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佐々木敦『ニッポンの文学』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略



佐々木敦『ニッポンの文学』(講談社現代新書)は、明治以降の日本文学を集約したものではないし、戦後でさえもカバーしきってはいない。それがスタートするのは、1970年代以降、村上龍や村上春樹の時代以降である。そして、文学の概念に関しても、対象を純文学に限定することなく、ミステリーやSF、ラノベといった各種エンタメ小説を各ジャンルの内部コンテキストを整理しながら、フラットな地平上に再配分し、その全体を俯瞰するものとなっている。

『ニッポンの文学』は、いわば、「文学内文学」としての純文学至上主義に飽き足らない佐々木が、「文学外文学」であるミステリー、SF、ラノベを純文学と等価なものとして、並置した上で、さらに佐々木個人の嗜好や問題意識と強くシンクロする作者、作品群を中心に再構成した戦後日本小説の輪郭なのである。たとえ過去半世紀程度に限定しようと、一冊の新書にすべての作家・すべての作品を語ることなどできない以上、異種格闘技的に開かれた日本文学というものの一般的なイメージを志向するなら、その作家・作者の選択に関しては、極めて私的なものにならざるをえない。本書だけでなく、『ニッポンの思想』『ニッポンの音楽』という佐々木の講談社現代新書三部作はAmazonのレビューの評価が、決して芳しくないのも同じ理由による。かなり特異な解答を、一見普遍的に見えるタイトルによって与えているがために、思想や、音楽や、文学の全体像に関してすでに出来上がったイメージを持つ読者からは、大きな反発を受けることになる。その声を集約すれば、なぜ「Aが語られ、Bが語られないのか」という形に帰着することだろう。

したがって、読者はここに日本の文学の普遍的なイメージを期待してはならない。

ここにあるのは、佐々木敦が過去に読者として遭遇し、さらに批評家として遭遇した限りでの、日本文学としての小説世界のおおざっぱなイメージにすぎない。

そして、そのイメージは多くの読者が日本の文学、実際には過去半世紀の日本の小説に関して抱くイメージとは、たとえ読者がミステリやSF、ラノベに対する目配りを怠らない超ジャンル的勤勉さを持ち続けていたとしても、大きく乖離したものであるだろう。そしてその間に生じるずれを、挑発的な刺激として受容する限りにおいて、本書は極めて楽しい一冊、小説をめぐる冒険となっていると言えるのである。

とりわけ、プロローグ「芥川賞」と「直木賞」第一章村上春樹はなぜ「僕」と言うのか?が抜群に面白い。二つの賞を同じ出版社が出すこと装置として機能して、文学内文学と文学外文学が差別化されるわけだが、同じ作家が両方の候補となったりして事情はそう単純ではない。前者はその複雑な業界事情の機微に肉薄した名論である。後者は、村上春樹以前からの一人称体の変遷をたどりながら、それぞれの意味の問う中で、それぞれの小説の置かれた時代性を浮き彫りにするものとなっている。

第二章以降の章題は次の通りである。
第二章 「八〇年代」と作家たち
第三章 「英語」から遠く離れて
第四章 かなり偏った「日本ミステリ」の歴史
第五章 さほど偏っていない「日本SF」の歴史
第六章 サブカルチャーと(しての)「文学」
第七章 ポストバブルの「九〇年代」
第八章 「ゼロ年代」−ジャンルの拡散
エピローグ 「文学」はどこにいくのか?


『ニッポンの文学』は、さまざまな読み方が可能だが、その第一の読み方は歴史的な読み方である。通史としての正確さではなく、それぞれの作家や作品が出現当時の雰囲気を伝えている点である。たとえ同じ時代を立ち会ったことがあろうと、記憶はどんどん上書きされるので第一印象が希薄になっている場合も少なくない。過去の記憶を喚起する工夫がよくなされている。第二の読み方はブックガイドとしての読み方である。気になる作家やその周辺の作品を拾い上げてあるとつい手に入れて読みたくなる。そういう読書対象の拡張化のはたらきは、並行して出版された『例外小説論』と同様だ。そして、第三の最も重要な働きは、私たちが経験した作品外の世界へのヴィジョンを開き、風通しをよくしてくれることである。

『ニッポンの文学』が与えてくれる最大の刺激は、私たちが小説に対して抱くイメージとの間に齟齬をきたしながら、終わることのない対話を仕掛け、小説世界の埋もれた豊かな宝の数々を発見させてくれることにある。

関連ページ:
佐々木敦『例外小説論 「事件」としての小説』
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