つぶやきコミューン

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古市憲寿『大田舎・東京 都バスから見つけた日本』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略

 

 

私たちがふだん見ている東京、考えている東京都は、その大部分は鉄道とその駅を通して見た東京のイメージである。東京の中心部をぐるりと取り巻く山手線、その輪の中心部を横切る中央・総武線、円に沿ううちにいつのまにか地方へと離れてゆく京浜東北線や常磐線、その間を縦横無尽にネットワークをめぐらせる東京メトロと都営地下鉄。さらには新宿や渋谷、池袋、品川などのターミナル駅から放射状に伸びる何十もの私鉄各線。これに都電荒川線や世田谷線、ゆりかもめや日暮里・舎人ライナー、東京モノレールを加えてもよいだろう。

 

私たちのふだん見たり、考えたりする東京の顔は、これらの駅を主要な観察点としてかたちづくられたものである。テレビ番組などで市井の声が拾われる場合には、必ず新橋や銀座、渋谷や新宿、あるいは中野や吉祥寺、十条、武蔵小山など駅のある街が選ばれる。鉄道は、いわば東京の動脈に相当し、表の顔を形づくる。

 

しかし、鉄道網によって得られる東京のイメージは表向きのものだ。鉄道はとがった地形の先端や新たにできた場所の隅々までめぐることはめったにないし、鉄道の路線と路線の間には、広大な空白地帯があちこちに広がる。けれどもそんなエリアにも、また何百万という人が住んでいて、そこに人々の生活がある。いわば裏の東京。そして、そのようなエリアを毛細血管のようにめぐるのが都営バスのネットワークである。

 

社会学者古市憲寿『大田舎・東京 都バスから見つけた日本』(文藝春秋)で示すのは、大味な鉄道のネットワークによっては抜け落ちてしまう東京のイメージ、都営バスという毛細血管によってキャッチした東京のイメージである。

 

本書の構成はきわめてシンプルだ。都営バスの路線より100の路線をピックアップし、その路線の一つ一つに乗ってみる。そしてバスの車窓、2.3メートルの高さから見える風景の変化を観察しながら、それぞれの路線について2ページの文章を書くというだけのものである。間の風景や名所を写真で載せることもないし、100の路線についての文章が、路線の長短にかかわらずすべて見開き2pにぴたりとおさまっている。そのストイックさが心地よい。これならどこから読み始めて、どこで読むのを止めても、前後がわからなくなることはない。

 

本書には、三つの楽しみ方がある。一つは、既知の知識と合わせながらの脳内での旅。もう一つは、この本を手にしながら気になるバス路線に自分で乗ってみること。そして、もう一つはインターネットで気になる場所の情報や画像を呼び出しながら読み進めることだ。東浩紀のエッセイ『弱いつながり』は、「検索ワードを探す旅」という副題が与えらているが、この『大田舎・東京』は、東京についてのニッチな検索ワードを増やしてくれる本なのである。

 

起点や終点の地名こそ私たちがよく知った地名であるけれど、間には私たちの知らない地名やめったに訪れることのない地名が並んでいる。そして、次から次へと東京にはこんな面白い場所があるのをまだ知らずにいたのかと思い知らされるのだ。

 

たとえば、【都04】の終点である豊洲水産埠頭。

 

 銀座からわずか10分ほど、バス停を降りると、そこはもう別世界だ。東京湾の潮の匂いと、殺風景な大型倉庫たち。少し歩いて海沿いまで行くと、係留された貨物船越しにレインボーブリッジが目に飛び込んでくる。その先にはお台場も見える。pp42-43

 

たとえば、【亀24】のバスが停まる第五大島小脇の中川船番所資料館

 

  ずっと川は見えなくても、車窓からはこのバスが水のすぐ側を走っていることがわかる。たとえば第五大島小の側には、中川船番所資料館の案内板が見える。江戸時代に舟の出入りを取り締まっていた中川番所の跡地に建てられた水運ミュージアムだ。p104

 

きわめつけは、タワーホール船堀という江戸川区の施設である。

 

  ところで、船堀駅前にはタワーホール船堀という、江戸川区の施設がある。コンサート会場やイベント会場に加えて、なんと高さ115mの展望台までもある。入場料は無料。「区民の乗り合船」をコンセプトに1999年に作られたのだという。p113

