◆メディア
『情熱大陸 #978 「科学者・落合陽一」』スーパーダイジェスト
◆セール情報
◆Magazine Watch
岸政彦「100分de名著 ブルデュー『ディスタンクシオン』」
鴻巣友季子「100分de名著 マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ』」
千葉雅也・東浩紀『実在論化する相対主義』(ゲンロンβ28,29より)
NewsPocks Magazine Autumn 2018 vol.2
NewsPicks Magazine summer 2018 vol.1
◆インフォメーション
『現在の名著?ーリベラルアーツと教養の世界ー書評集2』Kindle版発売!
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◆Book Review
850.森合正範『怪物と出会った日 井上尚弥と闘うということ』
849.山内朋樹『庭のかたちが生まれるとき 庭園の詩学と庭師の知恵』
836.丸山宗利『[カラー版] 昆虫学者、奇跡の図鑑を作る』
834.小泉悠『ロシア点描 まちかどから見るプーチン帝国の素顔』
827.飛浩隆『SFにさよならをいう方法 飛浩隆評論随筆集』
825.北村紗衣『批評の教室 チョウのように読み、ハチのように書く』
818.千葉雅也、山内朋樹、読書猿、瀬下翔太『ライティングの哲学』
809.内藤理恵子『正しい答えがない時代を生きるための「死」の文学入門』
798.石塚真一・NO.8『BLUE GIANT EXPLORER 1』
792.森合正範『力石徹のモデルになった男 天才空手家山崎照朝』
789.庭田杏珠、渡邊英徳『AIとカラー化した写真でよみがえる戦前・戦争』
784.千葉雅也『勉強の哲学 来るべきバカのために 増補版』
782.松岡正剛『日本文化の核心 「ジャパン・スタイル」を読む解く』
780.辻田真佐憲『古関裕而の昭和史 国民を背負った作曲家』
774.ドミニク・チェン『未来をつくる言葉 わかりあえなさをつなぐために』
771.Tak.『書くための名前のない技術 case3 千葉雅也さん』
770.石田英敬『現代思想の教科書 世界を考える知の地平15章』
769.J・ウォーリー・ヒギンズ『続 秘蔵カラー写真で味わう 60年前の東京・日本』
763.松本卓也『創造と狂気の歴史 プラトンからドゥルーズまで』
747.石田衣良『絶望スクール 池袋ウエストゲートパーク??』
745.斉藤哲也『試験に出る哲学 「センター試験」で西洋思想に入門する』
740.内藤理恵子『誰も教えてくれなかった「死」の哲学入門』
733.福島香織『ウイグル人に何が起こっているのか 民族迫害の起源と現在』
729.河合雅司『未来の地図帳 人口減少日本で各地に起きること』
719.貴志祐介『エンタテインメントの作り方 売れる小説はこう書く』
716.さやわか『名探偵コナンと平成』
715.ヤマザキマリ×とり・みき『プリニウス ?』
711.千葉雅也、二村ヒトシ、柴田英里『欲望会議 「超」ポリコレ宣言』
706.青木真也『ストロング本能 人生を後悔しない「自分だけのものさし」』
703.堀江貴文『堀江貴文 VS. 鮨職人 鮨屋に修業は必要か?』
702.ヤマザキマリ『ヴィオラ母さん 私を育てた破天荒な母・リョウコ』
701.マツキタツヤ、宇佐崎しろ『アクタージュ act-age』1-5
693.落合陽一『0才から100才まで学び続けなくてはならない時代を生きる人と育てる人のための教科書』
692.津田大介『情報戦争を生き抜け 武器としてのメディアリテラシー』
685.石田衣良『七つの試練 池袋ウエストゲートパーク??』
671. OCHABI Institute『伝わる絵の描き方 ロジカルデッサンの技法』
670.土屋敦『男のチャーハン道』
669.岸政彦『はじめての沖縄』
664.ロバート・キンセル、マーニー・ぺイヴァン『YouTube革命 メディアを変える挑戦者たち』
651.堀江貴文『堀江貴文の本はなぜすべてがベストセラーになるのか?』
649.猪ノ谷言葉『ランウェイで笑って』1〜4
648.辻田真佐憲『空気の検閲 大日本帝国の表現規制』
647.中沢新一『アースダイバー 東京の聖地』
646.畠山理仁『黙殺 報じられない”無頼系独立候補”たちの戦い』
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2月19日
古味慎也『空をまとって 2』 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL/集英社) Kindle版
こどものころ肝試し的に踏み込んだ洋館で出会った一枚の裸体画に魅せられて以来、ヌード画を描き続けてきた少年小川波路は、その絵そっくりの女性に出会ってしまう。彼女は言った。「もし藝大に入ったらモデルになってあげる」魅力的な登場人物と緻密に構成された背景、そして力ある作中画の数々。八虎の藝大合格以後は、青春をこじらせた人物の群像劇と化した『ブルーピリオド』に比べて、メッセージがストレートでわかりやすい青春物語です。
田村隆平『COSMOS 2』(サンデーGXコミックス/小学館) Kindle版
『べるぜバブ』の田村隆一の新作は、宇宙人相手の保険会社の業務がテーマ。主人公水森楓は、女子高生の姿をしたエージェント穂村燐に出会い、嘘を見抜くことのできる能力を買われスカウトされるところから物語は始まります。宇宙人といえども、ふだんは地球人の姿で生活しているわけで、両者の違いと共通点を浮き彫りにすることで、落涙必至のヒューマンなドラマになっています。
2月18日
渡辺祐真編『みんなで読む源氏物語』(ハヤカワ文庫)
円城塔や角田光代ら作家、歌人の俵万智、翻訳家の森山恵、鴻巣友季子、外国文学者の小川君代さらにはアイドル、芸人、科学者まで多彩な顔ぶれが、それぞれの角度で、源氏物語の多面的な魅力を焦点を当てた一冊です。とりわけヴァージニア・ウルフによる「ウェイリー訳の源氏物語論」は感動的な名文です。
2月16日
倉本一宏『紫式部と藤原道長』(講談社現代新書) Kindle版
大河ドラマ「光る君へ」時代考証担当者による、『源氏物語』の作者紫式部と藤原道長の関係を軸に、当時における『源氏物語』の意味、平安時代の宮中の生活などを浮き彫りにする一冊です。
ラテン語さん『世界はラテン語でできている』( SB新書) Kindle版
現代の日本語にまで影響を及ぼしているラテン語、いかにその影響が広範囲な分野にまで及んでいるかを、さまざまな歴史上の人物の台詞などを取り上げながら語りつくすラテン語の雑学本です。予備知識ゼロでも誰もが読みだすことができる本ですが、単語や格言などのラテン語関連の知識は増えても、それによってラテン語の本が読めるようになるわけではありません。
2月15日
蓮實重彦『ゴダール革命 増補決定版』(ちくま学芸文庫) Kindle版
フランス文学者で映画批評家である蓮實重彦によるゴダール論。映画史的なパースペクティブのもと、ゴダールの存在意義と、今日における存在理由を問う一冊。ゴダールへのインタビューを収録し、自らその映像への終止符を打ったゴダールへのレクイエムとも呼べる一冊となっています。
2月14日
万城目学『八月の御所グラウンド』(新潮社)
万城目学の直木賞受賞作「八月の御所グラウンド」と「十二月の都大路上下ル」の2編が収録されています。いずれも夏クソ暑く、冬クソ寒い京都を舞台としたスポーツものの青春小説ですが、万城目学だけに普通のスポコン物語で終わるわけはありません。「十二月の都大路上下ル」ではそれは駅伝の並走者、「八月の御所グラウンド」では草野球チームの助っ人投手となって登場します。
『文藝春秋 2024年3月号』(文藝春秋)
九段理江の『東京都同情塔』は、単行本で読む予定ですが、それ以外の著者へのインタビューと、芥川賞選考委員による講評が気になって購入しました。最低100冊は本を読まないと書けないとか、作文の優秀者を集めた会の帰りのバスの中で、将来の希望で「小説家になりたい」といった話などが面白かったです。
2月6日
九段理江『東京都同情塔』(新潮社)
第170回芥川賞受賞作。ザハ=ハディドによる国立競技場が建設された世界を舞台としたSF的設定の小説です。国立競技場と双極をなすように建てられようとするシンパシータワートーキョーとは何か。物質としての建築以上に、氾濫する外国語によって分断される建築の言葉、バベルが問題となります。その建物が、シンパシータワートーキョーではなく、東京同情塔でもなく、東京都同情塔と呼ばれるべきなのは一体なぜでしょうか。
東浩紀『観光客の哲学 増補版』(ゲンロン)Kindle版
2017年に出版された『ゲンロン0 観光客の哲学』の増補版。『観光客の哲学』はすでに読んでレビューも書いているし、増補部分も『ゲンロン0』に掲載されたものを読んでいるものの、Kindle月替わりセールで半額になった機会に電子版で押さえることにしました。追加されたのは、「第9章 触視的平面について」「第10章 郵便的不安について」の2章、約2万字です。
戸谷洋志『哲学のはじまり NHK出版 学びのきほん』(NHK出版)Kindle版
哲学を知らない人にもわかりやすく哲学について語った入門書の決定版と言える一冊です。第一章で「哲学とはどんな学問か」について語ったのちに、つづく三つの章で、哲学の三つの分野「存在論」「認識論」「価値論」について語る構成になっています。
イタロ・カルヴィーノ(訳)須賀敦子『なぜ古典を読むのか』(河出文庫) Kindle版
イタリア文学史上最も知性と想像力に恵まれた作家イタロ・カルヴィーノによる古典文学案内です。ホメーロスからボルヘスまで、2000年にわたる世界の文学の中からえりすぐりの作品を解説していますが、カルヴィーノの関心は、もっぱらそれらの古典文学を、過去の遺物としてありがたがるのではなく、ヴィヴィッドな想像力と卓越した技法を持った現代文学として読み直すことなのです。遺作となった『アメリカ講義』と並ぶ、カルヴィーノ文芸評論の白眉です。
2月1日
カルヴィーノ(訳)和田忠彦『サンジョヴァンニの道 書かれなかった「自伝」』(朝日新聞出版)
イタリアの作家イタロ・カルヴィーノの自伝的小説集。父親との対比のなか、郷里の思い出、映画との出会いや、パルチザンとしての活動など、カルヴィーノの自己形成のプロセスがリリカルに綴られた名文です。
バルザック(訳)國分俊宏『ラブイユーズ』(光文社古典新訳文庫)Kindle版
2月のKindle月替わりセールでワンコイン価格となった機会に購入。19世紀前半のフランス社会の壮大な縮図「人間喜劇」の一角を占める長編小説です。 身を持ち崩した元近衛竜騎兵フィリップの収監と、息子を救出しようとする母親の奔走からドミノ状に続く物語。バルザックのストーリーテラーとしての才がいかんなく発揮された傑作です。
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■物語のメタモルフォーゼ
『チーム・オルタナティブの冒険』(ホーム社) は評論家宇野常寛による初の長編小説である。
立ち上がりは、ほろ苦い青春小説のように、主人公森本理生のモノローグで始まる。トマス・ピンチョン『競売ナンバー49の叫び』小松左京『果しなき流れの果て』カート・ヴォネガット『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』光瀬龍『百億の昼と千億の夜』…登場する小説名も、多分に中二病的である。豚肉の串焼きが焼き鳥と呼ばれる片田舎の高校生森本理生は、本の貸し借りで親しくなった国語教師葉山千加子の死を機に、生活が一変する。それまで理生や親友藤川を中心に、好き勝手できるたまり場となっていた写真部の部室に、理生と同じ図書委員の板倉由紀子を連れ、白衣を着た国語教師、カバパンこと樺山優児が顧問として入りびたり始めたのである。さらにオートバイを操るイケメンの若者ヒデさんこと豊崎秀郷を使い、日替わりでフードのデリバリーを利用できるようにし、由希子を含む三名の女子が出入りし始めたことで、完全に部室の主導権を奪われてしまう。
