つぶやきコミューン

立場なきラディカリズム、ツイッターと書物とアートと音楽とリアルをつなぐ幻想の共同体
<< September 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
 
RECENT COMMENT
RECENT TRACKBACK
@kamiyamasahiko
MOBILE
qrcode
PROFILE
無料ブログ作成サービス JUGEM
 
里見清一『医者とはどういう職業か』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略 ver.1.01

 

                  

里見清一『医者とはどんな職業か』(幻冬舎新書)は、国立がんセンターにも勤務する専門の医師による医師の仕事についての概説書である。これが、他の本と一線を画するのは、通り一遍のきれいごとではなく、医師の仕事のリアルに関して、知っている限りの本音をぶちまけているからである。そして、著者は、本書の中でも、話の面白さを自負している。というのも、著者は自他ともに認める落語のファンであり、落語に関する蘊蓄もあちこちで披露される。

 

著者が第一に憂慮するのは、大学受験である。医者としての適性を一切問われることなく、多くの若者が成績がよいからと言って、医学部受験を決めてしまう。地方に至っては、親元から離したくないけれど、他に偏差値の高い学部はないので、成績優秀な女子が大勢地元の国立医学部に進学するという。それほどまでに高い医学部の人気は高いわけだが、大学に入ったからと言って、急激に学生のコミュニケーション能力が磨かれるわけではないし、半端なモチベーションで入学した学生に自然に医師としての覚悟が身につくわけでもない。その結果、大学の授業はやる気のない学生で悲惨なことになるし(それとは対照的に熱意あふれるのが看護学校だそうだ)、晴れて医学部を卒業し、医療の現場に送り出されたとき、患者とのコミュニケーションの壁にぶつかったり、生死の現場に置かれて、精神を病んでしまうことも多い。とにかく、入り口からして間違っているのが、多くの若者の医師としての進路選択なのである。

 

著者が次にとりあげるのは大学の講義であり、その先にある医師の国家試験である。医師の国家試験に落ちては元も子もないので、大学での勉強も、実技よりも知識の詰込みが中心になる。生身の患者を相手にすることなど吹っ飛んでしまうのだ。

 

 その結果、どうなるか。まずほとんどの医学生は、知識を得るのに汲々として、「相手」が生きた人間であることを忘れる。ここにいる患者は、肝機能と腎機能と心機能(以下略)、その他のパーツの集合体ではない。文句も言えば泣き喚きもする、また時として物分かりが悪くこちらの言うことを聞かない、さらに時にはセクハラもすれば泥棒もする、要約すれば君や私と同じロクデナシである。そしていずれは必ず死ぬ。こういうごく当たり前のことを、感覚として理解することができない。

 

合格率9割以上というからよほど易しい試験と思われがちだが、これは各大学が合格率を下げないように、成績下位生を受験させないからである。医学部を出て、医師の国家試験に合格しない場合、悲惨なことになるが、その救済策の一つが医学博士である。医学部には修士が存在せず、医学博士は他の博士号に比べるとずっと取得しやすいので、家が病院なら院長は無理だが、理事長として他の医師を使って経営することは可能である。

 

大きく変化している分野は、研修医制度の問題である。かつては、無給のインターン制度だったものが、研修医の制度となり、生活できないほどの低賃金でこきつかわれていたのが、平成16年の制度の改正で30万円程度の給料が保証されるようになったが、逆に研修期間終了後貧乏になる医師も少なくないという。本書ではそんな医者の給与体系を、超過勤務手当など知りうる限り公開する。教授などの職も、給料だけ見ると、病院勤務よりも割の合わないものであるようだ。

 

医学部と言えば、地位と金が支配する『白い巨塔』に代表されるような大学病院の医局の権力ピラミッドを思い浮かべるかもしれない。しかし、このような教授会の権威システムも、学位発行の制度が変わり、過去のものとなりつつある。なぜ白い巨塔はもはや機能しなくなったのか。2003〜2004年のテレビドラマ『白い巨塔』(唐沢寿明主演)の監修をつとめた著者自ら、最近の医学界の変化を解説する。

 

 結果、大都市および近郊の医科大学などでは、医局の統制力は失われ、その頂点に君臨する(はずだった)教授の権威はガタ落ちである。ある医局では、医局員が公然と、文献の抄読会(勉強会)なんてかったるいんでやめましょう、また教授回診も面倒くさいのでやめましょう、と医局の行事を廃止させてしまったという。

 

医師には、権力闘争以外にも、様々なスキャンダルのイメージが伴う。その代表は、患者との恋愛関係、そしてナースとの恋愛関係である。患者とは、余りにも医師が優しく思いやりがありすぎると往々にして距離が近づきすぎることがあるし、ナースとは、人の生死のかかった修羅場をいっしょにくぐり抜ける吊り橋効果によって、恋愛関係に発展しやすい。その結果、殺人事件にまで至る場合もあるが、そんな過去のスキャンダルの事例を隠すことなく紹介するのも本書の魅力である。

 

医師の抱える大きなリスクと言えば、民事訴訟に訴えられる訴訟リスクであり、医療事故の結果収監され、刑事罰を受けるリスクもある。それが必ずしも医師のミスではなく、思いやりのある配慮や、ちょっとしたコミュニケーションのすれ違いから生じることが多いから始末に悪い。そんな医師の抱えるリスクを知った上で、若者は医学部進学を決めているかどうかははなはだ疑問である。

 

そのような医師受難の時代において、どんな医師を「名医」、あるいは名医に至らぬまでも「良医」と呼ぶのかも、しだいに明らかになってくる。

 

医師の世界は大きく変わりつつあり、医者が先生面をして大きな顔をしていられる期間は長くないと著者は警鐘を鳴らす。というのも、アメリカなどの先例を見るなら、しだいにナースや薬剤師が医師の役割の一部を担うようになってきているからであり、さらにAIによって、医師の診断その他の業務も次々に代行されることが予想されるからである。

 

さらに、この国の医学界に大きな不安となってのしかかるのが、高齢化社会の進行であり、新薬の高騰化である。一人分3500万円というような薬を、保険医療の範囲に含めれば、早晩この国の医療制度は破綻してしまう。先の見えた老人にどこまで治療をほどこすのか、「死なせる」医療は、家庭レベルだけでなく、国家レベルの最重要課題であると著者は考えている。

 

現代医療の一つの、というよりたぶん最大の問題点は、「医学の進歩」を具現化した「急性期病院」が、患者を「死なせられず」、中途半端に「治して」しまって、それで「役割を果たした」とするところに起因すると私は思っている。

 

目も当てられないような医療の現状をあっけらかんと暴露しながらも、著者は土日も休まず、正月、連休も一日も欠かさず病練にゆくなど、どこまでも自らの医の倫理を貫こうとする。予想通りの内容である場合もあれば、意外な変化の到来に驚くこともあるが、本書に収められた情報と問題は、医師に必要な英語力から飛行機で「お医者様はおられますか」とアナウンスされた時の対応、安楽死の問題に至るまで、数十本の医療小説を書けるだけのものがあり、到底紹介しきれない。『医者とはどういう職業か』は、患者として医者に向かい合わざるをえない人も、自ら医師を志す人、医療関係の職業に就こうとする人、子弟を医学部に進学させることを考える人、すべてに読んでもらいたい良書である。

 

PS 日本の医療最大の問題に関しては、同じ著者による新刊『医学の勝利が国を亡ぼす』(新潮新書)が詳しい。

コメント
コメントする









 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://mkamiya.jugem.jp/trackback/673
 

(C) 2017 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.