決算とも言えるアイドル論である。南沙織から、山口百恵、松田聖子、中森明菜や小泉今日子、薬師丸ひろ子、原田知世を経て、AKB48、乃木坂46、あいみょんに至るまで、それぞれの時代の中で、輝いたアイドルたちのトレンドをたどる体験的歴史書でもある。
驚くべきなのは、1970年代から2020年代まで、変わることのない解像度と熱量だ。誰でも、十代から二十代にかけての青春時代には、それぞれが推すアイドルを持ち、その周辺の事情に精通していたりするものだが、ある年代を過ぎると、その熱はどこかへ消え去り、かつて応援したアイドルを懐メロ的に思い出すのがせいぜいである。しかし、中森明夫の場合、その状態が、絶えずコンテンツを更新しながら、今日に至るまで持続するのである。
もちろん単なるアイドルオタクとしてではない。また評論家という肩書きから想像されるような、俯瞰の視点から芸能界を斜に見てきたわけでもない。一方では、アイドル全般を応援しつつも、もう一方で、新たなアイドルの誕生の現場に立ち会ったり、そのプロモーションに加担したりもしてきた。一見平易な言葉でまとめられている『推す力』が、他のアイドル論と異なるのは、生の情報、現場の一次情報で満たされていることだ。単なる観察者ではなく、どこかで歴史を改変しかねない微妙なポジション。中森明夫がいなければ、アイドルの歴史は違っていただろう。それを感じさせるだけの証言が、本書には盛り込まれている。
新人類トリオの解散式では、中森明夫の上に、小泉今日子が腰かけた。ドラマの原作者として宮沢りえに挨拶すると、「中森さん、ああ、クミコ(後藤久美子)ちゃんから聞いています」と言われ、その日のうちにスリーショットをおさめることになった。12年にわたり篠山紀信とタッグを組み、「ニュースな女たち」を連載、「チャイドル」をバズらせることに成功した。竹内結子をはじめてインタビューし取り上げたのも中森だった。十数年後、西麻布の路上で「中森さーん」と呼び止められた。国民的美少女コンテストの選に漏れた上戸彩を、審査員特別賞へと押し込んだのは、中森明夫だった。シンデレラオーディションで、ダンスレッスンの途中に泣き出した浜辺美波の名前を思わず書き、ニュージェネレーション賞が与えられた。
なかでも感動的なのは原田知世とのエピソードである。
2017年に、デビュー35周年で、雑誌のインタビュアーをつとめたときの最後の質問。
「もし本当にタイムトラベルができて、時をかけ35年前に帰るとします。そこには14歳の原田知世がいる。そしたら、その女の子になんて声をかけますか?」
虚をつかれたような表情をした彼女は、しばし沈黙して、思案げにうつむいていた。そうして顔を上げると、まっすぐな瞳をして、口を開く。
「……素晴らしい未来が待っているよ」
うっ、と嗚咽する声がもれた。同席した女性編集者が涙を流していた。まわりのスタッフもみんな泣いている。感動した。ああ、この瞬間に立ち会えて本当に幸福だった。p163
アイドルに憧れて、15歳で上京して以来、ほぼ半世紀。岡田由希子の死を乗り越え、AKB48をめぐる論争では批判の矢面に立ち、コロナ禍でアイドルが冬の時代に突入する中『TRY48』というアイドル小説を書くことで、生き延びた中森明夫は、希望に満ちた言葉でしめくくる。
11歳の上戸彩に、10歳の浜辺美波に、かつて私が見たものとは、何だろう?……原石の輝きだ。やがてその原石が本物の光を放つ瞬間が来る。必ず、やって来る。
アイドルを「推す」ということは、そう、未来を信じることなのだ。p250
コートのポケットに入る新書サイズに、平易な言葉で綴られた『推す力』は、実は中森明夫の人生のエッセンスが凝縮された最高傑作である。
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11月22日
森合正範『怪物に出会った日 井上尚也と闘うということ』(講談社)
『力石徹のモデルになった男 天才空手家 山崎照朝』の著者森合正範による井上尚也伝。あまりに強く、あっという間に試合が終わってしまうため、その強さを伝えることが困難な日本ボクシング界の至宝井上尚也。その壁を超えるために著者がたどり着いた結論は、井上に敗れた対戦相手たちの目を通じて、井上尚也を描くことでした。
小野寺拓也、田野大輔『ナチスは「良いこと」もしたのか』(岩波ブックレット)
権威主義志向の人間が、ポリティカルコレクトネスの流れに逆らって繰り出す言説の一つに、ナチスはアウトバーンの建設や経済政策など、よいこともしたというものです。はたしてそれらは本当なのか。事実として、解釈として、妥当なものなのかを、二人の歴史家が事実を踏まえ検証してゆく話題作です。
山口つばさ『ブルーピリオド 15』(アフタヌーンコミックス/講談社)Kindle版
藝大生の青春を描く群像劇。2年の夏休み、先輩たちに誘われ世田介ともども広島へと出かけた矢口八虎。そこで知った天才女流画家真田の死の真相、大きすぎる友人の死を乗り越えられずにいる八雲。それぞれの思いを胸に、公募展に出展したその結果は。
11月20日
カルヴィーノ(訳)和田忠彦『魔法の庭』(晶文社)
カルヴィーノの11編からなる初期短篇集。良質のイタリア映画を思わせるタッチで、人々の生活の断片が描かれますが、そこに入り込むファシズムや戦争の影。ユーモアやファンタジーを感じさせる世界に、容赦なく侵入するリアルな世界の重みが、巧みなバランスによって描き出されています。
11月19日
カルヴィーノ(訳)和田忠彦『むずかしい愛』(岩波文庫)
マイブームで、イタリアの作家イタロ・カルヴィーノの作品を固めて読んでいます。『むずかしい愛』はカルヴィーノの12編からなる短篇集。兵士、会社員、写真家、詩人、スキーヤーなど12の「冒険」から構成されています。
11月17日
中森明夫『推す力 人生をかけたアイドル論』(集英社新書) Kindle版
作家でありアイドル評論家でもある中森明夫の、アイドル論の総決算とも言える一冊。南沙織から、山口百恵、松田聖子、中森明菜を経て、AKB48、乃木坂46に至るまで、それぞれの時代の中で、輝いたアイドルたちのトレンドをたどる体験的歴史書でもあります。とりわけ原田知世、竹内結子とのエピソードは感動的です。
ロラン・バルト、宗左近・諸田和治訳『エッフェル塔』(ちくま学芸文庫)
フランスの批評家ロラン・バルトの1964年の著作。エッフェル塔というたった一つのものをテーマに、いかに豊かなテキストを生み出すことができるか、ロラン・バルトの真骨頂がいかんとなく発揮された名著です。しだいに完成へと向かうプロセスが素描されるモノクロームの写真も見事で、これだけでも読む価値があると言えます。1970年に発表された日本論『表徴の帝国』の空虚な中心の主題がすでに本書の中で登場している点も押さえておきたいです。
11月13日
二ノ宮知子『七ツ屋志のぶの宝石匣 20』(Kiss コミックス/講談社)Kindle版
銀座の質屋の娘倉田志のぶと、質草に預けられた北上顕定を中心にめぐるラブコメタッチの宝石をめぐるミステリー。パズル国の登場で、北上家の人々の失踪の背景が暗示されるものの、まだ真相の解明には遠そうです。将来をめぐる教師との面談バトルで、志のぶの驚愕の成績も明らかになります。
11月12日
島本和彦『アオイホノオ 29』(ゲッサン少年サンデーコミックス/小学館)Kindle版
1980年代の漫画家志望の青年を主人公にした自伝的漫画。過去の自分の漫画に、他の漫画家の漫画、そして現在の作者の絵の三つが混然一体となりながら、進行してゆきます。しだいに漫画家として認知されるようになったホノオは、ついに憧れの女性へと、さらに『タッチ』のヒットで飛ぶ鳥を落とす勢いであったあだち充と対面したものの、案の定やらかしてしまいます。
11月2日
岸政彦『にがにが日記』(新潮社)
社会学者であり作家でもある岸政彦が2017年4月〜2022年8月にかけてWeb上に発表した日記の書籍化です。続編にあたる「おはぎ日記」(2022年12月〜2023年4月)も併録。「連れ合いであるおさい先生(斎藤直子)とおはぎときなこという二匹の猫との大阪での生活を綴っています。ハートウォーミングでときにハートブレイキングな(この日記のなかできなこもおはぎもなくなる)岸政彦の文章と、著者自身による大阪や沖縄の写真、さらにどんくまがひそかな人気を集めるおさい先生のイラストと、一粒で三度おいしいエッセイ集となっています。
みなみしま+坂口恭平『坂口恭平の心学校』(晶文社)
2023年2月にSPACE上で行われた坂口恭平の「心学校」の5回にわたる講義の書籍化です。みなみしまこと南島興が「建築」「文学」「美術」「音楽」「生きのびることについて」の主題で、坂口恭平にインタビューし、坂口恭平の創造と表現、そしてサバイバルの秘密に肉薄しようとする試みです。章末の詳細な注によって、坂口恭平に関連する多くの固有名詞がむすびつけられているのも大きな特徴です。
ジョディ・リン・ナイ(訳)山田順子『宇宙に猫パンチ【猫は宇宙で丸くなる収録作】 』(竹書房文庫) Kindle版
竹書房のSF文庫フェアでKindle版が110円になっていたので、タイトルにひかれて購入しました。39pの短編ですが、それなりに読みごたえがあります。どうやって宇宙に猫パンチするんだと思いますが、タイトル通りの作品になっていると思います(原題は異なる)。
早瀬マサト、石森プロ、平井和正、桑田次郎、石ノ森章太郎、七月鏡一『8マン VS サイボーグ009』上、下 (チャンピオンREDコミックス/秋田書店)Kindle版
平井和正と桑田次郎の『8マン』と、石ノ森章太郎の『サイボーグ009』の、作者なき後のコラボ企画です。画力は素晴らしく、すべてのページにおいて、いずれの原作にも劣らず、ファンも満足の完成度になっています。同じ加速装置を持った8マンと009は、ドラマ展開のうえでも相性がよいですが、特にエイトマンの変身能力や、他のサイボーグ戦士たちの能力がうまく活かされています。エイトマンのロマンスをからめた展開も秀逸です。
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10月17日
ミシェル・フーコー、(訳) 田村 俶 『性の歴史 3 自己への配慮』(新潮社)
フランスの哲学者フーコーの未完の遺作『性の歴史』の第3巻。当初の計画を大きく変更した『性の歴史』のこの巻では、第2巻の古代ギリシアに続き、古代ローマ人の思想と生活に分け入りながら、近代ヨーロッパが遂げた道筋とは別の、主体のあり方を模索してゆきます。
10月16日
山内朋樹『庭のかたちが生まれるとき 庭園の詩学と庭師の知恵』(フィルムアート社)
自ら庭師であり、大学の教員でもある庭園研究者山内朋樹の話題の新刊。伝統的な日本庭園の造形は、いかなる形によってなされるのか、なぜあの木はこの位置に置かれ、この石はこの位置に置かれるのか。著者は、京都福知山の古寺の造園現場に立ち会いながら、庭園生成の内的な論理を、庭園の詩学と庭師の知恵の二つの視点から、考察してゆきます。
東浩紀『訂正する力』(朝日新書)
9月に出版された『訂正可能性の哲学』のいわば実践編。東京五輪開催までの顛末を見てもわかるように、現在の日本が行き詰まっているのは、保守もリベラルも、自らの過去の言動にとらわれ、訂正不可能性の呪縛にかかっているため。それに対する処方箋としての「訂正する力」を、思想家東浩紀は、「時事」と「理論」と「実存」の三つの面から、掘り下げてゆきます。
10月15日
松岡圭祐『ウクライナにいたら戦争が始まった』(角川書店)Kindle版
松岡圭祐のウクライナを舞台にした近過去小説。女子高生瀬里琉唯は、父親の仕事のため、両親と妹ともに、ウクライナで3カ月を過ごすことに。そんな折、ロシアによるウクライナ侵攻のニュースが流れ、あわてて帰国しようとするものの、新型コロナの影響で足止めを食い、恐るべき戦争の現場に居合わせることになります。松岡圭祐は、いたずらにウクライナを美化することなく、ノンフィクションを思わせるリアルなタッチで、しだいに戦場化する町を描き出します。
10月14日
伊坂幸太郎『777 トリプルセブン』(角川書店)Kindle版
『マリアビートル』の続編にあたる殺し屋を主人公とした、伊坂幸太郎の小説の最新作です。ホテルのある部屋へ届け物するだけの簡単な仕事だったはずが、いくつもの事件に巻き込まれ、ホテルから出られなくなった天道虫こと七尾。殺し屋たちの壮絶なバトルが続く中、晴れて彼がホテルから脱出できる日は来るのでしょうか。
10月13日
小林有吾『フェルマーの定理』2-4 ( 月刊少年マガジンコミックス /講談社)Kindle版
『アオアシ』の小林有吾が描く、料理マンガ。1巻は無料で読みました。数学の天才としてもてはやされた北田岳はかなわないライバルとの出現で挫折。彼が選ぶこととなったのは、料理の道でした。カリスマシェフ朝倉海のレストランで見習いとした働く中、得意の数式を駆使することで、しだいに岳の料理の才能は開花してゆきます。
10月10日
松岡圭祐『伊桜里 高校事変 劃篇』(角川文庫)Kindle版
松岡圭祐の大ヒットシリーズ高校事変のスピンオフ。シリーズの登場人物の紹介的なエピソードの位置づけです。伊桜里は優莉匡太の七女。五歳のときに児童福祉施設から養子として引き取られ、今は中学生になった伊桜里は、養子先での虐待と学校でのいじめに遭い、絶望の淵に。けれども、姉優莉結衣との出会いによって、大きく変貌を遂げることになります。
10月9日
鴻巣友季子『謎とき『風と共に去りぬ』 矛盾と葛藤にみちた世界文学』(新潮選書)Kindle版
『風と共に去りぬ』の訳者による、『風と共に去りぬ』の隠された魅力の数々が解明される解説書です。読者には、通俗小説として一気呵成に読ませること自体が、作者ミッチェルの戦略でしたが、実は、『風と共に去りぬ』は十年の歳月をかけて、念入りに練り上げられた作品。著者は、テキスト分析の手法を駆使しながら、時代背景や物語の「なにが書かれているか」ではなく、文体や話法、ポリフォニーなどの「どのように描かれているか」に迫りながら、その隠された謎や魅力を明らかにしてゆきます。
藤子・F・不二雄『T・Pぼん 1 藤子・F・不二雄大全集 1』(てんとう虫コミックススペシャル/小学館) Kindle版
ボンズによるアニメ化で話題となった藤子・F・不二雄のSF漫画。T・Pは「タイムパトロール」。ちょっとした事故で、未来の人のタイムトラベルの世界に巻き込まれた少年並平ぼんが、秘密保持のために、タイムパトロールの見習いになるところから物語は始まります。ピラミッドが建設された時代、魔女狩りの時代、西部劇の時代などへとタイムトラベルしながら、歴史を変えることなく、人名を救出することを使命とします。その未来の人がやってきたのは、なんと2016年から!
10月6日
ジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリ『アンチ・オイディプス』(河出書房新社)
1972年に出版された哲学者ドゥルーズと精神分析家ガタリによる記念碑的な著作。フロイト的な精神分析に対する批判であると同時に資本主義の批判でもあります。同じ翻訳のKindle版は持っているものの、コミック、小説、ノンフィクションと読むものが多すぎるため、分厚い思想書を電子書籍でいちいち開いて読むのはあまり現実的でなく、結局紙の本に戻ってしまいます。
10月4日
芥見下々『呪術廻戦 24』(ジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kindle版
呪霊と戦うために選ばれた、呪術高専の生徒たちの戦いを描く群像劇。死滅回游での戦いのさ中、虎杖悠仁(いたどりゆうじ)を器としていたはずの 特例呪物・両面宿儺(りょうめんすくな)に大きな変化が現れ、物語が新しい局面へとステップアップする巻です。
末永裕樹、馬上鷹将『あかね噺 8』(ジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kindle版
落語界を去らざるを得なかった父の無念を晴らすために、自ら阿良川一門に入門し、阿良川あかねを名乗り、落語家をめざすこととなった桜咲朱音(おうさきあかね)。登竜門である「四人会」の選考会で、客の心をつかみ、予想以上の高得点をあげた嘉一、ひかるに続き、トリを演じすることとなったあかねの逆転への秘策とは。
10月2日
宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』(新潮社)Kindle版
滋賀県大津市の中学生成瀬あかりを主人公とした、地元愛に満ちた青春物語。成瀬あかりは、成績優秀でスポーツも得意ながらも、周囲の空気を読まず、自ら思いついた発想を、何のためらいもなく実行する「超人」的な中学生。西武大津店の閉店までライオンズのユニフォームで通いつめ、TVに映り続けたり、友人とユニットを結成し、文化祭を皮切りに、M1にチャレンジしたりと、その影響力は、いつしか周囲に、大きな波紋をなげかけ、ついには町そのものまで変えてしまいかねないものでした。
三田紀房『Dr. Eggs 6』(ヤングジャンプコミックスDIGITAL/集英社) Kindle版
東北の国立大学医学部へと進学した円千森(まどかちもり)とその仲間の医大生の毎日を描くコミック。毎年学生の何パーセントかがふりおとされる単位認定のための試験の厳しさが描かれます。それを攻略するためのさまざまな知恵も、この6巻では披露され、さながら医大版『ドラゴン桜』。医大をめざす中学・高校生必読の内容になっています。
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9月24日
斎藤幸平、松本哲也他『コモンの「自治」論』(集英社)Kindle版
気候変動や、新型コロナウィルスによるパンデミック、ロシアによるウクライナ侵攻など様々な危機とともに、世界に広がる分断。今や危機に瀕する民主主義を救うために必要なのは、国家や資本主義によって収奪されつつある「コモン」と自治の復権である。そんな趣旨のもと、集まった論者は斎藤幸平、松本哲也の他、政治学者白井聡、杉並区長の岸本聡子、文化人類学者の松村圭一郎など錚々たる顔ぶれ。はたして閉塞的な日本社会に風穴を開ける嚆矢となることができるでしょうか。
9月23日
小泉悠『終わらない戦争 ウクライナから見える世界の未来』(文春新書)
軍事評論家小泉悠の『ウクライナ戦争の200日』に続く対談集。今回も『ウクライナ戦争の500日』にしようと考えたものの、戦争が終わりそうもないので、このタイトルに変更したとか。『ウクライナ戦争の200日』が漫画家や作家、思想家など多彩な顔触れであったのに対し、本書では千々輪泰明、熊倉潤、高橋彬雄という三人の専門家との対談で、一層掘り下げた内容となっています。
入不二基義、香山リカ、水道橋博士他『アントニオ猪木とは何だったのか』(集英社新書)
昨年10月に物故した不世出のプロレスラーアントニオ猪木についての論考集。哲学者、精神科医、芸人、作家など、多彩な顔ぶれがそれぞれの視点より、アントニオ猪木の生涯や言動、出来事を回顧し、その存在を分析するプロレスファン必読の書です。では、アントニオ猪木とは何だったのか。現代思想です、はい。
9月22日
中沢新一『惑星の風景 中沢新一対談集』(青土社)
2014年に刊行された中沢新一の最強対談集。なんといっても、冒頭を飾るクロード・レヴィ=ストロース、ミシェル・セール、ブルーノ・ラトゥールという三人の世界最高レベルの知性との対談が光ります。それに続くのが、吉本隆明、河合隼雄といった巨人たち。同時に、中沢新一の思想を、様々な角度から光を当てる解説書にもなっています。
9月15日
山田鐘人、アベツカサ『葬送のフリーレン 11』(少年サンデーコミックス/小学館) Kindle版
かつて勇者とともに旅したエルフのフリーレンは、新たな旅の仲間とともに、勇者の死後かつて訪れた土地をめぐります。デンケンの師匠であり、すべてのものを黄金に変える力を持つ最強の敵マハトとの対決の行方は?
9月11日
東浩紀『訂正可能性の哲学』(ゲンロン叢書)Kindle版
思想家東浩紀の最新刊『訂正可能性の哲学』は、『観光客の哲学』の続編とされます。『観光客の哲学』の末尾にある「家族の哲学」、一見リベラルとは正反対に見える「家族」の哲学をアップデートしながら、、ドストエフスキー、ウィトゲンシュタイン、アーレントをたどる中で、見出される「訂正可能性の哲学」とは?
あだち充『MIX 21』(ゲッサン少年サンデーコミックス/小学館)Kindle版
『タッチ』の舞台であった明青学園野球部の30年後を描く、まいどおなじみあだち充の高校野球漫画。立花兄弟の父英介の死で、後一歩だった甲子園を逃した明青学園野球部。投馬復活で、再び快進撃と思われたその時、思わぬアクシデントが発生。投馬の穴を埋めるには、夏野は力不足。ということで、とっておきの裏技バッテリーが誕生。まあ、この見せ場をつくるために投馬にケガをさせたのでしょうね。
9月9日
渡名喜庸哲(となきようてつ)『現代フランス哲学』(ちくま新書)Kindle版
フランス現代思想というと、フーコー・ドゥルーズ・デリダ止まりで、これまで軽くしか扱われることのなかったそれ以降の思想家紹介にむしろ重点を置き、クローズアップした画期的な一冊です。現代思想の基礎知識をアップデートしながら、フランス社会の変化を把握するには最良の一冊です。
村田沙耶香『生命式』(河出文庫)Kindle版
『生命式』は、芥川賞作家村田沙耶香の12編からなる短篇集。表題作の「生命式」では、死後人間の肉を食べることが尊い儀式とされる世界が描かれます。そんな中で、人食に抵抗を示す人々もいないわけではないのですが。私たちにとって忌まわしいタブーである行為を、崇高な美しさをもって描き出し、私たちの常識を根本から揺さぶらずにはおかない、村田ワールド全開の作品集です。
9月7日
板垣恵介『バキ道 17』(少年チャンピオンコミックス/秋田書店)Kindle版
刃牙を倒すのに10秒とかからないと再戦に臨む野見宿禰を迎え撃つ範馬刃牙の姿は、いわば進化の最終形態。悠然としたその姿はどこか宮本武蔵の自画像にも通じるものがあります。バキ道もこの巻を持って完結ですが、ボーナストラックとして、『グラップラー刃牙』の第一回を、今の絵柄で描き直した著者自身によるリメイクがついています。これでバキシリーズ完結かというと、さにあらず。今度はジャック・ハンマーとピクルをキャストとした「バキらへん」が始まるようです。
9月5日
加藤陽子、鴻巣友季子、上間陽子、上野千鶴『別冊 NHK100分de 名著 フェミニズム』(NHK出版)
2023年1月2日に放映された「100分deフェミニズム」の書籍化です。歴史家の加藤陽子、翻訳家の鴻巣友季子、社会学者の上間陽子、同じく社会学者の上野千鶴子というオールスターキャストで、フェミニズムの重要著作を多面的な視点からスポットライトを当てます。加藤は伊藤野枝集を、鴻巣はアトウッドの二つの長編小説『侍女の物語』とその続編『誓願』を、上間はジュディス・L・ハーマンの『心的外傷と回復』を、上野はセジウィックの『男同士の絆』を取り上げています。
9月4日
松井優征『逃げ上手の若君 12』(ジャンプコミックスDIGITAL/集英社) Kindle版
中先代の乱の主人公である実在の武将北条時行の活躍を描いた松井優征のコミック。晴れて鎌倉を奪還した北条軍ですが、ここから足利尊氏の壮絶な巻き返しが始まります。ある意味、この12巻が時行の人生の絶頂なわけで、ここから先歴史を知る読者は、読み続けるのがつらい場面も増えてきそうです。それでも読み続けるとすれば、『暗殺教室』という前例があるからでしょうか。この二つの作品は、主人公の姿や年齢は違っていても、物語の構造が瓜二つ、本当によく似ているのです。
9月3日
坂口恭平『幸福人フー 僕の妻は「しあわせ」のお手本』(祥伝社)
作家、画家、ミュージシャン、建てない建築家と、躁鬱病に悩みながらも、多面的な活躍を見せる坂口恭平の、奥さんフーに関するエッセイ。躁鬱病で、心が大きく上下する中でも、今まで大きく失敗することなく、周囲ともうまくやってこられたのは、フーさん(と二人の子供)のおかげであるのは間違いないでしょう。変わり続ける坂口恭平と変わらないフー、人からは見えなかった二人の対話を再現するとき、躁鬱病の正体も明らかになります。これは、いわば読むセラピーの本なのです。
今井むつみ、秋田喜美『言葉の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(中公新書)
今井むつみ、秋田喜美二人の言語学者による言語論。言葉を知っているとはどういうことか、はたして言葉を使うためには身体経験が必要なのか。記号接地問題から言語の本質へと斬りこんでゆきます。そのとき、鍵となるものとして、オノマトペと、アブダクション推論(仮説形成推論)を著者はあげます。
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ディスカヴァー・トウエンティワンの74タイトルが対象。
【198円〜】リニューアル4周年!「小説現代」大感謝祭(〜3/31)★★★
講談社の77タイトルが対象。
サン=テグジュペリ『人間の土地』など104タイトルが対象。
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KADOKAWAの2000タイトル以上がポイント還元。
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講談社の758タイトルが対象。
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8月29日
羽海野チカ『3月のライオン 17』(白泉社) Kindle版
十代でプロ棋士デビューした桐山零を主人公とした将棋漫画。桐山は、幼いころからのライバル二階堂晴信と久々の対決。桐山が繰り出した驚天動地の一手とは?他方、三月堂ではあかりが、近所のリクエストに応え、三時のおやつの出前で、その商才を発揮します。将棋漫画というより、グルメ漫画の色が濃い一巻です。
岩井俊二、乙一『花とアリス殺人事件』(小学館文庫)Kindle版
小学館のセールで40%ポイント還元となっていました。岩井俊二監督のアニメ映画を、脚本や絵コンテなどの資料に基づき、人気小説家の乙一がノベライズ。転校してきたばかりの有栖川徹子(アリス)と、隣家の娘で不登校のクラスメート荒井花が、学校の怪談化した殺人事件を解決する物語。もっとも、この事件には、花が深く関係しているのでしたが…
『文藝春秋 2023年9月』(文藝春秋)
第169回芥川賞発表で市川沙央『ハンチバック』掲載ですが、二段組の雑誌よりは単行本の方が読みやすいので、選考委員による講評の方が目的での購入です。特に、千葉雅也『エレクトリック』の各委員(というより作家)の評価や位置づけが気になりました。
『新潮 2023. 9 』(新潮社)
「テロと戦時下の2022-2023日記リレー」(永久保存版)が目玉です。岸政彦、柄谷行人、村田沙耶香、小川哲、多和田葉子、平野啓一郎、國分功一郎、ヤマザキマリなど52名の豪華執筆陣。他に、小川公代の「平野啓一郎と三島由紀夫――-ワイルドの“サロメ“的悲劇」も読もうと思いました。
8月28日
落合陽一『晴れ、ときどきライカ』(文藝春秋)
ライカとオールドレンズをフルに活用した落合陽一の写真集&エッセイ集。5500円と値段はそれなりに張るものの、写真・装幀ともに美しい、よい写真集です。モノクロームを中心に、秋葉原から上野にかけての都市景観や、飛騨の古民家、奈良の古寺、香港の夜、シリーズ化されたヌード写真、自宅の黒猫、子どもなどを写す中で、コロナ禍の時代の変化も肌で感じることができる写真集になっています。
8月25日
たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編 8』( 角川コミックスエース /KADOKAWA) Kindle版
『アンゴルモア』は、対馬、そして北九州が戦場と化した蒙古来襲を描く歴史絵巻。博多での戦いで敗走した日本軍は、大宰府への後退を強いられます。頼みの綱は、大昔に築かれた長大な水城。荒れ果てた古の建築物によって、果たして蒙古軍の進撃を食い止めることができるのか。同時に、おとぎ話のような義経=チンギスハン説とは異なる、伝承に基づいた義経流のルーツも明らかにされます。
8月23日
藤井太洋『オーグメンテッド・スカイ』(文藝春秋)
6月に出た藤井太洋の新作SF。東京の子ならぬ「鹿児島の子」マモルを主人公とした近未来SF。学生寮の次期寮長に指名されたマモルの役割の中でもとくに重要なのが、VR甲子園のまとめ役でした。しかし、やがて与えられた枠組みからはみ出て、アマチュアVRの世界大会の「ビヨンド」へと向かいます。『第二開国』に続く、グローカルな近未来小説ということができるでしょう。
8月19日
大今良時『不滅のあなたに 20 』(週刊少年マガジンコミックス/講談社)Kindle版
不滅の生命体であり、出会ったものの姿に変身することができる存在フシ。19巻までで、現代編は終わり、20巻からは未来編となります。数百年先の世界に生きながらえたフシとその仲間たちは、なぜか人々の敵となり、終われる存在になっていました。その理由とは?前世編、現代編、未来編と続くところを見ると、作者は手塚治虫の『火の鳥』の世界観をヒントにしているのかもしれません。
8月18日
三都慎司『新しいきみへ 5』(ヤングジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kindle版
何度ループしても、パンデミックで人類が絶滅するシナリオが繰り返される中で、一人記憶を持ち続け、サバイバルのシナリオを見い出そうとする少女相生亜希。「新しいきみへ」とは、毎度彼女と遭遇し、バディとなる運命の高校教師佐久間悟へのメッセージでした。鍵となるガスマスクの男を追ううちに、いつしか今回のシナリオでは、佐久間の妻亜希さえも巻き込んでしまいます。
8月17日
これも早川書房の半額セールを機会に購入しました。ハードSFの旗手グレッグ・イーガンの作品は、値段の安い方から買いそろえていっているのですが、なかなか読み通す機会がありません。
グレッグ・イーガン、(訳)山岸真『ビット・プレイヤー』(ハヤカワ文庫)Kindle版
『ビット・プレイヤー』は表題作を含む全6篇からなる短篇集。「七色覚」「不気味の谷」「ビット・プレイヤー」「失われた大陸」、「鰐乗り」「孤児惑星」とかなり毛色の違う6作品が収められており、バラエティに富んだ作品を楽しむことができます。表題作の「ビット・プレイヤー」は、理不尽な変化を強いられるゲーム世界の中の住人視点の物語です。
グレッグ・イーガン(訳)山岸真『シルトの梯子』(ハヤカワ文庫)Kindle版
『シルトの梯子』は、2万年後の人類の姿を描く長編SF。量子力学によって新しい時空が生まれてしまった結果に直面した人類の間の対立を中心に描きます。量子力学の先端知識と想像力によるフィクションが混然一体となっているため、イーガンファンの中でもわからないとの声が多いようですが、どこまでも量子力学は舞台をつくるための素材であり、そこから引き起こされる人間の変化やドラマを中心に読めばよいのだと思います。
8月14日
マーガレット・アトウッド(訳)鴻巣友季子『誓願』(早川書房)Kindle版
早川書房の半額セールに乗じて、Kindle版を買いました。『誓願』はカナダの作家アトウッドのディストピア小説、『侍女の物語』の続編とされます。同じギレアデを舞台とした十数年後の世界です。アトウッドの書き方も変化しましたが、トランプ政権の誕生など、世界中での反動的な方向への政治体制の変化により、作品に描かれた世界がもはや絵空事ではなく、不気味な現実味を帯びたものと感じられるようになりました。
三部けい『13回目の足跡 1』(角川コミックスエース/角川書店)Kindle版
『僕だけがいない街』の三部けいの新作コミックですが、『僕だけがいない街』に輪をかけて怖いです。というのも、小学校教員の男性と妻、その子供という一見幸福そうな家庭ですが、妻は家族を失うトラウマ的な出来事をひきずっており、息子は病気の治療のため、髪の毛がありません。家庭の平和というものがいかに薄氷の上になりたっているかを表すような設定です。そこに、人が死にかねないような事件の予告が、子供の字で寄せられ、それが続きます。誰が何のために?他人の不幸を見過ごしにできない性格の主人公戸河桃弥(もも)は、事件を未然に防ぐために奔走します…
8月13日
一時的に講談社の一部タイトルが半額の上、30%ポイント還元になっていたので次の本に前の本のポイントを充当しながら購入。セールがあることで、優先順位が低かったものが急に浮上することになります(そして財布を圧迫する結果に)。
宇野邦一『非有機的生』(講談社選書メチエ)Kindle版
早い時期からフランスの哲学者ドゥルーズの著作を精力的に紹介してきた宇野邦一の単著です。「非有機的生」とは何か。人間によって生み出された人工物すべては、有機的な人間の生の拡張でありながら、無機的な物質からなるものによって構成されています。これらを非有機的生と呼ぶことで、自然/人口のような、西洋思想の伝統的な二項対立を脱構築しようとする試みと言えるでしょう。
牧野雅彦『精読 アレント『人間の条件』』(講談社選書メチエ)Kindle版
ハンナ・アレントの主著の一つ『人間の条件』の、翻訳者による解説書です。人間とは何か。人間に対する科学と技術の影響はといった主だった内容だけでなく、全六章の構成にそったかたちで、詳細な解説が行われます。本書自体が、講談社学術文庫の『人間の条件』とあまり値段が変わらず、ちくま学芸文庫の『人間の条件』よりも高いだけに、Kindle本のセールのありがたみを実家します。
8月12日
熊田龍泉『それでもペンは止まらない』3〜5 (ヒーローズコミックス ふらっと) Kindle版
2巻までは買ってましたが、コミックは数が多すぎて押さえきれなかったものを、半額セールに乗じて購入。5巻完結です。美人だが、今一つヒット作に恵まれない女性漫画家美空輝子の苦闘を描いたコミック。人気漫画家黒姫カレンとの因縁の対決の行方は。最後まで波乱万丈の展開で、一気に読ませる熱量です。
8月10日
ジル・ドゥルーズ『スピノザと表現の問題』(叢書・ウニベルシタス/法政大学出版会)
ドゥルーズの著作の中でも、特に難解とされる代表的著作の一つ。学生時代原書で買って読みましたが、ほとんど理解できませんでした。ドゥルーズのフランス語自体は、語彙も少なく、するっと読めるのですが、具体的なモノでない概念が何を表すのかがどうしても直観的に把握できないの、言葉をたどるだけになりがちです。ここでの「表現」とは、神は諸物を通じて、その存在を表すというような意味の表現です。最近新訳が出たばかりですが、1万円を超えるので、状態のよい旧版をAmazonで購入しました。
岩本ナオ『マロニエ王国の七人の騎士 8』( フラワーコミックスα/小学館) Kindle版
中世騎士物語のかたちをとった岩本ナオのコミック。マロニエ王国の七人兄弟の騎士たちが、それぞれ訪れた先の国で、問題を解決しながらそれぞれの伴侶を見つけるという形で進んでゆきます。これまで比較的順調に進んできた七兄弟の冒険も、「食べ物が豊富な国」を訪れた末っ子ハラペコの章では、ハラペコが大波乱の展開に。なんとハラペコが巨大な獣へと変身してしまったのです。
8月7日
小川公代『世界文学をケアで読み解く』(朝日新聞出版)
出版社こそ異なるものの、『ケアの倫理とエンパワメント』『ケアする惑星』に続く「ケア」シリーズ第三弾というべき著作です。新たな文学作品を加えるだけでなく、『ドライブマイカー』や『インターステラー』などの映画、マルクスやフーコー、西田幾多郎などの思想まで射程におさめ、ケアの倫理も一段と深化し、練り上げられたものとなっています。
8月4日
乙野四方字『僕が君の名前を呼ぶから』(ハヤカワ文庫JA)Kindle版
乙野四方字の新作ですが、ハヤカワのセールでKindle版は半額になっていました。アニメ映画化された 『僕が愛したすべての君へ』『君を愛したひとりの僕へ』のスピンオフ作品。パラレルワールドへシフトしてしまう体質を持った少女と、彼女を今の世界につなぎとめようとする研究者の青年との出会いから始まる運命の物語となっています。
藤本タツキ『チェーンソーマン 15』(ジャンプコミックスDIGITAL)Kindle版
いったんデンジと恋仲になりかけた三鷹アサ。しかし、ナユタに記憶を奪われた上、今度は落下の悪魔に襲われ、大ピンチに陥ります。その前にたちはだかるチェーンソーマンとなったデンジ。ストーリーよりも、次々に展開する場面と、壮絶な破壊シーンに圧倒されます。
松本直也『怪獣8号 10』(ジャンプコミックスDIGITAL)Kindle版
次々に現れ、破壊の限りを尽くす怪獣たちを迎え撃つ防衛隊の活躍を、自ら怪獣への変身能力を備えた日比野カフカ中心に描くコミック。副隊長の保科は10号兵器を、四ノ宮キコルは4号兵器を使いこなし、戦闘力アップを図るものの、強大な怪獣たちが次々に出現し、一気に形勢は逆転します。というのも、彼らの狙いは防衛隊を分断し、一対一の対決に持ち込むことだったのです。
末永裕樹、馬上鷹匠『あかね噺 7』(ジャンプコミックスDIGITAL)Kindle版
落語家としての人生に中途で挫折する羽目になった父の無念を晴らそうと自ら落語家の道を歩むことになった桜咲朱音。阿良川あかねとして、一門の登竜門である前座練成会の本命とされるまでに成長したものの、思わぬ伏兵が。一人は30を過ぎたサラリーマンから転向組の阿良川嘉一、そしてもう一人はあかねとの因縁の声優、今は同じ阿良川を名乗ることとなった高良木ひかるでした。その急成長ぶりは、あかねを戦慄させます。
8月3日
大山顕『新写真論 スマホと顔』(株式会社ゲンロン)Kindle版
8月のKindle月替わりセールの対象。スマホで誰もが日常的に自分の姿や食べ物、旅先の絶景などを撮影し、SNSを通じて、世界に発信することが可能となった時代の写真論です。
つくしあきひと『メイドインアビス 12』(バンブーコミックス/竹書房)Kindle版
母が行方不明となった巨大な穴「アビス」へと、冒険の旅に出る少女リコと仲間たちの物語。ラノベであれ、コミックであれ、出来合いの似たり寄ったりの設定のファンタジーが多い中で、つくしあきひとは、オリジナルなキャラクターと、見たこともないオリジナルな異界をつくりあげてゆきます。地底に近づくほどに、人間が人間であり続けることさえ困難になるのが、アビスの世界の掟だからです。
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JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略
千葉雅也『エレクトリック』(新潮社)は、1995年前後の宇都宮を舞台とした青春小説。『デッドライン』『オーバーヒート』と三部作をなす。他の二作が名乗られることのない「僕」を語り手とした一人称の小説であるのに対し、『エレクトリック』では高校生志賀達也を主人公とした三人称の小説である点が異なる。
明確で知的に整理されたイメージゆえに、読者は志賀達也の物語を読みながらも、別の二つの物語を対位法的に想起することを強いられる。それは「私の人生の物語」である。一つの物語は、高校のころの自分の生活、家族、そして住んでいた街の物語である(地方都市に暮らす私は、県庁所在地にある高校まで電車で通学し、三つ下に妹がいた…)。もう一つは、年代にもよるが、自分にとっての1995年の物語である(Windows95の発売に世の中が沸き立っていたころ、私はまだワープロ専用機を使い続け、『新世紀エヴァンゲリオン』を私が見始めたのは、1997年深夜の再放送であった…)。速水健朗が名著『1995年』で総括したように、阪神淡路大震災とオウム真理教の事件に(文化的には『新世紀エヴァンゲリオン』の放映とウィンドウズ95の発売に)代表されるこの年は、日本社会にとって大いなる転機の年であった。
ただ当時の日本人が抱いていた、「何が起きても不思議ではない」「これまでの常識は通用しない時代」という漠然とした予感に、震災とオウムっというふたつの厄災が重なることによって「変動期の到来」という強い印象が突きつけられたのだ。
1995年とは、、それ以前に起こっていた日本社会の変化を認識する機会となった転機の年なのである。
(速水健朗『1995年』pp4-5)
『エレクトリック』のところどころに、オウム真理教や阪神淡路大震災への言及があるものの、それは遠く離れた非現実的な印象を与えるBGMのように聞こえる。しかし、それは14歳の少年を主人公としたあの物語の中の終わらない夏のように、通奏低音として鳴り響いている。
けれども、『エレクトリック』は、1990年代を懐かしむためのレトロ趣味の小説というわけではない。単に、著者にとっての創造的な感性の原点がその時代に形成されたということにすぎない。一つならずの何かがそのとき、始まった。それを象徴するのが「エレクトリック」に関わるエピソードである。「エレクトリック」は、狭義ではウェスタンエレクトリックのアンプを意味するが、同時に電気と電子に関わる全てをカバーする。
雷都宇都宮、Dr,マリックのハンドパワー、インターネット、電子メール、チャット…『エレクトリック』のあらゆるページに、電気と電子に関わる言葉がちりばめられている。一種の汎電論、雷神ジュピターの支配する神話の世界のようである。
1995年という特異な年や、オーディオと電脳世界という意匠を取り除いてみると、『エレクトリック』の真の姿が現れてくる。あらゆる冒険小説同様、それは徹底してテリトリーの小説、テリトリーの拡張と収縮、更新の物語である。第一に、主人公の志賀達也のテリトリー、だが同時に隣接した形である達也の家族のテリトリーが問題である。家族のテリトリーは、家庭内で接し合う一方で、家庭の外へとその線を広げる。この外部へのテリトリーの拡張は、志賀家にとっての死活の問題であるし、『デッドライン』の伏線にもなっていることだろう。第1章と第2章にはテリトリーの地図作成がある。第2章の冒頭にあるのは、舞台となる宇都宮の地図作成である。50万都市の全体から始まることなく、達也とその家族の行動の線によって、有限化され宇都宮、それが「街」である。
オリオン通りという、そこから宇都宮の「街」が始まる中心部のアーケードを抜けた先に、達也が通う塾がある。週に二回、木曜と土曜に通っている。
東武宇都宮駅とくっついた東武デパートから、JR宇都宮駅の西口までの地域を、達也の家族はひとことで「街」と呼んでいた。達也の家は東武線の方にあり、そのため東武を起点にして見ている。他方のJR宇都宮駅だが、達也がJRの在来線に乗ることはめったになく、宇都宮駅とは新幹線の駅であって、それは、はるか東京へ飛んでいくロケットの発射基地なのだった。
東武宇都宮駅=東武デパートの前にスクランブル交差点がある。それに面して、デパートの一階には、七〇年代から続くイタリア料理店があった。喫茶店のナポリタンくらいしかなかった時代に、宇都宮でいち早くスパゲッティを出した店である。薄暗い店内には、テーブルクロスがほの白く花咲いて光っている。その向こう、ガラス越しに見える交差点の雑踏が、達也にとって「街」なのだった。pp40-41
第1章にあるのは、1995年に志賀家の住む家の地図作成である。離れである「スタジオ」こそが物語の起点となる場所である。その離れのような場所は、家でありながら、家から切り離された存在、同時に内部と外部に属するような両義的な存在である。
この豆腐の家には、そのミニチュアのようなもうひとつの白い箱がついている。その離れ(原文傍点)を、志賀家では「スタジオ」と呼んでいた。それは高床式の建物で、一階部分の空洞はガレージになっていて、上の箱全体がひとつの部屋である。
もともとは、そこは離れではなかった。昔の家の増築した部分で、達也が生を受けるより前、印刷会社を辞めてフリーのカメラマンになった父が、祖父母の援助を受けて撮影のためにつくったところだった。そこが建て替えの際にも残された。新たな母屋とはベランダの端から接続されており、いったん外に出なければ行けない。ベランダから1メートルほどの隙間を、欄干のある金網の「足場」でつないでいいる。p7
家族内のテリトリーを語る上で、重要な契機が三つある。それを三つの「去勢」と呼ぶことが可能だろう。ここでは去勢とは、単純に影響力の及ぶ範囲、力の切断のことである。それは性的というよりも政治的な概念、ミクロ政治の概念である。第一に母親による父親の去勢がある。志賀家においては、母親の意向に逆らって物事を進めることはできない。
父にとって最大の問題は、妻の機嫌なのである。例のハンバーグ事件のときと同じだ。
我が英雄のシルエットが急速にしぼんでいく。
権力を握っているのは母なのだ。それは周知の事実ではある。だが、母こそが秩序なのだとしても、達也は父に「影の力」を発揮してもらいたかったのだ。p89
そして母親の去勢の力は、達也にも及ぶ。それは達也が、家庭内では語りたい通りに、語ることができないという形で現れる。ハンバーグは、生焼けの赤い色をしてはいけないのである。そして、他人の肛門の心配を彼女の面前で語ってもならない。もう一つの去勢は、達也による父親の去勢である。達也の妹の撮ったポラロイド写真を、まだまだ改善の余地があると上から目線で言いたげな父親の評価を、達也は斥け、妹を擁護する。これはこのままですでに完成品である。これでいいのだ、と。
「写真は一瞬を切り取って残す。それだけでいい」
達也は図らずも大きな声を出していた。
それだけでいい。
と言い切った達也には、虎が獲物に爪を振り下ろしたような暴力の手応えがあった。達也は叩いた。何かを叩いた。徹底的に潰してやる、と思った。p121-122
だが、物語を支配する最大の去勢、第四の去勢は、野村さんによって持ち去られたアンプである。黄金の羊の皮のように貴重なウェスタンのアンプは、有力な得意先である岡社長に対する一種の貢ぎ物である。そして、単に彼の元にアンプが届くだけでなく、志賀家を通して、整備されたそれが届くことに貢物としての意味がある。アンプは、社長のもとに届く。fort-daという運動の間で、奇妙な何かが生じている。それは志賀家ではなく、野村家によって整備され、彼を通して、社長へと届けられたものである。ファルスは回復されず、盗まれたままである。
『エレクトリック』を通じて、一貫しているのが宙づりの状態である。ゲイの世界の最初のアプローチは相手の返信なく終わった。同級生阿久津によるゲイの世界への質問には、一般論として肯定的に答えつつ、個人的なコミットメントには触れずにスルーする。ゲイの世界は、喫煙家の未来と同様、来るべきものとして、彼方の都市へと、東京(あるいは大阪)へと先延ばしされているのである。
東京それはどんなところだろう。
見分けのつかない場所。ノイズに埋もれている場所。結局どこが本当の東京なのか、わからない場所だ。そして宇都宮が、この一九九五年に偽物にすり替わっていたとしても気づかないはずだ。
東京それはどんなところだろう。
空間と時間が、あるジャンプを挟んで、別のものに入れ替わる。その以前と以後をまたいで何かを探しに行く。いったい自分は、東京で何を学ぶことになるのか。p150
宇都宮が東京から切り離された宇宙であるように、志賀家の父親と達也がこもるスタジオは、志賀家の母屋からは切り離された小宇宙である。そこには母親の権力、視線が及ばない自由の空間がある。だが、同時に社会からも切り離された存在である。そこでの営みを社会に接続するためには、外部での営業活動が必要なのだ。自らの創造的な営みを、社会へと接続し、経済をなすためには、回路が正しく設計・配置されなければならない。家計の不具合が顕在化した時、自立する能力が発展途上であると何が生じるのか。それが、第一作である『デッドライン』のテーマであった。不協和音に似たアンプの音は、そのまま『デッドライン』の伏線となっている。
関連ページ:
千葉雅也『勉強の哲学 来たるべきバカのために』 ]]>JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略
2013年にスタートしたヤマザキマリととり・みきの共作『プリニウス』も、この12巻で完結である。
雑誌掲載の2013年12月(コミック第1巻刊行は2014年7月)から2023年2月(コミック第12巻刊行は2023年7月)までの日本と世界の歴史をたどり直すと、とても感慨深いものがある。(リンク先はコミックと並走しつつ綴った拙レビュー)
2013年は「あまちゃん」が大ブームとなった年。2020年の東京五輪の開催が決定されたが、猪瀬都知事は5000万円受領問題で退陣を余儀なくされた。宮崎駿の『風立ちぬ』高畑勲の『かぐや姫の物語』公開。村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』刊行。大島渚、江副浩正、藤圭子、やなせたかし、ネルソン・マンデラがなくなった。
続く2014 年は激動の年だった。御獄山が噴火し、57名がなくなった。STAP細胞が問題化した年、ロシアのクリミア侵攻でウクライナ危機が起きたにもかかわらず、日本やアメリカを含む多くの国々の反応は冷淡なものであった。 マレーシア機の撃墜事件、イスラム国の勢力拡大、香港では「雨傘革命」、まだ民主派勢力が健在だった時期である。パリの同時多発テロでは120人以上がなくなった。やしきたかじんや永井一郎、土井たか子、高倉健、菅原文太がなくなった年でもあった。
2014年7月『プリニウス?』刊行
2015年はシャルリ・エプド事件の年、イスラム国によって後藤健二が殺害された年であった。チュニジアのバルド国立博物館でも銃乱射事件で22名がなくなった。ネパールを大地震が襲い、カトマンズの文化遺産の多くが倒壊した。大阪都構想が否決された年でもある。大塚周夫、平井和正、桂米朝、愛川欽也、岩田聡、原節子、北の湖、水木しげる、野坂昭如がなくなった。
2016年は天皇が退位の意向を示した年。熊本地震では200人以上がなくなり、熊本城天守をはじめ櫓や石垣の多くが破壊された。リオ五輪が開催された年、小池都知事が誕生した年でもある。トランプ大統領の誕生が確定し、世界を震撼させる。ポケモンGO、ピコ太郎、『君の名は。』が大ヒットした。蜷川幸雄、大橋巨泉、千代の富士、はらたいら、冨田勲、永六輔、中村紘子、マリア・テレサ、デヴィッド・ボウイ、ザハ・ハディド、アンジェイ・ワイダらがなくなった。
だが人間が乱暴な力でこうまで自然の姿を変えていいものかいずれ自然から手痛いしっぺ返しをくらうのではないか(『プリニウス ??』p20)
いったん、タラコネンシスからローマへと帰ったプリニウス。長大な『博物誌』の初稿を死の迫る皇帝ウェスパシアヌスのもとに届けて間もなく、再び皇帝の命によって、ローマ艦隊司令官としてヴェスビオスに近い、任地のミセヌムへと赴くことになる。やがてヴェスビオスの大噴火が始まる。17年間をかけて復旧してきた水道技師のミラベラの努力もむなしく、再びポンペイの街は死の灰に包まれようとしていた。プリニウスは船を走らせる。それはローマ市民を救うためだったのか、それともポンポニアヌス邸にある膨大な蔵書を救い出すためだったのか。運命の時は迫る。そのときプリニウスは、フェリクス、ミラベラは、エウクレス、その妻子プラウティナとリウィウス、プリニウスの甥のガイウス、そして猫のガイアは。
プリニウスの生涯を描くことのきつさは、最期が決まっていて、よく知られているということである。つまり、『刑事コロンボ』のように、最初から犯人も殺害方法もわかっている類の、完全ネタバレストーリーである。となると興味は、なぜそこに至る羽目になったのか。その行動と心の軌跡である。だが、それだけで12巻の長編を最後まで引っ張ることは不可能だったろう。偉大なる奇人であるプリニウスは、多くの人を仲間とし、行動をともにするようになる。とすれば、彼らの生命の危険も増すことになる。5巻あたりを読んだ時の私の最大の心配事は、ブレーメンの音楽隊(猫とカラスとロバ)と子供の運命がどうなるかということであった。そんな懸念に対し作者は「ご心配なく」とツイートしてくれたのであった。ロバこそ行方不明のようだが、その伏線も、12巻では見事に回収されている。
クライマックスを飾る二つの優れたページがある。一つは、満面の笑みで『博物誌』の世界を彷徨い続ける皇帝ウェスパシアヌスの世界であり、もう一つは物語の随所で目撃者として登場する半魚人(トリトン)や一角獣、イルカやタコ、神々たちによって見守られる中の臨終のプリニウスの姿である。その最後の台詞は、『北斗の拳』のラオウのごとく、我が生涯に一片の悔いなしというものであった。
地球も地球に生きる生物もみな宇宙の声を聞いて生きている
それにくらべて人間は 支配欲に蝕まれた矮小な生き物なのだ…
だが…私はそんな人間に生まれてきて楽しかったぞ…
わが人生に悔いはひとつもない…
(『プリニウス ??』p175)
その静かにして、穏やかな最期は、芭蕉の時世の句を想起させた。
旅に病んで 夢は枯野を かけめぐる
枯野ではなく、七つの海と砂漠とをかけめぐり続けた偉大な人生の足跡がここにある。
『プリニウス』は、単なる歴史上の有名人でしかなかったプリニウスを、肉体を持ち、私たちと同じように生活し、書物と旅によって世界を広げ続けた等身大の人物として、背景となった世界や周囲の人物ともども復活させたことにある。世界のコミック史に輝く歴史絵巻の金字塔として、長く記憶されることだろう。
Kindle版は1〜11巻が50%ポイント還元中(〜8/10)
関連ページ:
ヤマザキマリ×とり・みき『プリニウス ?』
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7月28日
藤井太洋『アンダーグラウンド・マーケット』(朝日文庫)Kindle版
東京オリンピックを前にした日本で、急速に増加した移民と地下の経済。社会の底辺にあえぎながらも、新しい時代の知識と技術を駆使して生き延びてゆくエンジニアたちの身体を張った戦いを描きます。いったん読みだすと止まらない面白さ。東京で一番速い交通機関は自転車という着眼も面白いですね。時間はずれても、今後実現する可能性のあるパラレルワールドのSFとして読むことができます。
7月27日
鴻巣友季子『明治大正翻訳ワンダーランド』(新潮新書)
2005年に出版されて絶版になっていたものを古書で手に入れました。若松賤子によるバーネット『小公子』や黒岩涙香によるボアゴベイ『鉄仮面』、母国よりも有名になってしまったウィダの『フランダースの犬』など明治20年代から大正時代にかけて翻訳された14の作品の翻訳事情と翻訳の内容を紹介。翻訳者や小説家にも役立つ知識が満載の楽しい本です。内容も全く古びてないので、再版を希望したい一冊です。
大澤真幸『社会学史』(講談社現代新書)Kindle版
かねてから気になっていた本ですが、この日のKindle日替わりセールの対象でワンコイン価格まで下がっていたので、迷わず購入しました。社会学者大澤真幸による社会学の歴史ですが、著者によれば社会学そのものも社会学の対象となります。ここで総括されているのは、あくまで西洋の学問体系としての社会学が中心。大澤自身の社会学も、師匠である見田宗介の社会学も、岸政彦も対象外です。最近読む社会学の本は、日本人のものばかりなので、そういう意味での風通しはよくなりませんが、(比較的)わかりやすい言葉で広範囲な知識をよくまとめています。
7月26日
米澤穂信、タスクオーナ『氷菓 15』(角川コミックス・エース)Kindle版
米澤穂信の「古典部」シリーズをタスクオーナがコミカライズ。アニメを手がけた京都アニメーションの悲劇を乗り越えて、作品の生命は続きます。『いまさら翼と言われても』)を読んでいてもミステリの結論がまるで覚えていないのは不思議です。そのおかげで、ネタバレにならず、二度楽しめるわけですが。
の属する漫画研をめぐる騒動には、作者の創作哲学が垣間見られるような気がします。奉太郎の読書感想文は、一種芥川風の二次創作ですね。原作(
7月21日
山口つばさ『ブルーピリオド 14』(アフタヌーンコミックス/講談社) Kindle版
あっという間に絵画の魅力にひきこまれ、藝大現役合格を果たした矢口八虎も二年に。しかし、公募展への応募を真剣に考える世田介らを前に、今まで将来のことをまるで考えてこなかった八虎にも転機が訪れます。八雲と鉢呂に誘われた広島で遭遇したのは、衝撃の才能との出会いでした。夭折した天才女性画家真田まち子はなんともカッコいいですね。
松岡圭祐『高校事変 16』( 角川文庫) Kindle版
女子高生が世界を変える「高校事変」シリーズの最新作。目障りな杠葉瑠那と優莉凛香を消すために、彼女たちが在校する高校ごとミサイルで破壊しようとしたりと、日本を陰で支配しようとする敵の攻撃はエスカレートするばかり。さらに、次なる一手としてEL累次体が繰り出してきたのは?高校を卒業し、大学へ進んだことで、めっきり出番が減ってしまったシリーズ本来の主人公優莉結衣と瑠那の衝撃の出会いもついに実現します。
7月15日
速水健朗『1973年に生まれて 団塊ジュニア世代の半世紀』(東京書籍)
1973年生まれの著者による世代論。個人的な思い入れはほとんど語られず、1973年以降の政治、経済、芸能、スポーツ、流行などの歴史を、1973年前後に生まれた有名人の活躍や話題を軸に、情報を集約する形で、たどり直した一冊です。1970代に生まれた人だけでなく、それ以前に生まれた人もその後に生まれた人も、自分が生きてきたここ数十年の時間の背景(やときに前景)で起きてきた数々の変化が走馬灯のようにかけめぐるライブ感覚あふれる歴史書となっています。
7月14日
丸山宗利、山口進『わくわく昆虫記 憧れの虫たち』(講談社)Kindle版
昆虫学者丸山宗利が、さまざまな昆虫との出会いを語った体験的昆虫記。めったに見かけないような希少種ではなく、モンシロチョウ、トノサマバッタ、エンマコオロギ、ゲンゴロウ、ミズスマシ、オニヤンマなど、誰にもなじみの深い昆虫を中心に語っているので、小学生でもスムーズに世界に入ってゆくことができます。昆虫写真家の山口進による写真は、過去のストックではなく、わざわざこの文章に合わせて、1年をかけて撮り直しただけあって、それぞれの昆虫の決定的瞬間を見事にとらえたものとなっています。カメラやレンズのデータや撮影の工夫も記載されているのも、昆虫写真を手がける人にはありがたい情報です。
7月13日
二ノ宮知子『七ツ屋志のぶの宝石匣 19』(Kissコミックス/講談社)Kindle版
銀座の質屋の娘倉田志のぶと、倉田家へ質草として預けられ、今は宝石店に勤める北上顕定を中心にした、ラブコメテイストの宝石をめぐるミステリー。ついに、一家が失踪した北上家の謎を解く鍵となる、あの宝石の所在がつきとめられたようで、物語が大きく動き出す一巻です。
7月12日
大童澄瞳『映像研には手を出すな! 8』(ビッグコミックス/小学館)Kindle版
本格的なアニメーション制作をめざす、浅草みどり、金森さやか、水崎ツバメら芝浜高校の映像研の活躍を描いた大童澄瞳のコミック。この8巻では、生徒会書記のソワンデがかつて師匠として仰いだ金森姉とのエピソードや、二人の浅草氏とのファーストコンタクトも明らかにされます。さて「アニメの大会」で高い評価を受けた映像研のアニメですが、それをあくまで子供の作品枠に押し込めようとする審査員、彼らの活動を青春ストーリーにしたがるTVクルー、さらには健全な高校生の表現として制約を加えようとする学校関係者と、堂々と対峙する映像研が描かれます。単なる中二病的な二律背反の図式に陥ることのない浅草氏の映像哲学の凄みを読者は知るでしょう。
7月7日
ヤマザキマリ、とり・みき『プリニウス 12』(バンチコミックス/新潮社)Kindle版
2013年よりスタートしたヤマザキマリととり・みきの共作による歴史絵巻の堂々の完結です。歴史上の人物だけに、はじめから終わりが見えていた作品ですが、当時の人びとの生活感をリアルに描きながら、プリニウス周辺の人物の人間模様を全方位的に展開することで、歴史的時間のたしかな手ごたえが得られる作品になっています。半魚人たちが見守る中の終焉は、感動的な名場面となっていると思います。
7月5日
西尾維新『掟上今日子の裏表紙 忘却探偵』(講談社)Kindle版
『掟上今日子の裏表紙』は、「忘却探偵」シリーズの第9作ですが、なかなかの傑作だと思います。掟上今日子が、殺人事件の犯人として逮捕されたまま、ビスケット・オリバよろしく、望みの食事と服装を手に入れながら、事件を解決するという設定です。VOFANによるこの巻の二枚あるイラストは特に見事で、こちらも最高傑作ではないでしょうか。
7月4日
伊藤砂務『片翼のミケランジェロ 5』(ジャンプコミックスDIGITAL) Kindle版
若き日のミケランジェロを描いたコミック。チェザーレ・ボルジアの台頭と没落。そして、ミケランジェロの手によるダヴィデ像の完成に至るまでを描きます。打ち切りになったのか、後半が史実から遊離した語りになってしまっているのが残念。この後も長々と生きることになるミケランジェロと、実際にはかなり年上で、美形ではあるがすでに髭の老人風の姿になっていたはずのダ・ヴィンチを、青春群像風に描こうとするあたりに無理があり、終わらせ方が難しい設定でした。
7月3日
(作)劉慈欣(訳)大森望、光吉さくら、ワンチャイ『三体0[ゼロ] 球状閃電』(早川書房)Kindle版
7月12日までの早川書房のKindle本キャンペーンで50%OFFとなっていたので、『三体』三部作に続いて購入しました。『三体』の前日譚にあたる作品です。語り手である14歳の少年が、怪現象に遭遇し、いきなり父親と母親を失ってしまいます。平易な語り口であっという間に、物語の世界に引き込まれてしまうので、『三体』そのものに挫折した人も、すんなり読むことができる入門編としてもお勧めです。
小川一水『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ3』(ハヤカワ文庫JA) Kindle版
シリーズ第三作となる「ツインスター・サイクロン・ランナウェイ」は、愛する者同士で力を合わせながら、宇宙の冒険の旅に出るテラとダイオードを主人公とした百合SF。『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ 3」では、二人は巨大ガス星雲を飛び出し、銀河の文明圏をめざすことになります。旅路の果てに彼女たちが見い出したものとは?
西尾維新『掟上今日子の色見本 忘却探偵』『掟上今日子の乗車券 忘却探偵』(講談社)Kindle版
『掟上今日子の色見本』は忘却探偵シリーズの第10作。こともあろうに掟上今日子が誘拐され、身代金10億円を要求されてしまった。留守を預かる親切守の奮闘ぶりと、誘拐先でも悠然と犯人を追い詰める掟上今日子の最強ぶりが光ります。『掟上今日子の乗車券』は、忘却探偵シリーズの第11作。一種の宣伝活動として、助手の親切守ともども5つの事件を解決する連作風の作品です。他の巻に比べ、息が短いので、気楽に読み流すことができそうです。
7月2日
西尾維新『掟上今日子の設計図』(講談社)Kindle版
講談社のセールに合わせて、「忘却探偵シリーズ」をコンプしようと思って購入しました。『掟上今日子の設計図』は「忘却探偵」シリーズの第12作。「学藝員9010」を名乗る人物による美術館に対する爆破予告。その犯人は?そしてそのねらいは?最速の探偵掟上今日子は爆破を食い止めることができるのか?
