伊坂幸太郎の最新作『サブマリン』(講談社)は、『チルドレン』の続編となる長編小説、家庭裁判所の調査官陣内と武藤を中心に、おなじみの人物たちが登場し、縦横無尽の活躍を見せる楽しいエンタメ小説に仕上がっている。
陣内という男は、およそ空気というものを読まず、屁理屈にも似た独自の論理を貫き、周囲に、たとえば銀行ギャングでさえも、多大なる迷惑をかける男として知られている。だが、大胆で常識にとらわれないその言動に、いつの間にか周囲は感化されてしまう。武藤もその一人だし、担当した少年たちが一番訪れるのも陣内なのだ。
『チルドレン』では、十代の後半から三十代の前半まで、陣内にまつわる5つの時期のエピソードを、それぞれ異なる視点から提示したが、『サブマリン』では、一貫して陣内の三つ年下の家裁調査官武藤の視点で語っている。今や陣内は、れっきとした主任調査官であり、武藤はその部下になったばかりという設定である。
物語は家庭裁判所の二つのケースを中心に展開する。一つのケースはネットで脅迫文を送った小山田俊という少年である。彼の特徴は、ネットで脅迫を行った相手に対してのみ脅迫を行うという一種の正義感に基づいたものであった。彼は、口先だけの脅迫と本当に実行する危ない人物の見分けがつくというのである。
「何と何との見分け?」
「本当に、行動しちゃう人の投稿なのか、口先だけなのか。まあ、予告した人のなかで実際に行動に移す人は、有言実行の人は」
「そう言うと、立派な人に思えるけど」
「一パーセントもいないよ」
「谷は深くて大きいから」
「そう。だけど、一はゼロじゃない」小山田俊は言う。「今、印刷したのは、全部、実際に事件になったやつだよ。今のところ、五件」
p25
半信半疑ながらその言動にいつしか振り回され新たな事件に巻き込まれてしまう武藤と陣内。
もう一人は、無免許の自動車事故で人を引き殺した少年棚岡佑真の場合である。しかし、調べてみると彼は二度にわたる事故を経験している。一つは幼いころの両親の交通事故であり、その結果叔父に預けられ育てられている。そして、もう一つは小学生のころ暴走する自動車事故に巻き込まれたことだ。
陣内の指示で、過去の事件をさぐるうちに、武藤は思わぬ因果の関係がその間に存在することに気づく。そして、誰も知らなかった陣内の行動の奥深さと広がりをも悟るのだった。
天上天下唯我独尊の道を歩む陣内と、それに振り回されながらもいつしか彼のペースにはまってしまう武藤や少年たち、その中でも独自の魅力を放っているのが、盲目のシャーロック・ホームズとも言える永瀬の活躍だ。常人が気づかない観察や推理をはたらかせるし、闇の中の戦いでは誰よりも強い、そう、盲目のスーパーヒーロー、デアデビルのように。
事故の被害者が加害者になってしまう運命的な連鎖、そしてたまたま事故によって、救われてしまう人。そんな因果と善悪の得体の知れないつながりのなかで、相互にまったく関係のないと思われた人物や出来事が、一つながりのタペストリーとなって現れてくる。五つのエピソードによって勢力分散していた『チルドレン』に比べると、『サブマリン』は格段にパワーアップして、ストーリーテリングの技術にも磨きがかかっている。
複数の視点を提示しながら、人を裁くことなく、人生の謎に迫り人情の機微に触れる『サブマリン』は伊坂幸太郎の最高傑作の一つでである。
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