JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略
不世出の天才哲学者ヴィトゲンシュタインが、生前に出版した本はわずかに二冊、『論理哲学論考』(1922年)とこの『小学生のための正書法辞典』(1926年)のみであった。本書は、その初の邦訳であり、訳者の一人である丘沢静也による解説、ヴィトゲンシュタインによる序文、本文からなっている。
正書法辞典そのものは、日本語の訳語こそ付されているものの、特に説明もない単語リストにすぎないし、読書の対象になるようなものではない。それを補うためか、かなり長い解説が付されている。
『小学生のための正書法辞典』は、『論理哲学論考』を書きあげ、哲学の問題をすべて解決したと考えたヴィトゲンシュタインが、小学教師へと転身をはかった際に、作った冊子である。生徒一人一人のスペルミスをいちいち直していたのではきりがない、だが一般の辞書は高価で、大きすぎ、収録単語の選択も生徒向きではないと考えたヴィトゲンシュタインが、生徒に作らせた「単語ノート」がその原型となっている。
その特徴は、第一に大文字で始まる名詞の前に冠詞が置かれて記されていること、その結果、その名詞が男性名詞か、女性名詞か、中性名詞か、一目でわかるようになっている。
ドイツ語の名詞は、いつも大文字で始まり、男性名詞の定冠詞はder、女性名詞の定冠詞はdie、中性名詞の定冠詞はdasだから、この方式だと、名詞の性別まで一目瞭然で、実用的でもある。(解説)
また、完全なアルファベット順を取らず、幹語の後に、その派生語や同意語、動詞の場合には活用形、形容詞の場合には比較級と最上級、実際の活用例などが並べられ、かなり親切な構成になっている。
つまり観念的な一つのルールではなく、実用性の側面から、さまざまな要素を取り入れて編纂されたものなのである。
その意味で、ヴィトゲンシュタインの言語観の大きな転換点を示すものとしてとらえることができる。
『小学生のための正書法辞典』は、前期の『論考』から後期の『探求』への転身を予告する、記念すべき小冊子と言えるのではないだろうか。正確さに病的なまでにこだわり、傍若無人で相手のことなど眼中にないヴィトゲンシュタインが、生徒の使い勝手をしっかり考えて、原理原則にこだわらず、柔軟に妥協しながら作った辞典なのだから。(解説)
トルストイに憧れ、莫大な遺産は若い芸術家らに分与し、田舎でのロハスな生活を送りながら、生徒に聖書を教えて過ごすことを夢見たヴィトゲンシュタインだが、実際の教師生活は思いどおりにならなかった。生徒との距離感がうまくつかめなかったのだ。彼の授業のスタイルは、体罰も当然の古い授業スタイルであった。そのため、結局は体罰問題が表面化し、教師を辞める羽目になる。
学校の外では、子供にも村人にも無関心だった。生徒に道で出会って挨拶されても、知らん顔。そのくせ生徒には挨拶を強要した。挨拶しなかったら、ビンタをくらわせていた。(…)
えこひいきも激しかった。エンゲルベルトとかビンダーとかレオポールトなど勉強のできる数人には、ギムナジウムに進学させるために、無料で特別に補修していた。お菓子やパンをほうびにして。(…)
一〇時に終わる授業が一一時や一二時まで延びることもあった。生徒にとっては学校なんて、仕方なしに通う場所だから、とても迷惑だった。
ヴィトゲンシュタインは勘定をコントロールするのが苦手だった。すぐ興奮して、汗をかき、鼻を鳴らし、ハンカチをギーッと噛んだかと思えば、自分の眉のうえに跡が残るほど強く爪を押しつける。そういう自虐は、まだご愛嬌だった。
アンナ・ブレナ〜は、むずかしい宿題がよくできていたので、黒板で計算問題を解くように言われた。けれどもアンナが解けなくてまごまごしていると、たちまち平手打ちが飛んできた。(解説)
ヴィトゲンシュタインの小学校教師への転身は、居場所を求めてだったが、居場所を見つけることができなかった。そんなヴィトゲンシュタインのふるまいを、精神科医の福本修は発達障害の一種であるアスペルガーの視点からとらえようとする。