7月1日
吉田修一『おかえり横道世之介』(中公文庫)Kindle版
今でも根強い人気を誇る青春ストーリー『横道世之介』の続編。それからの横道世之介と新たな人々との出会い、そして彼の死の後にも人々の心に残る彼の言動の影響を数十年のスパンをかけて描いた力作です。前作の愛読者は、涙なしに読めない回収が行われています。続刊の『永遠と横道世之介』も最近刊行されたばかりですね。
伊藤亜紗『感性でよむ西洋美術 NHK出版 学びのきほん』(NHK出版)Kindle版
身体性に関わるさまざまな分野で積極的な挑戦を続けている美学者伊藤亜紗による西洋美術史の入門書。すでに大家たちによって語られたことを暗記するのではなく、歴史上の絵画を目の前にして、感じたことを言語化するかたちで講座は進んでゆきます。その時に、使われる方法が比較。二つの異なる時代の、同じ主題を描いた絵を比較することで、何がどう違うのかが、浮き彫りになってゆきます。そんな風にして、西洋美術の2500年の流れが手に取るようにわかる良書です。
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このブログ記事のセレクションである『現在の名著?ーリベラルアーツと教養の世界 書評集2』Kindle版が、6月12日より発売開始になりました。税込み450円です。Kindle Unlimitedでもお読みになれます。よろしくお願いします。
『現在の名著? 書評集2』は、森田真生『数学する身体』東浩紀『ゲンロン0 観光客の哲学』辻田真佐憲『大本営発表』國分功一郎『中動態の哲学』から小川公代『ケアの倫理とエンパワメント』千葉雅也『現代思想入門』鴻巣友季子『文学は予言する』まで、2013年11月から2023年1月までの十年間に発表された約800編の書評より人文・社会関連の30編を精選したもの。目次は以下の通りです。
目次
はじめに:書評の使命と現在の名著
第1章世界を旅する
■船曳健夫『旅する知――世紀をまたいで、世界を訪ねる』
■ヤマザキマリ『国境のない生き方』
■前野ウルド浩太郎『バッタを倒しにアフリカへ』
■高野秀行『間違う力』
第2章書物から世界へ
■松村由利子『少年少女のための文学全集があったころ』
■出口治明『教養は児童書で学べ』
■東浩紀『セカイからもっと近くに 現実から切り離された文学の諸問題』
■小川公代『ケアの倫理とエンパワメント』
■鴻巣友季子『文学は予言する』
第3章 哲学と現代思想
■飲茶『14歳からの哲学入門』
■白取春彦『超要約 哲学書100冊から世界が見える!限られた時間で、圧倒的な知恵と多彩な考え方を手に入れたいあなたへ』
■國分功一郎『中動態の世界 意志と責任の考古学』
■白井聡『武器としての「資本論」』
■矢野久美子『ハンナ・アーレント 「戦争の世紀」を生きた哲学者』
■松本卓也『創造と狂気の歴史 プラトンからドゥルーズまで』
■千葉雅也『現代思想入門』
第4章 世界の見方を考える
■伊藤亜紗『目の見えない人は世界をどう見ているのか』
■森田真生『数学する身体』
■東浩紀『ゲンロン0 観光客の哲学』
■岸政彦、石岡丈昇、丸山里美『質的社会調査の方法 他者の合理性の理解社会学』
■中田考『イスラーム入門 文明の共存を考えるための99の扉』
■ドミニク・チェン『未来をつくる言葉 わかりあえなさをつなぐために』
■森田真生『僕たちはどう生きるか 言葉と思考のエコロジカルな転回』
第5章日本の歴史・文化を再考する
■千田嘉博『城郭考古学の冒険』
■柄谷行人『遊動論 柳田国男と山人』
■辻田真佐憲『大本営発表 改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争』
■辻田真佐憲『空気の検閲 大日本帝国の表現規制』
■庭田杏樹、渡邉英徳『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』
■速水健朗『1995年』
■松岡正剛『日本文化の核心「ジャパン・スタイルを読み解く』
あとがき
『現在の名著? 書評集2』の発売を記念して、既刊の『坂口恭平論 書評集1』も350円から280円に値下げしました。
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6月30日
小川洋子『口笛の上手な白雪姫』(幻冬舎文庫)Kindle版
幻冬舎のセールで半額になっていたのでKindle版を購入。繊細な感性でとらえた世界を、透明な文体でつづった9編からなる短篇小説集です。ここに集められた作品のほとんどは、何らかの人やものについての「推し」の物語なのです。なぜ著者の手にかかるとどこにでもいそうなちょっと変わった人やものが、こんなにも魅力的に見えるのでしょうか。
6月25日
斜線堂有紀『楽園とは探偵の不在なり』(ハヤカワ文庫jA) Kindle版
本土から遠く離れた絶海の孤島。そこは、奇妙な姿をした天使が飛び回る世界でした。いきなりファンタジーの世界にほうり込まれ読者は戸惑うものの、結局は特別なルールを加えたクローズドサークルのミステリだとわかります。好むと好まざるとにかかわらず探偵は登場し、島で起こった事件を解決しなければならないのです。さて、その特別なルールとは…
6月22日
高野秀行『イスラム飲酒紀行』(SPA!BOOKS/扶桑社)Kindle版
酒なしで一日を終えることのできない冒険作家がイスラムの国々をめぐるとき何が起こるのでしょうか。当然のことながら、公では酒を飲んではいけないことになっている国々で、ひそかに酒を飲んでいる人や飲むことのできる場所を探し求めることになります。カタール、パキスタン、アフガニスタン、イラン、マレーシア、トルコ、シリアといった国々をめぐる中で、見えてきたイスラム社会の表と裏とは?
6月20日
小林俊彦『青の島とねこ一匹 8』(ヤングチャンピオン烈コミック/秋田書店)Kindle版
瀬戸内の小さな島に暮らす一人の女子高生の視点から、ゆっくりと時間が流れる島の生活を描き出すジュブナイルストーリー。オスの三毛猫ミケの一匹のはずが、シロが来て、モモ、ウメ、サクラの三匹が生まれ、いつの間にか猫五匹になったかに見えたのもつかのま、三匹の子猫はもらわれて青のもとを離れる運命に。そして、シロもどこかへいなくなり、再びねこ一匹の生活に戻った青の元を訪れた少女は、自らキツネを名乗っていました。はたしてその正体は?
6月9日
荒川弘、田中芳樹『アルスラーン戦記 19』(週刊少年マガジンコミックス/講談社)Kindle版
古代ペルシア周辺の国々の興亡を、三国史風に描いた田中芳樹の戦記物を『鋼の錬金術師』の荒川弘がコミカライズ。いち早くパルスの王都エクバターナに攻め入った銀仮面卿ことヒルメスは、自分こそは正当な王位継承者であると主張します。王都奪還をはかる国王アンドラゴラス三世に対し、王子アルスラーンは、逃亡したルシタニア軍追討へと向かいます。アルスラーンは、父アンドラゴラスに対し、頼朝に対する義経のような微妙な立場に置かれているので、三つ巴ならぬ、四つ巴の様相を示す戦況の行方は。実はルシタニア軍もまた一枚岩ではないことが明らかになってきます。
6月3日
池田信『1960年代の東京 路面電車が走る水の都の記憶』(毎日新聞社)Kindle版
毎日新聞のセールで半額になっていたので購入。1960年代の東京の写真集ですが、特に随所に都電が走る街の風景と、隅田川などに係留されたダルマ船の見られる川辺の風景が多く収められています。今は川が埋め立てられて名前だけになってしまった京橋など橋の周辺の風景が印象的です。
6月2日
松井優征『逃げ上手の若君 11』(ジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kinlde版
『暗殺教室』の松井優征が、実在の武将北条時行の若き日を描いた歴史絵巻。鎌倉幕府滅亡後、残された遺児北条時行は、諏訪の国で軍勢を集め、一気に鎌倉へと攻め上ろうとしていた。その前に立ちはだかるのは、足利尊氏の弟足利直義(ただよし)だった。
末永裕樹、馬上鷹将『あかね噺 6』(ジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kinlde版
落語界より追放された父の無念を晴らすために阿良川一門に入門した朱音だが、演目の少なさが弱点だった。それを補うために、教えを仰いだのが、今をときめく女流落語家の蘭彩歌うらら。彼女が与えた「お茶汲み」という高いハードルを朱音はクリアすることができるのか。「落語家は同業の芸を客席から観るのは御法度」など知られざる業界の掟を知ることのできるコミックです。
6月1日
朝日新聞出版『危機の時代に読み解く『風の谷のナウシカ』』(朝日新聞出版) Kindle版
ジブリプロデューサーの鈴木敏夫をはじめ、小泉悠、大童澄瞳、川上弘美、福岡伸一、大澤真幸など18名の多彩な顔ぶれによる『風の谷ナウシカ』論です。宮崎駿描く7巻のコミック版と、ジブリのアニメ版との違いや、識者それぞれの自然観、文明観がくっきり浮き彫りになって、とても興味深い論考になっています。
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宇野常寛の新刊は『ひとりあそびの教科書 14歳の世渡り術』(河出書房新社)。宇野の著書としては異例の、都市や自然の景観、昆虫の写真、仮面ライダーグッズなど、バラエティに富んだ数十枚の写真で飾られた楽しい本だ。
勉強に対してよくないこととされる「遊び」、その中でもさらによくないものとされるのが、集団でプレイしないひとりだけの遊びである。しかし、インターネットの時代になって、社会のトレンドが変わり、他人の顔色をうかがっている人間よりも、自分で考える人の方が重視されるようになった。求められるのは、コンピュータにできないことをできる人間。そのために、必要なのが自由な遊びで養われた想像力なのである。
みんなで遊ぶことで、大人が考えるのは、酒を飲むことである。こうした集団での遊びは、場の空気を読み、集団内のカーストを強化するだけで、創造的な力を奪ってしまう。
これとは逆の「ひとりあそび」として著者が提案するのは、街を走ること、生き物にふれること、ひとりでの旅、ものを集めること、そしてゲームをプレイすることの五つであり、本書ではそれぞれに一つの章が充てられている。
1章 街に走りに出てみよう
2章 生き物たちに触れてみよう
3章 ひとりで「旅」に出てみよう
4章 「もの」をたくさん集めてみよう
5章 ゲーム「で」しっかり遊んでみよう
もちろん、これ以外のひとりあそびもあるが、著者が体験的に実例を挙げることができるのが、この五つなのだ。この五つの中身を見ると、実は含まれていないと思われた要素もカバーされていることに気づく。たとえばものをつくること。ものを集めることの中に出てくるプラモデルを集めるためには、プラモデルを作らなくてはならない。さらにゲームをプレイすることの延長には、ボードゲームをプレイするだけでなく、オリジナルなゲームの作成も含まれるのだから。
ひとりあそびを行う上で、守るべき四つのルールがある。これらは「あそび」があそびであり続けるための、譲れない掟なのである。
一つは、人間以外の「ものごと」にかかわること。もの相手にできること、自分ひとりでできることに限ることで、対象であるものや行為に深入りし、他人というファクターに左右されずにあそび続けることができる。
二つ目は、「違いがわかる」までやること。ひとりあそびには、友人との遊びとは異なり、うわべのプレイにとどまらず、のめりこむことが必要だ。「違いがわか」り始めると自然にどんどんのめりこむようになる。
三つ目は、「目的」を持たないでやること。あそびはそれ自体が面白いことが原則で、目的を持ち始めるとあそびとは言えなくなる。あそぶ中で何かを得たとしてもあくまで結果にすぎないというスタンスを貫くことが大事なのだ。
最後に、人と比べない、見せびらかさないこと。これは他人の目を意識し始めると、その方が目的となりがちだから。
著者が痩せるために走ろうとしたとき、長続きしなかった。タイムも距離も決めることなく、好きな道を自分のペースで走ることでその楽しさがわかってきた。街を走ること、ある一つの街を知るには歩くのがよいが、街と街のつながりを知るには、走る方がよい。たとえば高田馬場と雑司ヶ谷のように、公共交通網では、離れている場所でも、実は近くにあることがわかる。
要するにいつも鉄道で移動していると、僕たちは自分の住んでいる土地の位置や方角についての感覚が、かなり鈍くなってしまう。しかし自分の身体で移動すると、それを取り戻すことができるのだ。p65
生き物にふれること、たとえば昆虫を採集したり、観察したりすることである。東京の山の手線内のような場所でも、実はカブトムシが取れる場所がいくつもある。夏の早朝、カブトムシの集まる場所を求めて出かけると見えてくるものがある。
夏の早朝、ひとりきりで森に向かっていると、ふだん住んでいる街が違って見える。この季節の朝は、日差しが刺すように強い。でも、昼間と違って地面が湧き上がるような蒸し暑さはない。だから僕はこの時間が夏の太陽を一番気持ちよく楽しむことのできる時間だと思っている。
夏の森の朝はとても賑やかだ。ほとんどの人間はまだ眠っている時間なのだけれども、鳥や虫たちは(種類によっては)活発に活動している。こうしていると、人間たちの世の中がどんなリズムやルールで動いていようと、世界は必ずしもそれがすべてじゃないんだということを実感する。p87
そしてひとりでの旅、それは必ずしも遠い国や地方への旅を意味しない。ふだん乗り降りする駅から一つか二つ離れた程度の隣町でもよいのだ。
行き先はお店でも、公園でも、美術館や博物館や動物園のような施設でも、なんでもいい。自分が暮らしている街の、いつも出かけているところとは「違う」場所を探検して、好きなところを見つけること。これが「小さなひとり旅」の第一歩なのだ。p100
少し離れた場所で、著者が好んで出かけるのは三浦半島、特に「小網代の森」である。
ものすごく狭い範囲の、短い距離にびっくりするくらいたくさんの自然が詰まっているのが、小網代の森なのだ。p104
宇野常寛が集めているものの一つは、仮面ライダーのフィギュアである。仮面ライダーシリーズとの出会いは、かれこれ四十年前に遡るが、その情熱が再燃し、グッズを集め始めたのは、20歳を過ぎたころだという。
あれから20年、僕はたぶん同世代では日本でもかなりのレベルのコレクターになっていると思う。僕は毎晩、仕事が一段落つくとそのコレクションの一部を引っ張り出してきて、眺める。手で触れる。その日の気分によって取り出すアイテムは変わるが、どれだけ眺めていても飽きない。世界にここまで素晴らしいものが存在していることに、そしてそれらを所有していつでも好きなだけ見て、触ることのできる自分の人生に感謝したい気持ちが溢れかえってくる。
だから僕は、この先どれだけ仕事で失敗しても、家族や友人との関係で失敗しても、ある一定のレベルより幸福感が下がらない自信がある。なぜならば僕は既にこの世界の中に、自分がほんとうに素晴らしいと思える絶対的なものに出会っているからだ。そしてそれを眺めているだけで時間がたつのを忘れてしまうからだ。pp135-136
仮面ライダー愛は、著者の存在そのものを支えるのである。
ゲームをすると言っても、攻略するのではゲームの設計者の意図に沿って遊んでいるにすぎない。そこで考えだしたのが、コンピューターに委任することだった。
誰かがプログラムしたゲームを攻略しているうちは、君はまだゲームに「あそばれて」いる。本当にゲームが好きなら、ゲームに遊ばれるのではなく、ゲーム「で」あそぶべきだ。そのほうが何十倍も、何百倍もおもしろいし、何より「終わり」がない。p177
そのために、自分でルールを決めた、縛りプレイをすること。さらに面白いのは、ゲームをつくることである。ゲームの世界は、単にコンピュータゲームにとどまらない。さまざまなボードゲームがある。自分だけのゲームを作ることで世界はずっと自由な広がりを持つようになる。そしてゲームをやることが、いかにして本を読んだり映画を見たりすることにつながるのかも語られる。
本を読むという行為は、「他人の考え」という、世界に膨大に存在する情報を前に、自分で問題を、ゲームをつくり続ける行為だ。自分ならこうする。自分ならこう考える。この本ではこう書かれているが、別の本で書かれていた情報を参考にすると実はこんな意外な側面があるのではないか、とどんどん考えが広がっていく。人間は少し離れるだけで、情報を自分で整理して、そしてそれをつくり直すことができる。既に存在している問題に答えを出すのではなく、問題そのものをつくることができる。他人の考えを単に覚えるのではなく、自分ならこうだなと考えながら読むだけで、それができる。ゲームにおけるコンピューターのプログラムとは、自転車の補助輪のようなものだ。少し練習すれば、誰でも補助線を外して自由に走ることができる。それが読書なのだ。pp191-192
五つの「ひとりあそび」のうち、前三つは、アウトドアのアクティビティであり、後の二つはインドアのアクティビティ、つまりオタクの営みである。おそらくアウトドア系のひとり遊びと、インドア系のひとり遊びの二刀流であることが、重要なのだ。大童澄瞳の『映像研には手を出すな!』の浅草氏も、設定にこだわるアニメ制作者である一方で、地面や水辺の生物を観察をしたり、タヌキの居場所を見つけたりするなど自然観察のフィールドワークを趣味とする。アニメ制作の仲間ができた後も、地面を掘り返したり、池をのぞきこんだりと、ひとりあそびの時間を持つことを忘れない。
『ひとりあそびの教科書』ほど宇野常寛の世界を、マッピングしたものはない。それは、彼自身による内的空間のプロファイリングである。「わが領土」というわけだ。だから、読者が、そのあそびの世界を、そのままコピーする必要はまったくない。そうではなく、本書を読んだときに、対位法的に浮かんでくる自分の中の、「ひとりあそび」の種子や萌芽がいくつもあるはずだ。たとえば、自宅の庭に、菜園やビオトープをつくること、釣りをすること、DIYでものをつくること、ただ一人でバスケットのゴールにシュートを打ち続けること、サッカーボールでリフティングを続けること、絵を描くこと、ピアノやギターなどの楽器を演奏することなど、宇野常寛が本書の中で挙げていない無数の解答が見つかるはずだ。それらを自分の生活空間や時間の中で、育ててゆくことである、
ひとりあそびは、生活の中で、複数の豊かなレイヤーを形成する。そのあるものは、仕事につながり、あるものは趣味や遊びにとどまり続ける(可能性があるというだけで、仕事へのつながりが目的であることを意味しない)。それらこそは、単なる観念ではなく、多数多様体としての「自由」である。
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5月31日
千葉雅也『エレクトリック』(新潮社)
哲学者千葉雅也の小説最新作。『新潮 2023年2月号』に掲載されながら、品切れで多くの人が読めなかった作品の、待望の単行本化です。『デッドライン』『オーバーヒート』と三部作をなします。時はインターネットの黎明期の1995年、阪神淡路大震災やオウム真理教の事件で日本社会に激震が走る中、宇都宮の高校に通う志賀達也の家庭風景と、学校生活、ゲイとしての目覚めなどが描かれます。
5月30日
Michel Serres:Les cinq sens ( Grasset )
フランスの哲学者ミシェル・セールの『五感』の原書です。原書で買った理由は、単純に安かったから。邦訳が6,820円するのに対し、原書は古書なら送料込みで、1000円しませんでした。言語中心主義によって背景に追いやられた五感の復権を図ろうとするセールの記念碑的著作です。
小林有吾『アオアシ 32』(ビッグコミックス)Kindle版
Jリーグのユースチームに抜擢された青井葦人の活躍を描くコミック。ここ2、3巻は、福田監督のスペイン時代のサクセスストーリーを描く展開となっています。いかにして、福田は思うように言葉が通じず、チームメイトからも無視された中でレギュラーの地位を獲得したのかが、義理の妹花の口から語られます。
5月27日
松岡圭祐『高校事変』『高校事変?』(角川文庫)Kindle版
カドカワのKindle本セールで安くなっていたので購入してみました。かつて数百人の死者を出したテロ事件の首謀者だった半グレのリーダー優莉匡太。その娘である女子高生の優莉結衣が、様々な犯罪に立ち向かい、解決するというストーリー。第1巻では、彼女の通う武蔵小杉の高校がテロ事件のターゲットとなり、不幸にして身につけてしまった武器の知識や技術を駆使して、高校を訪れた首相を救うことになります。
5月25日
原田マハ、ヤマザキマリ『妄想美術館』(SB新書)Kindle版
6月1日までのSBのセールで50%ポイント還元になっているのを見つけ購入。美術に関わるフィクション、ノンフィクションを発表し続ける作家原田マハと、漫画家でありイタリア絵画の碩学でもあるヤマザキマリの美術をめぐる対談です。思い出の美術館や好きな画家、そして存在しない理想の美術館などが語られます。
5月24日
西尾維新『混物語』(講談社BOX)Kindle版
「物語」シリーズの語り手阿良々木暦が、西尾維新の「忘却探偵」シリーズ、「美少年探偵」シリーズ。「戯言」シリーズ、「刀語」シリーズなどの12人の登場人物と遭遇し、何らかの事件を解決するという設定になっています。注目すべきは、阿良々木暦の掟上今日子とのやりとりで、掟上今日子=羽川翼説を唱えようとすると、ここでの二人の年齢差がネックになってしまいます。これで「物語」シリーズはコンプしたことになります(ただしシリーズはまだ続くようです)。
5月17日
辻田真佐憲『「戦前」の正体 愛国と神話の日本近現代史』(講談社現代新書)Kindle版
紙版の発売は18日のはずですが、Kindle版は先行発売になっていたので、こちらで読むことにしました。右派からも左派からも、好都合なコラージュが行われ、実像が見失われがちな「戦前」の実像に、辻田真佐憲が迫った一冊です。従来、国会図書館など文献によるリサーチに定評があった著者ですが、今回は戦前・戦中に建てられた全国津々浦々の神話がらみの銅像や記念碑の撮影旅行を敢行、ちょっとした観光本にもなっています。従来、明治までをカバーしていた著者が、今回は一歩踏み込んで本居宣長や平田篤胤など江戸時代の思想、さらには歴史が定かではない神話時代まで守備範囲を広げることで、いろいろ見えてくるものがありそうです。
畑中章宏『今を生きる思想 宮本常一 歴史は庶民がつくる』(講談社現代新書100) Kindle版
これも紙版は18日発売ですが、Kindle版は先行発売となっていました。『忘れられた人々』や『日本残酷物語』で知られる、民俗学者宮本常一、一気読み可能な入門書です。柳田国男の民俗学が、民間伝承や民間信仰を手がかりに、日本人の「心」に迫ろうとしたのに対し、宮本常一の民俗学は、民具などの「もの」を手がかりに、日本人の生活史に迫ろうとするものでした。さらに、民俗学を単なる研究にとどめず、農業指導や地域おこしへと結びつけた点に大きな特徴があります。
西尾維新、大暮維人『化物語 22』(少年マガジンコミックス/講談社) Kindle版
西尾維新の「物語」シリーズを大暮維人がコミカライズしたコミック版『化物語』の完結編です。原作の『化物語』だけでなく『猫物語』や『鬼物語』など、数巻の内容を組み合わせたもの。ただ、いまだに終わりの見えない「物語」を完結させるため、TV版『新世紀エヴァンゲリオン』のように、無理にエンディングを作った印象は否めません。
5月16日
西尾維新『戦物語』(講談社BOX)
西尾維新の代表作ともいえる「物語」シリーズの第31作。作者はこれを「ファミリーシーズン」第一弾と呼んでいます。FBI捜査官となった阿良々木暦は、戦場ヶ原ひたぎと結婚することになり、名前が変わるのを惜しんでか、日光の戦場ヶ原へと向かうことになります。しかし、それは後輩神原駿河と幼女化した吸血鬼忍野忍をともなってのものでした。新婚カップルになっても、忍野忍との関係が切れるわけではない阿良々木暦が繰り出した窮余の一策とは。『掟上今日子の鑑札票』は、「忘却探偵」シリーズと「物語」シリーズの関係を暗示したものでしたが、この『戦物語』では、最後のミッシングリングが埋まり、可能性は確定へと変わります。その一方で、阿良々木暦も、ある騒動のため、名前の変更を余儀なくされ、次作以降の「ファミリーシーズン」では、「SPY×FAMILY」的な家族構成になりそうです。
5月14日
島本和彦『アオイホノオ 28』(ゲッサン少年サンデーコミックス/小学館)Kindle版
1980年代、作者の学生時代からデビューしてプロの漫画家として成功するまでを描く自伝的コミック。もちろん個々のエピソードには、誇張や編集がつきものですが、発表した作品の歴史自体は、島本和彦が焔燃になっている以外、ごまかしようのないものでしょう。28巻では、最初の単行本を発表したばかりのホノオは雁屋哲が他の漫画家と組んで発表した新しい作品にショックを受けることになります。その名は『美味しんぼ』…さらに強烈な個性を持つ女性アシスタントの登場と、一気にヒートアップする『アオイホノオ』です。
伊坂幸太郎『砂漠』(実業之日本社文庫)Kindle版
実業之日本社のKindle本セールで、見慣れないタイトルがポイント還元になっていたので、購入してしまいましたが、実はだいぶ前(ゼロ年代)に紙で買って読んだことのある作品でした。仙台の国立大学に進んだ東西南北のつく4人(北村、南、東堂、西嶋)と、そうでない一人(鳥井)の学生時代を描く、伊坂幸太郎としては異色の青春小説です。
5月10日
アダム・スミス(訳)高哲男『道徳感情論』(講談社学術文庫)Kindle版
この日のKindle日替わりセールの対象となっていました。1759年に刊行された『道徳感情論』は、『国富論(諸国民の冨)』の著者アダム・スミスのもう一つの主著とされています。他者への共感を、利己的な人間が近代市民社会を形成する原理と考えようとするものです。進化論のダーウィンの「社会的本能」の考えを先取りするものとされます。
5月8日
板垣恵介『バキ道 16』(少年チャンピオンコミックス/秋田書店)Kindle版
古代相撲と、地下格闘技の勇者との戦いも終えたかに見えて、まだまだあちこちで火種がくすぶっているようで、当麻蹴速は愚地独歩に挑み、野見宿禰はビスケット・オリバと再戦します。そして、範馬勇次郎は、なんと捕鯨砲の前に立ちはだかるのでした。キャプテン・ストロイダム曰く「マッコウ鯨のノ10倍強イ」男だと。
5月7日
宇野常寛『ひとりあそびの教科書 14歳の世渡り術』(河出書房新社)
評論家宇野常寛の新刊は「ひとりあそびの教科書」。勉強に対してよくないこととされる「遊び」、その中でもさらによくないものとされるのが、集団でプレイしないひとりだけの遊びです。しかし、インターネットの時代になって、社会のトレンドが変わり、他人の顔色をうかがっている人間よりも、自分で考える人の方が重視されるようになったと著者は、言います。求められるのは、コンピュータにできないことをできる人間。そのために、必要なのが自由な遊びで養われた想像力なのです。「ひとりあそび」として著者が提案するのは、街を走ること、生き物にふれること、ひとり旅に出ること、ものを集めること、そしてゲームをプレイすることの五つなのです。
5月5日
5月7日まで、講談社のKindle本が50%ポイント還元だったので、前の本のポイントを次の本にあてながら購入しました。
岸見一郎『今を生きる思想 エーリッヒ・フロム 孤独を恐れず自由に生きる』(講談社現代新書100) Kindle版
フランクフルト学派に属するエーリッヒ・フロムは、マルクスの社会批判とフロイトの精神分析の統合を目指した思想家です。彼は、なぜ人々がナチスのような独裁国家を受け入れてしまうのか、権威に唯々諾々と従う人々の心理を、自ら責任を負わないための、「自由からの逃走」と考えたのでした。まさに、今こそ読まれるべき思想家フロムの人生と思想のエッセンスを、岸見一郎が凝縮した一冊です。
横山紘一『唯識思想』(講談社学術文庫) Kindle版
唯識とは「すべては心の中の出来事にすぎない」とする大乗仏教の根本思想です。『なぜ世界は存在しないのか』を書いたマルクス・ガブリエルなど最先端の現代思想にも通じた部分があり、近年再び注目される仏教思想への、わかりやすく入門書と言えるでしょう。
5月3日
清水高志『空海論 / 仏教論』(以文社)
日本におけるミシェル・セールの紹介者として知られる清水高志による空海論、仏教論。仏教の碩学である師茂樹、亀山隆彦との対話形式による講義「第一部 二辺を離れる 上七軒講義」と「第二部『 吽字義』考」の二部からなり、そのねらいを「初期仏教から密教までの哲学の初源のあり方を、現在考えられるあらゆる方法を駆使して読み解くこと」と著者は語っています。その過程で、プラトンやライプニツ、セールといった西洋との対話も試みることになります。同時に、大乗仏教は後世の捏造で釈迦本来の教えではないとする大乗非仏説に対する反証を試みたものとなっています。
5月2日
ハン・ドンイル『教養としての「ラテン語の授業」 古代ローマに学ぶリベラルアーツの源流』(ダイアモンド社)
韓国人の著者によるラテン語の入門講義の活字化ですが、体系的なラテン語の教科書とは言えず、これ一冊でラテン語が読めるようになるかというとはなはだ疑問です。どちらかというと、ラテン語学習のオリエンテーションというべき内容で、ラテン語に関する多くの歴史的知識や語彙が自然に頭に入るので、これを読んでラテン語の全体像をつかんだ上で他の本でラテン語を学ぼうとすれば、かなり学習にもはずみがつきそうです。
斎藤幸平『100分 de 名著 ヘーゲル 精神現象学』(NHK出版)
『人新生の「資本論」』の斎藤幸平が講師を担当するEテレの番組『100分 de 名著 ヘーゲル 精神現象学』のテキスト。難解きわまりない論理や言葉遣いで有名な『精神現象学』ですが、分断が進む二十一世紀の世界において、他者と相互に承認し合い、自由を実現する鍵が、ヘーゲルの『精神現象学』にはあると、斎藤幸平は語ります。『100分 de 名著』シリーズは、特に思想・哲学関係に強く、國分功一郎の『スピノザ』や、斎藤幸平のマルクスなど、そのまま加筆訂正を加え、新書として出版されています。
東野圭吾『クスノキの番人』(実業之日本社)
『ナミヤ雑貨店の奇蹟』に続く東野圭吾のよるファンタジー小説の文庫化。500ページになんなんとする長編小説です。クビにされた会社への腹いせから工場に侵入、窃盗と器物破損で逮捕され、人生にゆきづまった男が、伯母を名乗る女性の紹介でとある神社の巨大なクスノキの番人を任され、そこから生まれるハートウォーミングな奇跡を描いた作品です。
白井聡『今を生きる思想 マルクス 生を呑み込む資本主義』(講談社現代新書)Kindle版
講談社の50%ポイント還元キャンペーンの対象になっていたので、この機会にKindle版を購入しました。『永続敗戦論』のような日本政治の批判だけでなく、『はじまりのレーニン』や『武器としての「資本論」』など思想書の著作もある白井聡によるマルクスの入門書。『武器としての「資本論」』も、マルクスの『資本論』の解説でしたが、よりマルクスの生涯にシフトしながらも、地球環境に危機をもたらすフェイズとなった資本主義の存在を、「包摂」の視点から掘り下げます。
西尾維新、岩崎優次『暗号学園のいろは 2』(ジャンプコミックスDIGITAL/集英社) Kindle版
『化物語』を完結させた西尾維新のコミック新作。こちらは活字本のオリジナルがあるわけではなく、オリジナル作品のコミックです。学園を舞台に、暗号解読のバトルが展開されるわけですが、一巻の中にいくつもの暗号がてんこ盛りされていて、読者はその絶対量に圧倒されます。コナンが退屈に思えるほどのスピード感。西尾維新の天才ぶりがいかんなく発揮された傑作です。女の子よりもかわいい男子で、いざ能力が発動されると姿も表情も豹変する主人公いろは坂いろはのキャラ立ちもなかなかのものです。
5月1日
5月のKindle月替わりセールより、気になる2冊をチョイス。
中沢新一、河合俊雄『ジオサイコロジー 聖地の層構造とこころの古層 』(創元社)Kindle版
文化人類学者である中沢新一と、心理学者でユング派の分析家である河合俊雄の共著です。河合俊雄は、日本におけるユング研究者の先駆けである河合隼雄の子息ですね。本書のきっかけとなったのは『アースダイバー 聖地巡礼』。聖地とともに見出させる複数の層構造をテーマとして、議論を掘り下げてゆきます。前半河合による議論と中沢による議論、そして両者の対談という三部形式で構成されています。
町田康『私の文学史 なぜ俺はこんな人間になったのか』(NHK出版新書)Kindle版
パンク歌手から詩人へ、そして小説家へとその活動を広げ続け、唯一無二の存在となった芥川賞作家町田康が、自らの文学遍歴を語ります。いつから文学に目覚め、何を読み、どんな作家に影響を受け、何を表現してきたのか。さらに、文学の過去と未来に対する展望まで、独自の文体で、町田ワールドの文学世界を展開した快著です。
]]>JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略
『自宅で湿地帯ビオトープ! 生物多様性を守る水辺づくり』(大和書房)はオイカワ丸こと水生生物研究者の中島淳、と『映像研には手を出すな!』の漫画家大童澄瞳のコラボによるビオトープの入門書である。
ビオトープを作るには何をすべきで、何をすべきでないか。著者たちがつくったビオトープとはどのようなものか。井の頭公園などビオトープとなっている自然環境にはどのような生物が見つかるのか。そしてビオトープにやってきたり、住むことになる昆虫、魚や両生類、爬虫類、周囲や水上、水中に繁茂する植物の種類はどのようなものなのか。ビオトープに必要な知識がまるごと身につく楽しい入門書である。
本書の中で大童澄瞳が手がけているのは、オールカラー描かれた表紙と巻頭のイラスト、そして見開き4pの「最強ビオトープ」である。さらに個人が手がけたのビオトープ紹介にも登場していて、『映像研には手を出すな!』と地続きの世界を感じさせる構成になっている。
ビオトープは、湿地帯の豊かな生態系を持った場所のことで、自然か人工かを問わない。しかし、庭に穴を掘ったからと言って、それが池となるとは限らない。地下に水が浸透してしまえば、水は干上がり、池はできず、ビオトープとはならないのだ。だから、まず防水シートを敷くことから始めなければならない。水が溜まれば、昆虫や鳥、カエルのようなの両生類やトカゲのような爬虫類など、自然にいろいろな生物が向こうからやってくる。要になるのは、土のある場所から水面へと移行するエコトーンである。川があっても、コンクリートで護岸を固めてしまえばそこにエコトーンは生まれず、生態系も乏しいものとなる。
エコトーンとは日本語で「移行帯」といい、2つの異なる環境が少しずつ変化する場所、と定義されます。湿地帯においては、陸と水の間にある「陸とも水ともつかない場所」がエコトーンです。p27
もし水辺にエコトーンがなければ、水中生活をまったく必要としない生物と陸上をまったく必要としない生物の、二つの生活史パターンを持った生物しか暮らせない。だが、エコトーンがあると、これに水中とエコトーンを利用する生物と、陸上とエコトーンを必要とする生物、水中とエコトーンと陸上を必要とする生物、エコトーンのみを必要とする生物の四つの生活史パターンを持った生物が加わることになる。
羽のある昆虫や鳥、足のあるカエルやトカゲ、カニなどは、移動能力が高いので、向こうからやってくることができるし、種子が風や鳥によって運ばれるガマやヨシなど多くの植物もいつのまにか生えることがあるが、羽も足(肢)もない魚や水藻は、移動能力が低いので、自然な移動は考えにくい。だから、どこからか採取してくるか、もらってくるか、購入するかしかないということになる。
動物を採取する場合でも、植物を採取する場合でも、それぞれに法律による縛りがある。特に魚や貝類は、地域ごとの「漁業調整規則」を順守する必要がある。公共物である河川での、植物や土砂の採取に関しては、基本的に禁止なのだが、量が極めて少なければ問題ないないとされるが、地域ごとの実情に合った対応が必要である。
たとえ近くで多数とれるものであっても、当然、禁止されている特定外来生物は対象外だが、禁止されていない外来種に関しても、注意が必要で、ビオトープから逃げ出さない仕組みが必要だし、増えすぎたからと放流したりしてはいけない。固有種であっても、地域ごとにDNAが異なり、DNAを攪乱しないために、放流はNGなのである。
一口に、生物多様性と言っても、生態系の多様性、種の多様性、DNAの多様性の三つがあり、下の段階ほどないがしろにされやすい。自然保護団体の中にも、正しい生態系の知識に基づかず、違った場所のDNAを持つ魚や蛍の放流を行っている団体もあるので、真似をしてはいけない。
穴を掘り水をため、土を入れただけでも、様々な生物はビオトープにやってくる。
さまざまな種類のトンボ、カゲロウ、アメンボやゲンゴロウ、ミズムシ、マツモムシなどの昆虫。
ビオトープにやってくる昆虫類は、、成虫はわかっても、幼虫の姿を知る人は少ない。ヤゴも、トンボの種類によって形が異なる。種ごとに、成虫と幼虫の写真が掲載されているのが本書の特徴だ。
植物も風で種子が運ばれたり、鳥が種を落としたりして、新しい種が増えてゆくが、ミズクサや、ミズモの類は、自然に生えることは期待薄なので、どこかから持ってきた方がよいだろう。
そして、カエルやニホンカナヘビなども棲みつくようになるのである。
庭のないアパートやマンション住まいだからと言って、あきらめてはいけない。ベランダがあれば、コンテナや睡蓮鉢でも、あるいは鍋一つでも、ビオトープをつくることが可能なのだ。ビオトープとして機能し始めれば、天敵の生物が棲みつくため、蚊などもヤゴなどに食べられ、いなくなる。
ビオトープをつくれば、どんな世界が広がるようになるのだろうか。二人の著者に加え数人の個人の実例と、井の頭池や田無神社の竜神池、北九州市響灘ビオトープなど地域の例を写真入りでとりあげ、そこに棲みついている固有の生物も紹介している。
本書は単に個人でビオトープをつくろうとする人だけでなく、校庭にビオトープをつくろうとする学校の先生や、地域で自然保護活動を行っている人びと、地方の政治家にも読んでもらいたい一冊である。当然押さえるべき基礎知識に基づかない善意の自然保護活動は、かえって生態系を破壊する可能性があるし、井の頭池のように、護岸の外側にエコトーンを設けるなどちょっとした配慮で、整備された公園もビオトープとして機能するようになるからである。
『自宅で湿地帯ビオトープ! 生物多様性を守る水辺づくり』は、あなたの自然を見る目を変え、あなたの周囲の自然環境を、サステナブルな地球環境の一部に変えることができる、最強の入門書なのである。
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4月29日
桧垣立哉『ベルクソンの哲学 生成する実在の肯定』(講談社学術文庫)Kindle版
時代遅れの哲学者とされてきたアンリ・ベルクソンに新しい光を投げかけたのは、ドゥルーズの『ベルクソニズム』でしたが、二十数年前に出版された本書は、ドゥルーズによるベルクソン読解を媒介に、存在論としてのベルクソンの理解を一層深化させた一冊ということが言えるでしょう。近年一段と進んだベルクソン再評価の嚆矢となった記念碑的な書物です。
櫻井歓『今を生きる思想 西田幾多郎 分断された世界を乗り越える』(講談社現代新書100)Kindle版
難解とされる『善の研究』を世に送り出し、京都学派の地位を確固たるものとした哲学者西田幾多郎のわかりやすい入門書です。その人生は、生い立ちから、成功したのちに至るまで、苦難に満ちたもので、多くの身内の死が影を落としています。内容との齟齬を感じる『善の研究』というタイトルも、西田が考えたものではなく、売るために編集者が考えたもので西田自身も違和感を感じていたなど、今風の事情が明かされ、ずっと西田の世界が身近に感じられるようになる一冊です。
山口貴由『劇光仮面 3』(ビッグコミックス/小学館)Kindle版
大学のサークルで、特撮ヒーローの世界を蘇らせようとする若者たちの群像劇。主人公実相寺二矢(おとや)に対して、強力なライバルが出現します。技術の力を借りずに覆面ヴァイパーへの変身を追求する藍羽ユヒト。彼は実相寺に対し、特撮ヒーロー同士の対戦を迫ります。主人公実相寺が、円谷プロ系の特撮世界を受肉化したものであるとすれば、藍羽ユヒトの方はスタントプレイさえ拒絶した仮面ライダーシリーズへのリスペクトから生まれたキャラクターですね。
4月28日
山口周『自由になるための技術 リベラルアーツ』Kindle版
短絡的な利益追求のために、リベラルアーツをおろそかにし、実学分野へと向かおうとする日本の文教政策や、経済界の動向に対して、一石を投じた一冊。内容的には、出口治明や橋爪大三郎、ヤマザキマリなどリベラルアーツを代表するとみなしうる各界の著名人との対談で、それぞれの視点からリベラルアーツの重要性を論じてゆきます。ただ、短期的利益ではなく、長期での利益を考えるならリベラルアーツ的な論法にならざるをえず、功利主義的な臭みが消えないのが残念な点です。
4月27日
三木那由他『言葉の展望台』(講談社)
言語哲学者による著者による十二編からなるエッセイ集で、日常的なコミュニケーションの中で、ふと突き当たる言葉についての疑問点を掘り下げ、考えてゆこうとする試みです。たとえば、学生が自分に対して、「先生」という呼び方をすることに違和感を感じたからと言って、それを止めるように言い、実際にやめさせたとしたらこれは逆に教師としての権威の行使であり、本来の趣旨とは矛盾した意味を持ってしまうという逆説など。同時に、ラッセルやウィトゲンシュタインの言語観と、それ以降のオースティンやサールの言語観の変容など、アカデミックな基礎知識もわかりやすく解説され、言葉に対する展望が開けてくる一冊です。
田島木綿子『海獣学者、クジラを解剖する。〜海の哺乳類の死体が教えてくれること〜』(山と溪谷社)Kindle版
この日のKindle日替わりセールの対象となっていました。国立科学博物館の研究員で、クジラやイルカなど打ち上げられた海獣の解剖にあたる著者によるストランディングと海獣研究の解説書です。毎年どのくらい数の、どんな種類の海獣が打ち上げられるのか、海獣の解剖は具体的にはどんな作業なのか、そこから何がわかるのか。小中高大のどの生徒、学生が読んでも科学の世界に目を開かされ、センスオブワンダーを感じることのできそうな名著です。同時に、海獣が打ち上げられると住民のクレームを恐れ、即座に処分を行おうとする自治体の長たちにも読ませたくなる本です。
4月23日
中島淳、大童澄瞳『自宅で湿地帯ビオトープ! 生物多様性を守る水辺づくり』(大和書房)
水生生物研究者の中島淳、と『映像研には手を出すな!』の漫画家大童澄瞳のコラボによるビオトープの入門書です。ビオトープを作るには何をすべきで、何をすべきでないか。著者たちがつくったビオトープとはどのようなものか。井の頭公園などビオトープとなっている自然環境にはどのような生物が見つかるのか。そしてビオトープにやってきたり、住むことになる昆虫、魚や両生類、爬虫類、周囲や水上、水中に繁茂する植物の種類はどのようなものなのか。ビオトープに必要な知識がごろっとまるごと身につく楽しい一冊です。
4月22日
この日だけ、集英社のコミックの一部が50%ポイント還元(実質半額)になっていたので、まとめ買いしました。
甲斐谷忍、夏原武『カモのネギには毒がある 加茂教授の人間経済学』1〜4(ヤングジャンプコミックスDIGITAL) Kindle版
『LIAR GAME』の甲斐谷忍と、『クロサギ』『正直不動産』の原作者夏原武のコラボによる傑作コミック。天才経済学者加茂洋平は、大学の講義を休講にしては、フィールドワークと称して、社会にはびこる悪徳商法の正体を暴き、その上前をはねるような天才的な手口で、制裁を加えてゆきます。世の中の一見おいしい話の裏側のからくりを、わかりやすく解説してくれる、勧善懲悪のコミックです。
三田紀房『Dr. Eggs 4』(ヤングジャンプコミックスDIGITAL) Kindle版
『ドラゴン桜』『インベスターZ』の三田紀房が、東北の辺鄙な国立大学に入学した医学生の生活をリアルに描くコミック作品。円は、いっしょに勉強することによって、高嶺の花である西川との噂を立てられてしまう。その犯人は、身近なところに。そして、迫る試験では、一つの科目の不合格が進級に関わってくるので戦々恐々。鬼門は、生理学でした。はたして試験問題の予想を当てることができるのでしょうか。
4月20日
マルキ・ド・サド(訳)渋澤龍彦『 閨房哲学』(角川文庫)Kindle版
『 閨房哲学』は、1795年に書かれた対話形式の小説。15歳の少女、 ウージェニーと、近親相姦を楽しむサン・タンジュ夫人、放蕩者のドルマンセ三名の対話で構成されています。無神論や、不倫、近親相姦なども肯定的に語られる、サドの代表作の一つです。
アポリネール(訳)須賀慣『一万一千本の鞭』(角川文庫)Kindle版
「ミラボー橋」で有名な詩人アポリネールは、一方では自由奔放なエロティックな小説の作者としても知られています。『一万一千本の鞭』は、『若きドン・ジュアンの冒険』と並ぶこの分野の代表作、青年ヴィベスクの性的遍歴を描いた作品です。
4月18日
三都慎司『新しいきみへ 4』(ヤングジャンプコミックスDIGITAL) Kindle版
パンデミックによる世界の崩壊を食い止めるために、ひたすらループ化された人生を繰り返し続ける少女相生亜希。前のステージでは、バディであった教師悟からも離れ、単身細菌テロを食い止めるために、一人奔走し続ける亜希の前に、ようやく手がかりらしきものが。悟との再会ははたして可能なのか。
迫稔雄『バトゥーキ 15』(ヤングジャンプコミックスDIGITAL) Kindle版
ブラジルの格闘技カポエイラで、強さの頂点をめざす少女三條一里を主人公にした格闘技巨編。莫大な財産の相続権をめぐるバトルも佳境に入り、いよいよ一里の強烈な腹違いの姉たちの登場です。総合格闘家・遊佐春麻 との戦いで、さらなる進化を見せ、何とか互角の戦いへと持ち込んだ一里。しかし、アグリはその遊佐をものともしないほどの猛者でした。一里に勝ち目はあるのか。
4月17日
國分功一郎『目的への抵抗』(新潮新書)
シリーズ哲学講話の第一巻は、「目的への抵抗」で、2020年と2022年に行われた二回の講義と、学生との質疑応答で構成されています。コロナ禍のもと、さまざまな自由の制限も当然と思われた世界に対するアガンペンの異議申し立てから、この講義は始まっています。
4月14日
とよ田みのる『これ描いて死ね』2,3 (ゲンサン少年サンデーコミックス)Kindle版
2023年の漫画大賞受賞作です。1巻は無料で読めるので、2,3巻を購入。伊豆王島の女子高生たちが漫画家研究会を作り、コミティアをめざす、いわば女子高生版「まんが道」です。絵柄も藤子不二雄インスパイア系。あこがれのあの漫画家が、実は自分の学校の先生だったところから一気に話は進みます。読んでいるうちに、漫画の作り方も同時にわかる漫画の入門書にもなっています。
4月13日
荒木飛呂彦『岸部露伴 ルーヴルへ行く』(ジャンプコミックスDIGITAL)Kindle版
『ジョジョの奇妙な冒険』のスピンオフ、岸部露伴シリーズの最新作。ある女性との出会いがもたらした不思議な絵の噂。その「暗い絵」が実はルーヴルに所蔵されているという情報を聞き、パリに向かった露伴を待っていたのは、恐怖の体験でした…。ルーヴル美術館のバンド・デシネプロジェクトのために描き下ろし作品、オールカラーで登場。紙の版はともかく、電子版は値段の割にページ数が少ないのが残念ですね。
4月12日
Richard Powers:Bewilderment(Vintage)
Overstoryでピュリツァ―賞を受賞したリチャード・パワーズの最新作。地球環境が危機に瀕した近未来の地球を舞台にした、妻に先立たれた科学者と9歳になる息子の物語です。才能豊かながらも、周囲との協調性を欠いた息子のために、父親は思い切った治療を試みようとします。それは、亡くなった母親の脳の記録パターンに合わせて、彼をトレーニングしようとするものでした。その試みがもたらすものは果たして。
青山剛昌『名探偵コナン 103』(少年サンデーコミックス)Kindle版
ファミレスでの殺人事件に居合わせたのは、おなじみ三組のカップルのはずが相手違いで、それが別の意味の修羅場になったりします。寿司屋の店員の正体が明かされたり、コナンの正体に気づいたかのような男が現れたりで、いよいよ『名探偵コナン』も終わりに近づいてきた予感がします。この期に及んで、日常的な殺人事件を解決するルーティンを間にはさんだりせず、一気に最後まで突っ走ってほしいものです。
4月10日
みのる『神のごときミケランジェロさん』(少年チャンピオンコミックス・タップ!)
『片翼のミケランジェロ』でミケランジェロ像が固定化しないように別のコミックも読むことにしました。こちらは、2015年に出たものですが、ギャグ仕立てで、ところどころに電話を登場させたり服装が現代風だったりのアナクロニズムを含みながらも、個々のエピソードはより史実に近づけています。しかし、共通するエピソードも多いので、それらは何らかの資料に基づいたエピソードであるとわかります。
4月9日
ウクライナ―(訳)岡本朋子(日本語版監修)平野高志『美しきウクライナ 愛しき人々・うるわしの文化・大いなる自然』(日経ナショナルジオグラフィック)
ウクライナの自然や歴史的建築、文化や産業、そしてそこに生きる人々の姿で構成されたオールカラーの写真集です。その中には、ロシアの侵攻によって戦場と化したドニプロ地方やザポリジャ地方、ドネツィク地方、アゾフ海沿岸のマリウポリも含まれます。戦火なきウクライナの姿は、自然に心の中にしみこみ、言葉だけでは伝えきれないメッセージを伝えてくれます。これは今一つの「この世界の片隅に」なのです。「ウクライナ―」は、ウクライナ―はウクライナの土地と人々を知り、世界に伝えることを目的とした組織で、600人以上のボランティアが参加しています。
4月8日
伊藤砂務『片翼のミケランジェロ』1〜4 (ジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kindle版
イタリアルネサンスの巨匠、ミケランジェロの半生を徒弟時代から描いたコミックです。父親との軋轢、同じ工房の仲間との反目と友情、レオナルド・ダ・ヴィンチとの運命的な出会い、不安定なイタリアの政治状況に翻弄されるミケランジェロとダ・ヴィンチなど、波乱の生涯が描かれます。ダ・ヴィンチとの年の差が縮小されて描かれたり、身なりに構わなかったミケランジェロをきちんとした服装で描いたり、多分にフィクションの要素も混入されていますが、美しい登場人物、正確な建築物や芸術作品のデッサン、次々に読者を引き込む見せ場を作る巧みな演出、そして印象的な決め台詞など、最高の歴史絵巻の要素を兼ね備えた傑作コミックです。この作品のバックボーンとなっているのは、漫画家の制作環境や感情が、ルネサンス期の芸術家たちの環境や感情と多くの共通点を持ち、それゆえ彼らの心の中をリアルに描き出すことができるということではないでしょうか。
4月7日
森脇透青、西山雄二、宮崎裕助、ダリン・テネフ、小川歩人『ジャック・デリダ 「差延」を読む』(読書人)
一見新書版の入門書に見えますが、ジャック・デリダの「差延( différance )」という論文に焦点を当てた一冊で、ゼミや読書会のように、デリダと関連するハイデガーやフッサール、フロイト、ドゥルーズなどの文献を参照しながら、掘り下げていくスタイルで構成されています。専門的な用語が、かみくだかれることなく次々に登場するので、予備知識なしにデリダの入門書として読むのは厳しいかもしれません。五氏の第二部から先に読んでおくと、この論文を若きデリダがかなりテンパった状態で発表したことがわかり人間的にも親しみが持てるし、また五者五通りの理解のための補助線をひいてくれるので、予備知識のない人は後ろから読むことをお勧めします。理想は、冒頭に決して長いものではない「différance」の新訳でも置いてほしかったですね。二分冊の『哲学の余白に』の邦訳も決して安い本ではないので。
廣津留すみれ『アメリカ生活で磨いたネイティブがよく使う英会話フレーズ』(集英社ノンフィクション)Kindle版
ヴァイオリニストとしてもテレビのコメンテーターとしても活躍している廣津留すみれによる英会話本です。英語もフランス語も、一時期ネイティブとそれなりに話せる時期はありましたが、時々こういう刺激を与えないとどんどんと忘れ、さびついてしまいます。ここで取り上げられた英語表現は、必ずしも英和辞典や英辞郎などでもカバーしきれないものがあり、会話の現場の頻出表現を生で拾っていることがよくわかります。日本語と英語の流れが、スムーズに構成され、フォントもよみやすい大きさで、紙の本としてはよくできていますが、電子版は固定レイアウトのため、使いたい表現にラインは引けず、気になる項目にスキップしようとしてもひたすらスクロールするしかないなど、実用書としてはちょっと残念なつくりでした。
4月6日
光文社古典新訳文庫のセールの第二弾は、哲学・思想書が中心。13日まで半額なので、持っていないものを買い足しています。
プラトン(訳)中澤務『プロタゴラス あるソフィストとの対話』(光文社古典新訳文庫)Kindle版
プラトンによる対話篇の一つで、若き日のソクラテスが、当時有名であったソフィストのプロタゴラスを訪ね、他の人びとも交えながら語り合う形で構成されています。「人間の徳(アレーテー)」とは何か?その行き着く先は。
アラン(訳)長谷川宏『芸術の体系』(光文社古典新訳文庫)Kindle版
フランスの哲学者アランの芸術論。学生時代は、サルトルやフーコーなど尖鋭な思想に心を奪われていたので、どこかしら常識的な感じのアランは、買うだけ買って読む機会はなかったです。しかし、自分で同じような考えをまとめようとすると、その労作ぶりに感心します。この本は、ろくに参考文献も手に入らない第二次世界大戦の戦場で書かれたという点も、特筆すべき一冊です。
4月4日
藤本タツキ『チェーンソーマン 14』(ジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kindle版
学園編の「チェーンソーマン」では、エンドレスなバトルシーンの連続ではなく、ラブコメ的な会話の間に、「悪魔」による割り込みとバトルが入り込むという展開に。デンジとアサがデートすることになったのは、水族館。恋を知らない二人のかみ合わない会話が最高にクールです。
松井優征『逃げ上手の若君 10』(ジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kindle版
一人北条氏の残党を糾合させ、鎌倉幕府復興をもくろむ若き北条時行を主人公としたコミックです。鎌倉まであと一息まで迫った彼らの前に立ちはだかったのは、強敵渋川義季(よしすえ)、馬の被り物とともに敵陣を駆け抜け混乱に陥れる今川範満、そして人造武士を次々に繰り出す上杉憲顕など錚々たる顔ぶれの武者たちでした。
4月3日
カント、(訳)中山元『永遠の平和のために 啓蒙とは何か 他3編』(光文社古典新訳文庫)Kindlle版
これも4月の月替わりセールの対象で、岩波文庫版が手元にあるものの、購入しました。「永遠の平和のために」は常備軍の廃止や、国連(のような組織)の設立を提唱した歴史的な名著です。他に 「啓蒙とは何か」「世界市民という視点からみた普遍史の理念」「人類の歴史の憶測的な起源」「万物の終焉」 が収録され、カントの多方面の持論がわかる一冊です。
西尾維新『掟上今日子の旅行記 忘却探偵』(講談社文庫)Kindle版
いったん眠ってしまうとそれまでの記憶を忘却してしまうので、その日のうちに事件を解決してしまう最速の探偵掟上今日子。シリーズ第八作は、エッフェル塔を盗む怪盗からの予告を受けて、掟上今日子はパリへと飛ぶことになります。例によって、助手として働くこととなった隠館厄介ですが、彼が目を離した一瞬の隙に、今日子が体に書き付けたメモに手が加えられ、彼女は自らが怪盗であると信じるようになってしまったのでした。犯人の狙いは?そして掟上今日子はどうなるのか?
4月2日
ホッブス(訳)角田安正『リヴァイアサン』1,2 (光文社古典新訳文庫)Kindlle版
4月のKindle月替わりセールで、安くなっていたので(2冊で千円以下)、岩波文庫版もあるものの購入しました。国家を巨大な怪物「リヴァイアサン」に例え、「万人の万人に対する闘争」を人間の自然状態とした近代政治哲学の原点ともいうべき名著です。
藤野可織、キスガエ『ピエタとトランジ 1』(MFコミックス ジーンシリーズ)Kindlle版
芥川賞作家藤野可織のバディ物探偵物語のコミカライズ版。女子高生の時代より並外れた推理力を発揮していたトランジには、他の探偵同様、事件や殺しを呼び寄せる特異体質がありました。そんな警告にも関わらず、トランジと親友となったピエタ。案の定、二人の周囲では多くの事件と死者が発生します。やがて大学に進み、医師となったピエタですが、トランジとの友情は一生にわた続きます。多くの事件や殺人を目撃した二人が、最後に見つけたものは何だったでしょうか。
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3月30日
C・S・ルイス『ナルニア国物語』5〜7 (光文社古典新訳文庫)Kindle版
これも光文社古典新訳文庫のセールで、一冊400円に満たない価格で出ていたので、この際全巻買いそろえてしまいました。イギリスの作家C・S・ルイスによるファンタジー小説の傑作です。子供たちのタンスの奥を抜けた向こう側の国での出会いと冒険が描かれます。ちなみに5巻は「ドーン・トレッダー号の航海」6巻は「銀の椅子」7巻が「最後の戦い」となっています。
水野敬也『夢をかなえるゾウ 0(ゼロ)ガネーシャと夢を食べるバク』(文響社)Kindle版
この日のKindle日替わりセールでワンコイン価格になっていたので買いました。水野敬也の大ベストセラー『夢をかなえるゾウ』シリーズの第5作『夢をかなえるゾウ0 ガネーシャと夢を食べるバク』は、どうしても夢を持てない青年が主人公。自己啓発書的な趣向にもはや新しさは感じませんが、ガネーシャのペットとしてのバクや、父親のシバとの掛け合いはなかなかです。
3月29日
ジル・ドゥルーズ『スピノザ 実践の哲学』(平凡社ライブラリー)
大著である『スピノザと表現の問題』に比べると、『スピノザ 実践の哲学』は、一見スピノザの入門書に見えるコンパクトな体裁の本ですが、専門用語によるもってまわった表現が少なく、ドゥルーズによるスピノザ評価がストレートにわかる一冊となっています。
3月28日
白取春彦『超訳 猫が教えてくれた明日を生きる勇気の言葉』(山と溪谷社)Kindle版
自ら18匹の猫とともに暮らす白取春彦による名言集。猫らしい生き方の言葉は、世界の文学者や哲学者から選ばれています。選ばれた偉人たちの顔ぶれも、ほとんどが『超要約 哲学書100冊から世界が見える!』と共通しています。全編猫のカラー写真でいっぱいの本ですが、残念なのはtwitterでおなじみの白取家の猫の写真がない点でしょうか。ただ、サルトルやデリダら5人の文学者と猫のツーショットはそれだけで長く眺めていられるよい写真ぞろいです。
トルストイ『イワン・イリイチの死/クロイツェル・ソナタ』(光文社古典新訳文庫)
光文社古典新訳文庫のセールで半額になっていたので購入。「イワンイリイチの死」死を前にしたロシアの役人の死に至るまでの心の中の葛藤を通じて、当時のロシア人の生活や価値観を鮮やかに浮き彫りにした傑作です。「クロイツェル・ソナタ」は、近代版オセロともいうべき作品で、地主貴族による妻殺しを扱っています。
3月16日
西尾維新、大暮維人『化物語 21』(週刊少年マガジンコミックス/講談社)Kindle版
西尾維新の代表作「物語」シリーズを、大暮維人がコミカライズ。物語もいよいよ終局にさしかかり、委員長の平常運転の下で膨れ上がり、苛虎という怪異を生み出した羽川翼の阿良々木暦に対する恋心がテーマ。その決着をつけるのは、阿良々木暦ではなく、暦の恋人戦場ヶ原ひたぎでした。今回も、一枚一枚の絵に凝縮された情報量の膨大さに圧倒されます。
3月14日
『新潮 2023年4月号』(新潮社)
今月号の特集は「言論は自由か?ーー戦前を生きる私たちの想像力」ですが、購入した目的は、 渡辺祐真の「アイドルも紅葉もサラダ記念日も、寺山修司も虚構である! ーー中森明夫『TRY 48』を読む」、鈴木健と森田真生の対談「「分断」の時代にこそ、「理想」を語ろう」あたりですが、気が向いたら他の作品や記事を読むというゆるいスタンスです。
3月13日
村田沙耶香『丸ノ内魔法少女ミラクリーナ』(角川文庫)
芥川賞作家村田沙耶香の4編からなる短篇集の文庫化です。表題作の「丸ノ内魔法少女ミラクリーナ」は、かつて魔法少女ごっこにはまった二人のOLの物語。かつての魔法少女仲間の恋人のDVによる危機に、ミラクリーナはいかに立ち向かうのか。たとえごっこ遊びでも、そこには貫かねばならない正義や倫理があり、その矜持こそが彼女たちを支えていたのです。
『ダ・ヴィンチ 2023年4月号』(KADOKAWA)
特集は、新作長編『黄色い家』を刊行したばかりの川上未映子。川上未映子へのインタビューや対談、著作紹介、海猫沢めろんや穂村弘ら多数の書き手による寄稿などから構成されています。インタビューを読んでから、『黄色い家』を読もうかと思ったものの、やはり逆の方がよいかと、こちらは目を通していません。
3月10日
小玉ユキ『狼の娘 1』(フラワーコミックス/小学館) Kindle版
『青の花 器の森』を完結させた小玉ユキが、次に挑むのは手塚治虫の『バンパイア』にも似た狼人間の世界。並外れた跳躍力を持った女子高生吉野月菜は、街で知り合った男性に誘われ、山梨のブドウ農家の手伝ううちに、自らの秘密を知ることになります。けれども、そこに別の狼への変身能力を持った男が現れます。いわば家庭派の狼人間と、一匹狼的な狼人間が、月菜をめぐりバトルを展開することになりそうで、『青の花 器の森』とはうって変わった不安な雲が、漂うラブストーリーです。
3月9日
タイザン5『一ノ瀬家の大罪 1』(ジャンプコミックスDIGITAL/集英社) Kindle版
『タコピーの原罪』がヒットしたタイザン5の新作。交通事故で、記憶喪失に陥った一ノ瀬翼。けれども、記憶喪失に陥ったのは彼だけではなく、家族全員でした。とりあえず幸せな家族を演じようとする一ノ瀬家の人びとですが、家に帰ってみるとそこはゴミ屋敷で、思ったのとは違う生活を彼らは送っていたことがしだいに明らかになります。『タコピーの大罪』のどうすればよいのかという問いに加えて、何があったのかという謎解き要素が加わり、目の離せない傑作になりそうです。
3月5日
小泉悠『ウクライナ戦争』(ちくま新書)
ウクライナ問題で、見かけない週はないほどのウクライナ問題のご意見番小泉悠による最新刊。ロシアのウクライナ侵攻以前からのプーチンの動きから始め、それまでの大きな戦争は起こらないといった通念を覆してしまったウクライナ戦争の意味と、これまでの経過、そして今後の展望をアップデートします。
斎藤幸平『ゼロからの『資本論』』(NHK出版新書)
『人新世の「資本論」』の斎藤幸平の最新刊。と言っても、NHKで放送された『100分 de 名著 マルクス 資本論』の加筆増補版です。すでに10万部突破のベストセラーとなっています。ソ連が崩壊した後、今なぜマルクスなのか。新自由主義の跋扈によってますます危機に瀕する地球環境を「物質代謝」の視点を加えて論じています。
3月3日
松本直也『怪獣8号 9』(ジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kindle版
日比野カフカは、怪獣であることを隠しながら、活動していた自分を、第3部隊の仲間が受け入れてくれるかどうか悶々と悩みます。そして、幼なじみだった隊長亜白ミナとのしばしの語らい。他方、怪獣へと取り込まれた父の無念を晴らすべく、怪獣兵器を使いこなすトレーニングを積む四ノ宮キコル。けれども、かつてないペースで、日本津々浦々で、怪獣が出撃し始めていたのでした。果たして、その増加ペースに、防衛隊は追いつき、駆逐することができるのでしょうか。
芥見下々『呪術廻戦 22』(ジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kindle版
呪霊による支配を阻止するために戦う呪術高専の生徒たち。禪院真希が戦うことになった呪霊は、同じ家系の禪院直哉のなれの果てだった。呪霊と化した直哉は圧倒的な強さを持ち、加茂憲紀の援護を受けながら、一計を案じるが…
末永裕樹、馬上鷹将『あかね噺 5』(ジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kindle版
破門された父親の無念を晴らすために、自ら落語家の道を志すこととなった桜坂朱音(おうさかあかね)。なんとか阿良川一門よりデビューを果たしたものの、レパートリーの狭さが最大の弱点でした。誰かに新しいネタをもらわなくてはいけない。そんな朱音の前に現れたのが、「地獄太夫」との異名をとる、蘭彩歌うららでした。うららが課した課題を朱音はクリアできるでしょうか。
3月2日
中野京子、早川いくと『怖いへんないきものの絵』(幻冬舎)Kindle版
『へんないきもの』がベストセラーとなったイラストレーターの早川いくをが、『怖い絵』シリーズの中野京子に訊くかたちで、コプリーの『ワトソンと鮫』、ドレの『赤ずきん』やアルチンボルドの『水』など、へんな生物が登場する絵の背景を解説する一冊です。通常の美術全集ではあっさりした解説で終わるところを、早川いくをがなぜニンフは裸なのか、なぜ男たちは筋肉隆々なのかなど、トリビアな部分にもツッコミを入れて隅々まで謎を解き明かし、楽しい一冊になっています。
小林有吾『アオアシ 31』(ビッグコミックス/小学館)Kindle版
3日間のトップチームへの練習参加も終わり、トップチームへの即時昇格は叶わず、バルセロナユースへの勝利を条件づけられた葦人。ユースチームも休暇に入ったこの時期、葦人は単身バルセロナへ行くという一条花の決意にショックを受けます。そして、明かされる監督福田達也のバルセロナ時代の苦労譚は、感動的です。
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中森明夫の新作小説『TRY48』(新潮社)は、実在の人物寺山修司(1935-1983)が、もし生きてアイドルをプロデュースしたらという仮定のもとに、書かれた一種の歴史改変小説である。文学や演劇、音楽など幅広い分野で、かつて一世を風靡した寺山修司だが、ほとんどの人からその記憶が消え去りつつある今、そして若者の中にはその名前を知る者も皆無に近い中、寺山修司を21世紀の日本へと召喚し、その記憶をアップデートさせようという大胆な試みである。
浅田彰風に言えば、中森明夫は反復する。『TRY48』は、まさに壮大な反復のカーニバル、反復と差異の饗宴である。
だが、寺山修司自身が、反復の、特に「パクリ」の大家であったことを思い出そう。1989年の朝日新聞に掲載された寺山のインタビュー記事が「引用」される。
寺山 あの、それはですね、昭和という時代が……ま、模倣であり、反復であった、と。たとえば、明治と昭和の年表を見較べてみると、奇妙にも並行して見えるわけです。あたかも昭和が明治を模倣し、反復しているんじゃないか? そう、明治10年の西南戦争と昭和11年の2・26事件、それぞれ22年と21年の明治憲法と戦後新憲法の公布、43年の韓国併合・大逆事件と全共闘運動、そうして45年の乃木将軍殉死と三島由紀夫の切腹……と、ねっ、みごとに昭和は明治を模倣し、反復している。
―――なるほど、本当だ。すごい!
