つぶやきコミューン

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村上春樹『ラオスにいったい何があるというんですか?』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本 文中敬称略


 
『ラオスにいったい何があるというんですか?』(文藝春秋)は、村上春樹の最新紀行文集である。ここに収められている紀行は10本、うちアメリカが4本、アイスランド、ギリシア、フィンランド、ラオス、イタリア、日本が各一本である。

はるか地球の裏側まで出かけたからといって、村上春樹の旅では、基本的に重大な事件は何も起こらない。どこまでも生活の延長上の出来事がいくつかあるだけだ。そして、ここで描き出されるのも、それぞれの場所のそつのない肖像画のようなものである。おおざっぱに国や都市、地方の特徴を順に挙げながら、ふだん小説の中では抑制的である風景や場所、人々を描写し、その中に自分の経験を具体例としてはめこんでゆく。旅する主体は基本的に僕たち(僕とその妻)なのだが、妻の描写が行われることはまったくないし、相手のリアクションがある場合を除いて、僕の姿もほとんど見えない。いわば、場所主体の紀行なのである。

今日、スマホを使えば画像や映像が瞬時に世界中に拡散できる時代において、律儀に紀行文を書こうとする人はまれである。その中で村上春樹は、精一杯ふだんやらないような細かい場所の描写を延々と続け、土地の特徴を簡潔にとらえてゆく。

「チャールズ河畔の小径」


最初の街、ボストンはまさにジョギングとマラソンのための街という位置づけである。

 マサチューセッツ州ボストンからケンブリッジにかけての地域は、ジョギングを愛好する人にとってかなり理想的な場所であると言っていいだろう。p16

「緑と苔と温泉のあるところ」


と章題にあるアイスランドに関して言えば、それらよりもアイスランドの顔となっている鳥、パフィンの紹介が面白い。パフィンの姿は、一度見れば忘れられない。昔流行ったピングーというクレイアニメがあったが、これに出てくるピンガのぬいぐるみそっくりの(ただしグレーの部分はない)、つまり3頭身化したペンギンみたいな鳥である。

パフィンは本当に不思議なみかけの鳥で、北極近辺で活動する鳥のくせに、くちばしがまるで南国の花みたいにやたらカラフルで、足がオレンジ色で、ぜんぜん北方ぽくない。目つきはどことなく阪神(→楽天)の星野監督に似ている。春になると海の断崖に集団コロニーを作り、巣穴の中で子供たちを育て、秋冬は海の上を飛んで、魚を食べて暮らしている。野菜サラダとか焼き肉なんかは食べない。魚だけを食べている。一年のうちおおよそ七ヶ月を、陸地にまったく足をつけることなく、海上で過ごしている。pp36-37

「おいしいものが食べたい」

アメリカには二つのポートランドという都市がある。オレゴン州ポートランドとメイン州ポートランド。ともにその名から港町であるとわかるが、その二つの都市がいかにしてグルメシティとなったかという企画もののルポルタージュ的文章である。

 「ポートランドはアメリカの中で、人口あたりレストランの数がいちばん多い街なんです」と地元の人は言う。「また人口あたりいちばん読書量が多くて、それから大きな声では言えないけれど、教会に通う人がいちばん少ない街なんです。ははは」
 どうですか?あなたはこういう街が気に入りそうですか?(大きな声では言えないけれど)僕はすっかり気に入ってしまった。
p74

これはオレゴン州ポートランドの話だ。他方、歴史のあるメイン州ポートランドに関してはグルメシティとしての縛りがあるせいか、スティーブンキングのホラーの舞台めいた話は一切出てこないのが残念だ。

メイン州はスティーブン・キングの書いたほとんどの小説の舞台となっている土地だが、個人的にとくに怖い目にあったようなことはまだ一度もないから、安心して出かけてください。
p82


『ラオスにいったい何があるというんですか?』には、音楽的な聖地巡礼はあっても、海外での文学的な聖地巡礼はない。となると音楽の関係のない場所では、観光客か生活者の視点しか持てないということになる。このへんはこの本のかなり残念な点である。

