つぶやきコミューン

立場なきラディカリズム、ツイッターと書物とアートと音楽とリアルをつなぐ幻想の共同体
<< September 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
 
RECENT COMMENT
RECENT TRACKBACK
@kamiyamasahiko
MOBILE
qrcode
PROFILE
無料ブログ作成サービス JUGEM
 
桜木武史『シリア 戦場からの声 内戦2012-2015』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本  文中敬称略


桜木武史『シリア戦場からの声 内戦2012-2015』(アルファ―ブックス)は、ジャーナリストである著者の五度にわたるシリアへの潜入取材の記録をまとめたものである。

シリアや中東情勢に関しては多くの本が出版されているが、それらを読んで釈然とした気持ちにならないのは、俯瞰的な視点では、刻々に変わりゆく情勢を整理することができないこと、そして現場で拾った生の声があまりないことが挙げられる。そのような形では、戦場となり、多くの人々が殺戮された都市の地名も、住民にとってかけがえのない場所ではなく、単なるゲーム的な世界の記号になってしまい、読者はそれに対して正常に反応する感覚さえも失いがちである。

ジャーナリストはなぜ戦場に行くのか、他のメディアの情報を集約すればよいのではないかという声に対する明らかな反証が本書にはある。さながら日本の戦国時代のように、シリアではほんの数日で、勢力地図が書き換えられてしまうことがある。そして、昨日まで隣で親しく話していた人間が銃弾や爆弾の犠牲となり、この世から抹消されてしまうことも日常茶飯事である。さらにアサド政権側に立つ父親と、反政府軍入りして戦おうとする息子や娘の政治的な立場の違いから生じる骨肉の争いも、単純な図式で考えがちな反政府軍の時系列による変質や、反政府勢力同士の争いも目の当たりにする。わたしたちが想像するよりもずっとシリア情勢は複雑で流動的なのだ。そんな中で、初めは影も形もなかったIS(イスラム国)が現れては急激に勢力を伸ばしてゆくさまをも、読者は知ることになる。本書を通じて、読者はシリアにおけるここ数年の容赦ない時間の流れを知るだけでなく、体感することができるだろう。

どんなジャーナリストもスーパーマンではなく、生身の人間であり、一人の生活者である。そして、新聞社や通信社に所属しないフリーのジャーナリストの生活は、数段厳しい。桜木はジャーナリストよりはずっと実入りのいいトラックのドライバーを続けながら、そこで取材費を稼いではシリアへと出かけている。だが、あまりに頻繁に仕事を投げ出しては出かけるために、会社からも最後通牒を突きつけられてしまう。それでも出かけなければならない、今しかないという衝動が桜木を戦場へと駆り立てる。
 
 なぜ平和な日本で暮らしているのに、危険な場所に自ら足を運ぶのか。見返りもなく、運が悪ければ命を落とす。他人から見れば、私の行動は奇異に映るだろう。銃弾が飛び交い、爆弾が降り注ぎ、インフラは破壊され、電気も水道も止められている。夜は真っ暗闇で過ごし、朝は砲撃の着弾音で目が覚める。しかし、過酷な状況下でも必死で生き抜いている人々がいることを私は伝えたかった。p151

ジャーナリストと言えども、銃弾や砲弾を受ければ確実に死んでしまう。そして、ISによって捕えられ人質として身代金を要求されたり、処刑されるリスクもある。取材の間にも、シリアでは山本美香が銃弾に倒れ、湯川遥菜、後藤健次がISの手にかかって死んだ。アレッポの奪還のため、桜木が従軍取材をする中で、次のような会話を交わす場面が印象的だ。
 
「もし天国に行くこととなったら、タケシの遺体はどうする?」
「えっ、どうするって?そんな真剣に考えなくても、俺は大丈夫さ」
「冗談で言っているわけじゃない。本気だ。遺体をどうしたいんだ?」
 私はイスラム教に改宗していない。仏教徒である。そのことは彼だけでなく従軍している部隊全員が知っている。だからと言って、火葬にして遺骨を日本に送り届けるなんてことは今のシリアの現状から考えて不可能である。
「そんなこと考えてもいなかったけど……どうしようか」
「もし良ければ、俺の村に埋葬しようか。それともどこか希望の場所はあるか?もし特にないのなら、俺が責任を持って埋葬してやる。どうだ?」
 彼の村はファラズダックと同じブズガルである。オリーブの木が転々としており、真っ青な空の下には放牧されたヤギがのんびり草を食む。村民も穏やかで心優しい。
「いいよ。そうしてくれないか。ブズガルだったら、何の問題もない。満足だよ」
pp193-194

幸い桜木は生きのびたが、ともに行動してきた戦士のファルズダックは死に、桜木は涙を流す。
 
 私は嗚咽が止まらなかった。意味もなく貧乏揺すりをして、意味もなく宿営地を歩き回った。涙が枯れてくると、寝かされているファラズダックの遺体を確認した。彼は目を閉じたまま何も語ることはない。彼の死を受け入れられず、まだ涙があふれ出た。親しい友人の死は初めてだった。この悲しみをどうしたら鎮められるのか私は知らなかった。p203

死地に赴き、多くの人の命が奪われる中でも、桜木の心は石のようにひからびることはない。熱い血の涙を流し続けるのだ。

『シリア戦場からの声』の中にあるのは、ただ友人や肉親の死に対する悲しみ、アサド政権やISに対する憎しみ、怒りだけではない。桜木が日本人であると知ると、多くの村人が歓声をあげ集まってくる。トルコからシリアへの国境を越えで、クルド族の女性は、走れなくなった桜木の荷物を背負って、彼に手を差し伸べ一緒に走り続けた。ダマスカスで知り合ったアマルという女性は日本のアニメが大好きでその思いを熱く語った。

どこにも知らないうちに戦火に倒れ、この世から消えてゆく無名の人、名もなき人など存在しない。シリアで知り合ったすべての人への思いを込めて、目にした彼らの笑顔のために桜木は書く。
 
 現場に足を運ばなくとも、ネットから流れ出る情報をかき集めれば、シリア情勢はある程度は把握できる。しかし、情報からでは内戦下で暮らす人々の心境は直に伝わってこない。それが私には悔しかった。もっと彼らの生の声を多くの日本人に知ってもらいたい。その思いが私を原稿に向かわせた。p252

『シリア 戦場からの声』は、現在のシリア情勢を体感するためのベストの一冊であると思う。本書は、あまりに多くの生命が奪われながらも、その実態が知られることの少ないシリア理解が少しでも進むことで、いつの日かこの地に平和を取り戻せる日が来るための、一里塚のように思われるのだ。
コメント
コメントする









 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://mkamiya.jugem.jp/trackback/590
 

(C) 2017 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.