つぶやきコミューン

立場なきラディカリズム、ツイッターと書物とアートと音楽とリアルをつなぐ幻想の共同体
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宮城公博『外道クライマー』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略



2012年7月熊野大社の神体である那智の滝を上り逮捕された3名のクライマーがいた。宮城公博は、その中の一人(おそらくは首謀者)である。本来は誰も見ていない時間帯にこっそりとのぼりきるつもりだった。しかし、それは余りに失礼ということで、堂々と上ることにしたのである。
 
そのとき、暗闇で炊きの全容が見えないにもかかわらず、滝壺だけでも神の存在を感じさせる堂々たる雰囲気が私に伝わったのだ。すると不思議なことに、隠れて登ろうという気がなくなった。日本一に挑むのに、見つかって捕まることを気にし、こっそり登ろうなど、とんでもない保身。夜明けにを待ち、ここだというルートを見極め、堂々と昇るのがクライマーとして、沢ヤとして、多岐に対する礼儀だ。p16

大学の登山部が解散になる、会社をクビになる、山登りのスポンサーを失うなど、彼らに対する社会の制裁は厳しいものであった。宮城も福祉施設での職を失う。これで自粛するどころか、一層山登りに専念した生き方をしようと宮城は決意する。そんな場面から、この『外道クライマー』の冒険は始まる。
 
 それから数日後、私は七年間務めた福祉施設を辞めることになり、無職になった。気落ちし、悩んだ。
幸い、私には少しだけ貯えがあった。この際、今までなかなかやることができなかった国内外の大きな沢や山に行こう。開き直って、そう気持ちを切り替えることにした。それが今後の人生にとって正しい決断だったかは分からない。ただ、そうやって生きていくことが私にとって一番自然だと思ったのだ。
p24

宮城の目指す山登りは、通常の山登り、雪山登山とは異なる。俗に沢ヤと呼ばれる世界であり、渓谷を川沿いに遡り、あるいは下り制覇するというものである。ときには両側が切り立った崖となった地形が何キロにわたり続くこともある。このような谷をゴルジュと言う。日本の称名廊下で、台湾のチャーカンシ―で、そしてタイのジャングルで、宮城たちは前人未到のゴルジュの制覇を目指す。地球上からは未踏の山は消えてしまったが、渓谷の中には人を寄せつけない切り立った崖、何百メートルもの高低差のある滝が続くような前人未到の地形がいくつも残されている。流れが比較的緩やかな部分は、藪漕ぎと言って、岸辺にはみ出した樹木をかき分けながら沢を進むこともあれば、ザックを流れに浮かべ徒歩で進むこともある。だが、川の流れが危険になり人を寄せつけない場所では、わずかな手がかりしかない切り立った崖を登攀しながら踏破するしかないのである。

通常の登山では、自然との闘い、とりわけ雪や寒さや地形、高度といった無生物との闘いが主となる。しかし、沢ヤの世界は全く異なる。川の流れとの闘い、行く手を遮る植物の棘や蔓との闘い、アブやハチ、サソリやアリなどの虫との闘い、獣(ゾウやトラ、ワニや蛇など)との戦いを余儀なくされる。登山に加わるのは、密林の探検の要素であり、さらには筏の川下りの要素である。樹木や岩肌で塞がった視界の先に、何が次に来るかわからない。だからその変化に対応するクライマーの行動も日々刻々変化に富んで、垂直の岩壁を登っていたかと思うと次には竹を切り倒し筏を組んだりと、さながらジャズの即興演奏のようである。それが沢ヤの世界なのだ。

雪山への登山なら、その戦いを、そこに足を運ぶことなしに想像力をはたらかせて書くことも不可能ではない。いくつもの登山家たちの物語がフルコースとして語られ、私たちの中には祖型が出来上がっているからだ。しかし、『外道クライマー』に含まれる冒険の文章は、いずれも経験なしには決して書きえないものである。そこには私たちの想像を超える挑戦があり、想像を超える困難とその克服がある。それらすべてが身体感覚としてひしひしと伝わってくる文章なのだ。そして、困難を超えた後には必ずと言っていいほど荘厳なまでに美しい景色に出会うことになる。私たちはどんどんと禁断の沢登りや沢下り、滝登りの世界に魅せられてしまうのである。冬の瀑布では衣類を濡らし、低体温にならないために、全裸で沢を渡ったりもする。見るからに破廉恥なクライミングの背後にあるのは、生死を争う怜悧な計算である。

21世紀になってこれほど面白くわくわくするような冒険譚を読むことができるとは正直思わなかった。全身を覆うアリとの闘い、5メートルの大蛇との闘い、ぐるぐると回転し永遠に出られない川の巻き返しの罠にとらわれたり、極寒の凍てつくような瀑布を雪崩の爆撃を受けながら登りゆくさまの凄まじさ。それらの風景を、それぞれに個性的に描きだす著者の文章力も傑出している。長い旅程のプロセスを克明に再現しながら、弥次喜多道中のような人間模様をからめて読者を飽きさせることがない。『外道クライマー』は、2016年に出版されたノンフィクションの中で、最も過激でスリリングな作品、最も面白い本の一つである。
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