つぶやきコミューン

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前野ウルド浩太郎『バッタを倒しにアフリカへ』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略

 

 Kindle版 

 

この本の表紙を見た人は思わずどっきりし、あやしい思いを禁じることができない。緑の服に身を包み、顔にも緑のペイント、触覚を伸ばしたコスプレで、白い捕虫網を手にしている。タイトルをわかりやすく絵にしたコスプレであるが、常識ある社会人のする姿ではない。あやしい。前野ウルド浩太郎という作者名もあやしい。まるでガダルカナル・タカとか、そのまんま東みたいなたけし軍団のお笑い芸人のようである。とすれば、イモトアヤコや猫ひろしのような、海外で身体を張ったチャレンジを行うお笑い芸人のサバイバル企画なのだろうかと勝手に想像をはたらかせてしまう。

 

そんな期待に応えるように、前野ウルド浩太郎の『バッタを倒しにアフリカへ』(光文社新書)の冒頭はこんな文で始まっている。

 

 100万人の、群衆の中から、この本の著者を簡単に見つけ出す方法がある。まずは、空が真っ黒になるほどのバッタの大群を、人々に向けて飛ばしていただきたい。人々はさぞかし血相を変えて逃げ出すことだろう。その狂乱の中、逃げ惑う人々の反対方向へと一人かけてゆく、やけに興奮している全身緑色の男が著者である。

 

要するに、緑のコスプレも、編集者の悪乗りに乗せられたわけではなく、本人の意志による確信犯なのだ。

 

 私はバッタアレルギーのため、バッタに触られるとじんましんが出てひどいかゆみに襲われる。そんなの普段の生活には支障なさそうだが、あろうことかバッタを研究しているため、死活問題となっている。こんな奇病を患ったのも、、14年間にわたりひいたすらバッタを触り続けたのが原因だろう。

 全身バッタまみれになったら、あまりの痒さで命を落としかねない。それでも自主的にバッタの群れに突撃したがるのは、自暴次期のなったからではない。

 

 子供の頃からの夢「バッタに食べられたい」を叶えるためなのだ。

 

しかし作者紹介を読むと、大学院博士課程まで出て、現在は京大の研究者の地位にある昆虫学者であるとわかる。アフリカのモーリタニアにわたったのも、自費のプライベートな旅行ではなく、しかるべき団体より費用を得た研究のための長期滞在なのである。

 

『バッタを倒しにアフリカへ』は、幼いころ『ファーブル昆虫記』を読んで以来、昆虫の魅力にとりつかれたバッタバカ一代の昆虫学者のアフリカモーリタニアでの、バッタとの奮闘記である。

 

バッタと言ってもモーリタニアのバッタ、サバクトビバッタは日本のバッタとは違う。

 

ふだんはおとなしい緑色や茶色の身体は孤独相と呼ばれるが、これが群れをなすと鮮やかな黄色と黒の斑の身体へと一変し、凶暴化する(群生相)。まるでジキルとハイドである。

 

ちなみに、バッタとイナゴは相変異を示すか示さないかで区別されている。相変異を示すものがバッタ(Locust)、示さないものがイナゴ(Grasshopper)と呼ばれる。日本では、オンブバッタやショウリョウバッタなどと呼ばれるが、厳密にはイナゴの仲間である。

 

それまで、大学の実験室での実験しか経験のなかった著者は、初めてアフリカの大地でのフィールドワークを経験する。モーリタニアは、フランス語圏で英語はほとんど通じない。それでも片言のフランス語と身振り手振りで、周囲とのコミュニケーションをはかりながら、一面の砂漠が続くかと思えば、塩の大地や、危険な地雷が点在し、サソリやテロリストの潜む地帯を這うようにバッタを追いかけてゆく。

 

モーリタニア人は、一方では給料を二重取りしようとしたり、捕獲したバッタの数を水増ししたりと狡猾なところはあるが、また一方では困った人は決して見捨てない人情深い一面も持ち合わせている。所長のババや通訳や運転手役の相棒ティジャニなどしだいに周囲に愛すべき味方を増やしながら、ときにボーナスをはずみ、ときに食べ物で買収し、ときに真正面からバッタへの情熱をぶつけながら、変わり者の研究者の地位を認めさせてゆくのである。

 

私はサバクトビバッタ研究に人生を捧げると決めました。私は実験室の研究者たちにリアルを届けたいのです。アフリカを救いたいのです。

 

本書には、バッタとの奮闘以外にも、もう一つのテーマがある。限られた期限内に研究成果を発表し、昆虫学者としての地位を固めないと、就職の口も見つからず、将来も絶望的である。ただただアフリカの大地にしがみついてバッタと格闘していればよいわけではないのだ。そのために、インターネットを駆使し、有名になろうとする。なぜ、バッタの格好をしているのかの謎も明かされる。

 

そうして、日本でもインターネットや出版社を通じて、少しずつ応援する人の輪が広がってゆくのである。

 

しかしいつもバッタの大群が現れてくれるとは限らない。日照りが続けばバッタも生きてゆけない。しだいに残された時間が少なくなる中で、どうしたらよいのか。毒入りバッタやゴミムシダマシなど内職的な研究は、思いがけない結果を生み、さらにハリネズミのハロウなど思いがけない友人を作り出してゆく。モーリタニアでは、ちょっとした偶然が予測不可能な結果を次々に生んでゆくのである。

 

アフリカの砂漠だけではなく、ファーブルの聖地であるフランスに飛んだり、日本での協力者を見つけるために、作者は東奔西走する。その変化ゆえに、読者は飽きることなく最後まで読み続けることができるだろう。

 

そして、最後には、しかるべき肩書と資金を手に入れ、モーリタニアへと凱旋した著者は、いよいと何億とというバッタの大群と対面する。しかし、ここでもマッドサイエンチストぶりを発揮する。自分の研究が終わるまで、バッタを殺さないでくれと懇願するのである。

 

今やバッタの群れは、モーリタニアの首都に迫ろうとしていた。バッタを未然に食い止めるのと、侵攻を許し後から退治するのでは、お金のかかり方が二桁は違う。

 

 西アフリカ地域の防除費用は、普段なら3億円程度だが、大発生してから対応した場合は570億円に跳ね上がる。大発生してから支援金を集めていたのでは、現場に金が下りてくるのに時間がかかりすぎ、手遅れになってしまう。支援金を緊急に確保しなければならないことを、ババ所長は痛いほど知っていた。ここで食い止めなければ、被害は甚大なものになる。そこで、モーリタニア全土に、そして世界にこの危機的状況を訴えるため、研究所はバッタが発生している現場である砂漠の真ん中にマスメディアを呼び、緊急の決断を下した。

 

まるで、『シン・ゴジラ』のようなスリリングな結末を読者はリアルに経験することだろう。

 

今や、社会問題となっている理系のポスドクの問題。博士号を持ったからといって何の生活の保証もない。それでも、限られた時間と金銭の中でポストを獲得するための涙ぐましい努力の数々、そして地球の裏側、物のない場所で研究し続けるために動員される知恵の数々。就職戦線ギリギリの修羅場、未知の大地での冒険と、人との出会いや異文化コミュニケーションの醍醐味が凝縮された『バッタを倒しにアフリカへ』は、2017年を代表するノンフィクションの名著である。

 

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