つぶやきコミューン

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戸谷洋志『Jポップで考える哲学 自分を問い直すための15曲』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本  文中敬称略

 

 

多くの人にとって、Jポップの歌詞は、好きで何度も聞き返す場合でも、感覚的に聞き流すことが多く歌詞の内容について深く考えることはめったにない。けれども、優れた曲の歌詞は、必ずと言ってよいほど、その背後にあるストーリーを持ち、何らかのテーマを、そして特定の世界観を持っている。その中には、生と死、愛、出会いと別れ、過去と未来といったテーマが表現されている。そのテーマの大部分は、数千年来人類が「哲学」の名の下で探究してきたテーマと同じものである。

 

戸谷洋志『Jポップで考える哲学 自分を問い直す15曲』(講談社文庫)は、Jポップの15の名曲にこめられたメッセージを、それぞれと共通した価値観を持つ哲学者の考えを参照しながら、分析し、掘り下げてゆく。それによって時に謎めいたものであるJポップの歌詞の背後に表現された世界と、哲学の基本的な概念の双方が、同時に理解できるようになっている。

 

取り上げられる15曲はMr. Chldren「名もなき詩」、ゲスの極み乙女。「私以外私じゃないの」、乃木坂46「君の名は希望」、Al「Story」、西野カナ「会いたくて会いたくて」、宇多田ヒカル「誰かの願いが叶うころ」、BUMP OF CHICKEN「天体観測」、aiko「キラキラ」、東京事変「閃光少女」、RADWIMPS「おしゃかしゃま」、浜崎あゆみ「Dearest」、ONE OF ROCK「A new one for all, All for the new one」、「Believe」、SEKAI NO OWARI「RPG」、いきものがかり「YELL」の15曲。

 

各テーマに3曲をあてながら、教師と生徒の対話の中で、「自分」「恋愛」「時間」「死」「人生」の5つの大きなテーマにスポットをあてる構成となっている。

 

そうすることによって、単なる哲学者の考えの紹介とは何が異なるのだろう。

 

それは自分たちの言葉で哲学することなのである。

 

私たちの言葉で哲学する、ということは、私たちの問題を考える、ということです。Jポップを通じて哲学することから見えてくるのは、今を生きている私たちにとって何が問題なのか、何が大切なことなのか、何を考えなければならないのか、ということです。p14

 

身近な言葉で哲学と共通するテーマを考えるとき、私たちは哲学を、遠く離れた国の古い時代の考えとしてではなく、現在この場所を生きる私たちの問題を考え、さらには解決する手段に変えることができるのである。

 

たとえば「名もなき詩」のテーマとなる考えは、「自分らしさ」とは何かという問いである。そのキーワードとなるのが、「あるがままの心」と「自分らしさの檻」という言葉である。この「自分」を考える時に役に立つ哲学者として、近代ドイツの哲学者としてカントが召喚されることだろう。

 

あるいは西野カナの「会いたくて震える」という歌詞は「恋人」と「自分」との距離のない関係性ゆえに生じる欠如の感覚を表現している。このときに援用されるのがフランスの哲学者メルロ=ポンティの「癒合性」の考えである。

 

隣り合った曲はバラバラのテーマを扱うのではなく、隣接した問題を考えながら、一つのテーマをより深く掘り下げてゆく。そうすることで、同時にこの時代を生きる上で直面するテーマを、読者一人一人が考えることを余儀なくされるのである。

 

本文の中で参照される哲学者は、カントフィヒテヘーゲルブーバーメルロ=ポンティレヴィナスベルクソンシモーヌ・ヴェーユジョルジュ・バタイユキルケゴールハイデガーサルトルパスカルヤスパースニーチェと多岐にわたる。

 

どの歌詞のどの言葉と、これらの哲学者のどの概念がシンクロするのかはとてもスリリングで、最大の見どころと言えるだろう。

 

一種の若者同士の暗号のように謎めいたJポップの歌詞を、明晰なビジョンの元で透視しながら、同時に哲学的な文脈の中に位置づけてゆく著者の力業は見事である。しかし、本書はそれにとどまらず若い世代の読者を、ふだん疎遠である哲学の世界へと道案内し、同時に生きてゆく上で大事な問題を一回り考えさせずにはおかないのである。

 

知らず知らずのうちに、読者は哲学の言葉をわがものとし、自らの体験を振り返りながら、その本質を考えること、すなわち哲学することを促される。著者の意図は、十分に実現されている。

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