つぶやきコミューン

立場なきラディカリズム、ツイッターと書物とアートと音楽とリアルをつなぐ幻想の共同体
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安田菜津記『それでも、海へ』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本  文中敬称略




『それでも、海へ』(ポプラ社)は、フォトジャーナリスト安田菜津記の初の写真絵本、陸前高田で生活する漁師の男と孫の少年の姿をとらえたものだ。

この本の中で「じいちゃん」と呼ばれる管野修一は64歳、陸前高田の先端の根岬で生まれ育った漁師。今でも、朝2時には船で沖に漁に出かける。2011年3月11日、彼は船を守るために沖に出ていて津波の被害を受けずに済んだが、陸前高田は壊滅的な被害を受けた。

「もう、海に出かけるのはやめよう」

彼の船「第二志田丸」は無事なのに、漁に出かけることができない日が続いたが、そんな中で孫のしゅっぺこと修生の一言がすべてを変える。

「ねえじいちゃん、
じいちゃんがとってきた白いお魚が
もう一回食べたい」

そうして再び漁に出かけるようになるじいちゃん。それがきっかけで、少しずつ根岬の漁港にかつての活気が戻るようになる・・・

これは一つの集落、一つの漁港の物語にすぎないが、同じようないくつもの物語を、東北のいくつもの漁港が経験したにちがいない。『それでも、海へ』は、少年の視点から見た、津波からの地域の再生の物語である。どのような被害を地震や津波で受けようと、そこに生きる人々は、海と共生して生きてゆくしかないのだ。

『それでも、海へ』は小学生に読めるようなふりがな付きの50ページに満たない写真絵本ではあるが、そこで表現された現実はおそろしく重い。被写体との距離を感じさせない安田菜津記の視点の魔術によって、いつのまにか読者は根岬に生活している錯覚の中にとらわれ、その光と闇を共有させられてしまう。これは、鮫ではなく、津波の傷跡と今なお戦い続ける21世紀の『老人と海』の物語なのである。


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