「懐かしい二つの島で」

ギリシアの二つの島、ミコノス島とスペツェス島の再訪の話だ。かつて村上春樹が三ヶ月ほど暮らしたことがある二つの島のうち、ミコノス島は絶景本でも取り上げられる白い家が青い海や空に映える美しい街だが、スペツェス島ではかつて住んだ家がどこであったかわからなくなってしまう。

 さて、パトラリスとアナルギロスの店から五分くらいの距離に、僕が住んでいた家があるはずなんだけれど、それがどれだけ歩き回っても見つからない。この島に来るまでは、一ヶ月も暮らしていたんだから、すぐに見つかるだろうと多寡をくくっていたのだが、人間の記憶というのはあてにならないものだ。またもちろん、付近の家並みが変わっていたということもあるのだろう。「この道筋だったよな」と思って歩き回っても、それらしい家屋が見当たらない。なだらかな坂道で、のぼっていくと山になっていて、曲がり角の家に大きなブーゲンビリアの木があって、美しい花を咲かせていて、二階建てで、暖炉の煙突がついていて……と記憶をさぐるのだが、どれだけ探しても「これ」という家が見つからない。p101

果たして、村上春樹はかつて住んだ家を見つけることができるだろうか?

「もしタイムマシーンがあったなら」

ニューヨークのジャズ・クラブ探訪の旅である。こんな風に始まるジャズ・ファンにはたまらない文章である。

 もしタイムマシーンがあって、それを一度だけ好きに使ってもいいと言われたら、あなたはどんなことをしたいですか?きっといろんな希望があるんだろうな。でも、僕の答えはずいぶん前からはっきり決まっている。1954年のニューヨークに飛んで(基本的な愚かしい質問。タイムマシーンって飛ぶのだろうか?)そこのジャズ・クラブでクリフォード・ブラウン=マックス・ローチ五重奏団のライブを心行くまで聴いてみたい。それがとりあえず僕の望むことだ。p115

もちろん、タイムマシーンの秘かな研究者を探し出し、その実験台を買って出ようという話ではない。現在のニューヨークのジャズライブへの導線としてもってきたまでの話なのだが、この文章は名文である。

「シベリウスとカウルスマキを訪ねて」

フィンランドでシベリウスファンであり、アキ・カウルスマキ監督の映画のファンである村上が訪れるのは、カウルスマキ監督兄弟が経営する「カフェ・モスクワ」と、シベリウスが生涯の大半を送った「アイノラ荘」である。カフェ・モスクワの話は『村上さんのところ』に書いてあるのと同じ内容だが、アイノラ荘は、話を聞けば思わず行きたくなる場所だ。

 アイノラ荘は、行けば分かるけど、シベリウスが生きていた当時のものを実にそのままに、綿密に保存している。食器から、アイロンから、電話機から、調理用具から、ベッドまで、すべてそのままのかたちで残され、展示されている。おかげで僕らはシベリウスという音楽家のみならず、当時のフィンランド人がどのような日常生活を送っていたかをありありと目にすることができる。p136

「大いなるメコン川の畔で」

表題の『ラオスにいったい何があるというんですか?』に対応した文章で、旅についての基本的な考え方が書いてある。

さて、いったい何がラオスにあるというのか?良い質問だ。たぶん。でもそんなことを訊かれても、僕には答えようがない。だって、その何かを探すために、これからラオスまで行こうとしてるわけなのだから。それがそもそも、旅行というものではないか。p151

内容も一番深く、描写的な文章の密度も高い。まあ、藤原新也のアジア放浪みたいなものである。ラオスでの最大の目的地は、仏教寺院の密集する街、ルアンプラバンである。

  ルアンプラバンの街の特徴のひとつは、そこにとにかく物語が満ちていることだ。そのほとんどは宗教的な物語だ。寺院の壁にはあちこち所狭しと、物語らしき絵が描かれている。どれも何かしら不思議な、意味ありげな絵だ。「この絵はどういう意味なのですか?」と地元の人々に尋ねると、みんなが「ああ、それはね」と、進んでその物語の由来を解説してくれる。どれもなかなか面白い話(宗教的説話)なのだが、僕がまず驚くのは、それほど数多くの物語を人々がみんなちゃんと覚えているということだ。p169