 

下町を空から見るのに、一人二千円もかかる東京スカイツリーに上る必要はないし、スカイツリーをきれいに撮るにもスカイツリー以外の場所に上がる必要があるのだ。

 

最初のうちは、停留所の名前と間の街の様子を語っているだけの文章に見える。けれども、そのうちそれでは済まなくなる。というのも、違った路線でも何度も同じ場所を通るからである。すると同じ解説を繰り返すわけにはゆかない。しだいにその場所にちなむエピソードや歴史を紹介せざるをえなくなるのだ。そのため、読むほどに、土地の情報が深堀りされるという仕掛けになっているのである。

 

自ら車でも運転しないと行けないと思っていた場所にも、都営バスを使えばよいということがわかる。
 

 【波1】のハイライトはここからだ。バスは青海三丁目の交差点を過ぎると、中央防波堤へ向かって第二航路海底トンネルを走る。しかもこの海底トンネル、基本的に歩行者や自転車の通行は禁止されている。p22

 

また、さまざまな東京のトリビアを知ることができる。学習院大学のキャンパスはなんと18万平方メートル、しかしこれよりさらに広いのが東京大学であり、駒場で35万平方メートル、本郷は56万平方メートルもある。そしてディズニーランドよりも広いのだそうだ。

 

 この前、東京大学の本郷キャンパス内で迷子になってしまった。一応何年も籍を置いてきた場所なのだが、未だに新しい建物へ行こうと思うと方向感覚を失う。それもそのはず、本郷地区キャンパスの敷地面積は56屬傍擇咫東京ドーム12個分。あの東京ディズニーランドよりも広い。

p56

 

そんな東大構内をめぐる【学07】は四つの停留所のうち、三つが東大内にあるらしい。

 

あるいは麻布十番が『美少女戦士セーラームーン』の舞台であること。

 

マンガでは「十番街」となっていたが、モデルは明らかに麻布十番商店街。作中ではセーラーマーズこと火野レイが火川神社の巫女という設定だったが、モデルは麻布氷川神社といった具合だ。p51

 

こんなトリビアが紹介される【都06】は渋谷から恵比寿、広尾、麻布十番、大門を回って、新橋に至る。

 

さらに、一つのバスの路線そのものがあるテーマを語っているように見える場合もある。

 

「夢の下町」行きを公称する【S-1】は東京駅丸の内口を出発して、日本橋、神田、上野、浅草、スカイツリーをめぐり、錦糸町に至る。

 

浜町中の橋、蠣殻町、築地をめぐる【錦11】は、地名から東京の歴史を知ることのできる路線。

 

1時間をかけ新橋より霞ヶ関、国会議事堂、市ヶ谷、大久保、新宿まで10キロを進む【橋63】は多様な東京を総集編のように走るバスという具合だ。

 

とはいえ、都営バスも東京23区をまんべんなく走っているわけではない。はっきり言えば、中央線沿線は弱い。そしてやたらと東京の東側とベイエリアを中心に発達している。だから、東雲や、東陽町、南砂、竹の塚といったローカル場所が頻繁に出てくる。鉄道網が届かない都会の辺境エリアにも、【亀21】のバスが通る元八幡商栄会などにぎやかな商店街がいくつもある。ページをめくるたびに、これまでの東京案内のどの本でも得られなかった「かゆいところに手が届く」感が半端ない。

 

また、100もの走査線によって東京の現在をスキャンすれば思わぬ発見もある。未来の日本の問題と同時にそのソリューションも見えてくることがあるのだ。

 

 しかし本当は、江戸川区は23区の中では最も高齢化率が低い。高齢者も多いが若い世代や子供も多いのだ。初婚年齢が低く、出生率も高い。そう、要は若者の行動パターンが地方っぽいのである。p95

 

だから、全国一出生率の低い東京都は江戸川区に学ぶべしということになる。

 

こんな風にして、都営バスを通して東京を見れば、鉄道中心のアングルからは死角になっていた様々な場所やファクトがくっきりと見えてくる。

 

裏返してもやっぱり東京は面白い。『大田舎・東京 都バスから見つけた日本』は、一種のリバーシブル東京案内である。

 

関連ページ:

古市憲寿『保育園義務教育化』
國分功一郎・古市憲寿『社会の抜け道』(1) (2)

 

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