JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略
米澤穂信『真実の10メートル手前』(東京創元社)は、女性ジャーナリト太刀洗万智(たちあらいまち)を主人公とした6作からなる連作ミステリ。語り手は、太刀洗本人である場合もあれば、犯人や証言者、同行した仕事仲間などさまざまである。異なる視点をとることで、太刀洗の人間像が内と外の両方からより明確に浮かび上がる仕かけである。
この作品の中では、事件の起こる場所に関して、一定のルールがある。二番目の作品「正義漢」を除いて、都道府県や地域など大体の場所はわかるものの、事件が起こる地名の場所は実際には存在しないのである。いずれも人の死のからむ場所であることもあって、風評被害とのクレームを回避するため、地域名に市町村を付加した実際には存在しない地名で事件は起こるが、事件の起こらない周辺の実在の地名はそのまま用いられている。
第一作の「真実の10メートル手前」は、まだ太刀洗が記者であったころの話である。経営破綻したベンチャー企業の広報係として有名人となっていた女性が失踪し、その行方を太刀洗は名古屋から同行した記者藤沢とともに突きとめようとする。
妹とのこんな電話から何が読み取れるのか。
真理:ホテルがあるような町じゃないし、タイヤがあれだから移動もできないし、困ったねえ。
弓美:大丈夫だから、おばあちゃんちに行ってよ。今夜は寒いよ。
真理:平気。うどんみたいなの食べてね。いますっごくあったかいの。ねえ弓美、あたしもふつうになれたはずだったんだよね。
弓美:何言ってるの、お姉ちゃん。ね、いいから教えて、いまどこなの?
第二作「正義漢」は、吉祥寺駅での人身事故を、即座に事件と見抜き、その場で解決してしまう太刀洗の切れ者ぶりを描き出す。ある男のモノローグから始める導入部から、読者は一気に米澤マジックの中に引き込まれてしまうことだろう。
第三作「恋累心中」では、ある週刊誌記者から三重県の高校生男女の心中事件の真相解明に太刀洗は協力を求められる。遺書が残されていたにもかかわらず、二人が離れた場所で死んだのは一体なぜなのか?しかし、太刀洗が負っていたのは別の事件だった。二つの事件がつながるとき、すべての謎が明らかになる。
第四作「名を刻む死」では、孤独死した老人の死の真相を明らかにする。日記に残された「名を刻む死」とは一体どういう意味なのか?
第五作「ナイフを失われた思い出の中に」は、一風変わった小説である。語り手は、外国人で、その妹が万智の学生時代の友人であったという設定だ。ある男が姉の子供である幼児を殺した事件の謎を解き明かす。舞台となるのは、浜倉という街である。
浜倉駅は、東京駅と比べれば非常に小さな田舎駅だった。、もっとも、比べることが間違っているだろう。地理に興味のない子供でも名前だけは知っている東京に対し、浜倉の街の規模はポドゴリツァと大差ない。いや、日本に来るまで名前も知らなかった街が一国の首都と同程度の人口を抱えていることに驚くべきだろうか。
浜倉という地名は実在しないが、ポドゴリツァという都市は実在する。人口15万ほどのモンテネグロの首都である。雑誌掲載時にはもっとわかりやすい別の地名であったのだが、一体どこの街をモデルにしているのだろうかと、文章の記述から想像力をはたらかせるだけで楽しい。
第六作「綱渡りの成功例」では、長野県南部の水害で被災した夫妻の救出の陰にある真実を太刀洗は明らかにする。何の事件性もないように見える出来事の背後に彼女がかぎつけたものとは?
長い間ミステリの主人公として用いられてきた私立探偵という職業、しかし実際の探偵業務とはかけ離れているし、事件現場に入り込むこともできないため、その設定の荒唐無稽さは読者だけでなく、作者にも意識されるようになる。ベタな設定として刑事があるが、組織人であるがゆえの制約があり、その葛藤をドラマにするのも陳腐になり果ててしまった。さまざまな職業の人物を、さまざまなな作家が探偵役にしてきたがコンスタントに事件を扱うとなるとどうしても無理がつきまとう。無理のない職業はないものだろうか?
新しいミステリの探偵役として、米澤穂信が選んだのは、フリージャーナリストだった。太刀洗万智は新聞社の職を辞し、フリーランスの記者として真実を自分の直観のままにさぐりあてようとする。しかし、彼女が求めるのは事件の犯人を探り当て、裁きを下すことではない。加害者の心の真実、被害者の心の真実、それこそが彼女の求める最終ゴールなのである。
ときに真実は残酷である。ジャーナリストとして、彼女は明らかにせずにはいられない。それによって傷つく人も出るだろう。だが、その一方でそれにより、誤解が解かれ、誰かの魂が救われるものならば。
人々の興味や関心をひけばそれでよしとする商業的なジャーナリストとは、たえず一線を画しながら、それでも真実を求めずにはいられない太刀洗万智の戦いは続く。
『真実の10メートル手前』は、同じ太刀洗万智が世界を股に駆ける『王とサーカス』と並んで、米澤穂信が新境地を開いた傑作である。
関連ページ:
米澤穂信『満願』