つぶやきコミューン

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羽田圭介『スクラップ・アンド・ビルド』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本  文中敬称略




人が文学、とりわけ小説に求めるのは、現実からの逃避だったりするのだが、羽田圭介『スクラップ・アンド・ビルド』(文藝春秋)は、まったく別世界に生きるどころか、ぐるりと180度旋回して私たちが置かれているリアルな状況そのものへと送り返すような小説である。というのも、この小説が包摂する問題は、高齢化社会における介護の問題であり、また若者の失業の問題であるからだ。こうした二つの問題から完全に無縁であるような世帯はこの国ではめったに存在しない。その二つの問題の結節点において、『スクラップ・アンド・ビルド』は展開する。

主人公にして語り手の田中健斗は28歳、カーディーラーの仕事を自己都合で退職後、行政書士の試験勉強を続けている。数ヶ月に一度は思いついたように、就職試験を受けるものの、採用されることはない状態が続いていた。退職金に加え、ときどきアルバイトをしながら、母親と祖父のいる実家で過ごすので、あまりお金を使わないで済む。87歳の祖父は、病院から退院したばかりで要介護の状態にあったが、母親が日中パートの仕事に出ているために、日常的に祖父と向かい合うことになる。

死を待つしかない祖父に対して、健斗は穏やかな尊厳死をもたらそうと謀る。社会復帰につながるような日常的な作業は一切させず、能力が衰えるに任せようと考えたのである。

 本当の孝行孫たる自分は今後、祖父が社会復帰するための訓練機会を、しらみ潰しに奪ってゆかなければならない。

とはいえ、健斗は極度のアレルギー体質で、デイケアで祖父がヘルパーに連れてゆかれている間、勉強することも映画を見ることも思うに任せない状態である。そんな健斗が始めたのが、体力増強のトレーニングである。

 健斗は自室に戻るとジャージに着替え、その場で腕立て伏せと背筋、腹筋運動をそれぞれ一〇回ずつ行った。たったそれだけでも息が上がったが、三分足らずの鍛錬に一気に体温もあがる。軽く足のストレッチをし運動靴を履くと、外へ出た。トレーニングとして走るのは、一〇年ぶりくらいか。

そうしたトレーニングの甲斐あって、無職ながらに自分が祖父と同じ状態ではないとの自己確認もできたし、勉強の効率もアップし、恋人の亜美とのセックスも持続力の高まりを見せた。

一方では祖父の運動機能を衰えるように密かに手を貸し、他方で自らの筋肉を再び鍛え直そうとする。そこに表題の意味があるかのように見えるのだが、事態はそれほど簡単ではないだろう。

というのも「スクラップ・アンド・ビルド」には、筋肉がいったん破壊され、その後超回復するという意味も込められているからだ。トレーニングに手ごたえを感じた健斗は、さらに高負荷なものへと変えようとする。

なにを手つかずで残しているのか。再構築のため、徹底的に破壊しろ。次の八〇秒も、健斗はターゲットの筋繊維を意識し徹底的にいじめぬいた。ぶるぶる震えながら八〇秒を終えた際、ほとんど顎から落ち舌を噛みそうになった。休憩時間に必死で息を吸う最中、この楽な状態を永遠に保つべきで、地獄のようなトレーニングは即刻止めるべきだと全身が健斗にうったえてくる。しかし健斗の脳裏には、甘えきった末に自立歩行もできなくなった老いた人間の姿が浮かび上がる。

こうしたトレーニングを継続する中で、健斗が祖父の介護にも向き合う中で、二人の関係にも緩やかな変化が生じる。その行き着く先はどこだろうか。

破壊と再生の動機によって軽やかリズムで作品が進行する中、介護する者とされる者の間の関係、コミュニケーションの問題へとフォーカスしながら、羽田圭介は現代の家族が抱える複合的な問題を私たちに考えさせる。そこに私たち読者は、閉塞的な状況への希望の萌芽を見出すことができるだろう。



PS 羽田圭介『スクラップ・アンド・ビルド』は、又吉直樹『火花』とともに、第153回芥川賞を受賞した。
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