つぶやきコミューン

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伊坂幸太郎『AX』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略

 

 

伊坂幸太郎『AX』(角川書店)は、『グラスホッパー』『マリアビートル』に続く、<殺し屋シリーズ>の第三弾である。複数の殺し屋が並行的に跋扈する前二作と比べると、『AX』の主人公ははっきりしている。恐妻家の殺し屋である。『AX』は、全編を通じて兜および彼の家族である妻と、息子の克己の物語となっている。

 

殺し屋も人の子である。完全な一匹狼で、独身を貫く殺し屋もいるだろう。家族は、敵に知られればウイークポイントになる。だが、兜だけでなく、『AX』に登場する他の殺し屋も、家庭を持っている。『AX』が扱うのは、殺し屋という職業と、家族の二律背反的な物語である。

 

兜こと、三宅兜は昼間は文具メーカーに勤めるサラリーマンの顔を持っている。だから、妻や息子も彼が殺し屋であることを知らない。家庭では、妻に怒られることを非常に恐れている。そして、あまりの卑屈さを息子の克己になじられたりもする。それでも、兜にとってこの家庭はかけがいのないものであった。

 

夜明け前に、全身宇宙服のような重装備で、業者の手を煩わせることなく、兜は自宅に巣を作ったスズメバチを退治しようとする。それもまた、妻に怒られる材料であると知りながらである。

 

スズメバチといえば、『マリアビートル』に出てくる殺し屋もスズメバチであった。男女二人組のスズメバチは、毒薬をつかう殺し屋であったのだ。

 

どういうはずみなのか、兜は自分が友人がいないことを気にし始める。妻や子供の手前、友人の一人もいないのは恥ずかしいと思ったのである。そこで、ボルダリングなどの仲間を通じ、友人をつくろうとする。

 

兜の殺しの依頼の窓口になっているのが、兜の通いつけの医師である。良性、悪性など、ガンの手術に見立てながら、手術するかどうかの交渉を行うのである。だが、標的が誰であるのかは、そのときになるまでわからない。しかも、医者が窓口をやっているのは、兜だけではない。他の依頼を他の殺し屋にすることもあるのだ。

 

最悪、標的が顔見知りの場合もあれば、逆に顔見知りに狙われることもある。

 

岩明均の『寄生獣』のように、学校の美人教師だって、自分の正体を知る寄生獣と入れ替わっていることもあるのだ。

 

そして、物語の中では、最悪の事態は、起こるものである。

 

妻子が何よりも大事、友人を作りたい、殺しのターゲットは自分で選べない。基本的には、たった三つのこの要素で、物語は展開してゆく。これだけで、私たちは悪い想像をしてしまう。そして、その想像は正しいのである。

 

読者は、『AX』が、それまでの二作とは大きく異なっていることに気づく。数字や章題の代わりに、各セクションの前に置かれるのがずっと同じ名前「兜」が続くのである。そして、これが変化するのは、物語の後半になってからだ。二つの名前が交互に続く。物語の柱となっているため、なぜそうなるかをここで説明するわけにはゆかない。

 

綿密に描写されるのは、普通のサラリーマンと変わることのない兜の家庭生活である。多くのサラリーマンが、共感せざるをえないような、女房の顔色をうかがう毎日、夜食の魚肉ソーセージをめぐるエピソードがそれを物語っている。

 

「最終的に行き着くのは」

「行き着くのは?」蜜柑が聞き返した。

「ソーセージなんだ。魚肉ソーセージ。あれは、音も鳴らなければ、日持ちもする。腹にもたまる。ベストな選択だ。

p10

 

だが、その一方で超ブラック企業的な、殺し屋業界の掟がある。いったん引き受けた依頼は、最後までやり遂げなければならない。

 

殺し屋というまったく自分には無縁の話をしているはずなのに、いつのまにか家族の話になったり、家庭生活を破壊しかねないブラック企業の話になったりする。だから、ほとんどサラリーマンは身につまされる。

 

『AX』は、殺し屋小説と家庭小説を融合させた伊坂幸太郎の新たな試みである。けれども、その生活感あふれるリアリティゆえに感動的になる代わりに、前二作にあった、自分の生活から懸け離れた絵空事ゆえの軽快なエンタメとして読み流すことが困難である。どちらがよいのか、あるいは、どちらもよいけれどもどちらが好きなのかを判断するのは、読者しだいである。

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関連ページ:

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