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中田考『イスラーム入門 文明の共存を考えるための99の扉』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本  文中敬称略

 

 

中田考『イスラーム入門 文明の共存を考えるための99の扉』(集英社新書)は、99のキーワードによって、イスラームの世界へと案内する、用語集のかたちのイスラーム入門書である。

 

99の項目は第一章 法の宗教(1〜24)、第二章 イスラームの下の暮らし(25〜64)、第三章 イスラーム人物伝(65〜77)、第四章 イスラームと現代(78〜99)という形で、カテゴリーに分け配列され、単なる五十音順の配列ではない。ここが本書のミソである。

 

  99の項目は、イスラームの思想史を扱う第一章「法の宗教」、イスラームの教えに則る信仰生活と社会を扱う第二章「イスラームの下の暮らし」、歴史上の有名なイスラーム教徒の略伝を纏めた第三章「イスラーム人物伝」、現代世界の問題を理解する鍵となる概念を解説する第四章「イスラームと現代」に分かれていますが、どこから読み始めても構いません。p241

 

たとえば、第一章は1ムハンマド 2 啓典の民 3 クルアーン 4 ハディース 5 シャリーア(聖法) 6 聖俗一致 7 ウラマー 8 イジュティハードといった風に、関係性の深い項目が順に並んでいるので、通読しても、一冊の本として不自然に感じるところがない。だが、読み進めるうちに、しだいに知識が増え、イスラームの輪郭がより明瞭になるように組み立てられている。

 

だが、ムスリムでもない読者の多くは、一度や二度説明を聞いただけでは、すぐに忘れてしまう。そのとき、この項目ごとの配列は辞書として役に立つ。読めばなんとなくこんなものだと理解できるが、それを人に伝えられるかどうかはまた別の問題である。

 

しかし、このイスラーム入門には、たとえば、「1 ムハンマド アッラーの啓示を授かり、イスラームを開いた預言者」や、「4  ハディース ハディース集成はクルアーンに次ぐイスラーム法の第二法源」「10 スンナ派 預言者の逝去以来のムスリム社会の多数派」のように、知らない人にもとりあえずわかった気にさせる、一行におさまるような説明が目次段階ですでに加えられている。本文ページをめくることなしに以前読んだ記憶を喚起することもできるし、とりあえずの説明を人に対して行うことができ、便利なことこの上ない。

 

『イスラーム入門』は通読による一般的な理解、項目を調べることによる理解の深化、他人に説明する際の要約的一文の活用という風に三通りに使える便利な本なのである。

 

そうする中で浮かび上がってくるのは、(一部の集団を除き)イスラームという宗教の寛容性、奥の深さである。それは、何がイスラームの正しい知識であるかを、預言者ムハンマド以外の人は知ることができないという基本的な考えから来ている。そもそも判断の基準となる公的な機関が存在しない以上、杓子定規な判断があるはずだと考えるのは、キリスト教圏などの人間の類推から来る誤りなのだ。

 

 しかしムスリムであることと、イスラームを理解していることはイコールではありません。ムスリムであるからといって、イスラームの教えを正しく理解しているとは限らず、ましてやイスラームを体現していることにはなりません。誤りを犯さずイスラームを正しく知る無謬な存在は預言者だけであるというのがスンナ派の合意事項です。p12

 

同時に、イスラームを名のる政治的集団も、宗教的集団も多様であり、何には「95 バハイ教」「96 アフマディーヤ」のように、もはやイスラームの範疇に収まらないような宗教的集団も存在する(そして日本でも活動を行っている)。こうした日本のメディアにかかれば、混同や誤解を呼び起こしかねないような集団に対してもイスラーム内部からの的確な位置づけがなされているのである。

 

とりわけ役に立つのは、ふだんニュースでも耳にする「10 スンナ派」「19 シーア派諸派」のちがいや、「87 タリバン」「88 アルカイーダ」といった集団の成立の経緯、「54 ラマダーン」「53 ハラームとハラール」といった日常生活に密着した項目である。