ヴィトゲンシュタインはアスペルガー者で、「心の理論(theory of mind)」がなかった。相手の意図を理解したり、相手の視点を共有したりすることがなく、自分の心の状態を相手に伝えることをしない。ふるまい(事象の状態)と心理(心の状態)の関係が予測できない。自分の視点を他人の視点に転換できないので、相手の立場に立って意味を理解すrことができない。
正しい行為に極度の関心をもつのはアスペルガー者の特徴である。ヴィトゲンシュタインは、その時々の「倫理的意思」で動いているが、戦場では他の兵士たちにうんざりし、学校では生徒にうんざりする。兵士になる・教師になるという外的な出来事にこだわったけれど、自分がやろうとしていることの実際を知らず、現場で柔軟に適応・対応できなかった。(「解説」)
だからと言って、ヴィトゲンシュタインの小学校教師時代(1919-1926)を、不毛な「失われt七年間」ととらえるのは誤りだろう。生徒とのコミュニケーション不全に悩むことで、ヴィトゲンシュタインは、『論理哲学論考』で試みたすべすべした理想的な言語の世界に決別し、現実の言語の世界に着地しようと試みる。
ヴィトゲンシュタインは前期『論考』の夢を捨て、矛盾を許さない論理言語の土俵から降りて、「ざらざらした地面」に戻り、つまり、私たちの言語活動(日常言語)を相手に哲学を再開して、後期『哲学探究』を展開することになる。
(「解説」)
この七年間がなければ、『哲学探究』も生まれなかったかもしれない。解説は次のように結んでいる。
『論考』のアスペクトから『探求』のアスペクトへの転換。二ーダーエースターライヒ時代は、あいかわらず苦しみ悩みながらも、実り豊かな七年だったのではないか。『小学生のための正書法辞典』は、そんなヴィトゲンシュタインのアスペク転換を予告する、ささやかな記念碑である。(「解説」)
PS さて、肝心の辞典の本文であるが、一種のドイツ語小辞典となっている。これは、ウィトゲンシュタインの研究者やファン、ドイツ語学習者以外、意味不明の内容かというとそうではない。収録されている約3千の単語のうち、2割から3割程度の語は、大学入学程度の英語力がある人なら、見ると意味がわかってしまうのである。
たとえば、Cで始まる単語はドイツ語では非常に少ないが、そのすべての見出し語を順に拾うと次のようになる(派生語や同意語は割愛し、簡略化したもの)。
Celicius (摂氏)
der Character (性格)
der Chauffeur (運転手)
die Chemie (化学)
China (中国人)
die Cholera (コレラ)
der Chor (合唱団)
das Chor ([教会の]内陣)
der Choral (聖歌)
der Christ (キリスト教徒)
Christoph(クリストフ)
Chrisutus (キリスト)
das Coupé (コンパートメント)
der Coupon (クーポン券)
der Cousin (男のいとこ)
これだけである。スペルを見て、意味がわからない単語の方が少ないのではないだろうか。
小学生向けということで、基本的な単語中心に拾い、人名などの固有名詞も収録されているため、英語や知っている外来語が非常に多いことに気がつく。Ä ä(アーウムラウト) Ü ü (ウーウムラウト)Ö ö(オーウムラウト)ß (エスジェット)といったドイツ語の固有の読み方に関しては、個人で学ぶしかないが、単語と意味の対に関して言えば、ドイツ語を学んだことがない人でも、数百から千程度の単語を確認し、暗記することも可能だろう。
そして、使えば使うほどに、さまざまな工夫が目に入り、とても覚えやすく編集されていることに気づく。たとえば、「終わり」を意味するEndeという単語の周辺はつぎのようにまとめられている。
das Ende[終わり]、Zu Ende [終わりに]、enden [終わる]、endigen[終わる]
endlich [ようやく]
endlos [終わりのない]
ある意味、私たちは天才ヴィトゲンシュタインの整理された頭の中を覗いているかのような感覚である。訳者の和訳が付されているために、『小学生のための正書法辞典』の邦訳は、日本人にも使える独和小辞典にもなっているのである。