つぶやきコミューン

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青柳いづみこ『ショパン・コンクール 最高峰の舞台を読み解く』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本  文中敬称略 ver.1.01

 

 

ピアニストを志す者なら誰もが憧れるショパン・コンクール。五年に一度開かれるこの国際的な大会に、入賞でなくとも、本選に出場したいと望む若者は少なくない。しかし、外から見る以上に多くの困難がコンテスタントの前には待ち構えている。実力でふるいに落とされるのなら、それもいたし方ないが、実力以外の様々な要素がその選考過程にはからんでくる。青柳いづみこ『ショパン・コンクール 最高峰の舞台を読み解く』(中公新書)は、ピアニストであり、同時に多くの音楽的著作を持つ著者の、2015年のショパン・コンクールを現地で取材しながら、この得体の知れない大会の全貌をとらえようとする渾身のレポートである。

 

コンテスタントにとっての最初のハードルは、書類選考とDVDの審査である。非常に制約の多い書類を何とかクリアしたところで、次のDVDの審査が曲者だ。というのも、DVDは出場者が自前で用意するものであるから、そのクオリティや音質も大きく製作過程に左右される。当然、お金をかけて機材の揃ったスタジオで、プロが撮影・録音したものが有利になることは否めない。つまり、はなから実力勝負の前提が崩れてしまっているのだ。そのため、国内外で実績を持つピアニスト、あるいは後に入賞するような有力ピアニストがこの過程でふるいに落とされてしまうこともしばしば。2010年の大会でも、アヴデーエワが事前審査に落とされたことに激怒した審査員フー・ツォンの抗議によって、再招集が行われたことがある。

 

 予備予選から本大会まではきれいに半分ずつ振るい落としていくが、応募者が多いため、事前審査で一挙に三分の一弱に減らしてしまう。ショパン・コンクールの最大の難関は、もしかするとクローズドでおこなわれる書類・DVD審査かもしれない。二〇一五年は前回のアヴデーエワのような申し立てはなかったが、私は、少なくとも何人かの実力のある内外コンテスタントが選に漏れたことを知っている。p11

 

さらにそこをクリアしたとしても、様々な政治的要素がからんでくる。

 

「…私はショパン国際ピアノ・コンクールに参加する前に一九七八年にイタリアのカサグランデ国際コンクールで第一位となり、一九八〇年にカナダのモントリオール国際コンクールで第一位となっていました。モントリオール国際コンクールの後モスクワに戻りましたが、モスクワ音楽院のピアノ科の主任のドレンスキーが私に会いに来て、私にショパン国際ピアノ・コンクールを捨てるよう「提案」しました。彼は私が彼らを妨害さえしなければよく、まだ誰を押すか人選していないので一九八二年のチャイコフスキー国際コンクール第一位と交換できると言いました」

 ポゴレリチはこの「提案」を受け入れなかったので報復されたというわけだ。

p65-66

 

とかつてイ―ヴォ・ポゴレリチは語ったが、それはかつてコンクールに歴然たる影響力を誇ったソ連が崩壊うる前の極端な例としても、様々な国と国との駆け引きがあり、ポゴレリチの場合のアルゲリッチや、アシュケナージの場合のミケランジェリの抗議のように、そのたびに審査員内でも大きな騒動になったことは否めない。

 

そして何よりも「ショパンらしさ」がショパン・コンクールでは求められる。

 

それぞれの楽器をよく弾きこなし、世界のマーケットで活躍していく演奏家を発掘するチャイコフスキー・コンクールと違って、ショパン・コンクールではまず「ショパン」が先に来る。どんなに腕達者でも音楽的才能があっても『ショパン」にふさわしい演奏でなければ勝つことが難しいのだ。p42

 

けれども、このショパンらしさも、年とともに変化し、次第にその許容範囲も広がってきたのである。

 

はたして本来のショパンの演奏に戻ればよいのか。ショパン自身さまざまな即興的要素を取り入れて楽譜通りに弾かなかったが、他人が楽譜通りに弾かないことは、当時の頂点に立つフランツ・リストであっても、あまり喜ばなかったという複雑な経緯もある。

 

「ショパンらしさ」は、大きくわけて、楽譜に忠実な即物的演奏と、19世紀風のロマンティックで、ルバートを多用するような演奏が対立してきたが、これには歴史的理由もある。さらにショパン自身が行っていたとされる18世紀風の演奏も正解でないとは言えないからややこしい。

 

 ショパン・コンクールは一七回に至るまで、ずっと「ロマンティック派」と「楽譜に忠実派」の戦いだった。パウル・バドゥダ・スコダが、イ―ヴォ・ポゴレリチが、アレクセイ・スルタノフが、エフゲニー・ポジャノフが、「これはショパンではない」「リストのようだ」という理由で涙を呑んできた。

 いっぽうで、ショパンの本質のひとつである一八世紀的な要素は、私が知るかぎり、あまり議論されていないような気がする。p171

 

