つぶやきコミューン

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高野秀行『間違う力』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略   ver.1.01

 

 

高野秀行『間違う力』(角川新書)は、本来オンリーワンになるための方法をまとめてほしいという編集者の依頼によって始まったものであるらしい。けれでも、私たち高野ファンにとっては、高野秀行とは何者か、その冒険の数々と著作の全体を見渡すことのできる最強のガイドマップとなっている。

 

本来は何の変哲もない普通の子どもだったという高野秀行。早稲田大学探検部へ入ったのが、運命の分かれ目だった。そこは、世間の常識が一切通じない強者どもが寄り集まる世界。大学時代に、「モケーレ・ムベンベ」を追いかけて、コンゴへ出かける。それが『幻獣ムベンベを追え』という形になった。フランス文学科の卒論には自分で翻訳したコンゴの小説を題材にする。卒業後の進路として選んだのは、タイの日本語教師の職だったが、謎の押しかけ美女に付きまとわれる羽目になる。ムベンベ以降も、中国の野人、インドの怪魚ウモッカ、トルコの巨大水棲重ジャナワールなど数々のUMA(未確認動物)の正体をつきとめるため、世界中へ飛ぶ。西南シルクロードへの旅では、インドへ密入国するも、強制送還されてしまう。ビルマのアヘン王国に潜入し、阿片の栽培に従事するが、阿片中毒から抜けるため帰国後アル中になってしまう。酒がタブーであるはずのイスラム世界では、ひたすら酒を飲むだけで、それでも酒を飲もうとする怪しい人物を取材することができた。そして、ソマリランドとソマリアへ潜入。あまりに危険であるため、誰も書けなかったこの二つの国では、ついに押しも押されぬ第一人者になってしまう。

 

『間違う力』は、ざっとその足跡を紹介しただけで、ただ者ではないとわかる辺境作家高野秀行の冒険・探検の旅のエピソードがぎっしりと詰まった本、高野ワールドの総集編的な本なのである。

 

著者は、それを十箇条の人生訓にまとめているが、これは多分に本として読みやすくするため工夫であって、実際には四つくらいの原則にまとめられると思う。

 

1.ブルーオーシャン理論

 

最初高野はアフリカを攻略しようと思った。しかし、アフリカはどこもヨーロッパの植民地で、言語のレベルでの支配が今も続いている。そこに英語もフランス語もまともに話すことのできない自分が食い込もうとしても大した成果をあげられるはずがないとあきらめる。南米も同じで、こちらはアメリカの支配下にある。

 

 結局のところ、アフリカも南米も欧米の影響を免れない。欧米のジャーナリストや作家と競合しなければならない。別に競合する必要もないし、向こうでは屁とも思わないだろうが、意外なところでまじめな私は「これでは勝てない」と思った。(第9条 奇襲に頼る、p171)

 

だから、アジア各地をめぐることに集中したのである。つまり、高野秀行にとってはアフリカも南米も、すでに先駆者が数多くいるレッドオーシャンであり、アジアは未開拓のブルーオーシャンだと思われたのだ。UMA(未確認動物)を探すにしても、ネッシーなどのメジャーなものは目指さず、無名のマイナーなものをターゲットとする。

 

 さて、そこでネス湖のネッシーである。これまで無数の人々が探索している。巨額の予算を投じた大規模な科学調査も行われている。それでも見つからないということは、何もバックをもたない個人の私が行っても発見できる可能性はかぎりなくゼロに近い。雪男も同様だ。個人で探している人の話を雑誌などで読むと、「ご苦労なことだ」と思う。

 合理的に考えるかぎり、メジャーな未知動物の発見は困難だ。だから私のような後発の個人は、マイナーな未知動物、言ってみれば「未知の未知動物」を狙うべきなのだ。(第3条 合理的に奇跡を狙う、p63)

 

2.セレンディピティ

 

要するに、偶然の出会いを大事にして、そこからわらしべ長者的に次の乗り物を確保することである。その端緒は身近なところにある。頭で考えるのではなく、人から借りるのが一番だ。第一に本。そして第二に有名ではない普通の人の話をヒントにすることだ。

 