葉山先生の存在をはじめ、たくさんのものを僕は失くしてしまっていた。しかしその代わりにいくつかの豊かなものと僕は出会い始めているように思えた。
カバパンや由紀子のノリには違和感を感じたものの、ヒデさんと意気投合し、女子の一人バイク好きの井上綾乃とも親しくなり、やがて夜から朝方までカブトムシやクワガタを観察するなど環境調査のアルバイトを請け負うにおよんで、著者の『ひとりあそびの教科書』を現代の高校生に投影したノベライゼーションなのかと考えそうになる。『夏への扉』『幼年期の終わり』『ストーカー』などのSF小説が話題に加わり、『アラビアのロレンス』『王立宇宙軍 オネアミスの翼』『惑星ソラリス』などの映画も登場する。だが、ある不安とともに、しだいに雰囲気は単なるジュブナイルな小説ならぬものの影がさす。周囲に、ある視線を感じ始めるのである。これはホラー小説なのだろうか。それともSFなのだろうか。
そして「Team Alternative」(チーム・オルタナティブ)の名称。それはヒデさんのオートバイのステッカーに貼られたものだが、尋ねても「人類の自由を守る正義の秘密結社」と意味不明の答えが返ってくるばかり。そして親友藤川の失踪がトリガーとなり事態は急変、いつしか三人の謎を追うミステリ的展開に。鍵は、虫の眼にあった。
「(…)コツは一つ。虫の眼で世界を見ることだ。虫のように音を聞き、臭いをかぐことだ。そして虫の羽と足でこの世界を動き回ることだ。(…)」
なぜ、葉山先生は死ななければならなかったのか。なぜ藤川は失踪したのか。なぜカバパンや、ヒデさんだけでなく、由紀子まで、ケガが絶えないのか。すべての謎が解き明かされたとき、物語はその真の姿を現し、怒涛のクライマックスに向け加速する。
そう、『チーム・オルタナティブの冒険』は、『ひとりあそびの教科書』の単なるノベライズではなく、そこに含まれるコンテンツの物語として実装なのである。なんという爽快感!だが、こんなことが許されてよいのか?!禁断のキーワードを知るためには、書店で本書を手に取り、パラパラと、ページを最後まで早送りするだけでよいのである。
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『『怪物と出会った日 井上尚弥と闘うということ』は、『力石徹のモデルになった男 天才空手家 山崎照朝』の著者森合正範による井上尚弥伝。あまりに強く、あっという間に試合が終わってしまうため、その強さを伝えることが困難な日本ボクシング界の至宝井上尚弥。その壁を超えるために著者がたどり着いた結論は、井上に敗れた対戦相手たちの目を通じて、井上尚弥を描くことだった。
取り上げられているのは、佐野友樹、田口良一、アドリアン・エルナンデス、オマール・ナルバエス、ワルリト・パレナス、ダビド・カルモナ、河野公平、ジェイソン・モロニ―、ノニト・ドネア、つごう9人の対戦相手。これに、井上尚也のスパーリングパートナーを最も多くつとめながら、一度も対戦できなかった黒田雅之、井上尚弥に父親が敗れたことを契機に、ボクサーの道を選んだナルバエス・ジュニアの二人がそれぞれ一章として加えられている。
それぞれの章が、一冊の本に匹敵するような密度の高さ。読者の心は、冒頭の佐野友樹、田口良一の章から、一気にひきこまれてしまう。それぞれに一人一人のボクサー人生が凝縮されている。
ダウンを奪われようが、ポイントで大差になろうが、佐野は決して諦めなかった。意地と反骨心、そして勝利への執着心。佐野の覚悟が会場の雰囲気を少しずつ変えていく。井上の怪物ぶりを見に来たはずの観客から次第に佐野コールが起こった。(第一章 「怪物」前夜、p67)
「彼に勝ったら人生が変わる。そういうチャンスなんです。逃げて王者になっても、それじゃあ、みんな認めてくれないですよ」(第二章 日本ライトフライ級王座戦、p98)
驚かされるのは、インタビューされた相手が(一人現役で今後も対戦の可能性のあるドネアを除き)、敗戦の内容を、自ら進んで、しかも細部まで克明に語り、その試合を誇りに思っていることである。
誰一人井上尚弥に勝利できたボクサーはいないが、試合後の人生は、大きく異なる。田口良一やモロニ―のように、井上との試合を心の支えに、その後世界チャンピオンにまで上り詰めたものもいる。他方で、エルナンデスのように、井上戦が人生のピークであったボクサーもいる。敗北は敗北でも、それをどうとらえるかで、十人いれば十通りの解答があり、その後の人生もまるで違ったものになる。人生の生きた教科書がここにある。
本書が描くのは、単に井上と対戦するボクサー一人の人生だけではない。彼らを取り巻き、支え続けた人々の喜怒哀楽まで伝わってくる。手元の1万円以外、フィリピンの家族に送金し続けたパレナスは、井上戦のファイトマネーで家を建て、車を買い、家族や親戚を養った。これも一つの勝利のかたちではないだろうか。
身重だった河野公平の妻は、複数の選択肢のうちで、「井上君だけはやめて!」と訴えたが、それでも夫は井上戦を選んだ。そして、その試合を最後まで見守る姿は、涙なしに読めないものだろう。
試合数日前、夫の口から「早く試合をやりたい」と聞き、信じられなかった。計量を終えるとまた、「早く試合をやりたい」と言った。驚きとともに感心した。
「我が夫ながら凄いな」
会場に到着し、芽衣は出迎えに来たトレーナーの高橋に夫を託す。
「いってらっしゃい」
「よしっ!」
一時の別れ。言葉は短くても、互いの思いは伝わる。
(第八章 日本人同士の新旧世界王者対決、p320)
まだ幼かったオマール・ナルバエスの息子は、井上尚弥戦を契機にボクサーの道を選び、井上との対戦を目標に戦績を積み重ねているが、この親子に井上に対するリスペクトはあっても、遺恨のようなものはない。その清々しさによって本書は締めくくられる。
「井上が父に勝ったことは別にして、僕は井上の大ファンだよ。いつも彼の試合を見て勉強しているし、自分の中では井上がパウンド・フォー・パウンドの一位。一発一発のパンチ力と爆発力。相手に与えるダメージの強さ。同じ体重のボクサーを相手にして、あんな選手は見たことがないだろ?(…)」
(第十一章 怪物が生んだもの、p420)
もちろん、これだけ多くの対戦相手の目を通して、井上尚弥をとらえれば、異口同音に語られるその強さの秘密も明らかになってくる。それらは、三つに要約される。
第一は、圧倒的なパンチの威力とスピードである。
第二は、練習内容を、ストレートに試合で出しきることのできる本番の勝負力。
「尚弥は練習したパンチやコンビネーションを何のためらいもなく、試合で瞬時に打ち込めるんですよ」
(第十章 WBSS優勝とPFP一位、p375)
そして第三には、相手の作戦を早々に解析し、その裏をかいてくる対応力である。たとえ試合中に拳や足を痛めようとも、それを感じさせず、相手の想定外のパターンへと転じることで、逆に有利に試合を進めてしまったことも一度ではない。
『怪物と出会った日 井上尚弥と闘うということ』は、単にボクシングや格闘技に興味がある人だけでなく、すべての読者にお勧めの、2023年一推しのノンフィクションである。そこには、乗り越えがたい壁にぶつかり、それに果敢に挑戦し敗れながらも、その後も力強く人生を歩み続けた人々の究極のドラマがある。
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12月30日
岸政彦『同化と他者化 戦後沖縄の本土就職者たち』(ナカニシヤ出版)
2013年に出版された社会学者岸政彦の生活史研究の原点となる著作です。戦後沖縄で本土へと渡り就職した若者たちの聞きとりから、なぜ彼らはいったん本土へと渡り、そこでの生活を享受しながらも、その多くが再び沖縄へと帰ってしまうのか、構造的な問題に焦点を当てた研究です。
12月29日
イタロ・カルヴィーノ『遠ざかる家』(イタリア叢書/松籟社)
1957年『木のぼり男爵』と同じ1957年に出版されたカルヴィーノの小説。本来のタイトルは「建築投機」で、家を建てようとした男がさまざまな障害にぶつかる中、いつまでも家を完成することができないという不条理な状況に直面することになります。それまでの歴史物とはがらりと作風を変え、カルヴィーノの転換点となる作品の一つと言えるでしょう。
12月27日
浦沢直樹『あさドラ! 8』(ビッグコミックススペシャル/小学館)Kindle版
NHKの朝ドラ風に、ある女性の人生を大きなタイムスパンで描きだす浦沢直樹のコミック。1964年自ら操縦する飛行機で東京を脅かす怪獣を撃退したアサ。あれから4年が経ち、今や飛行機を使う会社の社長になったアサに運命的な出会いが。その行き着く先は、吉か凶か。
小林有吾『アオアシ 34』(ビッグコミックス/小学館)Kindle版
Jリーグエスペリオンのユースチームに抜擢された青井葦人とその仲間たちを描くサッカー群像劇。中東カタールの地へと遠征に来た葦人たちエスペリオンユースは、スペインと日本とのサッカー事情の大きな違いに驚くことになります。そしていよいよバルセロナユースとの対戦。葦人たちの作戦ははたして彼らに通じるのか。
12月26日
ぱらり『いつか死ぬなら絵を売ってから』1、2(ボニータ・コミックス)Kindle版
清掃員一希の楽しみは、スケッチブックに絵を描くこと。どこまでも趣味と割り切っていた一希の絵を評価し、とんでもない値段で買い取ろうとする青年透との出会いによって、いつかしか一希の運命は変わり始める。『ブルーピリオド』が東京藝大に合格した者たちエリートサイドから美術界を描いたものであるのに対し、この作品は雑草のような絵描きの生活と野望を描こうとします。
12月25日
堀口恭二『EASY FIGHT』(幻冬舎)Kindle版
格闘家堀口恭二初のエッセイ。伝統派空手から始まった格闘技との出会い、アメリカでの転戦、自らの格闘技哲学などを、飾り気のない言葉で率直に語っています。那須川天心戦の裏側、那須川ー武尊戦の感想、ブレイキングダウンへの違和感など、様々なテーマを独自の視点で掘り下げています。
12月24日
宮崎裕助『ジャック・デリダ 死後の生を与える』(岩波文庫)
フランスの哲学者ジャック・デリダの後期の思想に焦点をあてたデリダ論。エクリチュールとは、いわば生きた生の後に残る「灰」としての死後の生である。survie(死後の生)という概念より、後期のみならず、デリダの思想の全体を透視するデリダ研究書の白眉です。
12月22日
高橋昌一郎『フォン・ノイマンの哲学 人間のフリをした悪魔』(講談社現代新書)Kindle版
この日のKindle日替わりセールの対象になった機会に購入。コンピュータや、原子爆弾などを生んだアメリカの天才科学者フォン・ノイマンの生涯と業績を、彼を生んだ時代背景とともに紹介したノイマン入門書です。
松岡圭祐『JK ?』(角川文庫)Kindle版
死んだはずの女子高生が、謎のYouTuber 江崎瑛里華 として蘇り、身につけた格闘技で復讐をはたすアクションストーリーの第三弾。ただ、『高校事変』の優莉結衣とは異なり、友人を鍛えないままに身代わりにしてしまったりと先を読めないキャラに頼ったストーリー展開で、素直にのめりこみにくいきらいもあります。
12月21日
カルヴィーノ『冬の夜 ひとりの旅人が』(フランス叢書/松籟社)
時代ごとに小説の作風もジャンルも変わり続け「言葉の魔術師」と呼ばれた作家イタロ・カルヴィーノの1979年の作品。物語が落丁によって中断し、別のストーリーが始まったりと、ポストモダンな実験小説の試みが盛り込まれた後期の傑作です。
戸谷洋志『ハンス・ヨナスの哲学』(角川ソフィア文庫)Kindle版
ハイデガーの弟子でありつつ、その批判者でもあった思想家ハンス・ヨナス。その思想の中核をなすのは「未来への責任」でした。ハイデガーやアーレント、ベンヤミンに比べると、日本でも知名度は低いものの、今こそ読まれるべき思想家ヨナスのわかりやすい入門書です。
12月20日
ボルヘス『シェイクスピアの記憶』(岩波文庫)
「シェイクスピアの記憶」はボルヘスの最後の小説とされる作品。これに 「一九八三年八月二十五日」「青い虎」「パラケルススの薔薇」を加えた4編からなる短篇集の新刊です。分身、書物の記憶、迷宮など、ボルヘスらしい作品が揃った傑作集です。
