つぶやきコミューン

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田中圭一『田中圭一のペンと箸 〜漫画家の好物〜』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本  文中敬称略

 

 

傑出したパロディの才、画風の模倣能力を持ち、つねに出す作品のことごとくが、プチ炎上を繰り返す漫画界の問題児、イタコ漫画家田中圭一

 

しかし、その田中圭一にも「きれいな田中圭一」と「汚い田中圭一」という区分があります。

 

すでに紹介した『神罰1.1』『Gのサムライ』さらにコミケで販売されているような薄い本の数々は「汚い田中圭一」に属します。単に路線がエロや腐女子向けであるだけでなく、それで短絡的な笑いをとることを臆面もなく繰り返すその発想自体がゲスいのです。

 

それに対して、この『田中圭一のペンと箸 〜漫画家の大好物〜』(以下『ペンと箸』と略す)は、ほぼ同時期のこの1月に出版されたばかりの『うつヌケ』とともに、「きれいな田中圭一」に属しています。キャラクターの画風自体は、手塚タッチをデフォルトにしたもので、「汚い田中圭一」とさほど異なるわけではないのですが、人生の浮き沈みや悩みなどの問題を真面目に取り上げたり、親と子の心のふれあいを巧みに表現しています。いわゆる[泣ける」漫画なのです。

 

 

あまりに前者ばかりが突出して世に出され続けた田中圭一ですが、いよいよ2017年よりは「きれいな田中圭一」も脚光を浴びるようになりました。はじめて『ペンと箸』を開いた人は、きっと人生の機微に通じ、オールラウンドなキャラクター造形能力を持った何という素晴らしい漫画家なのだろうと驚くことでしょう。そして、『ペンと箸』『うつヌケ』以外の作品を、ページをめくることもなく、勢いで買ってしまうと、阿鼻叫喚の悲劇が始まってしまうのです。

 

『ペンと箸』は、23人の有名漫画家とその子供たちの心の触れ合いを、ジュニア世代へのインタビューを中心に構成した漫画です。その要となるのが、親の思い出のまつわるお店の一品です。その料理をともにしながら、偉大であった漫画家たちの知られざる家庭人としてのエピソードの数々をしみじみと語り合うという形で構成されています。

 

とりあげられる漫画家は、ちばてつや手塚治虫赤塚不二夫ジョージ秋山池上遼一魔夜峰央上村一夫諸星大二郎といった伝説のスーパースタークラスから、西原理恵子江口寿史ゆでたまごかわぐちかいじといった現役バリバリの漫画家まで目のくらむようなビッグネームがずらりと並んでいます。もうそれだけで漫画ファンなら思わず手に取ってページを開かずにはいられないことでしょう。

 

しかし、『ペンと箸』の最大の特徴、売りは、悪名高き田中圭一のイタコ能力がフルに活用された作品であることです。

 

漫画家の伝記的な作品で、本人の作ったキャラクターや漫画のコマを挿入するのは決して珍しいことではありませんが、漫画家の子弟も親である漫画家本人も、その漫画家の画風によるオリジナルキャラとして描かれます。そして、最初はおおむね手塚タッチのキャラとして登場する田中圭一と同行する宮崎ピョーコまでもが、その画風の影響を受けて、いつのまにか(あるいは冒頭から)変化してしまうのです。

 

似せられるのはただ単にキャラクターだけではありません。その漫画家の特徴的な描線も、色使いも、そして背景の塗り方までもが忠実にコピーされるのです。そのためにほとんどカラーページのはずの本書は、部分的に二色刷りになったり、モノクロになったり、パートカラーになったりする芸の細かさ。すでにあるキャラクターを模写することは、漫画家を描き始めた初心者から行う基本的訓練ですが、読者の知らない人物を、子供から大人へ年齢を変えながら、その漫画家の作風で描くことは格段に高度な技術にちがいありません。

 

しかも、毎回作風を変えることが求められます。自分の絵柄に似た漫画家の絵なら比較的簡単に真似できるものの、そうでない漫画家の絵を、不自然さを漂わせることなしに、描き続けるのは至難の業であり、ほとんど難行苦行に属します。何と言っても、キャラクターを「止め絵」のイラストとしてあげるのではなく、キャラクターとして動かし、すべてを共通のフォーマットにおさめる必要があるのですから。

 

次から次へと、巨匠本人の絵と見紛うばかりの絵が登場し、ムードさえもその漫画家の片鱗を漂わせるとき、いつしか『ペンと箸』は、蝋人形館か、USJか、日本漫画界のレジェンドを集めたテーマパークに変わってゆくのです。

 

子どもが親の書斎をのぞき見し、いつしか愛読してしまった漫画の作者が、実はペンネームを使った父親の作品であったとか、漫画のコマを使って娘に対するメッセージを伝えたとか、漫画家には双子の兄弟がいてともにクリエイティブな世界を目指しながらも

家業を継ぐために一方はその道を断念したとか、この本に登場する漫画家の子弟同士が偶然鉢合わせたとか(当然二人の漫画家の画風で描かれます)、毎回感動のエピソードが紹介され続けるのです。なかでもきわめつけは、いったん時代から忘れかけられたものの、作品が、そしてそのキャラクターが復活し、今もテレビで見ることのできるある漫画家の老後のシーン、絶対に泣かずにはいられないラストシーンは、涙腺決壊を通り越して、「反則や」と非難の嵐が渦巻くほどです。

 

ウェブで連載されたときは、あっさり読み流してしまいがちだった料理の数々も、一冊の本にまとめられると、立派なグルメガイドとなります。どの料理も決して高級なものではなく、庶民が普通に口にできるものがほとんどですが、そのいくつかは、自分の手料理として再現できるものです。さらに店の住所こそ書かれていないものの、ホームページのURLは記されているので、収録された店を訪ね歩き同じ料理を注文することも可能です。

 

もしも、無人島に一冊だけ漫画を持ってゆけるとしたら、その筆頭にあがるのがこの『ペンと箸』ではないでしょうか。そこには23人の漫画家の人生の表の顔と裏の顔、そして作品世界のエッセンスが凝縮されています。そして、この本全体を通して感じられるのは、あふれるばかりの漫画への愛であり、漫画家へのリスペクトです。『ペンと箸』は、田中圭一の魅力が一冊に凝縮された傑作であり、フランソワ・トリュフォーの『映画に愛をこめて アメリカの夜』のような、この世界への愛の溢れる名作なのです。

 

PS けれども、そのことは『うつヌケ』を除く他の田中圭一作品の感動をいささかも保証するものではないことは、繰り返し言っておかなければならないことです。

 

関連ページ:

田中圭一『うつヌケ うつトンネルを抜けた人たち』

田中圭一『田中圭一のペンと箸 〜漫画家の好物〜』
田中圭一『Gのサムライ』

田中圭一『神罰1.1
 

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