別にどこかの大学の先生とか有名なスポーツ選手とか成功した企業家の話でなくてもよい。というより、そういう人の話は無理に聞かなくていいと思う。というのは、有名な人の話はほかの人も参考にしているはずだ。そこにヒントを得たアイデアは確率的に独自性が生まれにくい。

 また最先端の科学や理論もあまり追いかけるべきではない。最先端は、もう世間に出回った時点で最先端ではない。われわれ一般人が追随しても遅いのである。

 新しい知見を得るためにはもっと別な方向性を考えたほうがいい。

 かつて私が試みたのは一般の読者に直接アイデアを求めるという方法である。

(第四条 他人の非常識な言い分を聞く、pp78-79)

 

最初のスタート地点はえらくない方がよいのである。そこからコネクションをたどりながら、遠くへと、目標の土地へと近づいてゆく。そこでは、警戒心よりも好奇心が優先される。ある編集者が、高野秀行は大まじめに取り組むものの最初から間違っているというのはこの点だ。

 

 結局のところ、怪しい人についていくと、たいていは痛い目に遭うが、ときには素晴らしい幸運に出会うこともある。それを前もって知ることはできない。

 だから、怪しい人に誘われたら、とりあえずついていくしかないのである。(第6条 怪しい人にはついていく、p128)

 

一見、フォレストガンプの有名な台詞「人生は一箱のチョコレート」みたいで格好よいが、身ぐるみはがれた経験の後に、こんな言葉は、普通の常識を持った人からはまず出てこない。高野秀行の場合、価値判断の尺度、はかりそのものが、間違っているーーー少なくとも普通の人とは違っているのである。

 

3.論理性

 

高野自身、自分のやり方は感性に頼るものではなく、論理的なアプローチであると、科学的でさえあると言っている。つまり、どんなに非常識であろうと、最初の論理をとことんつきつめてゆくのである。海外に旅する前に、まず現地の言葉をマスターするために、日本にいる現地人を見つけ、語学を習うという徹底ぶりだ。そうして教わった言語は、その場の用を足すのには役立っても、ほとんど残ってはいないがフランス語、スペイン語、ポルトガル語、タイ語、中国語、ビルマ語、アラビア語、ヒンディー語と数知れない。大学へ入る前から、英単語を覚えるのにも、楽をする手段を工夫することが好きだった。単語の頻度をすべてデータ化する中で、いつの間にか覚えてしまったのだ。次には、自分のための教科書作りに時間をかけるようになる。探検部の主将にあたる「幹事長」になったときも、リーダーとは意外に楽なものだと気がつくと、部会の前に徹底的に「予習」をするようになった。

 

「予習の効果は絶大だった。ほかの部員の誰一人として、部会の予習などしていない。ただ私が提出する議題に反射的な受け答えをするだけである。いくら彼らが優秀だといっても、一時間じっくりと考えている私の敵ではない。

 部会はこうして私の思いどおりに進むようになり、ラクで楽しくてしかたがなかった。もちろん、ほかの部員よりあれこれ考えたり調べたりしている時間は断然長かったが、そういうラクをする工夫は、子供の頃、理想の単語帳や教科書を作ったときと同様、面白いだけで苦痛ではない。

(第8章 ラクをするためには努力を惜しまない、p157)

 

4.不完全行動主義

 

どんなに周到に準備したところで、最後の一歩を踏み出さねば意味がない。熱心に研究すれば知識も増えるし、批評眼も養われ、一家言を持つようになる。だが、実行しない限り、「一流の素材」にとどまる。だから、完全主義にこだわるような一流をめざさない。二流でも、三流でもいいから、まず最初の一歩を踏み出すことが大事だ。

 

 どんなにアホでもデタラメでも今やっている者がやらない者よりえらいのだ。

(第7条 過ぎたるは及ばざるよりずっといい、p136)

 

『間違う力』の読者の前には二つの道がある。一つは、この本を、未読の高野本を攻略するためのマップとして利用し、あくまで高野秀行を、エンタメのコンテンツ、あるいは世界を知る上での教養書として利用する道である。もう一つは、この本の内容を真に受けて、10ヶ条を律儀に実行し、自らオンリーワンになる道、楽しい茨の道を選ぶことである。

 

 Kindle版

 

関連ページ:

高野秀行、清水克行『世界の辺境とハードボイルド室町時代』

 

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