つぶやきコミューン

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『ブラタモリ 3  函館 川越 奈良 仙台』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略

 

 

都市には誕生と発展の歴史がある。しかし、その長い歴史をそのままたどってみてもそれほど面白いとは限らない。少なくとも万人の興味をひくような番組を作れる都市はごく限られてしまうだろう。「ブラタモリ」という番組が長く続いているのは、現在その土地に残っている痕跡を手がかりに、都市の過去の謎の数々を解き明かすからである。

 

2016年10月に刊行された『ブラタモリ3』(角川書店)にまとめられた4つの都市は、それぞれ全く違った歴史を持っている。

 

江戸時代末期から明治以降継続的に発達した函館、江戸時代を通じて小江戸として発達した川越、奈良時代に都として栄えた奈良、戦国時代から江戸時代にかけて伊達62万石の城下町として栄えた仙台、いずれも華々しい繁栄の歴史を持ち、そして往時のたたずまいを今なおとどめている都市である。

 

「ブラタモリ」がお約束のように第一の手がかりにするのは、段差である。段差は、自然界の地形とその改修の痕跡である。奈良の段差も、仙台の段差も河岸段丘上に都市や中心となる建物が築かれたことによって生じたものである。

 

そして都市の生活に不可欠な水の流れである。水は二つの意味があり、一つは生活や農業用の用水であり、ときに暗きょとなって今も都市の下を流れ、もう一つは水運用の河川である。仙台ではまさに四ッ谷用水が町の発展を支え、川越では新河岸川の船の便がこの町の繁栄を支え続けたのである。

 

さらに、災害に対する備えが、都市の外観を変えることもある。川越の蔵造りの町はまさに火災に対する備えの産物である。同じ火事に対する備えでも、函館ではそれは広い街路となって現れる。

 

さらに、第二次世界対戦で大きく姿を変えた町もある。仙台は空襲で焼け野原となり、その後の植林で現在の杜の都の姿ができあがったが、それ以前より残存する樹木は、すでに江戸時代から仙台は森の都であったことを物語る。逆に、函館は戦時中に要塞として使われた都市でもあった。

 

それらの要因をアニメのセル画のように重ねてゆくと、自然にその都市の現在につらなる歴史が生き生きとした形で浮かび上がってくるのである。

 

たとえば、函館の夜景はなぜ美しいのか?主に三つの理由がある。一つは陸繋島というくびれのある地形のため。もう一つは度重なる火事で広い街路で整然とした都市となったこと。さらに、戦時中に要塞として活用されるために、函館山の頂上が見通しをよくするように削り取られたことの三つが挙げられる。

 

タモリが着目する土地の特徴は、普通の人なら思わず見逃してしまうような小さなもの、目立たないものが多い。しかし、その起源をたどるとき、過去の大きな歴史の流れの産物であるとわかる。なぜなぜ水の流れがそのようになっているのか、なぜ城や寺社仏閣が、町並みがそこにあるのか、次々に謎が解き明かされてゆく。

 

そんな中で、日常生活のなかで停止した私たちの地理的・歴史的思考も再び動き始める。

 

「ブラタモリ」こそは、すべての世代のための生きた社会勉強の教科書なのである。

 

 

 

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