つぶやきコミューン

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岩崎夏海『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『イノベーションと企業家精神』を読んだら』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本  文中敬称略         ver.1.1



岩崎夏海『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『イノベーションと企業家精神』を読んだら』(以下略称『もしイノ』)は、2009年に発表され280万部のベストセラーとなった『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』(略称『もしドラ』)の満を持しての続編である。

通常、続編という場合、たとえば生徒が成長し、教師となりながら、指導の第一線に立ち、無名の高校を甲子園出場に導くというパターンが思い浮かぶ。そして『もしドラ』の登場人物の一人であった北条文乃が東大進学後、野球部顧問となりながら高校の教壇に立つという点では、その線上にあるかのように見える。だが『もしイノ』では文乃はサブキャラクターにとどまる。あくまで、『もしイノ』の主人公は、マネージャーとなる二人の女子高生、岡野夢児玉真美である。というのも、『もしイノ』のテーマの一つは、高校野球の民営化だからだ。

ある程度の進学校ではよく見られることだが、野球部員はなかなか見つからない。ポジションがはっきり決まっている野球は、小学校、中学校からならしていないと、他のスポーツのように、基礎体力さえあれば急に頭角を現すというのは難しいスポーツである。それに対して、マネージャーの希望者は多い。あだち充の『タッチ』以来野球部の女子マネ―ジャーの人気は高いし、必要なのは精神的な心構え、覚悟のみで、何ら特殊な身体能力は求められることがないからだ。だからぎりぎり公式戦に間に合う程度の選手数の野球部に、三人四人という女子マネージャーが在籍することになる。女子マネージャーであろうと移動や飲食費などは選手と同じようにかかるから、希望者はもっと多くても空きができるまでは入り口でお断りしているのが現状だ。

だが、舞台となる浅川高校には野球部はあっても顧問の女性教師とマネージャーしかいない。そしていざ活動を始めようとしても集まるのはマネージャーだけという漫画チックな状況から『もしイノ』は始まる。

同じようなテーマで高校野球の世界を描きながら、二番煎じ、三番煎じのジンクスを超え、『タッチ』の後にパワーアップして登場した『H2』で、あだち充は野球部の存在しない千川学校に国見比呂と野田敦のバッテリーを入部させる。あるのはサッカー部と試合しても負ける程度の野球同好会とかいがいしく働き一人支えるマネージャーの古賀春香だけである。とはいえ、選手そのものはゼロではない。

しかし、『もしイノ』ではさらに悪いデフォルトから岩崎夏海は始めようとする。
部長こそいるものの、選手ゼロ、男女合わせてマネージャー5人。

絶望的な状況である。しかし、そこでドラッカーとの出会いがある。今度の舞台設定は、すでに『もしドラ』が存在している世界である。そしてそこで主人公の岡野夢は、『デスノート』の夜神月のように、校庭に落ちた『もしドラ』を拾うことになるのである。もちろん偶然落ちているということはない。それは、死神デュークのように、意図を持った誰かが落としたにちがいないのである。

 すると、ようやくその正体が分かった。それは本だった。本のカバーの部分がつるつるとした素材で、太陽の光を反射してキラキラと瞬いていたのだ。
 夢はそれを拾ってみた。すると、タイトルにはこうあった。
 『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』

p15

そして、いつしかドラッカーとマネジメントの概念は、野球部の共通の言語となるのだった。

しかし、それだけでは面白くないと彼らは別の本、ドラッカーの『イノベーションと企業家精神』を手に取る。そして、その中の言葉から、この状況を失敗ではなく、予期せぬ成功ととらえようとするのである。

そして日本一のチームをめざすために知恵を絞る。次に得ようとするのは、選手ではなく、グラウンドである。

二番煎じを封印するために、ありそうもないが実はきわめてリアルな状況に登場人物を置きながら、ドラッカーの『イノベ―ションと企業家精神』に岩崎夏海は新しい光を当ててゆく。

 ドラッカーの教えというのは、干物と同じように余計なものを取り除き、重要な部分だけを抜き取ってある。だから、そのままでは口に入れられないので、煮てやわらかくする必要があるのだ。p90

『もしイノ』は、ある意味、小説のかたちをとった書評もというべき作品である。本の中の名言は、そのまま投げても経験の少ない読者には具体性や現実味がないから響かない。用例も古い業界の話だったりして、興味をひきにくいことが多い。そこで、登場人物を読者にし、本を彼もしくは彼女たちが現実で接する状況を解決するためのヒントにしようとする。それが『もしドラ』の基本構図だった。さらに、『もしイノ』では読者は一人ではなく、複数であり、一種の読書会を開きながら、野球部というベンチャー企業を動かすグランドデザインそのものをつくりあげようとするのである。

そのため、『もしドラ』よりも野球のシーンは少なく、会議のシーンが多くなる。抽象的な話が多くなり、読者が読み進めるためのハードルも高くなる。こういう非常識な展開が可能になるのも、『もしドラ』280万部という成功があったからだ。

あまりに抽象的な話が多くて、こんなペースで、野球部を甲子園に連れてゆくことができるのかと心配になるが、最後の数十ページで、驚くべきイノベーションにたどりつき、一気にジェットコースター感覚でゴールまで加速し続けるさまは爽快そのものである。

もしもこのプランをそのまま実行する高校が続出したらどうなるのだろう?

実際には再現するのは不可能でないが常識的にありえないプランになっているが、この大きな嘘を通して、岩崎夏海はイノベーションはどのようなものか、その驚異的な成果とは何かを鮮やかに描き出すことに成功している。

論理的な書き方であれ、物語的な書き方であれ、自己啓発書を批判する声は少なくないが、それは多くの場合万人が再現することの不可能性を根拠とする。しかし、『もしイノ』が目指すのは、再現性の追求ではなく、ドラッカー的なものの見方そのものである。

『もしイノ』はそのまま物語として読んでも、夢中にならずにはいられない良質のエンターテイメントであると同時に、全く違った状況でも、何らかのソリューションを見出す発想力とそれを実行する勇気を与えてくれる本なのである。

PS 本文中に登場する前作の『もしドラ』も同時文庫化


関連ページ:
岩崎夏海『『もしドラ』はなぜ売れたのか?』 
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岩崎夏海『まずいラーメン屋はどこへ消えた?』

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