つぶやきコミューン

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辻田真佐憲『ふしぎな君が代』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本   文中敬称略

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辻田真佐憲『ふしぎな君が代』(幻冬舎)は、「君が代」の知られざる過去、その数奇な運命を解き明かし、国歌としての「君が代」の運用に再考を促す豊富な材料を提供する快著である。

「君が代」の詞は古今和歌集のころから存在し、人々に愛唱されていたと言っても嘘はないが、現在のような国歌としてではなく、たとえば徳川時代には大奥で元旦の儀に将軍を讃える歌として用いられていたし、これ以外にも鹿児島の琵琶歌「蓬莱山」など様々な場所で、異なる形で用いられていたのであった。しかし、現在につながるのはあくまで歌詞に限ってのことであった。

曲をともなった国歌としての「君が代」が登場することになったのは、1869年、開国にともない、外交上国家がないと格好がつかないという実用的な意味からの作成であった。その必要性を説き自ら作曲したのは、英国陸軍の軍楽隊長のフェントンだが、この「君が代」は様々な問題を抱えていることが実際に式典などで使われるうちに明らかになってきた。何よりも、古歌である歌詞と洋楽の音が合わないのである。これを「君が代」のバージョン1.0とすると、現行バージョンの「君が代」2.0へのアップグレードは、1980年に海軍省と宮内省の手によって行われた。実際に曲をつける作業にあたったのは奥好義(おくよしいさ)だが、名義上はより上の地位にある林宏季(はやしひろすえ)の手によるものとされ、指導にあたったドイツ人のエッケルトの手によって編曲された。しかし、そのころの「君が代」の位置づけは、有象無象の国歌候補の一つにすぎなかった。「君が代」も国歌として認められるに至るまでには、文部省との縄張り争いや巷の批判も加わって、さまざまな他の候補曲とのバトルを勝ち抜かなければならなかったのである。

「君が代」に対するよくある批判、皇室の歌であって日本国民の歌でない、あるいは暗く、陰気すぎて、戦意高揚には向かないといった声も、実は百年以上前からあるものなのだ。

こうした歴史を知ることで、凡百の歌にはないような「君が代」の驚くべき特質も本書では明らかになる。今日上記のような理由で、新しい国家を誰かが作ろうとしても、十中八九過去の文部省や、それに対抗する日教組の試みと同じく失敗に終わることになるだろう。国歌を意識して作曲された曲は戦前も戦後も同じような紋切型の凡庸さに陥っており、それに比して、「君が代」は政体の変化をものともしない、しなやかな強靭さを備えた、懐の深い曲なのである。

揺るぐことのない戦時中の地位から、一転して平和国家になった後の「君が代」のサバイバルまで歴史をたどる中で、著者はその未来についても考えようとする。

日の丸と同等に扱われがちな「君が代」だが、その押し付けに対する人々の抵抗感のレベルは大きく異なる。それは、国旗が受動的な見るという行為しかともなわないのに対し、国歌は歌うという能動的な行為をともなうからである。

著者の立場は、「君が代」を排撃するという左派的なものでもなければ、「君が代」を全国民に強制するべきという右派的なものでもない。本文の記述は一貫して、目的論的な歴史観と無縁であり、我田引水的性質のない細かな事実洗い出しと集積からなっている。マイノリティに対して暴力的であり、強制的な踏み絵の性質を持つ歌う「君が代」ではく、聞く「君が代」こそが21世紀の「君が代」のあるべき運用方法であるという著者の提案もきわめて現実的でバランスのとれたものと言えるだろう。

無知が生み出すのは新しい何かではなく、過去の失敗や蒙昧の繰り返しにすぎない。右からも左からも風当たりの強い中間の場所にとどまりながら、ヴィヴィッドな問題意識によって古いと思われがちな話題を新鮮なかたちで蘇らせる辻田真佐憲は、歴史書の価値を現代人に再認識させる若手論客随一の人である。

関連ページ:
辻田真佐憲『日本の軍歌 国民的音楽の歴史』
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