 

ここに集められた99の項目自体を正しく理解できている人、説明できる人は、日本でもごく少数だろう。マスコミの場合には、前後の歴史的経緯を深く知ることなしに、「〜と呼ばれている集団」「〜と呼ばれている人」が「〇〇と呼ばれる行為」をしたという程度の理解に基づいた報道に終わっているものも少なくない。そうした場合に、本書でその集団や行為に関して、知識を肉づけするなら、格段に理解を深めることができるはずである。

 

マスコミの伝える中東やイスラームに関するニュースに限らない。イスラーム創生のムハンマドの時代から「89 IS(イスラーム国)」「91 ギュレン運動」まで最新のイスラーム世界の情報までカバーした本書は、イスラームに関するさまざまな書物を読む際にも、便利な基礎用語事典として役に立つのだ。

 

本書は、日本語でイスラームについてこれまで出された中で、最強の入門書であるの確かなことである。同じ中田考の本でも、こんな便利な本はこれまで見たことがない。

 

しかし、ムスリムである著者は、あくまで本書に集められた知識も、噂話の域を出ないと、相対化し、クアルーンの教えとの整合性を保つことを忘れない。

 

 読者諸賢が目にするイスラームとはまず、こうしたイスラーム教徒たちが引き起こした出来事、紡ぎ出した言説、いや、それについての「噂」です。噂話とはえてしてあてにならないものですが、それはそれで構わないのです。噂の真相を知りたくなれば、自分の目でそれを見るにしくはありません。私たちは噂話を通して、世界の真実を知る旅に誘われるのです。本書はイスラーム教徒についての「噂」の中から特に人目を引きそうな99の項目を選び、現代の日本人の認識の枠組みと語彙を用い、同時にイスラームの視点から、できる限りわかりやすく語り直すように努めました。p240

 

99の項目以外に加わっている二つのコラムがある。近代日本のイスラーム理解を進めた二人の偉才としての、大川周明井筒俊彦についてのコラムだ。とりわけ井筒の博覧強記ぶりは、初耳でないにせよ、魂が奮い立つ内容だ。

 

 英独仏露語などの現代ヨーロッパ諸語は言うに及ばず、ギリシア語、ラテン語、サンスクリット語、パーリ語などのインド・ヨーロッパ語族の古典語、アラビア語、ヘブライ語に加えてペルシャ語、トルコ語、マレー語といったイスラーム世界の諸言語など三〇以上の言語に通じた言語の天才で、他の追随を許さない語学力を生かして古今東西の思想、哲学の一次資料を読みこなして自在に論じ、独自の東洋哲学を樹立しました。世界に発信し、高名な人文科学者が集うエラノス学会を活動の場として空前絶後の碩学との国際的評価をかちえましたが、イスラーム研究においても、クルアーンの意味論、イスラームの神秘主義の分析に大きな足跡を残しました。p233-234

 

本書は、テレビや新聞、ネットのニュースを理解する上でも、イスラーム世界についての本を読む上でも、さらには大学受験で世界史を選択した場合にも、それなりによくできた山川出版社の教科書や用語集の隙間を埋めてくれるものとして、オールマイティな活躍をすることだろう(現時点では紙のバージョンのみだが、電子版があればつねに携帯・参照できるレフェランスとなるので、早期の電子書籍化を望みたい)。

 

『イスラーム入門』には、また「文明の共存を考えるための99の扉」との副題が付されている。知らないものはこわいものと考えがちな時代において、正しい伝承にしたがった根拠ある「噂話」は、無知が生み出す恐怖や憎悪の広がりを最小化するのに役に立つ。本書が英語や中国語をはじめとして、多くの言語に訳され、何億、何十億という人の目に届き、「文明の共存」へと一層貢献することを願ってやまない。

 

関連ページ:

中田考・島田裕巳『世界はこのままイスラーム化するのか』
中田考・内田樹『一神教と国家 イスラーム、キリスト教、ユダヤ教』

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