ショパンの演奏する上で特徴とされるルバートに関しても、左手のリズムは一定に保ちながら、右手のみ変化させるのか、左右ともにテンポを変化させるのか、という解釈の違いが存在する。本書の中でも、技術論まで踏み込みながら著者はルバートの問題に多くのページを割いているが、それでも絶対的な基準にたどりつくことはない。表現者の資質による説得力が、許される許されないの境界を容易に書き換えてしまうからである。

 

長丁場の予選が続くと、演奏を聴き続ける審査員の方にも疲れがたまり、果たして最初の奏者と最後の奏者が同じ基準で審査されているのか、曖昧な部分もある。

 

また、審査員が、かつて教えたことのある生徒に関しては「S」申告して採点から外れるというルールは一応あるものの、その適応範囲が問題である。

 

 しかし、森岡葉によるインタビューでフー・ツォンは「2年ほど前から、彼女はイタリアのコモ湖のアカデミーで私のマスタークラスを受けています」(審査員、フー・ツォンがすべてを語る」)と語っている。そればかりか、アヴデーエワの書類・DVD審査の結果に抗議を申し入れ、再招集を実現させてしまった。にもかかわらず、彼は「S」を申告せず、堂々とアヴデーエワを採点したわけだ。ケナーは、「彼(フー・ツォン)は「アヴデーエワは単に私のマスタークラスに来ていた参加者で、実質自分の生徒ではない」と言っていました。

p78

 

さらに演奏の個性を審査員に正当に評価してもらうためには、何度か聞いて耳を馴らしてもらう必要があるので、やはりレッスンを受けた方が有利な側面も存在する。

 

まったく初めてのコンテスタントの場合は、すっと耳にはいってくればよいが、そうではない場合、演奏スタイルに慣れるまでに時間がかかることがある。不幸にして、審査員がそのコンテスタントに共感をもつ前に姿を消してしまうこともある。p213

 

かつてのように、国によってピアノのレベルに大きな差があった時代には、優劣の見極めも容易であったが、今や世界全体でピアノ教育が浸透し全体のレベルが大きく向上しており、大きな差がつかなくなっている。そのため、ちょっとしたことが、予選・本選の結果を左右する。最終審査では、コンチェルトで二番も選んだ方が、一番を選んだ者よりも不利になのは否めない。演奏効果もさることながら、2015年の大会では、明らかにオーケストラの側に2番のコンチェルトは練習不足が目立った。そのせいで、一番を弾き1位となったチェ・ソンジンと二番を弾き2位となったシャルル・リシャール=アムランが入れ代わってもおかしくないほどの歴然とした差であったのだ。

 

二番は演奏時間が短く効果があがらない上に、オーケストラとのかけひきが難しいが、レース細工のような繊細さとあえかな抒情がたまらなく魅力的である。この協奏曲を選ぶタイプのピアニストは、そもそもコンクールという競争の場には向かないのかもしれない。p147

 

そして最後の問題として著者が取り上げるのが、なぜ日本人が優勝できないのかという問題である。

 

横山幸雄は、幼いころから国内のコンクールでは頑張っているものの、国際舞台へ出た時のビジョンがない点と、疑問点があっても指導者に食い下がることなく唯々諾々と従いすぎる点が問題としているが、著者は、サイズ的にも体力的にも身体が育ち切らない幼い時期に、大曲を弾かせようとする無理が、奏法をいびつにし、その悪い癖が抜けないのではないのも一因ではと指摘する。

 

子供の体格では大きな音を出せるはずもなく、むしろ、各関節でしっかり重さを支えられる手をつくるほうが先決だと思うが、コンクールやオーディションで成果をあげようと無理して大曲を弾く。指の力が十分ではないためにのしかかって弾いたり、腕の上下動で音を出すことになる。結果、正しい弾き方を身につけないまま大きくなり、楽器が本当に鳴らないままコンクールを受けつづける。p224

 

音楽は、多分に主観的な尺度によって評価が左右される世界である。全盛期のマイク・タイソンのような、あるいはウサイン・ボルトのようなトップアスリートのように、確実に頂点を極められるようなピアニストは今やほとんど存在することができない。ショパン・コンクールにおいても、その選考過程が人間によって行われる以上、ゆるぎない絶対的価値基準によって、正当に実力が評価されることを過度に期待してはならない。確実な実力が、確実な結果をもたらすわけではないのだ。強い個性を持った奏者には、反対する勢力も存在し、その評価の流動性を抜きにしては、ショパン・コンクールを語ることはできないのである。

 

正解は一つではなく、むしろ無数に存在し、しかも時代とともに移り変わる。その不確かさゆえにこそ、ショパン・コンクールは多くの人を惹きつけてやまないのかもしれない。

 

関連ページ:

平野啓一郎『ショパンを嗜む』

古屋晉一『ピアニストの脳を科学する』

フランソワ・ヌーデルマン『ピアノを弾く哲学者』

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