12月19日
新潮編集部『新潮 2024年1月号』(新潮社)
目玉となるのは、平野啓一郎の小説「息吹」。息吹は主人公の人名なのですが、それ以上の象徴的な意味も含意しています。かき氷屋に座ることができたか、満席でマックへ行ったかによって生死が分かれる可能性を暗示する作品です。他に、井伏鱒二の新たに発見された二つの短編などが掲載されています。
三都慎司『新しいきみへ 6』(ヤングジャンプコミックスDIGITAL/集英社) Kindle版
同じ時間をループ状に繰り返しながら、パンデミックで破滅する世界のシナリオを変えようとしてきた少女相生亜希。そのたびに、バディをつとめてきた教師佐久間悟に別れを告げ、最後の挑戦で、世界を救うことができるか。感動の完結編です。
山田鐘人、アベツカサ『葬送のフリーレン 12』(少年サンデーコミックス/小学館) Kindle版
女神の石碑に触れることで、過去へと意識が飛んだフリーレン。勇者たちの一行には、すぐにふだんとは違う言動より悟られてしまうのですが、若干のチートな知識があるだけで、物語の展開はふつうの時系列の展開となって、よりスムーズに物語を楽しむことができるのは不思議です。
12月16日
ハルノ宵子『隆明だもの』(晶文社)
思想界の巨人にして詩人であった吉本隆明の晩年とそれを取り巻く家族の姿を、漫画家でありエッセイストである娘ハルノ宵子が、自らのイラストともに描き出したエッセイ。後半には、妹の小説家吉本ばななとの対談で、より立体的に知られざる吉本隆明と家族の肖像を浮き彫りにします。
12月15日
カルヴィーノ『イタリア民話集』上、下(岩波文庫)
パヴェ―ゼ、モラヴィアとともにイタリアを代表する作家カルヴィーノの編集によるイタリア民話集。民俗学者のように忠実な伝承の再現をめざすものではなく、カルヴィーノ自らによる補完で、物語の体裁を整えた作品集の抄訳です。全200編のうち、上巻の北イタリア編には33編が、下巻の南イタリア編には42編が収められています。
12月8日
佐々涼子『夜明けを待つ』(集英社インターナショナル)
『夜明けを待つ』は、ノンフィクション作家佐々涼子の過去10年のエッセイとルポルタージュを集めたもの。『紙つなげ!』『エンジェルフライト』『エンド・オブ・ライフ』などの著作で、多くの人々の生と死を見つめてきた作者が、自分の家族や自らの病を語る第1章、そして海外から日本へと移民してきた人々とその家族、家族を失って駆け込み寺に身を寄せた人々らを取材した第2章からなっています。作者は、余命十数ヶ月の宣告を受けつつも、静かなたたずまいで、自らの死にも向かい合おうとします。行間の至るところに、生命の耀きが宿る珠玉の作品集です。
12月7日
高野秀行『イラク水滸伝』(文藝春秋)Kindle版
『イラク水滸伝』は、冒険家高野秀行のイラク紀行。かつての大文明発祥の地、チグリス=ユーフラテスのデルタ地帯は、湿地の水を堰き止めたサダム・フセインによって不毛の土地と化したかに思われたが、実は水牛ととともに舟で水路をゆく少数民族の梁山泊となっていたのでした。その写真の風景を求めて、謎の湿地イラクのアフワールへと、我らが高野秀行は旅立つことになります。
12月6日
米沢穂信『可燃物』( 文藝春秋) Kindle版
『可燃物』は、葛警部を主人公とした5編からなる連作ミステリ。周囲の安易な見込み捜査に対し懐疑的で、あくまで捜査の原則にを貫き通そうとし煙たがられる切れ者刑事葛がいい味を出しています。「可燃物」は、連続放火犯をあぶりだす話。それぞれの表題にも事件解決のヒントが隠されている場合があるので要注意です。
12月4日
末永裕樹、馬上鷹将『あかね噺 9』(ジャンプコミックスDIGITAL /集英社) Kindle版
『あかね噺』は、中途挫折した父の無念を晴らすため、自ら落語家となり、真打への道をひた走る阿良川あかねこと、桜咲朱音の物語。落語家たちの生活を描くリアルな絵の中に、古風なタッチで挿入される落語の演目の世界の絵が、混然一体となって模倣を許さない独自の世界を築いています。父の演目であった「替り目」で、あかねが勝負を賭けた選考会の結果は?そして、次なる目標、二段目昇進のカギとなる人物とは?
松本直也『怪獣8号 11』(ジャンプコミックスDIGITAL /集英社) Kindle版
自ら怪獣への変身能力を獲得しながら、突然襲い来る怪獣と戦う日比野カフカと、仲間の防衛隊隊員の群像劇。完全に防衛隊の手の内を読んだ上で、同時多発的に襲い来る怪獣に東雲ら小隊長クラスが追い詰められる中、日比野カフカや雨宮キコルらが成長を遂げ、戦況を逆転させる神巻です。
12月1日
斜線堂有紀『回樹』(早川書房) Kindle版
早川のセールで半額になっていたのでKindle版で買いました。『回樹』は、作家斜線堂有紀の6編からなるSF短篇集。表題作の「解樹」は、死者の身体を吸収してしまう巨木のこと。やがて、人々は死者への想いを、その樹木に向けるようになり…他に「骨刻」や「BTTF葬送」など人間の生死や心の深層に関わる作品が収められています。
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『庭のかたちが生まれるとき 庭園の詩学と庭師の知恵』(フィルムアート社) は自ら庭師であり、大学の教員でもある庭園研究者山内朋樹の造園論である。
伝統的な日本庭園の造形は、いかなる形によってなされるのか、なぜあの木はこの位置に置かれ、この石はこの位置に置かれるのか。著者は、京都福知山の古寺の作庭現場に立ち会いながら、庭園生成の内的な論理を、庭園の詩学と庭師の知恵の二つの視点から、考察してゆく。あたかも将棋や囲碁の棋譜のように、文字通り庭師の一挙手一投足が、記録され、その度に新しい庭の相が記述され、考察されるというかたちで進行してゆく。
庭は、あらかじめ描かれた設計図のようなものに沿って造られるのではない。庭の存在する場所、周囲の風景や建築物、土地の起伏、与えられた素材などによって、自然に決まってゆくのである。
石はなにもないところに突如として置かれるのではない。つまり作庭行為は決して「無からの創造」ではない。石はつねに物体や場の特性がひしめきあう偶然的な力の場に巻き込まれてゆく。p74
ひとたび置かれた石や、植えられた樹木も、不動の位置を占めるわけではない。それらはあくまでも仮の場所であり、他の石や樹木、地面の起伏・高低差とのバランスで、位置を変え、それにつれて、庭の様相も刻一刻変化してゆく。これは「物の折衝」である。
庭師一人の意志によって、かたちが決定されるわけでもない。作庭を依頼した住職の意向と庭師の意向には、当然のことながらずれがある。それを調整しながら、落としどころとなる解を見つけてゆくのも作庭のプロセスである。これは「者の折衝」である。
たえず変動する中で、来るべき庭を見つけようとするそのプロセスは、様々なアートや哲学の生成プロセスに似ている。
たとえば、千葉雅也の『別のしかたで ツイッター哲学』では、あくまでそれぞれのツイート=断章は、仮固定にすぎず、次なるツイート=断章によって、更新される運命にあるが、同じようなプロセスがここで語られている。
着工してもなお、設計図や模型や見積書が更新され続けていくように、この庭=設計図は無数の修正とやり直しのなかで相対的に安定し、人々の意図を折衝する媒体として機能するようになっていく。p115
油絵による抽象的な絵画も、すでに描かれた描線や図形は、次なる描線や図形を呼び込むが、それらがうまく機能しない場合には、別の描線や図形、色によって上書きされ、更新されてゆく。その中で、自然に生まれてくるのは、同じ描線や図形、色によるパターンの反復である。ただし、作庭の場合には、意図的またはタッチではなく、石自体の形状が利用される。
石と石はたんに隣接するから組になるのではなく、隣りあう石相互に形態的な反復――-天端や小端の線や面の呼応関係――-が織り込まれているからこそ組になっている。
石と石はかたちの反復を抱えるからこそ組になる。p137
本書が提示するテーゼも、そのプロセスごと、仮のものである。ページを進めると、さらに別の概念がでてきて、それまでに語った内容が、転覆されたり、意味を変えたりする。庭の場合には、立ち位置を変えることで、見えてくるものも異なる。別の視点に立って、やり直すこと。作庭のプロセス同様、本書の記述もまた、絶え間ない不安定さの中にある。
『庭のかたちができるとき』は、単に庭づくりに関心がある人のみならず、思考やさまざまな芸術の創作のプロセスに対し、数えきれないほどの多くのヒントや示唆を与えてくれる書物である。
『庭のかたちが生まれるとき』は、文字と写真、図の三つによって構成される時間の書物である。この本を読んだ前と後では、様々な庭の見え方も違ってくるはずである。というのも、一見静的に見える日本の庭園が、いかに多くの運動、たえず変化し続ける線と点によって構成されているか、その潜在的な時間を、私たちは思い描かずにはいられないからである。そして、自宅に庭がある人には、一歩踏み出して今とは別の庭を造る試みも可能にしてくれるだろう。ほんの一つの石を置いてみる。一本の小さな木を植えてみる。すると運動が生じる。新たなバランスを求めて、庭は、次の石、次の樹木を呼び込み、変容のプロセスがスタートするのである。
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JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略
中森明夫『推す力 人生をかけたアイドル論』(集英社新書)は、作家でありアイドル評論家でもある中森明夫の総決算とも言えるアイドル論である。南沙織から、山口百恵、松田聖子、中森明菜や小泉今日子、薬師丸ひろ子、原田知世を経て、AKB48、乃木坂46、あいみょんに至るまで、それぞれの時代の中で、輝いたアイドルたちのトレンドをたどる体験的歴史書でもある。
驚くべきなのは、1970年代から2020年代まで、変わることのない解像度と熱量だ。誰でも、十代から二十代にかけての青春時代には、それぞれが推すアイドルを持ち、その周辺の事情に精通していたりするものだが、ある年代を過ぎると、その熱はどこかへ消え去り、かつて応援したアイドルを懐メロ的に思い出すのがせいぜいである。しかし、中森明夫の場合、その状態が、絶えずコンテンツを更新しながら、今日に至るまで持続するのである。
もちろん単なるアイドルオタクとしてではない。また評論家という肩書きから想像されるような、俯瞰の視点から芸能界を斜に見てきたわけでもない。一方では、アイドル全般を応援しつつも、もう一方で、新たなアイドルの誕生の現場に立ち会ったり、そのプロモーションに加担したりもしてきた。一見平易な言葉でまとめられている『推す力』が、他のアイドル論と異なるのは、生の情報、現場の一次情報で満たされていることだ。単なる観察者ではなく、どこかで歴史を改変しかねない微妙なポジション。中森明夫がいなければ、アイドルの歴史は違っていただろう。それを感じさせるだけの証言が、本書には盛り込まれている。
新人類トリオの解散式では、中森明夫の上に、小泉今日子が腰かけた。ドラマの原作者として宮沢りえに挨拶すると、「中森さん、ああ、クミコ(後藤久美子)ちゃんから聞いています」と言われ、その日のうちにスリーショットをおさめることになった。12年にわたり篠山紀信とタッグを組み、「ニュースな女たち」を連載、「チャイドル」をバズらせることに成功した。竹内結子をはじめてインタビューし取り上げたのも中森だった。十数年後、西麻布の路上で「中森さーん」と呼び止められた。国民的美少女コンテストの選に漏れた上戸彩を、審査員特別賞へと押し込んだのは、中森明夫だった。シンデレラオーディションで、ダンスレッスンの途中に泣き出した浜辺美波の名前を思わず書き、ニュージェネレーション賞が与えられた。
なかでも感動的なのは原田知世とのエピソードである。
2017年に、デビュー35周年で、雑誌のインタビュアーをつとめたときの最後の質問。
「もし本当にタイムトラベルができて、時をかけ35年前に帰るとします。そこには14歳の原田知世がいる。そしたら、その女の子になんて声をかけますか?」
