つぶやきコミューン

立場なきラディカリズム、ツイッターと書物とアートと音楽とリアルをつなぐ幻想の共同体
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水道橋博士『はかせのはなし』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略  ver.1.02

 

 

『はかせのはなし』(KADOKAWA)は、『藝人春秋』以来4年ぶりの水道橋博士の新刊。自分の語りたい人物に関して文章技巧の粋を尽くしてのぞんだ『藝人春秋』とは対照的に、『はかせのはなし』は当時の都知事石原慎太郎の肝いりによって、都の広報紙『広報東京都』という公共の場で、さまざまな制約のもと連載し続けた、東京都のPR的文章をまとめたものである。

 

一度は、水道橋博士の文章を三島由紀夫に似ている、「もっと書きなさいよ」と激賞した石原慎太郎だが、この連載に関しては定例記者会見で石原節を炸裂させ、辛口のコメントをぶちまけている。

 

「大体、東京都から出ている出版物というのはロクなもんないよ、読む気がしないんだ、面白くなくてさ。せめて広報にマシな書き手を入れろと言ってさ、水道橋博士、ヤツはなかなか文章書けるんだよ。頭もいいし。でも書かせたら、これまた硬過ぎてね。なぜか都の出版物なんかだと、あれだけ才能のある芸人なのに四角四面というか、しゃちほこばった肩の張った文章しか書かないんだろうね。しかしねー、こっちが代わって書くほど暇でないから……」P103

 

確かに『はかせのはなし』の文章の中には与えられた情報を一夜漬け的に吸収し、必要なデータはもれなく入れながら平易な語り口でリライトした部分があることは否めない。だが、そこで収まるような博士ではない。まさに、この石原発言を「都知事のオトボケ発言」という一章の中に取り込むことで、自己言及的なメタレベルの視点を獲得し、文章全体に批評性を与えているのである。

 

とりわけ、芸人が文章を書くことの自意識、問いかけが極まるのは立川談志の項である。これはモノを書く人間すべてに励ましとなる言葉である。

 

 この時期は、若造が演者のくせになぜ評論家ヅラして何を偉そうに語っているのかと、自分自身に疑問を持っていた時期でした。

 はじめてお話した談志師匠にこの葛藤をぶつけました。

「演者が、芸について説明したり、書いたりしてよいのでしょうか?」

「それは言い訳だ。芸人は芸だけでは気が済まない。言い訳したいんだ。言い訳したいから話すんだ。話すだけでは収まらないから記すんだ。そんなことは、自分が欲するからやってんだ。自分が好きでやってることをなんで人の評判で気にかける。自分のことは自分で認めてやればいいんだ。芸人なんてな、自分の“好み”になるのがいちばんイイんだよ!」

 なんという明快で論理的な思考でしょうか。ス―ッと言葉が腑に落ちました。

 このとき、師匠からいただいた、この言葉は、その後、ぼくが文章の仕事をする際の大きな拠り所になっています。pp131-132

 

「都知事のオトボケ発言」「東京演芸界の誇り、立川談志師匠」は、『はかせのはなし』の中でも白眉の文章で、これだけでもこの本は買う価値がある。

 

本というタイムマシン

 

『はかせのはなし』を構成する文章は、ときに待機児童や都の水道や下水道事情など社会問題を扱うこともあるが、多くは資料をもとに東京都の名所や施設を紹介した上で、現地を訪れるルポルタージュをつなぎ合わせただけの文章である。しかし、都の広報紙という制約が、従来にないほどのフットワークを与え、実に多くの場所が扱われている。東京マラソンのコース、東京タワー、高尾山、中野ゼロホール、国立天文台、菖蒲のIMAXシアター、国立国会図書館、浅草寺、東京スカイツリー、視察船「新東京丸」、東京国立近代美術館フイルムセンター、国立競技場、昭和記念公園、東京体育館屋内プール、江戸東京博物館、国立総合児童センター「こどもの城」、秋葉原、東京都庁舎、中央環状品川線地下トンネル、富岡八幡宮、採荼庵跡、東京ゲートブリッジなど、これに通りすがりの場所まで加えると本当に数えきれない。

 

