JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略
たかぎ七彦『アンゴルモア 元寇合戦記 Angolmois』は、防衛拠点であった対馬を中心に、文永十一年(1274年)の元寇来襲(いわゆる文永の役)をテーマとした戦記物コミックである。
主人公となるのは、元幕府の御家人にである朽木迅三郎。彼は源義経の由来の兵法、義経流の使い手であった。二年前の1272年の北条氏のお家騒動である二月騒動で名越流北条に与し、執権北条氏にたてついたかどで対馬に流罪になる。しかし、これは対馬防衛の戦力となりそうな兵たちを、罪人であろうと構わぬから送れという島主の依頼に応えたものでもあった。
わけありの流人である迅三郎たちを迎えたのは、島主の娘、輝日(てるひ)。安徳天皇の血をひくと噂される彼女は、際立った美しさの持ち主でもあった。流人たちは歓待されるが、それはまもなく襲来するであろう蒙古と戦うという条件であった。蒙古軍の先遣隊にさらわれかけた輝日を救出しようとしたとき、迅三郎が刃をまじえた敵の大将は、彼と同じ義経流の使い手であった。
迅三郎とは旧知の仲で今は九州の幕府軍を統括する少弐景資(しょうにかげすけ)と、援軍が来るまでの一週間対馬を守り抜くと約束を交わした迅三郎は、対馬軍の先頭に立って戦おうとする。西岸の港である佐須へと押し寄せた蒙古軍を迎撃しようとするが、蒙古軍は多勢に無勢、多くの犠牲者を出しながら、東岸の国府へ向かうが、そこもすでに蒙古軍の手が回っていた。かくして、北へ逃れ、対馬中央の入江を望む金田城(かなたのき)で迎え撃つことになるのだった。はたして、援軍が到着するまで迅三郎は対馬を守り抜くことができるのだろうか。
『アンゴルモア 元寇合戦記』では、蒙古軍がこれまでの日本の時代劇で描かれてきた一枚岩の外敵ではなく、高麗や女真など多くの民族からなる将校や兵士たちが個性豊かに描かれている。また「震天雷」と呼ばれる鉄砲の原型や銃などの飛び道具を持った蒙古軍と、刀、鑓、弓矢で迎え撃つ日本軍との戦い方の違いも興味深い。これまでわけのわからない武器の持ち主の敵であったり、九州に押し寄せる船の大軍のような漠然としたイメージしかなかった元寇に、これほど鮮やかで具体的なイメージを与えたのは快挙というしかない。
さらに、あたかも義経=ジンギスカン説を裏付けるように、義経流の使い手が蒙古軍内にいたり、壇ノ浦の戦いで死んだはずの安徳天皇の血筋が対馬に残っていたり、迅三郎の手にした刀が源義経の愛刀であり、さらに島主より譲り受けた鎧が平知盛のものであったりと、ミステリ要素も盛り沢山である。
そして、きわめつけは、秘かに迅三郎を慕いつつも、宗家の中心となって男勝りの戦いを見せる輝日のツンデレぶりである。
一気に日本史の数行の記述が鮮やかに、しかも重い血塗られた歴史となって蘇ってくる『アンゴルモア 蒙古合戦記』は、巻が増えるたびに評価が高まるにちがいない、傑作コミックである。難しい素材を扱ったこの作品が、アニメ化や実写映画化される日はいつのことだろうか。