虚をつかれたような表情をした彼女は、しばし沈黙して、思案げにうつむいていた。そうして顔を上げると、まっすぐな瞳をして、口を開く。
「……素晴らしい未来が待っているよ」
うっ、と嗚咽する声がもれた。同席した女性編集者が涙を流していた。まわりのスタッフもみんな泣いている。感動した。ああ、この瞬間に立ち会えて本当に幸福だった。p163
アイドルに憧れて、15歳で上京して以来、ほぼ半世紀。岡田由希子の死を乗り越え、AKB48をめぐる論争では批判の矢面に立ち、コロナ禍でアイドルが冬の時代に突入する中『TRY48』というアイドル小説を書くことで、生き延びた中森明夫は、希望に満ちた言葉でしめくくる。
11歳の上戸彩に、10歳の浜辺美波に、かつて私が見たものとは、何だろう?……原石の輝きだ。やがてその原石が本物の光を放つ瞬間が来る。必ず、やって来る。
アイドルを「推す」ということは、そう、未来を信じることなのだ。p250
コートのポケットに入る新書サイズに、平易な言葉で綴られた『推す力』は、実は中森明夫の人生のエッセンスが凝縮された最高傑作である。
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11月22日
森合正範『怪物に出会った日 井上尚也と闘うということ』(講談社)
『力石徹のモデルになった男 天才空手家 山崎照朝』の著者森合正範による井上尚也伝。あまりに強く、あっという間に試合が終わってしまうため、その強さを伝えることが困難な日本ボクシング界の至宝井上尚也。その壁を超えるために著者がたどり着いた結論は、井上に敗れた対戦相手たちの目を通じて、井上尚也を描くことでした。
小野寺拓也、田野大輔『ナチスは「良いこと」もしたのか』(岩波ブックレット)
権威主義志向の人間が、ポリティカルコレクトネスの流れに逆らって繰り出す言説の一つに、ナチスはアウトバーンの建設や経済政策など、よいこともしたというものです。はたしてそれらは本当なのか。事実として、解釈として、妥当なものなのかを、二人の歴史家が事実を踏まえ検証してゆく話題作です。
山口つばさ『ブルーピリオド 15』(アフタヌーンコミックス/講談社)Kindle版
藝大生の青春を描く群像劇。2年の夏休み、先輩たちに誘われ世田介ともども広島へと出かけた矢口八虎。そこで知った天才女流画家真田の死の真相、大きすぎる友人の死を乗り越えられずにいる八雲。それぞれの思いを胸に、公募展に出展したその結果は。
11月20日
カルヴィーノ(訳)和田忠彦『魔法の庭』(晶文社)
カルヴィーノの11編からなる初期短篇集。良質のイタリア映画を思わせるタッチで、人々の生活の断片が描かれますが、そこに入り込むファシズムや戦争の影。ユーモアやファンタジーを感じさせる世界に、容赦なく侵入するリアルな世界の重みが、巧みなバランスによって描き出されています。
11月19日
カルヴィーノ(訳)和田忠彦『むずかしい愛』(岩波文庫)
マイブームで、イタリアの作家イタロ・カルヴィーノの作品を固めて読んでいます。『むずかしい愛』はカルヴィーノの12編からなる短篇集。兵士、会社員、写真家、詩人、スキーヤーなど12の「冒険」から構成されています。
11月17日
中森明夫『推す力 人生をかけたアイドル論』(集英社新書) Kindle版
作家でありアイドル評論家でもある中森明夫の、アイドル論の総決算とも言える一冊。南沙織から、山口百恵、松田聖子、中森明菜を経て、AKB48、乃木坂46に至るまで、それぞれの時代の中で、輝いたアイドルたちのトレンドをたどる体験的歴史書でもあります。とりわけ原田知世、竹内結子とのエピソードは感動的です。
ロラン・バルト、宗左近・諸田和治訳『エッフェル塔』(ちくま学芸文庫)
フランスの批評家ロラン・バルトの1964年の著作。エッフェル塔というたった一つのものをテーマに、いかに豊かなテキストを生み出すことができるか、ロラン・バルトの真骨頂がいかんとなく発揮された名著です。しだいに完成へと向かうプロセスが素描されるモノクロームの写真も見事で、これだけでも読む価値があると言えます。1970年に発表された日本論『表徴の帝国』の空虚な中心の主題がすでに本書の中で登場している点も押さえておきたいです。
11月13日
二ノ宮知子『七ツ屋志のぶの宝石匣 20』(Kiss コミックス/講談社)Kindle版
銀座の質屋の娘倉田志のぶと、質草に預けられた北上顕定を中心にめぐるラブコメタッチの宝石をめぐるミステリー。パズル国の登場で、北上家の人々の失踪の背景が暗示されるものの、まだ真相の解明には遠そうです。将来をめぐる教師との面談バトルで、志のぶの驚愕の成績も明らかになります。
11月12日
島本和彦『アオイホノオ 29』(ゲッサン少年サンデーコミックス/小学館)Kindle版
1980年代の漫画家志望の青年を主人公にした自伝的漫画。過去の自分の漫画に、他の漫画家の漫画、そして現在の作者の絵の三つが混然一体となりながら、進行してゆきます。しだいに漫画家として認知されるようになったホノオは、ついに憧れの女性へと、さらに『タッチ』のヒットで飛ぶ鳥を落とす勢いであったあだち充と対面したものの、案の定やらかしてしまいます。
11月2日
岸政彦『にがにが日記』(新潮社)
社会学者であり作家でもある岸政彦が2017年4月〜2022年8月にかけてWeb上に発表した日記の書籍化です。続編にあたる「おはぎ日記」(2022年12月〜2023年4月)も併録。「連れ合いであるおさい先生(斎藤直子)とおはぎときなこという二匹の猫との大阪での生活を綴っています。ハートウォーミングでときにハートブレイキングな(この日記のなかできなこもおはぎもなくなる)岸政彦の文章と、著者自身による大阪や沖縄の写真、さらにどんくまがひそかな人気を集めるおさい先生のイラストと、一粒で三度おいしいエッセイ集となっています。
みなみしま+坂口恭平『坂口恭平の心学校』(晶文社)
2023年2月にSPACE上で行われた坂口恭平の「心学校」の5回にわたる講義の書籍化です。みなみしまこと南島興が「建築」「文学」「美術」「音楽」「生きのびることについて」の主題で、坂口恭平にインタビューし、坂口恭平の創造と表現、そしてサバイバルの秘密に肉薄しようとする試みです。章末の詳細な注によって、坂口恭平に関連する多くの固有名詞がむすびつけられているのも大きな特徴です。
ジョディ・リン・ナイ(訳)山田順子『宇宙に猫パンチ【猫は宇宙で丸くなる収録作】 』(竹書房文庫) Kindle版
竹書房のSF文庫フェアでKindle版が110円になっていたので、タイトルにひかれて購入しました。39pの短編ですが、それなりに読みごたえがあります。どうやって宇宙に猫パンチするんだと思いますが、タイトル通りの作品になっていると思います(原題は異なる)。
早瀬マサト、石森プロ、平井和正、桑田次郎、石ノ森章太郎、七月鏡一『8マン VS サイボーグ009』上、下 (チャンピオンREDコミックス/秋田書店)Kindle版
平井和正と桑田次郎の『8マン』と、石ノ森章太郎の『サイボーグ009』の、作者なき後のコラボ企画です。画力は素晴らしく、すべてのページにおいて、いずれの原作にも劣らず、ファンも満足の完成度になっています。同じ加速装置を持った8マンと009は、ドラマ展開のうえでも相性がよいですが、特にエイトマンの変身能力や、他のサイボーグ戦士たちの能力がうまく活かされています。エイトマンのロマンスをからめた展開も秀逸です。
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10月17日
ミシェル・フーコー、(訳) 田村 俶 『性の歴史 3 自己への配慮』(新潮社)
フランスの哲学者フーコーの未完の遺作『性の歴史』の第3巻。当初の計画を大きく変更した『性の歴史』のこの巻では、第2巻の古代ギリシアに続き、古代ローマ人の思想と生活に分け入りながら、近代ヨーロッパが遂げた道筋とは別の、主体のあり方を模索してゆきます。
10月16日
山内朋樹『庭のかたちが生まれるとき 庭園の詩学と庭師の知恵』(フィルムアート社)
自ら庭師であり、大学の教員でもある庭園研究者山内朋樹の話題の新刊。伝統的な日本庭園の造形は、いかなる形によってなされるのか、なぜあの木はこの位置に置かれ、この石はこの位置に置かれるのか。著者は、京都福知山の古寺の造園現場に立ち会いながら、庭園生成の内的な論理を、庭園の詩学と庭師の知恵の二つの視点から、考察してゆきます。
東浩紀『訂正する力』(朝日新書)
9月に出版された『訂正可能性の哲学』のいわば実践編。東京五輪開催までの顛末を見てもわかるように、現在の日本が行き詰まっているのは、保守もリベラルも、自らの過去の言動にとらわれ、訂正不可能性の呪縛にかかっているため。それに対する処方箋としての「訂正する力」を、思想家東浩紀は、「時事」と「理論」と「実存」の三つの面から、掘り下げてゆきます。
10月15日
松岡圭祐『ウクライナにいたら戦争が始まった』(角川書店)Kindle版
松岡圭祐のウクライナを舞台にした近過去小説。女子高生瀬里琉唯は、父親の仕事のため、両親と妹ともに、ウクライナで3カ月を過ごすことに。そんな折、ロシアによるウクライナ侵攻のニュースが流れ、あわてて帰国しようとするものの、新型コロナの影響で足止めを食い、恐るべき戦争の現場に居合わせることになります。松岡圭祐は、いたずらにウクライナを美化することなく、ノンフィクションを思わせるリアルなタッチで、しだいに戦場化する町を描き出します。
10月14日
伊坂幸太郎『777 トリプルセブン』(角川書店)Kindle版
『マリアビートル』の続編にあたる殺し屋を主人公とした、伊坂幸太郎の小説の最新作です。ホテルのある部屋へ届け物するだけの簡単な仕事だったはずが、いくつもの事件に巻き込まれ、ホテルから出られなくなった天道虫こと七尾。殺し屋たちの壮絶なバトルが続く中、晴れて彼がホテルから脱出できる日は来るのでしょうか。
10月13日
小林有吾『フェルマーの定理』2-4 ( 月刊少年マガジンコミックス /講談社)Kindle版
『アオアシ』の小林有吾が描く、料理マンガ。1巻は無料で読みました。数学の天才としてもてはやされた北田岳はかなわないライバルとの出現で挫折。彼が選ぶこととなったのは、料理の道でした。カリスマシェフ朝倉海のレストランで見習いとした働く中、得意の数式を駆使することで、しだいに岳の料理の才能は開花してゆきます。
10月10日
松岡圭祐『伊桜里 高校事変 劃篇』(角川文庫)Kindle版
松岡圭祐の大ヒットシリーズ高校事変のスピンオフ。シリーズの登場人物の紹介的なエピソードの位置づけです。伊桜里は優莉匡太の七女。五歳のときに児童福祉施設から養子として引き取られ、今は中学生になった伊桜里は、養子先での虐待と学校でのいじめに遭い、絶望の淵に。けれども、姉優莉結衣との出会いによって、大きく変貌を遂げることになります。
10月9日
鴻巣友季子『謎とき『風と共に去りぬ』 矛盾と葛藤にみちた世界文学』(新潮選書)Kindle版
『風と共に去りぬ』の訳者による、『風と共に去りぬ』の隠された魅力の数々が解明される解説書です。読者には、通俗小説として一気呵成に読ませること自体が、作者ミッチェルの戦略でしたが、実は、『風と共に去りぬ』は十年の歳月をかけて、念入りに練り上げられた作品。著者は、テキスト分析の手法を駆使しながら、時代背景や物語の「なにが書かれているか」ではなく、文体や話法、ポリフォニーなどの「どのように描かれているか」に迫りながら、その隠された謎や魅力を明らかにしてゆきます。
藤子・F・不二雄『T・Pぼん 1 藤子・F・不二雄大全集 1』(てんとう虫コミックススペシャル/小学館) Kindle版
ボンズによるアニメ化で話題となった藤子・F・不二雄のSF漫画。T・Pは「タイムパトロール」。ちょっとした事故で、未来の人のタイムトラベルの世界に巻き込まれた少年並平ぼんが、秘密保持のために、タイムパトロールの見習いになるところから物語は始まります。ピラミッドが建設された時代、魔女狩りの時代、西部劇の時代などへとタイムトラベルしながら、歴史を変えることなく、人名を救出することを使命とします。その未来の人がやってきたのは、なんと2016年から!
