つぶやきコミューン

立場なきラディカリズム、ツイッターと書物とアートと音楽とリアルをつなぐ幻想の共同体
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舞城王太郎『淵の王』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本  文中敬称略   ver.1.01



『淵の王』(新潮社)は、舞城王太郎の三部からなる小説である。各部には「中島さおり」「堀江果歩」「中村悟堂」と主人公の名前が章題のようにふられている。

「中島さおり」と呼ばれる第一部は、前半福井という地方出身の学生を主人公にした青春群像小説のように展開する。
 
「なんかさおりんたくさん食べるね〜!」
「美味しいさけ」
「あはは!何それ!福井弁?」
「え?うん」
「珍しい。さおりんのぱりぱりの福井弁」
「え?そう?」
「うん。なんか面白いね。関西弁ってのともちょっと違うんだよね」
「ほうや〜」
「ほうっていうのが可愛い」
「ほう?」
「うん」
「ふふふ。ありがとう」
p15

いくつもの福井弁の言葉が使われ、地方の時代における地域振興小説かいなと錯覚しそうになるころに、徐々に不穏な動きが生じ始める。中島さおりには、おさななじみの杉田浩輝(ひろき)という同級生がいて、結構仲良かったというか好きだった。しかし、今では杉田は結婚して子供もいるようだ。だが、電話で話した杉田は、かつての杉田ではなかった。その裏にあるのは鬼嫁美季の存在、そして、美季は子供ともどもさおりの同級生であった大橋伊都のもとへ押しかけてただならぬ雰囲気に。弟の文則を同伴しながら駆けつけるさおりだったが、恐るべき影の存在が背後にあることを彼女は知るよしもなかった。

そう、この第一部は、純文学のように始まり、次第に社会派小説もしくは犯罪小説のようになり、最後はホラー小説へと変貌するのである。前半の展開は、地方から東京へ進学した大学生たちのよくある恋と友情のストーリーを福井弁で味つけたようなテイストだが、そこは多分郷里の福井へのサービス精神が多分に盛り込まれている。第三部の「中村悟堂」でも福井は舞台として登場するが、さすがにスピーディな物語の展開に邪魔になると考えたのか、福井弁はほぼ鳴りを潜めている。

第二部に相当する「堀江果歩」は、一人のテニス少女堀江果歩の物語である。やがて、彼女は姉由起の影響で漫画を読み始める。そこからの展開は、作者の漫画愛がこの一編に凝縮されたかのようで、実に楽しい。何度でも読み返したくなる。
 
  で、由起の本棚からお勧めされて君が持ち帰ったのはマンガだ。『ガンツ』全巻。
  最初、君は読みづらそうにしている……と言うか、マンガの読み方がよく判ってなさそうに見える。まずページをぱ―っとめくって大量の絵を確認する。次に面白そうな絵を探して飛ばす。残酷なシーンにひっかかる。電車の事故。少年たちが車両に跳ねられてバラバラになり、首だけが転がる。で、エッチなシーンにページが飛ぶ。大きなおっぱい。男の子がそれを揉む。ここのシーンを繰り返し読む。少しずつ前に戻りながら。で、とうとう第一話の一ページ目から読む。時々ま絵に戻ったりするけど、それもすぐになくなってどんどん進む。一巻を読み終わるとすぐ二巻へ。もう普通に読み進められる。三巻へ。四巻へ。夜更かしして一気に十五巻まで読んでいると、部屋の灯りに気付いた母親が来てドアを開けるので君は焦る。ばばばっとマンガを隠す。
「まだ起きているの?もう寝なさい。明日も学校だよ」
p96

そして次第にマンガ熱がエスカレートしてゆく。その徹底ぶりがさらに楽しい。
 
 小遣いは月五千円。友達とどこかに遊びに行くみたいな機会がほとんどあい君はそのお金をマンガに回している。コミックスなら月に十冊程度買える。古本屋ならもっとだ。でもマンガというのは当たり前だけど完結しているものだけを撃っているわけじゃなくて、堀江家のコレクションがたまたま『H2』とか『惡の華』とか『YAWARA!』とか幸せな全巻揃いだっただけだと思い知る。最新刊まで買い揃えても話が終っていないというパターンに何度もぶち当たるうちに、君はマンガというものが最初に雑誌に掲載されるという事実をようやく認識する。p105

果歩には、広瀬順という不運なボーイフレンドがいたが、彼との話もこんな具合だ。
 
  で、君は広瀬とマンガの話をしながら駅に由紀、電車の中でも乗り換えの途中も千川駅で下りてからもずっとマンガマンガマンガ……。
  広瀬もさすがに驚く。何しろ君は月曜日にジャンプ・ヤングマガジン・ビッグコミックスピリッツ、隔週の火曜にアクション、水曜日にいマガジン・サンデー、木曜日にモーニング・ヤングジャンプを立ち読みし、毎月九日の別冊マガジン、十二日のコミックビーム、十三日の別冊マーガレット、十九日のウルトラジャンプ、二十五日のアフタヌーン、二十八日のフラワーズ、隔月でエロティックすFを購入し、さらにコミックスを月に十冊近く買っているのだ。
p122