寺山 ま、これは柄谷行人のパクリですけどね(笑)。
――-えっ! 寺山さんの手クセというか、パクリ癖は直りませんねえ。
寺山 はは。でね、昭和という模倣と反復の時代を悼むのに、僕もまた自身の短歌を模倣すし、反復することによって……ま、いわば”昭和を実践した”わけです。p25
いいかえるなら、寺山修司を反復するとは、寺山修司のポテンシャル、潜在的な力によって、寺山修司そのものを増殖させること、である。
中森明夫は、過去の言葉の引用や、歴史的現場の再現によって反復し、さらにそのパロディによって、再=反復するのである。
まずは、主人公高校2年生の深井百合子に寺山修司を学習させる意味で、ダンテの『神曲』にも似た、異界めぐりの水先案内人であるウザケンこと宇沢健二やサブコこと寒川光子を通じて、寺山が起こした過去の事例が、次々に呼び出される。
たとえば、力石徹の葬儀。しかし、今の世に復活した寺山修司は、デスノートのLの葬儀を行うのだ。デスノートが生まれたのは、寺山修司が死んだ20年後の2003年であり、Lは寺山修司が知らぬのちの世で、生まれそして死んだ人物のはずである。その葬儀を寺山が盛大に行う。そのナンセンス。
前半では、読者に対する啓蒙的な意図もあって、このように過去の事例から類似の現在の事例へと進むのだが、ストーリーが進むにつれ、21世紀に生きる寺山修司は、読者が思わず眉をひそめるような、アイドルを集団で裸で駆けださせたり、ウーバーイーツよろしくアイドルを宅配するなど、奇想天外なイベントを次々に仕掛ける。ここまでやるかと唖然とさせたのちに、かつても同じようなイベントを寺山修司が行ったことが解説される。寺山関係者が、「ずるい」というのは、この臆面のない反復、その拡大再生産の技法である。もともとがコピーの集合であった寺山修司の作品や言動は、さらなるコピーによって反復される。そして、読者はもはや、どこからがオリジナルな寺山修司で、どこから中森明夫による創作、コピーであるか、区別できなくなるのである。模像(シミュラクル)の帝国だ。
シミュラクルをめぐる有名な議論、「プラトニズムの逆転」を最初に提示した哲学者ジル・ドゥルーズはまさに書いている。
シミュラクルは単なる偽のコピーではない。シミュラクルはコピーの知見そのものを問い質している……モデルの知見をも、と。ソフィストの最終定義は、もはやソフィストとソクラテスその人を区別できなくなる地点までわれわれを連れて行く。(ジル・ドゥルーズ、小泉義之訳『意味の論理学』下、p138 )
この意味において、『TRY 48』はまさにポストモダン的な小説である。
中森明夫は、無から有を生み出したわけではなく、時代と場所と人物を更新しながら、寺山修司を反復し続ける。
しかし、同じことを行ったとしても、20世紀も後半の時代に行うのと、21世紀も五分の一を過ぎた時代に行うのとではわけが違う。人々の反応も、社会の取り上げ方も違うのである。今や伝説の人寺山修司は、単なるアングラ演劇のアウトローではない。フランスの文化勲章シュヴァリエさえもらったエスタブリッシュメントな存在である。同時に、世間はユーチューバーらによる、突発的なパフォーマンスに慣れっこになっている。ひょっとしたら短い期間炎上するかもしれないが、世間は絶えず次の炎上ネタを求めるので、あっという間に忘れ去られてしまう。そして、世間の受け止め方は、いつだってよい方悪い方どちらに転ぶかわからない。寺山修司流のアイドルパフォーマンスさえも、町おこしの美談にされてしまう可能性があるのだ。美談にされるなど、寺山修司にとって、自殺行為に等しい、あってはならないことである。
時代を外れてよみがえった寺山修司は、反復する。自らを反復することしかできない。この社会へと、衝撃を与えようとしながらも、かつての衝撃を与えることはできない。そのことの悲しさ。
マルクスは、歴史は繰り返す、一度は悲劇として、二度目は喜劇としてと言ったが、『TRY48』では、逆だ。一度は寺山自身が仕掛けた道化芝居、喜劇として、二度目は悲劇として繰り返すのである。社会は、いったん寺山修司を忘れたようでも、単に忘れたのではなく、消化したうえで、忘れたのである。寺山修司を忘却しながら、寺山ウイルスに免疫を持ってしまった時代、21世紀を生きる寺山修司の悲劇はそこにある。物語の終わりが近づくにつれ、寺山修司は「寂しさの力」を一層感じさせる、哀愁あふれる存在になっている。
かつて中森明夫の『寂しさの力』のレビューで語った次の言葉をもう一度繰り返そう。
もしも、中森明夫がある映画や小説を熱っぽく語り擁護し続けるとしたら、それはそれらの作品が寂しい作品であると感じるからだ。
もしも、中森明夫があるアイドルやアイドルグループを熱っぽく語るとするなら、それはそのアイドルたちの中に寂しさを肌で感じ、人々の記憶から忘れられるに任せるに耐えられないからだ。
最後のマッチの火が消えた。暗闇に、何か見える。ふわふわと宙に浮かんだ老人が、ぎょろっとした目で女の子たちの最後の姿を、微笑みながら見つめている。足がない。幽霊みたいだ。p328
『TRY48』の中で、中森秋夫は、もう一つの反復、自らの反復を仕掛けている。SNS時代の幕開けに中森明夫が乱入するために手がけに小説『アナーキー・イン・ザJP』の反復である。『アナーキー・イン・ザ・ JP』では、獄死したアナーキスト大杉栄が、17歳の少年東真二のもとに、復活し、現在の世界へと乱入し、さまざまな騒動を引き起こすファンタジー的なフィクションである。大杉栄が、寺山修司に、イタコ的な復活が肉体を持ち越したサバイバルに変わっただけで、オパーツ的な文化の発信源が、過去の出来事を再体験させながら、現代に蘇るという図式そのものは同じである。しかし、『TRY48』は、その想像力のレベル、イメージの氾濫ぶりは、長年にわたるアイドルウォッチの成果、そしてアイドル小説の傑作『キャッシー』という結実を超えて、単なるスラップスティックから格段に進化し、マジックリアリズム的な絢爛華麗さを加えている。
寺山修司を忘却の彼方へと置き去りにするのではなく、寺山修司に寺山修司を掛け合わせ、その極限まで増殖しながら、叫びのように、中森明夫は問いかける。今、文学に、芸術に、カルチャーに、サブカルチャーに、そしてアイドルに何ができるのか。社会を震撼させるような何ができるのか。
これまで批評的に消化してきた者、物、モノたちを、創造的にリサイクルさせながら、フィクションのかたちで復活させるとき、新しい何かが生まれる。『TRY48』は、2023年の最も挑発的な小説である。
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『浮遊』(河出書房新社)は、芥川賞作家遠野遥の最新作。主人公ふうかは、高校1年生。自分の父親ほどの年齢の男「碧(あお)くん」と同居している。暗い部屋の中で、一人ホラーゲームにはまる。その名は「浮遊」。そのゲームは、同じ年ごろの少女が、悪霊たちに追われながら、東京をさまよい続けるゲームだった。ゲームは、他に音もない暗闇の世界で行われるが、そこに同居人の立てる音がまぎれ込み、読者は不意に現実へと引き戻される。そこにあるマネキンもいわくつきのものだった。
ゲームの中の世界が東京なら、ゲームの外の世界も東京。麻布十番、乃木坂駅、六本木通り、外苑西通り…といった地名が浮かんでは消える。ゲームの中で病院を訪れたあと、ふうかは病院に通う。ゲームの中で、東京タワーが話題にのぼった後、ふうかは東京タワーを訪れ、そのあとゲームは東京タワーを舞台とする。オリジナルの東京で過ごす時間、とシミュラークル(模像)の東京の東京で過ごす時間が交互に繰り返される。そして、意識的無意識的に、その世界は浸透し、共振し始めているかのようである。
ゲームの中で、女性は悪霊たちの目に触れないよう行動しなければならないが、ふうかも同居人との同居を世間に知られまいとさまざまな努力をしている。ブレスレットも同じ色にならないように工夫している。というのも、同居人はメディアに露出し、脚光を浴び始めたセレブだからである。娘ほどの年ごろの自分と同居していると世間に知られたら、迷惑がかかってしまうと彼女は思っている。
大きな違いは、ゲーム「浮遊」の中で、悪霊に見つかり、殺されても復活、やり直しが可能であるのに対し、現実の世界はマスコミに見つかると、致命傷を負いかねないということだ。瞬時に、何もなかったかのようにやり直しすることはできない。それゆえ、ふうかがプレーするゲームの中の女性は、現実のふうかよりもずっと大胆で、行動的である。
ゲームの中の女性は、しだいに自分がおかれた状態や過去に何があったが明らかになる。どうやらそれこそこのゲームの目的らしい。やがて、彼女は自分がかつて暮らしていたマンションをさぐり当て、自分と自分の家族に何があったかを知ることになるだろう。
ところで、ふうかの家族は?ときどき実家に帰り、父親のために料理をつくったりしている。一見やさしく理解のある父親は「お友達」のところにいることを容認し、話にものせてくる。しかし、どこにも母親の影はない。
現実の世界と、その分身ともいえるゲームの中の世界、おそろしいのはどちらなのか。
このまま診察を受けず家に帰ってしまいたい。現実から目をそらして作り物の恐怖にひたっていたい。あるいは布団を頭までかぶって眠ってしまいたい。目覚めたら傷痕がすっかりなくなっているとなおいい。
だが、もっと恐ろしいことは、その双方がじわりじわり、似かより、判別不可能となり、無理心中しかねないことである。
『浮遊』は、作者遠野遥のたくらみに満ちた、ブラックユーモアの秀作である。にもかかわらず、現実とゲーム、ゲームと現実の間を、ほとんどシームレスに移動し、読者にとってはともに架空の存在である都市空間を、浮遊し続けることの快感。首筋が寒くなるような恐怖の下に隠された、この作品のねらいもそこにある。
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『君のクイズ』(朝日新聞出版)は、直木賞作家小川哲のテレビのクイズ番組を題材にした小説である。
「問題―-」
ついに来た。一千万円。次のクイズに一千万円の価値があることを、僕はぼんやりと意識する。緊張で、ボタンに置いた右手が少し痙攣している。
問い読みが息を吸い、口を閉じる。
その瞬間だった。パァン、という早押しボタンが点灯した音が聞こえた。自分が間違えてボタンを押してしまったのではないかと思い、慌てて手元のランプを確認したが、明かりは点いていなかった。僕はすぐに隣の本庄絆を見た。彼のランプが赤く光っていた。p8
1000万円のかかったクイズ番組「Q-1グランプリ」の決勝で三島玲央が対決した相手本庄絆は、最後の一問で、問題を一言も聞かないうちに答え、正答してしまった。そんなことは不可能と、周囲はヤラセを指摘するが、本庄絆を強敵と認めたい玲央は、その説を斥ける。それとも、魔法でも使ったというのか。どちらもあってはならない、と玲央は考える。
少なくとも、最終問題まで、僕は「ヤラセ」のヤの字も疑っていなかった。(…)
本庄絆は「世界を頭の中に保存した男」とか、「万物を記憶した男」とか、「クイズの魔法使い」とか呼ばれている。もちろん彼は世界を頭の中に保存したわけではないと思うし、万物を記憶しているわけでもないと思うし、魔法なんて使えるはずがないと思っているが、彼が人智を超えた暗記力であることは間違いない。
本庄絆は東大医学部の四年生で、二十二歳だった。歴代アメリカ大統領だけでなく、歴代ノーベル賞受賞者、国連加盟国のすべての国旗とすべての首都、国内有名寺院の山号、百人一首の完全暗記など、圧倒的なデータベースから正確な答えを引き出してくる。p16
本人に聞くのが一番手っ取り早いが、本庄絆に連絡しようとしても、一向に返事はなく、放送局の対応も釈然とせず、一向にらちがあかないので、玲央はひたすら考え続けるしかなかった。
まず自分はそれまでの問題になぜ正答できたのかとふりかえる。一つ一つの正答にはそれなりの根拠があった。とすれば、相手にも同じように正答できるための根拠があるはずと信じて疑わない。相手が、問題の漏洩なしに正答を導き出した可能性がないか考え続けるのである。
テレビ番組のクイズの問題では、あるフォーマットが存在する。それは、問題文にしだいに情報を付加しながら、正解が絞られてくるようにつくられている。どの時点の情報までで、一つに答えに絞り込むかには、「てにをは」などちょっとした修辞も重要な鍵になる。それによって次に予想される情報も絞られ、候補の間での優先順位も変わってくるからだ。だが、それだけでは十分でない。過去出題された問題をデータベース的に当たることで、さらに正解への確率も高まる。しかし、最後の決め手となるのは、個人の体験である。自分自身を振り返ることで、かろうじて正答できた難問には、それだけの個人的な根拠があったのだ。結局玲央が行うことになったのは、自分自身のプロファイリングである。そして、本庄絆に対しても、同じ行為を行おうとするのだった。
『君のクイズ』というタイトルに、込められているのもまさにその意味である。
敵を知り、己を知るではなく、己を知り、敵を知る。
そこで行われるのは、『デスノート』の矢神月とLのような知能戦である。だが、それは将棋の感想戦のように、後からの知能戦であり、玲央はそれをたった一人で行おうとする。互いに強敵と認め合った相手は、自分によく似た分身であるがゆえにそれも可能なのだ。玲央が、本庄絆の不正を認めなかったのもそのためである。
『君のクイズ』を読むことで、よく知らなかったクイズの達人の内なる世界も垣間見られ、急にステージが上がったような錯覚を覚える。もちろんそれは錯覚である。ただ、そこで得たヒントからスタートして、訓練を経れば、クイズの達人にもなれるかもしれない。
たった一つのクイズ番組、一問一問の問題の背後に、スリリングな内心のドラマが見えてくる。そして、知らず知らずのうちに、読者はクイズの世界の奥深さへと引き込まれてゆくのである。
大作『ゲームの王国』に比べれば、構造もシンプルで、ストーリーも単線的であるがゆえに、小川哲の力業も明らかになる。はじめて小川哲を読もうとする人には、舞台や道具立ても身近な『君のクイズ』が、最良の入口であると思う。
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白取春彦『超要約 哲学書100冊から世界が見える! 限られた時間で、圧倒的な知恵と多彩な考え方を手に入れたいあなたへ』
(三笠書房)は『超訳 ニーチェの言葉』の著者による100冊の哲学や思想書の紹介である。「哲学書100冊」とされているが、広い意味における「哲学」であって、通常は宗教とされるもの(『新約聖書』や『コーラン』)、社会学者とされるもの(マックス・ウェーバーやブルデュー)、経済学者とされるもの(ハイエク)や、言語学者とされるもの(ソシュール)、人類学者とされるもの(レヴィ=ストロース)、フロイトの『精神分析入門』なども含まれている。
哲学書を読む場合、どうしてもその選択に流行のバイアスがかかってしまう。現代思想として根強い人気を持つフーコー・ドゥルーズ・デリダと、彼らが評価であれ、批判的であれ取り上げたプラトン、デカルト、スピノザ、カント、ヘーゲル、マルクス、ニーチェ、フロイト、ハイデガー、サルトル、レヴィストロース、これにウィトゲンシュタインやベルクソンを加えたあたりが現在の主流であろう。多くの哲学者、思想家は、高校の世界史や倫理の教科書で二、三行も触れれば、良い方だ。日本ほど、多くの外国の哲学や思想が翻訳され、比較的容易に手に入る国は稀であるのに、これはとてももったいないことである。
人類の叡智の結晶ともいえるこれらの哲学、思想を、自分の人生と無縁のまま済ませてよいものだろうか。
とは言え、いきなり有名な哲学書を手にとっても、他国の学校の授業に通訳付きでほうりこまれるようなもので、何が何だかよくわからないという人も多いだろう。時代も文化も異なる世界の考え方を理解するには、それなりの手順が必要である。知っている言葉一つとっても同じように使われているとは限らない。専門家による解説書も多く出ているが、すべてが初心者向けにわかりやすく書いてあるわけではないし、一冊をかけて、一人あるいは(「実存主義」「構造主義」のように)数人の人生と思想を解説するのが常である。長い哲学史の中に、どうしてもカバーできない余白ができてしまう。むしろ、余白だらけである人がほとんどだろう。
流行の哲学とは存在と言語を中心としたものが中心であり、それは古くから続く西洋の伝統に属するものではあるが、多くの哲学は、誰にとっても身近な人生や死、人間、愛や友情、社会について、考えをめぐらせてきた。ときに数千年の歳月の隔たりがあっても、私たちの心の奥にまで語りかけてくるような哲学の名著は数多く存在する。
『超要約 哲学書100冊から世界が見える!』には、次のような特徴がある。
第一は、一人の著者による解説ということである。通常、百人百冊ともなれば、何人か、あるいは何十人かの専門家の原稿の寄せ集めとなるのが常である。多種多様な哲学・思想を、解説するには、大変な時間と労力が必要だから。しかし、寄せ集めでは、編集者によって記述の矛盾や不一致をなくしたとしても、著者による考え方のばらつきは残り、全体として見たときに一つの像とならない。だが、一人の著者によれば、そのようなばらつきは解消され、一つのまとまったビジョンが得られるし、ページ間で相互に参照し合うような記述も容易である。
第二は、わかりやすい日常の言葉による解説という点である。今日では少なくなっているとは言え、専門家によっては、いきなり専門用語を導入し、要するにどういうことなのか、言い換えることもなく、語句の解釈に終始しがちな人もいる。本書では、そういう専門家の自己満足的な解説ではなく、『超訳 ニーチェの言葉』の著者らしく、読者の心に届くような「超解説」が試みられている。他の解説書を読んでしっくりこなかった読者も、なるほどそういうことかという経験を何度かすることになるだろう。
第三は、古代ギリシアから、ポスト構造主義まで、幅広い時代とエリアの哲学、思想書がバランスよく選ばれている点である。もちろん、100冊という縛りもある以上、日本から選ばれたのは西田幾多郎の『善の研究』など4冊、中国からは『老子』『荘子』『論語』の3冊にすぎないが、西洋中心の「哲学」という分野の宿命上いたしかたないことである。ルクレティウスも、モンテスキューも、ハンナ・アーレントやベンヤミンもホワイトヘッドも空海も含まれていないのが100冊の限界である。その分、広いエリア、分野へと満遍なく目くばせが行き届いており、読者の理解に応じて、?人生をめぐる思考、?人間を洞察する、?世界を別の目で見る、?政治・社会をめぐる考え方、?言葉をめぐる探求、?科学や方法について、?空想的な世界観の思想、?宗教をめぐる考え方の8段階に分類・配置されているが、もちろん無視して読みたい項目、よく知った項目から順に目を通してかまわない。その過程で、しだいに視界が開けてくるはずである。
全体を通して、最も感動的と思えたのは、ベンヤミンの『我と汝』の項であった。無意識のうちに、わたしたちは対人関係について次のような区別を行っていないだろうか。
たとえば、ある人に対してわたしたちは偽ることなく心を開ききって信頼して対面する。しかし、別のある人に対して、わたしたちはあたかもその人が便利な道具であるかものように命じたり、異動や処理をしたりします。こういうふうに二種類の態度をわたしたちはことさら意識せずにとっているものです。この前者を「我—汝」の関係、後者を「我ーそれ」の関係、とブーバーは呼んでいます。(28『我と汝』マルティン・ブーバー、pp166-167)
(…)一方、「我ー汝」の関係であった場合、利用する関係ではなくなり、相手のあるがままの全存在をそのまま受け入れ、自分のあるがままの全存在を開く関係になります。そのとき、自分と「汝」としての相手は溶けあい、境目がなくなるのです。(同上、p168)
また、しだいに世界でも日本でも、しだいに権威主義化、全体主義化する今日の社会に対する警鐘として、次のような解説はビビッドな響きを持つにちがいない。
権威主義的人間は、上位の人間からの指示や命令を受けると、一般的な善悪や正邪の判断より最優先させてしまうのがつねです。彼らは権威ある者に服従しつつ、(自分が判断して)その権威から見て下にあるとみなされる人、自分より弱いとみなす人に対しては攻撃的な態度をとるようになります。( 21『権威主義的パーソナリティ』アドルノ、p125)
独裁国家が大衆を統制する方法は二つあります。一つは、自分たちの党と国家が一体化し、政治が経済を下に置くような法制度をつくって適用させることです。もう一つは宣伝によって価値観を決めつけ、教育や家族のありかたをも統制します。
しかもそれらが経済的安定の約束であるかのように見せかけ、経済的にも心理的にも不安定である大多数の大衆の勝利であるかのようにします。(43『大衆国家と独裁』シグマンド・ノイマン、pp251-252)
現代思想の本丸であるデリダとドゥルーズの「差異」の概念の違いを比べてみるのも面白いだろう。
脱構築によって物事は解体され、既存の一般的な意味は薄くなります。そしてあらためて別のさまざまな意味の生まれる契機と状況が浮き上がってきます。さきほど見たように、そもそも二項対立の概念は互いに依存しあって意味を浮き出させているだけでしたから、それぞれの概念の固有の意味は最初からなかったのです。
すると、意味はどこから生まれるというのでしょうか。デリダはさまざまな「差異」(ディフェランス)から意味が生じてくるのだといいます。「〜は〜である」とする同一性と、差異は二項対立の関係です。ですから、差異は「〜は〜である」というふうに断定はせず、あらゆる状況によるズレの影響を受けながらも、そのつどの意味を確定的にではなくかもし出してくることになります。(65『声と現象』ジャック・デリダ、pp367-368)
次の『差異と反復』の要約は、特に見事である。
この本で主張されているのは、どんなものをも成り立たせているのは差異の集まりだ、ということ。また、まったく同一に見えるものであっても実際には差異が含まれているのだから同一ではない、ということです。(85 『差異と反復』ジル・ドゥルーズ、p474)
(…)ドゥルーズは、真正なものは実際にはどこにも存在せず、世界はさまざまな差異だけで成り立っているとしました。さまざまな差異を持った色が微妙に混ざった白色のあり方のように、ただ差異の反復がすべてを創造し、成り立たせているのです。(同上、p477)
そして、名前だけは耳にしながらも、スルーしてきた九鬼周造や西田幾太郎の世界にも目を開かせられることだろう。
必然的に起きることにはそこに導いた原因や根拠があり、それをあとから確かめることもできるのですが、偶然に起きる事柄の場合はその原因や根拠がとても小さい、あるいはすごく遠い、あるいはほとんどわからない、ほぼ限りなく無に近いものばかりです。それでもなお、どこかにちょっとした(偶然を成立させた)原因や根拠があるはずなのです。
そのことを九鬼周造は(偶然性の)「極微(ごくび)の可能性」と呼んでいます。そして、その極微でしかない可能性がさらなる新しい微細な可能性を含みながら転んで大きくなり、あとから見渡せば全体があたかも必然であったかのように構成されているのです。
それこそが、わたしたちが詩的に「めぐり逢い」とか「邂逅」とか呼んでいるものなのです。(9 『偶然性の問題』九鬼周造、pp59-60)
これならなんとか理解できそうだと思うのではなかろうか。
まず、経験という実在が先にあり、自分がそれを経験しているという自覚はあとから意識して初めてわかることだというのです。そういうふうに経験することが、西田がいうところの「純粋経験」というものなのです。そのときに自分の中から出てくるものが「善」だというわけです。
したがって、西田がいうところの善とは、わたしたちが考える一般概念としての善ではないことになります。10代の頃から西田幾多郎の親友だった鈴木大拙(本書次項参照)がいうところの霊性の人としての善なのです。その善はもちろん、一般的な善悪の善ではありません。すべてを肯定する状態になった人のいっさいを善といいかえているのです。(99『善の研究』西田幾多郎、pp546-547)
これだけでも『善の研究』のあらましはつかめたのではなかろうか。この情報の凝縮力、簡潔性はさすがである。
『超要約 哲学書100冊から世界が見える!』は、すでに読んだことのある本の復習にも役に立つ。何百ページもある大著の全体を見返すことなく要約できる人は稀である。解説の中から読み落としていた点に気がつくかもしれない。そして、友人や先生の勧めで、あるいは新聞などの書評で買ったまま積読になっている本を読み始める導きの糸としても役に立つだろう。また、新たに買う本のブックガイド、何から買うべきなのか、買わなくてもよい本はどれかを決めるのにも役に立つ。そして買うことも読むこともない本を、話題にするのにも役立つ。読んでいなくても、教科書や参考書よりはよほど詳しいし、解説に魂が入っているのだから。
もちろん、本書で与えられるのは、より広い世界への入口にすぎない。本書で取り上げられた一冊を手にすれば、次の一冊に手を伸ばしたくなるはずである。たとえば、プラトンを読むなら容易に文庫本で手に入る『ソクラテスの弁明』や『クリトン』『饗宴』を読まないわけにはゆかないし、ニーチェも『ツァラトゥストラ』を読めば、『この人を見よ』や『善悪の彼岸』『人間的な、あまりに人間的な』、さらには『悲劇の誕生』や『道徳の系譜』へと自然に導かれるだろう。サルトルの『実存主義とは何か』はどこまでも入り口のパンフレットのようなもので、次にはもう少し歯ごたえのある『存在と無』や『嘔吐』にチャレンジしたくなるかもしれない。フーコーを理解するには、『言葉と物』だけでなく、『狂気の歴史』や『監獄の誕生』などの著作も、値段が張って全然財布にやさしくないので学校か地域の図書館で借りて読まなくてはと思うかもしれない。それはちょうど星座の輪郭をかたちづくる明るい星の間に、いくつもの美しい別の星が見えてくるようなものである。そのような知の営みに終わりはない。
『超要約 哲学書100冊から世界が見える!』は、哲学に詳しい人も、そうでない人も、幅広い視野と教養を得、知的好奇心を満たすのにお勧めの一冊である。
Kindle版
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2月26日
川上未映子『黄色い家』(中央公論新社)Kindle版
川上未映子の最新作は、社会をにぎわせた女性による監禁事件を題材にした長編小説。実は、「わたし」も20年前に他の若い女性とともに、逮捕された女性と共同生活を送っていたことがあったのでした。ひょっとして、自分も警察の取り調べを受けるのではと不安になりながら、共同生活をした仲間と連絡をとるうちに、しだいにかつての記憶が、恐るべき真相が浮かび上がってきます。なんの変哲もない女数人の共同生活が、いかにしてしだいに歪なものとなり、狂気に至ったのでしょうか。
2月24日
戸谷洋志『未来倫理』(集英社新書)
「未来倫理」は聞きなれない人も少なくないかもしれませんが、環境問題やゲノム編集など、未来世代への責任を考えるもので、通常の倫理学の延長上にあるべきと、著者は考えます。未来倫理とは何か、なぜ必要なのか、など5つの章から構成されていますが、特に、第三章で挙げている未来倫理の6つの立場(契約説、功利主義、責任倫理、討議倫理、共同体主義、ケアの倫理)が、興味深いです。
2月22日
戸谷洋志『友情を哲学する〜七人の哲学者たちの友情観〜』 (光文社新書)
一口に友情といっても様々な形があります。アリストテレスからニーチェやボーヴォワールを経てフーコーまで、古代ギリシア以来の哲学の中に現れたさまざまな友情の概念を、『ワンピース』や『キングダム』などコミックの名シーンを参照しながら解説した異色の哲学書です。どんな哲学書と、どんなコミックがペアリングされるのか、それを楽しみに読むことも可能な、ハードルの低い哲学書です。
2月21日
大今良時『不滅のあなたへ 19』( 週刊少年マガジンコミックス/講談社) Kindle版
不滅の存在であり、出会ったものの姿に変わることのできるフシと、その仲間たちの物語。ミズハを取り戻し、日常が戻ったところでこの現世編は終わりを告げますが、との戦いが終わったわけではありません。そこでフシは大きな選択を迫られます。そして次巻よりは、来世編がスタート。前世編ー現世編ー來世編と続く三部構成は、同じく不滅の生命をテーマとした手塚治虫の『火の鳥』を意識したもののように思われます。
2月19日
斜線堂有紀『恋に至る病』(メディアワークス文庫/KADOKAWA)Kindle版
これも、メディアワークス文庫の半額セールで購入しました。ちょっと『デスノート』を思わせる傑作小説です。150人の死者を出すに至った自殺教唆ゲーム「青い蝶」。それを主催したのは、たった一人の、誰からも愛される美少女寄河景(よすがけい)だった。とにかくヒロインの設定が、『エコエコアザラク』の黒井ミサのように、どこまでもクールです。「善」の塊のような少女が、いかにして怪物へと変身したかを、彼女に救われ、彼女を支え続けることになった、一人の少年の視点からとらえます。イルミネーションの中のヒロインの姿を描いた表紙の出来も格別で、見事に寄河景の魅力を表現しています。
2月18日
たらちねジョン『海が走るエンドロール 4』(ボニータコミックス/秋田書店) Kindle版
65歳にして、映画監督となることを目指し、美大へと通いだした茅野うみ子と、その友人となった濱内海。そしてsoraたちの物語。soraによって台本にダメ出しをされたうみ子は、もう一度一から作り直します。他方、周囲からはもてはやされながらも家族との軋轢が表面化した海も、映画作りの壁にぶつかり、うみ子は彼を支えるべく海の実家まで同行します。
2月17日
石井東吾『陰と陽 歩み続けるジークンドー』(Gakken) Kindle版
YouTubeの「ワンインチチャンネル」で人気爆発したジークンドーの継承者石井東吾の半生記です。小学生のころ、ブルースリーに魅せられて以来、ジークンドー一直線で進んできたこと、師のヒロ渡邉、その師であるテッド・ウォンとの出会いや修業内容、さらにはジークンドーの極意まで語られます。つい最近まで、医療器具販売のサラリーマンと二足のわらじを履いていたことなど、知られざるエピソード満載の一冊です。
2月16日
斎藤幸平『大洪水の前に マルクスと惑星の物質代謝』(角川ソフィア文庫)Kindle版
筑摩書房、中央公論、角川、河出書房、平凡社の5社合同のチチカカヘのセールで1068円となっていたので、Kindle版を購入しました。マルクス研究者である斎藤幸平が注目を浴びるきっかけとなった一冊で、2018年にベルリン・フンボルト大学に提出された博士論文に加筆訂正を加えたもの。エコロジカルな視点から、マルクスを論じ、惑星つまりこの地球の「物質代謝」がキーワードとなっています。9か国語に翻訳されています。解説は、スラヴォイ・ジジェク。
以下の3点は、この日までのKADOKAWAの50%ポイント還元キャンペーンを利用し購入したもの。同じ金額で2冊買えるので、つい多めになってしまいます。
森見登美彦『ペンギン・ハイウェイ』(角川文庫)Kindle版
ある日、突然街に現れたペンギンたちとのふしぎな出会いを、小学校4年の少年の視点からとらえた森見登美彦のエンタメ小説。歯科医である一人の女性が、キーパーソンとなっています。第31回日本SF大賞受賞作。
角田光代『いつも旅のなか』(角川文庫)Kindle版
旅は純粋なる(他に目的を持たない)趣味という芥川賞作家角田光代による紀行文集。モロッコを皮切りに、ロシア、ギリシア、オーストラリア、スリランカ、ハワイ、パリ…と、本書だけで二十数か国をめぐっています。旅にはつきものの様々なトラブルも前向きにとらえようという貪欲な精神で貫かれています。
一条岬『今夜、世界からこの恋が消えても』(メディアワークス文庫/KADOKAWA)Kindle版
号泣ものの名作。メディアワークス文庫では、寡作であるこの作者の作品が一番好きかもしれません。寝るとその日の記憶を忘れてしまう前向性健忘のかかった女子高校生と、彼女を支え続けた男子とのラブストーリーですが、そこにもう一人の親友である女子高生が加わることで、タッチ的な三角関係が隠されています。本当の悲劇は男子高生の方にふりかかり、そこから物語の反転が行われるところがツボです。続編とも言える『今夜、世界からこの涙が消えても』は、もう一人の女子高生の中心で、同じ時間とそれからの物語を語り直した作品です。
2月15日
宇野常寛『水曜日は働かない』(集英社)
コロナ禍の元、日本特有の「ノミニケーション」にも別れを告げ、新しいライフスタイルへとシフトした宇野常寛のエッセイ集。テレワーク中心となり、生活も朝型にシフトし、時折都市をランニングするようになる。個人も、経営する会社も、経済的には窮地に追い込まれたにもかかわらず、この変化は心地よいものでした。そして、水曜日に働かないことの意味とは?誰もが無縁ではいられない、新しい生活へのシフトを考える上でヒント満載の一冊です。
斎藤幸平『ぼくはウーバーで捻挫し、山でシカと闘い、水俣で泣いた』 (角川学芸出版単行本) Kindle版
前から気になっていた本ですが、ちょうど15、16日だけ50%ポイント還元になっていたので、この機会にKindle版で購入ました。『人新世の資本論』が、ベストセラーとなった斎藤幸平のエッセイ集で、現場を知らない学者にならぬようにと、ウーバーイーツでアルバイトしたり、釜ヶ崎や石巻、いわきなど全国各地に取材に出かける中で、得た情報と経験をフィードバックする試みと言えるでしょう。
新海誠『小説 すずめの戸締まり』(角川文庫)Kindle版
これも、50%のポイント還元となっている機会に購入。しばらく映画館に行けそうにないので、とりあえず活字でストーリーを押さえることにしました。ヒロインの少女の名前が岩戸鈴芽というように、『古事記』の天の岩戸開きをモチーフにした作品です。九州の山中の廃墟にある「扉」を開くことにどんな意味があるのか、何が起こるのか。
2月14日
荒川弘『黄泉のツガイ 3』 (デジタル版ガンガンコミックス/スクウェア・エニックス) Kindle版
青年ユルの山奥での平和な暮らしは、突如村を襲った妹アサの一味によって破られる。牢屋に閉じ込められていた妹は実は偽物で、自分こそは本物だと主張するアサ。今や左右様を従えるツガイ使いとなったユルが、影森家で再会を果たしたアサの口から告げられた真実とは?
2月13日
二ノ宮知子『七ツ屋志のぶの宝石匣 18』(Kissコミックス/講談社)Kindle版
『のだめカンタービレ』の二ノ宮知子が描く、ラブコメタッチの宝石をめぐる物語。銀座の質屋の娘倉田志のぶと、質草として預けられ、今は宝石商に勤める北上顕定を中心に展開します。いよいよ、北上家失踪の謎を解く手がかりを得たものの、しだいに危ない世界に接近する顕定たち。安全のため志のぶとも距離を置こうとするのですが、そんなときとある事件が発生します。『のだめカンタービレ』の最終回のシーンを思わせる、神巻です。
2月12日
とり・みき『パシパエーの宴』『トマソンの罠』(文春e-Books)Kindle版
『山の音』と並んで、復刊されたばかりのとり・みきの作品集です。2月23日までの期間限定で半額になっていたので、揃えることができました。シンプルな線で表現されたギャグマンガとは一線を画し、『プリニウス』につながるようなリアルで、怪奇テイストのある作品が並んでいます。
2月10日
以下の2点は講談社の電子書籍のセールで半額になっている中から購入したものです。
佐野晶、三田紀房『小説 アルキメデスの大戦』(講談社文庫)
三田紀房のコミック『アルキメデスの大戦』は、22巻まで出版され、今も連載中です。コミックで3巻くらいまで読んだものの、全体をおおざっぱに押さえるために、ノベライズ版を買ってみました。かわぐちかいじの『ジパング』のような歴史改変SFではなく、あくまで歴史の知られざる1ページ的な位置づけで、太平洋戦争の歴史そのものが変わるわけではなさそうです。
堀越二郎『零戦 その誕生と栄光の記録』(講談社文庫)Kindle版
スタジオジブリの『風立ちぬ』の原作となったのが、堀辰雄の『風立ちぬ』と堀越二郎のこの本でした。零戦の設計者であった堀越自らが記した貴重なドキュメンタリーです。堀越は、零戦の設計だけでなく、戦後はYS-11の設計に携わったり、航空機事故の調査に関わったりしました。
あだち充『MIX 20』(少年サンデーコミックス/小学館) Kindle版
『タッチ』と同じ明青学園野球部のそれからを描く青春巨編。突然父親を失った立花家三兄妹。特に、血のつながった投馬の落ち込みぶりを励ます音美との掛け合いが涙を誘います。あだち充の天才ぶりが発揮されるページです。それにしても一家の大黒柱を失った立花家の家計は大丈夫なのだろうかと心配になります。そんなところへ、降ってわいたように芸能人の登場。さらに上杉達也の記憶をかすかに思い出し始める原田正平。後ろ姿をちらつかせる本人の登場ははたしてあるのでしょうか。
石塚真一、NUMBER8『BLUE GIANT EXPLORER 8』(ビッグコミックス/小学館)Kindle版
世界一のジャズプレーヤーを目指す宮本大の活躍を描く『BLUE GIANT』のアメリカ篇。ジャズの聖地ニューオーリンズで、真っ向勝負を挑み手ごたえを得た大たちは、フロリダ州マイアミへ。そこで課題へと突き当たったトリオは、スタイルの変更を余儀なくされます。そのために、新たなメンバーの参入が浮上するものの、実はとんでもない男でした。
2月8日
宇野重規『民主主義とは何か』(講談社現代新書)Kindle版
この日のKindle日替わりセールの対象でした。トランプ政権の誕生など危機に瀕する民主主義。古代ギリシア・ローマまで遡りながらその歴史と長所と短所、さらに日本における民主主義の問題点を平易な言葉で解説した、教科書的な一冊です。
板垣恵介『バキ道 15』(少年チャンピオン・コミックス/秋田書店)Kindle版
古代相撲の雄で、野見宿禰と並び称される当麻蹴速の末裔。地下闘技場で、武神愚地独歩と対決します。その勝敗はいかに?勝負のあっけなさを補うように、巻末には、アントニオ猪木追悼企画の外伝が収録されています。
2月7日
小川公代『ケアする惑星』で登場するジェーン・オースティンとヴァージニア・ウルフの作品を手っ取り早くカバーするために、購入しました。それぞれ、100円と165円でした。
Jane Austen: The Complete Novels( Book House Publishin)Kindle版
ジェーン・オースティンの小説全集です。Lady Susan, Sense and Sensibility, Pride and Prejudice, Mansfield Park, Emma, Persuasion, Northanger Abbey, The Watsons,Sanditonの9本の小説が含まれます。
Virginia Woolf: The Complete Works (Knowledge House) Kindle版
The Voyage Out,Mrs. Dalloway,To the Lighthouse,The Wavesなどの小説だけでなく、エッセイや伝記、日記なども収録した全集で、この手の本はこの出版社だけではないのですが、ヴァージニア・ウルフファン必携の一冊となっています。書棚一段分の本が、あっさりとスマホやタブレットに収まってしまうので、便利なことこの上なしです。
2月6日
アミュー『この音とまれ! 28』(ジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kindle版
久遠愛(くどおちか)ら、時瀬高校筝曲部の活躍を描く、青春群像劇のコミック。全国大会初日。次の出番は昨年は準優勝に終わった明陵高校。昨年の雪辱を晴らそうとするものの、伏兵時瀬高校の演奏に危機感を覚え、「最適解」の演奏をこの本番にぶつけてきます。その演奏を目の当たりにした愛たちは?
2月5日
岡田尊司『自閉スペクトラム症 「発達障害」最新の理解と治療革命』 (幻冬舎新書) Kindle版
続に「発達障害」と呼ばれるものは、アスペルガー、ADHDなど、症候が重なる部分とそうでない部分があり、さらに近年その呼び方も変化しています。『アスペルガー症候群』など発達障害を扱った著者の他の著作と併読することで、この際頭の中を整理しておきたいと考えています。
2月4日
中森明夫『TRY48』(新潮社)
中森明夫の新作小説は、実在の人物寺山修司が、もし生きてアイドルをプロデュースしたらという仮定のもとに、書かれた一種の歴史改変小説です。文学や演劇、音楽など幅広い分野でかつて一世を風靡した寺山修司ですが、ほとんどの人からその記憶が消え去りつつある今、そして若者の中にはその名前を知る者も皆無に近い中、寺山修司を21世紀の日本へと召喚し、その記憶をアップデートさせようという大胆な試みです。
以下は、幻冬舎電本セール 本祭で格安購入したKindle本です。
佐藤オオキ『400のプロジェクトを同時に進める 佐藤オオキのスピード仕事術』 (幻冬舎単行本)
デザイナー佐藤オオキによる仕事術。スピードアップするためには、いたずらに作業速度をあげるのではなく、ロジックにスケジュールを設計し、常に余裕が持てるようにするための、工夫の数々がオープンにされています。
恩田陸『上と外』上、下 『Q&A』(幻冬舎文庫)Kindle版
いずれも、恩田陸の長編小説です。『上と外』は、日本と中南米を舞台にしたスケールの大きなスリリングな長編です。考古学の発掘のはずが、いつしか犯罪に巻き込まれ…上は空を、外は海外を意味するのでしょうか?『Q&A』は、郊外の大型商業施設での死傷事故の謎を、Q&Aの形で解いてゆくミステリー仕立ての小説です。
2月3日
白取春彦『超要約 哲学書100冊から世界が見える! 限られた時間で、圧倒的な知恵と多彩な考え方を手に入れたいあなたへ』(三笠書房) Kindle版
『超訳 ニーチェの言葉』の著者による100冊の哲学や思想書の紹介です。570ページもあって紙の本だと場所はとるし、持つと重いので、Kindle版にしました。数えてみると、最初から最後まで読み切ったのは、30冊くらいで、手元にあるのは60冊くらいでした。日常生活に着地できるわかりやすい言葉で、簡潔にまとめてあるので、すでに読んでいる本の復習にも、積読になっている本を読むモチベーションづくりにも、新たに買う本のブックガイドにも、買わない本を知ったかぶりをするのにも役立ちます。無料のサンプルは、全体の6分の1である16冊分も読むことができるので、本が自分に合うかどうか判断するのに十分な量です。
以下は、幻冬舎電本フェス 本祭で、Kindle版が70%OFF(しかも最大70%ポイント還元)となっていたので、勢いに任せて購入しました。数が多いので詳しい解説は割愛します。
恩田陸『消滅 VANISHING POINT』上、下『月の裏側』(幻冬舎文庫)Kindle版
ともに恩田陸の長編小説です。
小川洋子『凍りついた香り』(幻冬舎文庫)Kindle版
小川洋子の長編小説です。
朝井リョウ『もう一度生まれる』(幻冬舎文庫)Kindle版
芥川賞作家朝井リョウの5篇からなるジュブナイルな短篇集です。
吉田修一『ウォーターゲーム』(幻冬舎文庫)Kindle版
芥川賞作家吉田修一の長編小説です。『太陽は動かない』『森は知っている』に続く三部作の完結編にあたります。
大栗博司、佐々木閑『真理の探究 仏教と宇宙物理学の対話』 (幻冬舎新書) Kindle版
物理学者大栗博司と仏教学者佐々木閑の対話です。
森博嗣『悲観する力』(幻冬舎新書)Kindle版
国立大学工学部の教授にして作家の森博嗣によるエッセイ。楽観主義全盛の中で、危機管理の意味から、悲観的な見方の重要性を強調したものです。
ヤマザキマリ『ムスコ物語』(幻冬舎単行本)Kindle版
イタリア人の間に一児を設けた漫画家にしてエッセイストの作者による型破りな子育て放浪記です。
佐藤航陽『世界2.0 メタバースの歩き方と創り方』 (幻冬舎単行本) Kindle版
新たなVRの世界、メタバースの可能性と未来を解説した一冊です。その先に見えるのは、ユートピアかディストピアか。
2月2日
高木秀雄『世界自然遺産でたどる 美しい地球』(新星出版社)Kindle版
200円均一のセールにあったので買いました。世界自然遺産の写真集は、実は何冊も持っているのですが、出版社によってすべて写真が異なるので何冊あっても困りません。用途は、色鉛筆やパステル画の練習素材用。著作権があるので、外へは出せませんが。
2月1日
岩本ナオ『金の国 水の国』(フラワーコミックス/小学館)Kindle版
『マロニエ王国の七人の騎士』の岩本ナオによるコミック。仲のよくない二つの国の姫と青年が出会い、結ばれるといういわばハッピーエンド版のロミオとジュリエットでしょうか?一巻で読み切れるというのもいいですね。アニメ化され、映画上映中です。
]]>JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略
鴻巣友季子『文学は予言する』(新潮選書)は、近年まれに見る刺激的な書物である。
まず驚かされるのは、本書で言及される作家や作品の圧倒的な数である。
翻訳者としては、エミリー・ブロンテ『嵐が丘』マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ』ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』といった古典的な名作から、クッツェー『恥辱』『イエスの幼年時代』アトウッド『誓願』『獄中シェイクスピア劇団』といった現存作家の問題作まで、英語圏の文学を幅広くカバーする著者であるが、本書では、多くの英語圏以外の文学も、また日本の多くの作家の作品も扱われている。文学史上の位置づけであれば、概要を押さえるだけであえて読まずに済ますこともできるが、言及される作品はマクロ(歴史的な位置づけ)とミクロ(ストーリーや文体)の両面から紹介されている。新聞紙上で文芸時評も担当しているとは言え、長編小説の翻訳というおそろしく時間と手間のかかり作業の傍らで(翻訳するために読む必要があるのは翻訳対象の一冊に限らない)、これだけ多方面の文学をカバーする知力・体力・気力に何よりも圧倒される。そのことは、巻末の索引を見れば、一目瞭然であろう。
『文学は予言する』は、翻訳上の問題や自らが翻訳を手がけた作品の解説が中心となる鴻巣の従来の著作とは異なり、そこから一歩踏み出した、広範な射程を持つ問題提起的な評論、いわば勝負作である。もちろん、自ら翻訳を手がけた作品や作家が、その思考の核となっていることは否定しがたいが、翻訳を手がけていない作品や作家も扱いが劣るわけではなく、むしろ村田沙耶香、多和田葉子、小川洋子や川上未映子など日本の女性作家に対する熱量の高さが際立っている。
『文学は予言する』は、ディストピア、ウーマンフッド、他者の三つの章からなっている。これら三つの主題は、完全に分離され並列されるものではなく、第二、第三の章は、先行する章の一側面をクローズアップしながら発展させたものと言えよう。「ウーマンフッド」は、女性が差別され、虐待されるディストピアの問題意識を引き継ぎながら、文学史の中で女性の声が奪われ、社会に隷属的な表現を与えられてきた経緯をたどる旅であるし、「他者」は、翻訳文学の問題、その受容や、文体・作風への影響を、海外で紹介される多和田葉子など日本の小説作品を中心に取り上げている。
本書の中で取り上げられるディストピアとは、ユートピアの対立概念ではなく、拡張概念である。人間のやるべき仕事が、すべて機械によって代行され、もはや労働の必要のない世界は一見ユートピアに見えても、視点を変えればディストピアにもなってしまう。曖昧さを回避するために、本書では、以下の三原則をディストピアの基準としている。
一、 国民の婚姻・生殖・子育てへの介入
二、知と言語(リテラシー)の抑制
三、文化・芸術・学術への弾圧
p24
マーガレット・アトウッドが『侍女の物語』を書いたとき、彼女自身そのような世界がアメリカで現実のものとなるとは考えていなかったが、続編とも言える『誓願』を書くころまでには、その世界が極めてリアルなものとなり、もはや同じような書き方をすることができなくなっていた。その間に、トランプ政権の誕生に限らず、世界の多くの国々で右傾化・全体主義化が顕著となったということである。ファンタジーとして読まれていた小川洋子の『密やかな結晶』も、本来のディストピア小説として読まれるようになり、翻訳の力によってより広い世界で受容された結果ともいえる。そして社会批評を担ってきたディストピア小説自体が、ディストピアの餌食となるところまで、現実は深刻化している。
物語の中での語りの権利は、ホメーロスの時代からゼルダ・フィッツジェラルドに至るまで、女性から奪われてきた。芸術家たちに霊感を与えてきたとされる「ファム・ファタール(運命の女)」も、創作者の地位を搾取され、声を奪われた女性たちの異名ではなかったのか。当初は、教育目的から生まれた「娘文学」は、その後女性作家によって生み出された「少女文学」を経て、どのように文学の中の女性像は変化していったかを、本書はたどることになる。身体、そしてケアが新たなキーワードとなることだろう。長い間、翻訳的に鎖国状態に近かったアメリカもようやく翻訳作品を受け入れ、正当な評価を与えるようになり、日本文学、とりわけ女性の小説家の評価が際立つようになってきた。
翻訳は、単に異文化を移し替えるだけでなく、多くの政治的要素を伴っている。アメリカの大統領の就任式で詠唱された詩の翻訳者が誰になるかが世界中で論争の種となったが、翻訳者の名前が隠され、海外文学をアメリカ文学に見せる商法も健在で、翻訳文学にそうでない文学と同じ権利が与えられるまでには時間がかかりそうだ。しかし、世界では翻訳作品とオリジナルな文学との境界はしだいに曖昧になりつつある。あらかじめ翻訳されることが前提の文学作品「生まれつき翻訳」作品が増えてきたのである。本書で詳細な分析を行っている日本の多和田葉子や、奥泉光の小説作品も、そのような文学の系列に位置づけることができるだろう。
本書は、最前線の小説を幅広くカバーした文学案内としても楽しむことができる。個人的にも、すでに購入し積読の状態になっている作家の作品のあらましが紹介されると、導きの糸を得た気分になって最後まで読めそうな気がしてくるし、まだカバーしておらず購入を先延ばしにしていた作家、これまで自分とは無縁と思いスルーしてきた作家や作品が、意外にもツボにはまりそうな予感を得ることも数えきれないほどである。さらにバラバラにとらえていた作品も、ディストピア小説や、ジェンダー小説、多言語混交の文学の系譜としてピックアップし、新しい光を当てることも可能であろう。
本書のような親切な文学案内には、負の一面を持つ運命もある。与えられた作品のアウトラインを追認するような読書はしたくない読者は、個別の作品の詳細が語られすぎる部分は、意味をオフにして文字を映像としてあるいは音声としてたどるだけにするという読み方も必要になるかもしれない(特に第三章の多和田葉子と奥泉光の項)。踏み込んだ文芸評論の運命とは言え、言及される作品すべてをあらかじめ読了している読者など、ほとんどいないであろうから。
『文学は予言する』というタイトルに惑わされ、「ノストラダムスの大予言」の類の本と勘違いする爆笑ものの現象もインターネット上に見られるが、未来のテクノロジーの水先案内を演じてきたSFは言うに及ばず、広く文学は、現実の中に見られる兆候や萌芽を鋭敏に察知、抽出し、作品として結晶化する中で、つねにすでに予言のはたらきをしてきたことは疑いの余地のないことである。
(…)文学には、いま起きていることはすでに書かれていた。文学ははるか以前に「予言」していたのだ。ディストピア小説だけでなく、すべての小説は、すでに起きていながら多くの人の目に見えていないことを時空をずらして可視化する装置なのだ。p7
『文学は予言する』は、今日私たちが幸運にも遭遇することができる何百という小説や作家を、文学の歴史を踏まえた現代的な問題意識の元で、その存在感、輝きを増しながらとらえ、その世界へと誘うことができる名著である。
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1月29日
小川公代『ケアする惑星』(講談社)
英文学者小川公代の『ケアの倫理とエンパワメント』に続く単著の第二作です。タイトルも、90年代の香港映画みたいで、なんだか洒落てますね。経済至上主義に翻弄されがちな「グローバリゼーション」に対抗する基軸としての「惑星的(planetary」が本書のキーワードとなっています。前著でも扱われたヴァージニア・ウルフやワイルドに加え、『アンネの日記』やジェイン・オースティン、ルイス・キャロル、チャールズ・ディケンズ、新しいところでは『約束のネバーランド』高瀬隼子の『おいしいごはんが食べられますように』などを俎上にあげながら、ケアの思想に一段と深化を加え、それは「第13章 戦争に抗してケアを考える」「第14章 ケアの倫理とレジスタンス」の章題からもうかがえます。
1月28日
Richard Powers:The Overstory (Vintage)
各方面で絶賛された、リチャード・パワーズの2019年のピュリッツァー賞受賞作『オーバーストーリー』。日本語訳ではなく、原書で読むことにしたのは、単純に価格と本のサイズの問題です。邦訳は、新刊でも古書でも4000円を超えますから、今のように一日に何冊も購入する時期にはハードルが高いです。南北戦争前から20世紀後半まで、数世代にわたる複数の視点から見た、壮大なアメリカ人の樹木をめぐる物語です。
エマニュエル・レヴィナス(訳)藤岡俊博『全体性と無限』(講談社学術文庫)
フランスの哲学者レヴィナスの主著の一つです。学生時代フランス現代思想を軒並み押さえる中で、なぜかレヴィナスに関してはアレルギーがあって、解説書こそ読んだものの、本人の著書は手にすることはありませんでした。
J.L.オースティン(訳)飯野勝己『言語と行為 いかにして言葉でものごとを行うか』(講談社学術文庫)
アメリカの言語哲学者オースティンの記念碑的な著作。1955年にハーヴァード大学で行われた講義ノートをベースに作られたもので、完全な著書とは言い難いのですが、いわゆる「言語行為論(speech act theory)」の起点となりました。これも、デリダの『エクリチュールと差異』で、学生時代にオースティンの名前は耳にしていたわけですが、今の今まで読んでいませんでした。
プラトン(訳) 田中伸司、三嶋輝夫『 リュシス 恋がたき』 (講談社学術文庫)
プラトンの贋作も含め36ある対話のうちの二作。「リュシス」は、少年リュシスとその友メネクセノスを相手に「友」とは何か、「友愛」とは何かを論じたもの。「恋がたき」は、同じく二人の少年を相手に、有名な「哲学」=「知を愛すること」という主題を論じています。この機会に、プラトンは真偽の確定したものについては、すべて押さえておこうかなと思っています。
中沢新一『純粋な自然の贈与』(講談社学術文庫)
宗教学者にして人類学者である中沢新一が、に対する概念としての「贈与」の概念を掘り下げたエッセイ集。「すばらしい日本捕鯨」や「日本思想の原郷」「新贈与論序説」などを収録。ゴダール、バルトーク、バスケットボールと、映画、音楽、スポーツなどのジャンルを横断する思考の自由さが楽しいです。
大江健三郎『M/Tと森のふしぎの物語』(講談社文庫)
四国の森の奥に存在する独立したユートピアをめぐる壮大な物語が、子供向けのファンタジーのような平易な語りによって紡がれます。大江健三郎の作品の中で、海外で最も読まれている小説だそうです。
1月26日
中沢新一『フィロソフィア・ヤポニカ』(講談社学術文庫)Kindle版
西田幾多郎と並び、京都学派を代表する哲学者田邊元を取り上げた中沢新一の著作。「種の論理」「友愛の哲学」とは何か? 西田幾多郎の欲望の哲学との対比の中、構造主義やポストモダンにも通じる田邊元の現代性にスポットライトを当てています。
1月25日
講談社学術文庫や選書メチエの約400タイトルが30%FF(〜2/2)に加え、40%ポイント還元中(〜1/31)なので、気になるタイトルをまとめ買い。前の本のポイントを次の本に充当しながら、全部で10点程度は購入する予定です。
ジャンバッティスタ・デッラ・ポルタ(訳)澤井繁男『自然魔術』 (講談社学術文庫) Kindle版
自然魔術は、白魔術で、当時の科学や技術の知識と生活の知恵が入り混じったもの。プリニウスの『博物誌』同様、真っ当な知識と迷信とが入り混じっていますが、人々が何のために知恵を絞り、何を活用しようとしたのかの貴重な記録です。本書は、いわば、16世紀のWikipediaですね。
黒川正剛『魔女狩り 西欧の三つの近代化』(講談社選書メチエ)Kindle版
魔女狩りというと、暗黒の中世の象徴のように思われていますが、実は中世から近代への移行期に行われ、何万人という「魔女」が殺されました。魔女狩りの問題は、ヨーロッパの近代化の問題と不可分なのです。
佐伯順子『「女装と男装」の文化史』(講談社選書メチエ)Kindle版
シェイクスピアの『ヴェニスの商人』、白波五人男から『リボンの騎士』『ベルサイユのばら』まで、古今東西の文化の中に広く見出される女装と男装。しかし、その意味は同じではありません。 演劇や文学、映画、アニメ、漫画など多くの親しみやすい事例を取り上げながら、ジェンダーやセクシュアリティの多様性を考える試みです。
1月21日
遠野遥『浮遊』(新潮社)Kindle版
芥川賞作家遠野遥の最新作。自分の父親ほどの年齢の男と同居するふうかは、高校1年生。暗い部屋の中で、一人ホラーゲームにはまる。そのゲームは、同じ年ごろの女性が、悪霊たちに追われながら、東京をさまよい続けるゲームだった。現実からの逃避のためのゲームが現実に浸透し、いつしかその境界線も曖昧になる。本当におそろしいのはどちらなのか?