10月6日
ジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリ『アンチ・オイディプス』(河出書房新社)
1972年に出版された哲学者ドゥルーズと精神分析家ガタリによる記念碑的な著作。フロイト的な精神分析に対する批判であると同時に資本主義の批判でもあります。同じ翻訳のKindle版は持っているものの、コミック、小説、ノンフィクションと読むものが多すぎるため、分厚い思想書を電子書籍でいちいち開いて読むのはあまり現実的でなく、結局紙の本に戻ってしまいます。
10月4日
芥見下々『呪術廻戦 24』(ジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kindle版
呪霊と戦うために選ばれた、呪術高専の生徒たちの戦いを描く群像劇。死滅回游での戦いのさ中、虎杖悠仁(いたどりゆうじ)を器としていたはずの 特例呪物・両面宿儺(りょうめんすくな)に大きな変化が現れ、物語が新しい局面へとステップアップする巻です。
末永裕樹、馬上鷹将『あかね噺 8』(ジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kindle版
落語界を去らざるを得なかった父の無念を晴らすために、自ら阿良川一門に入門し、阿良川あかねを名乗り、落語家をめざすこととなった桜咲朱音(おうさきあかね)。登竜門である「四人会」の選考会で、客の心をつかみ、予想以上の高得点をあげた嘉一、ひかるに続き、トリを演じすることとなったあかねの逆転への秘策とは。
10月2日
宮島未奈『成瀬は天下を取りにいく』(新潮社)Kindle版
滋賀県大津市の中学生成瀬あかりを主人公とした、地元愛に満ちた青春物語。成瀬あかりは、成績優秀でスポーツも得意ながらも、周囲の空気を読まず、自ら思いついた発想を、何のためらいもなく実行する「超人」的な中学生。西武大津店の閉店までライオンズのユニフォームで通いつめ、TVに映り続けたり、友人とユニットを結成し、文化祭を皮切りに、M1にチャレンジしたりと、その影響力は、いつしか周囲に、大きな波紋をなげかけ、ついには町そのものまで変えてしまいかねないものでした。
三田紀房『Dr. Eggs 6』(ヤングジャンプコミックスDIGITAL/集英社) Kindle版
東北の国立大学医学部へと進学した円千森(まどかちもり)とその仲間の医大生の毎日を描くコミック。毎年学生の何パーセントかがふりおとされる単位認定のための試験の厳しさが描かれます。それを攻略するためのさまざまな知恵も、この6巻では披露され、さながら医大版『ドラゴン桜』。医大をめざす中学・高校生必読の内容になっています。
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9月24日
斎藤幸平、松本哲也他『コモンの「自治」論』(集英社)Kindle版
気候変動や、新型コロナウィルスによるパンデミック、ロシアによるウクライナ侵攻など様々な危機とともに、世界に広がる分断。今や危機に瀕する民主主義を救うために必要なのは、国家や資本主義によって収奪されつつある「コモン」と自治の復権である。そんな趣旨のもと、集まった論者は斎藤幸平、松本哲也の他、政治学者白井聡、杉並区長の岸本聡子、文化人類学者の松村圭一郎など錚々たる顔ぶれ。はたして閉塞的な日本社会に風穴を開ける嚆矢となることができるでしょうか。
9月23日
小泉悠『終わらない戦争 ウクライナから見える世界の未来』(文春新書)
軍事評論家小泉悠の『ウクライナ戦争の200日』に続く対談集。今回も『ウクライナ戦争の500日』にしようと考えたものの、戦争が終わりそうもないので、このタイトルに変更したとか。『ウクライナ戦争の200日』が漫画家や作家、思想家など多彩な顔触れであったのに対し、本書では千々輪泰明、熊倉潤、高橋彬雄という三人の専門家との対談で、一層掘り下げた内容となっています。
入不二基義、香山リカ、水道橋博士他『アントニオ猪木とは何だったのか』(集英社新書)
昨年10月に物故した不世出のプロレスラーアントニオ猪木についての論考集。哲学者、精神科医、芸人、作家など、多彩な顔ぶれがそれぞれの視点より、アントニオ猪木の生涯や言動、出来事を回顧し、その存在を分析するプロレスファン必読の書です。では、アントニオ猪木とは何だったのか。現代思想です、はい。
9月22日
中沢新一『惑星の風景 中沢新一対談集』(青土社)
2014年に刊行された中沢新一の最強対談集。なんといっても、冒頭を飾るクロード・レヴィ=ストロース、ミシェル・セール、ブルーノ・ラトゥールという三人の世界最高レベルの知性との対談が光ります。それに続くのが、吉本隆明、河合隼雄といった巨人たち。同時に、中沢新一の思想を、様々な角度から光を当てる解説書にもなっています。
9月15日
山田鐘人、アベツカサ『葬送のフリーレン 11』(少年サンデーコミックス/小学館) Kindle版
かつて勇者とともに旅したエルフのフリーレンは、新たな旅の仲間とともに、勇者の死後かつて訪れた土地をめぐります。デンケンの師匠であり、すべてのものを黄金に変える力を持つ最強の敵マハトとの対決の行方は?
9月11日
東浩紀『訂正可能性の哲学』(ゲンロン叢書)Kindle版
思想家東浩紀の最新刊『訂正可能性の哲学』は、『観光客の哲学』の続編とされます。『観光客の哲学』の末尾にある「家族の哲学」、一見リベラルとは正反対に見える「家族」の哲学をアップデートしながら、、ドストエフスキー、ウィトゲンシュタイン、アーレントをたどる中で、見出される「訂正可能性の哲学」とは?
あだち充『MIX 21』(ゲッサン少年サンデーコミックス/小学館)Kindle版
『タッチ』の舞台であった明青学園野球部の30年後を描く、まいどおなじみあだち充の高校野球漫画。立花兄弟の父英介の死で、後一歩だった甲子園を逃した明青学園野球部。投馬復活で、再び快進撃と思われたその時、思わぬアクシデントが発生。投馬の穴を埋めるには、夏野は力不足。ということで、とっておきの裏技バッテリーが誕生。まあ、この見せ場をつくるために投馬にケガをさせたのでしょうね。
9月9日
渡名喜庸哲(となきようてつ)『現代フランス哲学』(ちくま新書)Kindle版
フランス現代思想というと、フーコー・ドゥルーズ・デリダ止まりで、これまで軽くしか扱われることのなかったそれ以降の思想家紹介にむしろ重点を置き、クローズアップした画期的な一冊です。現代思想の基礎知識をアップデートしながら、フランス社会の変化を把握するには最良の一冊です。
村田沙耶香『生命式』(河出文庫)Kindle版
『生命式』は、芥川賞作家村田沙耶香の12編からなる短篇集。表題作の「生命式」では、死後人間の肉を食べることが尊い儀式とされる世界が描かれます。そんな中で、人食に抵抗を示す人々もいないわけではないのですが。私たちにとって忌まわしいタブーである行為を、崇高な美しさをもって描き出し、私たちの常識を根本から揺さぶらずにはおかない、村田ワールド全開の作品集です。
9月7日
板垣恵介『バキ道 17』(少年チャンピオンコミックス/秋田書店)Kindle版
刃牙を倒すのに10秒とかからないと再戦に臨む野見宿禰を迎え撃つ範馬刃牙の姿は、いわば進化の最終形態。悠然としたその姿はどこか宮本武蔵の自画像にも通じるものがあります。バキ道もこの巻を持って完結ですが、ボーナストラックとして、『グラップラー刃牙』の第一回を、今の絵柄で描き直した著者自身によるリメイクがついています。これでバキシリーズ完結かというと、さにあらず。今度はジャック・ハンマーとピクルをキャストとした「バキらへん」が始まるようです。
9月5日
加藤陽子、鴻巣友季子、上間陽子、上野千鶴『別冊 NHK100分de 名著 フェミニズム』(NHK出版)
2023年1月2日に放映された「100分deフェミニズム」の書籍化です。歴史家の加藤陽子、翻訳家の鴻巣友季子、社会学者の上間陽子、同じく社会学者の上野千鶴子というオールスターキャストで、フェミニズムの重要著作を多面的な視点からスポットライトを当てます。加藤は伊藤野枝集を、鴻巣はアトウッドの二つの長編小説『侍女の物語』とその続編『誓願』を、上間はジュディス・L・ハーマンの『心的外傷と回復』を、上野はセジウィックの『男同士の絆』を取り上げています。
9月4日
松井優征『逃げ上手の若君 12』(ジャンプコミックスDIGITAL/集英社) Kindle版
中先代の乱の主人公である実在の武将北条時行の活躍を描いた松井優征のコミック。晴れて鎌倉を奪還した北条軍ですが、ここから足利尊氏の壮絶な巻き返しが始まります。ある意味、この12巻が時行の人生の絶頂なわけで、ここから先歴史を知る読者は、読み続けるのがつらい場面も増えてきそうです。それでも読み続けるとすれば、『暗殺教室』という前例があるからでしょうか。この二つの作品は、主人公の姿や年齢は違っていても、物語の構造が瓜二つ、本当によく似ているのです。
9月3日
坂口恭平『幸福人フー 僕の妻は「しあわせ」のお手本』(祥伝社)
作家、画家、ミュージシャン、建てない建築家と、躁鬱病に悩みながらも、多面的な活躍を見せる坂口恭平の、奥さんフーに関するエッセイ。躁鬱病で、心が大きく上下する中でも、今まで大きく失敗することなく、周囲ともうまくやってこられたのは、フーさん(と二人の子供)のおかげであるのは間違いないでしょう。変わり続ける坂口恭平と変わらないフー、人からは見えなかった二人の対話を再現するとき、躁鬱病の正体も明らかになります。これは、いわば読むセラピーの本なのです。
今井むつみ、秋田喜美『言葉の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(中公新書)
今井むつみ、秋田喜美二人の言語学者による言語論。言葉を知っているとはどういうことか、はたして言葉を使うためには身体経験が必要なのか。記号接地問題から言語の本質へと斬りこんでゆきます。そのとき、鍵となるものとして、オノマトペと、アブダクション推論(仮説形成推論)を著者はあげます。
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ディスカヴァー・トウエンティワンの74タイトルが対象。
【198円〜】リニューアル4周年!「小説現代」大感謝祭(〜3/31)★★★
講談社の77タイトルが対象。
サン=テグジュペリ『人間の土地』など104タイトルが対象。
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KADOKAWAの2000タイトル以上がポイント還元。
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講談社の758タイトルが対象。
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8月29日
羽海野チカ『3月のライオン 17』(白泉社) Kindle版
十代でプロ棋士デビューした桐山零を主人公とした将棋漫画。桐山は、幼いころからのライバル二階堂晴信と久々の対決。桐山が繰り出した驚天動地の一手とは?他方、三月堂ではあかりが、近所のリクエストに応え、三時のおやつの出前で、その商才を発揮します。将棋漫画というより、グルメ漫画の色が濃い一巻です。
岩井俊二、乙一『花とアリス殺人事件』(小学館文庫)Kindle版
小学館のセールで40%ポイント還元となっていました。岩井俊二監督のアニメ映画を、脚本や絵コンテなどの資料に基づき、人気小説家の乙一がノベライズ。転校してきたばかりの有栖川徹子(アリス)と、隣家の娘で不登校のクラスメート荒井花が、学校の怪談化した殺人事件を解決する物語。もっとも、この事件には、花が深く関係しているのでしたが…
『文藝春秋 2023年9月』(文藝春秋)
第169回芥川賞発表で市川沙央『ハンチバック』掲載ですが、二段組の雑誌よりは単行本の方が読みやすいので、選考委員による講評の方が目的での購入です。特に、千葉雅也『エレクトリック』の各委員(というより作家)の評価や位置づけが気になりました。
『新潮 2023. 9 』(新潮社)
「テロと戦時下の2022-2023日記リレー」(永久保存版)が目玉です。岸政彦、柄谷行人、村田沙耶香、小川哲、多和田葉子、平野啓一郎、國分功一郎、ヤマザキマリなど52名の豪華執筆陣。他に、小川公代の「平野啓一郎と三島由紀夫――-ワイルドの“サロメ“的悲劇」も読もうと思いました。
8月28日
