つぶやきコミューン

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J・ウォーリー・ヒギンズ『秘蔵カラー写真で味わう 60年前の東京・日本』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略

 

 

日本の過去の写真は、通常モノクロやセピア色の写真が醸し出すレトロな懐古趣味をともなうのが常だ。そうした写真に慣れきってしまうと、その昔にも今と同じように空も海も青く、山は緑で、桜はピンク色など鮮やかな原色の世界であったことをつい忘れてしまう。

 

また運よく外国人の旅行者が、カラーフイルムを使って写真を撮ったとしても、それは東京や横浜、大阪、京都などの大都市とたまたま訪れたいくつかの地方都市に限られる。そして、あいまいな知識しか持たないため、いったいどこで撮った写真なのかわからないものも少なくないということになる。

 

だが、J・ウォーリー・ヒギンズ『秘蔵カラー写真で味わう 60年前の東京・日本』(光文社新書)はまったく違う。昭和31年(1956)から東京オリンピックの都市である39年(1964)にかけての、北は北海道から南は九州、沖縄に至るまで何千枚という写真を撮りながら旅し、残された6000枚の写真から精選されたものがこの写真集となったのである。というのも、著者のJ・ウォーリー・ヒギンスは、日本人女性と結婚し、長年日本に住む知日家であるだけでなく、ディープな鉄道ファンなら知らぬ者のない、元祖撮り鉄の人であり、国鉄の顧問まで勤めているからだ。

 

そのため、本書に掲載された382枚には、SLから最初の新幹線に至るまで、鉄道の入ったものが多い。なかでも際立っているのは、路面電車の走る風景である。新宿や表参道、渋谷、信濃町、四ツ谷、飯田橋、神田須田町、浅草、日本橋、銀座、日比谷など東京のさまざまな街角や、札幌、秋田、仙台、福島、金沢、水戸、日光、横浜、岐阜、名古屋、京都、奈良、和歌山、神戸、呉、福岡、久留米、北九州、大分、鹿児島など今はもう失われてしまった、日本の多くの地方都市を走る路面電車の姿が収められている。

 

戦後の鉄道の電化が進み出した時期だけにSLの写真は多くないが、秋葉原や日暮里、押上を走る黒い蒸気機関車の雄姿はインパクトがある。また、すでに消えてしまった路線や車両(そのほとんど)の写真も貴重だ。鉄道以外の乗り物では、ボンネットのあるバスやトラック、さらには人力車や、馬車の進む田舎道の風景があったことはつい忘れがちだ。

 

鉄道の背景には、今はほとんど消えてしまった東京の、そして地方の風景があるし、鉄道を降りた先に見た風景の写真も数多い。
 

街角には、白地に黒や赤の太いフォントで書かれた看板が数多く並び、路面電車の電線がはりめぐらされ、道路の真ん中には電車の停留所が存在している。まだ舗装されていない土の道もあるし、都内の随所で道路工事が行われ、土が掘り返されている。

 

今はもはや存在しない犬山のモンキーパークモノレールや、三峰山のロープウェイ、戦後いち早くつくられ、そしていつの間にか姿を消した奈良ドリームランドのジャングルクルーズや、岩山を走るジェットコースターの写真も貴重だ。

 

台風の翌日、住民が線路沿いに何十何百と畳を干した風景や、ピンク色の煙が工場から排出される北九州の風景などももはや見ることができないものだ。
 

都内や観光地を行く人びとの服装は、今よりずっと画一的で、男性は白いシャツか背広、冬はコート姿、女性はツーピースか、ワンピースだが、地方へ行くと和服姿の女性の方が多くなる。そしてどこでも男子学生の黒い詰襟制服がひときわ目立つ。

 

そして、子どもの数は今よりずっと多く、丸坊主だったり野球帽をかぶったりした男の子、オカッパ髪に、短いスカートの女の子の服装も、昭和の時代を感じさせる。

 

こうした古い写真集の場合、別の専門家が解説を加えることが多いが、本書は今や90歳を過ぎてなお元気なJ・ウォルター・ヒギンス自ら行っているため、撮影した当時の興奮や感動が文章からもありありと伝わってくる。

 

 日本とも鉄道とも早くから縁のあった私が、駐留米軍の軍属として日本の土を踏んだのは、1956年3月31日だった。羽田についたのは午前2時頃で、軍用バスで横須賀まで移動した。入国前に、すでに広島の呉に配属された友人から日本の鉄道システムについてあれこれ聞いていた私は、入国前から、日本国内での旅の仕方を考えていた。そんなこともあって、バスの車窓から見える京急の線路にワクワクしたものだ。深夜のことで、電車は走っていなかったが、それでも道路と並行して走る線路が見えたのを覚えている。

(p7、はじめに)

 

見知らぬ土地での鉄道との遭遇をいかにわくわくしながら楽しんだことだろうか。そして、いつどこで撮った写真であるか、当時の状況だけでなく、現在その場所がどうなっているかの情報まで、詳しく記載されている。やはり筋金入りの鉄の人なのである。

 

数枚とか数十枚ではなく、精選の382枚は、読者を確実に、昭和30年代の日本へと連れて行ってくれる。いくつかの写真はそのまま私たちが知っている現在の風景にオーバーラップし、この60年間の時間の変化に目もくらむような思いがする。『秘蔵カラー写真で味わう 60年前の東京・日本』は、最強の紙のタイムマシンなのである。

書評 | 13:37 | comments(1) | - | - |
コメント
from: 古写真マニア   2018/12/15 9:18 PM
本書は、週刊誌の書評(※)を読んでピンと来た私は、書店で即購入しましたが、大正解でした。亡父が独身時代に撮り貯めた古写真(1950〜55年頃の札幌)を整理・解析するうち、「昭和の古写真」(もちろん、モノクロ写真)の魅力にハマッていたことも影響しているのでしょう。   ※『週刊文春』誌11月15日号、酒井順子「私の読書日記」

ところが、本書に掲載された「古写真」の多くが、(カラー版)「鉄道のある風景」であることに気付き、帯紙の広告文にも≪元祖、カラー「撮り鉄」ヒギンズ氏≫の文字を見つけたことから、職場のベテラン「乗り鉄」と「撮り鉄」複数名に本書を紹介してみました。
すると・・・「札幌市電の路面型ディーゼルカー:1959年」(140頁)のカラー写真を見るなり、顔色が変わりました。「これは、凄い」「この本は、ホンモノ」「ヒギンズ氏の名は、不勉強で知らなかったが、素晴らしい鉄道マニアだ」と。彼らが、紹介者の私に礼を云うなり、すぐに書店へ走ったことは云うまでもありません。

本書449頁の写真は、注釈から「34才当時の著者と日本人妻・はま路さん」と判りますが、新婚旅行でしょうか? 105頁の写真も、東京駅で微笑む美女=上記/強羅公園から3年後のウォーリー夫人ですよね?
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