つぶやきコミューン

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米澤穂信『いまさら翼といわれても』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略

 

 

米澤穂信『いまさら翼といわれても』(角川書店)は、米澤の作品でもひときわ人気の高い古典部シリーズの第六冊で、「箱の中の欠落」「鏡には映らない」「連峰は晴れているか」「わたしたちの伝説の一冊」「長い休日」「いまさら翼といわれても」の六作を含む連作小説集である。

 

飛騨高山をモデルとした神山市を舞台にした<古典部シリーズ>は、これまでに『氷菓』『愚者のエンドロール』『クドリャフスカの順番』『遠回りする雛』『ふたりの距離の概算』の5冊が刊行され、累計200万部を突破している。<古典部シリーズ>は『氷菓』としてテレビアニメ化されているが、テレビアニメ版の『氷菓』には、『遠回りする雛』までの四冊と『いまさら翼といわれても』所収の「連峰は晴れているか」の内容が含まれている。

 

<古典部>シリーズとは、「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に」がモットーの省エネ主義の高校生折木奉太郎、その悪友の福部里志、旧家のお嬢さんで折木に無防備に接近する天然キャラの千反田える、福部の押しかけ女房的存在の伊原摩耶花の四人を中心に描く学園物で、その主眼は犯罪にもならないような学園周辺の日常生活の中で生じた謎を解き明かすミステリーである。

 

折木は、そのシャーロック・ホームズのごとき推理力を活かして探偵役を務め、データベース人間と呼ばれる情報通の里志はワトソンのような助手役を務める。謎の背景にあるのは、思春期特有の屈折したさまざまな感情であることが多い。それを共有することで、多くの読者は自らの中学・高校時代を思い返し、ほろ苦い思いに浸るのである。

 

「箱の中の欠落」は、選挙の立会人である里志の依頼で、生徒会選挙の不正の謎を、奉太郎が解くことになる。神山高校の生徒総数は、千四十九人なのに、投票された票の数は、なんと千八十六あったというのだ。どんなトリックで、この不正は行われたのか?そして、犯人は?

 

「鏡には映らない」で、摩耶花は、日曜日の買い物で偶然出くわした中学時代の同級生池平との話から、ともに過ごした鏑矢中学での奉太郎の事件を思い出す。学年が卒業記念に共同制作した鏡の飾り枠で、奉太郎の班がおそろしい手抜きをして台無しにし、学年全体の恨みを買ったあの事件を。だが、奉太郎の性格を知るにつけ、理由もなしにそんなことをしたとも思えない摩耶花。彼の不可解な行動の背後に一体何があったのか?

 

「連峰は晴れているか」も、中学時代の思い出の謎解きだ。奉太郎と里志は、「ヘリ好き」として記憶されている中学の英語教師小木の授業中にもヘリが飛び、その時の小木の態度にひっかかりを感じ、その謎を解こうとする。

 

「わたしたちの伝説の一冊」は、漫画家志望の摩耶花が、古典部と掛け持ちで籍を置いている漫画研究会の話である。こっそり自分で漫画を描いては雑誌に投稿する摩耶花。だが、部長の新旧交代にともない、漫研内部での対立が表面化。それは漫画を「読むだけ派」と「描いてみたい派」との対立だった…

 

この冒頭で、奉太郎の「走れメロス」の読書感想文全文が引用されるが、発想がいかにも奉太郎らしくて面白い。冒頭を飾る摩耶花の読書体験も、思わず自分の読書体験を思い返させる名文だ。

 

 最初に読んだ漫画はなんだっただろう。思い出したいけれど、たぶんあまりに幼い頃の話なので、これかなと思いつくものは何冊もあるのに、そのどれだったとも言い切れない。ただただ夢中だったことだけを、あたたかく憶えている。

 自宅に本棚は居間に一台あるだけで、そこには埃をかぶった百科事典や箱から出されたところを見たことがない文学全集が並んでいて、漫画はなかった。わたしはもっぱら、母方の叔母の家で漫画に出会ったのだ。叔母の家にはスチール製の武骨で、恰好悪くて、でも見上げるほど大きく、端から端まで本で埋め尽くされた本棚があり、そのうちの半分ほどが古今の漫画だった。小学校から帰るとランドセルを家に置き、すぐに叔母の家に行って漫画を読み、夕飯の時刻には家に帰るというのがわたしの日課になっていた。p143

 

「長い休日」では、奉太郎とえるがクラスメートの実家の神社の手伝いを二人でする羽目になる。えるは奉太郎に彼の「「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に」というモットーのきっかけになった出来事を尋ねるのであった。ついに、明かされる奉太郎最大の秘密。

 

「いまさら翼といわれても」は、神山市の合唱でソロパートを演じることになっているえるが、いつまで経っても現れない。自宅を出て、こちらに向かうバスに乗ったことは確かなのだ。いったい、えるに何があったのか?どうやら冒頭のえると父親の会話の中にそのヒントはありそうだ。

 

どの謎も、古典部の四人のキャラクターの性格や生活と深く結びついているだけでなく、似たような経験の一つや二つは私たちも思い当たるような謎である。私たちは、無頓着にスルーしてきた中学、高校時代のさまざまな出来事の背景に、こんな深い人間ドラマがあったなんてことは思いもよらなかったのだろうか。それとも、その背景の謎を知り尽くしていたのだろうか。私たち自身の過去を事件簿として、今私たちの中も名探偵が動き出す。

 

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米沢穂信『満願』

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