落合陽一『晴れ、ときどきライカ』(文藝春秋)
ライカとオールドレンズをフルに活用した落合陽一の写真集&エッセイ集。5500円と値段はそれなりに張るものの、写真・装幀ともに美しい、よい写真集です。モノクロームを中心に、秋葉原から上野にかけての都市景観や、飛騨の古民家、奈良の古寺、香港の夜、シリーズ化されたヌード写真、自宅の黒猫、子どもなどを写す中で、コロナ禍の時代の変化も肌で感じることができる写真集になっています。
8月25日
たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 博多編 8』( 角川コミックスエース /KADOKAWA) Kindle版
『アンゴルモア』は、対馬、そして北九州が戦場と化した蒙古来襲を描く歴史絵巻。博多での戦いで敗走した日本軍は、大宰府への後退を強いられます。頼みの綱は、大昔に築かれた長大な水城。荒れ果てた古の建築物によって、果たして蒙古軍の進撃を食い止めることができるのか。同時に、おとぎ話のような義経=チンギスハン説とは異なる、伝承に基づいた義経流のルーツも明らかにされます。
8月23日
藤井太洋『オーグメンテッド・スカイ』(文藝春秋)
6月に出た藤井太洋の新作SF。東京の子ならぬ「鹿児島の子」マモルを主人公とした近未来SF。学生寮の次期寮長に指名されたマモルの役割の中でもとくに重要なのが、VR甲子園のまとめ役でした。しかし、やがて与えられた枠組みからはみ出て、アマチュアVRの世界大会の「ビヨンド」へと向かいます。『第二開国』に続く、グローカルな近未来小説ということができるでしょう。
8月19日
大今良時『不滅のあなたに 20 』(週刊少年マガジンコミックス/講談社)Kindle版
不滅の生命体であり、出会ったものの姿に変身することができる存在フシ。19巻までで、現代編は終わり、20巻からは未来編となります。数百年先の世界に生きながらえたフシとその仲間たちは、なぜか人々の敵となり、終われる存在になっていました。その理由とは?前世編、現代編、未来編と続くところを見ると、作者は手塚治虫の『火の鳥』の世界観をヒントにしているのかもしれません。
8月18日
三都慎司『新しいきみへ 5』(ヤングジャンプコミックスDIGITAL/集英社)Kindle版
何度ループしても、パンデミックで人類が絶滅するシナリオが繰り返される中で、一人記憶を持ち続け、サバイバルのシナリオを見い出そうとする少女相生亜希。「新しいきみへ」とは、毎度彼女と遭遇し、バディとなる運命の高校教師佐久間悟へのメッセージでした。鍵となるガスマスクの男を追ううちに、いつしか今回のシナリオでは、佐久間の妻亜希さえも巻き込んでしまいます。
8月17日
これも早川書房の半額セールを機会に購入しました。ハードSFの旗手グレッグ・イーガンの作品は、値段の安い方から買いそろえていっているのですが、なかなか読み通す機会がありません。
グレッグ・イーガン、(訳)山岸真『ビット・プレイヤー』(ハヤカワ文庫)Kindle版
『ビット・プレイヤー』は表題作を含む全6篇からなる短篇集。「七色覚」「不気味の谷」「ビット・プレイヤー」「失われた大陸」、「鰐乗り」「孤児惑星」とかなり毛色の違う6作品が収められており、バラエティに富んだ作品を楽しむことができます。表題作の「ビット・プレイヤー」は、理不尽な変化を強いられるゲーム世界の中の住人視点の物語です。
グレッグ・イーガン(訳)山岸真『シルトの梯子』(ハヤカワ文庫)Kindle版
『シルトの梯子』は、2万年後の人類の姿を描く長編SF。量子力学によって新しい時空が生まれてしまった結果に直面した人類の間の対立を中心に描きます。量子力学の先端知識と想像力によるフィクションが混然一体となっているため、イーガンファンの中でもわからないとの声が多いようですが、どこまでも量子力学は舞台をつくるための素材であり、そこから引き起こされる人間の変化やドラマを中心に読めばよいのだと思います。
8月14日
マーガレット・アトウッド(訳)鴻巣友季子『誓願』(早川書房)Kindle版
早川書房の半額セールに乗じて、Kindle版を買いました。『誓願』はカナダの作家アトウッドのディストピア小説、『侍女の物語』の続編とされます。同じギレアデを舞台とした十数年後の世界です。アトウッドの書き方も変化しましたが、トランプ政権の誕生など、世界中での反動的な方向への政治体制の変化により、作品に描かれた世界がもはや絵空事ではなく、不気味な現実味を帯びたものと感じられるようになりました。
三部けい『13回目の足跡 1』(角川コミックスエース/角川書店)Kindle版
『僕だけがいない街』の三部けいの新作コミックですが、『僕だけがいない街』に輪をかけて怖いです。というのも、小学校教員の男性と妻、その子供という一見幸福そうな家庭ですが、妻は家族を失うトラウマ的な出来事をひきずっており、息子は病気の治療のため、髪の毛がありません。家庭の平和というものがいかに薄氷の上になりたっているかを表すような設定です。そこに、人が死にかねないような事件の予告が、子供の字で寄せられ、それが続きます。誰が何のために?他人の不幸を見過ごしにできない性格の主人公戸河桃弥(もも)は、事件を未然に防ぐために奔走します…
8月13日
一時的に講談社の一部タイトルが半額の上、30%ポイント還元になっていたので次の本に前の本のポイントを充当しながら購入。セールがあることで、優先順位が低かったものが急に浮上することになります(そして財布を圧迫する結果に)。
宇野邦一『非有機的生』(講談社選書メチエ)Kindle版
早い時期からフランスの哲学者ドゥルーズの著作を精力的に紹介してきた宇野邦一の単著です。「非有機的生」とは何か。人間によって生み出された人工物すべては、有機的な人間の生の拡張でありながら、無機的な物質からなるものによって構成されています。これらを非有機的生と呼ぶことで、自然/人口のような、西洋思想の伝統的な二項対立を脱構築しようとする試みと言えるでしょう。
牧野雅彦『精読 アレント『人間の条件』』(講談社選書メチエ)Kindle版
ハンナ・アレントの主著の一つ『人間の条件』の、翻訳者による解説書です。人間とは何か。人間に対する科学と技術の影響はといった主だった内容だけでなく、全六章の構成にそったかたちで、詳細な解説が行われます。本書自体が、講談社学術文庫の『人間の条件』とあまり値段が変わらず、ちくま学芸文庫の『人間の条件』よりも高いだけに、Kindle本のセールのありがたみを実家します。
8月12日
熊田龍泉『それでもペンは止まらない』3〜5 (ヒーローズコミックス ふらっと) Kindle版
2巻までは買ってましたが、コミックは数が多すぎて押さえきれなかったものを、半額セールに乗じて購入。5巻完結です。美人だが、今一つヒット作に恵まれない女性漫画家美空輝子の苦闘を描いたコミック。人気漫画家黒姫カレンとの因縁の対決の行方は。最後まで波乱万丈の展開で、一気に読ませる熱量です。
8月10日
ジル・ドゥルーズ『スピノザと表現の問題』(叢書・ウニベルシタス/法政大学出版会)
ドゥルーズの著作の中でも、特に難解とされる代表的著作の一つ。学生時代原書で買って読みましたが、ほとんど理解できませんでした。ドゥルーズのフランス語自体は、語彙も少なく、するっと読めるのですが、具体的なモノでない概念が何を表すのかがどうしても直観的に把握できないの、言葉をたどるだけになりがちです。ここでの「表現」とは、神は諸物を通じて、その存在を表すというような意味の表現です。最近新訳が出たばかりですが、1万円を超えるので、状態のよい旧版をAmazonで購入しました。
岩本ナオ『マロニエ王国の七人の騎士 8』( フラワーコミックスα/小学館) Kindle版
中世騎士物語のかたちをとった岩本ナオのコミック。マロニエ王国の七人兄弟の騎士たちが、それぞれ訪れた先の国で、問題を解決しながらそれぞれの伴侶を見つけるという形で進んでゆきます。これまで比較的順調に進んできた七兄弟の冒険も、「食べ物が豊富な国」を訪れた末っ子ハラペコの章では、ハラペコが大波乱の展開に。なんとハラペコが巨大な獣へと変身してしまったのです。
8月7日
小川公代『世界文学をケアで読み解く』(朝日新聞出版)
出版社こそ異なるものの、『ケアの倫理とエンパワメント』『ケアする惑星』に続く「ケア」シリーズ第三弾というべき著作です。新たな文学作品を加えるだけでなく、『ドライブマイカー』や『インターステラー』などの映画、マルクスやフーコー、西田幾多郎などの思想まで射程におさめ、ケアの倫理も一段と深化し、練り上げられたものとなっています。
8月4日
乙野四方字『僕が君の名前を呼ぶから』(ハヤカワ文庫JA)Kindle版
乙野四方字の新作ですが、ハヤカワのセールでKindle版は半額になっていました。アニメ映画化された 『僕が愛したすべての君へ』『君を愛したひとりの僕へ』のスピンオフ作品。パラレルワールドへシフトしてしまう体質を持った少女と、彼女を今の世界につなぎとめようとする研究者の青年との出会いから始まる運命の物語となっています。
藤本タツキ『チェーンソーマン 15』(ジャンプコミックスDIGITAL)Kindle版
いったんデンジと恋仲になりかけた三鷹アサ。しかし、ナユタに記憶を奪われた上、今度は落下の悪魔に襲われ、大ピンチに陥ります。その前にたちはだかるチェーンソーマンとなったデンジ。ストーリーよりも、次々に展開する場面と、壮絶な破壊シーンに圧倒されます。
松本直也『怪獣8号 10』(ジャンプコミックスDIGITAL)Kindle版
次々に現れ、破壊の限りを尽くす怪獣たちを迎え撃つ防衛隊の活躍を、自ら怪獣への変身能力を備えた日比野カフカ中心に描くコミック。副隊長の保科は10号兵器を、四ノ宮キコルは4号兵器を使いこなし、戦闘力アップを図るものの、強大な怪獣たちが次々に出現し、一気に形勢は逆転します。というのも、彼らの狙いは防衛隊を分断し、一対一の対決に持ち込むことだったのです。
末永裕樹、馬上鷹匠『あかね噺 7』(ジャンプコミックスDIGITAL)Kindle版
落語家としての人生に中途で挫折する羽目になった父の無念を晴らそうと自ら落語家の道を歩むことになった桜咲朱音。阿良川あかねとして、一門の登竜門である前座練成会の本命とされるまでに成長したものの、思わぬ伏兵が。一人は30を過ぎたサラリーマンから転向組の阿良川嘉一、そしてもう一人はあかねとの因縁の声優、今は同じ阿良川を名乗ることとなった高良木ひかるでした。その急成長ぶりは、あかねを戦慄させます。
8月3日
大山顕『新写真論 スマホと顔』(株式会社ゲンロン)Kindle版
8月のKindle月替わりセールの対象。スマホで誰もが日常的に自分の姿や食べ物、旅先の絶景などを撮影し、SNSを通じて、世界に発信することが可能となった時代の写真論です。
つくしあきひと『メイドインアビス 12』(バンブーコミックス/竹書房)Kindle版
母が行方不明となった巨大な穴「アビス」へと、冒険の旅に出る少女リコと仲間たちの物語。ラノベであれ、コミックであれ、出来合いの似たり寄ったりの設定のファンタジーが多い中で、つくしあきひとは、オリジナルなキャラクターと、見たこともないオリジナルな異界をつくりあげてゆきます。地底に近づくほどに、人間が人間であり続けることさえ困難になるのが、アビスの世界の掟だからです。
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JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略
千葉雅也『エレクトリック』(新潮社)は、1995年前後の宇都宮を舞台とした青春小説。『デッドライン』『オーバーヒート』と三部作をなす。他の二作が名乗られることのない「僕」を語り手とした一人称の小説であるのに対し、『エレクトリック』では高校生志賀達也を主人公とした三人称の小説である点が異なる。
明確で知的に整理されたイメージゆえに、読者は志賀達也の物語を読みながらも、別の二つの物語を対位法的に想起することを強いられる。それは「私の人生の物語」である。一つの物語は、高校のころの自分の生活、家族、そして住んでいた街の物語である(地方都市に暮らす私は、県庁所在地にある高校まで電車で通学し、三つ下に妹がいた…)。もう一つは、年代にもよるが、自分にとっての1995年の物語である(Windows95の発売に世の中が沸き立っていたころ、私はまだワープロ専用機を使い続け、『新世紀エヴァンゲリオン』を私が見始めたのは、1997年深夜の再放送であった…)。速水健朗が名著『1995年』で総括したように、阪神淡路大震災とオウム真理教の事件に(文化的には『新世紀エヴァンゲリオン』の放映とウィンドウズ95の発売に)代表されるこの年は、日本社会にとって大いなる転機の年であった。
