JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略
『ごくせん』の森本梢子の最新コミック『高台家の人々』は、今最も面白いコミックの一つである。何をもって面白いかというと、要するに笑えるコミック、笑わないではいられないコミックの一点である。間違っても、電車の中で読み出してはいけない、周囲から変な人だと思われるだろうし、昼休みといえども仕事場で読み出してはいけない、夜中に自宅で読み出すのも、同居人がいる場合にははばかられるコミックである。要するに、黙って笑うレベルで済まず、声をたてて笑わずにはいられず必ず人に悟られてしまうコミックなのだ。
私の場合、最初1、2話の無料試し読みをしたら、まんまとはまって即座に読める電子書籍版の1〜4巻をダウンロードし、第5巻は電子書籍版はまだ出ておらず8月まで待たないといけないらしいので、待ち切れずに紙で購入して即座に完読してしまったのである。
さて、どこがおかしいか、面白いかと言うと、何よりもキャラクター設定の妙から生じる。
ぱっとしない普通のOLの平野木絵が、会社で出会った高台光正は、黒い髪、青い目の美形の貴公子であり、会社に着任して以来女子社員の人気を一心に集めていた。しかし、木絵は光正に見初められ、食事に誘われるようになる。まるでシンデレラのような出来事に本人も周囲も唖然とするが、光正の心はゆるぎない。
実は、彼は他人の考えている心がたちどころにわかるテレパスだった。エレベーターで一緒になったときに、自然に彼女の心を読んでしまい、そのグリムやアンデルセンのおとぎ話のような、時にアラビアンナイトになり、ハリーポッターのキャラクターまで登場する彼女の妄想の世界を見て、ついふき出すうち、彼女のことを好きになってしまったというわけだ。なんとなく気づきだし、そんな能力があればいいのにという木絵に対して、光正は言う。
他人の本音なんて知らない方がいいって
相手の嫌な面を思い知らされて
傷付いたり がっかりすることも多いんじゃない?
きっと他人と深く関わるのが
怖くなるよ
恋愛にも臆病になる…
多分
(『高台家の人々 1』)
他人の心を読み取ることができるのは、光正だけではなかった。光正の妹の茂子も、弟の和正も同じ能力を持ち、それゆえ同じように他人の心の醜い部分を毎日読み取らざるをえないという宿命を持っていた。だから、彼らもなぜ兄が不似合いな木絵を恋人に選んだ理由も痛いほどわかり、木絵の癒しの力に魅了され、たちまちのうちに彼女を好きになってしまうである。
呪いにも似たこの能力は、代々高台家の人々を苦しめてきた。心の中の醜さを露呈せず、自分の能力を打ち明けて、去らないような相手に巡り合うことは奇跡にも似た出会いなのである。そんな風にして、2巻では光正の祖父高台茂正と心を読む能力を持った祖母アン・ペドラーの出会いが、さらに3巻では高台茂正ジュニアと母親由布子の出会いが語られる。
兄弟姉妹の理解は得られても、能力を持たず、厳しい母親由布子は、家柄の違いも手伝って、地味でさえない木絵を拒絶しようとする。だが、そこで茂子や和正たちも一計を案じ、何とか木絵の得難い魅力を母親に理解してもらうべく奔走するのである。
そんなこんなで、何とか由布子の理解も取りつけた木絵は、晴れて光正との結婚を許されて…というのがこの5巻の内容である。
果たして、木絵は晴れて高台寺家の人々になることができるのだろうか。
『高台家の人々』の魅力は、オーソドックスな恋愛心理ドラマに、メルヘンチックな妄想世界のギャグを加味して、その毒を緩和するハートウォーミングな流れにある。そのためには、現実と妄想という二つの異なる世界を交互に描く、画力の魔法が必要である。『高台家の人々』の成功は、森本梢子のこの魔法の勝利なのだ。