1月19日
落合陽一、菅野裕介、本多達也、遠藤謙、島影圭佑、設楽明寿『xDiversityという可能性の挑戦』(講談社)Kindle版
落合陽一が代表を務める JSTクレストxDiversityがめざすのは、身体の新たな多様性の実現。身体にハンディがある人の機能を単に補完するだけではなく、聴覚補助デバイス、ロボット義足、視覚障害者支援デバイスなどの製作と実装を通じて、新たな身体の可能性を開いてゆこうとする試みです。内容的には、落合の『デジタルネイチャー』や『落合陽一 34歳、「老い」と向き合う』で、語られた事柄が多いですが、斎藤幸平との対談は、経済的に利益につながりにくいこの分野の社会的実装を、いかに実現してゆくかという核心部分を衝いた本音トークで、特に面白かったです。
1月18日
李琴美『ポラリスが降り注ぐ夜』(筑摩書房)
芥川賞作家李琴美の7編からなる短篇集です。発売直後は紙の本が手に入らずKindle版で購入していましたが、特に優れた作品で、紙で読みたくなって文庫ではなく単行本のかたちで買い直しました。特に台湾での政治問題まで扱った「太陽花たちの旅」は、この作者の非凡さを思い知らされました。
1月17日
西尾維新、大暮維人『化物語 20』(週刊少年マガジンコミックス) Kindle版
西尾維新の「物語」シリーズを大暮維人が高レベルの画力によってコミカライズ。原作は一通り読んでいるはずですが、キャラクターがビジュアライズされると、よくも悪くもまるで別の世界で、読んでいないエピソードのように錯覚してしまいます。阿良々木暦は、美しき吸血鬼の先代の従僕である死屍累生死郎と、再び猫となった羽川翼は自らが生み出した怪異「苛虎」と対決します。でも、一番の見せ場は羽川翼と戦場ヶ原ひたぎの本音トーク女子会ですね。
1月16日
小峯龍男 『図解 古代・中世の超技術38 「神殿の自動ドア」から「聖水の自動販売機」まで』 (ブルーバックス) Kindle版
ピラミッドから、古代ローマの浴場、噴水、自動販売機など、近代以前に存在したと伝えられる技術を再現し、図解しながら解説した本です。原理的には、空気、水、火、重力がエネルギーで、歯車や天秤、テコなどによって力を伝えてゆくものです。いくつかの技術に関しては、身近な材料で再現しようとするものもありますが、動くためにはそれなりの工作精度が求められそうです。
1月14日
モーリス・ブランショ、粟津則雄訳『来るべき書物』(筑摩書房)
フランスの批評家にして、作家モーリス・ブランショの、『文学空間』と並ぶ代表作の邦訳です。学生時代フランス語の原書で読んだ気になっていましたが、内容が全く思い出せないので、要約しながら精読しようと日本語訳を古書で手に入れました。ずっしりと存在感のあるきれいな装丁の本で、線を引くのがためらわれるのが難点です。
三秋 縋、oudraw『あおぞらとくもりぞら』1、2 (単行本コミックス/KADOKAWA) Kindle版
ここひと月くらいで三秋縋の小説作品はほぼ読み切ったので、残るのはコミカライズされた本作品のみ。中身は、殺し屋の男性が、女子高生を殺そうとしながら、命をねらううちに相手に恋してしまって殺せないという物語。実は、彼女もまたかつて同じ仕事をしていたのです。殺せない殺し屋の運命は、他の誰かに殺されること。この残酷な定めに、彼は、そして彼女は、どう向かいあおうというのでしょうか。outdrawの漫画は、最初線がささくれだった感じがして気になったのですが、キャラクターを美しく表現しているので、そのうち気にならなくなりました。
1月7日
『新潮 2023年2月号』(新潮社)
千葉雅也の新作小説「エレクトリック」(220枚)が掲載されているので購入。今回の作品は、1995年ころの宇都宮を舞台とした、高校時代を扱った長編小説です。「デッドライン」の主人公はいかなる青春時代を過ごしたのか。「デッドライン」や「オーバーヒート」と異なるのは、はっきりと語り手の名前が示されていること。志賀達也って、志賀直哉を想起させるし、『魔法科高校の劣等生』の司馬達也とも一字違いで恰好よすぎますね。他に、坂本龍一の連載の最終回、中沢新一の「精神の考古学」の最終回と充実した内容になっています。
1月6日
小川哲『嘘と正典』( 早川書房)
『ゲームの王国』の小川哲による短篇集。CIA工作員が共産主義の消滅を企てる歴史改変SFの表題作のほか、タイムトラベルものの「魔術師」音楽を通貨とした島が主題の「ムジカ・ムンダーナ」など全6篇を収録。想像力の極北に挑む秀作ぞろいの短篇集です。
板垣恵介『自伝板垣恵介自衛隊秘録〜我が青春の習志野第一空挺団』(少年チャンピオン・コミックス)Kindle版
「刃牙シリーズ」の板垣恵介の原点は陸上自衛隊にあった!1977年から1981年まで陸上自衛隊に在籍した板垣恵介が今明かす自衛隊での悲話の数々。富士山一周100キロの地獄の行軍から始めて、340メートルの上空からの恐怖の降下訓練まで、四つのエピソードが紹介されます。ちなみに『グラップラー刃牙』がスタートしたのは、1991年のことでした。
1月5日
東浩紀編『ゲンロン 13』(ゲンロン)Kindle版
1月10日までゲンロンの機関誌『ゲンロン』のKindle版バックナンバーが50%OFFということで最新号『ゲンロン 13』を購入。東浩紀の「訂正可能性の哲学 2」が目玉ですが、ウクライナ情勢がらみで、小特集の「ロシア的なものとその運命」も気になりますね。
1月4日
藤本タツキ『チェーンソーマン 13』(ジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kindle版
学園ドラマとなった、『チェーンソーマン』。デンジは、自らがチェーンソーマンであることをアピールし、女の子にモテようとしますが、本気では相手にされず、その間にも悪魔によって支配された女生徒たちによって学園は蹂躙され、壮絶なバトルが展開します。
松井優征『逃げ上手の若君 9』(ジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kindle版
足利尊氏によって鎌倉を追われた、北条氏の再興をはかろうとする幼き遺児の北条時行を主人公とした歴史コミック。糾合した配下に対して、ついに自らの正体を明かした時行。いよいよ鎌倉を奪還するために、出陣の時がやってきました。その前に立ちはだかるのは、信濃守護の小笠原貞宗でした。ラスボス以外の敵役だからといって、弱く描かれることはなく、それぞれに強い個性を持った恐るべき相手として描かれているのが、王道路線をゆく松井優征ならではの人物造形です。
1月3日
この日も講談社の正月三日間の「お年玉」セールで、半額程度になったKindle本をまとめ買い。
中島隆博『荘子の哲学』(講談社学術文庫)Kindle版
千葉雅也『デッドライン』に登場する中国哲学の教授のモデルともなった中島隆博による荘子論。日本国内の研究だけでなく、中国やアメリカ、ヨーロッパなどの荘子研究、さらにはドゥルーズやデリダまで言及しながら、広範な視野のもとで荘子思想の核心へと斬りこんでゆきます。「老荘思想」でひとくくりにされるような荘子についての既成概念は、本書を通じて、完全に脱構築されることでしょう。
あらゆる生物の中に存在する、24時間周期の「生命時計」とはどのようなものか。なぜ生物は眠るのか。生物時計と睡眠研究の第一人者である著者が、「生命時計」や睡眠のさまざまな謎に挑み、これまでの科学的成果をわかりやすく解説した一冊です。
エルンスト・ルナン『国民とは何か』(講談社学術文庫) Kindle版
19世紀のフランスの作家エルンスト・ルナンが1882年に行った講演。偏狭なナショナリズムではなく、当時としてはバランスのとれた考え方を提示したものの、同時により保守的な人々からは反発を受けることになりました。本文自体は長いものではありませんが、詳細な解説によって、ヨーロッパにおけるナショナリズム系譜が整理できる構成となっています。
1月2日
以下のKindle本は、すべて講談社の「お年玉」セールや40%ポイント還元セールを利用して購入しました。価格のハードルが下がると急に本の購入速度も速くなります。
戸谷洋志『スマートな悪 技術と暴力について』(講談社)Kindle版
ハイデッガーやハンナ・アレント、ハンス・ヨナスなどの研究で知られる哲学者戸谷洋志が、現代社会に潜むスマートな悪について論じた問題作。最先端を行く電子ディバイスや、科学的な用語でカムフラージュされた政策の提起の中にも、持ち込まれる全体主義やファシズムの芽に対し、徹底的に批判しています。単なる過去の思想の研究者ではないことを、世に知らしめた一冊です。
池内恵『現代アラブの社会思想』(講談社現代新書)Kindle版
パレスチナ問題やイスラームの問題に関しては、歴史は現地の事情に疎い著名人による、無責任な放言がメディアを跋扈したり、あるいは逆に過剰にイスラームに入れ込んでバランスを欠いた言説が目立つ中、数少ない信頼できる情報源である池内恵によるアラブ思想の紹介です。本の形で著されたものに限らず、テレビ番組やヒットソングなどの形で流布した日常的な言説まで広くカバーしているのが大きな特徴。大佛次郎論壇賞受賞作。
西尾維新『暦物語』(講談社BOX)Kindle版
『暦物語』は「物語」シリーズの主人公阿良々木暦と、一年12ヶ月のカレンダーの二重の意味をひっかけたタイトル。内容は、各月ごとに一人の主要な登場人物が探す物や、答えを求める謎を、阿良々木暦が解決しようとするもの。日常的な謎を解く推理物という点で、一見米澤穂信の『氷菓』を思わせますが、年が変わり登場人物も斧野木余接、影縫余弦、臥煙伊豆湖あたりになると、しだいに凄惨なバトルシーンへと移行し、ゆるふわな展開からスリリングな世界へと物語も大きく変わってゆきます。
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12月29日
暗い中世の世界と語られる12世紀ですが、ルネッサンスが始まったのは14世紀ではなく、12世紀にすでにさまざまな学芸の復興の息吹は始まっていたのです。それまでの中世の暗いイメージをいち早く払拭した古典的著作です。
相沢沙呼『小説の神様』(講談社タイガ) Kindle版
同じ高校に通う二人の高校生が、実は本も出していた小説家だった。売れない小説家である彼と、人気小説家である彼女は、出版社の手引きで共作を手がけることに。しかし、相性は最悪の二人、何かと意見が対立し、彼の属する文芸部までも、騒動が飛び火する羽目になります。ツンデレのラブコメである一方で、小説を書こうとする人に、さまざまなケーススタディを提示し、書くことに挫折しそうになる人を元気づける作品にもなっています。
12月28日
三秋縋『スターティング・オーヴァー』(メディアワークス文庫)Kindle版
三秋縋のデビュー作となった小説です。何不自由なく青春を謳歌していた若者が、交通事故で死に転生、十歳から同じ人生を繰り返すことになりますが、微妙に結果が食い違い、いつしか日陰の存在に。というのも、かつての自分とそっくりな存在が、自分のいた場所を占めていたからでした。悩みに悩んだ挙句、ポーの「ウィリアム・ウィルソン」よろしく、自分の分身を亡き者としようと考えるのですが。
12月27日
増田俊也『猿と人間』(宝島社)Kindle版
『シャトゥーン ヒグマの森』で読者を恐怖のどん底に陥れた増田俊也の最新作。猟に出かけた父親と息子は、多くの凶暴化した猿の群れに取り囲まれることに。その数なんと850頭。はたして、そこから生きて脱出することは可能なのか。
ジョーゼフ キャンベル、ビル モイヤーズ(訳)飛田 茂雄『神話の力』(早川書房) Kindle版
神話学の大家J.キャンベルに対するテレビシリーズのインタビューの書籍化です。古代ギリシアから、スターウォーズまで広い範囲の神話的な物語をとりあげながら、その普遍性と人生に対する意味を明らかにした一冊。J.キャンベルの遺作となりました。
年末年始の40%ポイント還元セールを使って、西尾維新の「物語」シリーズのコンプを目指しています。残すところは、『暦物語』と『混物語』の2巻のみ。
西尾維新『偽物語』上、下(講談社BOX)Kindle版
『化物語』の後日譚という触れ込みの『偽物語』。同じタイトルを与えられているものの、扱われているのは別のエピソードです。上巻では、詐欺師に騙された阿良々木暦の妹火燐のリベンジを、阿良々木暦が果たす話。下巻は、もう一人の妹火月の怪異の正体がわかり、阿良々木暦がそれを退治しようとする陰陽師影縫余弦より、妹を守ろうとする話です。阿良々木暦の妹ファイヤシスターズが「偽」物と呼ばれるその理由とは。
西尾維新『続・終物語』(講談社BOX)Kindle版
ある朝阿良々木暦が鏡を見て、向こう側の世界にひきずりこまれると、そこは何もかもがあべこべとなった世界のようでした。同じ人物がいるのに、その姿も行動のパターンもまるで別人。それでも、その中で、変わらない人物がいるのはなぜ。どうやらこの世界から抜け出し元の世界に戻るには、この世界の正体を正しく知ることが必要となるようでした。
三秋縋『僕が電話をかけていた場所』(メディアワークス文庫/KADOKAWA)
同じ作家の『君が電話をかけていた場所』の続編です。高校生深町陽介のコンプレックスとなっていた顔の痣が消えた代わりに、顔に痣ができてしまった初恋の幼馴染初鹿野唯は、ひきこもり、希死念慮に取りつかれることに。忍び寄る死の影より二人が逃れるためには、彼女の心を開き、愛情を取り戻さなければなりませんでした。ラストのどんでん返しが感動的な秀作です。
12月26日
たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編 7』(角川コミックスエース) Kindle版
対馬への元寇襲来を扱った『アンゴルモア 元寇合戦記』の博多編。蒙古軍の博多の町への侵入を許し、武士のみならず、民衆の犠牲も増えてゆく中、朽井迅三郎は戦いに加わった対馬の軍勢救出のため、奔走する。だが、多勢に無勢で周囲を蒙古軍に取り囲まれ、絶体絶命のピンチに陥る。死中に活を見出すことはできるのか。
12月25日
鴻巣友紀子『文学は予言する』(新潮選書)
マーガレット・ミッチェルやアトウッドの翻訳家として著名な著者による、広い視野による本格的な文学論。ジョージ・オーウェルの『1984年』を挙げるまでもなく、フィクショナルな文学作品は、その後の社会変化を先取りした世界をしばしば表現します。ここでは、ディストピア、ウーマンフッド、他者の三つの系列に分類しながら、到来する世界の変化を敏感に察知した数々の文学的なビジョンを掘り下げてゆきます。冒頭で、「すべての小説は、すでに起きていながら多くの人には見えていないことを可視化する装置なのだ」と著者は書いています。最新のブックガイドとしてもお勧めできる一冊です。
三秋縋『いたいのいたいの、とんでゆけ』(メディアワークス文庫/KADOKAWA)Kindle版
もしも不幸な出来事が起こってもなかったことにできる力があったならというifで始まるラブストーリー。湯上瑞穂は、文通相手の恋人と再会するために走らせた車で、若い女性をひいてしまう。しかし、彼女は自分の死を10日間ひきのばすことができるという。その10日間に彼女がやろうとしたことは、自分をひどい目に遭わせた相手への復讐だった。そして彼女をひき殺した埋め合わせに、その共犯となることを求められる。これも『君の話』同様、後半で大きなどんでん返しがあります。
12月24日
メディアワークス文庫の半額セールに合わせて、『君の話』を読んで、文章もストーリーテリングもうまいなあと感心した三秋縋をまとめ買いしています。この作者の特徴は、若者のラブストーリーに、通常ありえないようなSFやファンタジーの設定にからめ表現することです。
三秋縋『恋する寄生虫』(メディアワークス文庫/KADOKAWA)Kindle版
『恋する寄生虫』では、寄生虫が人間の心を、恋愛感情まで操ったならというifのもとに展開するラブストーリー。 失業中の青年高坂賢吾はひきこもりの少女佐薙ひじりの相手をつとめるように依頼を受ける。ぎくしゃくした関係から始まりながらも、いつしか惹かれ合う二人。だが、賢吾は人間の心を扱う寄生虫の存在を知らされる。自分たちの恋も、寄生虫によるものなのだろうか。そしてさらなる衝撃の事実が彼らを襲う。それは…
三秋縋『君が電話をかけていた場所』(メディアワークス文庫/KADOKAWA)Kindle版
もしも自分のコンプレックスとなっている痣がきれいに消えたらというifで始まるラブストーリー。電話ボックスで聞いた奇妙な電話が、一種の賭けとして唯一の理解者であった初恋の相手とのやり直しを提案する。そして痣はきれいに消えていた。けれども、その痣がクラスメートとなった彼女の頬に現れようとは。これ一巻ではストーリーは終わらず、『僕が電話をかけていた場所』へと続きます。
三秋縋『三日間の幸福』(メディアワークス文庫/KADOKAWA)Kindle版
もしも自分の寿命を買い取るビジネスが存在したら、というifで始まるラブストーリーです。アルバイトも止め、売れるCDや本も売りつくしたクスノキは、寿命の買い取りに応じる。3億くらい?と期待したら、一年当たり1万円のたった30万円。それもミヤギという女性の監視員つきで。残された2カ月の寿命を彼はいかに過ごそうとするのか。
12月20日
落合信彦、落合陽一『予言された世界』(小学館)Kindle版
かつて一世を風靡した国際ジャーナリスト落合信彦と、その息子であるメディアアーチストにして筑波大准教授の落合陽一による共著。ただ、対談やインタビューなどのコンテンツは2016年から2017年に雑誌などに発表されたものが中心でやや時期を失した感があります。落合信彦のウクライナ戦争など国際情勢に関する認識が、プーチン、習近平を思い切りこきおろしていて、大きくずれていないので安心しました。
宇野常寛『ゼロ年代の想像力』(ハヤカワ文庫JA) Kindle版
早川書房のセールで宇野常寛をほぼカバーし、主著の残りは『水曜日は働かない』(集英社)だけになりました。『ゼロ年代の想像力』は2008年に刊行、その後2011年に増補されて文庫化されました。それまでの「大きな物語」が喪失された社会のありようを、文学、アニメ、ゲームなどの作品から分析した、宇野常寛のデビュー作です。
12月19日
早川書房のKindle本半額セールで、気になるタイトルをまとめ買い。紙で買えば、これだけでも本棚の横20センチくらいは占拠しそうなので、Kindle本のセールはありがたいです。
クッツェー、(訳)鴻巣友季子『恥辱』(ハヤカワepi文庫)Kindle版
南アフリカ出身のノーベル賞作家クッツェーの代表作。一種の失楽園小説です。大学教授のデヴィッドは、離婚後悠々自適の性的生活を享受していたが、ある愛人との関係がこじれ、女学生と関係を持ったことより、それまで築いてきた地位や平穏な生活を失うことになります。日本でもありふれた題材ですが、クッツェーの語り口により、読者はみるみる物語の中へと引き込まれてゆきます。
逢坂冬馬『同志少女よ、敵を撃て』(早川書房)Kindle版
独ソ戦争で母親を惨殺された少女が、復讐のため狙撃兵として立ち上がることとなります。一時絶賛された作品ですが、ロシアサイドが主人公になっている設定のため、ウクライナ戦争で水を差され、共感しにくく感じますが、最後まで読み切ればそうした不安も吹き飛ぶことでしょう。
小川哲『ゲームの王国』上、下(ハヤカワ文庫JA)Kindle版
1970年代ポルポト政権による虐殺が行われたカンボジアで、ポルポトの娘ソリアと天才少年のムイタックを主人公にした凄惨なリアリティを持つ小説です。動乱が終わったのち、ソリアは政治家をめざし、ムイタックはゲームの開発に向かうことになります。二人の邂逅と、行く末は。
三秋縋『君の話』(ハヤカワ文庫JA)Kindle版
人気作家三秋縋によるSF小説。人工的に作られた記憶「義憶」が標準化された世界が舞台。は義臆によってつくられたはずの幼馴染と瓜二つの女性に出会う。詐欺だと彼女を拒絶する だが、同時に惹かれるのも感じた。はたして彼女の正体は。後半は、女性側の語りにより、その悲劇的な運命が明らかになります。
12月17日
箱田徹『今を生きる思想 ミシェル・フーコー 権力の言いなりにならない生き方』(講談社現代新書100) Kindle版
新書本のハードルを下げたことで話題の講談社現代新書の新刊。ミシェル・フーコーの一般的な入門書ではなく、後期の政治思想に焦点が絞られています。『監獄の誕生』や『性の歴史』だけでなく、コレージュ・ドゥ・フランスの講義録もフルに活用されていて、新自由主義批判などフーコーの知られざる一面がクローズアップされるなど、短いながらも読みごたえのある一冊です。
12月16日
岩本ナオ『マロニエ王国の七人の騎士 7』(フラワーコミックスa/小学館)Kindle版
マロニエ王国の女将軍には七人の息子がいて、それぞれに人生の伴侶探しを兼ねて、各人の長所が発揮できる国へと旅に出ます。第7巻は、6巻に続き末っ子「ハラペコ」の「食べ物の豊富な国」の冒険。ハラペコの持つ力を利用しようとする過去の亡霊たちによって、ハラペコと同行した料理人コレットの身に危機が迫ります。
藤小豆、橘由華、珠梨やすゆき『聖女の魔力は万能です 8』(FLOS COMIC/KAADOKAWA) Kindle版
橘由華の原作を藤小豆がコミカライズした異世界転生もの。平凡なOLの小鳥遊セイは、異世界へと召喚され、やがて聖女として力を発揮するようになります。原作は未読ですが、藤小豆さんの描くキャラクターが、女性も男性も美しいので、はまっています。
畑健二郎『トニカクカワイイ 22』(少年サンデーコミックス/小学館)Kindle版
初心な新婚カップルのラブコメに見えて、そしてそれはそれなりの真実でしたが、同時に千年のスケールで展開する壮大なファンタジーもあった『トニカクカワイイ』。ついに最大の謎であった司と輝夜との関係が、1400年の歳月を遡ることで明らかになります。あまりにきれいに完結したので、ここで作品も完結したのかと錯覚してしまいましたが、まだまだ続くようです。
12月14日
新馬場新、あすぱら『サマータイム・アイスバーグ』(小学館)Kindle版
高校生の男女4人の関係を中心に、三浦半島沖に現れた巨大な氷山の謎を解く、ジュブナイルSF小説。普通のライトノベルに見えるけれど、かなり細かい設定までつくりこんだ本格SFです。交通事故で寝たきりとなった女子高生と、突然現れた彼女そっくりの小学生が鍵を握ります。聖地巡礼も可能なように、城ケ島など多くの実在の場所が物語の舞台として使われています。アニメ化や映画化を狙ったのかもしれませんが、あまりに錯綜した人間関係を書き込みすぎて、ストーリー展開が重苦しいものになってしまったきらいがあります。
12月13日
三木那由他『会話を哲学する 〜コミュニケーションとマニュピレーション〜』(光文社新書)Kindle版
言語哲学者三木那由他の一般向けの著作です。著者によれば、会話のはたらきは相手と約束事を構築してゆくコミュニケーションと、相手を動かそうとするマニュピレーションの二つということになります。会話とともに何が起こっているかを分析する例として、適当な会話を作るのではなく、綿矢りさ『勝手にふるえてろ』や、高橋留美子『うる星やつら』など親しみやすいフィクション作品を例にとり、謎解きを行う過程がスリリングです。会話とは、思っていることそのまま伝えるわけではなく、ある約束にしたがって進んでゆく暗黙のルールが支配する世界なのです。
12月10日
末永裕樹、馬上鷹将『あかね噺』1〜4 (ジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kindle版
挫折した父の無念を晴らすため、噺家の道をめざす女子高生桜咲朱音(おうさきあかね)を主人公にしたコミック。落語のなんたるかもよくわからない人でも、みるみるその世界にひきこまれ、いつのまにか基礎知識が身についてしまう傑作です。父を追放した一門の総帥阿良川一生との直接対決まで(4巻の半ば)、一気読み。一方的に言いたいことを伝えるのではなく、相手やその場の雰囲気に合わせる、ワンランク上のコミュニケーションの教科書にもなりそうです。
12月9日
川上未映子『春のこわいもの』(新潮社)
芥川作家川上未映子の6篇からなる短篇集。コロナ禍を反映して、内に籠った生活をしている人びとの様々な側面を題材としています。美容整形界のカリスマ女性に心酔する女性が、自らの現実に直面する「あなたの鼻がもう少し高ければ」、高校生の男女がなくしたものを探しに学校へ忍び込む「ブルー・インク」、語り手の属性を作者のキャリアに似せた「娘について」など、心に残る作品が多い短篇集です。
荒川弘、田中直樹『アルスラーン戦記 18』(週刊少年マガジンコミックス/講談社)Kindle版
奪われた王国を取り戻すために、仲間を集めながら、いつしか大軍を編成し、戦う王子アルスラーンを主人公とした歴史絵巻です。ルシタニア国王の弟ギスカール公爵と、アンドラゴラス3世の戦いを背後から支援するアルスラーン。さらに、銀貨面卿ことヒルメスもパルスの王都の奪取へと向かい、戦いはよつどもえの様相に。『もののけ姫』顔負けの血なまぐさい戦闘シーンのオンパレードで、一気に読み切ってしまえます。圧倒的な熱量と速度感で、最大の山場に突入する『アルスラーン戦記』です。
12月8日
坂口恭平『継続するコツ』(祥伝社)
なぜみんなやりたいことを続けることができず途中でやめてしまうのか。それは、「才能」や「評価」に対する誤った考えから来ています。誰もがはまる落とし穴、よりよいものをめざす、完璧をめざす、それがなぜいけないのか。これまで、人生に疲れ死にたくなった人10万人に電話相談を行ってきた坂口恭平ならではの継続するコツ、ひいては生き続けるコツを伝授します。
12月6日
小川哲『君のクイズ』(朝日新聞出版)Kindle版
テレビのクイズ番組を題材にした小川哲のミステリー小説。1000万円のかかったクイズ番組の決勝の最後の一問で、問題を一言も聞かないうちに相手は答え、正答してしまった。周囲はヤラセを指摘するが、三島玲央は過去の問題を洗いざらいチェックしながら相手が正答を導き出した可能性がないか振り返る。そこから見えてきた驚くべき真実とは。とにかく面白くて一気読み必至の傑作です。クイズ解答者のテクニックや心理にも一気に詳しくなれそうな本です。
12月5日
石川宗生、小川一水ほか『ifの世界線 改変歴史SFアンソロジー』(講談社) Kindle版
石川宗生、宮内悠介、斜線道有紀、小川一水、伴名練五名によるSFアンソロジー。未来に関して「もし…が〜なら」というifの世界を創造するのが通常のSFですが、過去に関して、すでにあった歴史の流れを否定して別の世界を再創造するのが改変歴史アンソロジーです。たとえば、宮内悠介「パニック―ーー一九六五年のSNS」では、もしベトナム戦争の時期にSNSが存在したら、小川一水の「大江戸石廓突破仕留」では江戸時代に巨大な石造りの建築物があったら、そして伴名練の「二〇〇〇一周目のジャンヌ」では、もしジャンヌ・ダルクがあの瞬間をループし続けたらという世界線で、物語は語られます。その展開は、多分に現在の世界の何らかのトレンドを反映(風刺)したものでしょう。
12月3日
宇野常寛『砂漠と異人たち』(朝日新聞出版)Kindle版
速すぎる現在のインターネットに距離を置いて、遅いインターネットを提唱した『遅いインターネット』の続編というべき、宇野常寛のエッセイ。 インターネットによる情報社会を支配する相互評価のゲームの外部を求め、コロナ禍の東京を後にして、ヨルダンの港湾都市アカバへと旅立った著者。『アラビアのロレンス』の主人公の足跡を追って現地を訪れた著者は、はたして映画の聖地巡礼を超えることができたのか。外部を求めての探求はさらに、ハンナ・アーレント、コリン・ウィルソン、吉本隆明へと向かいます。彼らは何をなしとげ、何をなしとげることができなかったのか。
12月2日
芥見茶々『呪術廻戦 21』(週刊少年ジャンプDIGITAL/集英社)Kindle版
呪術高専へと入学した虎杖悠仁の仲間たちは、術師たちの壮絶なバトル「死滅回游」へと巻き込まれます。3年生の秤金次が対決することになったのは、漫画家志望のシャルル・ベルナール。そんなわけで、読者の理解をふりきって、漫画脳と秤の術式で展開するゲーム(パチンコ)脳とのめまぐるしいバトルが続きます。他方、秤とはぐれ、100点保持者の強敵鹿紫雲一と対決する羽目となった2年生のパンダの運命は?
12月1日
伊藤亜紗『体はゆく できるを科学する<テクノロジー×身体>』(文藝春秋)
『目の見えない人は世界をどう見ているのか』『どもる体』『記憶する体』などの著作を通じ、人間の身体性の新たな次元を探求し続ける伊藤亜紗の最新刊。バーチャルだけでけん玉をトレーニングした人のほぼ全員が、なぜリアルなけん玉でも同じように成功をおさめることができるのか。なぜ、身体が、ある時点で、できないを振り切って、できる世界へと跳躍するのか。テクノロジーを駆使する五名の科学者・研究者との対話を通じて、その謎に迫ります。
浦沢直樹『あさドラ! 7』(ビッグコミックスペシャル/小学館) Kindle版
東京湾に出没したモンスターを、自らが運転する小さなプロペラ機で、撃退した浅田アサ。折しも、東京オリンピックでマラソンが行われている最中に再びあのモンスターはやってくる。他方、マラソンでのアベベとの対決から脱落したアサの幼なじみ正太は、預けられたカバンを手に、海へ向かい、そこで同じモンスターを目撃することになります。浦沢直樹は、絵はめっぽう上手いですが、複線的なストーリー構成が興覚めな方向へ暴走して、メインの物語を損ねている気がします。1960年代を描くなら、ゴジラ的なものだけでなく、ウルトラマン的なものを描かなければという気持ちもわかるのですが。
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JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略 ver.1.02
今やお城を語るテレビ番組には欠かせない存在の千田嘉博先生。おかげで、天守や櫓だけでなく、城壁や堀、土塁までを愛好するファンが増えてきたが、それでも四つある段階の第二段階にすぎないと言う。さらにその先にあるものとは?
第三段階:建物がまったく残っていない「城跡」をよろこんで訪れるようになる。
第四段階:ついには石垣もない、ただ地面が凸凹しているだけの土の城を心から楽しめるようになる。
(p5、はじめに)
そんなことが可能なのは、城ができて4〜500年しか経っておらず埋まり切っていないので、縄文・弥生の遺跡のように専門家が発掘するまでもなく、現地を訪れれば誰でも城のかたちを観察できるオープンな分野だからである。
城歩きがすばらしいのは、誰もがオリジナルの資料=城から歴史を考えられる点にある。歴史研究において、城ほど市民に開かれた研究分野はない。(p5、はじめに)
千田嘉博『歴史を読み解く城歩き』(朝日新書)の「1章 城とは何か」では、まず、日本の城郭で養った識見をもとに、ギリシャはミケーネやティリンスの古代遺跡や、ドイツのホイネブルク遺跡やマルクスブルク城、ザールブルク城、イギリスのメイドゥン・カッスル、カルカソンヌ、フランスのモン・サン=ミシェルやカルカソンヌなどを訪ね、城郭構造の普遍性を証明してゆく。
たとえばティリンスの城内道の設計は、日本の枡形と同じ思想で作られている。
王宮への城内道は、城壁で挟んだ通路を門と広場を経由しつつ何度か直角に曲がって進む設計だった。この考え方は日本の戦国末期の城郭で現れた枡形と同じといってよい。枡形はヨーロッパ中世の城にも、アジア各地の城にも広く認められた普遍的な防御の仕組みだった。つまり、その後、世界の城が採り入れた城道の屈曲と広場を組み合わせた高度な守りを、ティリンスは実現していた。p30
本書を飾る城郭の写真は、ほぼすべてが著者自らが現地に足を運び、撮影したものである。城の魅力を知り尽くした著者の手によるものだけに、絵になる美しい構図であるだけでなく、有限な画面の中で、城の構造をわかりやすく示すものが選ばれている。『歴史を読み解く城歩き』は、単なる城の解説書だけでなく、千田嘉博城郭写真集でもあるのだ。
本書の要となる「2章 城から読み解く戦国の人と社会」「第3章 城で見る近世への胎動」「4章 どうする家康ーーー城から見た家康」では、戦国時代から江戸時代へと移行する中で、数多くの城を、朝倉氏、明智光秀、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、武田氏、真田正幸といった武将ごとにグループにまとめ、その中から武将の性格や武将間の関係、あるいは当時の社会を考察、それまでに語られてきた俗説の真偽も精査してゆく。
たとえば、無名時代には田中城を築いた明智光秀は、その後勝軍山城、宇佐山城を経て、1571年に坂本城の建設に着手する。田中城と坂本城の間には、光秀の確かな成長、進化が認められるのである。
光秀は軟弱な地盤で石垣が不等沈下しないように、胴木と呼ぶ木の基礎を用いて石垣を築いた。坂本城は大天守、小天守を備えただけでなく、最先端の石垣技術の城だった。p118
細川藤孝、忠興ゆかりの勝龍寺城の発掘からは、藤孝と光秀の関係も見て取ることができる。
藤孝にしてみれば、はるか格下だった光秀が同格になってきたのだから、心中は複雑だったとしてもおかしくない。しかし、勝龍寺城と坂本城の発掘で、同じ文様の型を用いた「同范瓦」を見つけていて、二人は協力し合う仲だったと城郭考古学的にわかる。藤孝は光秀の出世をねたむような人物ではなかった。p123
勝龍寺城
信長の城も同様、小牧城より始まり、将軍足利義昭のために築いた最初の二条城、小谷城の浅井氏を迎え討つために築いた虎御前山城、贅を尽くした造りながらも短命に終わった安土城に至るまでの、信長の道のりをたどるとき、歴史の中で城が演じた大きな役割やその変遷も手に取るようにわかるのである。
秀吉が対外侵略用に築いた肥前名護屋城、真田信繁(幸村)が大阪城守備のために築いた真田丸、武田軍が徳川軍の攻撃を三年にも渡って防ぎ続けた高天神城など、多くのエピソードとともに心に残る城は枚挙に暇がない。著者自身による高天神城の写真は、森閑たる樹木の間を進むうちに戦国時代タイムスリップしそうな雰囲気があって特に優れたものである。
「終章 城歩きを支えるもの」では、再び視線を世界に向けながら、歴史的建造物である城郭の整備において、バーチャルツアーや、バリアフリー、城の再建などの実例を見てゆく中で、過去の建築物を今日再現する場合の様々な問題点も同時に浮き彫りにする。
読者は、日本の城と世界の城を分けて考えるのではなく、城郭考古学という共通の視点を持ちながら、紀元前まで遡る全世界の城へと視野を広げ、さらに個別の城ではなく城が成立した歴史的経緯の中で考えることによって、それぞれの場所に城が築かれた意味や構造面の特徴を深く知ることができる。
『歴史を読み解く城歩き』は、城歩きの楽しみを倍増させ、歴史の現場を自分の目で確かめる力を身につけることのできる良書である。
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『新しいきみへ 』(既刊1〜3) (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)は、三都慎司のコミック。
佐久間悟は、横浜のさえない高校教師だが、警察官の妻亜紀がいる。だが、ある夜、妻の浮気現場に遭遇したと思い込み、東京を皮切りに、仙台、大阪、京都、高知、鹿児島と日本中を逃避行。最後に訪れた小田原で出会った女子高生と宿をともにすることになる。なんとか元の生活に復帰した悟だったが、新学期彼の前に転校生として現れたのは、相生亜希と名乗るあの少女だった。
悟がなくした結婚指輪をはめた相生亜希は、悟の弱みに付け込み急接近。小悪魔的な微笑で、校内でも悟を誘惑する。
これから私達は一蓮托生
なんでも言うこときいてね
せんせ?
けれども、彼女は単に異性として悟を誘惑するだけではなかった。悟の未来さえ知っているかのような口ぶりで語る相生亜希はいったい何を知っているのだろうか。
世界を変える研究者になりたかった
どこにでもいるさえない教師が
最後の最後で世界を救うこともあるだろうぜ
そのころ、仙台、大阪、京都、高知、鹿児島と、日本各地で死者が続出したパンデミックの魔の手が、彼らの高校にも及び、同僚の教師も死んでゆく。
なぜ悟が訪れた街で、順にパンデミックが起こってしまうのか。かつて高校時代友人に語った時も、旅行代理店のパンフを見ながら同じ順で語ったことを思い出す。
悟とともにいる少女の姿を目撃した悟の妻亜希も、相生亜希の行動に疑惑を抱き始める。パンデミックに冒された悟の同僚吉本夏美が病床で口にした言葉に佐久間亜希はこだわり続ける。
みんなが脇役みたいなこの世界は…
間違いなくすべてが揃っている
では、脇役と主役の違いとは何か。
同僚の刑事は言う。
ロードして
何度でも
プレイできるのが
主人公
途中で出会って
行動に変化のない
キャラが脇役です
はじめ、相生亜希は、すべてを知り尽くした小悪魔的な少女、ファンム・ファタルであるかのように見える。しかし、目の前にひろがる惨事におびえる姿は、彼女もなんでも知ってるわけではないこと、破滅の迫る世界の変化に翻弄される一人にすぎないことを教える。
物語の冒頭から、夢の中で、一人の少女が現れ、
悟くん
きみはまた失敗した
と言う。少女の姿は、相生亜希にも、妻の亜希にも似ているように思われた。だが、その少女の姿を見た者は悟だけではなかったのだ。
教師と女子高生の禁断のラブストーリーに見えて、世界を滅亡から救う話へと、みるみる物語は変わってゆく。行き着く先は、『君の名は。』か、それとも『僕だけがいない街』…
ゆく先々で目にするガスマスク男の正体は?そして少女が口にする、「新しいきみ」とは何か。
新しいきみと昔のきみとの戦いの話
過酷な世界の法則を知った読者が、3巻の終わりで目にする「相生亜希」の顔は、新海誠やスタジオジブリのアニメーションの正統派主人公の顔をしているのである。
絶妙なキャラクター設定、人物も背景も高いレベルで完成された画力、異なる場面を連想的につなぐスリリングな画面構成、一つの謎が解けると同時に次の謎が生まれる巧みなストーリーテリング、『新しいきみへ』は、読みだしたらページをめくる手が止まらなくなる傑作コミックである。
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丸山宗利『[カラー版] 昆虫学者、奇跡の図鑑を作る』(幻冬舎新書)は、発売以来各方面で絶賛された『学研の図鑑 LIVE 昆虫 新版』のメイキング・ドキュメンタリーである。25年追いつかれることのない昆虫図鑑を作ろう!そんな気持ちでスタートした新しい昆虫図鑑の計画だが、与えられた時間はわずかに一年だった。
『学研の図鑑 LIVE 昆虫 新版』として、完全に新しい図鑑を作ることとなったのは、2020年の秋のことだった。そして、2021年の春から本格的な作業が始まった。制作期間は2022年春までの1年間しかない。
『学研の図鑑 LIVE 昆虫 新版』が画期的なのは、昆虫の多様性と進化の道筋がわかることに加え、プロによって描かれたイラストでも、昆虫標本の写真でもなく、生きた昆虫の写真だけで構成することであった、しかし、樹木や草花、土の上の写真では、昆虫の一部が隠れたり、裏側や側面など視認性の低いアングルになりがちだ。保護色の昆虫の場合には、背景との輪郭の分離も困難になってしまう。したがって、生きた昆虫を白バックで撮るという困難きわまりないハードルが新たな図鑑には課せられた。そして何千種という昆虫を、それぞれのグループに詳しい数十人で分担する以上、プロの写真家ではなく、各人が自分のカメラで撮影する必要があった。図鑑用に画質や明暗やコントラスト、色調などを統一する必要があるため、撮影は全員が通常のJPEGではなく、後からの調整が可能なRAWで行わなければならない。
生きた昆虫を白バックで撮影するのは、容易ではない。昆虫はたえず移動するし、種によっては飛び回るものもある。さらに地上だけでなく、水上や水中、地中に生活するものもいる。撮影のための白い平面に置き、おとなしくさせようとする過程で、一部を傷めだり、死んでしまう可能性もある。さらに、昆虫に立体感や存在感を出すためには、適度な影も必要だ。背景が完全に白飛びさせないでほのかに影を残すテクニックを撮影者全員が身につける必要があった。
昆虫の中には、かんだり、刺したりするものもあるため、撮影のみならず、それ以前の採集の段階でも、常にリスクが伴う。そして、そのリスクには、昆虫に限らず、ハブやマムシなどの毒蛇や、ヒグマなどの危険な動物との遭遇も含まれるのである。
その撮影の過程では、たくさんの人が野山へ出かけ、昆虫を採集したのであるが、その労力は大変なものだった。撮影中、誰も事故にあわず、無事に1年が過ぎたのは、本当に幸運なことだったと思う。もちろん、撮影期間中に誰かが大きな事故にあったり、万が一にも亡くなったりするようなことがあれば、この企画自体が頓挫してしまっただろう。
また、南西諸島のように、その場所でしか見つからない種が多くいるにもかかわらず、立ち入りや昆虫の採集が許可制であったり、禁止されている場所もある。さらに、見つかる昆虫の数が最近めっきりと減ってきたという全国レベルの問題や新型コロナも、壁となりたちはだかったのである。
主だった昆虫のグループをすべてカバーするためにはどうしても欠かせないグループの昆虫がある。しかし、年末が迫っても、すべてのグループをそろえる見込みは立たなかった。1年と時間は限られている。それぞれの昆虫によって活動する時期が決まっているので、その時期を逃してしまうと、チャンスがないということになる。適任者を探すのに手間取りスタートが遅れることは、昆虫の生体撮影にとって致命的になる可能性があった。
撮影が進むにつれ、昆虫を撮影するアングルをそろえる必要もでてきた。それぞれの昆虫にとって、最も同定しやすい角度を統一するまでに撮った写真の多くはボツとなり、撮り直しを余儀なくされた。
(…)そこで、同じ種を採取し直して、ほぼ真上から撮影すると、とてもわかりやすい写真になった。
ただ、少し角度をつけないと、標本写真に近くなり、昆虫の立体感があまり出ない。また、背中が盛り上がったような虫だと、逆に立体感がなくなってしまう。だから、甲虫の種によって、基本的にほぼ真上から、必要に応じていちばんわかりやすい角度からで柔軟に撮影しようということにした。
本書を読むうちに、昆虫についての様々な常識も覆される。
私たち一般読者は、昆虫学者なら、どんな虫でも、ぱっと一目見たら名前がわかるみたいなイメージを持ちがちである。しかし、昆虫の中には、いったん標本にしたり、解剖したりしないと同定できないものも数多い。また幼虫のままでは種を同定できず、成虫になるまで飼育してはじめてわかる場合も少なくないのである。
昆虫学者や昆虫好きなら、みなケムシやイモムシなど平気であると考えがちである。しかし、昆虫学者の中にも、ケムシやイモムシの苦手な人はいる。実は著者も、こうした昆虫の幼虫が苦手であったと告白する。少なくとも、学研の図鑑の作成に携わるまでは。
実は私は蛾の幼虫、いわゆるイモムシやケムシが大の苦手で、少し前までは見るのも嫌なほどだった。ちなみに昆虫が好きな人はどんな虫でも好きかというとそうでもなく、多くの虫好きには苦手な虫というものがいる。私と同じくイモムシやケムシが苦手という人は少なくなく、これまでに何人も会ったことがある。今回の撮影隊でも、3分の1の人は多少とも苦手意識を持っていることがわかった。
図鑑を作る中で、クモ類の話が出てきて、八本足の蜘蛛は六本足でないため昆虫には含まれないのではないかと多くの読者は考えるだろう。だが、多くの昆虫図鑑は、「昆虫以外の虫」として、蜘蛛やムカデ、ゲジゲジの類も収録するのが慣例となっているのである。
最終的には、7000種の昆虫の写真が集まったが、その中で、図鑑に載せることができるものは、ぎりぎり詰め込んでも2800種が限界だった。そのため、希少種を含め、多くの貴重な写真がボツとなった。撮影者への埋め合わせも兼ねて、本書にはシオアメンボやクマガイクロアオゴミムシなど図鑑未収録の写真がカラーで掲載されている。
今回の図鑑では、最終的には約2800種を掲載したが、3万枚を超える写真と4200種以上の「犠牲」があって初めて、2800種の内容が良いものとなったと確信している。
『[カラー版] 昆虫学者、奇跡の図鑑を作る』は、一冊の図鑑が成立するためには、膨大な苦労や工夫の蓄積が必要であることを教えてくれる。そんな話を知ったうえで、『学研の図鑑 LIVE 昆虫』のページをめくってみるなら、そのページの向こうに、森や野原、水辺などその昆虫が生息した無数の風景が、そして何千種もの昆虫というスターを世に送りだすために、季節がめぐる中、彼らと付き合い続けた昆虫学者や愛好者の息吹が感じられるにちがいない。
Kindle版
(12月1日までの期間限定でKindle版は50%OFFの627円)
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藤井太洋『第二開国』(角川書店)は、藤井の故郷奄美大島を舞台にした近未来小説である。平成3年(1991)生まれの登場人物が32歳ということは、2023年か2024年の設定であることを暗示している。
認知症を患った父親の介護のため、郷里の奄美大島にUターンし、地元のスーパー<アマンコープ>に勤務し始めた昇雄太(のぼりゆうた)。東京の大手スーパーマーケットチェーンで鍛えられた能力を活かしての就職だった。かつての友人繁野大介(しげのだいすけ)や自分を慕う後輩の女性叶恵美(かのうえみ)と旧交を温めながら、地元へと溶け込もうとする雄太だったが、そんな彼の前に上海行きの話が持ち上がる。奄美大島を世界最大の巨大クルーザーの寄港地とし、<ユリムンビーチ>というリゾート建設の話が持ち上がり、その出入り業者として参入が打診されたのだ。
公開された「エデン号」は、50万トンの世界最大のクルーザー。「アダム」と「イブ」という二つの船体からなる双胴船だった。桁違いのスケールに行き届いた船内だが、豪華というよりも、バリアフリーに配慮された内部がいぶかしく思えた。同行した人々の中には、公安の人間も混じっているようだった。奄美大島には自衛隊の基地もある。中国政府の息のかかった人間の潜入を疑っているらしかった。
「これは…・まあ、六千人を運ぶために必要なんでしょうね」
「六千人かあ」
昇は間淵の口にした数字を繰り返した。古志埜の人口は五千人ほど。この船一つで生まれ育った町よりもたくさんの人を運んでしまうのだが、不思議と昇は中学生の頃の古志埜を思い出した。
ちょうどそのころ島に帰ってきた祝佳乃(いわいよしの)は、中学の同級生で、学校の成績でも1、2位を争った仲、そして雄太の憧れの女性だった。なぜ、この時期に彼女は現れたのか。その目的は何か。
島でリゾート計画が進むにつれ、二人の公安の人間の動きもあわただしくなってくるが、狭い島ゆえに彼らの動きは、公然の秘密だった。あえてことを荒立てず、彼らとの距離を詰め、雄太はリゾート側の人間と会うため、恵美や佳乃ともどもカヤックで大島海峡を横断する。
やがてリゾート計画の裏の顔があることが明らかになり、それは島を二分する対立へと発展してゆく。反対派の一人が、雄太の先輩で、NTTへと就職した喜矢武(きやたけ)だった。雄太の佳乃への接近を疎ましく思った恵美も、喜矢武のグループに合流してゆく。
「第二開国(The second opening of Japan)」とタイトルにある以上、現在のこの国の状態が実は「鎖国」状態にあり、その状態の変革が求められるとすれば、巨大なクルーザーとともに何が来るかは容易に予想がつくだろう。藤井太洋は、はるか彼方の未来ではなく、現在の一歩先、つまり現在の現実に潜在するものを現実化するかたちで、物語をつくる作家である。
「グローカル」という言葉がある。地球のを意味する「グローバル(global)」と地方の「ローカル」による造語だが、世界全体と地域社会のネットワークが直結した21世紀の新しいトレンドとして期待されている。しかし、IRやリモートオフィスのようないくつかの例を除き、そのビジョンは未だ明確ではない。
『第二開国』の試みは、地球規模の問題と地方の問題を同時に解決してしまう、まさにグローカルなソリューションとして提示されている。フィクションならでは容易さで、藤井太洋は考えられる最も理想的な形態を練り上げ、提示しているのである。
こうしたストーリーが、絵物語と思われないのは、地域の人々の関係性、地域の言葉、地域の食べ物や風俗、そして地域の地形や自然が、その地域を知り尽くした地元出身の人間ならではの克明かつ濃厚な描写のためである。とりわけ、シーカヤックで大島海峡を横断するシーンは、いつしか青い海の中に浮かんで、奄美大島での濃厚なリゾート体験をしていると錯覚させられるほどだ。
リゾート計画の趨勢など、物語になりにくいと思われるが、『第二開国』のクライマックスは、『ブラック・ラグーン』や『劇場版 名探偵コナン』のような、スリリングな活劇で、最後まで、読者を楽しませてくれる。
『第二開国』は、グローカルな近未来小説の傑作である。けれども、この小説は問題の一部を提起したにすぎない。はたして<ユリムンビーチ>はユートピアとなるのか、それともディストピアとなるのか。問題の本質は、この先の世界においてこそ、クリアになるのではなかろうか。
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11月27日
斎藤哲也『試験に出る現代思想』(NHK出版新書) Kindle版
好評な『試験に出る哲学』シリーズの第三弾。今回は、大学入試に出題された問題から、23題を厳選。わかったつもりになっている現代思想の知識を、問題を解きながら一つずつ確認する中で、広げ深めてゆく構成になっています。フーコーやデリダなどのフランス現代思想一辺倒ではなく、フランクフルト学派やアレント、ヨナス、ロールズなどにもページを割いている点も好感が持てます。ただ、23題はいかにも少なく、一題の解説に多くの内容を盛り込みすぎている気がします。
千田嘉博『真田丸の謎 戦国時代を「城」で読み解く』(NHK出版新書)Kindle版
AmazonのブラックフライデーのKindle本のセールで、手ごろな値段になっていたので購入。なぜ、真田丸は徳川軍を斥けることができたのか。最新の研究や発掘結果をもとに、その成立の経緯や構造、そして戦いの経緯や当時の状況を、城郭考古学の第一人者千田嘉博が読み解きます。
11月24日
モーリス・ブランショ『望みのときに』(未来社)
フランスの作家のモーリス・ブランショの小説。フランス語で読んで、難しい単語は全く使われていないのに、内容がつかみきれなかったので、古書でゲットしてみました。場所はパリのオペラ座近くのアパルトマン。登場人物は、主人公とクローディア、ジュディットという二人の女友達のみ。彼らのやりとりの中で、一体何が起こっているのか?望みの時とは一体?知的な謎解き小説として頭を悩ますのにはよい物語です。
11月22日
山口つばさ『ブルーピリオド 13』(アフタヌーンコミックス/小学館)
絵画の魅力に急に目覚め、猛勉強し何とか藝大へ合格した矢口八虎の藝大ライフを描くコミック。学外のアート集団ノーマークスの不二桐緒との出会いによって、それまでの陰鬱な生活に一区切り、新しい道を歩みだした八虎ですが、そのノーマークスが解散するという。その時、八虎は?不二桐緒は、お気に入りのキャラクターだっただけにこの展開は残念ですね。
11月20日
入江亜季『北北西に曇と往け 6』(青騎士コミックス/KADOKAWA) Kindle版
壮大なアイスランドの自然をバックに展開するジュブナイルミステリー。アイスランドで探偵をやっている海山彗。失踪した弟三知嵩は何者かによって拉致されたらしい。警察からの電話では、その三知嵩が死んだという。物語がスタートして以来の衝撃の展開、そして舞台は日本に移る。はたして本当に三知嵩は死んだのか。
11月19日
千田嘉博『歴史を読み解く城歩き』(朝日新書)
今やお城を語るテレビ番組には欠かせない存在の千田嘉博先生。おかげで、天守や櫓だけでなく、城壁や堀、土塁までを愛好するファンが増えてきましたが、それでも四つある段階の第二段階にすぎないと言います。さらにその先にあるものとは?自らカメラ片手に、日本の城郭で養った識見をもとに、地球の裏側、ミケーネの古代遺跡や、カルカソンヌ、モン・サン・ミシェルまで乗り込み、城郭構造の解説するところから、一気に読者は千田ワールドへと引き込まれてしまいます。
反田恭平『終止符のない人生』(幻冬舎単行本)Kindle版
2020年のショパンコンクールで第二位輝いたピアニスト反田恭平の音楽人生を語るエッセイ。ピアニストになるまでの道のりと、モスクワ留学時代、ショパンコンクールに至るまで、度重なる事故や多くの才能との出会いなど、刺激的なエピソードに満ちています。ピアニストや指揮者としての活躍にとどまらず、自ら会社やオーケストラまで設立する策士は、旧態依然たるクラシック界に活を入れる多くのビジョンを熱っぽく語ります。
11月18日
小林俊彦『青の島とねこ一匹 7』 (ヤングチャンピオン烈コミックス/秋田書店)
瀬戸内海の小島に住む女子高生白神青と、同居する学校の美術教師中村草太の何も起こらない平和な日常生活を綴ったコミック。第7巻は、撮影現場から脱走したアイドル立花碧が青のもとに転がりこむハプニング、何もない、暑い島での生活に彼女は価値を見い出すのでしょうか。別れの近づくミケの三匹の子猫もかわいいです。
11月17日
西尾維新、大暮維人『化物語 19』(週刊少年マガジンコミックス/講談社)Kindle版
西尾維新の代表作「物語」シリーズを、大暮維人がコミカライズ。阿良々木暦への叶わぬ恋心が嵩じて障り猫となった羽川翼は、エナジードレインによって、暦を亡き者にしてしまおうと考えます。いったんはそれを受け入れようとした暦ですが、自分が死んだら羽川は戦場ヶ原ひたぎに殺されてしまうと気づき、助けを求めた暦に応えたのは?
迫稔雄『バトゥーキ 14』(ヤングジャンプコミックスDIGITAL/集英社)
カポエイラのストリートファイトで、頂点をめざす少女三條一里。次なるターゲットは、総合格闘家の遊佐春麻 。しかし、一里の指導者であるマオンたちも、寝技を持たないカポエイラしか知らない悲しさ、春麻のMMAに翻弄されることに。はたして一里に勝算はあるのでしょうか。
三都慎司『新しいきみへ 3』(ヤングジャンプコミックスDIGITAL/集英社) Kindle版
小田原の高校教師佐久間悟は、ある時、警察官である妻のいる家を出て、日本中を逃避行。そこで出会った女子高生と一夜をともにすることになります。なんとか元の生活に復帰した悟ですが、彼の前に転校生として現れたのは、相生亜希と名乗るあの少女でした。そのころ、日本各地で死者が続出したパンデミックの魔の手が、彼らの高校にも及ぶ中、彼女がとった行動は?教師と女子高生の禁断のラブストーリーに見えて、実は世界を滅亡から救う話へとみるみる変わってゆきます。行き着く先は、『君の名は。』か、それとも『僕だけがいない街』?
11月12日
丸山宗利『昆虫学者、奇跡の図鑑を作る』(幻冬舎新書)Kindle版
発売以来各方面で絶賛された『学研の図鑑 LIVE 昆虫』のメイキング・ドキュメンタリー。25年追いつかれることのない図鑑を作ろう!そんな気持ちでスタートした新しい昆虫図鑑の計画ですが、与えられた時間はわずかに一年。そのコンセプトは、イラストでも標本の写真でもなく、生きた昆虫の写真だけで構成すること、しかも背景との分離が難しい樹木や草、土の上ではなく、白バックで撮るという困難きわまりないものでした。何十人という昆虫学者やファンを動員して、日本列島を股にかけた昆虫写真撮影と編集の冒険が始まります。
11月11日
藤井太洋『第二開国』(角川書店)Kindle版
SF作家藤井太洋の最新作は、故郷奄美大島を舞台にした近未来小説。父の介護のため帰省し地元のスーパーに就職した昇雄太は50万トンのクルーザーの寄港地を中心としたリゾート計画へと関わることになります。かつて思いを寄せた女性や、自分を慕う後輩とのほのぼのとした再会がある一方で、外国の陰謀を疑った公安とおぼしき二人組も出没。やがて明らかになる計画の正体は、この国のかたちそのものを揺るがさずにはおかないものでした。
11月10日
小林有吾『アオアシ 30』( ビッグコミックス/小学館) Kindle版
エスペリオンのユースチームに所属する青井葦人を主人公としたサッカー漫画。3日間のトップチームへの参加を許され、手も足も出ない状態から、一気に開眼した葦人の進化が描かれます。その進化ぶりは、いったんは引退を決意した40歳のベテラン司馬を翻意させるほど著しいものでした。
11月7日
仲道郁代『ピアニストはおもしろい』(春秋社)
『ステージの光の中から』に続く、ピアニスト仲道郁代によるエッセイ。ピアニストになるまでの道のりと、旅するピアニストの生活と子育てする母親の生活を両立させるハードな日々を、ユーモラスに語ります。コンクールやコンサート、レコーディングなどの貴重な裏話も満載です。
11月6日
岡本裕一朗『フランス現代思想史 構造主義からデリダ以後へ』 (中公新書)Kindle版
レヴィ=ストロースら構造主義からフーコー、ドゥルーズ、デリダ、そしてそれ以降までのフランス現代思想の流れをたどった一冊です。個々の思想家についても内容やその影響をしっかり紹介し、重要と思われる文章の引用も充実しています。特に、レヴィ=ストロースと中期以降のデリダの紹介は貴重なまとめ、現代思想を学ぶ上で読んで損のない入門書です。
11月4日
松井優征『逃げ上手の若君 8』( ジャンプコミックスDIGITAL /集英社) Kindle版
『暗殺教室』の松井優征が北条執権家の再興をもくろむ若き日の北条時行の活躍をコミカライズ。それまで名前を伏せて戦い続けてきた時行が、先頭に立って強敵瘴奸を討ち取ることで、いよいよその名を明らかにし、一気に盛り上がりを見せる一巻です。幼かった時行も、修羅場をくぐり抜けるうちに、大将としての成長を見せ、読者の胸を熱くさせます。
松本直也『怪獣8号 8』( ジャンプコミックスDIGITAL /集英社) Kindle版
怪獣8号への変身能力を獲得したまま、防衛隊隊員として活動することを許された日比野カフカ。そして、後輩の市川レノもまた怪獣6号のスーツを身に着け、戦いへと赴くことになります。それはそのままスーツの適合試験でもありました。はたしてその成否はは?そして、その戦いを目の当たりにした古橋伊春がとった行動は?二つの青春が、桜木花道と流川楓のように、ぶつかりスパークします。
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10月26日よりAmazon ストアで『坂口恭平論 書評集1』Kindle版が発売開始になりました。
定価は350円ですが、Kindle Unlimitedも読むことが可能です。
『坂口恭平論 書評集1』は、このブログおよびnoteより、2013年から2021年にかけて書いた、坂口恭平の9つの作品の書評をセレクトし、編集したものです。全体を通して読むことで、坂口恭平の思想や作品の変遷の軌跡を捉えることができると思います。
構成は以下の通りです。
目次
幻年時代
徘徊タクシー
ズームイン、服!
幸福な絶望
現実宿り
苦しい時は電話して
Pastel
土になる
Water
付録:坂口恭平著作年表
あとがき
付録の坂口恭平著作年表は2004年から2022年までの坂口恭平の市販全著作をカバーした書下ろし年表となっています。
「書評集」シリーズは、今後「千葉雅也論」「落合陽一論」「岸政彦論」「書評格闘技篇」「リベラルアーツへの招待」(ずべて仮題)など、月一本のペースで続刊を予定しています。
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10月29日
落合陽一『忘れる読書』(PHP新書)
メディアアーチスト、科学者、筑波大准教授など多様な肩書を持つ落合陽一の読書論。本の読み方ではなく、本の使い方に関する本です。この本が、他の読書論より圧倒的に面白いのは、「〜を理解するには重要な必読書」みたいな教養目録に走ることなく、いつどのような本と出会い、どのように自分の考えや仕事につながり、どのように活用してきたのか、徹底して私的に論じていることです。ファインマンさんよろしく、自宅の本の山を発掘したらハンナ・アーレントの『全体主義の起源』が12冊出てきたみたいなエピソードにも事欠きません。時に衒学的なキーワードの洪水に見える『半歩先を読む思考法』とは対照的に、終始平易な言葉で書かれているので、落合陽一の人となりを知る上ではベストの入門書と言えるでしょう。
10月28日
『月刊スピリッツ!2022年12月号』(小学館)
表紙と巻頭カラーの「映像研には手を出すな!」が読みたくて買った一冊。映像研を取材に訪れたテレビクルーと、映像研メンバーのかみあわなさがキモです。何とか「青春」ものにしたいクルーですが、それをガン無視する浅草、水崎、金森の変わらなさが痛快です。
石塚真一『BLUE GIANT EXPLORER 7』(ビッグコミックス/小学館)Kindle版
世界制覇をめざすジャズのサックス奏者宮本大を主人公とした音楽漫画『BIG GIANT』のアメリカ篇。ジャズの聖地ニューオーリンズを訪れた宮本大たち。はたして、ポーカーのゲームで新たなメンバーを加えることができたのか。圧巻の画力で、読むものを熱狂へと引き込む音楽シーンは最高潮に達します。
山口貴由『劇光仮面 2』(ビッグコミックススペシャル/少年画報社)Kindle版
かつて大学でヒーローのリアルな特撮世界を追求していた実相寺二矢たち。それが人斬りと誹謗中傷にさらされ、サークルの活動も頓挫することになったのは、ある事件があったからでした。その真相がいよいよ明かされます。円谷英一をモデルにした映画監督のエピソードなど、特撮オタクにアピールするディープな内容になっています。
とり・みき『山の音』(文藝春秋)Kindle
いったん絶版化していたとり・みきの三つの作品集『山の音』『パシパエーの宴』『トマソンの罠』が復刊することになりました。残り2冊も間隔を置いて購入の予定です。この時期のとり・みきのペンネームは、中グロのないとり みきだったはずですが、とり・みきに統一されています。ギャグマンガとは対照的なリアルなタッチで風景は描かれていますが、SFやホラーの体裁をとっていても、『山の音』の6つの作品は、美少女への満たされることのなかった想いをテーマにしているように見えます。
10月27日
國分功一郎『スピノザ――読む人の肖像』 (岩波新書)
國分功一郎はこれまでに3冊のスピノザに関する本を出しています。一冊は2011年に出した『スピノザの方法』もう一冊は雑誌の体裁をとっているもののほぼ単著の『NHK 100分 de 名著 スピノザ エチカ』(2018年)、もう一冊はその加筆版である『はじめてのスピノザ』(2020年)です。『中動態の世界』でも多くのページをスピノザに割いています。それだけ、著者にとって重要な哲学者と言えるでしょう。この『スピノザ 読む人の肖像』は、そういう意味でこれまでのスピノザ論の集大成と言うべき一冊。前著の流れ、たとえばスピノザの三つの名前に関しても、そのまま用いられています。
『文藝 2022年冬季号』(河出書房新社)Kindle版
固定レイアウトであるためなるべくなら電子書籍で読みたくない『文藝』ですが、分厚い雑誌を置くスペースもなくなったのでまた買ってしまいました。目当ては、岸政彦の小説「クアトロ」。『大阪』の共著者柴崎友香にヒントを得たのか、大阪の大正に生まれ育った文学少女を主人公にした物語のようです。修学旅行の課題作文で、出発するまでに50枚も書いてしまったという設定がおもろいです。
10月25日
野中かをる『煙の先の敷島さん 1』 (ヤングキングコミックス/少年画報社)
今は何かと肩身の狭い喫煙者ですが、それに一矢報いるような一冊。会社の屋外階段にある秘密の喫煙スペースで、顔を合わせる男女のちょっとしたやり取りをネタにしたラブコメ漫画です。吸いかけたタバコを交換するシーンなどはさすがにドキドキします。他のむくつけき喫煙者が登場しない上、敷島さんが、おそろしくスタイルのよい美形に描かれていて、日常空間の隙間をうがつファンタジーになっています。
10月22日
小泉悠『ウクライナ戦争の200日』(文春新書)
最近雨後の筍のように、ウクライナがらみの本が出ていて、どれを買うか悩ましいところですが、これは評論ではなく、対談集。高橋彬雄という信頼できる情報ソースを柱にし、思想家の東浩紀、作家の砂川文二、アニメ監督の片渕須直、漫画家のヤマザキマリなど多彩な顔ぶれを加えることで、小泉悠の守備範囲の広さを同時にうかがわせる対談集になっています。
『文學界 2022年11月号』(文藝春秋)
「総力特集 JAZZ×文学ふたたび」で、巻頭の村上春樹へのインタビュー、岸政彦の「沖縄ジャズの生活史」、千葉雅也へのインタビュー「即興でピアノを弾く」、山中千尋の小説「フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン」と特集だけでも豪華な執筆陣が揃っています。これは買うしかないですね。
10月20日
この日までのセールで、鉄道関係のKindle本が安くなっていたので、興味のある分野をカバーしてみました。
村上健『昭和に出会える鉄道スケッチ散歩』(JTBパブリッシング)Kindle版
写真集ではカバーしきれないちょっとした鉄道駅周辺の街並みをとらえたスケッチ集。なんでもない木造家屋の並びがつくるレトロな風景もどんどん失われつつあるので、貴重な記録でもあります。
今尾恵介『地図で解明! 東京の鉄道発達史』(JTBパブリッシング)Kindle版
昔の東京の鉄道と言っても、何段階もの層になっているわけで、明治から今日に至るまでの鉄道の発達史を、目に見える形でまとめています。もちろん増えたものばかりでなく、路面電車のように消えたもの、会社を替えたものなど、東京の鉄道網は発展、消滅、交替を繰り返してきました。第二山の手線のように、幻に終わった計画もあります。膨大な鉄道関係のデータベースとして重宝する一冊です。
10月15日
石田衣良『ペットショップ無惨 池袋ウエストゲートパーク 18』(文藝春秋)Kindle版
石田衣良の人気シリーズIWGPの最新作。ヤングケアラーとなった女子高生や、賽銭泥棒、動物虐待のペットショップを主題とした四作を収録。変わったところでは、おなじみのハッカーゼロワンの恋愛相談をマコトが受ける「魂マッチング」。表題作の「ペットショップ無惨」は、動物の殺処分場のルポのリアルな描写がきついかもしれません。
ミシェル・フーコー『レーモン・ルーセル』(法政大学出版局)
哲学者フーコーが、フランスの作家レーモン・ルーセルを扱った文学論ですが、言葉を一種のモノとして捉えるルーセルの考えにフーコーは自らの先駆を見出し、徹底して論じずにはいられなかったのでしょう。ドゥルーズ=ガタリの『カフカ』の文学機械に通じる「言語機械」という新しい概念を打ち出した記念碑的著作でもあります。翻訳は今はなき豊崎光一の手によるものです。
10月10日
木村政彦『木村政彦 柔道の技』(イースト・プレス)Kindle版
不世出の柔道家木村政彦による柔道の技術書の電子書籍版です。柔道の主要な技を自ら実演した貴重な写真が多数含まれており、柔道のバイブルともいえる技術書です。ただし、新たに原稿や写真を編集し直したわけでないので、どうしてもコピーを重ねたことによる画質の劣化が気になるところです。
10月8日
三宅香帆『文芸オタクの私が教えるバズる文章教室』(サンクチュアリ出版)Kindle版
この日のKindle日替わりセールになっていました。さまざまな作家の特徴的な文章技巧を、うまくパッケージした文章読本です。鴎外のような明治の文豪から、岸政彦、ル・ハラリまで作家の選択の幅が広く、多くの人が楽しめる構成になっています。接続詞を節約するとか、同じ語尾を繰り返し使うとか、文語と口語をとりまぜるとか、学校の国語教育とは逆の方法も、匠の手にかかるとインパクトのある個性的な表現になるという点がミソです。
10月5日
たらちねジョン『海が走るエンドロール 1』(ボニータ・コミックス/秋田書店)Kindle版
夫と死に別れた女性うみ子(65)が、一人の美大生との出会いをきっかけに、映画作製の道を歩き始めるというストーリー。場違いさを自覚しながら、自らも美大に通い始め、まったく新しい世界へと踏み込み、一歩一歩歩き出す姿が、人生に疲れた人々に、生き直す勇気を与えてくれそうな傑作コミックです。
10月4日
遠藤達哉『SPY ×FAMILY 10 』(ジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kindle版
優秀なスパイの男と、凄腕殺し屋の女が夫婦を演じ、それに超能力者の少女が娘として加わった疑似家族フォージャー家。「父親」であるロジャーの生い立ち、そしてスパイになるまでの経緯が、ふだんのコミカルな展開とは対照的に、シリアスなタッチで描かれます。ウクライナやロシアの現在を彷彿させるその画力に、作者の隠されたポテンシャルを発見することでしょう。
藤本タツキ『チェーンソーマン 12』(ジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kindle版
悪魔の力を宿しながら、チェーンソーマンに変身して悪魔と戦い続けるデンジ。チェーンソーマンの評判が高まる中、デンジは学生となり、学校へ通うことに。しかし、そこもまた悪魔の出没し、生徒や教師が襲われ続ける危険なスポット。そんな学校でデンジが出会ったのは、悪魔に体を奪われた少女、三鷹アサでした。学園ドラマのテイストを加え、再スタートを切る『チェーンソーマン』。ストーリーも『呪術廻戦』的要素を加え、以前よりわかりやすくなっているようです。
10月1日
森田真生『偶然の散歩』( ミシマ社 )
『偶然の散歩』は、フリーの数学研究者森田真生による最新エッセイ集。幼いわが子とともに歩き始めた散歩の道から、日本津々浦々、地球の裏側の街での散歩まで、そのつど何か新しいものと出会い続ける偶然の散歩。それはそれまでの思考そのものを問い直す、偶然がもたらす世界との出会いでした。
平庫ワカ『マイ・ブロークン・マリコ』(BRIDGE DOMICS/KADOKAWA)Kindle版
父親の性被害に苦しみ自死の道を選んだマリコ。残された無二の親友のシイノは、マリコの遺骨を奪いとり、マリコともども旅に出かけます。行き着いた海辺の地で、彼女は何と出会い、何を見つけ出したのか?「喪の作業」の過程を描いた、魂をえぐるような傑作コミックです。
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9月27日
西尾維新『掟上今日子の忍法帖』(講談社)
記憶が一日しかもたない「忘却探偵」シリーズ最新作は、ニューヨークを舞台にして、掟上今日子が難事件を解決します。ニューヨークのセントラルパークで起こった殺人事件の凶器はなんと手裏剣。不法滞在しながら、セントラルパークを毎日のように散歩していた掟上今日子に疑いがかけられますが、彼女はニューヨーク市警による取り調べを楽しむばかりか、探偵としての営業トークさえ始めるのでした。ニューヨーク市警と掟上今日子の推理対決の行方はいかに?そして前作で一気に濃厚になってきた掟上今日子=羽川翼説は本当なのか?