ただ当時の日本人が抱いていた、「何が起きても不思議ではない」「これまでの常識は通用しない時代」という漠然とした予感に、震災とオウムっというふたつの厄災が重なることによって「変動期の到来」という強い印象が突きつけられたのだ。
1995年とは、、それ以前に起こっていた日本社会の変化を認識する機会となった転機の年なのである。
(速水健朗『1995年』pp4-5)
『エレクトリック』のところどころに、オウム真理教や阪神淡路大震災への言及があるものの、それは遠く離れた非現実的な印象を与えるBGMのように聞こえる。しかし、それは14歳の少年を主人公としたあの物語の中の終わらない夏のように、通奏低音として鳴り響いている。
けれども、『エレクトリック』は、1990年代を懐かしむためのレトロ趣味の小説というわけではない。単に、著者にとっての創造的な感性の原点がその時代に形成されたということにすぎない。一つならずの何かがそのとき、始まった。それを象徴するのが「エレクトリック」に関わるエピソードである。「エレクトリック」は、狭義ではウェスタンエレクトリックのアンプを意味するが、同時に電気と電子に関わる全てをカバーする。
雷都宇都宮、Dr,マリックのハンドパワー、インターネット、電子メール、チャット…『エレクトリック』のあらゆるページに、電気と電子に関わる言葉がちりばめられている。一種の汎電論、雷神ジュピターの支配する神話の世界のようである。
1995年という特異な年や、オーディオと電脳世界という意匠を取り除いてみると、『エレクトリック』の真の姿が現れてくる。あらゆる冒険小説同様、それは徹底してテリトリーの小説、テリトリーの拡張と収縮、更新の物語である。第一に、主人公の志賀達也のテリトリー、だが同時に隣接した形である達也の家族のテリトリーが問題である。家族のテリトリーは、家庭内で接し合う一方で、家庭の外へとその線を広げる。この外部へのテリトリーの拡張は、志賀家にとっての死活の問題であるし、『デッドライン』の伏線にもなっていることだろう。第1章と第2章にはテリトリーの地図作成がある。第2章の冒頭にあるのは、舞台となる宇都宮の地図作成である。50万都市の全体から始まることなく、達也とその家族の行動の線によって、有限化され宇都宮、それが「街」である。
オリオン通りという、そこから宇都宮の「街」が始まる中心部のアーケードを抜けた先に、達也が通う塾がある。週に二回、木曜と土曜に通っている。
東武宇都宮駅とくっついた東武デパートから、JR宇都宮駅の西口までの地域を、達也の家族はひとことで「街」と呼んでいた。達也の家は東武線の方にあり、そのため東武を起点にして見ている。他方のJR宇都宮駅だが、達也がJRの在来線に乗ることはめったになく、宇都宮駅とは新幹線の駅であって、それは、はるか東京へ飛んでいくロケットの発射基地なのだった。
東武宇都宮駅=東武デパートの前にスクランブル交差点がある。それに面して、デパートの一階には、七〇年代から続くイタリア料理店があった。喫茶店のナポリタンくらいしかなかった時代に、宇都宮でいち早くスパゲッティを出した店である。薄暗い店内には、テーブルクロスがほの白く花咲いて光っている。その向こう、ガラス越しに見える交差点の雑踏が、達也にとって「街」なのだった。pp40-41
第1章にあるのは、1995年に志賀家の住む家の地図作成である。離れである「スタジオ」こそが物語の起点となる場所である。その離れのような場所は、家でありながら、家から切り離された存在、同時に内部と外部に属するような両義的な存在である。
この豆腐の家には、そのミニチュアのようなもうひとつの白い箱がついている。その離れ(原文傍点)を、志賀家では「スタジオ」と呼んでいた。それは高床式の建物で、一階部分の空洞はガレージになっていて、上の箱全体がひとつの部屋である。
もともとは、そこは離れではなかった。昔の家の増築した部分で、達也が生を受けるより前、印刷会社を辞めてフリーのカメラマンになった父が、祖父母の援助を受けて撮影のためにつくったところだった。そこが建て替えの際にも残された。新たな母屋とはベランダの端から接続されており、いったん外に出なければ行けない。ベランダから1メートルほどの隙間を、欄干のある金網の「足場」でつないでいいる。p7
家族内のテリトリーを語る上で、重要な契機が三つある。それを三つの「去勢」と呼ぶことが可能だろう。ここでは去勢とは、単純に影響力の及ぶ範囲、力の切断のことである。それは性的というよりも政治的な概念、ミクロ政治の概念である。第一に母親による父親の去勢がある。志賀家においては、母親の意向に逆らって物事を進めることはできない。
父にとって最大の問題は、妻の機嫌なのである。例のハンバーグ事件のときと同じだ。
我が英雄のシルエットが急速にしぼんでいく。
権力を握っているのは母なのだ。それは周知の事実ではある。だが、母こそが秩序なのだとしても、達也は父に「影の力」を発揮してもらいたかったのだ。p89
そして母親の去勢の力は、達也にも及ぶ。それは達也が、家庭内では語りたい通りに、語ることができないという形で現れる。ハンバーグは、生焼けの赤い色をしてはいけないのである。そして、他人の肛門の心配を彼女の面前で語ってもならない。もう一つの去勢は、達也による父親の去勢である。達也の妹の撮ったポラロイド写真を、まだまだ改善の余地があると上から目線で言いたげな父親の評価を、達也は斥け、妹を擁護する。これはこのままですでに完成品である。これでいいのだ、と。
「写真は一瞬を切り取って残す。それだけでいい」
達也は図らずも大きな声を出していた。
それだけでいい。
と言い切った達也には、虎が獲物に爪を振り下ろしたような暴力の手応えがあった。達也は叩いた。何かを叩いた。徹底的に潰してやる、と思った。p121-122
だが、物語を支配する最大の去勢、第四の去勢は、野村さんによって持ち去られたアンプである。黄金の羊の皮のように貴重なウェスタンのアンプは、有力な得意先である岡社長に対する一種の貢ぎ物である。そして、単に彼の元にアンプが届くだけでなく、志賀家を通して、整備されたそれが届くことに貢物としての意味がある。アンプは、社長のもとに届く。fort-daという運動の間で、奇妙な何かが生じている。それは志賀家ではなく、野村家によって整備され、彼を通して、社長へと届けられたものである。ファルスは回復されず、盗まれたままである。
『エレクトリック』を通じて、一貫しているのが宙づりの状態である。ゲイの世界の最初のアプローチは相手の返信なく終わった。同級生阿久津によるゲイの世界への質問には、一般論として肯定的に答えつつ、個人的なコミットメントには触れずにスルーする。ゲイの世界は、喫煙家の未来と同様、来るべきものとして、彼方の都市へと、東京(あるいは大阪)へと先延ばしされているのである。
東京それはどんなところだろう。
見分けのつかない場所。ノイズに埋もれている場所。結局どこが本当の東京なのか、わからない場所だ。そして宇都宮が、この一九九五年に偽物にすり替わっていたとしても気づかないはずだ。
東京それはどんなところだろう。
空間と時間が、あるジャンプを挟んで、別のものに入れ替わる。その以前と以後をまたいで何かを探しに行く。いったい自分は、東京で何を学ぶことになるのか。p150
宇都宮が東京から切り離された宇宙であるように、志賀家の父親と達也がこもるスタジオは、志賀家の母屋からは切り離された小宇宙である。そこには母親の権力、視線が及ばない自由の空間がある。だが、同時に社会からも切り離された存在である。そこでの営みを社会に接続するためには、外部での営業活動が必要なのだ。自らの創造的な営みを、社会へと接続し、経済をなすためには、回路が正しく設計・配置されなければならない。家計の不具合が顕在化した時、自立する能力が発展途上であると何が生じるのか。それが、第一作である『デッドライン』のテーマであった。不協和音に似たアンプの音は、そのまま『デッドライン』の伏線となっている。
関連ページ:
千葉雅也『勉強の哲学 来たるべきバカのために』 ]]>JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略
2013年にスタートしたヤマザキマリととり・みきの共作『プリニウス』も、この12巻で完結である。
雑誌掲載の2013年12月(コミック第1巻刊行は2014年7月)から2023年2月(コミック第12巻刊行は2023年7月)までの日本と世界の歴史をたどり直すと、とても感慨深いものがある。(リンク先はコミックと並走しつつ綴った拙レビュー)
2013年は「あまちゃん」が大ブームとなった年。2020年の東京五輪の開催が決定されたが、猪瀬都知事は5000万円受領問題で退陣を余儀なくされた。宮崎駿の『風立ちぬ』高畑勲の『かぐや姫の物語』公開。村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』刊行。大島渚、江副浩正、藤圭子、やなせたかし、ネルソン・マンデラがなくなった。
続く2014 年は激動の年だった。御獄山が噴火し、57名がなくなった。STAP細胞が問題化した年、ロシアのクリミア侵攻でウクライナ危機が起きたにもかかわらず、日本やアメリカを含む多くの国々の反応は冷淡なものであった。 マレーシア機の撃墜事件、イスラム国の勢力拡大、香港では「雨傘革命」、まだ民主派勢力が健在だった時期である。パリの同時多発テロでは120人以上がなくなった。やしきたかじんや永井一郎、土井たか子、高倉健、菅原文太がなくなった年でもあった。
2014年7月『プリニウス?』刊行
2015年はシャルリ・エプド事件の年、イスラム国によって後藤健二が殺害された年であった。チュニジアのバルド国立博物館でも銃乱射事件で22名がなくなった。ネパールを大地震が襲い、カトマンズの文化遺産の多くが倒壊した。大阪都構想が否決された年でもある。大塚周夫、平井和正、桂米朝、愛川欽也、岩田聡、原節子、北の湖、水木しげる、野坂昭如がなくなった。
2016年は天皇が退位の意向を示した年。熊本地震では200人以上がなくなり、熊本城天守をはじめ櫓や石垣の多くが破壊された。リオ五輪が開催された年、小池都知事が誕生した年でもある。トランプ大統領の誕生が確定し、世界を震撼させる。ポケモンGO、ピコ太郎、『君の名は。』が大ヒットした。蜷川幸雄、大橋巨泉、千代の富士、はらたいら、冨田勲、永六輔、中村紘子、マリア・テレサ、デヴィッド・ボウイ、ザハ・ハディド、アンジェイ・ワイダらがなくなった。
だが人間が乱暴な力でこうまで自然の姿を変えていいものかいずれ自然から手痛いしっぺ返しをくらうのではないか(『プリニウス ??』p20)
いったん、タラコネンシスからローマへと帰ったプリニウス。長大な『博物誌』の初稿を死の迫る皇帝ウェスパシアヌスのもとに届けて間もなく、再び皇帝の命によって、ローマ艦隊司令官としてヴェスビオスに近い、任地のミセヌムへと赴くことになる。やがてヴェスビオスの大噴火が始まる。17年間をかけて復旧してきた水道技師のミラベラの努力もむなしく、再びポンペイの街は死の灰に包まれようとしていた。プリニウスは船を走らせる。それはローマ市民を救うためだったのか、それともポンポニアヌス邸にある膨大な蔵書を救い出すためだったのか。運命の時は迫る。そのときプリニウスは、フェリクス、ミラベラは、エウクレス、その妻子プラウティナとリウィウス、プリニウスの甥のガイウス、そして猫のガイアは。
プリニウスの生涯を描くことのきつさは、最期が決まっていて、よく知られているということである。つまり、『刑事コロンボ』のように、最初から犯人も殺害方法もわかっている類の、完全ネタバレストーリーである。となると興味は、なぜそこに至る羽目になったのか。その行動と心の軌跡である。だが、それだけで12巻の長編を最後まで引っ張ることは不可能だったろう。偉大なる奇人であるプリニウスは、多くの人を仲間とし、行動をともにするようになる。とすれば、彼らの生命の危険も増すことになる。5巻あたりを読んだ時の私の最大の心配事は、ブレーメンの音楽隊(猫とカラスとロバ)と子供の運命がどうなるかということであった。そんな懸念に対し作者は「ご心配なく」とツイートしてくれたのであった。ロバこそ行方不明のようだが、その伏線も、12巻では見事に回収されている。
