伊坂幸太郎『ジャイロスコープ』
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伊坂幸太郎『ジャイロスコープ』(新潮文庫)は、傾向の異なる6つの雑誌に発表した短編と、書き下ろし一篇をまとめた短編集である。ミステリ風の作品もあれば、SFやファンタジー風の作品もあるし、純文学的な短編もある。読んでみないとどんなジャンルのどんなストーリーかわからない福袋的な作品集と言えるだろう。しかし、そのいずれも伊坂幸太郎らしい作品に仕上がっている。Amazonあたりのレビューで評価が分かれているのも、一定のスタイルでの鑑賞、決め打ちすることを妨げ、最後まで読んでみないとそれぞれのストーリーが何を目ざしているかわからないからであろう。
たとえば、冒頭の「浜田青年ホントスカ」は家出して蝦蟇倉市へやってきた青年、浜田が相談屋の稲垣の元で働くうちに、代理を務めるというアルバイト小説のように見える。しかし、後半伊坂のある長編のように、それが激変するというストーリーなのだ。
続く「ギア」は、現実離れしたSF風の物語で、セミンゴという生物が登場する。しかし、どこまでが現実でどこまでが語り手の想像であるかよくわからない部分もある。
「if」は、バスジャック事件に遭遇した乗客の「もしも」という話である。そのトラウマから逃れるために、彼がつねに心にとどめていた思いとは?映画『恋はデジャブ』や久保ミツロウの『アゲイン』のような人生やり直しストーリーの一種ということができるだろう。
「二月下旬から三月上旬」では、幼なじみのお騒がせ屋坂本ジョンをめぐるストーリーだが、連続する日付が同じ年とは限らないことがポイントである。時間の設定が飛びすぎていて、全体の構造がわかりにくい。最初に著者が編集者のネタが見え見えとの声に耳を貸し、難解なひねりを入れて晦渋な作品となってしまったようだ。
「一人では無理がある」はストーカー被害に悩む母親がいかにして危難を逃れたかの話である。そのカギになったのがある業界に務める松田という人はよいが失敗の多い男で、「一人では無理がある」というタイトルもこの業界に関するものである。
「彗星さんたち」は、新幹線の掃除婦を扱い、一見労働者へのエール小説に見える。それをいかに伊坂ワールドの魔法によって、別の世界に変わるかが見どころである。
「後ろの声が聞こえる」は、たまたま近くの席に乗り合わせた客の謎を解く、犯罪のないミステリーとでもいうべき作品である。オムニバス作品における、書下ろしのエピローグだけに、人物や物をカーテンコール的に再登場させることで、他のエピソードとの関連づけが行われている。
それぞれのストーリーに関しては、他の作家や評論家によってではなく、伊坂本人へのインタビューの形で、発表誌の特徴や執筆の経緯など、ネタバレにならない程度の解説が巻末に加えられている。
『ジャイロスコープ』は、不二家のルックチョコレートのような、一冊でいろいろな味が楽しめるエンタメ小説集であり、どこかおかしな夢のような非現実感がともなうこの本を私はかなり気に入っている。
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