「野球と鯨とドーナッツ」

村上春樹がかつて過ごしたことのある街ボストンについての二度目のお話だが、現地人の旅行案内そのものである。

 もしボストンでやることがなくなったら(野球も見たし、美術館も行ったし、ハーヴァード大学も見物したし……)、そしてもしそれが晴れた、気持ちの良い春の日であれば、ホエール・ウォッチングに出かけるのも悪くない考えかもしれない。p186

「白い道と赤いワイン」

イタリアではトスカーナのキャンティ地区を、ワインを求めての旅をする。これも、外国人が書いた旅行エッセイみたいな文章だ。

 キャンティ地区を時間をかけて、気ままにドライブして回るのは素晴らしい体験だ。いささか大げさな言い方をすれば、その体験はあなたの人生におけるひとつのハイライトになり得るかもしれない。なだらかな南向きの丘陵に沿って、まるで海原がゆったりとうねるように葡萄畑が広がっている。くすんだ色合いのオリーブの木立も見える。日差しはどこまでも温和で、いつもやわらかく淡い霞のフィルターがかかっているように見える。赤い煉瓦造りの建物と、まっすぐな緑のイトスギと、曲がりくねった白い山道。山の上にはところどころに古い城や、いかにも由緒ありそうなヴィラが散見される(そこにはいったいどんな生活があるのだろう?)。優しく、たおやかな光景だ。その調和のある整った美しさを損なうようなものは、ほとんどどこにも見当たらない。p201

まるでジブリのアニメに出てくるヨーロッパの道のような風景が、現物としてそこにあるのがトスカーナ地方である。しかし、ワイン紀行というのは、興味のある人にはたまらないが、そうでない人にはそのリア充ぶりが鼻をつく。

そうなのだ。この文章の最大の欠点は、リア充なライフスタイルであり、それが特にアメリカやヨーロッパを、大きなトラブルやアクシデント、冒険もなしに、めぐる時には鼻をつくということなのである。物語のように何か解き明かすべき謎があれば、盛り上げるための舞台装飾として気にならなくなるのだが、ほぼ予定通りの海外での旅は、一億総中流時代と言われた時代には誰もが身近に思えたのに、多くの日本人が国内にこもりがちになっている今では、格差社会の現実をつきつけるようで面白くないのである。

そんな中で、飛びぬけて面白いのは、最後を飾る熊本探訪記「漱石からくまモンまで」だ。

なぜ面白いのか。それは村上春樹と吉本由美、都築響一が作っていた「東京するめクラブ
」のリユニオン(同窓会)を兼ねた旅だからだ。そこには誤配性がある。

橙書店の看板猫しらたま君から始まり、世界遺産の万田坑、海の上の廃墟となった赤崎小学校、八代市内のキャバレー「白馬」、阿蘇山のトピアリー(動物などの形に刈り込まれた園芸細工)まで、知る人ぞ知る有名無名のローカルスポットを巡りたおす。そしてあまりのくまモンの増殖ぶりを真剣に心配してしまう。その動揺ぶりが実にかわいい。

 なにも熊本県だけではない。東京都港区のコンビニの棚にだって、くまモン商品がどっさり溢れている。そういうのを見ると、「おいおい、ここは熊本県か?」とツッコミを入れたくもなってしまう。くまモンはもともと熊本県PRのキャンペーン「くまもとサプライズ」展開のためのマスコット、「ゆるキャラ」としてこしらえられたわけだが、瞬く間に全国的にブレークし、今ではほとんど「くまモン・インダストリー」と呼んでもいいほどの規模の産業と化してしまっているように見える。この十年ほどのあいだに世の中には数多くのゆるキャラが登場してきたが、くまモンほど目覚ましい全国的成功を収めた例はちょっとほかに見当たらない。表現はよくないかもしれないが、まるで強力なヴィールスのように、それは休みなく増殖し、あたりを侵食していく。pp241-242

私たち読者が、村上春樹の紀行文に求めるのは、今さらながらの世界の風光明媚な土地への旅などではなく、むしろこれまでの村上作品の中に表現されなかったような、日本の地方のローカルな世界、思いがけないマイナーな世界への旅かもしれない。そこには、まだまだ未開拓のワンダーランドがある気がしてならないのである。

関連ページ:
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村上春樹『村上さんのところ』
   PART2 (人名・作品名辞典)
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村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』 補遺


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