クライマックスを飾る二つの優れたページがある。一つは、満面の笑みで『博物誌』の世界を彷徨い続ける皇帝ウェスパシアヌスの世界であり、もう一つは物語の随所で目撃者として登場する半魚人(トリトン)や一角獣、イルカやタコ、神々たちによって見守られる中の臨終のプリニウスの姿である。その最後の台詞は、『北斗の拳』のラオウのごとく、我が生涯に一片の悔いなしというものであった。
地球も地球に生きる生物もみな宇宙の声を聞いて生きている
それにくらべて人間は 支配欲に蝕まれた矮小な生き物なのだ…
だが…私はそんな人間に生まれてきて楽しかったぞ…
わが人生に悔いはひとつもない…
(『プリニウス ??』p175)
その静かにして、穏やかな最期は、芭蕉の時世の句を想起させた。
旅に病んで 夢は枯野を かけめぐる
枯野ではなく、七つの海と砂漠とをかけめぐり続けた偉大な人生の足跡がここにある。
『プリニウス』は、単なる歴史上の有名人でしかなかったプリニウスを、肉体を持ち、私たちと同じように生活し、書物と旅によって世界を広げ続けた等身大の人物として、背景となった世界や周囲の人物ともども復活させたことにある。世界のコミック史に輝く歴史絵巻の金字塔として、長く記憶されることだろう。
Kindle版は1〜11巻が50%ポイント還元中(〜8/10)
関連ページ:
ヤマザキマリ×とり・みき『プリニウス ?』
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7月28日
藤井太洋『アンダーグラウンド・マーケット』(朝日文庫)Kindle版
東京オリンピックを前にした日本で、急速に増加した移民と地下の経済。社会の底辺にあえぎながらも、新しい時代の知識と技術を駆使して生き延びてゆくエンジニアたちの身体を張った戦いを描きます。いったん読みだすと止まらない面白さ。東京で一番速い交通機関は自転車という着眼も面白いですね。時間はずれても、今後実現する可能性のあるパラレルワールドのSFとして読むことができます。
7月27日
鴻巣友季子『明治大正翻訳ワンダーランド』(新潮新書)
2005年に出版されて絶版になっていたものを古書で手に入れました。若松賤子によるバーネット『小公子』や黒岩涙香によるボアゴベイ『鉄仮面』、母国よりも有名になってしまったウィダの『フランダースの犬』など明治20年代から大正時代にかけて翻訳された14の作品の翻訳事情と翻訳の内容を紹介。翻訳者や小説家にも役立つ知識が満載の楽しい本です。内容も全く古びてないので、再版を希望したい一冊です。
大澤真幸『社会学史』(講談社現代新書)Kindle版
かねてから気になっていた本ですが、この日のKindle日替わりセールの対象でワンコイン価格まで下がっていたので、迷わず購入しました。社会学者大澤真幸による社会学の歴史ですが、著者によれば社会学そのものも社会学の対象となります。ここで総括されているのは、あくまで西洋の学問体系としての社会学が中心。大澤自身の社会学も、師匠である見田宗介の社会学も、岸政彦も対象外です。最近読む社会学の本は、日本人のものばかりなので、そういう意味での風通しはよくなりませんが、(比較的)わかりやすい言葉で広範囲な知識をよくまとめています。
7月26日
米澤穂信、タスクオーナ『氷菓 15』(角川コミックス・エース)Kindle版
米澤穂信の「古典部」シリーズをタスクオーナがコミカライズ。アニメを手がけた京都アニメーションの悲劇を乗り越えて、作品の生命は続きます。『いまさら翼と言われても』)を読んでいてもミステリの結論がまるで覚えていないのは不思議です。そのおかげで、ネタバレにならず、二度楽しめるわけですが。
の属する漫画研をめぐる騒動には、作者の創作哲学が垣間見られるような気がします。奉太郎の読書感想文は、一種芥川風の二次創作ですね。原作(
7月21日
山口つばさ『ブルーピリオド 14』(アフタヌーンコミックス/講談社) Kindle版
あっという間に絵画の魅力にひきこまれ、藝大現役合格を果たした矢口八虎も二年に。しかし、公募展への応募を真剣に考える世田介らを前に、今まで将来のことをまるで考えてこなかった八虎にも転機が訪れます。八雲と鉢呂に誘われた広島で遭遇したのは、衝撃の才能との出会いでした。夭折した天才女性画家真田まち子はなんともカッコいいですね。
松岡圭祐『高校事変 16』( 角川文庫) Kindle版
女子高生が世界を変える「高校事変」シリーズの最新作。目障りな杠葉瑠那と優莉凛香を消すために、彼女たちが在校する高校ごとミサイルで破壊しようとしたりと、日本を陰で支配しようとする敵の攻撃はエスカレートするばかり。さらに、次なる一手としてEL累次体が繰り出してきたのは?高校を卒業し、大学へ進んだことで、めっきり出番が減ってしまったシリーズ本来の主人公優莉結衣と瑠那の衝撃の出会いもついに実現します。
7月15日
速水健朗『1973年に生まれて 団塊ジュニア世代の半世紀』(東京書籍)
1973年生まれの著者による世代論。個人的な思い入れはほとんど語られず、1973年以降の政治、経済、芸能、スポーツ、流行などの歴史を、1973年前後に生まれた有名人の活躍や話題を軸に、情報を集約する形で、たどり直した一冊です。1970代に生まれた人だけでなく、それ以前に生まれた人もその後に生まれた人も、自分が生きてきたここ数十年の時間の背景(やときに前景)で起きてきた数々の変化が走馬灯のようにかけめぐるライブ感覚あふれる歴史書となっています。
7月14日
丸山宗利、山口進『わくわく昆虫記 憧れの虫たち』(講談社)Kindle版
昆虫学者丸山宗利が、さまざまな昆虫との出会いを語った体験的昆虫記。めったに見かけないような希少種ではなく、モンシロチョウ、トノサマバッタ、エンマコオロギ、ゲンゴロウ、ミズスマシ、オニヤンマなど、誰にもなじみの深い昆虫を中心に語っているので、小学生でもスムーズに世界に入ってゆくことができます。昆虫写真家の山口進による写真は、過去のストックではなく、わざわざこの文章に合わせて、1年をかけて撮り直しただけあって、それぞれの昆虫の決定的瞬間を見事にとらえたものとなっています。カメラやレンズのデータや撮影の工夫も記載されているのも、昆虫写真を手がける人にはありがたい情報です。
7月13日
二ノ宮知子『七ツ屋志のぶの宝石匣 19』(Kissコミックス/講談社)Kindle版
銀座の質屋の娘倉田志のぶと、倉田家へ質草として預けられ、今は宝石店に勤める北上顕定を中心にした、ラブコメテイストの宝石をめぐるミステリー。ついに、一家が失踪した北上家の謎を解く鍵となる、あの宝石の所在がつきとめられたようで、物語が大きく動き出す一巻です。
7月12日
大童澄瞳『映像研には手を出すな! 8』(ビッグコミックス/小学館)Kindle版
本格的なアニメーション制作をめざす、浅草みどり、金森さやか、水崎ツバメら芝浜高校の映像研の活躍を描いた大童澄瞳のコミック。この8巻では、生徒会書記のソワンデがかつて師匠として仰いだ金森姉とのエピソードや、二人の浅草氏とのファーストコンタクトも明らかにされます。さて「アニメの大会」で高い評価を受けた映像研のアニメですが、それをあくまで子供の作品枠に押し込めようとする審査員、彼らの活動を青春ストーリーにしたがるTVクルー、さらには健全な高校生の表現として制約を加えようとする学校関係者と、堂々と対峙する映像研が描かれます。単なる中二病的な二律背反の図式に陥ることのない浅草氏の映像哲学の凄みを読者は知るでしょう。
7月7日
ヤマザキマリ、とり・みき『プリニウス 12』(バンチコミックス/新潮社)Kindle版
2013年よりスタートしたヤマザキマリととり・みきの共作による歴史絵巻の堂々の完結です。歴史上の人物だけに、はじめから終わりが見えていた作品ですが、当時の人びとの生活感をリアルに描きながら、プリニウス周辺の人物の人間模様を全方位的に展開することで、歴史的時間のたしかな手ごたえが得られる作品になっています。半魚人たちが見守る中の終焉は、感動的な名場面となっていると思います。
7月5日
西尾維新『掟上今日子の裏表紙 忘却探偵』(講談社)Kindle版
『掟上今日子の裏表紙』は、「忘却探偵」シリーズの第9作ですが、なかなかの傑作だと思います。掟上今日子が、殺人事件の犯人として逮捕されたまま、ビスケット・オリバよろしく、望みの食事と服装を手に入れながら、事件を解決するという設定です。VOFANによるこの巻の二枚あるイラストは特に見事で、こちらも最高傑作ではないでしょうか。
7月4日
伊藤砂務『片翼のミケランジェロ 5』(ジャンプコミックスDIGITAL) Kindle版
若き日のミケランジェロを描いたコミック。チェザーレ・ボルジアの台頭と没落。そして、ミケランジェロの手によるダヴィデ像の完成に至るまでを描きます。打ち切りになったのか、後半が史実から遊離した語りになってしまっているのが残念。この後も長々と生きることになるミケランジェロと、実際にはかなり年上で、美形ではあるがすでに髭の老人風の姿になっていたはずのダ・ヴィンチを、青春群像風に描こうとするあたりに無理があり、終わらせ方が難しい設定でした。
7月3日
(作)劉慈欣(訳)大森望、光吉さくら、ワンチャイ『三体0[ゼロ] 球状閃電』(早川書房)Kindle版
7月12日までの早川書房のKindle本キャンペーンで50%OFFとなっていたので、『三体』三部作に続いて購入しました。『三体』の前日譚にあたる作品です。語り手である14歳の少年が、怪現象に遭遇し、いきなり父親と母親を失ってしまいます。平易な語り口であっという間に、物語の世界に引き込まれてしまうので、『三体』そのものに挫折した人も、すんなり読むことができる入門編としてもお勧めです。
小川一水『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ3』(ハヤカワ文庫JA) Kindle版
シリーズ第三作となる「ツインスター・サイクロン・ランナウェイ」は、愛する者同士で力を合わせながら、宇宙の冒険の旅に出るテラとダイオードを主人公とした百合SF。『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ 3」では、二人は巨大ガス星雲を飛び出し、銀河の文明圏をめざすことになります。旅路の果てに彼女たちが見い出したものとは?
西尾維新『掟上今日子の色見本 忘却探偵』『掟上今日子の乗車券 忘却探偵』(講談社)Kindle版
『掟上今日子の色見本』は忘却探偵シリーズの第10作。こともあろうに掟上今日子が誘拐され、身代金10億円を要求されてしまった。留守を預かる親切守の奮闘ぶりと、誘拐先でも悠然と犯人を追い詰める掟上今日子の最強ぶりが光ります。『掟上今日子の乗車券』は、忘却探偵シリーズの第11作。一種の宣伝活動として、助手の親切守ともども5つの事件を解決する連作風の作品です。他の巻に比べ、息が短いので、気楽に読み流すことができそうです。
7月2日
西尾維新『掟上今日子の設計図』(講談社)Kindle版
講談社のセールに合わせて、「忘却探偵シリーズ」をコンプしようと思って購入しました。『掟上今日子の設計図』は「忘却探偵」シリーズの第12作。「学藝員9010」を名乗る人物による美術館に対する爆破予告。その犯人は?そしてそのねらいは?最速の探偵掟上今日子は爆破を食い止めることができるのか?
7月1日
吉田修一『おかえり横道世之介』(中公文庫)Kindle版
今でも根強い人気を誇る青春ストーリー『横道世之介』の続編。それからの横道世之介と新たな人々との出会い、そして彼の死の後にも人々の心に残る彼の言動の影響を数十年のスパンをかけて描いた力作です。前作の愛読者は、涙なしに読めない回収が行われています。続刊の『永遠と横道世之介』も最近刊行されたばかりですね。
伊藤亜紗『感性でよむ西洋美術 NHK出版 学びのきほん』(NHK出版)Kindle版
身体性に関わるさまざまな分野で積極的な挑戦を続けている美学者伊藤亜紗による西洋美術史の入門書。すでに大家たちによって語られたことを暗記するのではなく、歴史上の絵画を目の前にして、感じたことを言語化するかたちで講座は進んでゆきます。その時に、使われる方法が比較。二つの異なる時代の、同じ主題を描いた絵を比較することで、何がどう違うのかが、浮き彫りになってゆきます。そんな風にして、西洋美術の2500年の流れが手に取るようにわかる良書です。
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