つぶやきコミューン

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落合洋司『ニチョウ 東京地検特捜部特別分室』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本  文中敬称略

 

 

『ニチョウ 東京地検特捜部特別分室』(朝日文庫)は、かつて東京地検で検事として活躍し、現在は弁護士の落合洋司のデビュー作となる検察小説である。タイトルとなっている「ニチョウ」とは、東京地検第二庁舎のことで、東京地検本庁とは切り離されたこの建物に、「東京地検特捜部特別分室」は置かれることになっている。

 

最高検察庁検事総長伊東健之の命により新たに設立された東京地検特捜部特別分室を任された立花真一郎は、投書に基づいてある事件の洗い直しを始める。それは平成17年に前橋で起こったある殺人事件で、すでに刑が確定し、徳島刑務所に服役中の受刑者は実は無罪であり、真犯人は他にいると言う。さらに、その事件では検事の関与も疑われていた。

 

いったん結審した事件を洗い直した結果、判決が覆り、現役の検事の関与が疑われるようなことになれば大きなスキャンダルとなりかねない。そんな特別分室の動きを牽制しようと、法務省は国会での質問に取り上げるよう画策する。

 

さらに、どこから情報をキャッチしたのか、マスコミもこの動きをかぎつけ、次々とリーク情報が流れる。

 

かつての勤務先である徳島に飛んだ立花は、犯人として服役する男と接触するが、自供内容が覆されることはなかった。そして、彼の周辺から一人の女性検事の名前が浮上する。捜査が進むにつれ、捜査員の周辺で次々に不穏な事件が起こる。それは事件が核心に近づいている証拠なのか。

 

「冤罪」事件の洗い直しの中、繰り広げられる犯人とのデッドヒート、次々に捜査状況が漏れだすメディアとの情報戦、法務省とのせめぎあいなど、三重のバトルが展開する中、立花たちが最後に手に入れた真実とは?

 

著者の落合洋司は、東京地検で検事の経験がある他、現在も弁護士として活躍し、検察の仕事を内外から把握した人間であるだけに、組織と人間関係や、検察の取り調べ、メディアや官庁など検察を取り巻く諸事情に精通しており、他の作家がリサーチと想像によって書き上げた検察小説にないリアリティが本書からは漂ってくる。そのリアリティの重みと、複合的に絡みあった人間関係の糸が解きほぐされて、結末に至るまでの緊迫感ある展開は見事である。

 

出版社の担当者は、当初著者に刑事物の小説を依頼したものの、刑事の事情には詳しくないと、著者が検察物に変更してもらった経緯がある。その選択は完全に正しい。未経験の世界を、想像で作り上げた場合、オリジナルになるどころか、必ずなんらかの見覚えのある作品の劣化コピーにしかならないからである。

 

逆に、知識や勘のはたらく、検察物とすることによって、本作はオンリーワンの枠品となった。主人公の立花真一郎は、政官界の大人の事情よりも、正当な手続きに沿って、検察本来の職務を果たすことに忠実な男だ。組織防衛であれ、観念的な思い込みであれ、正義観に向かって暴走することもなく、ただ真実を求め続ける。今日では望むことが困難になった、検察の理想が密かに投影された登場人物とも言えるだろう。

 

『ニチョウ 東京地検特捜部特別分室』は、わかりやすく言えば、検察版特命係の物語だ。一つの事件を解決することで、ようやく舞台装置はできあがったが、まだ相棒は見つかってはいない(本書の最後のページを開けば、同じ朝日文庫の杉下右京シリーズの作品紹介がずらりと並ぶ)。この強敵と拮抗できるだけの世界を築けるか。ニチョウの物語は、まだ始まったばかりだ。

 

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