つぶやきコミューン

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西尾維新『西尾維新対談集 本題』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略

 

 

『西尾維新対談集 本題』(講談社文庫)は、小説家である西尾維新が、漫画家の荒川弘羽海野チカ、小説家の辻村深月らと作品や創作の秘密について語り合った対談集である。あらかじめ西尾がそれぞれの対談相手に特定のテーマに絞りこんだ手紙を出しているため、対談の内容も核心に踏み込んだ深いものとなっている。

 

劇作家でパフォーマンスアーチストの小林賢太郎の場合には、洗練されても失われない言葉遊びの面白さの秘密を、『鋼の錬金術師』の漫画家荒川弘とは「キャラのセリフにはあいさつと感謝の言葉をなるべく入れるように心掛けた」という話を、『ハチミツとクローバー』や『三月のライオン』の作者羽海野チカとは「才能を与えられてしまった者達」の苦悩を、『島はぼくらの』の作者である辻村深月とは、物語を作る意味、モチベーションを、そして小説家の堀江敏幸とは、個々の生活からコミュニティを描く姿勢を、対談のテーマとして取り上げようとするのである。

 

もちろん対談は、その一点に終始することなく、より広く自作のタイトルやキャラクターの決め方、執筆のペース、自分自身の職業的位置づけといったものが語られる。ある点は、西尾と対談相手の意見は完全に一致するが、他の点ではまったく相反するアプローチを行っていることで、それぞれの個性も一層明確になる。

 

もとは漫画家になりたかったけれどスキルが及ばず小説家になるしかなかったという西尾維新は、小説を書くのにパソコンのワープロソフトではなく、ポメラというワープロ機能に特化したモデルを使っている。そして一日に2万字、9万字の小説なら四日半というハイペースで執筆する。いったんタイトルをつけて書きだしてしまえば、細部のイメージがなくても確実に最後の一行に達する。キャラクターも最初に名前を考え、性格などはあとから自然にできてゆく。そうした一種楽観的なスタイルで取り組んでいるのである。とは言え、同じような執筆スタイルでは必ず限界が来る。そこで登場するのが言語遊戯的な縛り、ゲームのルールに従った展開であり、このような方法で数々の<物語>シリーズは生み出されてきた。

 

西尾 ひとりの人間が書くのが小説ですから、同じような方法論を採っていたら同じようなものしかできあがらないし、どこかで面白さとひらめきのちょうどいいバランス点が見えてしまって、かえって同じような展開しか行き着かなくなる。

  その面白さとひらめきとの一致する点を前作からずらしていくためには、前と違うハードルをどこかに設定しなければ、多様性が生まれてこないなというようには考えています。p29

 

小林賢太郎との対話の中では、言語遊戯の一環として言語ポーカーを延々と二人で続けてしまうし、そのスムーズな進行で両者の言葉への感覚に共通部分が多いことがわかる。

 

荒川弘との対話では、『鋼の錬金術師』のファンである西尾が、特にこだわるのはキャラクター一人一人の価値観である。

 

西尾 どんな物語でも、物語の展開が優先されると、ともすれば、キャラクターそれぞれの価値観はないがしろにされていくような気もするんですけれども、『鋼の錬金術師』や『アルスラーン戦記』にはそういう物語に従属させた人物の動きというものがなく、出てくる人たちにそれぞれちゃんと価値観……それは正義の価値観であったり、許せる許せないの線引きであったりなんですけど……そういうものが敵の方にもちゃんとあって、描写されているのがすごく好きなんですよね。p81

 

また現在も雑誌に連載中の『アルスラーン戦記』の今後の展開まで予告していたりして、荒川ファンにとってもたまらない内容になっている。

 

荒川 『鋼の錬金術師』の時も、最後がどうなるのかは、まあだいたいですけれども見据えてから描きはじめています。『アルスラーン』に関しては原作のある時点までで終えようとしているんですが、原作にはさらに続きがあるところを、どのようにしてその時点まででひとつの完結した物語として成立させようか、というのはきちんと考えておかないといけませんから。タイトルに『アルスラーン戦記』と人名が入っていますので、彼の戦い……つまり、どういう国を目指して戦うのか、どういう主張をするのか、最終回はどういうシーンに着地するのかということを最初に詰めておいてから連載をはじめたんですね。pp86-87

 

羽海野チカの作品の中で、西尾が特に注目するのは、多重音声的な表現である。

 

西尾 語りと言えば、羽海野先生の作品には、ワク線の外を黒くして、そこに横書きでコマの中で語られている会話とは別のモノローグが入る表現があるじゃないですか。僕はあの表現がすごく好きで、多重音声じゃないですけど、ふたつの情報が一度に入ってくる感じというのが読んでいて気持ちいいんです。p120

 

それを西尾は、会話の建前からくるセリフともともとの自分の気持ちのずれを表現していると考えるのである。

 

さらに興味深いのは、両者が「才能」について語っている部分である。いわゆるどんな分野でも一万時間継続すればひとかどの者になれるという「一万時間の法則」に関して、羽海野は次のようにコメントする。