ところがなんの変哲もない場所の紹介を淡々と読んでゆくと、なぜかうるっとくるシーンに幾度も突き当たるのだ。なぜだろうか。

 

構成を見れば一目瞭然だ。『はかせのはなし』は、「2009年のはなし」「2010年のはなし」「2011年のはなし」「2012年のはなし」「2013年のはなし」「2014年〜現在のはなし」という風に時系列で分類された52の文章で構成されている。その連載がストップするのは、石原慎太郎、猪瀬直樹という作家都知事の系譜があの事件によって途切れ、舛添要一が都知事になることによってである。つまりすべては、もはや戻ることのない過去7年の近過去の話なのである。

 

そこには平成大営繕中の浅草寺の姿もあれば、建築途中の東京スカイツリーの姿も、完成当時のスカイツリーもある。取り壊される前の国立競技場の聖火台も訪れる。そして、閉鎖され取り壊しを待つばかりの「こどもの城」。名前がつけられる前の東京ゲートブリッジ…どの建物がいつでき、いつ壊されたかは、調べればわかることだが、どのような感情を持ってその瞬間が迎えられたかという記憶は、わたしたちの中であっさりと失われてしまうものだ。だから『はかせのはなし』の中で出会うのは、それらの場所を同じような気持ちを持って訪れたり、惜別したりしたわたしたちの時間でもある。

 

つまり、『はかせのはなし』は、東京の近過去に出会うことのできるタイムマシンなのである。

 

そういうわけで、我が家の家庭環境も、東京の街並みも日々変わり行きます。

「あのときはそうだったね……」

ぼくは、ぼくの書く本のすべては、短い人生の記念写真だと思っています。

p269

 

家族の肖像

 

『はかせのはなし』を縦糸が、東京都内の古今の有名無名の様々な場所であるとすれば、横糸となっているのは、水道橋博士一家の三人の子どもたちである。『藝人春秋』に比べると、キャラクター(登場人物)の不足が最大の弱点である『はかせのはなし』を見事に補うのが、二人の息子と一人の娘の存在である。訪れる施設や場所に子連れで行けば、その文章はまるまる家族の肖像へと変わり、そこで親バカワールドの魔法の世界が始まる。なぜ水道橋博士のツイッターアイコンは、ランドセルを背負っているのかの謎も明らかになる。父親がランドセルを背負い学校の入学式に出ようとするバカであればあるほど、子どもたちの、大人を凌駕するほどの賢さ、知恵も引き立ってしまい、そこで読者の涙腺は崩壊してしまうのだ。

 

リビングでカミさんが「タケシ、3Dどうだった?」と、質問しました。

長男は一瞬、言葉をためらい、説明しづらそうにすると―――。

「ママ、目をつぶってごらん」と言って、そっと3歩後ずさり「目をあけて!」と言った途端、手を広げて胸に飛び込み「ママ、信じられる?3Dって、こんな感じだよ!」と、ちょっぴり自慢気に言い放ちました。p53

 

あるいは、

 

 ぼくが風呂に入っていると娘が声をひそめて、

「パパぁ、ないしょのはなしなんだけど、おにいちゃんに『シュクダイするな!』っていうのやめてあげて。ママもかわいそうだし……」

 なるほど、シュクダイ問題でカミさんとぼくが言い争っているのが、子供心にも嫌なんだなと思いました。しかし、そこに続けて、

『それに……おにいちゃん、このまま、あんなバカのままだったら、わたしもこまるし、ちょっとはずかしい……』

p258

 

けれども博士の愛娘文ちゃんの快進撃はまだまだ続く。これに続く最高の台詞は、お代を払っていただいてからということで。

 

PS  もう一つだけ、『はかせのはなし』の魅力につながっているのが、表紙をはじめ多くのページに挿入されているとみこはんによる昭和ノスタルジックなテイストの消しゴム版画である。決して押しつけがましくなく、素朴な味があり、自然に博士の文章になじんで、掲載紙ゆえの毒の少なさを絶妙な加減で補っている。というのも、現在はプロとして独立している彼女も浅草キッドの元マネージャー、文章の奥の世界まで熟知しているからである。

 

関連ページ:

水道橋博士『藝人春秋』(文春文庫版)
水道橋博士『藝人春秋』

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