つぶやきコミューン

立場なきラディカリズム、ツイッターと書物とアートと音楽とリアルをつなぐ幻想の共同体
<< June 2018 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
 
RECENT COMMENT
RECENT TRACKBACK
@kamiyamasahiko
MOBILE
qrcode
PROFILE
無料ブログ作成サービス JUGEM
 
宮田珠己『東京近郊スペクタクルさんぽ』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略  ver.1.01

 

 

宮田珠己『東京近郊スペクタクルさんぽ』(新潮社)がめぐる場所の多くは、人々の住んでいるすぐそばにありながら、その凄さを知られずに埋もれているスポットである。要するに、知る人ぞ知る凄い場所。いわゆる風光明媚な絶景スポットというわけではない。というのも、三原山と小網代の森を除いて、これらの場所のいずれも自然のままの手つかずの場所ではないからである。

 

まず最初に訪れるのは、栃木県にある地底湖。実は大谷石の採掘場跡にできた湖である。町全体が大谷石の上にあるため、建材として重宝される大谷石をとるために、町中が穴だらけになってしまったのだ。

 

ある石材屋の裏の穴を見下ろすと、採掘した跡が切り立った崖となって、まるで香港の街のようである。

 

しかし、それは前触れにすぎなかった。地底湖は、人の出入りを拒むゲートの先にあった。

 

 フェンスでできたゲートの鍵を開けて中に入ると、正面には大きな岩山がそびえており、大きくくりぬかれていた。この町ではありとあらゆる岩はくりぬかれている。くりぬかれていないものは岩とは呼べないくらいだ。p27

 

さらにポツンポツンとランプの灯るスロープを下るとそこは地底湖だった。そこからラフティングボートに乗り込み、さらなる冒険の旅へと向かう。奥に進んだ後、ボートを下りる。

 

 上陸すると、そこにはまた別の空間があり、巨大な竪穴があって、その穴から太陽の光が降り注いでいた。

 われわれのいる位置から空は見えなかったが、たぶん先ほどの石材屋で覗き込んだ香港穴も中はこんなふうになっているのだろう。外気が暖かくなる夏には、この竪穴部分に雲ができるとマッハ氏が教えてくれた。p30

 

まるで、ジュール・ヴェルヌの『地底旅行』ではないか。

 

続く第2章で訪ねるのも、地底500mの位置にある神流川発電所である。そのスケールの大きさは、宇宙戦艦ヤマトの地下格納庫を思わせる。

 

 部屋に入った瞬間、思わず、おおお、と声が出た。

 でかい。聞きしにまさるでかい穴だ。

 天井はアーチ状になっており、高さ52m。床の幅は33m、奥行き216mのやや高さのあるかまぼこ型の空間だ。

p45

 

実際には、宇宙戦艦ヤマトは全長265.8m高さ77m幅34.6mなのでもう一段拡張工事が必要である。

 

だからといって、一冊丸ごと人知らぬ地下をめぐる旅が続くわけではない。第3章では、堂々と街中に出てしまう。なんと江の島と大船を結ぶ湘南モノレールを訪れるのだ。ふだん通勤通学に使っている人には特に驚くべきものでもないのかもしれないが、このモノレールがすごいらしいのである。

 

モノレールには、跨座式と懸垂式がある。そしてモノレールはなんと言っても、懸垂式であるが、懸垂式は千葉モノレールと湘南モノレールしかない。ここで著者のモノレール愛が爆発する。

 

 モノレールにはレールに跨って走る跨座式と、レールにぶら下がって走る懸垂式があり、このぶら下がって走る懸垂式がどうにも痺れるのだ。

 なぜぶら下がっているモノレールがいいのか。

 跨座式モノレールは、モノレールといえどもレールの上を走る以上、電車の仲間であることが一目瞭然である。だが懸垂式は、電車の仲間と呼ぶにはためらいがある。車両の下にレールがなく、空を飛んでいるようなその姿は、電車とはなんだか違うものであり、むしろロープウェイの仲間というべきである。p55

 

千葉モノレールが平坦な市街地を通るのに対し、湘南モノレールは起伏のある地形を、最高速度75キロというもの凄い速度で駆け抜ける。まるでジェットコースターのように。

 

さらに、第8章では工場の中を走り抜ける岳南鉄道に乗車する。すべての駅から富士山が見えるのが売りだが、著者の気持ちは、間近に迫るくねくねと複雑に曲がりくねった工場の配管の方へと向かうのである。すると工場は、ジェットコースターが走り抜ける複雑な骨組みの遊園地と変わる。

 

では、『東京近郊スペクタクルさんぽ』がめぐるのは、もっぱら地下や地上の大がかりな人工の場所なのかというと、それを覆す例が第四章に現れる。ここで訪れることとなるのは、「波の伊八」と通称される社寺彫刻の巨匠である。あの葛飾北斎でさえ、波を描くのに参考にし、影響を受けたほどの名工。かくして著者一にカメラマンと編集者を加えた一行は、房総半島のあちこちに散在するという伊八の彫刻を訪ね歩くことになる。そのとき、新しい世界が読者の中でも開くことだろう。

 

マクロコスモスではなく、社寺の軒下に圧縮されたミクロコスモス(小宇宙)をそこに認めるのである。そして、第5章のもう一人の彫り師後藤義光をめぐる旅も、隠れキリシタンの残した魔鏡の訪問も、同じようなミクロコスモスへの旅である。それが、どうスペクタクルなのかは読んでのお楽しみである。

 

次から次へと、新しい趣向をこらして、驚くような場所が紹介され続ける。きわめつけは、かつて三原山の火口にゴンドラに乗って、二度にわたって数百メートル下まで下降したその記録の文章である。

 

午後4時15分  第二探検者真柄写真課長がカメラを持って降下を開始。


同19分    爆発あり。

       「灰降りかかり身体相当の暑さを感じたり」


同20分    ストップの電話。フィルムの交換。

                呼吸苦痛を訴えるが降下継続。


同25分          四百尺降下。爆発しきり。

              地上より上がってはどうかと打診。

              真柄課長哄笑して引き続き降下の返事。

p249

 

まともな神経ではないと思われるが、この後さらに驚くべき記述が続くのである。このおそるべき実験が行われたのは、昭和8年5月29日のことだった。そんな歴史の1ページも三原山の砂漠で蘇るのである。

 

こんな風に、十二の旅を、文章の中で追体験することで、読者は新しい場所を知るというよりも、新しい視点を獲得する。その視点こそは、私たちのすぐそばにある異界を発見する入り口にほかならない。

 

『東京スペクタクルさんぽ』は、常識に染まり驚きを忘れかけた私たちに、新たな好奇心の燃料を次々に投下してくれる好著である。

 

構成は以下の通り。

 

はじめに-----散歩の危機

第1章 地底湖とヘンテコな町

第2章 地下500mの巨大空洞

第3章 ジェットコースター・モノレール

第4章 もりあがる彫刻(波の伊八編)

第5章 ますますもりあがる彫刻(後藤義光編)

第6章 ジャングルとカニ

第7章 世にも奇妙な素掘りトンネル

第8章 工場のなかを走る電車

第9章 隠れキリシタンの魔境

第10章 渓谷と森の番人

第11章 本物の砂漠を見に(前編)

第12章 本物の砂漠を見に(後編)

あとがき

参考文献

 

「第3章 ジェットコースター・モノレール」 「第7章 世にも奇妙な素掘りトンネル」は、リンク先でプロモーション動画を見ることができます。

 

 

コメント
コメントする









 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://mkamiya.jugem.jp/trackback/915
 

(C) 2018 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.