つぶやきコミューン

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吉本ばなな『ふなふな船橋』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本  文中敬称略

 

学生時代生活の場であった下北沢に比べれば、船橋は縁の薄い場所であった。ららぽーとやIKEAのある南船橋は別にすると、訪れたのも一度か二度、一度目は単なる通りすがりで踏切と潮の香りしか記憶になかった。二度目は、駅前のイトーヨーカドーやショッピングモールばかりが目に入り他の都市と変わり映えしない気がした。ただ、仲通り商店街のひなびた感じだけが懐かしかった。

けれども、いったん『ふなふな船橋』を読み出すと、これまで読んだ吉本ばななのどの物語よりも、心に寄り添ってくるような気がした。それは、たぶんふなっしーという存在があったからだと思う。幼いころから、人はみな家族や友人だけでは決して満たすことができない孤独を感じて生きている。その空白を満たすのは架空の世界のキャラクターであり、ヒーロー、ヒロインであったりする。人によってそれは時間とともに変化してゆくが、記憶の表面からは消えても心の中の大事な場所を占め続ける。その空白の場所に名前を与えることで初めて見えてくる何かがある。

  私たちには、夢が必要なの。こんな時代だから、可能性を見せてくれるものが必要なの。ふなっしーはね、きっと『作者の人』自身のことも支えているのよ。私たちがどこかにいると思ったら、それはほんとうにいるの。M78星雲にきっとウルトラマンがいるように、私たちを支えてくれる、時代の集合的無意識が生み出した生き物は、時代といっしょにほんとうに生きている。p214

ふなっしーは一つの例にすぎないが、それは例を超えた存在である。なぜなら、第一にそれは主人公の立石花が両親から離れて住んでいた場所船橋と不可分の形で結びついているから。そして、第二にふなっしーが存在し始めてからの時間よりも長い時間ふなっしーは、彼女とともに過ごしているから(ふなっしーが誕生したのは2011年にことにすぎない)。

花が母親からふなっしーのぬいぐるみを贈られたのは、15歳のときだが作中の花はすでに28歳になっている。それとも、『ふなふな船橋』は近未来小説なのだろうか。作中のふなっしーはあくまでぬいぐるみやキーホルダーで、自ら動いたり、語りだしたりすることはないが、死者と心が通じ合ったり『ふなふな船橋』にはファンタジー的な要素がある。

主人公である立石花は、母親が父と別れ、別の男性と生活することになり、船橋に住む奈美おばさんのもとで生活することになった。その時、渡されたのがふなっしーのぬいぐるみであった。

「私の船橋」はほんとうの故郷ではない分、何年住んでいてもいつも旅先の匂いがする。
それでも、この街はふなっしーの本拠地だから、その角を曲がったらばったりとなしの妖精に会えるかもしれない。そんな空想をすると寂しさが消えた。
  これからここでやっていく。母もいない、友達もいない、新しい人生を歩き出した最初の日の思い出。
  母が私だけのお母さんだった、最後の日の思い出。
p13

花の心の空白を埋めるものは本と、ふなっしーと、夢の中でのみ出会う花子という少女であった。彼女もまたふなっしーのぬいぐるみを胸に抱いていたのである。

やがて、母は死に、花は書店の店長になっていた。そして将来を考えていた恋人俊介との別れ話が持ち上がった時から、世界の見え方に変化が生じる。花子の正体が明かされる。そして、ふなっしーが縁となって新しい出会いも生まれる。叔母の奈美が胸に秘めていた秘密も明かされる。世界が新しい姿を現したとき、花が最後に選んだ道は何だろう?

イトーヨーカドー、東武百貨店のアフタヌーンティー、海老川沿いの道、太宰治ゆかりの玉川旅館、おかめ寿司などいくつもの船橋のスポットが、愛情をこめて描かれている。

  私の船橋……その言葉ですぐにたくさん思い浮かぶいろいろな場面はみんなきらきらしていた。
  私の家、幸子さんの家、俊介さんの家、松本さんの家。
 ららぽーとやIKEAの休日のにぎわい。太宰治がツケをふみたおした薬局や書店や玉川旅館の由緒正しい看板。
  駅前のからくり時計やデパート群。公設市場、細く長い海老川が海に出るまでの道、市場、梨園……もう止まらなかった。
  まるで地図みたいに、ぽつぽつと、そして数えきれないほどのあらゆる場面が浮かんできた。
p198

『ふなふな船橋』は、キャラクターの存在理由にスポットを当てた恋愛小説であるが、それは同時に街を恋する小説でもある。私たちの多くは、進学したり、就職や転勤をするたびに、いくつもの街に引っ越し、そこで心のテリトリーを広げながら、いつしか第二、第三の故郷をつくり出してゆく。そこでの経験、生活時間すべてが詰まった心の中の場所、その愛おしさ。そういう意味で、ここで登場する船橋は『もしもし下北沢』の下北沢同様、誰もが自分の過ごした街を置き換えることのできるひな形である。『ふなふな船橋』は、自分だけのあの場所への狂おしいまでのノスタルジアをかきたてる小説でもあるのだ。

関連ページ:
吉本ばなな『ふなふな船橋』PART2(固有名詞辞典)
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