9月24日
『文藝 2022年 秋季号』(河出書房新社)
特集は「私小説」で編集の金原ひとみ他、島田雅彦、尾崎世界観、西加奈子らが寄稿していますが、特に私小説自体に興味があるわけではありません。私小説であろうとなかろうと読みたいものを読むが基本のスタンス。読みたかったのは、千葉雅也の論考「『私小説』論、あるいは私の小説論」。どんな私小説にもフィクションの混入は不可避であるし、逆に個人の経験の入らないような小説はない。そのことを前提として、私小説というものを掘り下げてゆきます。ところで、最近の文芸雑誌はぶあつくなりすぎ本棚の一段くらいあっという間に埋まってしまい収納場所にも困るので、Kindle版にしたわけですが、ビジュアル重視なんでしょうが、固定レイアウトで字が小さくて読みにくいうえ、マーカーも引けない。今後は半額セールででもない限り、紙の版にするしかないと改めて確認したしだいです。
9月22日
イタロ・カルヴィーノ、(訳)河島英昭『宿命の交わる城』(河出文庫)Kindle版
カルヴィーノは、イタリアの小説家、『見えない都市』や『まっぷたつの子爵』などの作品があります。『宿命の交わる城』は、タロットカードの絵札を活用した小説ですが、刻々と変化してゆくタロットの絵札を読み取りながら、小説のストーリーを生成してゆくという実験的作品です。
呉明益(訳)矢野健太郎『歩道橋の魔術師』(河出文庫)Kindle版
呉明益は台湾の作家、『歩道橋の魔術師』は、9篇からなる短篇集。表題作の「歩道橋の魔術師」は、学校の行き帰りの子供相手に魔術に使える道具を売りつける香具師のような手品師のこと。江戸川乱歩の作品のようノスタルジックな作風と、読者を不思議な世界へと引き込む、スティーヴン・キングに似たストーリーテリングの巧みさが特徴的です。
9月21日
アントナン・アルトー(訳)宇野邦一、鈴木創士『神の裁きと訣別するため』(河出文庫)Kindle版
フランスの詩人であり劇作家であったアントナン・アルトーのラジオドラマ「神の裁きと訣別するため」とゴッホ論を収録。身体の極限である「叫び」としての演劇を理解できず、「狂気」とレッテルを貼りたがる周囲との軋轢が、ときにゴッホの運命に投影しながら語られています。ドゥルーズ=ガタリの「器官なき身体」の出典こそ、アルトーの「神の裁きと訣別するため」なのです。
夢枕獏、藤田勇利亜『漫画 ゆうえんち ーバキ外伝 1』(少年チャンピオンコミックス)Kindle版
板垣恵介原作の「刃牙」シリーズの世界を、板垣との共作漫画『餓狼伝』も手がける夢枕獏が広げた小説『ゆうえんち』を、同作のイラストを手がけた藤田勇利亜がコミカライズ。主人公となる葛城無門は、女性のような美形でありながら、圧倒的な強さを誇るストリートファイター。地下闘技場よりも、ルール無用のストリートファイトの方が水が合うようです。藤田勇利亜の画力は、非常に高く、キャラクターを動かしてもコマ割りに不安はないし、「刃牙」の世界、「餓狼伝」の世界の双方と地続きにしても違和感のないキャラクターの再現度です。
9月20日
高野秀行『語学の天才まで1億光年』(集英社)
世界を股にかける探検家、高野秀行が、今まで出会い、上手い下手のレベルの差はあるけれど、使いこなしてきた外国語との付き合い方を語った本です。何十という言語の、奇想天外な習得法や、現地の言語事情などが、抱腹絶倒のエピソードととともに語られ、語学習得のガイドブックとして役に立つだけでなく、読み物としても面白い一冊です。
9月19日
ペロー(訳)澁澤龍彦『長靴をはいた猫』(河出文庫)Kindle版
「赤頭巾」や「シンデレラ」「長靴をはいた猫」など、フランス人作家ペローによる童話を、澁澤龍彦が翻訳。「赤頭巾」では狩人による救出がないなど、同じエピソードを含むグリム童話とは、エンディングや語り口の違いが興味深いです。
三田紀房『Dr. Eggs 3(ドクターエッグス)』(ヤングジャンプコミックスDIGITAL)Kindle版
東北の国立大学医学部に進学した学生たちを主人公にした学園もの。医者になるために、学生が避けて通ることができないさまざまなハードルを一つずつクローズアップしてゆきます。3巻では、解剖実習のハイライトで、脳を取り出すため、頭蓋骨を切るところから始まります。将来、医学部への進学を考える中学生、高校生は、この本を読んで、成績だけでなく、自らの医師への適性を考えてみることがお勧めです。
9月18日
大今良時『不滅のあなたへ 18』(週刊少年マガジン/講談社)Kindle版
出会った相手に姿を変えることが可能な不死の存在は、少年の形をして、フシと呼ばれていた。フシは、少女ミズハとなったノッカーと戦いながら、対話を続ける。戦いの果てにあるものははたして…。この物語を読む進めるのがしんどいのは、フシもノッカーも変身能力を持つため、見た目の姿とその正体が一致せず、さらに姿を変え続ける存在であるからでしょう。そのため、ストーリーを追えなくなくなったら、もう一度前に戻ってキャラクターの正体を確認し直す必要があります。
9月16日
『ダ・ヴィンチ 9月号』(KADOKAWA)
ダヴィンチは、KADOKAWAの本とコミックの情報誌。目玉となる特集の第一は、「ガリレオ」シリーズ『沈黙のパレード』映画公開記念東野圭吾最前線。以前は、東野圭吾は伊坂幸太郎や海堂尊ともども、新刊が出ると即購入していましたが、最近は本棚がいっぱいになったので、かさばるエンタメ系の小説新刊の購入は、控えめとなっています。それでも、必ず買うのが東野の「ガリレオ」シリーズ。福山雅治主演によるテレビ化、映画化で世界に一層厚みが加わったようです。福山雅治や柴咲コウらへのインタビューも実に面白い。特集の第二は『ベルサイユのばら』の軌跡、第三は作家、芦沢央が紡いだ10年となっています。芦沢央は、最近注目して目下勉強中の作家です。
9月15日
山田鐘人、アベツカサ『葬送のフリーレン 9』(少年サンデーコミックス/小学館)Kindle版
勇者ヒンメルの死後30年を経過して、かつて勇者たちとともに周った場所を再訪してゆく不老の妖精フリーレン。たとえ、強大なモンスターと相まみえても、まるで残務整理のように、過去の思い出話の間で、淡々と片付けてゆくさまが普通のファンタジーとは違っています。しかし、今回遭遇することとなったマハトは、すべてを黄金に変える力を持ち、勝算が見えないので、フリーレンとしても戦いたくない相手だったのです。
畑健二郎『トニカクカワイイ 21』( 少年サンデーコミックス/小学館) Kindle版
不思議な出会いをした新婚カップルの純情ラブコメに見えて、実は「かぐや姫」伝説ともパラレルな千年の歴史を背景に持つファンタジーでもある二重性を持った物語でした。由崎ナサと結婚した美少女司の正体が明かされたのち、生徒としてナサの周辺をかぎまわる輝夜にスポットライトが当たります。彼女こそは、伝説のかぐや姫なのでしょうか。二つの長大な人生の物語が、しだいにすり寄り、明らかにされてゆきます。
9月14日
クーリエ・ジャポン編集チーム『オードリー・タン 自由への手紙』(講談社)Kindle版
台湾の「天才大臣」オードリー・タンへのインタビュー。オードリー・タンは通常の人とは異なる発想を行い、それがよい刺激をもたらしてくれます。自由にはネガティブ・フリーダムと、ポジティブ・フリーダムがあること。先端のテクノロジーを使いこなしながらも、なぜかスマホを持たないことなど。日本国内の自縛的な発想から逃れ、思考をリセットするためのオアシスのような一冊です。
万城目学、門井慶喜『ぼくらの近代建築デラックス!』(幻冬舎)
作家万城目学が、ミステリ作家の門井慶喜訪ねる大阪、東京、横浜の近代建築。さらには台湾まで足を伸ばすことになります。『プリンセス・トヨトミ』や『バベル九策』などを見ても、万城目学の作品には、マニアックな建築への嗜好が随所に現れています。実在の建築のどこに目をつけるのか、ユニークな着想が見ものです。
川上弘美『夜のドライブ』(文藝春秋)Kindle版
年老いた母を、独身の私は旅行に誘う。私の運転は危ないと嫌がっていた母だが、旅先で急にドライブに行きたいと言い始めます。Kindle singleの短い短編小説でありながら、あっという間に読者を引き込み、感動させてしまう。その手管の見事さ。川上弘美は短編小説の名手です。
荒川弘『黄泉のツガイ 2』(ガンガンコミックス/スクウェア・コミックス)Kindle版
荒川弘の新作コミック。謎はまだまだ多いものの、2巻目になって、ようやく物語の輪郭が見えてきた気がします。山奥の村からツガイを使った熾烈なバトルが展開する下界へと連れてこられたユル。妹のアサともども、よくわからない敵と戦うことを余儀なくされます。
9月10日
西尾維新『憑物語』(講談社BOX)Kindle版
講談社で西尾維新デビュー20周年記念フェアが行われている機会に「物語」シリーズを買い足すことにしました。講談社の全30巻の物語シリーズで、すでに持っているものが24巻。これを含めて、残り6巻となりました。『憑物語』は阿良々木暦が、再吸血鬼化する兆が起きるところから始まります。さらに、妹の誘拐事件が勃発。なるべく吸血鬼の力を使いたくない暦はこの危機にどう立ち向かうのか。
9月8日
板垣恵介『バキ道 14』(少年チャンピオン・コミックス/秋田書店)Kindle版
古代相撲の最強横綱野見宿禰と咬道を極めたジャック・ハンマーの最終決着の行方は。さらに、新たに登場した蹴速とは。格闘技の歴史に詳しい人は、当然知ってることですが、宿禰も蹴速も元来『日本書紀』に出てくる人物。両者の対決の結果は、宿禰が蹴速に蹴り勝ったことになっています。おそらくは、今回の人物も何十代か後の子孫なのでしょうが、よりによっていきなり範馬勇次郎とからむことになります。
9月6日
スティーヴン・キング『書くことについて〜ON WRITING〜』(小学館文庫)Kinlde版
世界最強のベストセラー作家スティーヴン・キングが語る自らの小説執筆の方法。名うてのストーリーテラーだけあって、こうしたエッセイ的文章でも、キングの読者を引き込み、読ませ続ける技術はいかんなく発揮されています。『キャリー』や『ミザリー』、『スタンド』など自作の執筆のプロセスだけでなく、他の大作家の会話にダメ出ししたりと、キングの批評的な意見を知る上でもよい本です。
朝井まかて『眩(くらら)』(新潮社)
葛飾北斎の娘で、優れた画家であった葛飾応為を主人公とした歴史小説。偉大すぎる父親の一挙手一投足を見ながらの日々の生活や、結婚や恋のさなか、自らの絵の世界を切り拓くさまを生き生きと描き出した朝井まかての代表作です。NHKでテレビドラマ化されました。この作品を機に一気に応為の知名度や評価も高まりました。
9月3日
清野とおる、パリッコ『赤羽以外の「色んな街」を歩いてみた』 (SPA!BOOKS/扶桑社) Kindle版
『東京都北区赤羽』シリーズで一世を風靡した漫画家清野とおると編集者パリッコによるディープな街歩きですが、もっぱら歩く先は酒場です。はじめに白山、青井、目黒、金町、戸越銀座と赤以外の色のついた一癖ある街を順に歩いてゆきます(名探偵コナンか)。清野の漫画は冒頭と文中のイラストとして使われているだけで、あくまで文章と写真によって構成されています。
9月2日
三部けい『夢で見たあの子のために 11』(角川コミックス・エース) Kindle版
『僕だけがいない街』の三部けいによるサスペンスコミックの完結編。連続殺人犯の火の男により幼いころ連れ去られた双子の兄弟の一登を追う千里。そして、火の男と一登を父親の仇として追い続けるうちダークな世界にはまりこんでしまった刑事若園。四者が一堂に会するフィナーレで何が起きるのか。誰が生き残るのか。タイトルを含めた伏線をきれいに回収しての完結です。
アミュー『この音とまれ 27』(ジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kindle版
久遠愛(くどうちか)をはじめとする時瀬高校筝曲部の部員たちを主人公とした青春漫画。宇月による暴力事件に巻き込まれたものの、何とか周囲の尽力で乗り切った愛たちですが、好ましからぬ風評はまだ消えぬようで、全国大会を前にして、時瀬高校を敵視する他校の女子生徒とのからみが、波紋を広げます。反目はエスカレートするしかないのか、それとも和解の時が来るのか。
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8月29日
会田誠『性と芸術』(幻冬舎)
会田誠が、展示のたびに、炎上してしまう作品『犬』がいかにしてつくられたのか、美術家となるまでのキャリアを回顧しながら語った自己弁明の書です。クリアなロジックで、その表現に至るまでのプロセスを、当時の東京藝大や美術界の状況と関連づけながら語っています。後半の「色ざんげが書けなくて」は、幻冬舎プラスで読んだ際にレビューまで書いた記憶がありますが、一部内容を重複しながらストイックな前半とは対照的な、脱線の多い、くだけた文体で書かれています。
津村記久子『やりなおし世界文学』(新潮社)
作家の津村記久子世界文学の名作92冊を選んで、紹介した一冊。通り一遍のあらすじを紹介するのではなく、要するにどういう話なのかを身近な例におきかえながら砕いて解説し、共感できる物語として抽出するところにその面白さはあります。たとえば、カフカの『城』は仕事の小説、出向先で勝手がわからないことの小説化、トーマス・マンの『トニオ・クレーゲル』と『ヴェニスに死す』は、ともに面食いをこじらせた話ということになります。
渡辺祐真 /スケザネ『物語のカギ』(笠間書院)Kindle版
すぐれた物語は、多くの宝物を隠しており、それを見つけ出すためには、たとえば歴史的知識や、語学的知識、人間の心理などいくつものカギとなる視点が必要になります。それらは多かれ少なかれ、無意識のうちに身についたりするものですが、個人差があり、誰もが同じように身につけているものではありません。それらのカギ一つずつを、意識化し、物語を読み取る方法をより高度に洗練させるための水先案内の書ということができるでしょう。ただ、古い時代や、別の国の風俗や習慣にせよ、語彙や敬語などの語学的な知識にせよ、その必要性がわかったからといってその瞬間に身につくものではなく、日常的な蓄積が必要なのはいうまでもないことです。著者からもらったカギも、着眼点の意識化ですぐに使えるものと実体化するのに時間がかかるものがあるのです。
万城目学『ヒトコブラクダ層ぜっと』上、下 (幻冬舎)Kindle版
幻冬舎電本フェスは、ときどき作者が怒るのではないかというくらいの大胆な値引きを行います。この作品も、紙で上下揃えると4千円を超えてしまうわけで、それが千円で揃えらるとなれば、買わない方が不思議なくらいです。稀代のストーリーテラーが、ついに世界を舞台に大風呂敷を広げる、大冒険小説です。主人公は、凡天、凡人、凡地の三兄弟。透視や外国語習得など、特殊な能力を備えた三兄弟は、宝石泥棒で大金をせしめ、化石発掘へ。しかし、いつしか得体の知れない連中の策謀に巻き込まれ、イラクへと向かうことになります。それにしても、「ヒトコブラクダ層ぜっと」って何?例によって、万城目学の書のタイトルはそれ自体が謎の塊です。
8月28日
住野よる『麦本三歩の好きなもの 第1集』(幻冬舎文庫)Kindle本
幻冬舎電本フェス前夜祭で、激安となっていたので、買ってみました。麦本三歩は、かけだしの司書。なにかと失敗の多い愛されキャラです。要するに、スチュワーデス物語の司書版と言えるでしょう。おそらく、本好きの作者は単純にいつも多くの本に囲まれている司書の生活が気になって、この作品を書き出したのでしょう。
8月27日
山口つばさ『山口つばさ短篇集 ヌードモデル』(アフタヌーンコミックス/小学館)Kindle版
『ブルーピリオド』の作者山口つばさの短篇集です。「ヌードモデル」「おんなのこ」「神屋」の三作を収録しています。この作品集にほとばしるむき出しのエロスやバイオレンスを見ると、『ブルーピリオド』は随分ソフトで控えめな作品と言えそうです。同時に、リアルな作品だけでなく、吸血鬼ものである「神屋」のように、暗いファンタジーまでカバーできる世界の広さを持った作家であることがわかります。
8月26日
國分功一郎『スピノザの方法』(みすず書房)
國分功一郎の著作はほぼカバーしているものの、『スピノザの方法』のみは値段がはるので先延ばしになっていました。有限な知性はいかにして十全な観念を形成することができるのか。来るべき思考を求めて、『エチカ』に至るまでのスピノザの方法論的な苦闘を描き出した、若き國分功一郎の力作です。
コニー・ウィリス『空襲警報 ザ・ベスト・オブ・コニー・ウィリス』(ハヤカワ文庫)
SF作家コニー・ウィリスの中短編のうち、ヒューゴー賞、ネピュラ賞受賞作のみを収めたいわばベストアルバムです。「空襲警報」「ナイルに死す」など5作のSFと、三つのスピーチを収録しています。表題作の「空襲警報」は「オックスフォード大史学部」シリーズの嚆矢となる記念碑的作品です。
8月25日
小川一水『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ 2』(ハヤカワ文庫JA)Kindle版
宇宙を舞台にしたバディものの百合SF『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』の続編です。夫婦でなければ船を操れないという世界の掟に逆らい女同士で、運び屋を続けるテラとダイ。けれども、ダイが誘拐されてしまい、テラは愛するダイを取り戻すために、宇宙を奔走することになります。
8月24日
ディーリア・オーエンズ『ザリガニの鳴くところ』(ハヤカワ文庫)Kindle版
多くの動物学者であるオーエンズが69歳にして初めて出した小説。ノースカロライナ州の自然豊かな場所に暮らす少女を主人公に、外部との接点からいつしか不審死事件へと巻き込まれてゆくミステリです。動物学者だけあって、舞台となる自然の描写が濃密で美しい作品です。
8月22日
アンディー・ウィア―『火星の人(新版)』上、下 (ハヤカワ文庫SF)Kindle版
8月25日までの早川書房のセールで半額になったKinlde版を購入。特に2巻本の場合こういうセールはありがたいです。『火星の人』は、アンディー・ウィア―の最初のSF小説ですが、ひとり火星に取り残された男が、残された食料や燃料でやりくりしながらサバイバルするという設定は、最近作の『プロジェクト・ヘイル・メアリー』に通じるものがあります。ウィア―は、はじめインターネット上で、ついでKindle版で発表し、ベストセラーになったという経緯があります。
8月19日
玉村豊雄『世界の野菜を旅する』(講談社現代新書)Kindle版
講談社現代新書の「教養フェス」(〜9/1)よりピックアップ。キャベツ、タマネギ、トマト、キュウリ、ジャガイモ、サツマイモ、トウガラシ、サトウキビなど様々な野菜はどこで生まれ、いつどのようにして世界へと伝わったのかを、野菜の原産地を訪ねながら、そのバリエーションやレシピなどもまじえて紹介してくれる重宝な本です。まるで別の品種に見える植物が、実は同じ仲間であったり、品種改良される前の本来の姿を知ったり、頭の中が整理でき、料理に対する蘊蓄も豊かになる一冊です。
清水廣一郎『中世イタリアの都市と商人』(講談社学術文庫)Kindle版
講談社学術文庫レーベルフェア(〜8/25)の中からピックアップ。さまざまな文書や、『デカメロン』などの文学作品より、中世イタリアの商人や都市の姿を、生き生きと描き出した名著であり、中世イタリア研究の嚆矢となった一冊です。平易な言葉を選び、わかりやすく解説してあるので、物語のようにひきこまれる魅力を持っています。この時代を舞台にした小説やコミックをつくろうとする人にも、確実に役立つ基本資料となることでしょう。
8月18日
西尾維新、大暮維人『化物語 18』(週刊少年マガジンコミックス/講談社)Kindle版
西尾維新の代表作「物語」シリーズを、大暮維人がコミカライズ。原作の「物語」シリーズは、さらに多く人物を登場させながら、広がり続けるのですが、コミックの「化物語」は戦場ヶ原ひたぎ、羽川翼、神原駿河、八九寺真宵、千石撫子、忍野忍あたりまでにとどめるようです。失踪した忍野忍を探し求める阿良々木暦、その真相を知るとされる猫の怪異へと戻った羽川翼に接した暦は衝撃の真実を知ります。
アーシュラ・K・ルグィン『風の十二方位』『世界の誕生日』(早川文庫SF)
8月25日までの早川書房のセールで、半額となっているのでKindle版を購入。ともに『ゲド戦記』のル・グィンの作品集ですが、『風の十二方位』は17編の短篇集で、『ゲド戦記』と同じアースシーを舞台とした作品を含むのに対し、『世界の誕生日』は8編からなる短編集で、エクーメンと呼ばれる宇宙を舞台とした作品が中心になっています。
8月16日
『文藝春秋 2022年9月号』(文藝春秋)
公式には芥川賞発表 全文掲載が目玉でしょうが、応援してる作家は選ばれなかったので、選評の方が興味があります。個人的には、浅田彰と千葉雅也の対談が読みたくて購入しました。浅田の『構造と力』と千葉の『現代思想入門』との性格の違いや、それが生まれた時代の対比が興味深いです。
海野つなみ『スプートニク』(祥伝社)Kindle版
『逃げるが恥だが役に立つ』の海野つなみの新作コミック。同じ時期に退職した浅利千尋とその上司の羽鳥汐路、そして羽鳥の弟の渡の三人のコロナ禍での交遊録。二人では成り立ちにくい姉弟のかすがに浅利がなる感じでしょうか。浅利と渡がいい関係になりそうでならないところがミソ。『スプートニク』は、通いつけのカフェ&バーの名前ですが、「旅の仲間」を意味するロシア語でもあります。この時期に、なぜロシア語?という疑問も作中のネタになっています。浅利のキャラが気に入って『逃げ恥』のように、だらだらしたペースで続いてほしかったのに、一巻で終わってしまったのが残念です。
8月15日
さけハラス『○×でわかる風景作画 神技作画シリーズ』(KADOKAWA) Kindle版
KADOKAWAのセールで半額になっていたのでなんとなく購入。新海誠の最近のアニメの決め絵レベルの、高度なカラーイラストの作り方を、何百と言う添削例を挙げながら、解説しています。写真をそのまま手描きやデジタルで置き換えればよいわけでもなく、よい絵画作品がそのままよいイラストになるわけでもなく、それらの微妙な違いや、構図の調整、光や色を駆使した高度なテコ入れの技術など、写真や絵、コミックに携わる人すべてに役立つ良書です。もっとも、省略の技術を駆使する多くの漫画とは対極の表現でもあるわけで、この絵の通りに全コマ作画を行えば漫画家はまちがいなく死にます。
8月13日
講談社文芸文庫のレーベルフェアは、特に200円台のこのへんのタイトルがお得感がありますね。古本屋で、300円均一の箱を漁る感じで電子書籍が買えるのはよいことです。
古井由吉『水』(講談社文芸文庫)Kindle版
昔紙で持っていたし、確かに読んだはずなのですが、ストーリーはまるで記憶にないのが古井由吉の作品の特徴でしょうか。表題作を含む6篇からなる短編集ですが、古井作品は、このへんの繊細な感覚、とらえどころのない雰囲気が一番好きです。
花田清輝『新編 映画的思考 現代日本のエッセイ』(講談社文芸文庫)Kindle版
アヴァンギャルド芸術を代表する日本の批評家花田清輝の映画関連のエッセイを集めたもの。ヨーロッパのさまざまな映画作品が、いかに日本の映画に影響を与えたか、さまざまな映画や文芸作品のディテールに分け入りながら、新しい批評の次元を切り拓いてゆきます。戦後のアクティブな文化的、政治的状況がビビッドに伝わってくる一冊です。
花田清輝『近代の超克 現代日本のエッセイ』(講談社文芸文庫)Kindle版
前近代的なものを媒介として、近代的なものとの対立の中から、超近代的なものへと至ると言う、花田の代表作である「柳田国男」など、近代の超克に関するエッセイなどを集めた論集です。今日語られる脱近代とは、若干位相を異にしているものの、当然押さえるべき論考が多数含まれています。
8月12日
小玉ユキ『青の花 器の森 10』(フラワーコミックス/小学館)Kindle版
焼き物の町波佐見を舞台にしたラブストーリーの完結編。いったん龍生と別れたものの、その不在に耐えられず、北欧まで追いかける青子。その恋の結末は。美しく仕上がっているものの、『月影ベイべ』に比べると、謎らしい謎、ひねりらしいひねりが少なく、ラストが早い時期で、見えていた点がやや残念。巻末の番外編「白夜」に描かれた龍生と春馬のエピソードは、爽やかすぎるBL的展開が実に見事でした。
二ノ宮知子『七ツ屋志のぶの宝石匣 17』(KISSコミック/講談社)Kindle版
銀座の質屋の娘倉田志のぶと、質草として預けられた北上顕定を中心とする、ラブコメ感覚の宝石をめぐるミステリー。北上家一家の失踪の鍵を握っているかに見える一人の刑事が浮上します。さまざまな伝手を使って、何とかコンタクトを取ろうとする、志のぶと顕定。果たして、彼は何を知っているのか。相変わらずどんどん新しい情報が加わるのに、一向に先が見えて来ないのが「七ツ屋志のぶ」の真骨頂です。
8月9日
今村夏子『むらさきのスカートの女』(朝日文庫)Kindle版
「むらさきのスカートの女」とは誰か。最初は得体の知れない、この世の者ではない存在をイメージしていたのですが、しだいに名前もあり、仕事もする普通の女性であることがわかります。けれdも、いったん読みだすと止まらなくなる面白さがこの作品にはあります。少しずつ新しい出来事が積み重なって、周囲との関係性も変化し、だんだん別の存在へと変わってゆくからです。ところで、その一挙手一投足を見守り、逐一読者に報告する語り手、「黄色いカーディガンの女」とは?日常性の中にひそむ不気味なものを見事に描き出していて、一気にこの作家が好きになりました。後に続くエッセイも、発展途上の宙ぶらりんな状態に置かれた作家の生活感があふれていてとても楽しく読むことができました。
8月8日
小川格『日本の近代建築ベスト50』(新潮新書)
日本の近代建築と言うと、東京駅など明治・大正期の建築と、国立代々木競技場のような昭和期の建築の両方が浮かびますが、これは後者の系列に特化した本です。国立西洋近代美術館や東京文化会館、東京カテドラルや中銀カプセルホールなど東京の鉄板の建築もありますが、地方の小さな建築も少なくなく、何かと得るところの多い一冊です。あくまで死後の建築ではありますが、詩人の立原道造の設計の家があるなんてことも初めて知りました。
恩田陸『歩道橋シネマ』(新潮文庫)
恩田陸の比較的最近の作品を集めた18話からなる短編集です。どのようにして、作品が作られたかその方法が、著者自らによる解説によって、明らかにされています。大体、短編の場合には、一つのイメージや場面、あるいは言葉へのこだわりが、しだいに広がって作品へと成長するようです。表題作の「歩道橋シネマ」は、大体イメージした通りの作品でした。
8月4日
芥見下々『呪術廻戦 20』(ジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kindle版
呪霊たちによる支配を阻止するため戦う虎杖悠仁たち呪術高専の呪術師たちの活躍を描く物語。呪霊との戦いはデッドヒートし、伏黒恵や乙骨憂太の強さが描かれるものの、虎杖悠仁は登場する場面がありません。やはり虎杖の能天気な明るさがないと物足りなく感じてしまいます。
松井優征『逃げ上手の若君 7』(ジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kindle版
鎌倉幕府滅亡後の北条家の遺児時行の生涯を描いた歴史コミック。京に潜伏して、敵情視察を続ける北条時行。英雄楠木正成との出会い、そして、宿敵足利尊氏との接近遭遇。しかし、尊氏のおそるべき怪物ぶりを目の当たりにし、時行は戦慄します。ただちに追っ手がかかり危機に陥いる時行。地方での戦いから中先代の乱へと一気にヒートアップする一巻です。
8月2日
つくしあきひと『メイドインアビス 11』(バンブーコミックス/竹書房)Kindle版
行方知れずの母親を追って、地下深くのびる洞窟アビス探検の旅に出たリコ。しだいに仲間を増やし、さまざまな障害を乗り越えてゆきます。これまで、地底で異形となった少年少女との遭遇がパターン化していましたが、ここで新たな出会いとともに一気に場面が転換し、物語が動き始めます。ようやく、アビス攻略の方向性が見えてきて、希望が広がる一巻。オッサンたちの登場が、これほど心強く思えた作品もないでしょう。
8月1日
ジャック・デリダ、アンヌ・デュフール・マンデル『歓待について パリ講義の記録』(ちくま学芸文庫)
哲学者ジャック・デリダが、アンヌ・デュフール・マンデルの招きに応じて行った1996年1月の二つの講義に、アンヌ・デュフール・マンデルの小論を加えてできた一冊です。ここでデリダが論じている「歓待の掟」とはいかなるものか?移民問題が深刻化する中、無条件で他者を受け入れる伝統が崩壊しつつある時代の問題提起の書です。
円城塔『文字渦』(新潮文庫)Kindle版
新潮社の50%ポイント還元キャンペーン(〜8/11)を利用して購入。 始皇帝の陵墓づくりに携わった人物の物語から始まり、しだいに時代を経るにつれ、文字そのものへと主人公は移ってゆきます。圧倒的な種類と数の漢字が駆使され、電子化不可能ともされた作品です。最初のはカフカぽさが漂う傑作ですが、残りの一連の作品は、21世紀のボルヘスという感じがします。漢字の読み方がわからない時、電子版は、音声による読み上げが利用できるので、便利です。
スティーヴンソン『新アラビア夜話』(光文社古典新訳文庫)Kindle版
古い岩波文庫版で読んだことがありますが、これも光文社の50%ポイント還元キャンペーン(〜8/11)の機会に購入。『新アラビア夜話』は、『宝島』や『ジキル博士とハイド氏』で知られるスティーヴンソンの短篇集。短篇集というかたちになっていますが、ボヘミアの王子フロリゼルを主人公とした連作小説です。ストーリーテラーとしてのスティー ヴンソンの魅力がいかんなく発揮された傑作で、個人的には『宝島』『ジキル博士とハイド氏』よりも好みです。
]]>JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略
『ロシア点描 まちかどから見るプーチン帝国の素顔』(PHP)は、ウクライナ問題に関して、最も信頼できる情報源の一人とされる小泉悠のロシア論である。ロシアについての予備知識がない人でもわかるように、人、住まい、街、料理、政治などさまざまな面から見たロシアの姿を、平易な言葉で解説している。
表紙は、マトリョーシカの絵である。一見かわいいだけに見えるマトリョーシカ、しかし、同時にそれはロシア人の特性へとアプローチする手がかりをも与えてくれる。つまり、一見わかったかに思えて、また下に次の顔が、さらにその下にも次の顔が現れるのである。
第一章はロシアに暮らす人々編。人を信用しないといわれるロシア人だが、いったん信用すると隣家の人に鍵を預けてしまうなど、不信と信用の二極化が激しい。そして、いったん身内扱いでよくされると、こちらもよくし返さなければいけないというしんどい部分もある。外国人が通りで困っていると、ロシア人の保護モードが発動される。子どもを連れて歩いていてもそうである。そして突然に話しかけてくることがある。親切なのは結構だが、独自の理屈の押しつけムードが煩わしいと思う人もいるかもしれない。政府のシステムも賄賂があるのは当たり前で、電気料金などまともに払うのはバカと考える方が普通の感覚である。ロシア人はルールを守ることをバカバカしいと考えるし、徴兵を拒否する場合でも、あらゆる手段を使って、法律をかいくぐって逃れようとする。そんなロシア人を統治することは容易でないからこそ、プーチンのような強権的な指導者が支持を集めるのではないか。
第二章はロシアの住まい編。ロシアの住まいは、作られた当時の政治を如実に反映し、それにちなんだ名前がつけられる。フルシチョフの時代につくられたフルシチョフカは、バス、トイレ、キッチン、リビングを備えたエレなしの五階建ての規格住宅。日本の公団住宅との大きな違いは、ベランダを勝手に改造しまくり、部屋を増設したりする点である。スターリンの時代のスターリンカは豪華で堅牢、2000年以降につくられたプーチンカは、日本のタワーマンションに似たものまであり、中産階級のあこがれとなっている。かつてスターリンカに住む要人は、当局に目をつけられることも多く、突然失踪することも多かった。そんな時代の遺物として、現在残っているのが、存在しないはずの23階の盗聴部屋があるKGB博物館である。さらにプーチンを含め、ロシア人の多くは郊外に別荘を持ち、そこで自然発生的に人脈が形成されることも珍しくない。
第三章は魅惑の地下空間編。このあたりから話はどんどんディープになってゆく。モスクワの市街には、第二次世界大戦前から冷戦期にかけてつくられた巨大な地下空間が存在する。大半は、ヴェールに包まれたままであるが、地下60mにあり7000平方メートルの広さを持つ地下壕、ブンケル42のように公開されているものもある。そして、その隣にも、その隣の隣にも、正体不明の軍事施設が存在するようである。さらに、もう一つの地下鉄であるメトロ2も存在が確実視されているが、このような秘密の施設をつきとめる軍事オタクのインターネット上での活動も、プーチン下では次第に不自由になってきている。ロシアの地下鉄は、駅の装飾も日本よりも豪華で、地下深く、エスカレーターも、柏駅のそれとは比べようもないくらい速い。冬の氷点下の寒さをしのぐことができ、地下へ往復に時間がかかりるがゆえに、その空間は、ロマンスの場所にもなるし、戦時中の巨大な避難場所にもなるのである。
第四章は変貌する街並み編。同じロシアの大都市でも、「大きな田舎」と称されるモスクワと、古都サンクトペテルブルクでは、まるで異なり、サンクトペテルブルクの方が街並みも、住民の意識も、役人の対応もずっと洗練されている。しかし、今はモスクワの街並みもきれいになり、地下鉄やタクシーなどの交通機関も便利になってきている。最近では明るいガラス張りの店も増えてきたが、かつてのロシアの店は、防寒のため、重い鉄の扉で閉ざされて、何の店かわからなかった。スーパーではロッカーにカバンをしまうことが求められた時代もあった。ロシア人は、花好きで、花は恋人や家族とのコミュニケーションには欠かせないツールであり、花屋も24時間営業である。最近は街路の案内も、キリル文字だけでなく、英語表記、中国語表記も増えて、便利になっている。ソ連時代に文化の漂う地下歩道は、その後商店街が築かれたが、今は撤去されて、かつての遺物が顔をのぞかせている。ロシアでは、車、食べ物、健康用品などの日本製品が人気で、日本のよいイメージに貢献している。日本の鉄道オタクも、ロシアの鉄道には注目し始めているし、戦車や戦闘機、ミサイルまでが展示される愛国者公園の軍事博物館は、軍事オタクに大人気であったが、それも昔語りになりつつある。
第五章は食生活編。ロシアと言えば、ボルシチを想像するが、さまざまな地方や周辺国の料理が食されるのもロシアではありふれていて、ぺリメニというシベリア料理、ジョージアのシュクメルリやハルチョ―、中央アジアの串焼きシャシリク、炊き込みご飯プロフなどを紹介している。氷点下の数十度の寒さをしのぐためにロシアでは酒は欠かせない。手にはいらない時代には酒を自分で作ったりもした。ここで著者は、カリーニングラードの出身者から伝授されたという「艦隊風スープ」のレシピを紹介している。ロシアでは、朝鮮料理も、北朝鮮の料理も食べることができる店が存在する。もちろん日本料理の店も存在するが、ロシアで売っている食材だけで、日本風の餃子も作ることができたという話が印象的である。逆に、ロシア人は米ではなく、パンを、特に黒パンを好む。かつてロシア人は寒さのためつい脂肪をとりずぎて年齢とともに太るのが普通であったが、暖房がゆきとどき生鮮食品も潤沢に出回るようになるにつれ、それも過去の話になりつつある。
第六章は「大国」ロシアと国際関係編。ロシアは日本の三分の一と経済力は低いのに、なぜ大国なのか。国連の常任理事国と言う既得権に加えて、国土の圧倒的広さがある。さらに躊躇なく軍事力を行使する断固たる意志の力がそう見せる。そしてそのような目で他国を値踏みする。そんなプーチンから見れば、日本はアメリカによって主権を制限された存在であるから、主権国家ではないということになる。ウクライナ危機下で、安倍政権がすり寄ってみたところで、ロシアに領土問題解決の気持ちなどみじんもなかったのである。あくまで西側と一線を画する大国であり続けようとするロシアは、ウクライナを含めた旧ソ連圏の国々を影響下に置こうとしているし、西側主導のポスト冷戦秩序を終わらせ、ロシアを中心とした非西側諸国による「ポスト・ポスト冷戦秩序」をつくりだそうとしている。他方、中国、インド、トルコに対しても、つかず離れずの均衡を保つ外交を展開してゆくことだろう。
第7章が権力編。ガタガタであったロシアの経済を立て直したのは、プーチンの功績であったが、その際導入した戒厳令を解除できないまま、今日まで来てしまった。その過程において、多くの人々が投獄されたり、殺されたりした。「ロシアのため」という大義名分よりも、いつしかこの体制を維持することが自己目的化することとなった。いったん、最高権力者の地位を放棄してしまったなら、後に待っているのは悲惨な老後であることをプーチンはカザフスタンから学んだ。任期の引き延ばしは行われても、いつかは最高権力者の地位を去らねばならないプーチンの引退後のシナリオが見えないまま、ウクライナ侵攻は始まってしまった。当初のシナリオを裏切り、多くの犠牲を出しながら、戦いは長期化しつつある。ロシア国内の自由な言論は弾圧され、このままプーチンの支配が続くのか、それとも権威主義的な独裁体制は崩壊してしまうのか、ロシアは岐路に立たされている。
本書のサブタイトルが「まちかどから見るプーチン帝国の素顔」とあるように、様々な情報を分析した結果ではなく、生活者としてロシアで生活した外国人の視点から、経験した事柄を中心にまとめたロシア論である。したがって、6、7章を除き、誰でもロシアに旅行するか、住んで生活する感覚で、読み進めることができる。そして、得体のしれない国の目鼻はなんとかつけることができるようになるかもしれない。さらなる情報を求める入り口としては、格好の入門書と言えることだろう。だが、今日から考えると、この本に描かれたのは、まだ半ば牧歌的な時代のロシアである。まえがきで著者が述べているように、もはやロシアに入国し、生活し、こうした本を書けるだけの情報を生で集めることももはや不可能になってしまった。そういう意味では、大きな節目、転換期に書かれた、時代の証言となる一冊である。
]]>JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略
『ある男』は2018年に刊行された平野啓一郎の長編小説。死んだ夫が、名乗った人間とは別の人間であったところから始まるミステリー仕立ての社会小説である。
里枝の夫谷口大祐が山で死んだ。しかし、連絡した親戚は、自分たちの知っている谷口大祐とは別人であるという。里枝は再婚であった。自分も連れ子の悠人も谷口に改姓してしまったのに、そして夫の間に花という娘もできたというのに、その夫が突然正体不明の人物に変わってしまったのである。宙ぶらりんになってしまったのは夫の身元だけではない。自分や家族のアイデンティティもまた宙づりに、法律上存在できないものになってしまったのである。困り果てた里枝は、弁護士の城戸彰良に離婚調停を依頼する。
戸惑ったのは、大祐の兄の恭一、そして交際相手の美涼など、谷口大祐周辺の人々もであった。はたして大祐はまだ生きているのか。それとも死んでしまったのか。本人の名前ではなく、別人の名前を名乗っているのか。
谷口大祐を名乗って死んだある男の過去、そして本物の谷口大祐のそれから。どこかで二人の人生が交わることがあったのだろう。二人の人物の空白を満たすために、二つの人生の交点を求めて、本来の依頼を超え、城戸は奔走することになる。
しかし、城戸はシャーロック・ホームズのような単なる探偵役ではない。彼自身、在日韓国人三世であり、日本人として日本語で生活しながらも、さまざまな差別にさらされる存在であった。そして、自らもまた妻子を持つ身なのだが、妻の香織は、彼が事件に深入りすることを快く思わず、しだいに、夫婦の間に亀裂が走るようになる。
今や「X」となった里枝の夫「谷口大祐」の正体を追い求めるうちに、突き当たるのは身元の交換を行うブローカーの存在であり、犯罪の加害者家族の置かれた過酷な現実であった…
考えてみれば、別の人物を名乗ることも、なりすますことも、レアなようでいて、実はありふれたことである。作家や芸能人は、本名とは別のペンネームや、芸名を名乗ることが多いし、それ以外の人もSNSなどで、本名とは別のハンドルネームを使うことはごく普通である。SNSごとに別の名前を使うこともある。これらは我々に身近でわかりやすい「分人」の一部であろう。だからといって、別の名前のもとで経験した喜怒哀楽が、偽りのものであるとは誰も言えないだろう。それらは、一応戸籍上の人物にひもづけられていることが前提であるが、それほど厳密でないこともある。ただ、戸籍上の他者になりすますとき、社会では大きな問題が生じるのである。
人が自らの置かれた理不尽な運命から逃れるために、戸籍上別の存在になりすます、それは近代国家の法制度の元では犯罪なのだろう。だが、その後に築かれた生活や、幸福までがはたして偽りのものなのか。単なる論理ではなく、残された家族が置かれた現実を通して問いかけることで、読者はリアルな問題として考えることを強いられる。
ある人物が、そのアイデンティティまで引き受けながら、実在の別の人物にまるごとなりすますことの影と光を描いた『ある男』は、それ自体が一つの問題提起であり、究極の分人小説である。だが、それが傑作であるのは、その設定ゆえではなく、確かに存在したと思わせる、見い出された「ある男」の過去と、あたかも自らの問題であるかのように問題を引き受け調査し続ける城戸の情熱と、生活のディテールにある。
関連ページ:
平野啓一郎『「カッコいい」とは何か』
平野啓一郎『マチネの終わりに』
平野啓一郎『「生命力」の行方』
平野啓一郎『透明な迷宮』
平野啓一郎『ショパンを嗜む』
平野啓一郎『本の読み方 スローリーディングの実践』
平野啓一郎、瀬戸内寂聴、美輪明宏『日本人なら「気品」を身につけなさい』
平野啓一郎『空白を満たしなさい』
平野啓一郎『私とは何か「個人」から「分人」へ』
『くるまの娘』は、芥川賞作家宇佐見りんの第三作。家庭崩壊の危機にある家族の、娘の視点による物語である。
宇佐見りんの小説を特徴づける一つは、語り手自身の呼び方である。第一作「かか」の語り手が、「うーちゃん」と呼ばれるように、「くるまの娘」の語り手かなこは自らを「かんこ」と呼ぶのである。家族の他のメンバーの呼び方に関しては、「かか」のように徹底することなく、一般的な家族関係を表す普通名詞「父」「母」「兄」「弟」が用いられ、それぞれの家庭内での呼称は会話内に限定される。
かんこ、と呼ぶ声がする。台所から居間へ出てきた母が二階に向かってさけぶ声が聞こえてくる。かんこ、おひる。かんこ、お夕飯。しないはずの声だった。夢と現実の間を縫うように聞こえてきた。むかしは「にい、かんこ、ぽん」だったと思う。にい、かんこ、ぽん、ご飯。昨年、兄が家を出て「にい、かんこ、ぽん」は「かんこ、ぽん」になった。今年の春、弟のぽんが祖父母に住み始めて「かんこ」になった。母が階下から呼ぶ。いつまでも聞こえてくる。にい、かんこ、ぽん。にい、かんこ、ぽん。かんこ、ぽん。かんこ、ぽん。かんこ。かんこ。……。pp3-4
冒頭で、すでに、主題としての家族の解体、変容が提示されている。それ以前にも、ふだんは子供思いの父親が切れると暴力や暴言に訴える傾向はあったが、それでも壊れるところまでは至らなかった。直接のきっかけとなったのは、母の脳梗塞だった。母の記憶はとびとびになり、そのことを何よりも本人が悲しんだ。その変調が家族全体に波及する。そして、兄が結婚を機に家を離れ、弟は進学を期に祖父母宅へと別居する。五人家族は四人家族となり、三人家族となった。「……」で暗示されるのは、もはや誰かを呼ぶ声が聞こえない未来である。このまま、家族は壊れるにまかせるのか、それとも?
カフカの『変身』では、虫のような存在へと変身したヨーゼフ・Kは、しばらくの間、家庭内に閉じ込められた後、最後は捨てられてしまう。だが、かんこの過程では、脳梗塞となった母親は、どこかの施設へと預けられることなく、生活している。変わってしまった母、父の暴言や暴力を一身に引き受けることとなり、引きこもりになったのは、むしろかんこの方だった。
父方の祖母が危篤の知らせを聞き、かんこたちは車で片品へと向かう。現地で兄と再会するが、弟は祖母の死に目に間に合わない。そこでの出来事で、もはや後に戻ることのない家族の現在が確認される。
かんこは単なるDVの被害者なのだろうか。だが、弟が声変わりした時、それを気持ち悪いなどと言われた弟は引きこもり気味になり、学校でもいじめられるようになった。その原因となったことをかんこは自覚する。被害者であると同時に加害者もある自分。複雑にからみあった家族の関係が次第に明らかになってゆく。
脳梗塞の後遺症に悩む母親は、いつしか行動が幼児化し、むしろ守るべき存在へと変わってゆく。そして、暴力的になることのある父親でさえ、その弱さを知るがゆえに、やはり保護し守るべき存在へと変わってゆくのである。
「にいはわたしが、あのひとたちが親だから、一緒にいると思ってるかもしれないけど、でも違うよ」
どちらかというと子どもに対する気持ちのようだと、かんこは思っていた。つきはなしてはいけないと、理性ではなく自分の命が、要請してくる。
(…)
すがられたからだとかんこは、思った。あの受験結果の発表のとき、生まれたばかりの、頼るべき先がほかにない赤ん坊のような声を親の中に聞いた気がした。p109
兄や弟は、すでに離れて戻ることはないだろう。だが、残されたかんこは父や母を見捨てることはできない。かといって、父親の暴力を一人で受け止める力もない。
祖母の葬儀の後にかんこが選んだのは、車の中で生活し、母の運転するその車で学校へ通うことだった。家族のものでありながら、家の外に存在する車。一歩飛び出せば、途端に外の世界へ逃げ出すことができるけれど、家族のきづなを断ち切ってしまったわけではない車とは、家族の内部と外部に同時にあるような存在である。かんこは車を運転するわけではない。免許を取る気もないらしい。にもかかわらず車はかんこのテリトリーであり、父親のテリトリーである家の中でのように父の暴力にさらされることもない。
ここで、表題において車が漢字ではなく、「くるま」とひらがなで書かれていることに注意しよう。それは、にい、かんこ、ぽんという家族の呼び名を想起させる。もちろん、くるまは家族ではないが、車はくるまになることによって、かんこの固有化された空間になる。毎日の寝起きまでするくるまはかんこの一部となり、かんこもくるまの一部となる。
いつもともにあることもできないが、かといって見捨てることもできない家族関係の解決策、たった一つの出口がかんこのくるまへの生成変化であったのだ。家族のうちに抱えたリスクが完全に解消したわけではない。ただ、その新たな均衡点が見つかっただけである。
けれども、『くるまの娘』は単なる家族の小説ではない。
物語は、ほとんど家の密室の中で展開しない。絶えず車で移動し、その間の車窓からの風景が描写され、別の場所へと移動し、他の人と合流しては、また別れ、別の場所へと移動してゆく。刻々の変化をとらえたその描写は簡潔で美しい。
しだいに山は深く、深くなった。奥深くなるほど空は色を失いただの薄墨になる。雨は一層煙り、厚い霧が山々を飲みこんだ。そのなかにあって、車道に連なる光は火のように揺れて見える。薄墨色の山影と濃い鼠色の山影が重なる。雨粒の打つ音だけがやけに大きく響いている。黒い霧だけがあたりをつつみ、眼を凝らしてやっと山の輪郭が見えるほどになり、それもすぐに消え何も見えなくなった。霧の奥にそびえる山の気配だけがあった。真っ暗だった。p39
作品全体が、ロードムービー的な運動感の中にあるのだ。父親のDV、母親の脳梗塞とその後遺症、娘のひきこもり、息子へのいじめ、現代の家庭に関わる問題を凝縮した重苦しいテーマを扱いながらも、読者が心地よく読み続けることができるのは、物語の舞台が外部へと開かれており、ロードムービー的なリズムによって運ばれるからである。外に開かれる限り、人や物との出会いはあるだろう。暗い世界にも光はさすだろう。舞台になっている片品村には尾瀬もある。スキー場で有名な丸沼高原も登場する。かんこが旅の途中で求めていたのも、失われた家族の光なのかもしれない。光は、『くるまの娘』の最大のキーワードである。
遊園地のメリーゴーランドの前で、かんこと母親は楽しかった家族のかつての思い出を再現しようとして、果たすことができない。
家族の崩壊の過程は不可逆的であるが、今すぐ破局に至るわけではない。多くの人は、だましだまし生きてゆくし、ゆかねばならない。人との離合集散を繰り返しながら、ある場所へから別の場所へ移動し続ける車の運動とは、人生の線、人間の生の営みそのものである。
ドイツの映画監督ヴィム・ヴェンダースに『パリ・テキサス』という作品がある。アメリカを舞台に、家族の崩壊と再生を描いたロードムービーの傑作である。
きわめて簡略にネタバレ的な紹介をしてしまうと、消息不明であった行き倒れになった父親がテキサスで保護され、叔父夫婦に預けられた息子と再会する。同じく行方の不明の母親を探す旅が始まる。だが、ヒューストンの店で働いている母とマジックミラーごしに再会するとまもなく、息子と母親を再会させたのち、再び父親は去ってしまう。
ここでも、家族がともにあり続けることの不可能性がテーマになっている。8mmフイルムの上映によって、家族の楽しかった日々の思い出が語られる。それは、決して元に戻ることのない世界、だが家族の心の中にあり続ける世界である。
帰りたい、あの頃に帰りたい、と思う。p56
家族の構成や置かれた局面は異なるが、『くるまの娘』は、日本版の『パリ・テキサス』である。いかにして壊れつつある家族をつなぎとめながら、生きのびることができるのか。「文藝」掲載時に一読したときから、優れた映画監督によって映画化された『くるまの娘」の世界が浮かんでしまった。映画化されようとされまいと、『くるまの娘』はすでに文字で書かれたロードムービーである。
ロードムービー的に、物語の線が移動の線とクロスオーバーする。そのプロセスにおいて、家族のさまざまな風景、問題が描かれる。運動の線の上に、人生の線が、生死の分水嶺がのせられることによって、物語は外部に開かれた万人のものになる。
かんこは、霞む視界のなかに街を見た。誰かが突っ込まなかった交差点がある。誰かが飛び降りようとしたビルがあり、飛び込めなかった線路がある。誰かが首を吊ろうとしたビルがあり、飛び込めなかった線路がある。誰かが首を吊ろうと縄をかけた杉の木があり、一家心中を起こしかけた車がある。街は張り詰めていた。何かが、起こるか起こらないかの違いで、その気配は常に迫っているのに街はいやに平和に見える。むしろその突発的に起きる事件の気配まで含めて、平和そのものだった。肌が淡い陽光にひりつき、痛んだ。隣に、ここまで生きていた父がいる。生きているということは、死ななかった結果でしかない。みな、昨日の地獄を忘れて、今日の地獄を生きた。あの交差点、あの線路脇、あの窓の向こうで偶々生を選択し続け、死を拒み続けた積み重ねだけがここまで父を生かしてきた。それだけだった。
横断歩道を人が悠々と通っている。父はアクセルを踏まない。誰も心中しない。道は光を受け、春だった。p157
最後にあるのは光、うたかたの光である。
『くるまの娘』は、日本の家族の抱える影と光を集約的に描いた傑作小説、死なずに生き続けている人のために書かれた文字のロードムービーである。
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7月27日
坂口恭平『中学生のためのテストの段取り講座』(晶文社)
中学一年生の長女のために、坂口恭平が教えたのは勉強ではなく、勉強のやり方、テストのための勉強のスケジューリングでした。テスト勉強の中身ではなく、段取りを人任せにせず、自分でつくり、それを実行することに、自立して生きる力を身につける第一歩があると坂口恭平は言います。大事なのは、全体の量をまず把握すること、それを日数で割って、一日のスケジュールの中に配分すること、これさえきちんとやれれば、一番をとることも可能なのです。
7月26日
『E Kiss 2022年9月号』(講談社)Kindle版
「のだめカンタービレ それから」後編が掲載されているので購入。ミルヒーこと、シュトレーゼマンは本当にボケてしまったのか。あまりの多忙さに共演もままならず、結婚話も立ち消えになってしまいそうなのだめの千秋の関係は?ミルヒーの千秋への信頼、今もなおのだめのファンであり続ける千秋の真情と、二度泣ける後編です。
7月25日
星野博美『世界は五反田から始まった』(ゲンロン叢書)
『ゲンロンβ』に連載された人気シリーズの単行本化。身動きのとれないコロナ禍のもと、『転がる香港に苔は生えない』や『みんな彗星を見ていた』の星野博美が、祖父の手記を手がかりに、自らのルーツと言える五反田の歴史を掘り起こしながら綴ったノンフィクションの力作です。多くの町工場によって栄えた五反田、大空襲による被害を経て、町工場が消え去った今日に至るまでの、町の光と影を、一族の歴史とともに語ります。
長谷川章一『中野ブロードウェイ物語』(亜紀書房)
1966年に誕生して以来、サンプラザと並んで、中野のランドマークであり続けるブロードウェイセンター。商店街以外にも、ジュリーや青島幸男が住んだ住居部分など知られざる世界があります。その歴史と、まんだらけなど個性的な店舗の数々を、ブロードウェイの魅力にとりつかれ、入居するまでに至った著者が紹介した一冊です。
村山由佳、青山裕貴ほか『おいしいコーヒーの入れ方』1〜3 (ジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kindle版
村山由佳の人気小説を青山裕貴がコミカライズ。高校生和泉勝利の家に同居することになった「いとこ」のかれんは、彼の通う学校の教師に。少年漫画ではよくあるラッキースケベ的設定ですが、女性作家の手にかかると一味違う世界に。主人公をはじめとし、喫茶店のマスター、かれんの弟と、出てくる男がみないいやつばかりなので、それぞれの泣けるエピソードが落としどころ。オールカラーのため、値段がはりますが、既刊11巻、全部読まなくても3巻が最高のエンディングなので、ストーリーの不安要素が解消したあたりで(もっと引っ張るのが普通)一休みしようと思います。
7月19日
野田サトル『ゴールデン・カムイ 31』(ヤングジャンプDIGITAL)Kindle版
明治末期の北海道を舞台に、アイヌが残した黄金をめぐる争奪戦。最後にそれを手に入れるのは?壮大なスケールで展開した『ゴールデンカムイ』もついに大団円を迎えます。そして、杉元は、アシリパは生きのびることができるのか?蒸気機関車のように、最後まで、ノンストップで疾走し続ける作者の力業に脱帽です。
『E-Kiss 2022年8月号』(講談社)Kindle版
後になって気づいたので紙で買いそびれましたが、二ノ宮知子『のだめカンタービレ その後 前編』が収録されています。30歳になったのだめこと野田恵と31歳になった千秋真一、それぞれ売れっ子ピアニスト、指揮者として、世界を股にかけて活躍中。けれども、二人の生活はすれちがいの連続。千秋は、マルレオケを引きつれ、日本へ帰国。仲間との再会にしばしの休息、ところが師匠のシュトレーゼマンに異変が。後編は、2022年9月号に掲載されます。
7月17日
多和田葉子『地球にちりばめられて』(講談社文庫)Kindle版
講談社のセールで30%ポイント還元になっていたので購入。多和田葉子は、そのうちまとめて読もうとKindle版でため込んでいます。留学中に母国が消滅してしまった女性Hiruko。北欧の国で生活するうちに、独自の言葉を生み出し、テレビにも出演。そこで出会った言語学を研究する青年クヌート、さらに次なる出会いが。複数の言語のはざまで孤児となりつつも、それらを楽しくブレンドし、創造的なライフスタイルを生み出す主人公への共感が止まりません。ジェイムス・ジョイス的な言語遊戯は、日本語にしてみると単なるオヤジギャグ的な語呂合わせなのでしょうか?