そして、『カリオストロの城』との出会いからアニメにも目覚め、単なる読者では物足らず、彼女はマンガを描きだすことになる。
 
 文房具屋に行ってみる。コピー用紙の束は500枚入り545円で売っている。早速買って家に持って帰り絵の練習を続ける。小説家志望のフリーターになって父親の知り合いの法律事務所でバイトしている由起がそれを見つける。
「その500枚全部使い切る頃には格段に絵上手になっているんじゃない?」
「ホント?」
「たぶんね、有名な方法論だよ。コピー用紙の一束描き。ネットでも絵の練習にそれやって、100枚ごととかの上達具合載せてたりするよ」
p129

やがて、彼女は漫画家としてデビューし、テニス漫画を描いて成功しました。めでたし、めでたしという漫画家志望の女性の血のにじむような努力と成長の物語ではない。

彼女の作品の中に、記憶もないのに現れる黒い髪、白いワンピースの女を存在し始めたところから、物語は暴走し始めるのである。

そのためには、読者はなぜ広瀬順が運の悪いボーイフレンドであったかを知らねばならないだろう。

「中島さおり」では、不吉な存在との出会いは、いわば不幸なめぐりあわせのように見える。「堀江架歩」では運命的な力が働いて彼女はその存在へと導かれなくではいられない。さらに、第三部の「中村悟堂」の場合には、自ら志願して赴くのだ。何のためか?

中村悟堂には、かつて好きだった斎藤範子という女性がいた。
しかし、現在の恋人である湯川虹色と付き合いながらも、範子を守るという自分のかつての言葉に忠実であろうとする。やがて、範子は結婚し子どもができるが、その夫の浮気相手が彼女に対して嫉妬で荒れ狂い、惨劇が生じる。つきまとう不吉な影より、範子を守ろうと決意した悟堂だが、ちょうどそのころ虹色は姿を消してしまう。

範子につきまとう黒い影がその原因だと考えた悟堂は、惨劇の現場であった範子の家を買い取り、虹色を救いだそうとするのである。

この第三部には考えるだにおぞましい呪いが出てくる。はらわた袋というやつだ。
 
 「ふふ。あのね。小さい虫の死骸をさ、それとは別の虫に食べさせて、そいつを殺して、また別の虫に食べさせて、また殺して、また別の虫に食べさせて、そいつもまた殺して、また別の、今度は動物に食べさせて、その動物殺して別の動物に食べさせて、みたいなことを、私のこと念じながら続けて、その死体をうちに置いてたみたい。呪いが思うように効いていないうちは回収してまた別の動物に食べさせて殺して、またうちに運んできて、って感じさ。死体のマトリョーシカみたいなもんだね」p217

このマトリョーシカの中に人間が出てくるとすればどうだろうか?

だから「中村悟堂」は、最初から猟奇的ホラー小説としてスタートするのだが、後半どんどん加速してゴーストバスター的な悪霊退治のサスペンス小説へと変貌してゆく。果たして、中村悟堂は闇に潜む恐るべき敵に勝ち、虹色を救うことができるだろうか。

三つの部分は、いずれも主人公を二人称で呼ぶ、一人称の語り手がいる。それぞれに、別の呼び方を自分に対して行い、別の属性を持っていながら、物語の最初から最後まで主人公の一挙手一投足を見守っている謎の存在である。一体何なのか。守護霊?死神?それとも…

「中村悟堂」の冒頭はまさにこんな風な一人称体で始まるのだ。
 
 私はあんたより十八歳年下だということにしている。物心?、みたいなものがついたときにはあんた二十一歳だったし、あんたの最初の記憶って三歳のときのお母さんが病気でベッドに寝てる夕方の時間のことみたいだし。三つ子の魂百までって言葉もあるよね。三歳までに人格の根本が形成されるってことなんだろう。
 けどそれはつまりあんただけをひたすら見つめる私は十八歳くらいのあんたに育てられたようなもので、もちろんご飯を食べさせてもらったとかじゃないけど世界のあらゆることは私はあんたを通して学んだのだ。そういう意味であんたを親とか先生と捉えるなら、あんたは最低の親だし先生だった。
p185

一体この「私」とは何か?という謎解きを読者は、物語の最初から最後まで、負荷として課される。そのためにミスリーディングな行が巧みに織り込まれているのである。

主人公たちが戦う敵は、現実の友人や知人、家族たちに憑依し、操りながら、彼らに襲いかかる。そのドラマを、しだいにうるさいまでに解説し続ける外野の声、それらの関係性は何か?二項の関係性ではなく、三項の関係性のダイナミクス、緊張感の中で繰り広げられる連作ホラーミステリーの傑作が『淵の王』である。
 
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