つぶやきコミューン

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みなもと太郎『マンガの歴史 1』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略  ver.1.01

 

 

『マンガの歴史 1』(岩崎書店)は、漫画『風雲児たち』の作者であり、漫画研究家でもあるみなもと太郎による日本の戦後漫画史の第1巻である。この巻で扱うのは、主に手塚治虫から『巨人の星』による劇画ブームの誕生までである。

 

戦後の漫画史と言いながらも冒頭を飾るのは、丸山応挙の犬の絵だ。これが日本的な「かわいさ」の原点である。さらに、岩佐又兵衛の『山中常盤物語』を取り上げる。この絵巻物の中では様々な表現が試みられているが、そこでは見る人の感情を背景が代弁しているのである。日本で漫画が育つ土壌はずっと昔からあったということを説明するためだ。

 

また西洋の漫画が明治維新以降輸入され、わざわざ学びに行こうとして、相手にいぶかしく思われたこともあった。というのも、漫画自体が「北斎漫画」など日本の浮世絵の影響下にあったからである。さらに、第二次大戦末期につくられたアニメ『桃太郎 海の荒鷲』の奇跡のような先進性までー手塚治虫を生んだ土壌がこと細かに説明される。

 

手塚るみ子の『オサムシによろしく』ではいかに手塚家でアニメの上演環境が整っていたかが語られるが、この『マンガの歴史 1』では、戦前・戦中の時代にすでに、いかに多くの漫画やアニメに手塚が接することができたかが語られている。

 

 手塚の場合はまず親がたいそうなマンガ好きで、たくさん収集していました。先ほど述べたナカムラ・マンガ・ライブラリーという豪華な箱入りの単行本シリーズを含め、これまで紹介してきたマンガはだいたい家にあったそうです。だからマンガ好きの少年にとっては天国のような家庭環境でした。

 それだけでなく、ディズニーのアニメもたくさん観ていました。それも、他の子どもたちのように映画館で観ていたのではありません。なんと手塚はそれを「家」でも観ていたのです。pp31-32

 

さらに、手塚の『新宝島』がいかに画期的な作品であったのかが多くのページを費やして語られる。

 

要は、紙に書かれて動かないはず、音が出ないはずの「マンガ」が、本当に動いて見えて、音が聞こえたんです。まるで映画のようだったんですね。「映画的」だったんです。p39

 

どのような経緯で、漫画の梁山泊であるトキワ荘が成立したかも、前後の流れから丁寧に説明されるが、個々の漫画家の伝説の紹介も楽しい。

 

石ノ森章太郎の項では、彼が他の漫画家の十倍の速度で、原稿をあげることができたという。『サイボーグ009』の009こと島村ジョーは加速装置を備えたサイボーグだが、実は石ノ森自体が加速装置を備えた漫画家だったのだ。

 

 この石ノ森は天才とうたわれ、とにかく早熟で有名でした。絵も上手いのですが、それ以上に描くのが早い。他のメンバーが一〇枚描くのに四苦八苦しているところを、彼は一〇〇枚描いていたといわれます。つまり、一〇倍ものスピードがあった。p78

 

また、石ノ森や横山光輝、赤塚不二夫は、少女漫画の誕生にも関わっている。

 

初めは女性漫画家そのものがいなかったので男性が描くしかなかったが、内容は若い女性が望むようなものからはほど遠かった。それを女性の望むものに近づけたのは、なんと言っても手塚の『リボンの騎士』であり、『魔法使いサリー』を描いた横山、『ひみつのアッコちゃん』を描いた赤塚らの功績なのである。そうした少女漫画成立の土壌に、少女漫画の大輪の花を咲かせたのが同じトキワ荘グループの水野英子であるが、石ノ森と赤塚は水野と「U・マイヤ」という合作ペンネームで少女漫画を発表していたのである。

 

この「少女マンガで若手が育成される」という流れは、この後もしばらく続きます。例えば白土三平、ちばてつや、楳図かずお、そして何を隠そうこの私も、少女漫画からデビューしたんです。p117

 

やがて少女漫画の主流は男性の手を離れるようになるが、目に星を描いたのが、実は男性漫画家であったとか、男性漫画家が大根脚しか描けなかった女性の脚を、誰がスマートでセクシーな表現で描き始めたのかなど、少女漫画創世時のエピソードの一つ一つも興味がつきない。

 

そして、次に来るのが少年サンデーと少年マガジンの誕生の時代、そして劇画ブームの時代である。

 

少年サンデー30円に対して、マガジン40円という価格差、さらに『伊賀の影丸』『おそ松くん』『オバケのQ太郎』というヒット作に恵まれ、サンデーがリードした。

 

劇画そのものはすでに50年代から描かれていたし、白土三平、さいとうたかをらはすでに貸本漫画界で作品を発表していたが、なぜ60年代に劇画ブームが生まれることとなったのか、その経緯も多くのページをかけて丹念に語られる。

 

その原点にあったのは、手塚に刺激を受けながらも、手塚風の画風から離れようとした漫画家たちの動きであり、その分岐点となったのが劣勢を挽回するため、少年マガジンが起死回生の策として生みだした『巨人の星』であった。そして、そのトリガーとなったのが、皮肉にも手塚の『W3』騒動であったという。

 

『マンガの歴史 1』は、最小限にページを抑えつつ、要の作家や作品はしっかりとカバーしながら、大きな歴史の流れをキャッチし、これを小中学生でもわかるような簡潔でわかりやすい言葉で表現することに成功している。

 

今日では過去70年にわたる日本漫画の多くの作品が、電子書籍で読むことが可能だが、それらの経験は点のままである。けれども、この『マンガの歴史』を読むとそれらの作品が、座標軸となる、今日その多くが消えてしまった掲載誌などの情報を与えられ、相互に星座としてつながり、次の世代に刺激を与えながら、生まれてきた様子が鮮やかに浮き彫りにされる。それらの漫画の誕生に立ち会い愛読した人にとっては、その時代の自分のさまざまな記憶も同時に喚起されることだろう。

 

『マンガの歴史』には、一枚の画像も使われていないが、今日では検索ワードされ知れば、グーグルの画像検索でいくらでもカラーの画像が出てくるし、気になる作品を電子書籍や古本で取り寄せることも可能な時代である。この本から始まる、漫画の宇宙への無限の出会いの可能性があるのだ。

 

『マンガの歴史』は、日本での出版にとどまらず、中国語や韓国語、英語やフランス語で翻訳されるべき名著であることは確かである。この本には、先行する漫画、同時代の漫画を消化吸収しながら、自らも50年にわたって描き続けた漫画家の皮膚感覚が宿っている。それは多くの人が知っている漫画や漫画家たちの知られざる背景の世界まで連れて行ってくれるタイムマシンなのだ。

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