つぶやきコミューン

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坂口恭平『幻年時代』(幻冬舎文庫版)

JUGEMテーマ:自分が読んだ 文中敬称略  ver.1.01

 

 

坂口恭平の自伝的小説『幻年時代』(幻冬舎文庫)について語ろうと思う。すでに単行本が出た際、一度はこの本について語った。一般的な案内としてはそれで十分と考えるし、特に書き直す必要も感じない(ネタバレを気にする人はこの文章は読まない方がよいだろう。前回曖昧にぼかした部分の解像度を格段に上げているからだ)。それでも、この本の純度にはわたしたちを魅了してやまないものがある。この本には坂口恭平という迷路の謎を解く鍵、心の地図が、そして語り尽くせぬイメージの源泉があるのだ。

 

『幻年時代』は、単なる幼年時代ではない。それは福岡県糟谷群新宮町という場所と結びついた限りでの坂口恭平の幼年時代の記憶の再現の試みである。

 

 0歳から九歳までを新宮町で過ごした。小学三年生の夏休みに僕は親父の転勤で熊本市へ引っ越した。熊本市へ移動してからの記憶には背骨が通っており、今の自分にまで直結する。しかし、この新宮での記憶は、それだけで独立しており、僕の人生とは繋がりが薄いものとして残っている。にもかかわらず鮮烈なのだ。断片的というよりは、一つの塊としてある。p25

 

小学三年生以降切り離されることによって、それまで身体の延長として機能していた19982年から1991年の新宮町は、はるかかなたに「坂口恭平」の記憶をまとった異物として存在することになったのである。その坂口恭平は、はたして今ここに語り手として存在するこの坂口恭平と同じ存在なのだろうか。

 

  新宮の記憶は、僕が今、生きていくための柱としている記憶とはまったく別の世界の出来事に思える。坂口家の構成も同じだったはずだが、機能が違っていたのではないか。同じ要素でありながらも、まったく別の生命体だったのではないか、などと考えてしまう。まったく別の人間の記憶が一部入り込んでしまっているのではないか、とすら思う。新宮町で日常だったはずの世界は、不確定な気体のように今も僕を煙に巻く。

  あの日々がなんだったのか。その意味を探りたいのではない。それよりも、僕は自分の中にたしかに存在する生き生きとした空間に興味を持っているのだ。記憶だけでその空間を立ち上がらせることはできないだろうか。多層な記憶による建築を。pp25-26

 

熊本への引っ越し後、家族を除いて、新宮時代に過ごした場所も、友人も、その一切があたかも他者の記憶であるかのように、周辺から消え去り、異化されて彼方に存在し続ける。その多層的な空間を、再び構成すること、これが『幻年時代』を書く目的なのである。

 

そのプロセスは、次々に新しい領土が加わってゆくパッチワークの世界である。

 

最初にあるのは、電電公社の社宅の世界である。11棟の団地。その四階に坂口家はあった。父親はその社宅群の総合寮長をしている。砂利道を歩き外界から隔てられたこの空間を幼い恭平は探検する。友人であるタカちゃんの家は、一階にあった。そして、ビリアード場のある煉瓦造りのクラブハウスが存在し、さらに運動場、プールへと恭平の行動範囲は広がってゆく。プールでは「海坊主と名づけた男と出会う。

 

家族という安定した空間はそこにいるだけで十分な満足感を与えてくれるが、むしろ僕は海坊主との出会いのような瞬間に惹かれていた。家族には内緒にしなくてはならない、もう一つの世界がそこにあった。外に向かう、未知の他者と出会う、野生の動物と出会う。そのような行為を知り、本当の故郷とは家族ではないかもしれないという予感が生まれた。p68

 

電電公社の世界は、下水道によって外の世界とは隔てられている。それをつなぐのは2mの橋である。

 

小学一年生のころ、恭平はタカちゃんとともに、この下水道の世界にもぐりこむ。やがて、ドブ川は道路と平行に走り、外からまる見えとなり、そこであらたに二人の友人、吉村田村が加わり、スティーブン・キングの『スタンド・バイ・ミ―』や『It』のように、少年たちは暗い地下の水路の冒険を続ける。

 

怪虫ガガンボが飛び交う闇のトンネル。その行く手に見えて来た光の先にあるのは海、赤く染まり始めた夕方の玄界灘だった。

 

海の周辺は松林が続き、鉄条網の先の砂漠にはアリジゴクが巣をつくっていた。そして、横に枝を伸ばした松の木に恭平たちは段ボールを敷いて三階建ての基地をつくるのである。

 

電電公社の外の海辺のエリアは、二つの地域に分かれる。松林の中に続く瀟洒な別荘のようなセキスイハウスのある新しい集落コモンハウス新宮浜と新宮神社のある古くからの集落である。

 

電電公社、セキスイハウス、そして古くからの集落。新宮町下府は大きく分けると三つの集落から成り立っていた。p120

 

