『月物語 第交話 つばさライオン』は、羽海野チカ『3月のライオン』とのコラボ企画による、西尾維新の書き下ろし小説で、羽海野チカ『3月のライオン 12』特装版に付属する。ページ数は43pだが、二段組であるために、それなりに読みごたえのある中編小説に仕上がっている。
物語は、千駄木の将棋会館の前で、新聞紙にくるまりすやすや眠る少女の前で、高校二年の棋士桐山零が足を止めたことから始まる。黒髪と白髪が入りまじったその少女は羽川翼と名乗った。
羽川翼は、西尾維新の<物語>シリーズのヒロインの一人であり、学年トップの成績で、品行方正、公明正大な「委員長の中の委員長」ということになっている。
彼女がくるまっていた新聞が、将棋新聞であったことから、この遭遇は単なる偶然ではなく、未必の故意であったと推測される。優しいプロ棋士を待っていたという彼女は、声をかけた桐山に対し、ある謎解きの依頼をする。その謎は、老倉という羽川の友人が棋譜のかたちで残したために、この場所で待ち構えることにしたらしい。
しかし、羽川が白いチョークで路上に描きあげた棋譜は、桐山の目から見てちょっとありえないものだった。
見解の述べようがない。
極論、こんなの、盤面に駒をひょいっとばらまいても、もうちょっと現実的な並びになるのではなかろうか―――定跡を無視しているどころの話ではない。
先手と後手が協力して、声をかけあってこの状態に辿り着こうとでもしなければ、絶対に成立しないと断言できる。
p13
果たして桐山は、羽川ともども、この謎を解き明かすことができるだろうか。
多くのミステリーを手がけた西尾維新ではあるが、将棋の世界の高段者とともに将棋の知識を競い合うのはかなりハードルが高いのではないか。そう、正面から競っては勝ち目がない。だから、いかに自分の土俵へと物語を引っ張り込むかが課題であった。それを西尾はミステリの常套手段であるある世界へと落とし込むことで解決している。これをどう考えるかで、評価が分かれることだろう。
『3月のライオン』が特集された「ダ・ヴィンチ 11月号」掲載のインタビューの中で、この作品について西尾は次のように語っている。
名探偵が交互に謎を解き合いつつ、相手の推理もサポートしていく、”ダブル名探偵”システムができあがりました。先を”読む”という意味で、棋士と名探偵は非常に似ているというのもよかったですね。
そんなわけで、『月物語 第交話 つばさライオン』は、唯一ここだけで読むことのできる名探偵桐山零の物語。ダブル探偵システムということでは、どこかしら西尾自身がスピンオフを手がけたことのある『デスノート』の夜神月とLの競演を思い浮かべるかもしれない。
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