JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略
子どものころは誰でも、苦手意識を抱くことなく絵が描けたのに、あるいは中学や高校でも美術の時間でいろいろな絵を描いたのに、いざ大人になると同じように気楽に描くことができない人は少なくないでしょう。
というのも、私たちが日々接するマンガやアニメも、有名なものは非常に作画レベルが高く、アートのレベルに達し、あるいはそれを凌駕するものが少なくないのです。そんな絵を当たり前のように消費する時代においては、知らず知らずのうちに絵を描くまでの意識のハードルは非常に高くなってなってしまいます。
けれども、インターネットを通じて、絵やイラストを描い表現する場が今ほど恵まれている時代もありません。年賀状で、イラストを入れたり、職場での文書にイラストを挿入するのも簡単にできる時代です。
ネット上であれ、文書の上であれ、絵を描き、発表する機会も今ほど恵まれている時代はないのです。
絵が得意という人でも、何でも自由自在に描けるという人は少数です。人物は得意だという人でも、風景は苦手であるとか、あるいはその逆とかの人は多いでしょう。というのも、描き方には違ったルールが必要だからです。
また、人の顔は得意だけれど、全身になると描けなくなるとか、立った姿勢なら何とか描けるものの、スポーツなどの動作を描こうとするとぎこちなくなる人も少なくないでしょう。
そんな人のための決定版とも言える本が『線一本からはじめる 伝わる絵の描き方 ロジカルデッサンの技法』(インプレス)です。
著者名はOCHABI Instituteとなっていますが、実際には清水眞、文田聖二、末宗美香子、芹田紀恵、青木陽子の五人の執筆者による共著です。
本書は、まず線の引き方から始まります(第一章)。フリーハンドで直線が引けるか、曲線が引けるか、当たり前すぎてほとんどの人がやらなかったところからスタートするのです。線がひければ、人物の頭を楕円に、手足と胴体をそれぞれ一本の線で表して、人物の動きを表現する練習を行います。動くときには、肘と膝で曲がるために、手や足も最初一本だった線を二本に変えて表現する必要がでてきます。
次には丸や三角、四角といったベーシックシェイプが描く練習へと進みます(第二章)。物をよく観察すると、実際には丸や三角、四角の組み合わせで表現できるものが多いからです。スイカや帽子、目覚まし時計は丸、ピラミッドやカクテルグラスは三角、ビルや椅子、ノートパソコンは四角をベースにして表現できます。自転車も丸と三角、四角の組み合わせによって表現が可能です。そのようにして、木は?Tシャツは?と、図形の組み合わせによって表現できるレパートリーを増やしてゆくのです。
はじめは、二次元の、平面的な絵を描くことからスタートしますが、次のステップではこれに奥行きを加え、三次元的な絵を描くトレーニングを行います。たとえば、ショートケーキ。ケーキの奥行きは、真上や横からでは単なる丸や四角にしかなりません。斜め上からの視点をとることで、はじめて三次元的な奥行きを表現に加えることができるのです。
次の第三章では、いよいよ最大のハードルである人物の描き方です。顔を描く場合でも、全身を描く場合でも、骨格を意識することでリアルで自然な絵に近づきます。もちろん、いきなり肉付けて表現することは難しいので、まず丸と線で人物を描くことからはじめます。第一章と異なるのは、人物に肩幅と腰の幅を表す横線が加わっていることです。そうした上で、四頭身から八頭身まで、子供から大人へと頭身を変えながら表現できるようにするのです。さらに、この円と線だけの人物で感情を表現するにはどうすればよいでしょうか。
次には、線だけの骨格に肉をつけて、厚みのある身体を表現するトレーニング、さらに学生服やフォーマル、カジュアルと、服を変えながら人物にさまざまなポーズをつけるトレーニングと進んでいきます。
つまり、単純なものから、一つずつ要素を加えながら、次第に複雑なものへと進んでゆくやり方、これがロジカルデッサンの基本的な方法です。
第四章では、ワンランクアップして、いよいよ本格的になります。立体的な絵を描くための必須の技術として、バリューの技術を学ぶのです。バリューとは、物の丸みや明暗を表現するために線によって影をつけることです。バリューは白紙の状態である0%から、黒く塗りつぶされた状態の100%まで、%で表すことができます。
そしてこのバリューを加えながら、奥行きのある角柱や円柱、三角垂、球などを立体的に表現できるようにするのです。
さらに、次のステップでは遠近法の表現へと進みます。遠近法の代表的なものは、中央に消失点がある一点透視法と、左右に消失点のある二点透視法で、これらの技術は家並などの風景を表現するだけでなく、ケーキのような立体を表現するのにも活用されます。
そして最後の第五章では、これまで学んだ技術を組み合わせて、人物と室内や、屋外の風景を表現する練習を行います。
本書を使えば、まったく絵が描けないという素人の人が一から絵の技術を学ぶこともできますし、いろいろな絵やイラストは描けても、苦手なものがありニーズに合った表現がうまくできないという人も、弱点を見つけて集中的に強化することができます。絵心とか、センスとか、言葉で言われてもつかみどころのないものに頼ることなく、絵のスキルアップが誰でも可能になるのです。
今ではその画力が絶賛され、上野で美術館で個展が開かれたり、寺院の壁画を手がけたりする漫画家の井上雄彦も、画力が格段に向上したのは、『スラムダンク』連載中に、人体の骨格を研究したためと言われます。そのために、何をすればよいのか、そのアプローチの方法が本書には具体的に示されているのです。
いきなり手や静物を描かせたり、一足飛びに遠近法から入ったりする入り口の敷居の高い従来の絵の入門書に比べると、格段に入り口が低く、しかも段階的にレベルアップする方法が示されている『伝わる絵の描き方 ロジカルデッサンの技法』は、初心者からプロまで役に立つ絵の基本書、究極の一冊なのです。
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