宮内悠介『偶然の聖地』(講談社文庫)Kindle版
これも同じく30%ポイント還元となっていたので購入。7〜800円台のものが、実質500円台まで下がると途端に財布のヒモがゆるくなります。地図にもない幻の山、イシュクト山。ゆがんだ時空の中で、聖地をめざす四組の旅人たちの行く手に待つものは。いつしか、旅路は異次元の世界へと迷い込んでゆきます。鬼才宮内悠介が描く異色のSFですが、アニメのオーディオ・コメンタリー風の注が各ページの上下に配置されたことで、固定レイアウトになり、マーカーが引けなくなったのは、ちょっと残念。よくわからない作品は、とにかくわかる部分や気に入った部分に線を引きまくることで、徐々に自分のテリトリーへと変えてゆくのが習慣なので、ペースがつかめません。やはり紙の本の方を購入すべきだったのか。おまけにこの注は、物語の中の時間と言うよりも、物語を書いている作者の時間へと読者をそのつど引き戻すので、話にいつまでも没頭できないということになります。読者がこうなることを作者ははじめから意図したのでしょうか。それとも視覚的な効果を狙ったことの副作用にすぎないのでしょうか。
7月16日
平野啓一郎『死刑について』(岩波書店)
芥川賞作家平野啓一郎の死刑の可否に関する論考です。かつて、作者は死刑に賛成であったのに、なぜ反対の考えを持つに至ったのか。きっかけとなったのは、『決壊』という長編小説の執筆を通じ、日本の司法制度の根本的な瑕疵に気づいたからでした。いずれか一方の考えを押し付けるのではなく、自らの考え方の変遷という形で語られているので、死刑に賛成、反対の立場のいずれの立場の人も違和感なく読み進めることができるはずです。
7月15日
岸政彦『マンゴーと手榴弾』(筑摩書房)
社会学者岸政彦の7篇からなる論考集です。発売当時に買おうとしたものの、ちょっと値段が張るために、先延ばしになっていました。沖縄における生活史研究を例にとりながら、社会学の質的調査の問題点に正面から向き合い、克服しようとした苦労が凝縮された一冊です。調査対象の人が、沖縄人に対する差別は存在しないと語った時、それを事実とするのか。それとも、問題は存在すると考えるのか。調査対象の人格を貶めることなく、問題を消滅させないようにするにはどう考えればよいのか。さらに、聞き書きによる質的調査は、数値化されるデータを生成することが可能な量的調査に比べて劣っているものなのか。複数の文章を通じて、これらのテーマが、絶えず呼び出され、次第に精緻な方法へと練り上げられてゆくさまが感動的です。
7月14日
藤原喜明『ゴッチ式トレーニング』(新紀元社)
「プロレスの神様」と称され、アントニオ猪木、藤波辰巳、初代タイガーマスクなど多くの名レスラーを育てたカール・ゴッチのトレーニング法の、プロレスラー藤原喜明による入門書です。関節技の秘伝のようなものはなく、ほとんどが腕立てや腹筋、スクワットなどの自重トレーニングですが、一般に行われているよりもずっとバラエティに富んでいて、どのスポーツをやる人にも参考になるでしょう。技術書の側面が6割で、残り4割はゴッチの薫陶を受けたアントニオ猪木、藤原喜明、前田日明、鈴木みのるらの、カールゴッチの思い出話からなっていて、ゴッチの人となりもよくわかる構成となっています。
7月13日
コニー・ウィルス、(訳)大森望『ブラックアウト』(早川書房)Kindle版
この日までのKindle本セールで、50%OFFとなっていました。SF作家コニー・ウィルス得意のタイムトラベルものの代表作です。第二次世界大戦下のイギリスへと送られた3人の史学科大学生がそれぞれに遭遇した冒険を描きます。彼らは、無事現代(2060年)へと帰ってくることができるのでしょうか。3人が団体行動をとるのではなく、それぞれに別のポジションで過去に関わろうとするために、三重にスリリングなストーリー展開になります。
7月12日
大童澄瞳『映像研には手を出すな!』(ビッグコミックス/小学館)
アニメーションの制作に情熱を賭ける浅草みどり、金森さやか、水崎ツバメら、芝浜高校映像研究会の活躍を通し、アニメーション作成の現場を描きます。音響担当の百目鬼氏に加え、桜田セキを加えた映像研。アニメのツボを心得た批評眼にさらされた浅草みどりは、手痛いダメージを負うことになります。さらに、全国の高校のアニメマニアが結集し、雌雄を決する大会への出場。さまざまな作風の個性豊かなライバルの登場に興味津々。でも、一番の見どころは金森氏のモデル姿でしょう。
あだち充『MIX 19』(ゲッサン少年サンデーコミックス/小学館) Kindle版
『タッチ』の明青学園高校部野球部の一世代後の活躍を描く高校野球漫画ですが、今はそっくりの息子を投手とした監督西村巧に加え、一時の記憶喪失から次第に回復する原田正平としだいに『タッチ』の脇役たちが登場、そして上杉達也の名前さえも語られます。勢南高校をしりぞけ、いよいよ甲子園まであと一つとなった明青ですが、ある異変ですべてが狂ってしまいます。高校野球物になると、またあだち充の悪い癖が…
上田岳弘『ニムロッド』(講談社文庫)Kindle版
13日までのセールで50%OFFとなっていたので購入。仮想通貨の採掘者の主人公と、外資系系証券会社に勤務する恋人、そして小説家志望の三人のデジタル時代の関係を描いた作品です。
7月10日
『文學界 2022年8月号 特集 入門書の愉しみ』(文藝春秋)
専門家がすすめる哲学・思想への入門書と、小説家による小説を書くための入門書の特集が柱になっています。哲学・思想の入門書では、入門書を必須と考える人、なるべく早く卒業すべき必要悪とする人、寄り道せずさっさと原典に当たるべきと考える人、ざまざまな考え方があって面白いです。小説に関しては、数多い選択肢を挙げている海猫沢めろんの紹介が役に立ちそうです。
7月7〜7/8日
乃木坂太郎『夏目アラタの結婚』(ビッグコミックス/小学館)4〜8 Kindle版
1〜3を無料に読んだ勢いが止まらなくなりました。ストーリー、キャラクター、画力どれをとっても傑出したコミックです。児童相談所に勤務する夏目アラタが連続殺人犯として収監されている品川真珠と接触を持つうち、悪魔に魅入られたように結婚への道を進めてしまうという物語です。真珠ははたして、本当に犯人なのか。徐々に、事件の闇は明るみになりますが、同時に彼女の正体への謎も深まってゆくのがミソです。
7月4日
松本直也『怪獣8号 7』(ジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kindle版
怪獣を口に入れたことで、怪獣への変身能力を得たまま防衛隊の隊員であることをなんとか認められた日比野カフカ。だが、恩人とも言える防衛隊長官が四ノ宮功が、使いこなしていた怪獣2号の力もろとも強大な敵怪獣9号に呑み込まれてしまった。カフカは、四ノ宮の娘キコルは、そして副隊長の鳴海はどう戦うのか?強大化した相手に立ち向かうためには、どうやら別の怪獣の力を使いこなせる隊員が必要なようです。そして白羽の矢が立ったのはカフカもよく知っているあの若者でした。
7月2日
鷲田清一『メルロ=ポンティ 可逆性』(講談社現代新書)Kindle版
この日のKindle日替わりセールでワンコイン価格となっていたので購入。サルトルとともにフランス実存主義哲学の雄として知られ、『行動の構造』『知覚の現象学』『シーニュ』などの著作を世に送り出しながら、早世した哲学者モーリス・メルロ=ポンティ。その生涯と哲学を解説した、鷲田清一の代表作です。日本におけるメルロ=ポンティの決定版ともいえる名著です。
7月1日
平直行『誰も知らない達人術』(BABジャパン)
プロレス、シュートボクシング、空手、K1、グレイシー柔術…さまざまな格闘技を経験し、自由なファイティングスタイルでファンを魅了、一世を風靡したグラップラー刃牙のモデル、平直行が今だからこそ明かす、技と技の間にある格闘技の術の秘密。なぜグレーシー柔術はあの時代無敵だったのか。なぜ桜庭一志は、その牙城を崩すことができたのか。ブランコ・シカテックの石の拳はいかにつくられたのか。目から鱗の格闘技の術の数々を紹介します。また、そうした技との遭遇を可能にした、シーザー武士、アンディ・フグ、カーリー・グレーシーなど、大勢の格闘家たちとの出会いの物語には、格闘技ファンならずとも熱くなります。
珈琲『ワンダンス 8』(アフタヌーンコミックス/講談社)
言葉によるコミュニケーションを苦手としながらも、ダンスで天性のひらめきを見せるカボこと 小谷花木(こたに かぼく)。彼を
ダンスの世界へと引き込んだのは、同じ高校で人目も気にせず練習する湾田光莉(わんだ ひかり)の存在でした。しかし、何度かバトルを経験することで、カボは湾田とは違った道を歩きたくなります。壁谷の勧めに従い、まったく知らないブレイキンの世界へ足を踏み込んだカボは、短期でマスターできるでしょうか。登場人物たちのダンスの変幻自在な動きを、独自の線で表現するリズムと躍動感が、『ワンダンス』の最大の魅力です。
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6月30日
石塚真一、NUMBER8『BLUE GIANT EXPLORER 6』 (ビッグコミックス/小学館) Kindle版
ジャズのサックス奏者宮本大の成長と活躍を描く『BLUE GIANT』のアメリカ篇。メキシコ人ピアニストのアントニオとともにたどり着いた次の町はテキサス州ダラス。飛び込みで演奏した店で、見つけた黒人のドラマーを何とか仲間に引き込もうとするも、けんもほろろの扱い。男がギャンブル好きと知り、大は一計を案じます。
魚豊『チ。地球の運動について 8』(ビッグコミックス/小学館) Kindle版
地動説に研究と伝達に命を賭けた人々の物語もいよいよ最終章に。 「地動説」出版を目前に、仲間を犠牲にしながら逃げ出したドゥラカとシュミットですが、さらなる追っ手が彼らに迫ります。その運命は?世界観の転換はいかにしてなされたのか。今、すべての帰結が明らかになります。
6月28日
谷口ジロー『いざなうもの』(ビッグコミックススペシャル/小学館) Kindle版
谷口ジローの遺作「いざなうもの 花火」他、未発表作を収めた作品集です。 「彼方より」「何処にか」「魔法の山」前編・後編「いざなうもの 花火」に加え、エッセイ「フランスと私」が収められています。最後の「いざなうもの」は作者の消えゆく命の最後の輝きを映すかのようで、鬼気迫るものがあります。電子版は字が小さくて読みにくいと感じたので、A5サイズの紙版の方がよかったかなとちょっぴり後悔しました。
6月27日
清水建二、すずきひろし『英語の語源大全――365日、頭と心がよろこぶ100の驚き!』 (三笠書房)
この日の日替わりセールの対象となっていたもの。英語の語源については一通りの知識はあっても、この本はその先を行きます。ギリシア語やラテン語、フランス語、イタリア語、ドイツ語など他の言語の知識を総動員しながら、100のグループ分けの中で、語源の知識を徹底整理してくれる本です。何度か読み流すだけで、10000語レベルの語彙力は身につくことでしょう。英語以外のヨーロッパ言語学習者にも大いに役に立つ本だと思います。イラストの関係上電子版は、固定レイアウトになってしまうのが残念な点。攻略するためにマーカーがひけないので、その目的だと紙版をゲットするしかなさそうです。
6月23日
さらに早川書房のSFよりグレッグ・イーガンの二冊を追加購入。7月13日までにはコニー・ウィリスやマーガレット・アトウッドなども購入しようと考えています。他にも、ディックやヴォネガット、ブラッドベリなど、電子化したいSFの古典的作品は数えきれないです。
グレッグ・イーガン『ディアスポラ』(早川書房)Kindle版
グレッグ・イーガン『祈りの海』(早川書房)Kindle版
グレッグ・イーガンは今最も注目されるハードSFの旗手。『ディアスポラ』は、まさにAI文明の予想される未来ー人類が肉体を捨て、人格や記憶をソフトウェア化して生きのびる世界を描いたもの。それに対して、あくまでソフト化を拒む人々の一群も存在します。人類はいかなる危機に直面し、いかにそれを乗り超えるのか。想像力の極限に挑んだハードSFの金字塔的作品です。『祈りの海』は、そのイーガンの11篇からなる短編集。表題作の「祈りの海」では、宇宙開拓の歴史が神話化した、宇宙時代の宗教の形態を描きます。
6月22日
6月21日より早川書房のKindle本フェア(〜7/13)がスタート。50%OFFなので『三体』など巻数の多いSFも比較的気楽に買いそろえることができます。
アンディ・ウィア―『アルテミス』上 (早川書房)Kindle版
アンディ・ウィア―『アルテミス』下(早川書房)Kindle版
『プロジェクト・ヘイㇽ・メアリー』のアンディ・ウィア―の『火星の人』につぐ第二作。月を舞台に、女性の運び屋を主人公に、ある依頼を引き受けたばかりに、過酷なサバイバルゲームを強いられることになります。
劉慈欣『円 劉慈欣短篇集』(早川書房)Kindle版
『三体』が世界的ベストセラーとなった中国のSF作家劉慈欣の13篇からなる短編集。表題作の「円」は、『三体』の抜粋改作です。非常にバラエティに富んだ作品が集められていますが、グレッグ・イーガンあたりと比べると、とても読みやすい文体で、中学生でも大丈夫ではと思えるほどです。
劉慈欣『三体? 死神永生』上(早川書房)Kindle版
劉慈欣『三体? 死神永生』下(早川書房)Kindle版
『三体』『三体? 黒暗森林』に続く三部作の完結編。『三体』は発売直後に紙で購入、『三体?』は前回の半額セールの再購入しました。地球連邦艦隊の宇宙戦艦が遭遇した「三体文明」の正体とは。壮大なスケールで描くSF超大作です。
6月18日
野田サトル『ゴールデンカムイ 30』(ヤングジャンプコミックスDIGITAL)Kindle版
明治時代末期の北海道を舞台に、アイヌの残した黄金を追い求め、ついに杉元とアシリパがたどり着いた約束の地五稜郭。しかし、追っ手の第七師団が迫り、五稜郭は最終決戦の地となってしまいます。壮絶な戦闘。今まで生きのびてきた猛者たちも次々に倒れてゆきます。沖から砲撃する軍艦と、五稜郭の大砲との砲撃戦、飛び乗った列車での逃走劇など、クライマックスに向け、見どころ満載のラストワンです。
山田鐘人、アベツカサ『葬送のフリーレン 8』(少年サンデーコミックス/小学館)Kindle版
かつて勇者たちと旅した道を、勇者たちが亡き時代に、新たな仲間を見つけ再び旅するフリーレン。エルフだけに、その姿はかつてとまるで変わらず、しかも圧倒的な強さは健在でした。多くの人が命を落とす強大な敵も、借金の返済のためにあっさり退治してしまう日々の連続。しかし、かつての冒険は深くフリーレンの心に刻まれ、知らず知らずのうちに勇者たちの言葉を繰り返している自分のに気づくのでした。
畑健二郎『トニカクカワイイ 20』(少年サンデーコミックス/小学館)Kindle版
初心な新婚カップルのラブコメに見せかけて、実は千年を超える歳月をかけるファンタジーでもあった『トニカクカワイイ』。人里離れた山奥の京丸屋敷に生徒たちが押しかけ、一夜を過ごすことになります。徐々に明らかにされる屋敷の謎。そして、裏には思いがけない人物の墓までもが…それにしても、司と同じような世界の住人に思われる輝夜の正体とはいったい?
赤坂アカ、横槍メンゴ『【推しの子】8』(ヤングジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kindle版
生前あるアイドルのファンであった二人が、その双子の子どもアクアとルビーとして生まれ変わり、芸能界入りしながら、母の死の真相を明らかにしようします。アクアが、追いかけてきた男の死を知り、それ以上追求する意味を失ってしまったのに対し、因縁深い旅先で知った前世の担当医の死に様に復讐を誓うルビー。アクアがおかした初歩的な間違いに、アクアから事情を聞いた黒川あかねも気がついたようです。この巻では、女の子の表情が変わる一瞬とその理由を見事にとらえています。
6月17日
迫稔雄『バトゥーキ 13』(ヤングジャンプコミックスDIGITAL)Kindle版
育ての親を人質にとられ、カポエイラ使いとして、最強を目指すことを運命づけられた少女三條一里。次なるターゲットとの対決には、動画配信での登録者1万人が条件でした。ただ強いだけではなく、いかにして多くの人にアピールできるか、次元の違う勝負に一里たちはとまどい失敗の連続。このハードルをクリアして、対決にまでたどりつくことができるでしょうか。
6月16日
西尾維新『死物語 下』(講談社BOX)Kindle版
物語シリーズの締めともなる『死物語 下』では、千石撫子は貝木泥舟、斧乃木余接ともども、 臥煙伊豆湖の娘である洗人迂路子と対決するために、飛行機で、南の島へ向かうことになります。ホリデー気分の撫子たちですが、無人島でのサバイバル生活へと一転します。
西尾維新『余物語』(講談社BOX)Kindle版
大学生となった阿良々木暦は、家住准教授より、児童虐待の問題を解決することを依頼されます。しかし、斧乃木余接とともに向かった先で、出会ったのは、檻に入れられた人形の姿でした。
6月15日
岡嶋裕史『メタバースとは何か〜ネット上の「もう一つの世界」〜』 (光文社新書) Kindle版
この日のKIndle日替わりセールとなっていました。電脳空間上に生成するもう一つの世界を指すメタバースですが、一つの定まった規格があるわけではなく、無数の試みの集合体の総称のように用いられています。いわゆるVRやARとの関係は。錯綜するさまざまな概念の整理を行う上でもよい本です。
西尾維新『花物語』(講談社BOX)Kindle版
願いをかなえるという「悪魔」の謎を解くために、神原駿河が、かつてのバスケットボールのライバルと対決する女子版「スラムダンク」ストーリー。しかし、かつて試合中の事故で再起不能になったはずの相手がなぜ、全盛期のプレイができるのか。そこに神原は怪異の影を感じ取ります。
6月14日
西尾維新『忍物語』(講談社BOX)Kindle版
神原駿河がエースだった直江津高校女子バスケットボール部つながりで、阿良々木暦が関わることとなったミイラ事件をきっかけに、忍野忍(かつてのキスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード)が、旧友のシーサイドマスターと再会する物語です。
西尾維新『宵物語』(講談社BOX)Kindle版
これもバスケットボール部つながりで、阿良々木暦が誘拐されたらしい女児の行方を、忍野忍、八九寺真宵とともに探し歩く物語。迷子のことなら、迷子の神様である八九寺に聞けばわかるは本当でしょうか。事件の真相は、意外なかたちで怪異がからんでいるのでした。
6月13日
西尾維新『恋物語』(講談社BOX)Kindle版
詐欺師貝木泥舟は、戦場ヶ原ひたぎの依頼を受け、千石撫子を騙す羽目になります。絶対の自信を持った貝木、しかし敵もさる者。口先三寸の強大な神力に対抗しようとする泥舟は、悪役ながらも最高のヒーロー役を演じる羽目に。物語としてもよくできています。
西尾維新『撫物語』(講談社BOX)Kindle版
千石撫子はいかにして神様を卒業し、専門家としての道を歩むことになったのか。キーとなるのは、漫画家としてのスキルでした。
その見習い期間とも言うべきこの巻では、さながら「魔法使いの弟子」のような騒動を繰り広げる羽目になります。
6月12日
西尾維新『囮物語』(講談社BOX)Kindle版
アクシデントから、千石撫子は神社の祭神となり、阿良々木暦や忍野忍を超える力を獲得してしまいます。四天王では最弱と思われた千石撫子がいかにしてラスボスに匹敵する力を獲得することになったのか。阿良々木たちの絶対絶命のピンチを救うものは誰でしょうか。
6月11日
荒川弘『黄泉のツガイ 1』(デジタル版コミックガンガンコミックス/スクウェア・エニックス) Kindle版
『鋼の錬金術師』の荒川弘の新作は、ツガイという謎の存在を操り、戦うバトルストーリー。山奥の村で育っていたユルの生活は、突如双子の妹を名乗るアサの一味によりかき乱され、山を下りることになります。何のために、戦うのか。一巻では、その世界の一部が垣間見られるだけです。
6月10日
講談社の50%ポイント還元セールを機会に西尾維新の物語シリーズを買い足しています。ポイントを次の巻に充当し続ける限り、半額の600〜700円台で買い続けることができるという罠です。
西尾維新『扇物語』(講談社)Kindle版
およそ謝ることとは無縁の戦場ヶ原ひたぎからの謝罪と別れ話。同じような話をあちこちで聞いた阿良々木暦は、その背後の怪異の存在を感じ取り、自らの影の存在である忍野扇のもとへと向かいます。しかし、女だと思った忍野扇は男子高校生となって姿を現し、謎が深まります。
6月9日
荒川弘、田中芳樹『アルスラーン戦記 17』( 週刊少年マガジンコミックス/講談社) Kindle版
田中芳樹の歴史絵巻を『鋼の錬金術師』の荒川弘がコミカライズ。母国パルスの王都を追われた若き王子アルスラーンは自らを引き立ててくれる忠臣たちを一人また一人と増やしながら、パルス再興をはかります。しかし、救出された父王アンドラゴラスからは冷淡な扱いを受けることに。他方、自らがパルスの正当な王位継承者と信じる銀貨面卿ことヒルメスも、それまで偽りの協力関係であったルシタニアと袂を分かちます。いよいよ、王都奪還に向け、アルスラーンが立ち上がる時の到来?!
6月8日
大澤真幸、千葉雅也『ブルシット・ジョブと現代思想』(左右社)
THINKING「O」は社会学者大澤真幸がゲストとの対談と自らの論考で構成する個人思想誌 。NO.18となる今号のゲストは、哲学者千葉雅也。『勉強の哲学』の内容に深く立ち入りながら、勉強の本質を考えてゆきます。論文は「<くそどうでもいい仕事>と<記号>」で、いわゆる「ブルシット・ジョブ」の実態を分析し、それに対するソリューションを提示します。この第三部にあたる「<記号>へ」は、ブルシット・ジョブを超えるための提案であると同時に、優れたプルースト論となっています。他に、「見田宗介先生との出会い」は学生時代にまで遡った感動的な追悼文です。
6月7日
斎藤幸平、小川公代、栗原康、高橋源一郎『別冊NHK 100分 de 名著 パンデミックを超えて』(NHK出版)
今年(2022年)1月に放映された「100分 de パンデミック」の内容の書籍化ですが、4人が語り合う部分を含んだ番組とは
異なり、四人の論者がそれぞれが紹介する書籍への解説のみから構成されています。経済思想の斎藤幸平はフランスの思想家スラヴォイ・ジジェクの『パンデミック』『パンデミック 2』を取り上げ、甘い弥縫策の夢を語るSDGsを批判しつつも、同時にパンデミック下で芽生えた新しい社会への希望を語ります。英文学者の小川公代は、ヴァージニア・ウルフの『ダロウェイ夫人』を取り上げ、大戦やスペイン風邪による死が暗い影を落としたこの作品の特異性を、ケアの視点をまじえながら掘り下げます。政治学者の栗原康は日本のアナーキスト作家大杉栄の評論集を取り上げ、武術にも優れた語学の天才でもあった破天荒な大杉の生涯とその主張を解説します。アナーキズムは、決してありえないユートピアではなく、地方の農村にもパンデミック禍にも通用しそうなモデルを見つけることができる身近な存在であったのです。作家高橋源一郎は、ポルトガルのノーベル賞作家サラマーゴの『白の闇』を取り上げます。『白の闇』は、視界が白くなって見えなくなる感染症が蔓延した社会を取り上げた小説ですが、感染症と戦う人々を取り上げたカミュの『ペスト』とは異なり、感染症にかかり社会から隔離された人々のそれからを描いた物語なのです。栗原や高橋が述べている内容は、単にコロナ禍のみならず、ロシアによるウクライナ侵攻にもそのまま当てはまる内容となっています。それだけ取り上げられた作品の射程が長いということなのでしょう。
6月5日
櫻木みわ『コークスが燃えている』(集英社)
『美しい繭』で鮮烈なデビューを飾った櫻木みわの最新作。非正規でアラフォーの女性が、弟の結婚相手として現れた女性との再会をきっかけに、人生の流れを変える中、女が一人生きることのリアルに直面する物語です。自分の出身である炭鉱町の女たちの聞き書き集の中の女性たちの生活がクロスオーバーしてゆきます。
古川日出男『平家物語 犬王の巻』( 河出文庫 ) Kindle版
湯浅政明監督のアニメ映画『犬王』の原作。芥川賞作家の宇佐見りんが、原作を推していたのでアニメを見る前に購入してみました。 犬王とは、室町時代京で世阿弥と並び称されるほどの人気を博した能楽師。盲目の琵琶法師友魚(ともな)との友情と二人の成長を中心に描いてゆきます。
6月4日
山口貴由『劇光仮面 1』(ビッグコミックス/小学館) Kindle版
『覚悟のススメ』『シグルイ』などの個性的な作品で知られる貴由の最新作は、かつて大学で特撮ヒーローの再現に情熱を注いだ若者たちの再会で始まります。現代の東京を舞台に、より洗練された緻密な画力で、進化した山口貴由の底力が読むページごとに伝わってくる傑作コミックです。
6月3日
三部けい『夢で見たあの子のために 10』(角川コミックス・エース)Kindle版
凄惨な犯罪の巻き込まれ、行き別れになった双子の千里と一登。世間に一登の顏が犯罪者として知られる中、弟を連れ去った火の男の正体を探り、追い続ける千里。自らの手で事件の決着をつけようとする一登。二人の両親と、叔父との関係、さらにそれからの一登の行動まで、すべての謎が解き明かされる巻です。絶望的な真実を前に、いかなるエンディングが可能なのでしょうか。
松井優征『逃げ上手の若君 6』(ジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kindle版
『暗殺教室』の松井優征が、実在の武将北条時行の若き日々の戦いをコミカライズ。信州の諏訪一族のもと、匿われた時行ですが、 神の位を継いだ頼重の孫頼継は執拗に時行に嫌がらせを行ってきます。この内輪もめを収め、時行がめざすのは京の町。いかなる出会いと危険が彼を待ち受けていることでしょうか。
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5月30日
恩田陸『ネバーランド』(集英社文庫)Kindle版
2000年に出版された恩田陸の青春小説。以前紙の本で購入したことがありました。集英社文庫のポイント還元セールの機会にKindle版も購入。男子校の寮に冬休みの間、規制せず残留を決めた四人の生徒。それそれの抱える秘密が、告白ゲームをきっかけに明らかになってゆきます。
小林有吾『アオアシ 28』(ビッグコミックス)Kindle版
ユースチームの雌雄を決する青森星蘭戦で劇的勝利をおさめたエスペリオン。そのゲームチェンジャーとなった青井葦人についに エスペリオンの監督エルナン・ガルージャから声がかかった。3日間のトップチームへの練習に参加しないかとの誘いに即答する葦人。だが、念願のプロへの道はそう簡単に開きはしなかった。ワールドカップ出場選手たちとのレベルの違いに翻弄されながらも、葦人がつかみとったものとは?
5月27日
西尾維新『掟上今日子の家計簿』(講談社文庫)Kindle版
西尾維新のシリーズは、間があくとどれを読んだかわからなくなるのが困りもの。Kindle版で買うと、どれを買ったのかAmazonの方が覚えてくれているので便利です。さて、眠ってしまうとその日の記憶をすべて忘却してしまう忘却探偵掟上今日子。それゆえ秘密は完全に保持されるものの、その日のうちに依頼された事件を解決する必要があります。今回は、刑事の依頼によって、遊園地に出かける羽目に。タイムリミットまでに事件解決は可能でしょうか?
5月26日
たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編 6』(角川コミックス・エース)Kindle版
対馬から博多へと戦いの舞台を移した元寇合戦記。6巻の前半では、やがてキーパーソンとなる時の執権北条時宗の生い立ちと胸中に分け入ります。九州の武士を中心とした日本軍と、モンゴルのみならず多民族からなるモンゴル軍との戦いは熾烈をきわめ一進一退の攻防が続きます。
5月25日
村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』(文春文庫)Kindle版
村上春樹の小説はほぼ読んでいるものの、エッセイなどはまだカバーが不十分ということで、50%ポイント還元の期間を利用して購入。1982年に作家としての生活を始めた時に、走り始めた村上春樹。それ以後、数々のマラソンやレースにも出場し続けてきた。単に走ることについてだけでなく、書く小説や生き方にまで及んだその影響を通して、自らを語ったメモリアルなエッセイ集です。
5月23日
平野啓一郎『小説の読み方』( PHP文芸文庫 )
2009年にPHP新書より出版された『小説の読み方』の文庫化です。あらたに自作の『本心』とドストエフスキー『罪と罰』の項を加えた改訂版です。小説を読みとはどういうことか、どのような点に着眼して読めばよいのかを、小説を作る側の実践的な視点をまじえながら、綿矢りさの「蹴りたい背中」さまざまな小説作品を例にとりながら考えてゆきます。小説の読み方はひとぞれぞれですが、既読の小説についても、異なる着眼点とともに多くの新たな発見があることでしょう。
坂口恭平『よみぐすり』(東京書籍)
自ら躁鬱病の周期を抱えながらも、自殺相談の無料電話である「いのっちの電話」を十年以上にわたって続けている作家坂口恭平のツイッター名言集です。「死にたい」という言葉を何によって置き換えればよいのか、坂口恭平はさまざまなソリューションを提案しています。一見すると活字がやたらと大きく、太字であったりして、よくある自己啓発書のようなイメージですが、年間1万件、10年でのべ十万人以上の電話に答え続けた著者だけに、そのエッセンスが凝縮され、セネカなど古代ギリシアの賢者の言葉のような深みがあります。
山口つばさ『ブルーピリオド 12』(アフタヌーンコミックス / 講談社)
東京芸大へと現役で合格したものの、何をやるべきか答えを見出せないままに、二年となった矢口八虎。教師も入れ替えとなり、何かと不安な毎日を過ごすや虎の前に、新しい光が。それはノーマークスというグループを率いる不二桐緒という女性との出会いでした。彼女たちの自由な空間に感染するとともにしだいに授業にも出なくなる八虎。そこで見出したものとは?
5月22日
伊坂幸太郎『ペッパーズゴースト』(朝日新聞出版)
デビュー20周年を迎えた伊坂幸太郎による長編小説。少し先を予見できる能力を持った国語教師檀が女生徒から原稿を渡されたことをきっかけに、しだいに彼は思わぬ出来事の連鎖へと巻き込まれてゆきます。その原稿は、猫を愛する二人組が、虐待者を懲らしめるというものでした。小説の登場人物が作中作の出来事や人物が入り混じりながら物語は展開してゆく伊坂ワールドの集大成ともいえる作品です。
5月20日
スティーヴン・キング『ジョイランド』(文春文庫)Kindle版
ホラー作家の王様、スティーヴン・キングによるミステリー仕立ての青春小説。1973年に昔ながらの遊園地でアルバイトした学生の回想のかたちをとっています。遠距離恋愛が維持できず別れる羽目になった恋人。やがて死ぬことになる親友。さらに出会うことになるシングルマザーの女性との恋が、幽霊屋敷に出没する本物の幽霊と、連続殺人事件をからめながら、「スタンド・バイ・三―」と「IT」の間くらいの、ほどよい長さのストーリーにまとめられています。これは、スティーヴン・キングの「ノルウェイの森」ではないかと思いました。
三田紀房『Dr. Eggs ドクター・エッグズ 2』(ヤングジャンプコミックス/ 集英社)
山形県にある国立医学部に進学した円千森らの医学部での生活を描くコミック。『ドラゴン桜』のように大風呂敷を広げたり、奇想天外な発想が次々に飛び出すことはなく、医学部での生活の厳しさとそこに置かれた学生たちの不安や葛藤をリアルに描くことに徹しています。素材がおいしいので加工する必要なしと考えたのでしょうか。第二巻では、二年になった円たちがいよいよ最大の難関である解剖実習を行うことになります。グループで、死体を解剖するものの、いざとなればメスを握ることも難しく、不協和音が生じ始めます。
5月19日
朝井リョウ『どうしても生きてる』(幻冬舎文庫) Kindle版
朝井リョウの6篇からなる短編集。どれも「ブルシットジョブ」的なきつい状況に置かれながらも、逃げられずに生きてゆかねばならない人々のストーリーからなっています。漫画の原作者を断念してサラリーマンに転じた話や同僚が辞めることとなった派遣社員の女性など「リアル」な世界です。それでも最後の最後できれいに読者に希望を与えるような秀逸な構成。解説の万城目学も、自分は「虚」の作家であるが、朝井リョウは「実」の作家であると語っています。
5月17日
西尾維新、大暮維人『化物語 17』(週刊少年マガジンコミックス/講談社)
西尾維新の<物語>シリーズを大暮維人がコミカライズしたコミック版「化物語」もいよいよ最終コーナーに。『化物語』と題しつつも、実際には「化物語」上中下「傷物語」「猫物語(黒)」「猫物語(白)」など、シリーズの複数の巻を原作としています。障り猫となった羽川翼との対決の後、物語はどこへ向かうのでしょうか?(原作の<物語>シリーズは28巻です)。17巻では、かつてなく深く、阿良々木暦ら主人公たちの心情に深踏み込んでいます。
5月15日
宇佐見りん『くるまの娘』(河出書房新社)
『文藝』に掲載された芥川賞作家宇佐美りんの第三作の単行本化。病気で行動面に不調をきたした母親、家父長の責任感からDVに走る父親、そんな両親に距離を置いて別居する兄弟のはざまにありながらも、捨てるに捨てられない長女のアンビバレントな感情を中心に描いた傑作小説。ともに一つの場所で生き続けることの難しさを血の涙で描いた家族の肖像です。
千葉雅也『アメリカ紀行』(文春文庫)
年に刊行された『アメリカ紀行』の文庫化。その後小説を書くきっかけともなったという転機の一冊です。解説は、ベイトソンの翻訳でも知られる『英文法の哲学』の著者佐藤良明。『アメリカ紀行』と題しつつも、紀行文らしくない本書の特異性(切断の美学)を掘り下げています。
5月14日
與那覇潤 『過剰可視化社会 「見えすぎる」時代をどう生きるか』 (PHP新書) Kindle版
多くの人がSNSで自らのプライバシーをさらし、メディアもまたルッキズムに走る、すべてを可視化する社会に対してどう向き合えばよいのか。歴史家から評論家へと転じた著者による未来への提言です。著者の論考に続き、臨床心理士の東畑開人、哲学者の千葉雅也氏、文化人類学者の磯野真穂との対談により、複眼的に問題を捉えようとします。
川上未映子『世界クッキー』(文春文庫)
5月11日
野田サトル『ゴールデン・カムイ 29』(ヤングジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kindle版
1巻〜28巻まで期間限定無料で公開された野田サトルの『ゴールデン・カムイ』。それはアイヌが残した伝説の黄金を探し求めての長い旅路の物語でした。続く29巻では、多くの犠牲を出しながらついに暗号の解読に成功。アシリパと杉元は果たして黄金を目にすることができるのか?だが、黄金を狙う鶴見中尉率いる第七師団の攻撃が彼らを追い詰めます。最後の決戦が火蓋を切るその舞台は、函館のあの場所でした。
5月7日
東野圭吾『マスカレード・ゲーム』(集英社)
おそらくは同一犯と思われる三つの連続殺人事件。その手がかりとなる人物がそろって宿泊するホテルコルテシア東京。予想される第四の殺人を阻止するため、警部となった新田浩介は三度ホテルマンとしてコルテシア東京へ潜入捜査を開始します。だが、そこにかつて頼りにした山岸尚美の姿はもうありません。さらに、思わぬ障害が警察内部にあることに気づきます。そして、浩介の同窓生の女性が宿泊客の中に。はたして、事件はローテーション殺人なのか、それとも?見事なエンディングでしめくくる、マスカレードシリーズ完結編です。
伊坂幸太郎『マイクロスパイ・アンサンブル』(幻冬舎)
組織から追われるエージェントと、ある女性と出会う男性会社員の二人を主人公とした二つの物語が、猪苗代湖周辺を舞台に、交互に展開します。はたして二つの物語が一つになることはあるのか?2015年より猪苗代湖で開かれたイベント「オハラ☆ブレイク」で毎年配布された小説が、7年越しでついに書籍化され完結です。
板垣恵介『バキ道 13』(少年チャンピオン・コミックス/秋田書店)Kindle版
大相撲と地下格闘技上の勇者の全面対決も終わり、古代相撲の頂点に君臨する野見宿禰と噛道(こうどう)を極めたジャック・ハンマーが、地下闘技場で対決することになります。刃牙たちの前に現れたのは、さらに巨大化したジャックの姿でした。野生動物との対決をイメージすれば噛む攻撃もありというのはわかるとしても、読んでてあまり気分がよくないのは、ジャックの歯が自前じゃなくて、金属製の入れ歯ということ。宿禰の方が徒手空拳なのに対し、ジャックの方は凶器を持ってるのと一緒で、これで両者の優越を競うのは、ぶっちゃけアンフェアじゃないですかね。
5月2日
松村圭一郎『はみだしの人類学 ともに生きる方法 NHK出版 学びのきほん』(NHK出版)Kindle版
元々このシリーズはコスパのよう学問の入門書ですが、この日のKindle日替わりセールで、199円となった機会に購入しました。人類学を単に知識を身につけるものとしてとらえず、近代的な「私」の概念そのものを、フィールドワークを通じて、解体するようなラジカルな思考実験としてとらえようとするものです。
藤子・F・不二雄『藤子・F・不二雄のまんが技法』(小学館文庫)Kindle版
2日間限定で小学館の50%ポイント還元セールの機会に購入。藤子不二雄作品の中でも、パーマンやオバケのQ太郎、ドラえもんの生みの親である藤子・F・不二雄(藤本弘)による漫画の入門書です。まず驚くのは冒頭の世界各地をめぐるカラー写真。忙しい中でも、ローマやカッパドキアなど世界の面白そうな場所を現地取材していたんですね。全体としては、小学生にでもわかるような平易な言葉で、漫画をそれを構成する要素、キャラクター、ロケハン、カメラワークなど、体系的に解説してゆきます。漫画を描く人も、読むだけの人も、漫画を見る目が一段と進化できそうな一冊です。
山野弘樹『独学の思考法 地頭を鍛える「考える技術」』(講談社現代新書)Kindle版
情報が氾濫する現代において、とりわけ人との接触が制限されるコロナ禍のもとで、いかに独学するか、単に知識を身につけるだけでなく、いかに考えるかは、この時代を生き抜く上で死活の問題と言えるでしょう。特に、第一部原理編のステップ1 問いを立てる力 ステップ2の分節する力、要約する力、論証する力 ステップ3の物語化する力の区分が重要だと思いました。それらは通常経験的に行われているものの、一部の力に偏り、他の力がおろそかにされていることが多いからです。
5月1日
國分功一郎、千葉雅也『言語が消滅する前に』(幻冬舎文庫)Kindle版
國分功一郎、千葉雅也という今最もホットな哲学者二人による対談。発売と同時に紙の本を購入し、レビューも書いています。プピュリズムやグローバリズム、エビデンス主義など、現代の言語をめぐる危機的状況をいかにとらえ、いかに生き抜くか、知的護身術ともいえる一冊です。
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4月30日
小泉悠『ロシア点描』(PHP)
最近テレビにも出ずっぱりで、ウクライナ問題に関して、最も信頼できる情報源の一人とされる小泉悠の新刊です。まず人々から入り、住まい、地下空間、街並み、食生活、ロシアと国際関係、権力と、次第にディープな世界へと入ってゆきます。さりげない日常の描写の向こうに、一見つかみどころのないロシアとロシア人の特性をキャッチしています。ロシア人の奥さんがいて、落語を愛する著者のキャラクターが行間よりにじみ出るなど、小泉ファン必読の一冊です。
4月27日
『文藝 2022年夏』(河出書房新社)
文藝は、河出書房新社の季刊文芸誌。特集1 怒りでは、『ケアの倫理とエンパワメント』の小川公代の「文学における怒り アーサー王伝説から「進撃の巨人」まで」に注目。その他、芥川賞作家宇佐見りんの「熊野紀行」と対談、SFマガジン責任編集の「グレッグ・イーガン祭」と見どころ満載です。
4月26日
三田紀房『Dr. Eggs ドクターエッグス 1』(ヤングジャンプコミックスDIGITAL/集英社)
『ドラゴン桜』で、底辺高校からの東大受験の世界を描いた三田紀房が描く、医大受験の後の世界。千森円(ちもり まどか) は、成績優秀のため、教師に言われるがまま、国立医学部を受験し、合格してしまう。そこで、彼を待っていたものは?大きなモチベーションがないままに医学部に合格してしまった青年が、次第に医師としての意識に目覚め、成長してゆく姿を描く、オーソドックスな群像劇による学園コミックスです。いわば荒川弘の『銀の匙』の医学部版。タイトルのドクターエッグスは、ドクターXのもじりで「医者の卵たち」の意味なのでしょう。サポート役として登場する医師の古堂真也も、ビジュアルこそ『ドラゴン桜』の桜木健二に似ているものの、むしろ村上もとか『仁 -JIN-』の南方仁的なまっとうな人間です。
鶴田謙ニ『モモ艦長の秘密基地 ?』(楽園コミックス/白泉社)Kindle版
モモ艦長は、宇宙貨物船のたった一人の乗組員。同乗者は、猫一匹。誰もこの生活に割り込むこともないので、船全体を占有し、ふだんは全裸で過ごしている。全裸でありながらも猫以外の相手がいないので、エロの要素は希薄。宇宙空間での日常系SFコミックスとなっています。いわば、女性版「男おいどん」?通常のコミックスの倍の価格ですが、鶴田謙二の手描き感あふれるタッチによる無防備なモモ艦長のキュートさに癒されます。
4月23日
小林俊彦『青の島とねこ一匹 6』(ヤングチャンピオン烈コミックス/秋田書店)Kindle版
女子高生青と、その親代わりで同居することになった美術教師の草太を中心に、瀬戸内海の小島での生活を描くコミック。おそらくはあちこちの島の写真をトレースしながら構成された島のディテールに富んだ風景が、真に迫る素晴らしさです。猫一匹のはずが、子猫が三匹生まれて、四匹となりさらにパワーアップ。今回のテーマはハゼ釣りに、廃校での肝試し、そしてタヌキの恩返し。重大な事件は何も起こりませんが、都会の喧騒から遠く離れて、ゆるやかな時間の流れを持つ島の生活を満喫することができます。
4月13日
小泉悠『現代ロシアの軍事戦略』(ちくま新書)Kindle版
ウクライナ情勢に詳しい専門家として、連日テレビに出ずっぱりの小泉悠によるプーチン下でのロシアの軍事戦略分析です。数値的に見れば、アメリカや中国と比べれば、経済的にも軍事的にも劣勢は否定できないロシアがいかにしてその大国としての存在感を維持し続けているのか、キーワードとなるハイブリッド戦を中心に、その本質に迫ります。サイバー攻撃や情報戦を含めたハイブリッド戦を、アメリカも、ヨーロッパ諸国も、中国もみなやっていることくらいにとらえないことが大事です。
4月12日
『文藝春秋 2022年5月特別号』
ふだん文藝春秋は買わないのですが、東浩紀の「落合陽一とハラリ シンギュラリティ批判」が気になったので購入。東は、AIの趨勢そのものは否定せず、シンギュラリティという「大きな物語」の再来を批判的にとらえています。小泉悠「プーチンの軍事戦略」や中西輝政「第三次世界大戦の発火点」などウクライナ関係の記事は、当然チェックすることになるでしょう。
4月9日
中沢新一『アースダイバー 神社篇』Kindle版
講談社のセールで電子版が安くなっていたので、購入。『アースダイバー』『大阪アースダイバー』で、日本の地質的・文化的古層へとアプローチしてきた中沢新一が、諏訪大社や出雲大社、伊勢神宮など、日本の古社の成立を、縄文人の文化と海外から渡来した弥生人とのハイブリッドとして読み解きます。これらの神社では、縄文時代そのままの古い祭儀の名残が見られるというのが本書の立場です。上社前宮と本宮、下社春宮と秋宮という四つの社の成立の経緯や、御柱祭の象徴的意義を解き明かした諏訪大社の章は、特に優れています。
4月5日
芥見下々『呪術廻戦 19』(ジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kindle版
人間の負の感情から生まれた呪霊が世界を支配するのを阻止するために養成された呪術師たちの戦いを描くコミック。ルールを変えるためのキーパーソンとなる日車を探す虎杖と伏黒ははぐれてしまい、それぞれ別の敵と対決することになる。虎杖が対決したのは、頭についたプロペラを武器とする羽場、他方、伏黒は罠にはめられ複数の敵と相対することに。先に日車を見つけるのはどちら?
4月4日
松井優征『逃げ上手の若君 5』(ジャンプコミックスDIGITAL)
実在の人物、若き日の北条時行を主人公とした歴史漫画。小笠原貞宗と相対することとなった時行、北条家の者ではとあやしみ正体を暴こうとする貞宗の言葉の矢を次々にかわすも、市河の登場で絶体絶命のピンチに。その窮地を救ったのは…
遠藤達哉『SPY×FAMILY 9』(ジャンプコミックスDIGITAL)
父はスパイ、母は殺し屋、娘は超能力者という偽装家族のスリリングな日常と愛情を描くコミック。豪華客船に乗り込むこととなったフォージャー一家、母のヨルは手強い殺し屋集団とエンドレスな戦いを強いられていました。そのピンチを察したアーニャは、母を助けることができるのか。さらに、客船には爆弾が仕掛けられていたのでした。
タイザン5『タコピーの原罪 下』(ジャンプコミックスDIGITAL)
話題のコミックの完結編。誤って宇宙人タコピーはしずかちゃんの同級生まりなを殺してしまい、その犯罪を隠すために、タコピーはしずかちゃんの周囲までも巻き込み、運命を狂わせてしまいます。どんな未来が、シズカちゃんを笑顔にすることができるのか。やってもやっても裏目に出る未来、それでも負けずにしずかちゃんに寄り添い続ける宇宙からの生物タコピー。その最後の賭けが始まります。
4月2日
藤井太洋『ビッグデータ・コネクト』(文春文庫)Kindle版
文藝春秋の40%ポイント還元を機会に購入。これで大体著者の作品はカバーできたでしょうか。『ビッグ・データ・コネクト』は、サイバー犯罪を追いかける刑事と、冤罪で汚名をきせられたはみ出し者のハッカーとが、ITエンジニア誘拐事件の背後にある闇を挑む一種のバディもの。卓越したIT関係の知識を持つ著者ならではの、サイバー世界の奥行きに注目です。
スティーブン・キング『ミスター・メルセデス 上』(文春文庫)Kindle版
スティーブン・キング『ミスター・メルセデス 下』(文春文庫)Kindle版
これも40%ポイント還元の対象でした。スティーブン・キング初のミステリーというふれこみですが、キングはキング。書く物の基本スタイルに変わりはありません。人ごみの中に突入し、多くの死傷者を出したメルセデスキラー事件。未解決のまま退職することとなった刑事ホッジズのもとへ一通の手紙が届けられる。それは、犯人からの挑発的な内容の手紙だった。退職後、抜け殻になっていたホッジズの心に火がつく。はたして彼は、犯人にたどりつくことができるのか?アメリカのみならず、日本でも日常的にある暴走車のリアルな脅威をモチーフにしているところも、キングらしいです。
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JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略
メディアアーティスト、筑波大学准教授、ピクシーダストテクノロジーズ創業者、NHKのテレビ番組のレギュラーなど多彩な顔を持つ落合陽一の生活を、学生に例えるなら、毎日学園祭の準備で泊まり込みながら、部活動では科学部の部長をつとめ、週に数回は塾で生徒の指導にあたり、週一回は放課後の校内放送でMCを担当し、Youtuberとしても自分の番組を持ち、学園祭の展示物を販売する一方で、カメラを片手に街中を歩いては撮影しては個展を開くようなライフスタイルを思い描けば、少しは理解しやすくなるだろうか。
『半歩先を読む思考法』(新潮社)は、そんな多様なレイヤーを生きる落合陽一の日常と認識をつづった2019年から2021年のnote「落合陽一の見ている風景と考えていること」に加筆訂正を加えたものだ。
あまりに多様すぎるレイヤーを生きるがゆえに、本の内容を要約することは不可能に近い。『魔法の世紀』にしても『デジタルネイチャー』にしても、大きな物語の流れがあるし、『これからの世界を生きる仲間たちへ』にもはっきりとしたメッセージがある。細部にこだわれば話は長くなるが、それらを要約することは困難ではない。それに対し、『半歩先を読む思考』が要約しがたいのは、ここで語られている言葉の多くは、科学者の論理というよりも、アーティストの感覚に沿って綴られているからでもある。
落合陽一 @ochyai 2014年10月19日
論理的に説明しようとして、説明しきれなかったことこそが、それでも心が動いたことこそが、自分にとって重要な感覚であり、感情を大切にして生きるということは、いろいろな体験を経て、あらゆることに説明がつくようになっても、説明がつかないものを探求し続ける、心の若さを保ち続けることなんだ。
そうだ。説明がつく中で、説明がつかないものを探し続ける話だったんだ。p26
落合陽一にとって、論理的な説明を逃れるものの探究こそが重要なのである。
それでも、本書を通じて、落合陽一を理解しようとする人のために、いくつかの補助線を引くことができるだろう。
ここから入ればスムーズに世界に入っていけるといういくつかの入り口である。
「「平成」という永い修業を経て、「令和」への全力疾走」(p10〜p15)は、多様なレイヤーを生きる現在のオフィシャルなまとめというべきものだ。そんなキャリアについては、多少のタイムラグはあるものの、『情熱大陸』を見て知っているという人は、落合陽一が一生でやったことを34字で要約する「「物化する計算機自然と対峙し、質量と映像の間にある憧憬や情念を反芻する」(確かに34字で行動の全てを説明できる)」(p145-152)へ進むとよいだろう。
そこでは物化する / 計算機自然と対峙し / 質量と映像の間にある / 憧憬や / 情念を反芻するのそれぞれの語句に関して漢文訓読の授業みたいに解説がなされている。しかし、このアーティストステートメントもまた、年とともに、変化してゆく様もまた語られる。
漢語が多く、漢字密度が高い文章は苦手だという人は、「子どもの成長を眺めていると人生が一度きりしかないことにそこそこの寂しさを感じることができるのは素晴らしい」(p33〜p40)は、幼い長男を観察する中、かつて子供だった大人の視点と子供の視点の遠近法が大変趣深い名文である。
そうだ、今よりもっと小さい頃の君の姿を思い出せるのはデジタルデータを眺めているときだけだ。たくさん動画も写真も撮ったけれど、その姿に触れることができるのは今の時空間なのだ。感傷の味わい深さをときに感じられるのが、成長に伴う失われつつある姿を知覚する瞬間だ。
あるとき弊息子から電話がかかってきて、いつまで経ってもうんうん言うばかりで喋らないから妻が「パパ忙しいから伝えたいことがあるなら早く喋って」と言うと弊息子は「伝えたいことがあるんじゃなくてお喋りしたいの」と言う。なるほど、大きくなることを身体性で捉えている3歳児は、意味のない時間を過ごす意味については自覚があるらしい。それを楽しむ心も持ち合わせているのは余裕なのか直感なのか。p34
動画や写真データを際限なく蓄積する中で、子どもとのわずかな時間は引き延ばされ、解像度が高くなる。数秒のやりとりも、親の心の中では、永遠に反復され続けるリトルネルロとなる。
一回性のかけがえのない時間の重みが伝わってくるのは、続くトミカ屋さんの一節だ。
弊息子はご多分に漏れず「働くくるま」にどハマり中だから、よく僕の書斎をノックしては「ねえ、トミカ屋さんに行こう」と言う。毎日は行ってられないけれど、仕事に30分くらいの時間の余裕があるときに往復5、6分の散歩を楽しみながら「トミカ屋さん」に彼を連れていくのが僕の楽しみでもある。わずかな時間を永遠に引き延ばすために写真を撮ることは忘れない。
(…)忙しい大人のわずかな時間と、人生の総量が3年間の感性との間には非対称性が常にある。僕にとっての30分と彼にとっての30分は大きく違う。彼の考えられる幸福の形の中にはいつでもトミカ屋さんがあるし、手を繋いでトミカ屋さんで好きなトミカを買ってもらって遊び疲れて風呂に入って寝ることが彼の豊かさの象徴なのかもしれない。pp37-38
ときに写真や動画を撮り、エンドレスに再生し、その時間を何十、何百倍に引き延ばして、はじめて子供の時間の密度・重みというものも大人には理解できるのだろう。シューマンの『子供の情景』は、大人から子供時代を回想するようにして書かれたピアノ曲だが、それに似た情感がこの文章には宿っている。この文章全体が、子どもと過ごす大人の時間の楽しみと不可逆な時間の切なさの双方に満ちているがゆえに、涙腺の崩壊を誘うのである。
もう一つ、飛びぬけて素晴らしい文章が『半歩先を読む思考法』にはある。それが「サンフランシスコでUberの中に携帯を忘れて、ただっ広い公園の真ん中で一人きり、携帯もクレカもホテルの鍵もない。さぁ、どうする。」(p177〜p184)である。
内容は、タイトルの通り。だが、いくつか追記が必要だ。時刻は夕方。そして落合陽一は現金を持っていない。さらに、飛行機の時間が迫っている。さあ、この無理ゲーをどうクリアするか、である。
Japanese Tea Garden あたりでまぁぬるい夕日に溶けるフェイクジャパニーズな絵でも撮るかと Uberを降りて20秒後、あ、体の右側がいつもより軽い。ふむ? と思ってみれば、いつもスマホにつけているはずのチェーンが外れて垂れ下がっており無情にも風に揺られている。
ひとまずカバンを探してみるが携帯がやはり見当たらない。あるのはノートとパスポートとレンズとカメラくらいだ。
そうか、しまったぞ、これは車内だ。そしてこれは、大変まずそうだぞ……。
降りた Uberの姿が視界の中で遠ざかりつつある。手を振ってみるが気付く様子はない。この距離なら……走るか、と車両を追いかける決意を固めて全力疾走。
息が切れても全力疾走。なんで俺はカリフォルニアの夕日の中を走っているんだろうか。pp177-178
ここまでレアな状況に見舞われたことはないものの、同じような八方塞がりの経験はよくある。たとえば、明日が職場のレポートの締め切りなのに、PCが動かない。そうだ、もう一機PCがあった。しょっちゅうフリーズするし、動作はあやしいが、動かないわけではない。原稿はできた。だが、そのままケーブルをつないでも印刷できない。そうか、このプリンタにつなぐのは初めてだ。ドライバをインストールしなきゃ。というわけで、ドライバをダウンロードしたのに、プリンタが動かない。原因をつきとめるのも時間がかかりそうだ。そうか、コンビニ印刷を使えばよいのだ。だが、画像が重すぎて、途中でひっかかってしまう。別のコンビニに切り替えてみるが、こちらも同じだ。では、ファイルを分割すればよいのか、みたいなエンドレスなトラブルのループというものは、誰も何度か経験があるはずだ。あの絶望感の中で、希望を見つけては、また行きどまりにぶつかり絶望し、焦りの中また次のソリューションを発見してはぬか喜びに終わる、あのスリリングな展開が、よくもここまでディテールを覚えているものだと思うほど臨場感たっぷりに表現されているのである。落合陽一よ、小説を書こう。半歩先どころか、一歩先の未来を引き寄せることができるだろう。
『半歩先を読む思考法』は、単に落合陽一のエッセイ集ではない。章の頭に置かれたモノクロームの写真に加えて、「ビフォオコロナの日常。」と「ポストコロナで過ごす日々。過去の記憶と今の時間の間に。」のタイトルのもと、30枚のカラー写真が収録されている。さらに本のカバーを外せば、背表紙自体がひとつらなりのカラー写真になっていることを発見するだろう。落合陽一の写真は特徴的で、一目で見分けがつく。アンダー気味の露出で、淡い闇の中に沈みながらもピントの合った被写体のシルエットはくっきりと浮かび上がっている。レンズにこだわる落合の写真では、新旧のレンズの特徴を最大限活用しながら背景をボカし、そこに情感を宿らせる。たとえ、都市の電飾の色とりどりのカラーが写されるときでも、写真の大半は、決して鮮やかな原色ではなく、くすんだ色合いで、ボケとノイズ、ゴーストとフレア、周辺光量の低下によって修飾される。テクノロジー、人工物とともにあるもののあはれ、デジタルネイチャーの世界だ。すべてのものが風化する時間の中では、海や空、自然の植物や人工物との境界線も、消失する。人によって起動させられながら、人の気配が存在しない世界。未来へのノスタルジア。侘びと寂。
落合陽一のカメラとレンズへのこだわりに耳を傾けたい人は、この世界にある様々な美しいものに手触りを取り戻す過程を(p153〜p156)読むのがよいだろう。
美しいものを美しいと認め直す作業はなかなかに難しい。僕の人生には定期的にカメラやレンズを買い替える時期があって、自分の目線を確認し直す時期があるんだと思う。p153
カメラやレンズが変われば、見る世界、感じる世界も変わる。これは大半のカメラマンが日常的に感じていることだ。
僕が世界の存在を客観的に切り取りたくなる時期は自分の忙しさの中で感性や創作欲が脅かされそうになる瞬間だ。
レンズを買い替えて世界の見え方を変えてみたり、ボディを買い替えて写真で切り取る行為の身体性を変化させてみたりする。そうすると刺激される要素があって、世界に新しい手触りを感じることができる。p154
精神の危機を、カメラは補完する。カメラもレンズも肉眼のさらに先へと延長する人工の身体だ。
あまりにありふれて失念しているかもしれないが、CCDあるいはCMOSといったイメージセンサーを持つデジタルカメラは、誰もが使用可能なデジタルネイチャーのツールだ。それは世界の見え方を、感性にしたがって変容させながら、出力する。世界を映しながら、あなただけの唯一のイメージがそこから生まれる。落合陽一の力を借りずとも、デジタルカメラを手にするとき、あなたは、すでに魔法使いなのである。
おそらく、前からリニアに読みすすめようとしなければ、この本には無数の発見がある。ただ、ホリエモンの『多動力』を読むような感じで、新時代のライフハックのノウハウを探そうとしても、徒労に終わるだろう。もう一度引用しよう。
そうだ。説明がつく中で、説明がつかないものを探し続ける話だったんだ。p26
『半歩先を読む思考法』は、その日の気分や偶然に任せ、開いたページのどこから読んでも、違った落合陽一の世界へと入ってゆける開かれた書物である。
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JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略
もはや前世紀の思想になってしまったフーコーやドゥルーズ、デリダらを中心とした現代思想。けれどもその重要性は今なお健在だ。千葉雅也『現代思想入門』(講談社現代新書)は、その源流となるニーチェ、フロイト、マルクス、さらにラカンと精神分析が開拓した文脈を整理し、メイヤス―やハーマンなど最近の思潮までカバーしながら、その大雑把な全体像をつかむことのできるハンディな一冊である。
単に著作の内容を解説するだけでなく、現在を生きる私たちが現代思想をどう理解し、どう生活に活かしてゆくかまで踏み込んだ親切な解説が行われている。
本書は、現代思想を秩序より逸脱するものに注目した「差異の哲学」と位置づけるところより始める。多様性を擁護し、排除されるものを拾い上げる今日の思想の源流がそこにある。
現代思想は、秩序を強化する動きへの警戒心を持ち、秩序からズレるもの、すなわち「差異」に注目する。それが今、人生の多様性を守るために必要だと思うのです。
人間は歴史的に、社会および自分自身を秩序化し、ノイズを排除して、純粋で正しいものを目指していくという道を歩んできました。そのなかで、二〇世紀の思想の特徴は、排除される余計なものをクリエイティブなものとして肯定したことです。p14
これは、20世紀末に比べ、より秩序化への同調圧力の強まる21世紀を生きる私たちにとって、現代思想を深く受容すればするほど、それなりのリスクを伴うことも意味する。
千葉の著書『勉強の哲学』によれば、勉強とは変身であり、自己破壊とされる。現代思想を勉強することも一種の変身になるだろう。常識的な考えからは外れた考え方を身につければ、それまでうまく回っていた環境からも浮いた存在になるかもしれない。初心者の不十分な理解によって、一種「セカイ系」化し、極端に走ることのないように、現実界にソフトランディングが可能となるような配慮がなされているのである。そこには、次のステップである「来たるべきバカ」のためのアドバイスも含まれているのだ。
ここで重要なのは、「秩序あるいは同一性はいらない、すべてが混乱状態になればいい」と言っているわけではないということです。しばしば現代思想はそういうアウトローを志向するもののように勘違いされることがありますが、そうではないのです。確かに混乱こそが生成の源なのですが、それと秩序=形式性とのパワーバランスこそが問題なのです。p117
現代思想の御三家とも言えるデリダ、ドゥルーズ、フーコーについては、それぞれを概念の脱構築、存在の脱構築、社会の脱構築というパースペクティブのもとで、総括してゆく。いくつもの簡潔でシャープな表現が、それぞれの理解に新しい光を投げかけるのである。
たとえば、デリダの「脱構築」の基本理解に関する解説。基本的ということは初歩的ということではなく、主題の核心に関わるということである。
大きく言って、二項対立でマイナスとされる側は、「他者」の側です。脱構築の発想は、余計な他者を排除して、自分が揺さぶられず安定したいという思いに介入するのです。自分が自分に最も近い状態でありたいということを揺さぶるのです。
「自分が自分に最も近い状態である」というのは哲学的な言い回しかもしれませんが、それがつまり同一性です。それは自分の内部を守ることです。それに対して、デリダの脱構築は、外部の力に身を開こう、「自分は変わらないんだ。このままなんだ」という鎧を破って他者のいる世界の方に身を開こう、ということを言っているのです。p49
あるいは、ドゥルーズにおけるキー概念の対「アクチュアル」と「ヴァーチャル」をめぐる解説。『差異と反復』が語る世界の地平を規定するこの区別を、これほど見事に要約した解説は他に存在しないだろう。
このように、AとBという同一的なものが並んでいる次元のことを、ドゥルーズは「アクチュアル」(現働的)と呼びます。それに対して、その背後にあってうごめいている諸々の関係性の次元のことを「ヴァーチャル」(潜在的)と呼びます。我々が経験している世界は、通常は、A、B、C……という独立したものが現働的に存在していると認識しているわけですが、実はありとあらゆる方向に、すべてのものが複雑に絡まり合っているヴァーチャルな次元があって、それこそが世界の本当のあり方なのだ、というのがドゥルーズの世界観なのです。pp63-64
あるいはフーコーの思想の核心部分の簡潔な要約。ここでも、ありがちな誤解を解消するための教育的配慮がほどこされている。
ところで、支配する者/される者が相互依存的になっているのだとしたら、フーコーはそういう構造の外に逃れることはできない、とでも言いたいのでしょうか?
