つぶやきコミューン

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村田沙耶香『コンビニ人間』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略 ver.1.01

 

 

おおよそ芥川賞受賞作というのは、時代を象徴するような日常の光景を、思わせぶりな文体で描いたあまり面白くない小説というイメージがある。精緻な日常生活の描写が続き、その中で何かが起こりそうな予感があるのだが、実際にそれは起こることなく、場面転換のきりのよいところで唐突に物語は終わるといったイメージだ。だが、第155回芥川賞受賞作である村田沙耶香『コンビニ人間』(文藝春秋)は、例外的に面白い小説である。しっかりと起承転結ができていて、最後のページでぴたりと決まる。まるで放映時間終了ぎりぎりにアントニオ猪木が延髄切りからピンフォールを決める往時の時代のワールドプロレスリングを見ているかのような小気味よさがある。

 

文章も飾り気がなく、ストレートである。しかし、語り手でもある主人公古倉恵子は壊れているので、あっさりと言葉が語られると、一層効果がある。たとえば、冒頭で幼年時代の家族の風景を語るシーン。

 

 例えば幼稚園のころ、公園で小鳥が死んでいたことがある。どこかで飼われていたと思われる、青い綺麗な小鳥だった。ぐにゃりと首を曲げて目を閉じている小鳥を囲んで、他の子供たちは泣いていた。「どうしようか……?」一人の女の子が言うのと同時に、私は素早く小鳥を掌の上に乗せて、ベンチで雑談している母の所へ持って行った。

 「どうしたの。恵子? ああ、小鳥さん……!どこから飛んできたんだろう……かわいそうだね。お墓作ってあげようか」

 私の頭を撫でて優しく言った母に、私は、「これ、食べよう」と言った。pp7-8

 

さらに追い打ちをかけるように、男子のケンカを止めるエピソードや、泣き出した女の先生を泣き止めさせるために彼女が取った手段が明らかにされる。これが全体の伏線となっている。
 

それは何かの規範に従わないのではなく、むしろ特定の規範を、与えられた言葉を文字通りに演じようとすることによる逸脱なのだ。たとえば、ケンカをやめさせるにはケンカをしている人をスコップで殴ればいいのだ。

 

「誰か先生呼んできて!」

「誰か止めて!」

  悲鳴があがり、そうか、止めるのか、と思った私は、そばにあった用具入れをあけ、中にあったスコップを取り出して暴れる男子のところに走って行き、その頭を殴った。

 周囲は絶叫に包まれ、男子は頭を押さえてその場にすっ転んだ。頭を押さえたまま動きが止まったのを見て、もう一人の男子の活動も止めようと思い、そちらにもスコップを振り上げると、

「恵子ちゃん、やめて!やめて!」

 と女の子たちが泣き叫んだ。p10

 

簡潔で平易な言葉で異常な事態を語るとき、あっさりと日常性の規範はぶち破られる。ふだん、おとなしくコンビニというシステムの中で店員を演じていようとも、どこかしらそれを超えることのできるまなざしや感性が、恵子の中には存在するのだ。

 

18才の頃より、恵子はコンビニ店員を始め、そのまま18年間就職することもなく、アルバイトのままコンビニ店員を続けている。その態度はほとんど模範的で、コンビニというシステムと一体化した自分を楽しんでいるかのように見える。しかし、それは人としての正常さを保証するものではない。むしろ機械的な接続の欲望のように彼女を支配している。はじめてレジに立った瞬間。

 

「いらっしゃいませ!」

 私はさっきと同じトーンで声をはりあげて会釈をし、かごを受け取った。

 そのとき、私は、初めて、世界の部品になることができたのだった。私は、今、自分が生まれたと思った。世界の正常な部品としての私が、この日、確かに誕生したのだった。p20

 

しかし、コンビニというシステムへの機械的な接続は、社会における自分の正常さ、つまり「普通」であることを保証しない。そこにこの作品のテーマがある。

 

 なぜコンビニエンスストアでないといけないのか、普通の就職先ではだめなのか、私にもわからなかった。ただ、完璧なマニュアルがあって、「店員」になることはできても、マニュアルの外ではどうすれば普通の人間になれるのか、やはりさっぱりわからなかいままなのだった。p21

 

コンビニとは、社会一般の人からすれば十代二十代のアルバイト先としては悪くはないが、どこまでも通過儀礼的な、一時的な仕事のイメージがある。正社員として昇格するならまだしも、アルバイトの店員のまま、それを長く続けることは本意ではないとの暗黙のコンセンサスが存在する。それが「普通」の世界なのだ。

 

コンビニ店員であることを完璧に演じ切っているとはいえ、36歳という年齢で独身ながらも男の影ひとつ見えない恵子は自分が周囲から浮いた存在であることを知っているが、それはそれでうまく行っている。それは周囲の人たちもまたコンビニ店員を演じ続けているためである。

 

その予定調和が崩れるのは、白羽という男の登場からである。その男は、はじめ店員であろうとする。しかし、開口一番出てくるのは、外部の人間がコンビニ店員に浴びせるような罵詈雑言の数々である。

 

「この店ってほんと底辺のやつらばっかですよね。コンビニなんてどこでもそうですけど、旦那の収入だけじゃやっていけない主婦に、大した将来設計もないフリーター、大学生も、家庭教師みたいに割のいいバイトができない底辺大学生ばっかりだし、あとは出稼ぎの外人、ほんと、底辺ばっかりだ」

「なるほど」p64

 

天に向かって唾するような白羽の言葉に、なるほどと相槌を打ってしまう恵子。彼女は自分と白羽が紙一重の存在であるということを知っている。やがて、白羽はコンビニというシステムから「異物」として排除されるが、コンビニを離れた白羽へと恵子が最接近することで、周囲の店員たちの態度も、疎遠であった妹の言葉も、あらゆるものが変わり始める。それは、周囲には「普通」であることの接近とみなされたのだった…

 

恋愛感情も、性的な関係もないままに、男性と同居すること、それだけで周囲の社会は勝手に様々な解釈を行い、がらり態度を変える。だが、男はプライドばかり高くて働こうとしない人間であり、このままでは経済的な破局に至ってしまう。恵子が最後に下した決断とは?

 

『コンビニ人間』が内包する最大のドラマとは、主人公たちのアブノーマルな行動の中で、労働と性と年齢に関わる「普通」さの正体がくっきりと浮かび上がり、コンビニ業界だけでなく、日本社会の見え方そのものが変化するそのゆらぎにほかならない。

 

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