 

羽海野「才能」って、その一万時間なりをやった「あと」の話なんです。膨大な時間をかけさえすれば、ほとんどの人がかなりのところまでは来ると思うんですけど、そこからどこまですごいものが作れるかどうかこそがたぶん「才能」で。だから切符でも何でもないんですよね。p125

 

だから、西尾もどうすれば小説がうまくなりたいかを尋ねる人に対し、本音では「とりあえず、十冊ぶんぐらい書き続ければいい」と言いたいのだが、それでは人生の大半の時間を奪うことになりかねないので二の足を踏んでしまうのだという。

 

辻村深月との対話では、自らの職業を作家と呼びことへの戸惑いから始まる。

 

西尾 ところで辻村さんって「作家です」って人前で言えますか?

辻村 言えないです。仕事としては「小説を書いている」と言います。「小説家です」と言うのも面映ゆい。

西尾 「作家」とか「小説家」とか肩書に「家」がつくのって、言っていいんだろうかとは思いますよね。僕だと、「文章を書く仕事をしています」とか、そういう曖昧なところに落ち着きがちです。p172

 

辻村は西尾の小説に引導を渡されたという。つまり自分の考えている小説の新しさは全然新しくはないと思い知らされたというのである。

 

辻村 実は、私、デビューした当時は西尾さんのような作家になりたかったんです。だけど<戯言>シリーズを読めば読むほど、「これが最先端で新しい小説なんだ、自分が考えていた新しさはもう遅いんだ」と気づかされてしまったんですよ。西尾さんは誰にも似ていない。p178

 

西尾維新の比類のない新しさとは、時代の逆張りを行き続けた結果辿り着いたものであるが、またつねに今日しか書けないものを書くという方法論上のこだわりから来るものでもある。

 

西尾 今(二〇一四年の五月)は、<物語>シリーズの中の『続・終物語』というのを書いていますけれども、その小説も「この部分は今日の自分しか書けなかっただろうな」「ここは、今日だからこういうふうに書けたものだな」と思いながら書いているんです。「明日書いたとしたら、はっきりとちょっと違うものになっている」と感じながら書き進めているんです。昨日の自分と今日の自分とどちらが成熟しているとかいうことでなく、今日、今日の感じで書けたことがまずは良かった、と、今だからこそ書けることのタイミングを逃さないように、という仕事をずっと続けて今に至っている感覚ですね。p184

 

いくつかの点において、堀江敏幸は西尾維新とは対照的なやり方で小説に取り組んでいる。何度かワープロ原稿消失の憂き目にあった堀江は、文字数カウント用の清書は除いて、初稿は手書きで原稿用紙で書くことにしている。そして、論文やエッセイや書評などさまざまな文章を手がけているがゆえに、「小説」を書こうという意識すら持ったことがないのだと言う。

 

堀江 そんなわけで、小説を書くにはどうすればいいかと問われたら、まずは文章を書く、と答える。締め切りを守って、手紙でも書評でも、どんな短い文章でも手を抜かずにやる。そうして、目の前にある機会を差別化しない。こちらのほうが大切だから、あちらは手を抜こうと考えない。効率を考えてはいけないという、ごく単純な話です。p240

 

そんな堀江と西尾の共通点を挙げるなら、とにかく先を見通すこともなく、目の前の文章を書くことに集中し続けている点に尽きるだろう。

 

堀江 目の前の空白に一語を埋めるだけで精一杯なんです。計画もなにもなく書き始めて、ある時が来たら終わる。まずは足し算です。ひとつ文章を書いたら、次の文章を足していく。引き算をして、少し戻ったとしても、また足していく。それを繰り返す。先はなにが待ち構えているかは、まるでわからない。p236

 

西尾 どんな話になるのか。どこで終わるのかというのは、やっぱり書ききってみないとわからないところがあります。一行書いて、自分で書いた一行の意味を知りたくて、さらに書き続けていくんじゃないかと思っています。p252

 

この対談集の中には、作品を生み出そうとする人が日々直面する創造の現場の臨場感がリアルに表現されている。そこで語る方法論に関しては、人それぞれであるけれど、その多様性そのものが、絶対の正解はないということを教えてくれる。同時に、成功する人の言葉には共通のエネルギー、力強さが宿っていることも。『本題』は、西尾や対談者の作品世界の裏に隠れた秘密を明らかにしてくれるファンのためのマニュアルのような本であるけれども、同時に何かの作品を生み出そうとする人にとっての無尽蔵のヒント集ともなっているのである。

 

関連ページ:

西尾維新『月物語 第交話 つばさライオン』
西尾維新『掟上今日子の備忘録』

荒川弘・田中芳樹『アルスラーン戦記 6』
荒川弘・田中芳樹『アルスラーン戦記 5』
荒川弘・田中芳樹『アルスラーン戦記 3』
荒川弘・田中芳樹『アルスラーン戦記 2』
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羽海野チカ『3月のライオン 12』
羽海野チカ『3月のライオン 11』 
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辻村深月『島はぼくらと』

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