JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略
『地球星人』(新潮社)は、『コンビニ人間』で芥川賞を受賞した村田沙耶香の受賞第一作の小説である。
冒頭において、主人公の笹本奈月は小学五年生。物語は彼女のモノローグから始まる。その中で行われる衝撃の告白。
家族には話していないが、私は魔法少女だ。小学校に入った年に駅前のスーパーでピュートと出会った。ピュートがぬいぐるみ売り場の端っこで捨てられそうになっていたのを、私がお年玉で買ってあげた。家に連れて帰ると、ピュートは私に魔法少女になってほしいと告げ、変身道具を渡してくれた。ポハピピンポボピア星からやってきたピュートは、地球に危機が訪れていることを察知し、その星の魔法警察の任務をうけて地球にやってきたのだ。それ以来、私は魔法少女として地球を守っている。p4
彼女が本当に「魔法少女」であるかどうかはわからない。物語がファンタジーであれば、それは十分ありうることだろう。だが、村田沙耶香は芥川賞を受賞したばかりの「純文学」の作家ということになっている。だから、「魔法少女」は、主人公の心の中の出来事としてのみ真実であるのかもしれない。何よりも、「魔法少女」という言葉が私たちを戸惑わせるのは、歴史の長い「魔女」のような言葉とは異なり、それが比較的最近の別のフィクション作品に属していることである。どんなSFやファンタジーでも、そのシリーズの外で、商標に近いこんな言葉を創作のキーワードとして用いることは控えるだろう。
「魔法少女」は、フィクションの中でも、異物となる言葉なのだ。
奈月には、幼なじみのいとこの笹本由宇がいる。二人は、毎年お盆の時期にのみ、父親の実家のある長野の秋級(あきした)で会うことができるのだ。奈月が魔法少女の秘密を告げると、由宇も自分も宇宙人かもしれないと言い始める。
「美津子さんがよく言うんだ。あんたは宇宙人だって。秋級の山で、宇宙船から捨てられていたのを拾ってきたって」
「そうなんだ……」
美津子さんというのは、由宇のお母さんだ。私は父の妹であり私のおばさんであるきれいな人を思い浮かべた。由宇に似て内気で大人しいおばさんが、嘘や冗談を言うようには思えない。
p8
この秘密の共有で二人が「恋人」となったのは、小学校3年生の時だった。それ以来、毎年夏にだけ会うことのできる二人の関係はしだいに深くなり続ける。ある年の夏、本を見て自分の内臓の中に、由宇の内臓を入れたらどうなるのかと試してみるまで。
魔法少女と宇宙人は、周囲を敵に取り囲まれている。親や親戚の人といった「地球星人」の洗脳によって、「工場」の部品にされそうになりながら、何があっても生きてゆかなくてはいけない。それが二人の誓いだった。
ここは巣の羅列であり、人間を作る工場でもある。私はこの街で、二種類の意味で道具だ。
一つは、お勉強を頑張って、働く道具になること。
一つは、女の子を頑張って、この街のための生殖器になること。
私は多分、どちらの意味でも落ちこぼれなのだと思う。p41
とりわけ危険なのは、塾の伊賀崎先生だった。整った顔立ちの大学生だった伊賀崎は、奈月に個人授業を受けさせようとする。彼女がいやがっても、親は止めてくれるどころか、背中を押す始末だ。ここであったことは、誰にも言ってはいけないと言いながら、は奈月を自宅に呼び出すのだった。
ある夏の出来事をきっかけに、奈月と由宇の間は引き裂かれ、そして伊賀崎の身の上にもある出来事が起こる。
それから二十年ばかりの歳月が経ち、三十一歳で奈月は結婚。だが、夫も奈月と同じような考え方の持ち主で、二人の間に男女の関係はなかった。そんな夫に、幼いころの秋級での生活を語ると、彼はそこに都会の喧騒から解放された、田舎での生活に憧れを抱き、行きたいと言い始める。
ある秋、念願かなって秋級で過ごすことになった二人だが、空き家となった叔父の家の先客としてそこにいたのが、会社を退職し里帰りした由宇だった。だが、由宇は地球星人に洗脳されたのか、宇宙人であることを忘れていた。
始めはバラバラで行動していた由宇と、奈月夫婦だが、ある事件をきっかけに急接近し始める。そして、劇的なエンディングに向けて物語は加速してゆく。
魔法少女、宇宙人といった荒唐無稽な設定だが、その視点を用いるとき、私たち「地球星人」を取り巻くグロテスクな社会の姿が、異化されて浮かび上がる。だが、純粋であろうとし、「地球星人」の社会のルールを拒絶しようとするとき、周囲は放置してくれず、破局を引き起こさないではいられない。
『地球星人』は、二人が三人となり、対幻想が共同幻想へと移行するとき、集団がカルト化するプロセスをも、戯画的に描いている。『地球星人』は、一つのカップルに、今一人を加えるだけで、社会全体揺るがす世界の可塑性を垣間見させてくれる傑作である。
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