つぶやきコミューン

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伊福部昭『音楽入門』

JUGEMテーマ:自分が読んだ本  文中敬称略

 

 

伊福部昭(1914-2006)は、言わずと知れたゴジラのテーマの作曲家だが、その足跡を知れば知るほどに、存在の偉大さ、巨大さを感じないではいられない。正規の音楽教育を経ることなしに独学で作曲を身につけ、国際的な音楽コンクールで一位となる。戦後は東京音楽学校(現在の東京藝術大学音楽学部)の教官となり、芥川也寸志、黛敏郎らの音楽家を輩出。その一方で「ゴジラ」や「大魔神」「ビルマの竪琴」「サンダカン八番娼館 望郷」「座頭市」を始めとした映画音楽を作曲し続ける。その数何と二百数十作。いわばアカデミズムとエンターテイメントの双方において頂点に立った比類ない存在であり、『シン・ゴジラ』を始め今なお多くの作品の中で、その曲は生き続けている。

 

伊福部は、『管絃楽法』など楽理的著作でも知られる。『音楽入門』が初めて出された1951年は伊福部が37歳のころだが、度々再刊され、今なお読み継がれている名著である。そこには、単に音楽に限らず芸術一般に通じた、伊福部の広範な教養と音楽に関する深い思索が凝縮されている。

 

音楽の基本要素として律動、旋律、和声の三つを挙げながらも、その中で伊福部が重視するのは律動である。和声中心の音楽などは後世に付加されたものにすぎないとしながら、律動、旋律、和声の観点から様々な時代の音楽の変遷をたどり、個々の作曲や音楽に関して一貫した尺度で評価を加えてゆく。同時に音楽史上の重要概念に関しても、適宜明晰そのものロジックによって解説を加える。その力業は圧倒的である。

 

また、他方において、ロマン主義のように、音楽を音楽以外の要素との連想によって理解しようとする動きに関しては、音楽の謝った捉え方とし、あくまで「音楽は音楽以外の何ものも表現しない」(ストラヴィンンスキー)という立場を貫こうとするのである。

 

 私たちは、しばしば「この音楽はわからない」という言葉に接しますが、その場合ほとんどすべての人は、自分の中に、その音楽にぴったりと合うような心象を描きえ得ないという意味のことを訴えるのです。この心象は、その人によって異なり、哲学、宗教、文学といったものから視覚的なもの、とにかく、音楽ならざる一切のものが含まれております。

 もし、そうだとするならば、その人たちが音楽を理解し得たと考えた場合は、実は音楽の本来の鑑賞からは、極めて遠いところにいることになり、理解し得ないと感じた場合、逆説のようではありますが、はじめて真の理解に達し得る立場に立っていることになるのです。p34

 

そこから導き出される各作曲家に関する評価については、ジョン・セバスチャン・バッハをあまりに完全な作曲家とする考えには多くの人も異論がないだろうが、エリック・サティの「ジムノペディ」をリヒャルト・ストラウスの「ツァラトゥストラはかく語りき」の上に置き、ワグナーの楽劇を、形式の上では若干音楽は進歩したものの、内容面では劣化したと評価する大胆な意見に関しては、ドグマティックに感じる人もあるかもしれない。

 

 音楽の愛好者の中には、このニーチェの哲学の背景をもつシュトラウスの作品に接すると、あたかも自分もまた哲学者であるかのような荘重な面持ちで、その音楽いかんにかかわらず、大いなる感動を示す人が多いのです。一方、サティの「ジムノペディ」は外見も単純であって、世俗的人気はシュトラウスに比ぶべくもありません。しかし、もし音楽を知る人であったら、その評価は完全に反対となるのです。「ジムノペディ」は人類が生み得たことを神に誇ってもいいほどの傑作であり、シュトラウスの作品は題名だけが意味ありげで、内容は口にするのも腹立たしいほどのものなのです。p46

 

ただ本書を貫く圧倒的なパワーと音楽的教養によって、読者はしだいに伊福部の音楽観の中に取りこまれてしまうのである。

 

本書には、多くの人が無縁である中世からルネッサンスにかけての音楽に関する記述など、未知の音楽に対しても光を投げかける簡略だが包括的な音楽史も含まれ、「ゴジラ」の映画音楽家を裏話のようなものを期待した人は途方に暮れるかもしれないが、それは本論のみの話である。角川ソフィア文庫版には1975年に行われた伊福部へのインタビューも収められ、作曲家になりたてのころのエピソードや、ゴジラをはじめとした映画音楽制作時のエピソードなども自ら紹介しているので、伊福部の存在が格段に身近に感じられることであろう。

 

 ただゴジラの鳴き声というのは、コントラバスの絃を糸巻きからはなして、皮の手袋に松ヤ二をつけて引っ張る「ヴァ―」ていう音が使ってある訳です。私だけでなく擬音の人も居たんですが、何で作ってもそれらしい音が出ないですから色々怪物の声を合成しても、本来ハ虫類というのは声出さないですからね。それから江戸川さんという方が今の東宝におられますけど、音を増量する不思議な機械を持っておられて、それが故障が来てたたくとバーンバーンとなかなか良い音がするので、その音をゴジラの足音にしたんです。あれもう一度作れと言われても、出来ないですねえ。p173

 

さらに、解説が『新世紀エヴァンゲリオン』で(さらには『シン・ゴジラ』でも)音楽を担当した鷺巣詩郎であるのも、本書を購入するさらなる動機となることだろう。鷺巣も幼いころ円谷英二の片腕であった父(うしおそうじ)に連れられて映画を見に行ったものの、幼いながらに父親にぶつけた「映画音楽を作れるのは日本にこの人しかいないの?」という言葉は、伊福部への最大のオマージュになっている。

 

いくつかの山の頂のみ知っていた山が一つではなく、日本アルプスのような圧倒的な連峰であることを知り、さらにその裾野の広がりを教えられる小さな名著それが『音楽入門』なのである。

 

『音楽入門』目次

 

 

はしがき

第一章 音楽はどのようにして生まれたか

第二章 音楽と連想

第三章 音楽の素材と表現

第四章 音楽は音楽以外の何ものも表現しない

第五章 音楽における条件反射

第六章 純粋音楽と効用音楽

第七章 音楽における形式

第八章 音楽観の歴史

第九章 現代音楽における諸潮流

第十章 現代生活と音楽

第十一章 音楽における民族性

あとがき

 

一九八五年改訂版(現代文化振興会)の叙

二○○三年新装版(全音楽譜出版会)の跋

 

インタビュー(一九七五年)

 

解説 鷺巣詩郎

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