幼い坂口恭平の目から見ると、坂口家の中では、父のテリトリーと母のテリトリーに分かれ、そこでは二つの文化がせめぎ合っていた。レタリングで趣向を凝らしたり、根岸流で描いたりする父親の太い文字と細かい学校との通信用の母親の文字。恭平が好むのは父親の文字だった。音楽もまた家の中でせめぎ合っていた。ジャズを好む母親は父親が相撲甚句のレコードをかけるのを許さない。そんな父と母が折れ合うことのできる音楽、それは「ハイ・ファイ・セット」。そして、おそるおそる父親が持ち込み、市民権を得ることに成功した音楽が「アリス」だった。歌による領土戦争の様が克明に記載される。そして恭平も、母親の前で、外では禁じられている卑猥なABCの替え歌を歌い、怒られる。計画通り。そのことの深い意味は、恭平だけが知っていた。

 

他の集落と共有している車道という公共地で、多くの人々に向けて性的な替え歌をうたうという行為、それが僕の答えだった。若気の至りである。しかし、僕の中では成功だった。母ちゃんという一番親愛の情念を持っているはずの人間からの攻撃を引き出したことを含めて、うまくいった。(…)

 一つだけの世界である固まった空間認識になじむことを拒否し、自分の一番親愛なる人からの攻撃も厭わない。僕はそうやって生きていくと確信した。p105

 

恭平には愛する弟がいたが、平和主義者の恭平は彼がBB弾の銃で遊ぶことさえ許さなかった。父方の祖父は早くに死に、祖母であるサイばあさんは恭平を真理夫と名づけようとした。父の弟である叔父は失踪して行方不明、坂口家が親しくしているのは母方の祖父母と曾祖母だった。

 

恭平は、家族の中に安住することに違和感を感じている。自分は、坂口恭平ではなく、その視点を借りて別の何かが諜報活動を行っているだけだが、それは秘密裏に行われなければならず、そのためには坂口恭平であることを受け入れるしかないのだと悟るのである。

 

ある日、母親はドブ川にかかる橋を渡り、恭平の手を引きながら幼稚園に連れてゆこうとする。

 

 車道の存在は幼稚園が近づいていることを意味している。新しい世界、楽しみの世界、広場の世界、交易の世界の存在が、見えてもいないのに漂う。p94

 

駅へ向かう道路をまっすぐ進むとT字路になり、横断歩道の先に駅はあった。そして、その左右にある踏切を渡った先に幼稚園はあるのだが、母親が渡るのは左側の踏切だった。

 

こんな世界の中で幼い恭平は時間を過ごし、そのたびに新しい風景や人と出会いながら少しずつテリトリーは広がってゆくのである。

 

幼くして、独立国家の作り方の訓練を行っているかのような空間の把握への卓越した能力、そして建築への志向がそこには感じられる。しかし、志向は建物自体には向けられず、図面による新しい空間の創出へと向かうのである。

 

真四角の線の四つの角から斜め四十五度左に傾けた線を引き、その線の長さが天井までの高さとなることを知った僕は、まずは家、次に調度品、そこに住む人間、最後に屋根までをも紙の上で立体化することに成功した。それ以来、僕はセキスイハウスへのあこがれを捨てた。つまり、僕はほしい空間を自分でつくり出せることを知ったのだ。p118-119

 

『幻年時代』は、幼年期の多様で豊かな空間を再構成する試みだが、読者が間違いなく経験するのは、自分が幼いころ過ごした場所とその周辺、さらに遊んだ友人たちが幽霊のように蘇ることである。そして、そのころの父親や母親と自分との関係も同時に浮かび上がってしまう。坂口恭平の幼年時代を追体験するつもりで、いつのまにか自分自身の過去のあの時間とあの場所、あの人たちを、断片的に次々に思い出してしまう。それがわたしたちの幻年時代の正体なのだ。

 

そう、『幻年時代』は、わたしたち自身の内なる幻、幽霊たちを呼び覚まさないではおかない装置としての本なのである。

 

PS 文庫版の『幻年時代』には、巻末に思想家・評論家の渡辺京二の解説がある。その中で、渡辺は坂口恭平を石牟礼道子と比べながら「天才だと確信した」さらに『苦海浄土』同様、『幻年時代』を「日本近代文学史上、誰も書かなかった種類の小説」、「小説としての新鮮さは、やはり二度と繰り返されぬ奇跡」と評している。

 

関連ページ:

坂口恭平『幻年時代

坂口恭平『現実宿り』

坂口恭平ほか『ユリイカ 1月臨時増刊号 総特集 坂口恭平』
坂口恭平『家族の哲学』 
坂口恭平『幸福な絶望』
 PART2(地名索引)
 PART3(人名事典)
 PART4(書名事典)
 PART5(音楽・映画事典)
 坂口恭平の熊本−それからー
坂口恭平『ズームイン、服!』
坂口恭平『隅田川のエジソン』
坂口恭平『現実脱出論』
坂口恭平『坂口恭平 躁鬱日記』
坂口恭平『徘徊タクシー』
坂口恭平『坂口恭平のぼうけん 1』
坂口恭平『TOKYO一坪遺産』
坂口恭平『モバイルハウス 三万円で家をつくる』
坂口恭平『思考都市』

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