つぶやきコミューン

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ジョージ・ソーンダーズ『短くて恐ろしいフィルの時代』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本   文中敬称略



『短くて恐ろしいフィルの時代』(角川書店)は、2006年に出版された、アメリカの小説家ジョージ・ソーンダーズの小説の邦訳である。それはこんな風に始まる。

 国が小さい、というのはよくある話だが、<内ホーナー国>の小ささときたら、国民が一度に一人しか入れなくて、残りの六人は<内ホーナー国>を取り囲んでいる<外ホーナー国>の領土内に小さくなって立ち、自分の国に住む順番を待っていなければならないほどだった。
 外ホーナー人たちは、<一時滞在ゾーン>にこそこそ身を寄せ合って立っている内ホーナー人たちを見るたびに何となく胸糞がわるくなったが、同時に、ああ外ホーナー人でよかったとしみじみ幸せをかみしめた。
p5

一種寓話形式の政治小説という点では、『短くて恐ろしいフィルの時代』はフランツ・カフカの『審判』や『城』を思わせるが、国のサイズが人間の等身大を基準にして目に見えるという点では、サンテクジュペリの『星の王子さま』に出てくる王子の星やいくつかの小惑星に似ている。ほんの数人から十数人の人間の間の争いが、そのまま国と国との争いへと発展し、暴政や虐殺さえも生み出す。

冒頭においてはなんとか平和に共存していた内ホーナー国と外ホーナー国だが、あるとき突然そのバランスが崩れる。内ホーナー国の地面が崩れ、その領土が狭くなった勢いで、内ホーナーの国民が、国境を侵犯することとなったのである。

外ホーナー国のフィルは、この国境問題を解決しようと現場で指揮にあたった人間だが、彼の計略によって、外ホーナー国にまず税金が課される。そして、次には川と樹木が奪われ、その次には衣服がとその要求はエスカレートしてゆく。

小さな国土しかないがゆえに何も与えるものがなくなった内ホーナー国の運命はいかに?

『短くて恐ろしいフィルの時代』というタイトルの和訳は少しわかりにくい。元のタイトルはThe Brief and Frightening Reign of Philである。「時代」と訳されているのは、reign (治世、統治)という言葉である。

この国境紛争の現場でリーダーシップを発揮したにすぎないフィルは、その策謀を国の内にもめぐらせ、強大な権力を手に入れ、逆らう者を粛正するに至る。

古今東西を問わず、独裁者の手口も運命も似ている。言葉巧みに言い寄ったかと思うと前言を翻し強権を発動する。そして増長の限りを尽くしたあげく、悲惨な最期を遂げることになるが、それは周囲の大きな犠牲と引き換えにである。

ささいな芽から大きな争いへと発展する国と国の争いの仕組み、独裁者のやり口と運命を、ほんの2、3時間で、『トイストーリー』のような軽やかな笑いの中で俯瞰できる小説『短くて恐ろしいフィルの時代』は、比類のない想像力の勝利というべき傑作小説である。

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