そうではありません。フーコーの思想につねにあるのは、権力構造、あるいはフーコーの言葉で言うと、「統治」のシステムの外を考えるという意識です。ドゥルーズの用語で言えば、秩序の外部への「逃走線」を引くということがフーコーの狙いなんです。p87
本書は、第一章から第三章をそれぞれデリダ、ドゥルーズ、フーコーに充てた後、第四章では現代思想の源流となるニーチェ、フロイト、マルクスを取り上げ、さらに第五章ではラカンやルジャンドルなどの精神分析と現代思想の関係を検討する。続く第六章では、現代思想の舞台で売り出すために必要だった四つの原則という著者の仮説を整理し、第七章ではメイヤス―やハーマンなどのポストポスト構造主義を概観するという流れになっている。
第四章では、いきなり近代から始めるのではなく、アリストテレスの質量と形相の問題を、ニーチェのディオニソス的なものへとつなげる流れも重要だ。
日本では、『余禄と補遺』に収められた「幸福について」「読書について」「自殺について」などの文章が今日でも読まれ続けているショーペンハウアーについても、主著の『意志と表象としての世界』の主題を、ニーチェからフロイトの精神分析につらなる流れの中に、見事に位置づけている。
ショーペンハウアーの思想は初めは理解されなかったのですが、晩年に再評価が起こり、ワーグナーやニーチェにも影響を与えました。この普遍的な意志概念、しかも「何かをしたい」という目的的なものではない、ただの力、非合理的な意志というものをはっきり概念化したのがショーペンハウアーのすごいところで、ニーチェのディオニソス的なものも、あるいはフロイトにおける無意識の概念もその影響下にあるのです。p120
第五章のラカンをはじめとする精神分析の位置づけは、特に優れている。カントとの比較は、ラカンの精神分析の難解さを読み解く鍵となるだろう。
ラカンは大きく三つの領域で精神を捉えています。第一の「想像界」は、イメージの領域、第二の「象徴界」は言語(あるいは記号)の領域で、この二つが合わさって認識を成り立たせている。ものがイメージとして知覚され(視聴覚的に、また触覚的に)、それが言語によって区別されるわけです。このことを認識と呼びましょう。第三の現実界は、イメージでも言語でも捉えられない、つまり認識から逃れる領域です。お気づきかもしれませんが、この区別はカントの『純粋理性批判』に似ていないでしょうか。後に「否定神学批判」のところで説明しますが、実はラカンの理論はカントのOSの現代版と言えるものなのです(想像界→感性、象徴界→悟性、現実界→物自体という対応になっている)。p158
もう一つのキーワードとなる「対象a」の解説も、なんだそんなことなのかと思うくらい、見事なまでに簡潔である。
これを手に入れなければと思うような特別な対象や社会的地位などのことをラカンの用語で「対象 a」と言います。人は対象aを求め続けます。p157
また、ドゥルーズ×ガタリの精神分析批判を受容しつつも、一辺倒にならずに、ラカン(特に後期)とのバランスをとることで、現代思想の地平をより開かれたものとしているのである。
そして、上級編として言えば、実はラカンは後期になると、空回り人間像というよりドゥルーズ+ガタリに近いような立場へと向かいました。見せかけである対象aを求めては幻滅するのを繰り返しているのを自覚するだけでなく、その自覚によっても結局消えることがない根本的な享楽を見つけ、享楽的なものとしての、そこに自分の存在がかかっているような「症状」を社会生活と両立させてうまくやりくりできるようにする、という精神分析になっていく。pp172-173
難関とされるデリダやドゥルーズの有名な著作の一節を取り上げ、パラフレーズを加えながら整理してゆく「付録 現代思想の読み方」は、読書会やゼミをライブで実況中継している感があり、優れた実践編となっている。基本的に哲学の文章というのは、小説のように2、3行のうちに大きく場面が転換するなどということはなく、しばしば何ページもかけて同じ主張の繰り返しが行われる。つまりわけのわからない表現が出てきても、前後の理解できる表現のもったいをつけたパラフレーズであることが多く、スルーして読んでも理解の大勢に影響はないということだ。それらは、多分に修辞にこだわる「弁論術」を必須の教養とするフランス教育の産物なのである。
古典を意識した文章には、お決まりのレトリックがいろいろあり、何を言うかより、まずその古臭い「カタ」があって、カタにはめるかたちで言いたいことを出していく、といかカタにはめるために言いたいことをわざと大げさに膨らませたり、大して本質的でないお飾り的な文を増やしたりすることがあります。p219
脱構築など研究者が行う変形的な読解も、最初の読解の場面では行わず、現象学的還元の判断停止のように、文章をあるがままに受けとることが重要である。
(…)しかし、読書をするときには、まずは二項対立の脱構築はしないでください。著者が設定している二項対立をただなぞる、概念の地図を描く。つまり、読みながらツッコミを入れないということです。途中でツッコミを入れ始めると、端的に言って、読めません。p221
ドゥルーズの『差異と反復』、デリダの「差延」に関する詳細な解説は、一字一句をあーでもないこーでもないと解釈に悶々としたことのある人間にとって、プロの哲学研究者がどのようにかみくだき、どこまで理解できるのか、その見切りの感覚がとても役に立つ。
さらに現代思想へ憧れを抱いた青春時代からの思い出が詰まった「おわりに 秩序と逸脱」は、感動的な名文である。1970年代から1990年代にかけて、今日からは想像もつかないほどに、現代思想は若い世代を中心に多くの人々に影響を与えてきた。そんな青春時代の残響がここにある。
僕自身の感覚としては、本書は、専門家としてというより、一〇代からフランス現代思想に憧れ、リゾームだの脱構築だのと言ってみたい! という「カッコつけ」から出発した現代思想ファンの総決算として書いたのかもしれません。これは青春の総括であり、憧れへの終幕なのです。p243
『現代思想入門』は、概念理解のソフトランディング、哲学の歴史的展望を与える文脈形成、読解の対象と方法に関する水先案内の三つを備えたきわめて優れた入門書である。本書のメリットを受けるのは、単に現代思想の初心者に限らない。というのも、本書には著者の広範かつ強度的な読書経験と、その中から得られた読解と記述の方法・技術という、いわば秘伝のタレがふんだんに盛り込まれているからである。
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3月30日
魚豊『チ。―地球の運動について― 7』(ビッグコミックス/小学館)Kindle版
当時は異端とされることを知りつつも、地動説に憑りつかれた人々をリレー形式で描いた話題騒然の傑作コミック。ヨレンタは、地動説を受け継ぎ、それを出版しようとするが、裏切り者のため、アジトに追っ手が迫ることに。地動説の秘密は、このまま消えてしまうのか。そのとき、名乗り出た一人の少女ドゥラカに、地動説の運命は託される。
ジョージ朝倉『ダンス・ダンス・ダンス―ル 23』(ビッグコミックス/小学館)Kindle版
バレーで世界をめざす青年村尾潤平を主人公としたコミック。ニューヨークで修業に励む潤平は、共演相手のベアトリスと密なデートをし、それが大々的に報じられてしまう。あくまで舞台の上のことと言い訳するも、ベアトリスを怒らせることになり、イギリスで再会しようとした夏姫もご機嫌斜めに。潤平の修羅場はどこまで続くのか。他方、潤平の前に現れた流鶯 は、まるで別人であり、そのパフォーマンスは潤平を焦らせる。だが、潤平の成長こそが た流鶯 に火をつけられたのだ。ということで、内容てんこ盛りの『ダンス・ダンス・ダンス―ㇽ』です。
3月29日
戸谷洋志『NHK 100分 de 名著 ハイデガー 存在と時間』(NHK出版)
NHK のテレビ番組『100分 de 名著』のテキストですが、非常にわかりやすい言葉で、「存在」「存在者」「現存在」「世界内存在」といったハイデガーの基本概念が解説・整理されています。同時にハイデガーとナチズムとの関係、問題点なども整理され、政治と哲学の関係のあり方についても考えるよいきっかけとなりそうです。放送を見ないでも、十分に理解できるので、見る人見ない人双方におススメの一冊です。
3月26日
マルクス『経済学・哲学草稿』(光文社古典新訳文庫)Kindle版
Kindle版が4月7日まで半額となっていたので、購入。大学1年のころ社会思想史をとってた関連で読んだ記憶があります。1844年マルクス26歳の著作です。1845年の『ドイツ・イデオロギー』と並び、初期マルクスを代表する著作で、人間と自然の調和的な関係を理想とする労働観など、青年らしい息吹にあふれています。
3月24日
黒川佑次『物語 ウクライナの歴史 ヨーロッパ最後の大国』(中公新書)
ロシア軍のウクライナ侵攻で、一気にその存在感を高めたウクライナ。日本の1.6倍の面積を持ち、5000万人の人口を数えるこの大国の歴史は意外に知られていません。というのも、本来ロシアよりも先に栄えていたのに、ウクライナであった出来事の多くが、後からできたロシアの歴史として語られるようになったからです。ソヴィエト崩壊後、独立国家になりながらも、たえずロシアの侵略や干渉に悩まされてきたのは、偽りのロシアの国家観に基づくものであり、プーチンもその例外ではないでしょう。
3月23日
つるまいかだ『メダリスト 5』(アフタヌーンコミックス/) Kindle版
女子フィギュアスケートの世界を描くコミック。中部ブロック大会に出場した結束いのりは、オリンピック代表選手の前で、全日本選手権の金メダリストになると豪語してしまう。もちろん、未来の話をしたつもりだが、逆にそれを証明するのは今日だと切り返される。出場者が次々に高得点を重ねてゆく中、いのりはノービス5人の枠に残ることができるか。
3月19日
山田鐘人、アベツカサ『葬送のフリーレン 7』(少年サンデーコミックス/小学館)Kindle版
かつて魔王を倒した勇者の一行に同行したフリーレンは、勇者ヒンメルの死後29年後も、若い仲間と同行しながら、かつて廻った場所を訪れる旅を続けていました。たとえ魔物が襲い来ても一瞬で倒してしまうので、冒険の旅にはならず、かつての勇者の台詞を思い出しながら、いつしかまねてしまうフリーレンの心情が切ないです。時にギャグマンガかと思う台詞の応酬もあり、他の冒険者物とは全くちがう土俵で勝負するフリーレンです。
3月18日
千葉雅也『現代思想入門』(講談社現代新書)
予約注文してあっても到着するのは、二日遅れでその間にKindle版は読み終わっていました。レビューを書く時には、紙版の方が数段効率が高いです。ただ、読了した本に関しては、電子版は音声で耳から内容を再確認するという使い方ができるので、携帯用途だけでなく、両方があっても棲み分け可能で無駄にはならないです。
タイザン5『タコピーの原罪 上』(ジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kindle版
今、最も話題になっているコミック、「タコピーの原罪」。わかりやすく言えば、善意を保ったままダークサイドに堕ちたドラえもんでしょうか。宇宙からやってきた「タコピー」は、様々な道具を使って小学生のしずかちゃん(「タコピー」もしずかちゃんの命名)を幸せにしようとするのですが、逆にその善意の行為は裏目に出て、しずかちゃんを自殺に追いやってしまいます。タイムスリップを使い、タコピーはやり直し、何とか彼女を幸せにしようとするのですが果たして…。無邪気なキャラクターの絵柄で、リアルな世界をアイロニカルに表現した、胸をえぐる傑作です。
3月16日
千葉雅也『現代思想入門』(講談社現代新書)Kindle版
もはや前世紀の思想になってしまったフーコーやドゥルーズ、デリダらを中心とした現代思想。その源流となるニーチェ、フロイト、マルクス、さらにはカントやアリストテレス、プラトンまで遡りながら、さらにラカンと精神分析が開拓した文脈を整理し、メイヤス―やハーマンなど最近の思潮までカバーしながら、その大雑把な全体像をつかむことのできる一冊です。単に著作の内容を解説するだけでなく、現在を生きる私たちが現代思想をどう理解し、どう生活に活かしてゆくべきかまで踏み込んだ親切な解説が行われています。難関とされるデリダやドゥルーズの有名な著作の一節を取り上げ、パラフレーズを加えながら整理してゆく「付録 現代思想の読み方」は、優れた実践編となっています。現代思想へ憧れを抱いた青春時代からの思い出が詰まった「おわりに 秩序と逸脱」は、同じような思いを現代思想に抱いた人間にとってとても感慨深い名文です。
3月14日
島本和彦『アオイホノオ 26』(ゲッサン少年サンデーコミックス/小学館)Kindle版
漫画家島本和彦の自伝的青春漫画。「少年ジャンプ」での連載開始が1か月繰り上がり、絶体絶命のピンチに追い込まれるホノオ。それでも、編集者三上の口車に乗せられ、その気にさせられてしまいます。さらに、大家の原作に勝手にギャグを入れるなというクレームが。やはり大学内での女の子や庵野秀明らその後のビッグネームとの交流を描いた前半に比べると、周囲に編集者しかい¥ないこの時期は、キャラクターの乏しさが目立つ気がします。個性豊かな有名漫画家とリアルでどんどん遭遇し、ホノオがライバル心を燃やせる日はいつになったら来るのでしょうか。
3月11日
高原英理『日々のきのこ』(河出書房新社)
数十メートルにもなる巨大なきのこ、這うきのこ、声を出すきのこ、身体にまとうと空を飛ぶきのこなど、きのこが特異な進化をとげた世界での日常を描くファンタジーです。登場人物たちは、こうした異形のきのこと戦うというよりも、まるごと受け入れる共生の道を選んでいるようです。想像力によって特異な生物を創造するということは、同時に特異な言語空間を築くこと。ゆるやかなリズムと繊細な感性が結びついた、磨き上げられた文体も魅力の一つです。
山口尚『日本哲学の最前線』(講談社現代新書)Kindle版
講談社のセールで安くなっていたので購入。國分功一郎、千葉雅也、古田徹也、伊藤亜紗、苫野一徳、青山拓央の6人の仕事に関する論考です(個人的には青山の著作のみ未読)。伊藤亜紗まで含めて「日本哲学」と総括するのはどうかという疑問はありますが、とりあえずそれぞれの仕事の概観を整理するにはよい本であると思います。
二ノ宮知子『七ツ屋志のぶの宝石匣 16』(フラワーコミックスα/小学館)Kindle版
宝石のオーラを見抜く特殊能力を持った質屋の娘志のぶと、質草として預けられ、婚約者となっている北上顕定を中心としたラブコメ仕立ての、宝石をめぐるミステリー。志のぶに迫る危険を察して、顕定は倉田家に同居するようになるも、余りの近さに志のぶは戸惑い、ペースを乱してしまいます。他方、クールと思った鷹臣も、怪しい宝石の謎を探るうちに意外な女性と急接近。謎が謎を呼び、先の見通せない「七ツ屋志のぶ」です。
小玉ユキ『青の花 器の森 9』(Kiss コミックス/講談社)Kindle版
焼き物の町波佐美を舞台としたラブストーリー。相手の将来のためと思い龍生と別れた青子ですが、結局忘れることができず、悶々とする日々。龍生が遺した器が、青子にある行動を思い立たせます。そして舞台はフィンランドの首都ヘルシンキへ。こないだ始まったばかりと思ったら、次の巻で完結の予告が出て、ちょっと残念な気になりました。
3月9日
ヴァージニア・ウルフ『ダロウェイ夫人』(光文社古典新訳文庫)Kindle版
昔新潮文庫版を古本で買ったことがあるものの、読まないままになっていました。3月17日までの世界女性デーのセールで安くなっていたので購入。20世紀前半の「意識の流れ」の文学の代表作となった名作で、夜のパーティを前に外出したダロウェイ夫人の現在の時間が、過去の記憶との往還の中、シームレスな言語となって流れ続けます。
3月6日
大今良時『不滅のあなたへ 17』(週刊少年マガジンコミックス/講談社)Kindle版
出会ったものを複製する能力を持った不死の存在「フシ」は、ノッカーとの戦いを経て、現代に蘇ります。しかし、かつての友人たちは、この世界で全く幸せそうに見えないことが、フシを悩ませます。彼らは有限な生命の存在であり、自分は無限の生命を持った存在。その運命を受け入れることで、フシは新しい一歩を踏み出します。
3月4日
松本直也『怪獣8号 6』(ジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kindle版
怪獣を呑み込むことで、強大な怪獣への変身能力を得た日比野カフカは、条件付きで防衛隊にとどまることを許される。だが、迫り来る怪獣9号を前にして、カフカは変身できなくなる。9号によって変身が妨害されているのか。そのアシストを果たすべく、四ノ宮キコルは孤軍奮闘する。胸によぎるのは、自分と同じ道を選び、殉じた母の思い出だった。絶対に仲間を死なせない、キコルの強い思いがカフカを覚醒させる。
3月1日
西尾維新『終物語 (中)』(講談社BOX)Kindle版
幼女忍野忍は、美しき吸血鬼キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードのなれの果て。「終物語」の中巻で、突如阿良々木暦の前に、初代の従僕死屍累生死郎が現れる。いったん死んだはずの彼がなぜ、蘇ったのか。彼の目的は何なのか。彼の存在こそが、数々の怪異がこの町に出現した理由を説明するものだった。そして、阿良々木暦にある選択を迫るものでもあったのだ。
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川内有緒『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』(集英社インターナショナル)は、年に数十回は美術館に通うという全盲の白鳥建二さんとの、著者そして友人のマイティの三人を中心に展開する、美術館同行記である。
話を聞いた人は誰でも思うのは、目の見えない人と、美術館に行くことはどんな意味を持つのだろうということである。当然、そこに展示してある作品を、白鳥さんは目にすることができない。同行した人は、その絵の内容を伝えようとあれこれ言葉を選ぶことになる。複数の人が同行すれば、違った言葉で絵の内容を説明することになる。そのとき、同行した人は知る。今まで、見ているつもりであった絵のことを、十分に見ても、理解してもいなかったことに。
目が見えないひとが傍にいることで、わたしたちの目の解像度が上がり、たくさんの話をしていた。しかも、ごく自然にそうなる感じがあった。電話の受話器を耳に当てると「もしもし」と言いたくなるのと似て、そのときの状況がそう行動させる。だから、本当の意味で絵を見せてもらっているのは、実はわたしたちのほうなのかもしれなかった。p20
白鳥さんは、与えられた言葉から想像力をめぐらせて、絵を理解しようとする。そして、同行した人もまた、絵を言語化する中で、絵を「見る」ことを学ぶのである。
自らの視覚を出発点とするのではなく、他者の与える言語を出発点とした美術、アートの鑑賞は、むしろ空間に描かれたパズルとして現れるのかもしれない。パズル、謎解きであるなら、簡単に説明できないもの、複雑で謎めいたものの方が面白いに決まっている。
彼の好みを端的に言うならば、作品としては「よくわからないもの」。ジャンルでいえば、現代美術である。
「わかりにくさこそが、たまらないんだよねー。むしろわからないほうがいい、なにひとつわからん! 意味があるのかもわからん! くらいが最高」p50
年間何十もの美術館に通えば、いろいろな変わった美術館、話を聞くまでは想像しなかったような美術館やアート作品とも出会うこともある。その中には、強いメッセージ性を持った美術館や、見る人のあり方そのものを変えずにはおかないアート作品も存在する。
たとえば、フランスの現代美術の巨匠、クリスチャン・ポルタンスキーの作品展「クリスチャン・ポルタンスキーLifetime」では、大小さまざまなオブジェ、デジタルな数字、心臓音や台詞、さまざまな色の光が闇に浮かび上がる中を、目の見える人も目の見えない白鳥さんも同じように進むことを余儀なくされる。
あるいは、猪苗代湖の畔にある障害がある人の作品を中心に展示する「はじまりの美術館」では、介護とアートの境界さえも消失する。母親やその近所の人は、首にタイヤをかけたり、段ボールの大きな靴を履いたりして、写真の中におさまっている。さらに、美術館の館長から語られるメッセージがそれに加わる。当初は、障害者のイメージアップにつながればと考えたりもしたが、別の可能性の目を開くことになる。
「それは、みんなが生まれつき持っている表現の力です」
ーーー表現の力?
「『表現の力』に障害のあるなしは関係ないのです。ここでは障害の有無に関係なく一緒に作品を展示し、鑑賞してもらうことで、むしろ『障害とはなにか』を考えるひとつのきっかけになるのかなと思うようになりました。pp176-177
黒部市美術館で見た風間サチコの版画《ゲートピア No.3》では、神殿の六つの像のうち、一つのみが削られていた。
あなたは誰ですか? なぜ消されてしまったのですか?
混乱するわたしたちを見て、黒部市美術館学芸員の尺戸智佳子さんは耐えかねたように言った。
「そのひとは、朝鮮のひとなんです」
え?なんだって?pp220-221
時に強烈なメッセージをはらんだ現代美術の展示は、著者の、そして白鳥さんの中にもひそむ、単に対障害者にとどまらない、差別意識をも浮かび上がらせずにはおかない。そんな中で、著者や白鳥さんの、意識も、しだいに変化してゆく。
三人のアートとの関係性も変化を余儀なくされる。国宝館での仏像鑑賞のワークショップでは、マイティは美術館スタッフの経験を活かして、案内役に回り、散歩のたびにシャッターを押して、40万枚もの写真を撮り続けた白鳥さんはいつしか写真家となり、自らが作品の中の存在へと変わってゆくのだった。
韓国の現代美術家ヂョン・ヨンドゥのビデオ作品《ワールド・グース・チェイス》(2014)は、白鳥さんが撮った写真と小曾根真のピアノ曲のみから構成されている。
写真を撮ることについて、白鳥さんはこう語る。
「前は音がする方向にカメラを向けて撮ったりしてたけど、いまはそういうことも考えてない。気分がいいとシャッターを押しちゃう。この間、ある写真家のひとと話をしていて、そのひとはほかの写真家が撮影した作品を見ると、なにに向けて作品を作っているのか、その意図がある程度わかるって言っていたんだよ。じゃあ、俺の写真はどこに向いているのかなって、考えると、ああ、俺はどこにも向いてない写真を撮ってるんだって思ったんだ。俺の写真は自分にしか向いてないんだって。そしたら、作品としていいかも。写真家になっちゃうか、みたいに思ったよねえ!」p194
『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』は、私たちに「見る」ことの意味そのものを問いかける。目が見えなくても美術を鑑賞して楽しむことはできるし、その行為は同行するひとのお荷物になるどころか、目を開かせ、心を豊かにすることが可能である。美術作品を「見る」あるいは「鑑賞する」という行為の中にある、潜在的な可能性に気づかせてくれるのである。美術作品は、単に受動的に味わうものではなく、私たちに何かを問いかけ、考えさせるものである。作品がが強いる思考によって、私たちの可塑的な存在そのものも変化する可能性を秘めている。本書は、日本全国に点在する美術館やアートの多様性のみならず、アートを鑑賞することの多様で開かれた可能性に目を開かせてくれる良書である。
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2月28日
カミツキレイニー(原作)磯光雄『地球外少年少女 前編 地球外からの使者』(ガガガ文庫/小学館)
カミツキレイニー(原作)磯光雄『地球外少年少女 後編 はじまりの物語』(ガガガ文庫/小学館)
『電脳コイル』の磯光雄監督の新作アニメ『地球外少年少女』のノベライズです。宇宙ステーションで合流した月生まれの子供たちと地球生まれの子供たち。彼らを見舞う彗星衝突の危機。大人たちからもはぐれ、自分たちで解決策を見つけ出すことを余儀なくされます。はたして彼らは、自分たちの力で、危機を乗り越えることができるのでしょうか。
小林有吾『アオアシ 27』(ビッグコミックス) Kindle版
プレミアリーグ決勝で、ついにエスペリオンと青森星蘭高校との決着の時。後1点を入れることができなければ、エスペリオンは優勝することができない。鍵を握るのは、青井葦人。ついに訪れた覚醒の時。葦人がこれまで経験してきた様々な時間の点が線となってつながります。はたして栄冠を勝ち取るのは?
石塚真一『BLUE GIANT EXPLORER 5』(ビッグコミックス)Kindle版
「BLUE GIANT EXPLORER」は、ジャズのサックスプレーヤー宮本大が、世界を股にかけながら、各地で演奏する中、プレーヤーとしてのし上がってゆく物語のアメリカ編です。メキシコからアメリカへ舞い戻ったものの、ソロでの演奏のチャンスは容易に得られず、ついに宮本大は金欠病に。苦肉の策として始めたのが、レストランの皿洗いと、サックスの個人教授。その挑戦が新しい出会いをもたらします。
2月25日
西尾維新『愚物語』(講談社BOX) Kindle版
愚物語は、全体の流れとは関わりのない、三人のキャラクター老倉育、神原駿河、阿良々木月日のエピソード集です。「そだちフィアスコ」は阿良々木暦の前から姿を消した老倉のそれからの物語。「するがボーンヘッド」では、汚部屋の住人神原駿河が忍野扇ともども、駿河の母が部屋に遺した謎を解きます。そして「つきひアンドゥ」では、阿良々木家に人形として置かれた斧乃木余接とその正体に気づいた阿良々木月日が、漫画家志望の千石撫子を巻き込みながら、ドタバタコメディを繰り広げます。
2月24日
村山斉『宇宙はなぜ美しいのか カラー新書 究極の「宇宙の法則」を目指して』 (幻冬舎新書) Kindle版
天体写真を見ればほとんどの人は宇宙を美しいと考えます。しかし、宇宙が美しさをそれを解明する数式にも現れていると物理学者は考えます。 その秘密は高い対称性、簡潔さ、自然な安定感の三つ。はたしてこれらの理論より、宇宙の成り立ちを説明する究極の法則も、導くことができるのでしょうか?わかりやすい解説で、宇宙を全体を支配する法則とその誕生の謎に迫ります。
2月23日
西尾維新『鬼物語』(講談社BOX) Kindle版
鬼物語では、阿良々木暦と八九寺真宵を突如現れた「くらやみ」が襲いかかります。阿良々木の自転車を呑み込んでしまったブラックホールのようなものの正体は一体?どうやら忍は、「くらやみ」について何かを知っているようです。なぜそれは生まれたのか?そしてどうしたらこの謎の怪異を斥けることができるのでしょうか。
2月22日
西尾維新『死物語』上 (講談社BOX) Kindle版
忍野忍の本体である吸血鬼キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードが生まれる元となったのが、『業物語』で勝たれた吸血鬼スーサイドマスターとの出会いでした。そのスーサイドマスターに異変を感じた忍。コロナ禍のもと、急遽阿良々木暦とともに、ヨーロッパへと飛ぶことになります。実は、吸血鬼の間でも、ある感染症が流行しているようなのです。その原因をつきとめ、二人はスーサイドマスターを救うことができるのか。
2月21日
西尾維新『業物語』(講談社BOX) Kindle版
美しき吸血鬼キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードも、数百年前は「うつくし姫」と呼ばれる人間でした。周囲が喜んで命を捨てるほどの美しさのために、国を滅ぼしてしまい、流れ流れてやってきたのが、吸血鬼デストピア・ヴィルトゥオーゾ・スーサイドマスターの住む国というわけです。しかし、うつし姫を餌食にしようとしても、やはり不死のスーサイドマスターもまた死んでは生き返ることの繰り返し。いかにして、吸血鬼キスショットは生まれたのか、全編他とは異なるファンタジー仕様の「業物語」(わざものがたり)です。
2月20日
西尾維新『終物語』上 (講談社BOX) Kindle版
西尾維新の本は、大体買ったその日のうちに読み終えてしまい、次の日にはまた別の巻に手を出してしまいます。パネルクイズの要領で、面白そうな巻を順次片づける中で、「物語」シリーズ全体の流れも見えてきます。『終物語』は上、中、下の3巻に別れているのですが、それぞれ独立した物語と言ってよく、相互のつながりは希薄です。上巻は、謎の転校生忍野扇と阿良々木暦が教室に閉じ込められる「おうぎフォーミュラ」と、ある事件がきっかけで阿良々木暦を大嫌いになってしまった老倉育との過去の因縁を謎解きする「そだちドリル」からなっています。
2月18日
ジル・ドゥルーズ、國分功一郎訳『カントの批判哲学』(ちくま学芸文庫)
1960年代に出版されたドゥルーズの著作。前著のヒュームや、ニーチェの場合には、何らかの範とできる思考のモデルとして取り上げているのに対し、『カントの批判哲学』は、カントの三批判の試みを、不定形な感覚の束を、ロゴスでがんじがらめに縛りながら理性へと統合しようとする奸計として捉えています。ドゥルーズ自らが語ったように、これは唯一の「敵」についての本なのです。カント哲学のエッセンスを短めの一冊に収めてしまうドゥルーズの整理能力は天才的ですが、それを國分功一郎の解説はうまくくだいて解説しています。
國分功一郎『暇と退屈の倫理学』(新潮文庫)
哲学者國分功一郎のロングセラーの文庫化です。2011年に河出書房から出版され、ついで増補改訂版が太田出版より出ています。増補改訂版については詳細なレビューを書いた割には、中身はほとんど覚えていません。要するに、どういうことなのか、を手短に語ることができないのです。だから、文庫という別のフォーマットのかたちで、今一度読み直す意味があると考えたのかもしれません。
西尾維新『猫物語 白』(講談社BOX)
17日で終わった西尾維新のフェアですが、この日から別のKindle本セールで、30%ポイント還元になっていたので、「猫物語」をコンプすることにしました。『猫物語 黒』では、羽川翼の家庭環境へのストレスがブラック羽川という怪異として現れたわけですが、『猫物語 白』では、恋心や嫉妬が苛虎という怪異となって現れます。黒が阿良々木暦の台詞にモノローグに始まるのに対し、白は羽川翼のモノローグで始まり、朝はルンバで起きる、サラダにはドレッシングをかけないなど、その尋常でない発想や行動の数々も明らかに。
畑健一郎『トニカクカワイイ 19』(少年サンデーコミックス)
最初は数奇な出会いでスタートした初々しいカップルのラブコメとばかり思っていた『トニカクカワイイ』ですが、ここへきて完全に千年の時をかけるファンタジー仕立ての壮大なラブロマンへと変わりつつあります。ナサと司が、時子の遺品整理のために訪れようとする古い屋敷をめぐり、別の少女たちの冒険が加わります。
2月17日
西尾維新、大暮維人『化物語 16』(週刊少年マガジンコミックス)Kindle版
こちらはコミック版の「物語シリーズ」で、実際には原作の『化物語』の内容は終わり、『猫物語 黒』の内容に突入しています。表向きは委員長の中の委員長、究極の優等生に見えた羽川翼の心の歪みが立て続けに二つの怪異を生み出すことになります。アニメーションで一通り見た割には、先の展開をあちこちで失念していたりします。
西尾維新『猫物語 黒』((講談社BOX)Kindle版
さすがにコミックの後で、原作を確認するのは残念な気がするので、慌ててセール期間のうちに購入しました。羽川翼のSOSに応えて、彼女を襲った怪異の相談に応じた阿良々木暦。けれども、どちらもこの後に訪れる事態の深刻さを理解していないのでした。冒頭の三分の一は、阿良々木暦と その妹月火との対話に費やされていますが、さりげなく伏線を忍ばせつつ、一見ギャグの連続のようなトークを展開し続ける西尾維新の語り口は天才的です。
2月15日
宮崎智之『平熱のまま、この世界に熱狂したい 「弱さ」を受け入れる日常革命』 (幻冬舎) Kindle本
以前より買おうとして買いそびれていた一冊です。幻冬舎の電本フェスでセール対象になった機会にKindle版を購入。先端の情報を求めるような視点からはこぼれ落ちるような日常の観察の中からディテールを拾い上げ、綴った名エッセイです。自分の弱さを認め、受け入れることから見えてくる日常の宝の価値を、優れた文章力で表現しています。
2月9日
西尾維新『終物語 下』(講談社BOX)Kindle版
「終物語」といっても、上、中と下はあまりつながりなしに読めるので、最初に面白そうな下から押さえました。大学受験当日の阿良々木暦は、八九寺真宵と出会う。なぜ彼女がここにいるのか。だが、ここはあの神社でもあの公園でもない別の世界だという。どうすればこの世界から抜け出し、試験を受けることができるのか。阿良々木暦の青春の終わりを告げる、新たな冒険が始まる。そしてついに明かされる忍野扇の正体とは?
2月8日
西尾維新『傾物語』(講談社)Kindle版
西尾維新デビュー20周年記念フェアということで、入手しやすい千円前後の価格帯のうちに、「物語シリーズ」の面白そうな巻をピンポイントで押さえているところです。美しき女吸血鬼の成れの果て、忍野忍の力を借り、阿良々木暦が八九寺真宵を救おうとしたがために、歴史の流れが変わり、世界を滅ぼすことに。なぜそうなってしまうのか、アクロバティックなロジックが冴えるシリーズでも最もドラマチックな巻です。
迫稔雄『バトゥーキ 12』(ヤングジャンプコミックスDIGITAL)Kindle版
ブラジルの格闘技、カポエイラに命を賭け戦い続ける少女三條一里を主人公にした青春バトル巨編。悪軍鉄馬一派との戦いで勝利し、一気に力をつけた一里が次なるターゲットと戦うためには、ユーチューバーの登録者数を稼がねばならないという現代的な展開になります。それまで周囲の状況から戦いを強いられてきた一里が、自らの意志を戦いを引き受けることになる神巻です。
2月7日
保坂和志『書きあぐねている人のための小説入門』(中公文庫)Kindle版
中央公論新社他6社の合同のセール(チチカカコ)で安くなった電子版を購入。以前、紙の本を買って読んだ記憶があるのですが、今は行方知らずに。保坂和志は小説を書く上でのマニュアルなどないという立場ですが、それでも小説家志望の読者が抱く疑問には最大限答えようとするサービス精神に満ちた一冊です。
辻邦生『言葉の箱 小説を書くということ』(中公文庫)Kindle版
保科和志の小説入門とは対照的に、オーソドックスに物語を信じる作家辻邦生が、創作に至る道のりを、正直につづった一冊です。何を読み、いかに書くようになり、いかにしてスケールの大きな作品世界を築くに至ったのかが平易な言葉で綴られています。小説家志望だけでなく、辻邦生ファンの必読書ということができるでしょう。
2月5日
西尾維新『結物語』(講談社)Kindle版
「物語シリーズ」は面白いけれど、巻数がやたら多く、紙の本はそれなりの値段がするので、なかなか全面攻略とまではゆきません。西尾維新20周年記念で安くなった電子版を、解説やレビューから推測し、要となりそうな巻を順に読んでいっています。『結物語』は、警察官となった阿良々木暦が、街の怪異を解決してゆく中で、戦場ヶ原ひたぎ神原駿河ら、メインのキャラクターたちと再会するいわば同窓会的な展開となっています。最大のヒロイン羽川翼の現在は、『掟上今日子の鑑札票』で描かれた掟上今日子の知られざる過去と多くの点で符牒するのですが、『混物語』では、阿良々木暦と掟上今日子が協力して事件を解決するストーリーの中、高校生の暦と当時「25歳」とされる今日子の年の差のせいで、設定がかみ合わなくなります。途中で作者の気が変わり、本来別々だった別のシリーズのキャラクターを後から寄せようと思ったのかもしれません(そんな風にもとれる記述が結物語の「あとがき」に)。これを解消するには、どちらかがタイムスリップしかないわけですが、SFでもない「物語シリーズ」に、タイムスリップなんて話などない…わけではないのが悩ましいところです。
2月2日
上野千鶴子、鈴木涼美『往復書簡 限界から始める』(幻冬舎)Kindle版
幻冬舎電本セール前夜祭で安くなったので、購入してみました。フェミニストの論客で社会学者の上野千鶴子とAV女優出身の鈴木涼美の対談集です。どちらの著作も一冊も読んだことがないので、一石二鳥的なお得感も手伝って購入しました。
藤井貴彦『伝える準備』(ディスカヴァートゥエンティワン)Kindle版
この日のKindle日替わりセールで安くなっていたので購入。日テレアナウンサーの藤井貴彦のアナウンサーとしての仕事術です。あおりなどなく、手続きを踏みながら淡々と仕事を果たすタイプの作者なので、他業種の仕事術を考えるのにも参考になるでしょう。同じ放送業界でも、人によってその仕事のやり方は大きく変わるものです。
2月1日
川上弘美『某』Kindle版
2月のKindle月替わりセールで299円と安くなっていたので購入。比較的最近(2019年秋)出た小説の文庫化です。人間に近いけれど、染色体が不安定で、名前も記憶もお金もない存在、某生きて行くために、男女様々な存在に擬態しながら生きてゆくという、SF的な設定の長編小説です。小川洋子の『ブラフマンの埋葬』の人型バージョンみたいな作品でしょうか。
苫米地英人『憲法改正に仕掛けられた4つのワナ』(サイゾー)Kindle版
これも2月のKindle次替わりセールで、220円と安くなっていたので購入。憲法改正での自民党の「緊急事態条項」が特に危険など、ある程度予備知識のある内容ですが、四つの罠など、論点の整理を見たくて買いました。苫米地英人の本は、世俗の空気を一切読まないので、クールなロジックが心地よいです。
[月刊!スピリッツ 2022年3月号]
大童澄人『映像研には手を出すな!』が、表紙となり、巻頭カラーとなっているので、近くの小さな書店で購入。浅草みどり、水崎ツバメら映像研のアニメーターたちは、一切の妥協を捨てて、新作アニメ制作に没頭、全ページをいっぱいに使い、アニメの絵コンテ風に、その作品の最強の世界が明らかになります。
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1月28日
佐藤良明『英文法を哲学する』(アルク)Kindle版
紙の版がしばらく入手できそうにないので、とりあえず電子版で押さえました。「哲学する」というので、ウィトゲンシュタインのような言語哲学的なアプローチか、はたまた言語を思考の視座とするハイデガーの存在論的アプローチかと思いましたが、立ち上がりは予備校の人気講師の英文法講座のように見えます。古臭い文法の枠組みを、英語を英語話者の感覚に即した形でアップデートしてゆく中で、英文法の輪郭自体がどんどんと変化してゆきます。同時に、時に漢文訓読法のような形で、英語の理解を行おうとする日本語の特性や限界自体も明らかになってゆきます。ただ、塾や予備校・中学高校で教えられる程度に英文法を知悉した層にとっては、ほとんどが感覚的に把握できている内容で、価値があるのはそのぎりぎり可能な部分までの日本語による言語化、最新の理論までふまえた上での解説のアップデートということになると思います。
1月26日
白井聡『未完のレーニン <力>の思想を読む』(講談社学術文庫)Kindle版
『永続敗戦論』や『国体論』などの著作を持つ政治学者の白井聡の最初の著作の文庫化です。レーニンのテキスト、とりわけ対照的な『国家と革命』と『何をなすべきか』の二つのテキストから、「力」の思想を読む解こうとするものです。「力」とは、歴史の原動力となる労働者の力といったもの。レーニンは、労働者の組合運動がそのままでは、革命につながらない限界を早い段階で見抜いていました。その時、いかにレーニンのような知識人層を位置づけるかを中心に論じてゆきます。驚くべきなのは、その多くのページがフロイトの「モーゼと一神教」や「トーテムとタブー」といった著作との詳細にわたる比較に充てられている点です。
1月24日
アンディー・ウィアー『プロジェクト・ヘイㇽ・メアリー 下』(早川書房)Kindle版
上下二冊買うと結構な出費になるので、とりあえず上巻だけ買ったわけですが、一日足らずのうちに読み終えてしまったので、下巻も買うことになりました。スリリングな事態が進行してゆく現在のパートと、それに関連する記憶が蘇り、ヒントを与えてくれる過去のパートが交互に語られます。これから読もうとする人に、一体どんな話かと聞かれ、一言で答えるとすれば、バトルシーンのない「宇宙戦艦ヤマト」ということになるでしょう。
1月23日
アンディー・ウィアー『プロジェクト・ヘイㇽ・メアリー 上』(早川書房)Kindle版
『火星の人』『アルテミス』のSF作家アンディー・ウィアーの長編第三作です。この作品に関しては、ネタバレ厳禁と言われていますが、それもそのはずで、主人公は男女二人の死体とともに、ある場所に記憶もないままに寝かされているのに気づくところから始まるからです。一体、「僕」は何者で、なんのために、どこにいるのか?周囲の空間を徐々に動く中で、それを見つけるところから始めなくてはならないからです。ちなみに、ヘイㇽ・メアリーは、聖母マリアへの呼びかけでさしずめ「マリア様、お願い」ですが、アメフトでは不利なチームの一か八かのバクチ勝負を意味します。
池澤夏樹、池澤春菜『ぜんぶ本の話』(毎日新聞出版)Kindle版
この日のKindle日替わりセールの対象になっていたので購入しました。作家池澤夏樹と、その娘で声優・書評家である池澤春菜の本をめぐる対談です。物心ついたころから「本のバイキング状態」であった恵まれすぎた読書環境は、かなり嫌味な感じがしますが、ざっと全体に目を通し、色々なジャンルの本の存在を知るのにはよい本です。何よりも、池澤夏樹が、実の父である福永武彦(その後母親は池澤姓の男性と再婚)との幼少時からのかかわりを語るのはこれが初めてで、その複雑ないきさつを知るだけでも読む価値のある本です。
つくしあきひと『メイド・イン・アビス 10』(バンブーコミックス) Kindle版
母親の遺志をついで、地中深くのびた底なしの洞窟への冒険に出かけたリコ。途中、レグやナナチなどさまざまな人や生き物と出会う中で、この世界の仕組みを学んでゆきます。深く潜れば潜るほど、しだいに人がその形を失い、異形の姿になり果てることも。萌え絵の可愛らしさと、ダークなファンタジーのグロテスクさやエロスが混在した独自の世界が、メイド・イン・アビスの魅力です。ファブタの壮絶な復讐へのエネルギーとそれを止めようとするレグの戦いは、この10巻でいよいよクライマックスを迎えます。
1月18日
『新潮 2022年2月号』(新潮社)
中森明夫の「TRY 48」の第3回、中沢新一の「精神の考古学」は、ほぼ定期購読化していますが、衝撃は村田沙耶香の「平凡な殺意」で、作品の方針をめぐる編集者のパワハラ的言動と、そこから芽生えた殺意や芥川賞受賞の裏側などを赤裸々に語ったエッセイ。小説に負けず劣らず面白いだけでなく、村田ワールドを読み解く感情の解説としても役に立つ一文です。
『ダ・ヴィンチ 2022年2月号』(KADOKAWA)
特集が『呪術廻戦』なので購入。それほど好きといえる作品でもないのに(だがコミックは一応コンプしている)、ハイレベルなアニメの作画を大きなカラーページで見せられると、思わず飛びついてしまう癖が抜けないようです。キャラクター紹介は、こんがらがりそうな人間関係を整理するのに役立ちますが、他に緒方恵美らのキャストインタビューなど見どころも多いです。後は、遠野遥と松井玲奈の対談は、『教育』を読む資料として役立つでしょうか。
1月17日
柄谷行人『坂口安吾と中上健次』(講談社文芸文庫)Kindle版
講談社文芸文庫のレーベルフェアでKindle版が安くなるたびに少しずつ買いそろえているのが柄谷行人の評論。『堕落論』の坂口安吾、『枯木灘』や『19歳の地図』の中上健次、日本文学史上でも傑出した骨太の作家二人を中心に論じた12編を集めた評論集です。特に、「追悼・中上健次」は名文として知られています。
1月14日
『文藝 2022年春季号』(河出書房新社)
特集は「母の娘」ですが、芥川賞作家宇佐見りんの受賞後第一作「くるまの娘」が掲載されているので購入しました。「くるまの娘」は、とんでもない力量を発揮した力作です。家族という扱いづらい主題を扱いながらも、高解像度で、情感的な、等身大の言葉が最後まで息切れすることなく続きます。それでいて、ロードムービー的な側面もあり、現代性も備えた傑作です。他に、伊藤比呂美と金原ひとみの対談や、水上文の批評「「娘」の時代 成熟と喪失 その後』などが掲載されています。
1月12日
遠野遥『改良』(河出文庫)Kindle版
芥川賞作家遠野遥のデビュー作の文庫化です。非常に平易な言葉で書かれていますが、まっとうと思われた主張も段々に変調をきたし、いつしか破局に近づいてしまうのは、『破局』同様です。女装趣味に囚われた男の告白で、三島由紀夫的なテイストがあり、平野啓一郎が作家の内的な視点からの解説を書いています。
山本崇一郎『からかい上手の高木さん 17』(ゲッサン少年サンデーコミックス)Kindle版
至近距離を維持しながらも、それ以上には近づかないことで平和な日々が続いてゆく学園ラブコメの決定版。からかい勝負でも、西片は連戦連敗に見えて、実は高木さんが赤面している場面も多いのがツボです。
1月11日
『週刊文春エンタ! シン・ウルトラマン大予習!』(文藝春秋)
コンビニエンス・ストアのLAWSON限定の週刊文春のムックです。税込み価格660円。Amazonでは売っていないので、早めに近くのLAWSONストアへ急ぎましょう。以前同じLAWSON限定企画で、エヴァンゲリオンのムックが出た時は、ほとんど活字ばかりのモノクロ雑誌ページが続き、カラーページに飢餓感を覚えてしまいましたが、こちらは「シン・ウルトラマン」の特報、「ウルトラマン エピソード&怪獣ベスト10」さらには樋口真嗣監督へのインタビューなどが所狭しと並ぶ巻頭のみならず、綾辻行人、毒蝮三太夫、宮本亜門ら各界著名人へのアンケートに基づくシン・ウルトラマンの見どころや、ウルトラマンのヒロイン紹介など、巻末にもカラーページをふんだんにアレンジしてあり、1970年代の少年マガジンあたりの特集ページに似たレトロ感覚あふれる楽しい構成となっています。
1月10日
落合陽一『ズームバック×オチアイ 過去を巨視して未来を考える』(NHK出版)
NHKのテレビ番組「ズームバック×オチアイ」の書籍化ですが、コロナ禍の現代の私たちが直面する諸問題を、過去に類似の事件まで遡ることで、その解決のヒントを見つけ出しながら、未来への展望を切り拓こうとする企画です。台湾の天才閣僚オードリー・タンや、哲学者マルクス・ガブリエルとの対談も収録され、ずっしり重い手ごたえのある一冊に仕上がっています。
東浩紀編『ゲンロン 12』(ゲンロン)Kindle版
この日までゲンロンの批評誌「ゲンロン」0〜12のKindle版が半額になっていたので、購入しました。目玉となるのは東浩紀の『観光客の哲学』を補完する位置づけの「訂正可能性の哲学」と東の宇野重彰との対談ですが、もう一つの目玉としては特集「無料とは何か」があり、楠木健、鹿島茂、飯田泰之、小川さやからの論考や、東をはさんだ座談会などが収録され、「過去最大のボリューム」となっています。
1月7日
板垣恵介『バキ道 12』(少年チャンピオン・コミックス)Kindle版
古代相撲の野見宿禰を中心とした1巻よりの展開も大詰めを迎え、大相撲の力士 を退けた野見宿禰の前に現れたのは、地上最強の生物範馬勇次郎でした。その勝敗の行方は?長丁場にわたった愚地独歩や範馬刃牙、宮本武蔵との戦いと比べると、野見宿禰との対決は、いささか物足りない気がします。、
桜井のりお『僕の心のヤバイやつ 6』(少年チャンピオン・コミックス)Kindle版
自分の気持ちを素直に語ることのできない市川京太郎、最後の一線は超えられないものの、京太郎との時間を大切にする山田杏奈、二人のくっつきそうで、くっつかない恋の行方もだんだんと先が見えてきました。第5巻が、グループ交際に逃げたような展開であったのに対し、この6巻が1on1のシーンが延々と続き、過去最高の盛り上がりを見せます。中学、高校時代に、それぞれ三つか四つあればいい方のエピソードを、ダース単位で並べて、読者を悶々とさせます。あまりに盛り上がりすぎて、ついに完結か?と思わせる最終ページですが、まだ続くようです。
1月4日
川本直『ジュリアン・バトラー真実の生涯』(河出書房新社)
ジュリアン・バトラーという女装作家の評伝のかたちをとった小説です。はたしてジュリアン・バトラーは実在するのか?巻末の「ジュリアン・バトラーを求めて―――あとがきに代えて」を見るとジュリアン・バトラーの6作の長編小説はすべて日本語に訳されてようです。ところで、この「あとがきに代えて」はフィクションの部分をなすのでしょうか。それとも、その外部に属するノンフィクションなのでしょうか。ホルヘ・ルイス・ボルヘスは、架空の人物の伝記や架空の書物の来歴を書くのを十八番としました。この小説もその延長上に位置づけることができるかもしれません。しかし、ボルヘスが決して書かないような400ページに及ぶ長編小説のかたちで。ジュリアン・バトラーは、ある意味、梶原一騎原作川崎のぼる画の『巨人の星』の主人公、星飛雄馬のような存在です。架空なのかと思うと、長島茂雄や王貞治、川上哲治といった実在の人物と言葉を交わしたり、その歴史の中に割り込んだりします。そして、その言動の数々が人々の記憶に残ります。しかし、実在の人物ではありません。同様に、花形進も星一徹も実在ではないにもかかわらず、それぞれにライフヒストリーを持ち、実在の人物との関係の中で活躍してゆきます。ジュリアン・バトラーとは、そんな存在だと考えればよいでしょう。問題は、どの人物が実在であり、どの人物がそうでないかの区別です。そのためには、文学やその他の諸芸術のそれなりの知識、リテラシーが必要ですが、その判別まで含めてが本書のスリリングな楽しみと言えるでしょう。
松井優征『逃げ上手の若君 4』(ジャンプコミックスDIGITAL) Kindle版
ジュリアン・バトラーは架空の人物ですが、漫画『逃げ上手の若君』の主人公北条時行は、実在の人物です。そして、足利尊氏はじめこの作品の多くの人物は、史書に名前が残る限り、実在ですが、そのエピソードも歴史に残されたもの以外、大胆なフィクション、デフォルメが含まれています。もちろん、時行周辺の若者やその他大勢の武将などもすべてフィクションです。それでも、14世紀の数年間の動乱の時期の事情を、どんな教科書よりも詳しく伝えているのが凄いところです。そのためには、作者は史書の数行の記述に憑依して、キャラクターとエピソードの数々をでっちあげる必要があります。最大のフィクションは、歴史上認められる時行の「逃げ上手」を、戦術的、運命的なレベルから、身体能力のレベルへと拡大しているところです。しかし、時行には悲しい結末が見えています。作者はいったいどこで話を切るのか。つまり鎌倉凱旋できるのか、それとも時行の生涯を最後まで描き切るのか。それが最大の謎と言えるかもしれません。
1月2-3日
芥見下々『呪術廻戦』9〜18 Kindle版
1-8巻が期間限定無料であった『呪術廻戦』を最後まで一気読みしてしまいました。期間限定無料というのは曲者で、後になって再読したくなっても、その部分は読めないので、買い直す必要があります。しかし、いったんストーリーを押さえてしまうと、その後買い直すのはなんとなく気乗りせず、そのまま空白になってしまうことが多いのが困りものです。『呪術廻戦』は、呪霊が支配する世界を実現するため呪力のない人間をせん滅しようとする勢力とそれを阻止しようとする勢力の戦いです。後者の核となるのが主人公虎杖悠仁(いたどりゆうじ)が属することになる呪術高専です。虎杖クンは、めちゃいいやつで、50mを3秒で走るくらいフィジカルも強いけど単細胞です。物語は、虎杖クンが伝説の呪物両面宿儺(りょうめんすくな)の指を呑み込み、その力を宿したところから始まります。そのあげく、敵からも味方からも狙われる羽目になります(こういうややこしい設定は『進撃の巨人』や『怪獣8号』と共通しています)。彼の後ろ盾となるのが、彼よりもさらに強い五条悟というイケメンの先生ですが、スーパーヒーロー五条が敵の罠におちて、封印されてしまうと、さらに生徒たちはシビアなバトルを強いられることに。おどろおどろしい敵が次々と襲いかかる連続バトルの展開ですが、間間に学園もののギャグが入り込み、虎杖クンの性格とあいまって、殺伐さ一辺倒の展開から救っています。
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落合陽一『落合陽一 34歳、「老い」と向き合う 超高齢社会における新しい成長』――-タイトルを見て、驚いた人も少なくないだろう。いくら落合陽一が慢性的な寝不足でフケ気味だからと言って、さすがに34歳で「老い」に向き合うのは早すぎるのではないか、と。
だが、落合陽一の昔からの読者は驚くことはないだろう。ここで書かれていることのアウトラインは、すでに『日本再興戦略』(2018)第4章の「人口減少・高齢化がチャンスである3つの理由」ですでに提示されていたことである。
日本は、人口減少・高齢化が早く進む分、高齢化社会に向けた新しい実験をやりやすい立場にあります。これから中国を筆頭に世界中が高齢化します。もし日本が、人口減少と少子高齢化へのソリューションを生み出すことができれば、それは”最強の輸出戦略”になるのです。(『日本再興戦略』pp154-155)
また主著の一つ『デジタルネイチャー 生態化を為す汎神化した計算機による侘と寂』(2018) 終章の「<生命>と<機械>の新しい関係」においても本書に登場する「Telewheelchair」がすでに紹介されている。
AIとの組み合わせにより、身体障碍者の自立支援や人間の自動搬送など、従来の電動車いすではできなかった身体機能の補完が可能になる。我々はデジタルネイチャーの向こうに、高齢者、身体障碍者と健常者という分類がなく、個々人が多様性を維持しながらも快適に過ごせる社会を目指している。(『デジタルネイチャー』p245)
AIや機械によって、加齢や病気、障碍などで失われたり不全となった機能を補完し、身体ダイバーシティを実現することは、デジタルネイチャーの応用編であり、落合陽一のライフワークの一つでもあるのだ。
もちろん、『落合陽一 34歳、「老い」と向き合う』は従来の持論を焼き直しただけの本ではない。よりその思想を深化させると同時に、肉付け発展させ、「介護」などの想定される多様なシーンに対し、浮かび上がる具体的問題点とそのソリューションを提示している。
日本がこれから迎えるであろう超高齢化社会の諸問題、とりわけ介護の問題を、テクノロジーの力で解決する―――といっても、具体的なイメージがつかめない人も少なくないだろう。その意味で、冒頭の解剖学者養老孟司との特別対談「デジタル化する自然の中で「生」と「死」はどう変わるのか?」は、読者を問題の本質へとスムーズに導入するよい構成だ。
デジタル技術による自然の変化は、たとえば画像の高解像化、ディテールの再発見というかたちであらわれる。従来見られなかったデータの層が浮上する。自然に新しいレイヤーが加わったと言ってもよいかもしれない。医療の現場においては、患者はデータの集積として見られるようになる。子どもは、親の制御不可能な情報環境の中で、新たな情報を得るようになる。そうした環境で、「人間」観、「自然」観はどのように変化するのか。「死」は生活から隔離される。「成熟」が意味を持たなくなる。その中で新しいキーワードとなるのが「豊かさ」である。「介護」や「認知症」をいかにとらえるべきなのか?バーチャル化する世界では、「触覚」が拒絶される。そうした中、いかに「具体的に生きる」ことが可能なのか。このような「生」と「死」の問題では、唯一絶対の正解は存在しない。一般論のない世界を語ることの難しさが浮かび上がる。
第1章 発展するテクノロジーと変わる「老い」では、テクノロジーが進化すれば、よりよい介護が実現できるという落合の考え方が提示される。「介護」とは身体の補完であり、その手段には人の力によるものと、器具や機械の力を借りるものがある。障碍もまた身体の多様性(ダイバーシティ)であるが、必ずしも補完しなければならないものでもないし、健常者が機械やAIの力を借りて何らかの身体の拡張を行うのがいけないわけでもない。こうした選択の自由を含めての、身体の多様性なのである。身体の多様性が確保されるには、社会の包摂性が必要である。だが、一口に身体の補完と言っても、個々の人間が抱える問題は十人十色であり、画一的なデバイスの提供によって解決するものではない。その意味で、調整能力のあるコンピュータ技術には豊かな可能性がある。テクノロジーは介護される人のみならず、介護する人をも手助けし、いわゆる3K労働の軽減にも役立つ。人材不足や、死に向き合うことによるストレスを解消するのも、今後はテクノロジーの力が重要となるだろう。プライバシーの観点からも、つねに人の手による介護が歓迎されるとは限らない。身体を補完するテクノロジーの進化により、「老い」をパラメータの一つと考える方向へと社会は向かうだろう。
第2章 ここまで進化した「介護テクノロジー」のいまは、難しく考える必要がない。ドラえもんが4次元ポケットから取り出すアイテムや『名探偵コナン』に出てくる阿笠博士の発明品の紹介みたいなものなのだ。「Telewheelchair」は、遠隔操縦の車椅子で介護職の人手不足を解消するだけでなく、後ろから押さず並んで会話もできるという優れもの。「網膜投影ディスプレイ」は、網膜の損傷や劣化による視力障碍を一気に解決する。書かれた文字の音声化をはかるメガネ型デバイス「Oton Glass」、さらに「Ontena」は髪の毛に装着することで、振動と光によって音をキャッチする鬼太郎の髪の毛みたいなデバイスだ。これを他のデバイスと組み合わせた応用編は、落合陽一と日本フィルによる「耳で聞かない音楽会」として実現した。義足も用途に合わせ、乙武義足プロジェクトで採用されている「サイボーグ義足」、安価な現地生産の「途上国向け義足」、アスリートの夢を実現する「競技用義足」と分化しながら進化してきた。障碍者の歩行の補助や重い作業のアシストとなる「パワードスーツ」も実用化の段階に入っている。次なる問題は、「まごころ」の部分をどこまで機械がカバーできるか。見守りは視聴覚デバイスでカバーできるし、「LOVOT」などコミュニケーションに特化したロボットも普及しつつある。分身ロボット「Orihime」は、離れた場所とのコミュニケーションを可能にする。「Telenoid」は認知症患者とコミュニケーションを行うアンドロイド、とテクノロジーの進化はとどまるところを知らない。究極の問題は、急な心停止にも対応できる「Coaido119」、これなどは『デスノート』のLとワタリの死のシーンとその後のコンピュータの動作を連想させる。それにとどまらず、異常を前もってキャッチするテクノロジーさえ、開発の段階に入っているのだ。
第3章 少子高齢化社会の日本が起こす「第四次産業革命」では、「少子高齢化」と「人口減少」によってもたらされる日本の人材不足のソリューションとしてのテクノロジーの可能性が語られる。政府が進める移民による労働力の補填にも限界がある。人口減少、それも労働人口の減少の時期には、デジタルツールによって省人化をはかるのがもっとも低コストで抵抗が少ないやり方である。そして、それは新しい時代の日本の武器となりうるものだ。
ほかの先進国も超高齢社会に突入する2025年から2030年頃までに、ロボットによる「自動化イノベーションモデル」を他国でも展開できるレベルまで高めておくことができれば、ほかの先進国に対し、先行者利益や新しいブランドイメージを得ることもできます。p171
こうした新しいフェーズに移行する上での、日本における最大の問題点は、介護職の給与水準の低さである。3Kな労働条件を現場に押し付け続ける限り、コスト面の問題でテクノロジーの導入が進まない要因となりうるからである。
第4章 人にとって優しいテクノロジーとは?――-求められる「ハッカブル」。せっかく導入されたテクノロジーも、使いにくいものであれば再び人力頼みの段階に逆戻りすることになりかねない。どのようなテクノロジーが愛されるテクノロジーなのか。求められるのは、導入時に余計なタスクを増やさないハードルの低さである。過剰な機能を持ったがために、操作が複雑になった機器などは本末転倒で、早晩消え去ることとなるだろう。
実際、世の中で最も受け入れられてきたテクノロジーは、人間の日常的な作業を「少し楽にするもの」でした。たとえば、ガス炊飯器に取って代わっていった、電気炊飯器。火を使わずに米が炊け、また保温機能もついている点が「少しの便利さ」を生み出したのです。p187
操作の簡略さに加えて求められるのは、インターフェイスのなじみやすさである。スマートフォンよりもファミコンの方が初心者にもなじみやすいのではないか。さらに、重要なのは「ハッカブル(改変改造可能)」であることだと落合は言う。つまり、ユーザーがニーズに合わせて、カスタマイズ可能であること。現場に立って、はじめて見えてくるニーズや問題点もある。さらに、社会的実装のためには、開発の場となるプラットフォームの存在や、現場と政治の調整役としてのロビイストの存在も必要不可欠であろう。
第5章 誰もがクリエイションできる未来へ―――勃興する「テクノ民藝」では、さらに先の未来の話として、「テクノ民藝」の世界が語られる。「民藝」とは、1920年代に柳宗悦らによって提唱された運動で、伝統的手法の手作業によってつくられた日常的な調度や工芸品の中に、美術品に劣らない美を認めようとした運動である。これと同じような精神性が、ケアインフラに関わる人にも求められると落合は言う。
そうしたデジタルネイチャーが自明となった世界では、まるで料理や粘土遊びのように、誰もが手軽に、計算機を作ったり、改変したりできるようになります。すると、テクノロジーによる課題解決は、いまのように一部のエンジニアがトップダウン的に行うのではなく、ローカルに、それぞれの場所で創意工夫されつつ進められるようになるでしょう。来たるべき未来のテクノロジーが帯びるであろう、この民藝に似た「地産地消のテクノロジー」としての性質を、僕は「テクノ民藝性」と呼んでいるのです。pp212-213
地産地消のテクノロジーが開発されてゆくプロセスを落合は「デジタル発酵」と呼ぶ。それがケアの場でも自然に広がることになる。そのような段階において、果たして介護は不要になるのかと言えば、そうではない。介護は、コミュニティの中で共に生きる存在としての「ライフコーディネート」の役割を果たすことになるだろう。そのためには、介護職が抱えるさまざまな間接業務をテクノロジーが代替し、本来の業務へと集中できるようにすることが重要である。介護サービスは個別最適化され、多様化される。オンラインとリアルを組み合わせることで、コロナ禍によって、社会が失った祝祭性を回復するための試みも行われるだろう。そこでも鍵となるのが、地産地消のテクノロジーとしてのテクノ民藝である。
たとえば、農業や醸造を効率化するデジタルサービス。また、バスを定常運行させない代わりに、必要に応じてアプリで呼ぶ仕組み。こうした「オンデマンドバス」はすでにいくつかの地域で実験がなされており、ガソリンや運転手の人件費の節約にもつながっています。また、自動運転の導入も試験的に行われつつあります。p245
テクノ民藝は、単に介護の世界にとどまらず、クリエイションとしての生き方そのものに関わる。インターネットがあらゆる場所で買い物も会議も可能にする時代においては、高齢者は、農耕民族的な社会の外で、狩猟民族的に、クリエイティブに生きることが可能となる。こうした生き方を、落合はマタギドライブと呼んでいる。
本書の内容で、第1章から第4章までの内容は、きわめて明確でわかりやすいものである。というのも、その変化は現在進行中の半歩先のものであり、これがそうだと目で確認できるものがほとんどだからである。日本政府が大勢の移民にでも踏み切らない限り、またそうであってもそれと並行して、テクノロジーの介護の場への導入は必然的に行われるだろう。その場面で現実に遭遇する以前に、あらかじめ流れの概要を知っておくにこしたことはない。これに対し、第5章の内容は、落合の次なる主著となるであろう『マタギドライヴ』の内容を先取りしたもので、テクノ民藝、デジタル発酵、マタギドライヴといったキーワードも多用されている。この変化は、一歩先のものであるし、柳宗悦らが愛した民藝のように、目で見てこれだと指さすことができるものではないだろう。
『落合陽一 34歳、「老い」と向き合う 超高齢社会における新しい成長』は、日本のみならず世界の多くの国々で高齢化が進行し、「ケア」や「介護」の重要性がクローズアップされる現在において、テクノロジーの果たす役割と可能性にスポットを当てた新たな時代の必読書と言える。第五章の内容に関しては、『デジタルネイチャー』と『マタギドライヴ』をブリッジするボーナストラック、今後の社会の変化の見取り図として楽しむのがよいだろう。
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『SFにさよならをいう方法 飛浩隆評論随筆集』(河出文庫)は、SF作家飛浩隆の単行本『ポリフォニック・イリュージョン』より、評論、選評、随筆、など非フィクションの文章のみをセレクトし、さらに大幅な増補を加えたものである。島根県の離島に生活しながら兼業作家の生活をおくる飛浩隆の素顔やSF観、『象られた力』『グラン・ヴァカンス』『ラギッド・ガール』『自生の夢』などのSF作品の秘密が明かされる。
一読して驚くのは、批評家としての飛の言葉の切れ味だ。作品であれ、作家であれ、あるいはSFや小説一般であれ、その本質を抉り出し、数行に凝縮表現してしまう。
たとえば野尻抱介について
小説の九割は写生と会話でできている。野尻は生物や鉱物の観察を愛するナチュラリストの顔をもつから、写生はお手のもの。最小の語数で完璧な描写をやってのける。(SF散文のストローク―ー野尻泡介はハードSFの何を革新したか?,p44)
追い討ちをかけるようにもう一つ
宇宙規模の思考と人間の日常とが遊離せず、その間を自由に行き来する。そんな跳躍力が野尻の文章の本領なのである。(同上、p49)
パオロ・バチガルピについて
バチガルピは、何度も試し書きをし大量の原稿を棄てながら、作品世界の手ざわりをさぐりあてていくという。その作業が生み出す tangible なディテイルには、高度な思考実験と深い文学的含意、人間と文明への洞察が同時に宿り、読者を魅了してやまない。(ハヤカワ文庫SFからの五冊,p87)
星新一について
「SFを生きる」ことで、星新一は、第一世代のSF作家は、そして少なからぬ日本人は、生きることができた。日本にとってSFとはまずそのような恢復の術であったことを、これほど見事に明らかにした本はない。
(SFを生きる―――第28回SF大賞選評,p97)
新海誠について
『君の名は。』(監督:新海誠)は、人が性的成熟への道を歩き出す直前に訪れる、一生に二度とない、瞬間であり永遠でもあるようなひとときをスナップショットとしてとらえ得た作品。それって実はSFがその奥底にかくしている最高の極意、秘術の一部なのであり、私はそこにこの作品の「SFとしての真のねうち」があると考えている。
(第28回SF大賞選評,p108)
そして伊藤計劃について
伊藤さんの小説の切実さは、登場人物の言動や情感にではなく、世界の論理とディテイルに宿っている。(伊藤さんについて,p258)
