JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略
『素敵な日本人』と言っても、商業主義の右寄り日本礼賛本ではない。日本人の年中行事、風俗習慣にちなんだ作品が中心となった東野圭吾の短編集である。正月には、神社に初詣に行き、盆には墓参りをし、クリスマスを祝う、一見宗教的には無節操に見える日本人の特性をヒントにしている。
冒頭を飾る「正月の決意」では、前島夫妻は書初めをし、お屠蘇を飲んだ後、近所の神社へと初詣に出かける。だが行先の神社の賽銭箱の前で、倒れている男を発見する。その男は、この町の町長だった…
続く「十年前のバレンタインデー」では、作家の峰岸は、バレンタインデーにかつての恋人、津田知理子と十年ぶりの再会をする。別れた後で、急にミステリ作家として成功した峰岸の作品をすべて読んでいると知理子は言った。だが、未完になったままの作品に彼女が触れたとき、峰岸の表情に変化が生じる…
そして「今夜は一人で雛祭り」は一人娘を嫁にやる父親の話である。ガンで妻の加奈子をなくした三郎は、急に娘の真穂の結婚相手が決まり不安になる。あまりに早すぎる婚約に不意をつかれたせいもあるが、何よりも相手が不釣り合いな良家であったためである。しかも、相手は実家の仕事を手伝うというのである…
さらに「君の瞳に乾杯」「レンタルベビー」「壊れた時計」「サファイアの奇跡」「クリスマスミステリ」「水晶の数珠」と、つごう9つの作品が並んでいる。明らかにタイトルからして年中行事にちなんだものは四作だが、その配列がカレンダーに沿ったものであるだけに一貫した意図が感じられる。
『素敵な日本人』に収められた9作すべてが厳密な意味での推理小説かというとそうではない。「壊れた時計」や「クリスマスミステリ」のようにスリリングな本格的ミステリの作品もあるが、9作のうち犯罪がからんだものは5作で、3作はどちらかと言うとSF的な作品だ。もちろん、「ガリレオ」シリーズのように、科学的知識を動員した作品も得意な東野だけに珍しいものではない。たとえば「レンタルベビー」はウンチさえ排泄する赤ちゃんロボットの話である。もちろん常に何らかの謎が解かれるという意味ではミステリにちがいないが、その謎は犯罪とは無縁の家族や個人、動物の謎だったりすることもある。そして、誰が探偵役になり謎を解き明かすかもその場になりゆきしだいである。
要するに、何が出てくるかわからない福袋的楽しみが『東野圭吾短編集 素敵な日本人』なのである。
関連ページ:
東野圭吾『危険なビーナス』
東野圭吾『人魚が眠る家』
東野圭吾『ラプラスの魔女』
東野圭吾『マスカレード・イブ』
東野圭吾『祈りの幕が下りる時』
東野圭吾『夢幻花』
通勤行き帰りで1話ずつ読むのに最適でした。
トラックバックさせていただきました。
トラックバックお待ちしていますね。