こうした珠玉の文章は、まだまだある。一作品どころか作家の特質を抉り出し、時に次の行ではジャンル全体の問題にまで跳躍してしまう。まるで、格闘家那須川天心の秒殺KOシーンを見るかのような見事さである。ただ、周到に伏線を張り、一行を入れるタイミングを計算しつくした小説作品と異なり、評論系の文章は、あまりにもあっさりとおいしい結論を表出してしまう。後には、読者への「読むべし」「見るべし」というアピール以外に何が残るだろう。批評家として唯一欠けているのは、小出しにしながらクライマックスへと盛り上げてゆく技術、出し惜しみの技術である。言葉の結晶化ともいえるこれらの表現は、他の作家のSF作品を読むときでも、つねにSFをいかに書くか、何を表現するかを考え続けずにはいられないSF愛の産物に他ならない。
そんな文章を次から次へと見せられた読者は、知っている作品や作家に関しては認識を新たにさせられ再読の誘惑にかられることになるし、知らない作品や作品に関してはたちまちこれも読まねば、この作家も押さえねばという嬉しい負い目を背負い込まされることになる。SFに関する読者の知識や認識も自然と広がり、深まる。これで、どうやって、SFにさよならを言えというのだ。
本書のタイトルは、あくまで「SFにさよならをいう方法」であり、SFにさよならをいう方法はこれだとも、そんな方法があるとも言っていない。いったんSF沼にはまった人間が、SFにさよならをいう方法なんてないと言いたいのかもしれない。
だが、それはあくまで一つの解釈である。本書において、SFは別れのテーマと深く結びついている。何よりも、「伊藤さんについて」に限らず、少なからぬページが早世したSF作家伊藤計劃、さらには栗本薫、石飛卓美といった今は亡きSFの盟友へと充てられている。そして、飛浩隆の「自生の夢」自体が、伊藤の遺作を円城塔が生完成することを祈念した作品であったことも語られている。
なにしろ「自生の夢」は「円城塔が無事、長編版『屍者の帝国』を完成できますように」という願掛けの小説だったからだ。(「自生の夢」について 「自生の夢」ベストSF2017国内篇1位に寄せて,p279)
SFにさよならをいう、誰にも可能で、唯一確実な方法は私たちが死ぬことである。作者伊藤計劃が死んだことで、彼はSFに別れを告げ、私たち読者も彼の新たな作品を(未発表の原稿がどこかから発見されない限り)もはや目にすることはできない。この運命はSF作家飛浩隆にしても避けることができない。そして、読者である私たちもまたこの世を去るとき、SFにさよならを告げることになるのだろう。それが、本書の構成が暗示する「SFにさよならをいう方法」のもう一つの解釈である。
しかしSF作家は作品を残し、私たちが読み続ける限り、私たちが死んでも次なる読者が存在し、読み続ける限り、世界の中で生きのびる。死の後の生。そうした運命を含めて、美しくも切ない、絶妙の言葉でこの文章をしめくくっている。
時は過ぎた。
満願成就というべきか、まあ少なくともふたつの願はかなったように思う。
そして伊藤さんの小説はこれからも多くの読者を獲得していくだろう。
もしあなたが『自生の夢』をお持ちなら、表題作のイントロダクションにもういちど目を落としていただけないだろうか。
そこにわたしはこう書いている。
あなたはいま、ここから出ていかれる。
どうかここへ還ることのありませんよう。(同上、pp280-281)
『SFにさよならをいう方法』は、私たちにSFを読み方、そして書き方のみならず、SFの愛し方を教える。私たちに残された生の時間をSFとともに生きるための書である。
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國分功一郎、千葉雅也『言語が消滅する前に』(幻冬舎新書)は、2017年3月から2021年7月にかけて行われた、五回の対談をまとめた対談集である。一貫した企画によって行われたものではなく、それぞれ著書の出版など時機に応じたニーズによって行われたものであるが、一貫して言語を扱っていることが特徴である。
それぞれは独立して企画されたものであって、五つの対話を貫くテーマが設定されていたわけではない。ところが五つを合わせて読み返してみると、私たち二人がずっと言語を論じていることが分かった。しかもそこには一貫して、言語が何らかの仕方で消滅しようとしていることへの危機意識が読み取られた。(國分功一郎「はじめに」 p5)
それぞれの対談ごとに独立させた五つの章は次の通り。
第一章 意志は存在するのか―――『中動態の世界』から考える
第二章 何のために勉強するのか―――『勉強の哲学』から考える
第三章 「権威主義なき権威」の可能性
第四章 情動の時代のポピュリズム
第五章 エビデンス主義を超えて
第一章では、國分功一郎『中動態の世界』のアウトラインをたどりながら、意志の問題を取り扱う。私たちは常に「〜する」のか、「〜される」のかと、意志の存在を問う尋問の言語に取り囲まれているが、こうした能動態/受動態の区別は、古典ギリシア語では存在せず、あるのは能動態と中動態のみであった。ある場所において何かが生起するという中動態の消滅とそれに代わる受動態の成立は、近代的主体における意志の問題と不可分である。中動態の消滅のプロセスをたどる上で、不可欠なのが文法である。ギリシア語を学ぶ中で初めて、國分は教える立場を離れ、教わる立場となり、教わることの快感を経験する。自分のやっていることが「研究」ではなく、「勉強」であるとの自覚。研究は、何かの対象をきわめようとする能動態の世界だが、勉強はプロセスの継続があるだけの中動態の世界である。中動態のない世界とは、法的な帰責性が支配する世界である。そこでとりこぼされるものとはいったい何であろうか。この問題を考える上で、参考になるのがスピノザの方法である。つねにエビデンスを求めたデカルトに対し、真理はそれを得た人にはエビデンスなしでわかると考えたのである。ここまでは國分、千葉の理解が共通した部分であるが、ハンナ・アレントの理解に関しては、相違点が浮上する。アレントは、パレーシアの擁護のために、ゼロからの意志の創造を考えた。この考えを認める千葉と、認めないとする國分の立場の違いが鮮明になる。千葉が『動きすぎてはいけない』で提示した「切断」の哲学も、実はプロセスの「中断」であり、中動態の世界とは矛盾しない。アレントは、立派な人が権力を握り、社会が一気に変わるような政治のあり方を理想としたが、住民運動を経験した國分はそこに見られるような中動態的政治のあり方の方が望ましいと考える。ものごとを考えるディスポジションを形成する上での、哲学の役割が重要となる。哲学とは、真理をきわめることではなく、問題の発見に始まるプロセスなのだ。以下、会場での質疑をはさみながら、コミュニケーションが全面化し、情動の伝達へとシフトすることによって、人間がもはや言葉によって規定される存在でなくなっているのではないかという危機意識へと至るのである。
第二章では、千葉雅也『勉強の哲学』の主張を追いながら、勉強と自己啓発の問題を取り上げる。自己啓発書の問題、それはまだ十分に自己啓発的でないことである。長続きしない勉強を継続するうえで、重要なのはお金を払うこと、そして教わることであると國分は言う。
(…)教わるという経験は、情報を受け取ると同時にその先生の把握の仕方という思想を学ぶ経験だと思うんです。p85
教師の存在の重要性は千葉も認めるものの、『勉強の哲学』で行っているのは、教師抜きでどこまでそれに近い状態が可能かのシュミレーション、独学の哲学であるという。教師と生徒の関係は、ダブルバインド的なものであるが、教師への依存を重視する國分と、独学というモーメントによって、教師への距離化を重視する千葉の立場の違いが浮かび上がる。もう一点國分が突っ込んでいるのは、勉強により周囲のノリから外れたキモい存在になると『勉強の哲学』は語るが、はたしてその時に自分がキモいと感じられるものなのかという点である。千葉の答えは、想定している読者は、そうしたディープに没入している層ではなく、コンパなど場の同調圧力に流されがちで、自分のことを反省的に捉えることのできる層であるし、そういうディープな層であっても、『勉強の哲学』を読めば自分のキモさに気づくのではないかというものである。ズレることに自覚的となり、あえてズレることも周囲に合わせてズレないことも自由に選択できる段階が「来たるべきバカ」なのである。ここで國分は、それを「寂しさ (ロンリネス)」とは区別される「孤独(ソリチュード)」と結びつける。
國分 (…)つまり、勉強することがズレることだとすれば、それは最終的に、孤独をきちんと享受できるようになることだと思うんです。
千葉 そう。独学というのも、まさに孤独に生きることをいかに肯定するかを学ぶことなんですね。p94
ズレを生じる孤独の重要性と並んで、國分が重視するのは、今や失われつつある「権威主義なき権威」の重要性である。権威主義なき権威とは、アレントによる権威の定義で、「自分で判断できる余地があり、自由に振る舞えるんだけど、そのうえで「これはすごい」と思って服従する」存在のことである。権威主義とは異なるかたちで、権威を身につけることに、勉強の真骨頂もあるのだ。歴史の重みを理解するにも、勉強しかない。古い資料を読むこと、語学を学び、別の言葉遣いを覚え、別の存在へと変身すること、ギリシア人への生成変化である。勉強によって、キモい存在になったあと、いかにして復帰することが可能なのか。『勉強の哲学』では安直なマニュアル本になることを回避するため、明示的な仕方で答えていないが、多様な考え方の友人に恵まれていること、キモ友とのコミュニケーションが鍵になるだろう。最後に、千葉は自分がふだん考えているようなことであっても、自己啓発書のように、自分以外の人間の言葉で言われることが必要なように、深淵を持った他人ではない、「半他者」の学習における重要性を強調する。
第三章では、空気を読むムラ社会のコミュニケーションが規範化された結果、コミュ障害、発達障害の問題が顕著となってきた、ここ二十年の変化からスタートする。それは、一時は新しいコミュニティを形成すると期待されたインターネットが、逆に昔ながらのムラ社会的な感性を爆発的に拡大した過程ともパラレルである。わずかな要素のみしか顧みないエビデンス主義の蔓延も、説得する言葉の価値低下と機を一にする。それは多様な解釈を許容するメタファーなき世界の到来とも言える。メタファーがないのは抑圧がなく、心がダダ洩れになった状態、「心の闇」が蒸発してしまった状態である。内なる動機を完全に明るみにしようとした結果、何が起こるのか、アレントのフランス革命に関する考察を参照しながら、理性的に説明することのできない不合理性を残すことの重要性が再確認される。
千葉 動機を言語化できなくてはならない、説明できなければ動機ではない。しかしそれこそが、信頼を崩壊させる。だから、「心の闇」が大事だということですよね。
國分 大事ですね。心に「闇」を持たないといけない。
千葉 「心の闇」をいかに育むか。それがコミュニケーションの根本でしょう。p120
ここでは、「心の闇」を問題視するメディアとは真逆に、「心の闇」の持つ、一種のレジリエンスの機能が重視されている。社会全体は、どちらに責任があるわけでもないコミュニケーションの齟齬の問題を、個人、少数者のせいにする方向へと向かっている。まさに、トランプ現象もそうしたトレンドの顕在化であるが、これは民主主義が本来持つ側面の一つであることを忘れてはならない。エビデンス主義に抗して、言葉の力を訴えること、それはある意味、精神的な貴族への生成変化である。「オープンダイアローグ」という精神療法では、内なる声との垂直のダイアローグと、参加者同士の水平のダイアローグの協同性が重視される。内なる声一辺倒ではいけないのだ。こうしたトレンドは、「横断性」を唱えたガタリの現代的な読み直しを可能とする。下からの権力である民主主義の一面性が問題とされる現在、「守るべき一線を見張る」上からの権力である立憲主義とのバランスが重要である。権威主義なき権威たりうる、新たなる貴族性の発明、貴族への生成変化が求められる。教育ははたしてコミュニケーションであるかといえば、教師は生徒とコミュニケーションをはかりつつも、そうでないと答える。教育とは、ある種の非コミュニケーションであり、能動/受動の形式ではなく、一緒に主体形成する中動態的な行為なのである。ポストデモクラシーにおける、貴族への生成変化において重要なのは、貴族的判断、原理なき判断の再発明である。無意識をむき出しにし下品になり続ける右派と、ポリティカルコレクトネスに縛られ、生産的な議論を組み立てられない左派のはざまにあって、革命的な力を持ちうるのはヘーゲルのいう「人倫」ではないだろうか。新たな人倫、保守派に回収されないような新たな礼の発明が必要である。
第四章では、二人の対談が『キャプテン翼』の翼と岬のコンビの結成のように、むしろレアであるが、そこで語ることを世間に訴えた方がよい時代になっているという意識が共有される。今語られるべきなのは、言語についてである。二十世紀が、言語が重視された世紀であるなら、二十一世紀は言語が軽視され、消え去りつつある時代であり、その特徴はすでに現れている。アガンベンは、カントに抗し、ニーチェから始まり、フーコーやバンヴェニストに至る、人間が言語によって規定されているという哲学はすでに完結されされてしまったと語る。人間が言語によって他の存在から区別されなくなる、いわば「動物化」の時代である。解釈の必要な言語は後退し、情動的表現が前面に出てくる。メタファーや無意識が弱体化する。言語は、直接満足の延期であり、一種の我慢であるが、満足が即座に満たされる時代となり、我慢がなくなる。不満と満足の間の振り子による、人格の形成ももはや不可能になってきているのだ。我慢がない世界は、ある意味民主的な世界である。インターネットにより情報が誰の手にも即座に入るようになったことによる、情報の氾濫やヘイトスピーチの蔓延なども、民主化のパラドックスなのである。右派ポピュリズムの台頭には、それなりの民主主義的理由があり、すべてをレイシズムと結びつけ片づけるわけにもいかないが、同意できるものではない。同様に理念がないままに、その時々の偶発的な単一スローガンで運動をまとめようとする左派ポピュリズムのヘゲモニー戦略も、学者がそれに迎合する現在の傾向にも違和感を覚える。平和主義や民主主義など、戦後の憲法学者が唱えた理念は、実は彼らの語る多分に文学的な物語によって支えられていた。そうした物語が風化し、戦争経験者も漸減する中で、物語を支える情動的な背景も希薄となっている。憲法議論に関しては、単に情動性に訴えるだけでなく、物語に根ざした言語的な介入に再度目を向けるべきではないか。
千葉 言語は状況に対する価値そのものですから、言語が失墜するということは距離がなくなることです。そうすると敵対する関係の間の距離もなくなるから、もう直接衝突になっていくわけですよね。
別の言い方をすれば、言語の物質性が持つ、直接衝突を避けるための緩衝材という側面が浮かび上がってきます。この緩衝材という社会的意義が、文学あるいは芸術の存在意義と結びついてくるんじゃないですかね。pp161-162
千葉が『勉強の哲学』の中で提示した言語の玩具的使用も、人を動かすパワーを持たない、ただ言ってるだけの言葉によって、自分が置かれている環境の外に立つことなのであり、それこそが「深い勉強」である。政治における「遊び」、無目的な政治の重要性を國分は取り上げる。合目的な政治ではなく、常に途中にある、パフォーマティブな芸術のような、自由の実現としての政治をアレントも考えた。
國分 (…)遊びとしての政治も、参加することで自由を実現する主体へと生成変化してゆくという充実感をともなう政治ではなかろうか。p167
目的志向的に動くと何かが疎外される。重要なのは、目的の外部で、主体化、主権化の場を確保することである。アレントのいう自由な空間、公共空間も、言語による、遊戯空間ではないのか。問題は、いかにして遊びとしての政治空間を実現するかである。その時、重要となるのは権威主義なき権威であり、歴史性の尊重である。歴史性の尊重とは、われわれの主体が常に先行する他者の言語に依存していることの自覚、謙虚さの導入である。
國分 (…)自己権威化とは自分が他者を通じて主体化したことの忘却であり無視である。人は必ず何かを使用することで主体化していってるはずですね。p176
他者を敵対的な鏡として利用するレイシズムのような、支配の哲学ではなく、使用の哲学を考えること、それはプラトニズムを脱構築することであり、中動態の復権にもつながる道である。
第五章では、國分は大澤真幸との対談『コロナ時代の哲学』でも語られているアガンべンの発言からスタートする。コロナ・パンデミックは、スペイン風邪など歴史上の感染症に比べて、それほどひどいわけではないのに、死者の埋葬の権利や、人々の移動の権利がないがしろにされる現在の状況に警鐘を鳴らし、炎上したあの発言である。背後にあるのは、自由と安全を秤にかけた時、安全へと傾く社会の急速な変化である。ここで引かれているのは、右・左の分割線とは異なる、「絶対安心・安全という側と、リスクとと共に生きていこうという側の分割線」である。これは千葉の持論、タバコと政治の相関関係にも通じる分割である。
國分 つまり千葉君は、右と左以外の対立軸を設定しないと、左派のリベラルがネオリベラルな国家主義と通底してしまうことに気づけないんだということを、この図で言おうとしているわけです。その分割線が、いま言った安全・安心かリスクとの共生か、というものですね。p184
同時にネガティビティ(否定性)の問題も提起される。社会は、マイノリティに対する一元的包摂性へと向かうが、そこから抜け落ちるものがある。何らかの否定性とともに生き、意味ある死を迎える道が、片隅へと追いやられようとしているのである。ここで問われているのは、市民的な普遍性のあり方そのものである。
千葉 ありとあらゆる中間集団を全部なくすような、単一平面上の、文字通りの市民を実現するべきなのか。それともさまざまなクラスタや中間集団、階層がありながら、理念としての市民性との緊張関係を持ち続けていくのか。p187
世界は、すべてを法律の言葉で説明したり、解決したりしようとする方向へと向かっている。法の外を考えないようにしようとする思考は、エビデンス主義とも通じるものがある。そこでは、わずかなパラメータのみが考慮され、個人の物語は無視される。エビデンス主義自体が、狂信的な宗教のようになっている。単細胞的なエビデンス主義でも、非科学的な反エビデンス主義(オカルト)でもなく、多種多様なパラメータを考慮し、調整する思考が軽視されているのである。エビデンスを求める動機にはルサンチマンもあれば、責任回避もある。世の中では、自分で状況に対応し、なんとかしようとする責任(responsibility)ではなく、誰かのせいにする帰責性(imputability)が支配的となっている。法にかなうように行動するコレクトネスではなく、法外の正義であるジャスティスこそが必要なのである。
國分 (…)ポイントは時間にあって、ジャスティスのほうは時間がかかる。いまはむしろコレクトネスばかりで、それは瞬時に判断できる。判断の物差しがあるから。社会がそういう瞬時的なコレクトネスに支配されているから、時間がかかるジャスティスやレスポンシビリティが入り込む余地がなくなってきている感じがします。p195
キーワードは時間である。インターネットの時代においては、瞬時に空間が結びつけられることで、時間が消滅し、同時に空間の多元性も消滅する。いかにして重層的な時間を、そしてその根源としての空間の多元性を回復すべきなのか。コロナ禍のもとでの、オンライン授業の導入で、講義においても、パブリックとプライベートの境界が崩壊しつつある。今は、過度に公を恐れる時代になっている。対面授業における講義は単なるコンテンツの伝達ではなく、それを超えた何か、複数のテキスチャーを同時に生成しながらの、パフォーマティブな芸術でもある。プラトンの時代弁論家が攻撃されたこともあったが、コロナ危機を前にした政治家の言葉の貧困には失望し、まっとうなスピーチには心打たれる。人々の言葉への渇望は消えたわけではない。情報と統計による管理が行き過ぎた今日においてレトリック、言葉で人を動かすことの重要性が再認識されつつあるのではないか。
『言語が消滅する前に』は、コミュニケーションの全感覚化へと言語が呑み込まれてしまう時代への反時代的考察である。そこには、道具としての言葉の重要性の認識がある。いかにして、エビデンス主義にも、左右のポピュリズムにも陥ることなく、自由な空間を確保できるのか。尋問し世界を二つに切り分ける法的言語一辺倒の世界の外部に居場所を確保できるのか。そのために必要なのは、勉強であり、歴史性であり、言葉の遊戯的使用であり、権威主義なき権威、精神的な貴族への生成変化、人倫であり礼である。流れに吞み込まれることなく、常にその外部の多様な空間を想像し、創造すること。『言語が消滅する前に』は、社会が「正しさ」や「安全さ」の一元的支配に流れる時代において、概念ではなく個別の多様性と自由を守るための、言葉による、生と精神の護身術の書である。
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12月29日
浦澤直樹『あさドラ! 6 連続漫画小説』(ビッグコミックススペシャル/小学館 ) Kindle版
1960年代の東京を舞台に、東京を怪獣から救った少女浅田アサの物語。サイドストーリーとして、オリンピックのマラソンランナーを目指す正太、芸能界をめざすヨネ、女子プロレスラーをめざすミヤコ、それぞれの青春も描かれます。いったんは撃退したものの、再来する怪獣からアサは東京を守ることができるのか。どのキャラクターをとっても個性的に描き出す圧倒的な画力で、昭和30年代の時代へと引き込んでゆきます。5巻では、一気に怪獣の正体が明らかにされた感じですが、6巻は、サイドストーリーに時間をとられ、そこからほとんど進んでいないのも、朝ドラ風の展開です。
12月28日
岸政彦編『東京の生活史』(筑摩書房)
社会学者岸政彦のツイートから始まった巨大プロジェクトの「東京の生活史」の書籍化。二段組み1216p、重さにして1420g、百科事典のように大きく重い本です。4,620円という価格は、この分量からすれば安すぎるくらいなので気になりませんでしたが、あまりにスペースを取るのでこの日まで敬遠していました。公募で募集した150人の語り手の「生活史」を150人のすべて異なる聞き手が聞き取りかたちにしています。生まれ育ちも世代も職業もそれぞれに異なる150人の人生が凝縮。はじめから律儀に読む必要はなく、岸政彦のあとがきを読んだのちは、気になる見出しから順に拾い読みしてもよいし、聞き手の名前で選んでもよいし(岸政彦だけでなく上間陽子らの名前もあります)、おみくじのようにランダムで開いたページから読んでもよいでしょう。
魚豊『チ。ー地球の運動についてー 6』( ビッグコミックス/小学館 ) Kindle版
地動説を信じ、その真理のために生命を賭けることを厭わなかった人々の物語。時代は活版印刷の時代。オクジ―とバディー二が遺した地動説の真理を受け継ぐ者は誰か?Ⅽ教の腐敗と虚偽に反逆する人々のグループ、見つけた本を金儲けのネタにしようとする流浪の少女。その線が交わる時、新たな物語が生まれます。フィクションの向こう側に、歴史の重みを感じる一冊です。
ジョージ朝倉『ダンス・ダンス・ダンス―ㇽ 22』( ビッグコミックス / 小学館) Kindle版
世界の舞台でバレーの主役をめざす潤平の物語。日本での出世コースを袖にしてバレー界の大物ブランコに教えを受けるためにニューヨークにとどまった潤平。遭遇する魔性の女真鶴は流鶯の母親。なぜ彼女はオーディションで潤平の採用を拒んだのか。コッペリアの主役フランツを演じようとする潤平だが、踊りに比べマイムの未熟さも露呈、そして、共演相手のベアトリスの扱いにも戸惑う。頂点に向けて、さらなる脱皮を余儀なくされる潤平の苦闘と進化は続きます。
12月26日
千葉雅也、二村ヒトシ、柴田英里『欲望会議 性とポリコレの哲学』(角川ソフィア文庫)
2019年に刊行された、哲学者千葉雅也、美術家柴田英里、AV監督の二村ヒトシによる対談集の文庫化です。通常、文庫版にある解説はなく、出版後の行われた二つの対談「<人類の移行期>の欲望論」、「個人と社会のあいだに」が追加されています。コロナ禍の中、舌を磨きすぎて味覚がなくなり、あわやという柴田さんの話が面白いです。コミックの女性キャラクターをCMに用いるだけで、なにかと難癖がつけられ、一種風紀委員会化したポリコレの現在などが語られます。
辻田真佐憲『防衛省の研究 歴代幹部でたどる戦後日本の国防史』(朝日新書)
日本人は、第二次世界大戦の日本の軍人に対しては、さまざまな物語を語ることができるのに、なぜか戦後の自衛官や防衛官僚について、語られることはほとんどありません。このような知識の欠落の上で、日本の安全保障を語ろうとすることのあやうさを危惧した著者が、戦後の国防史を人物中心の物語のかたちで、まとめようとした意欲作です。
飛浩隆『ポリフォニック・イリュージョン;飛浩隆初期作品集』(河出文庫)
2018年刊行の単行本『ポリフォニック・イリュージョン 初期作品+批評集成』より、初期のフィクション作品をピックアップしたもの(非フィクション作品は、『SFにさよならをいう方法』に収録)。それでは、商品力が弱いと危惧した作者が、ボーナストラックとして最近の作品も追加しています。さらに、作者自身によるネタバレ上等の解説も加え、SF作家飛浩隆の世界を読み解く鍵がふんだんに提供された一冊です。
12月23日
西尾維新『人類最強の初恋』『人類最強の純愛』(講談社文庫)Kindle版
この日までの講談社文庫のセールで安くなっていた機会に購入。西尾維新は「物語」シリーズと忘却探偵シリーズしか読んできてないので、それ以外のシリーズも開拓してみたくなりました。いずれも、「人類最強」の請負人、哀川潤を主人公とした物語です。西尾維新の作品は、基本的に荒唐無稽なタイトルをつけることで、人物と世界の特異性を定義づけ、それに言葉を積み重ねることで実体化しながら、物語を作り上げてゆきます。ここでのキーワードは人類最強。最強すぎて人間に相手がいなくなると、人外に触手を伸ばすしかなくなる、ということで、毎回SF的な設定が更新されます。
12月17日
岩本ナオ『マロニエ王国の七人の騎士 6』(フラワーコミックスα/ 小学館)Kindle版
マロニエ王国の女将軍の7人の息子たちが、それぞれの名前が表す特性に最適の七つの王国へと派遣され、与えられたミッションを果たすという冒険譚です。同時に、自分の人生のパートナーを見つけるというラブコメの要素も持っています。食べ物の豊富な国へと送り込まれた、はらぺこは、日々多くの食べ物に囲まれ、歓待を受けるものの、実は恐ろしい罠が待っていることを知らされます。ストーリー史上最大のピンチ到来です。
12月14日
古田徹也『いつもの言葉を哲学する』(朝日新書)Kindle版
私たちがふだんなにげなく使っている数多くの言葉を取り上げながら、その謎や問題点を解き明かす、哲学者の論考です。学問的な議論ではなく、著者の日常生活の中で遭遇した具体例を取り上げ、誰もが身近に感じる言葉の数々を、深堀りします。
12月11日
飛浩隆『SFにさよならをいう方法;飛浩隆評論随筆集』(河出文庫)
島根県在住のSF作家飛浩隆の単行本『ポリフォニック・イリュージョン』よりフィクション作品(文庫版『ポリフォニック・イリュージョン;飛浩隆初期作品集』所収)を除いたものに、大幅な増補を加えた分冊版の二です。批評、対談、賞の選評、エッセイなどから、SF作家飛の素顔や、作品の秘密が垣間見える一冊です。特に、批評系作品は分析は鋭く、読者のSFへの知識を一層広げ、深めてくれるものでしょう。というわけで、「SFにさよならを言う方法」なんてねーよ、が表題にこめられた第一の意味なのかも?
葦原大介『ワールドトリガー 24』(ジャンプコミックスDIGITAL)Kindle版
地球への侵攻をはかる異星人ネイバーを迎撃する組織、ボーダーで戦う若者たちの群像劇。遠征隊への選抜試験で、隊員たちはグループに分かれ、限られたエネルギーでやりくりしながら生活し、与えられたタスクを果たし、日々採点・評価される試練を受けます。初期のころの『宇宙兄弟』にも似た展開で、派手なバトル・シーンを求める読者は不満たらたらですが、支持する読者が少なくないのは、現代の若者が、学校や職場で与えられているミッションやタスクに妙にシンクロするからでしょう。
12月10日
あだち充『MIX 18』(ゲッサン少年サンデーコミックス/小学館)
甲子園まであと2試合となる東東京大会準決勝。明青学園の対戦相手は、因縁の 勢南高校。蘇るタッチの熱戦。予想通り、立花投馬と西村拓味の投手戦となります。軍配があがるのは、明青か、勢南か。あだち充のページ使いのうまさが光ります。
12月9日
『新潮 2022年1月号』(新潮社)
目玉となるのは、中沢新一の新連載『精神の考古学』、吉本隆明が中沢の『チベットのモーツァルト』の解説で使ったこの言葉へと回帰しながら、吉本の「アフリカ的段階」そして「アジア的段階」へと話を進め、精神の考古学の必要性を訴えます。他に、中森明夫の『TRY 48』の第二章では、復活した寺山修司は『DEATHNOTE』「Lの葬儀」を行おうとします。他に、森田真生と鈴木健の対談「数学と生命の関係をめぐって」、東浩紀が『一般意志 2.0』を語った「嘘つきにも詐欺師にもならずに」など、盛りだくさんな内容です。
荒川弘、田中芳樹『アルスラーン戦記 16』(週刊少年マガジンコミックス/講談社)Kindle版
敵によって首都を奪われた王子アルスラーンの王国再興の物語。手勢の軍を父親のアンドラゴラスに奪われ、再び少数の側近のみで諸国をめぐることになったアルスラーン一行が立ち寄ったのは、港町ギラン。しかし、町は腐敗し、ナルサスの旧友ジャガードもかつてともに語った理想はどこへやら。欲望と陰謀渦巻くギランの街ですが、そこから先は水戸黄門風の胸のすく展開に。
12月8日
谷本真由美『世界のニュースを日本人は何も知らない 3 - 大変革期にやりたい放題の海外事情-』 (ワニブックスPLUS新書)
弱体化した日本のメディアではもはやカバーできない最新の世界情報を一堂に紹介するシリーズ第三弾。柱となるのは日本人が思う以上に評価されている日本のものと、日本人が過剰評価している外国のものの実態の紹介です。サブカルネタに強い著者らしく、高尚なネタから低俗なネタまであまねくカバーし、シリーズでも最高傑作の楽しい本に仕上がっています。
12月6日
西尾維新『掟上今日子の鑑札票 忘却探偵』(講談社)Kindle版
こちらは「忘却探偵」シリーズの第13巻。間をスキップして、先に購入したのは、ついにこの巻で掟上今日子の知られざる過去が語られるからです。さらに、銃で狙撃され、一命をとりとめたものの、忘却探偵であることの記憶が今度は失われてしまいました。その結果、事件の解決は迷宮入りしてしまうのでしょうか。例によって、冤罪被害にあった隠館厄介がひとり奔走することになります。
12月5日
西尾維新『掟上今日子の婚姻届 忘却探偵』(講談社文庫)Kindle版
「忘却探偵」シリーズの第6作ですが、講談社文庫のセールで安くなったのを機会に購入。西尾維新は作品が多すぎるので、購入に至るにはこういうきっかけが必要になってきます。掟上今日子の異色の講演と、その後にわいてきた隠館厄介へのとある女性のプロポーズ騒動が語られます。はたしてつきあった相手はすべて不幸になるというその女性の話は本当なのか、嘘なのか。
12月4日
落合陽一『落合陽一、「老い」と向き合う:超高齢社会における新しい成長』(中央法規出版)
日本の超高齢化社会は、どうしてもネガティブに扱われですが、あらゆる国に先んじて、人類の未来を先取りした社会として考えることも可能です。発想が年齢相応におさまらない科学者でメディアアーティストの落合陽一が、今後の社会変化を予見し、テクノロジーの力で、いかに超高齢化社会が提起する諸問題を解決できるかへと向き合った挑戦の書です。
12月3日
三部けい『夢で見たあの子のために 9』(角川コミックス・エース)Kindle版
『僕だけがいない街』の三部けいが描く、サスペンスミステリー。幼いころ殺人犯にかどわかされ、そのまま放火や殺人の手伝いをさせられていた千里の双子の兄弟一登。今や一児の父親となっていたが、火の男への復讐を図る刑事若園によってその弱点を狙われることに。千里と恵南は、この危機を救うことができるか。
松本直也『怪獣8号 5』(ジャンプコミックスDIGITAL)
怪獣への変身能力を得たものの、抹殺処分される危機にあった日比野カフカ。怪獣の皮を使いこなす長官じきじきにバトルの洗礼を受ける。その後に見えるのは、未来への希望か、絶望か。さらに途轍もない怪獣襲撃の危機が人類に迫る。
藤小豆、橘 由華, 珠梨 やすゆき 『聖女の魔力は万能です 6』(FLOS COMIC ) Kindle版
いわゆる転生もののコミックですが、藤小豆のチャーミングな作画に惹かれてつい購入してしまいます。異世界へと転生したOLセイは、聖女として能力をしだいに開花させ、人々の危機を救ってゆきます。ポーションの効果を飛躍的に高める「祝福」の術とは?
12月2日
この日で早川文庫JAのセールが終了するので、気になるタイトルを駆け込みで購入。
小川一水『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ』(ハヤカワ文庫JA) Kindle版
ストーリーに見覚えがあると思ったら、『アステリズムに花束を 百合SF短篇集』に所収された同名の短編の長編化でした。宇宙での漁は、男女のペアが行うものとされる社会で、漁師のテラは、家出少女ダイオードとペアを組み、大漁をねらいます。掟破りの二人の運命は?
菅浩江『不見【みず】の月 博物館惑星?』『歓喜の歌 博物館惑星?』(ハヤカワ文庫JA)Kindle版
地球軌道上に浮かぶ「アフロディーテ」は巨大な博物館を舞台にした「博物館惑星」シリーズ。第2巻の『不見の月』では、新人自警団員の兵藤健を中心に「不見の月」と題された絵画の盗難事件などを描き、第3巻の『歓喜の歌』では、アフロディーテの50周年のフェスティバルを舞台に、国際贋作組織との戦いなどを描きます。
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批評を書くのは難しい。たとえば、ある作家について書いてうまくゆき、あちこちで絶賛されたとしても、もう一度同じ作家の別の作品について書いてうまくゆくという保証はない。いや、うまくゆかなくなることの方が多いのだ。それは、誰もが目につく一番わかりやすい特徴などについていったん思いつく限りのことを書いてしまうと、同じことを繰り返すのは気が引けるという心理から来るものだろう。別のアプローチを考えながらも、これといった決め手を欠いたまま、惰性で書いてしまうと、あらすじをなぞった上、最後に評価をニ、三行加えただけの文章になってしまう。
いや、それ以前に、本は読んだものの(あるいは映画は見たものの)、ありふれた断片的な感想が浮かぶばかりで、何も書けない、書き出しても最後まで書き終えることができないという事態だってありうる。だが、大学のレポートで何日までに提出しないと単位の取得があやうくなるとか、雑誌の締め切りにどうしても間に合わせないと穴をあけることになり、今後の生活にも支障をきたすような場合、何が何でも書き上げねばならないのである。
どうすれば、安定した打率で、批評的な文章を書き上げることができるのか。そんなときに味方になりそうな一冊が、北村紗衣『批評の教室 チョウのように読み、ハチのように書く』(ちくま新書)である。
「チョウのように読み、ハチのように書く」の元ネタは、ご存じのように、不世出のヘビー級ボクサーモハメッド・アリが、自らのファイティングスタイルを評した言葉「チョウのように舞い、ハチのように刺す」で、軽やかなフットワークで相手を翻弄し、鋭いパンチで相手を倒すことを意味する。同様に、「チョウのように読み」とは、「ある作品に触れたら、その作品に関連するいろんなものに飛び移って背景を調べたり、比較したりすることにより、作品自体について深く知る」ことであり、「ハチのように書く」は一ヶ所ヒッティングポイントを決めて、そこを鋭く突っ込むことなのである。
本書の構成は、?精読する、?分析する ?書く ?コミュニティをつくるの四段階で書かれている。?の「コミュニティをつくる」という行為は、SNSなど活用して記事をシェアすれば後から形成可能なものであり、書けない文章を書き上げる技術とは直接かかわりがないので、ここでは割愛する。なんと言っても「コミュニティをつくる」のは自分一人ではできず、他者を必要とする行為だからだ。?から?は、批評という行為を、段取り的に解説を進めようとした場合に必要なステップであって、実際の行為がこのような時系列で展開するわけではない。読む段階で、同時に分析は進められるものだし、読みながら忘れる前にとりあえずメモ書きをし、その一部はそのまま原稿に挿入する場合だってあるだろう。
要は、書く上でのヒントとなる記述がどれだけ得られるかである。「精読する」で書かれているのは、わからない語句があれば辞書で調べる、文中のお約束をしっかり押さえる、フィクションの場合登場人物の言うことを真に受けないなど、きわめて基本的な事柄である。これらを徹底することで、作品の輪郭を正しく押さえることが何よりで、これを踏み外すと時に作者が伝えたかったのとは別の作品のイメージを読み取ってしまい、非常に恥ずかしいことになる。そのような例として志賀直哉の『ハムレット解釈』を挙げている。
「分析する」の段階では、批評理論の導入が推奨される。自分の頭一つで作品に当たるのが、素手での戦いであるとすれば、これは一種の武器の使用である。武器を他から持ってくることで批評という行為がより容易になる。批評のおおまかな流れとして、かつて優勢であった作品と作者の人生を結び付けるやり方は、テキスト中心のニュークリティシズムの隆盛以降下火になったかに見えるが、その価値を失ったわけではない。同じ作者の別の作品と共通の主題を見つけるというやり方以外に、前後の作家の共通の主題や手法を見つけるという歴史的アプローチも有効である。要するに、作者の作りだした作品と何を結びつけるかによって批評はその広がりや奥行きを増すことができるのだ。さらには、フェミニズム批評やクィア批評など、価値観のバイアスを加えた批評スタイルも可能である。それらの価値観は、一般の人の考えとは多かれ少なかれずれがあり、その位相のずれの分だけ、ほぼ自動的にメッセージが生成されるというメリットがある。とは言え、こうした本人の別の作品を押さえる、他の作者の類似作品を押さえるにしても、あるいは特定の批評のトレンドを自家薬籠中のものにするにしても、批評対象の作品以外に余分の費用と時間をかける必要がある。武器を自作することはできないだろうか。別の本や作品にまで手を出さずに済むツールと挙げられているのが、人物相関図をつくること、出来事の時系列での整理である。これらは、ときにテレビや映画のホームページにも加えられるほどポピュラーな手法だが、特に何百もの人物が登場する大河小説や、複雑な家族関係を背景に持つミステリーでは、迷子にならないために必須の作業と言ってもよいだろう。
「書く」段階での最大の注意点は、あれこれ気づいた点があっても、切り口はどれか一つに絞るということである。散漫でとっちらかった文章にならないためには、やはりアプローチは一つに限定する必要がある。そして、文章は思いつくままに、自由に書いてはいけないということになる。そうすることで、間口をいたずらに広げず、絞り込むことで他とは異なるオリジナルで強烈なメッセージといったものが生まれてくる可能性もある。
書くという行為は、いったん築いてはまた別の場所へ移り、また同じようなことを行う、終わりのない試みであり、いつしか若い時の文章の勢いや、身につけたスキルもどこかへ置き忘れてしまうことになりやすい。そうしたときに、本書のような本は、うまくいったときのコツを思い出したりする上でとても役に立つ。以前当然のごとくやっていた手順を、いつしか面倒だとすっとばしたりしている場合軌道修正を行う上でも、またマンネリズムから脱するために、自分の文章に新しい何かを加える上でも役に立つ。
一つの作品に対するアプローチが、リソースを惜しまずつぎ込むことのできる研究者的であるとか、千葉雅也が『勉強の哲学』で掘り下げている有限性の視点(人はみなデッドラインを持ち、無限に関連資料を参照できるわけではない)が乏しいとか、具体例として扱われるのがもっぱらフィクションに限られているなどのきらいはあるが、それは読者のうちで調整すればよいことである。
『批評の教室 ――チョウのように読み、ハチのように書く』は、凝り固まった文章のスタイルを見直し、より多面的で、深い内容を持った批評を可能にしてくれる文章読本の良書である。
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11月30日
くずしろ『永世乙女の戦い方 6』(ビッグコミックス)Kindle版
女流将棋の世界を描いたコミックです。女子高生棋士の早乙女香は、絶対女王天野香織との約束を果たすために、マイナビ女子オープンに勝ち抜く必要があった。しかし、彼女の前に立ちはだかるのは現役奨励会員の須賀田空。男女を問わず奨励会員と戦い、敗戦を重ねる中で、香はさらなる強さを身につけることができるのか?気持ちよい快進撃の巻ではありませんが、脱皮のためには必要な通り道でしょう。
11月27日
清水ともみ、福島香織『ウイグル人という罪─中国による民族浄化の真実─』 (扶桑社BOOKS) Kindle版
ブラックフライデーの日替わりセール対象でした。ジョージ・オーウェルが『1984年』で描いたような監視社会が現実となったウイグル。ウイグル人の言語や文化を地上から抹消しようとするジェノサイドの実態とは?ウイグル人たちが現在置かれた状況を、複数のウイグル人の証言と、福島香織の取材をベースに、誰もがわかるコミックの形で訴えた一冊です。ビジュアルな形で、直感的に理解できるコミックのパートと、ほぼ同一内容ですが、細かい情報が掲載された文章のパートが交互に入り、それぞれの弱点を補う構成となっています。
檜垣立哉『ドゥルーズ 解けない問いを生きる シリーズ・哲学のエッセンス』 (NHK出版)Kindle版
これもセール対象で半額となっていたので購入。出版が2002年と古いため、当然國分や千葉など、日本での最近の論考などは文献に入っておらず、データが古いですが※、ざっくりとドゥルーズの著作の流れを押さえるにはよい本です。※2019年にちくま学芸文庫より出版された増補新版では追加されているようです(現時点では紙版のみ)。
11月25日
國分功一郎、千葉雅也『言語が消滅する前に』(幻冬舎新書)
ともにドゥルーズやデリダなど現代思想をベースとする二人の哲学者による5回にわたる対談を集めたもの。『中動態の世界』や『勉強の哲学』、エビデンス主義批判に接ぎ木しながら、そのさらに先、左右のいずれの規範的言語ともなじむことのない新たな言語と思考の世界を、二人の絶妙な言葉のパスワークによって切り拓いてゆきます。現代の日本社会の病的な部分が一気に浮かび上がるとともに、それに対するヒントもつかめそうな一冊です。
11月24日
小川一水『フリーランチの時代』(ハヤカワ文庫JA) Kindle版
小川一水『青い星まで飛んでいけ』(ハヤカワ文庫JA) Kindle版
小川一水『コロロギ岳から木星トロヤへ』(ハヤカワ文庫JA) Kindle版
この日も、セール対象のハヤカワ文庫JAで小川一水のSF小説をまとめ買い。長いものは、まとまった時間が必要なので、比較的時間のかからなそうな作品をピックアップ。『時砂の王』以外、Kindle版は表紙にイラストがつかないのは残念な点です。『フリーランチの時代』は、表題作など5つの作品を集めた短篇集。「不死」など、死生観をテーマにしたものが中心です。『青い星まで飛んでいけ』も、表題作を含む6編からなる短編集。ボーイミーツガールの物語から、AIによる宇宙探査まで、バラエティに富んだ出会いの物語が集められています。『時砂の王』は、時間SFの傑作。時を遡って人類をせん滅しようとする存在との戦いを描きます。『コロロギ岳から木星トロヤへ』のコロロギ岳とは北アルプスの山(だが実在するかどうかは定かでない)、木星トロヤは、木星と太陽の公転軌道を共有する小惑星群。21世紀のコロロギ岳と、23世紀の木星トロヤをつなぐ壮大なスケールでの時間SF、脱出計画です。
11月22日
三部けい『水溜まりに浮かぶ島 5』(イブニングコミックス,講談社)
『僕だけがいない街』の三部けいによる入れ替わりもののサスペンスミステリー。意識が凶悪犯と入れ替わった少年湊、なんとか妹渚には兄だとわかったものの、二人が姉のように慕う双葉の身に危険が迫ります。なぜ二人は意識が入れ替わったのか?父親を殺した犯人は?すべてが決着する完結編です。
堀尾省太『ゴールデンゴールド 9』(モーニングコミックス/講談社)
フクノカミ、カネノカミ、ヒトノカミの暗躍で人間の欲望を可視化することで、瀬戸内海の小島の栄枯盛衰を描いたファンタジーコミック。絵柄はシュールでも、描かれる話はリアルそのものです。いつしか島には巨大な大観覧車がそびえ、ロープウェイが行き来するリゾートに。さらなる埋め立て計画まで持ち上がる中、若い琉花や及川たちまで、島の変化に巻き込まれてゆきます。
11月21日
吉本隆明、鮎川信夫『対談 文学の戦後』(講談社文芸文庫)Kindle版
詩人鮎川信夫と詩人にして思想家として、戦後日本を代表する存在吉本隆明の対談集です。戦後34年を経て、文学の総決算を行った記念碑的著作ですが、今は完全に失われてしまった時代の熱気を含めて、忘れかけている文学史の流れを再整理するのによさそうな一冊です。
古井由吉『木犀の日 古井由吉自選短篇集』 (講談社文芸文庫) Kindle版
日本文学の中でも、際立った言語の高みに達した作家古井由吉の短篇集です。表題作の「木犀の日」など10篇を収録。最近の作家とは格の違う文学的言語の密度・純度の高さ、つかみどころのない気配の世界など、短い作品の中にも文学のエッセンスが凝縮された傑作集です。
11月20日
伴名練編『日本SFの臨界点【怪奇篇】ちまみれ家族』(早川文庫JA)Kindle版
12月2日まで早川書房の日本のSFが軒並み50%OFFということで、まずは話題の「日本SFの臨界点」シリーズより一作。津原泰水の表題作など11篇を収録しています。怪奇篇と謳ってあっても、実際にホラーと言えるほど恐ろしい作品は少ないようです。それぞれの作品ごとに、伴名練による詳しい紹介が付された親切な構成です。
柄谷行人『意味という病』(講談社文芸文庫)Kindle版
同じく講談社の12月2日までのセールは文芸文庫の30%OFFと、講談社文庫の1巻、上巻など96円均一のセールの二本柱。『意味という病』は、「マクベス論 意味に憑かれた人間」など16編からなる柄谷の初期評論集です。学生時代柄谷を軽く見て一切読まなかったはずなのに、妙に文章に見覚えがあるのは、大学入試問題や受験参考書などで、見たことがあるからでしょう。
11月19日
小飼弾『小飼弾の超訳「お金」理論』(光文社)Kindle版
この日のKindle日替わりセールのタイトルでした。お金の正体とは何か?どう付き合ってゆけばよいのか。手始めに学ぶ必要がるのは複式簿記です。そのから、貯金によっては決してたどりつけないけれど、借金によってたどりつくことのできるお金の不思議な世界が始まります。著者自身が、実家の火事で追い込まれたところからの経験談が読ませます。
赤坂アカ、横槍メンゴ『【推しの子】 6』(少年ジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kindle版
非業の死を遂げたアイドル星野愛の双子のかたわれとして生まれた星野アクア。妹ともども芸能界入りし、ひそかに母親殺しの犯人を探し出そうとします。とは言え、芸能人としての仕事を満足に果たさなければ、犯人候補にたどりつくことも不可能に。天才たちの間に置かれて、自らの演技の下手さを自覚したアクアですが、壁となる「感情演技」ができない理由も母の死にありました……
11月18日
山田鐘人、アベツカサ『葬送のフリーレン 6』(少年サンデーコミックス/小学館)Kindle版
勇者たちが年老い、死んでも、若い姿のまま生き残るエルフの魔法使いフリーレン、今や無双の力を持った存在に。そのフリーレンが弟子ともども、魔法使い試験に臨むことに。二次試験はダンジョン攻略攻略でした。 一行の前に立ちはだかったのは、なんと本人の複製体の数々。本人と同じ能力と長所、短所を持った相手をいかにして倒せばいいのか?自分と同じ顔と姿をした敵を倒せなんて、なんとも嫌な試験です。
畑健二郎『トニカクカワイイ 18』(少年サンデーコミックス/小学館)Kindle版
一見初心なカップルの日常系のラブコメと思いきや、実は千年を超える歳月をかけた壮大なファンタジーでもありました。ある日、由崎星空(ナサ)と司夫婦の前に現れたのは時子の娘、栞でした。司が幼いころに拾い育てた時子はこの世を去り、彼女が遺した研究結果を手に入れるために、ナサは免許を取得することになります。
11月17日
西尾維新、大暮維人『化物語 15』(週刊少年マガジンコミックス/講談社)Kindle版
西尾維新の代表作「物語」シリーズを、大暮維人がコミカライズ。究極のグラフィックな表現が、全ページ展開します。主となった美しき女吸血鬼 キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレードを殺せば人間に戻れると言われた阿良々木暦。けれども、その選択ができない暦は、忍野メメに助けを求めます。いかにして……?そして、次なる怪異が完璧委員長羽川翼を襲います。それは、暦自身が責任を負わねばならない類の怪異でした。ねえ、責任取ってよ、阿良々木君。私をこんな風にした責任を、というわけです。
11月15日
『新潮 2021年12月号』(新潮社)
新潮社の月刊文芸誌ですが、12月号の目玉となるのは、中森明夫の新連載。「TRY 48」。なんと85歳になった寺山修司が、アイドルグループをプロデュースするというもの。天井桟敷を主宰した実在の寺山修司は、1983年に亡くなっています。47歳。若いですね。いろいろやり残したこともあったでしょう。そんな作者の妄想が、とめどもなく膨らんでとんでもないフィクションを生み出しました。死病から奇跡の回復を遂げた寺山修司の新たな挑戦TRYの物語というわけです。
11月12日
二ノ宮知子『七ツ屋志のぶの宝石匣 15』( Kiss コミックス/講談社) Kindle版
宝石の持つ気を見抜く能力を持った質屋の娘志のぶと、質草として預けられ、今は宝石商として活躍する顕定を中心に展開するラブコメ風味、宝石をめぐるミステリーです。志のぶが、怪しい来歴のダイヤを見抜いたことで、周辺には政財界がらみのあやしい人物が出没するようになります。それを知った顕定は…他方、顕定にふられた乃和に新たな恋人出現?虎徹と乃和の意外な関係もついに明らかに。
小林有吾『アオアシ 26』(ビッグコミックス/小学館) Kindle版
サッカーのユースチームに抜擢された青井葦人を主人公としたサッカー漫画。プレミアリーグの優勝がかかった一戦で、「司令塔」を開眼した葦人。一挙に攻勢に出るも、対戦相手の青森星蘭は巻き返しに転じ、エスペリオンは追い込まれてしまいます。さらなる反撃のチャンスを葦人はつかむことができるでしょうか?
11月9日
坂口恭平、斎藤環『いのっちの手紙』(中央公論新社)Kindle版
躁鬱病(双極性障害)に苦しみながらも、作家、画家、ミュージシャンなど多彩な活動を続ける一方、生きづらい人に対する電話相談「いのっちの電話」を続ける坂口恭平と、その方法に注目しながら、坂口恭平の絵のファンでもある精神科医斎藤環の往復書簡です。どうすれば一日百人にも達する電話相談を、大きなトラブルもなく、十年以上も続けることができるのか。どうすれば、創造の力によって、躁鬱病の発症を抑えることができるのか。坂口恭平の多彩な活動、その創造の秘密へと迫ります。坂口恭平に、自らを隠すというタブーは存在しないだけに、心の深奥まで踏み込んだディープな往復書簡集になっています。
11月6日
つるまいかだ『メダリスト 4』(アフタヌーンコミックス/講談社)Kindle版
11月5日
つるまいかだ『メダリスト 2』『メダリスト 3』(アフタヌーンコミックス/講談社)Kindle版
1巻無料で読みだしたら、そのままずぶずぶとはまってしまいました。フィギュアスケートをめざす少女いのりと、彼女の才能を見抜いた青年コーチ司との出会いと成長の物語です。二人とも、スタートが遅く、そのことで周囲に対して感じていた気おくれを克服する中で、しだいに技のステージも上がり、周囲の目も変わり始めます。そのプロセスが、嫌みなく爽やかに描かれている点が、ツボです。ジュニアの段階から、シニアに向かう技のステップも細かく解説されていて、フィギュアファン必見の、面白くて、ためになるコミックです。
11月4日
遠藤達哉『SPY×FAMILY 8』(ジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kindle版
父親はスパイ、母親は殺し屋、娘は超能力者からなるフォージャー家は偽装家族。それでもいつしか家族の絆で結ばれていることがわかります。豪華客船で要人の護衛にあたる母親ヨル、同じ船に乗ることになった父親ロイドと娘アーニャ 。互いに自らの実態を見せないと気にするものの、それ以上の災難がヨルにふりかかります。その潜在能力を発揮しつくしても、倒しきれない敵は多勢に無勢。はたしてこのピンチをヨルは一人で切り抜けることができるのか。それとも……
藤本タツキ『22-26 藤本タツキ短篇集』(ジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kindle版
『チェーンソーマン』の作者の第二短篇集です。『ピアノの森』の森のピアノに対抗するかのように海の中のピアノをモチーフに、人魚の少女たちとの出会いを描いた「人魚ラプソディ」。「目が覚めたら女の子になっていた病」は、文字通りの内容ですが、交際していた女の子やクラスメートの男子たちとの関係の変化を中心に描きます。「予言のナユタ」は、忌み嫌われる角持ちの妹を持った兄の話。「人魚ラプソディ」同様、周囲の迫害にさらされます。「妹の姉」は、自分に憧れる妹に絵で辱めを受けた姉が、そのリベンジを晴らそうとする話。変身、異形の者、家族や友人など親しい人との関係の変質といった一貫したテーマが浮かび上がってきます。
松井優征『逃げ上手の若君 3』(ジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kindle版
鎌倉幕府滅亡後、諏訪へといったん退き、勢力をたくわえようとする北条時行のそれからをたどる歴史コミックです。主だった登場人物は、歴史上の実在の人物ですが、それぞれの個性的な肉づけが見事です。それに、吹雪が時行に授けた奥義など、荒唐無稽なフィクションの要素を加えることによって、最高のエンタメに仕上げる松井優征の天才ぶりが凄いです。
11月2日
東野圭吾『透明な螺旋』(文藝春秋)
物理学者湯川学を主人公とした、ガレリオシリーズの最新作です。冒頭には、一人の捨て子の話が置かれ、本編を読む手がかりをまず与えます。ある男性の死体が海から上がるものの、姿を消した交際相手の女性を追ううちに、女性の死んだ母親と親しかった一人の女性が浮かび上がります。その女性と湯川学の接点を知った警視庁の草薙は湯川に声をかけると、ガリレオの行動に火をつけることになります。何を湯川は知っているのか。年老いた親を介護するガレリオなど、今までのイメージをくつがえす意外性がツボです。
福井県立図書館『100万回死んだねこ 覚え違いタイトル集』(講談社)Kindle版
図書館の司書が経験した利用者の本の覚え間違いタイトルを主題にした本です。本の名前を正しく記憶するのは意外に難しいもので、短いタイトルであっても、いつの間にか似たような音や意味の別の言葉に置き換わっていたりするものです。まして句読点を含んだり、文の形をしたものになると正確に再現するのは至難の業。全90問のクイズ形式になっているので、頭の体操にももってこいです。知っている本のタイトルでも、意外にたどりつけないものです。
11月1日
酒井健『バタイユ入門』(ちくま新書)Kindle版
11月の月替わりセールで安くなっていたので購入。フランスの小説家、思想家であるジョルジュ・バタイユの入門書です。古文書図書館の館長となるほどの知識人でありながら、なぜあれほど常軌を逸した物語を発表し続けたのか。彼に大きな影響を与えたヘーゲル、ニーチェ、ハイデガー、ブランショらとの関係は?バタイユの生い立ち、作品とその時代背景など、バタイユの基礎知識が、表面にとどまらず、思想の本質まで踏み込みながらわかる良書です。
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小川公代『小川公代『ケアの倫理とエンパワメント』(講談社)は、「ケア」の視点から、内外の文学の世界をとらえ直す試みである。考察の対象としては、著者の本来のフィールドであるヴァージニア・ウルフ、オスカー・ワイルドなどの英文学に加え、三島由紀夫、多和田葉子、平野啓一郎などの日本文学、ドイツ文学ではトーマス・マンの『魔の山』などが取り上げられている。
「ケア」と言っても、様々な文脈、論者によって異なる扱いをされることがあり、その定義が難しいが、たとえばシャーロット・ブロンテの『ジェーン・エア』におけるジェーンの生涯は、一般的な「ケア」のわかりやすい例であるだろう。
孤児になったヒロインのジェインは親戚に引き取られても十分なケアを与えられず、それでも寄宿学校の過酷な環境で勉学に励み、ついには自立できるようになる。そして、雇われたロチェスター家ではアデルという少女の家庭教師になる。ジェインは、家庭教師としてさまざまな<ケア>を提供する。アレクサンドラ・ヴァリントも指摘するように、二人は教室の外でも一緒に過ごし、ゲストが屋敷に到着すれば、アデルのそばで見守るのもジェインの役割である。血のつながりのない少女アデルに思いやりをもって接するジェインは、ケアリング(=ケアすること)の価値を体現しているともいえ、ロチェスター氏と結婚し、息子が生まれるという小説の結末は、その後、ジェインがアデルと自身の息子を育てていくだろう「ケア人生」が示唆される。pp8-9
「ケア」の概念は、男性中心主義的な社会において、もっぱら女性が行うものとして軽視されてきたが、フェミニズムの運動の中でも、女性の社会進出の妨げとなるものとして、むしろネガティブな扱いがなされてきた。ヴァージニア・ウルフでさえも『自分ひとりの部屋』の中で、ケアしなければならないという「家庭の天使」の呪縛の苦悶を訴えている。こうした流れに一石を投じたのが、ケアの倫理を主張したキャロル・ギリガンであった。
彼女は一九八二年に『もう一つの声』(In A Different Voice)を発表し、長らく看過されてきた<ケア>の復権を主張した。ギリガンの研究は、当時の状況を明るみにし、社会科学の進展を推し進めた。p10
本書の主題も、著者が90年代にはじめて接し大きな衝撃を受けたと語る、このキャロル・ギリガンの主張をベースにしたものである。
1章 ヴァージニア・ウルフと男らしさでは、ヴァージニア・ウルフの諸作を中心に「ケア」の多様なあり方を取り上げる。『自分ひとりの部屋』において、ケア的な役割を女性の社会進出を拒むものとして否定的なとらえ方をしたウルフが抱かずにはいられなかった時代の先入観と、その限界を超えるものとしてのウルフの諸作品の表現をたどることになる。「横臥者」の視点が導入されるウルフの『灯台へ』と共鳴し合うトーマス・マンの『魔の山』が参照される。さらに、両性具有者を主人公とした『オーランド―』のさまざまな場面における感情表出へとスポットライトを当てる。ケアの倫理を理解する上で重要なのが、男性的論理と女性的論理を同時に生きるものとしての両性具有性であり、キーツのいう「ネガティブ・ケイパビリティ」である。
ネガティブ・ケイパビリティは、「短気に事実や理由を手に入れようとはせず、不確かさや、神秘的なこと、疑惑ある状態の中に人が留まることができるときに表れる能力」を意味する。(…)
キーツのネガティブ・ケイパビリティ、価値の宙づり、両性具有性という考え方は、ジョルジュ・アガンベン(Giorgio Agamben 1942-)の、複数の可能性について「宙づりのままに保持されてある」という「開かれ」の概念に連なりうるものだ。pp48-49
2章 越境するケアと<クィア>な愛では、オスカー・ワイルドと三島由紀夫をめぐる論考が中心である。ワイルドにおいては、シェイクスピアのソネットが捧げられた存在を描いた「W.H.氏の肖像」『獄中記』そして「幸福の王子」を読み解く中で、ケアを欠いた世界から告発されワイルドが背負うことになった苦悩や、像となった王子の自己犠牲に象徴されるケアの精神の様態を見てゆく。
ワイルドは『獄中記』のなかで、「他者」のために物を与えたり、奉仕したりするのではなく、すべては自らの「魂」のためにするのだと説いている。ワイルドのケアの倫理は、「他者」を媒介して「多孔的な自己」を見出していくというものだ。p103
三島由紀夫においては、ワイルドの影響下にある『仮面の告白』と並んで、異星人の視点からクィア性の主題に迫った『美しい星』が取り上げられる。さらに多国籍な作家である多和田葉子の『献灯使』に見られるクィア性とケアの概念が語られる。
『献灯使』には、ワイルドや三島が夢想したようなギリシア時代の美の象徴である完璧な肉体とはあまりにかけはなれた世界が描かれている。しかし不思議なことに、この小説には、『獄中記』や「太陽と鉄」のなかで彼らが告白しているような人間の不完全さ、あるいは肉体の虚弱と共に生きる「横臥者(ホリゾンタル)」と彼に寄り添う共感者の視点がある。p113
3章 弱さの倫理と他者性では、ケアの倫理と伝統的な家父長的価値観から解放されていないロールズの「正義の論理」との関係を再考しながら、理性と感受性の対立軸の中、「老水夫の歌」の中で罪悪感と歓喜を謳ったコウルリッジ、『荒地』で帝国主義や人種差別の問題提起を行ったT.S.エリオット、ヨーロッパ近代を象徴するクルツの自滅を描いた『闇の奥』のコンラッドなどの英文学上に現れたケアの概念や、平野啓一郎の「分人主義」の諸作品に現れるケア的な表現をたどる中で、文学表現そのもののケア的な性格へとたどり着く。
『本心』で三好が仮想現実で朔也と初めて出会う場面でも、彼女は人間ではなく“猫”になって登場する。考えてみれば、《アバター》になって誰かと対話する行為とは、読者が文学作品のキャラクターやペルソナに感情移入する感覚に近いのではないだろうか。文学作品における両性具有者というのは、家父長的な制度が前提とする男女の厳格な性規範から逸脱するクィアな存在である。(…)すなわち、文学は読者のなかに新しい他者性の意識を芽生えさせる驚異的な営為なのだ。p186
本書では、概念としての「ケア」を論理的に考究するというよりもむしろ、さまざまな文学作品における表現の中から、「ケア」の個性的な形態を拾い上げ、それにスポットライトをあてる形で、多孔的な自我のあり方を、類型学的にたどろうとする。それは、同時に、文学表現における性性(セクシュアリティ)の系譜を、性的役割と性的多様性の視点よりとらえ直すものとなっている。本書が、ケアの視点にとどまらず、優れた文学的考究であるのは単に人類の枠内にとどまらず異星人や動物にまで拡張される性性が、選ばれた文学作品の核心部分を構成するためである。本書の今一つの重要な主張は、小説をはじめとする文学の大きな役割の一つが、他者とりわけ弱者の理解、共感であることを強調している点にある。
『ケアの倫理とエンパワメント』は、ケアの問題に関心がある人のみならず、ヴァージニア・ウルフやワイルドなどの英文学、三島由紀夫、平野啓一郎、多和田葉子などの日本文学への一層深い理解をめざす人にもお勧めの良書である。
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大童澄瞳『映像研には手を出すな!』は、海辺のダンジョンスクール芝浜高校を舞台に、自作アニメーションに青春を賭けた映像研の3人娘とその仲間たちが繰り広げる学園コミックである。アニメーションの設定に命を賭ける天才アニメーター浅草みどり、芸能人の両親を持ち、キャラクターの設定と演技にあくなきこだわりを見せるカリスマ読モ水崎ツバメ、そして想像力にブレーキのきかないじゃじゃ馬娘二人をコントロールしながら企画を実装化し、渉外を一手に引き受けるプロデューサー的存在金森さやかの三本柱に、業務提携で加わったのは、世界のあらゆる音を聞き分け、サンプル化し続ける音響部の百目鬼氏である。だが、本格的アニメーションを作る上で、欠かせないのが声優の存在である。
富久書店とのコラボ企画『時計塔』を成功させ、生徒会の干渉も辛くもスルーした映像研が次に作成をもくろむのは、『マチェット』本編であった。本格的アニメーションを作成するためには、複数の登場人物の声を担当する声優が必要となってくる。水崎邸での会議ののち、役柄にぴったりの声の持ち主を探すために、映像研はオーディションを開くことになる。もちろん、かつて天才子役として将来を嘱望された水崎氏にできぬわけがないが、アニメを描きながら同時に声まで担当するのは、キャパ的にも不可能であった。
そこで、映像研のメガネにかなった人物が一人いた。中等部のサクラダ・セキだ。しかし、このサクラダ氏、七色の声を使い分け、学内であらゆる悪事に手を染めているワルであった。だが、そんなことでひるむ映像研ではない。なんとかメンバーとして引き込もうとする映像研と、あくことない追っ手に恐怖し続けるサクラダ氏、第1巻以来のスリリングな逃亡劇が画面狭しとばかりに繰り広げられる。
いつの間にか、作ろうとするアニメーションの世界に入りこんでしまう独特の画面構成、舞台やコスチューム、大道具、小道具などの綿密な設定画像、すべて縦に文字が並ぶ台詞に、ところどころパースが加えられ空間が強調されるなど、大童ワールドを代表するテクニックの数々は全開だ。さらに、アニメーション作成上の蘊蓄が、奔流のごとく語られる。果たして、映像研は新たな武器として、サクラダ・セキの七色の声を手に入れることができるだろうか。
他のメンバー同様、只者でない才能の持ち主サクラダ氏の正体は?さまざまな悪事に手を染めつつも、空虚をかかえたサクラダ氏の孤独が切ない。
第6巻の見どころの一つは、6歳のころ映画に出演して、大人たちを震撼させた水崎氏の回想シーン。当然お約束で、他のメンバーたちもちび崎氏の演技を目の当たりにする。その時の監督こそが、水崎氏のアニメの師匠であり、その後日本を離れ、世界一の監督になったとか、ならなかったとか。小さなコマには、さりげなくその名も記されているが、もちろん重大な伏線である。
もう一つ、生徒会のメンバーの一人、書記のさかき・ソワンデの語る映像研に対する見解が面白い。
部と部が繋がって全体が活性化している。生徒たちも自由を獲得して生き生きしている。
映像研が動き始めてこんなに早くそれが達成されると思わなかった。
これは私が理想とした状態なんだ。
だが映像研は同時に外にも影響力を持っていた。
これ以上 外から注目を集めると学校の自由が危険にさらされる。
これがジレンマなんだ。
もちろん、これはソワンデ個人の意見であり、生徒会全体の意見を代表するわけではないが、映像研周辺の営利行為には目を光らせながらも、「映像研には手を出すな!」と映像研そのものの活動を半ば放任している生徒会の両義的な態度を説明するものではあるだろう。生徒会は、アニメーション作成集団が直面するリアルな世界を代行するアバターなのである。
さらに新たなステージに立った映像研の新たな魅力が次巻いよいよ爆発する。それは世界のどこまで届くのだろうか。
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