つぶやきコミューン

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甲野善紀『今までにない職業をつくる』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本   ver.1.02 文中敬称略



武術研究家甲野善紀『今までにない職業をつくる』(ミシマ社)は、職業選択に関する本ではない。そうした内容を扱う一章(第五章)もあるものの、著者の他の本同様、身体技法に関する思想書と言うべきである。だから、正確に内容を反映したタイトルは、「今までにない動きをつくる」ということになるだろう。その延長上に、砂糖抜きの食生活や自由な職業選択の道もあるのである。

今までにない動きをつくるーというのは、甲野善紀の一貫したテーマである。但し、この「今までにない動き」には若干の注が必要だろう。甲野善紀が新たにつくりだす、今までにない動きとは、実はかつてあったかもしれないが、今は失われてしまった動きであるということである。

かつて武術では、今の常識では考えられないような動きが普通にあったというのが甲野の発想の基本にある。しかし、その伝承は途絶えてしまった。多くの人は、常人離れした武術家の伝説の動きを、誇大に強調された作り話と考えがちであるが、甲野善紀は違う。考古学者のシュリーマンのように、そうした伝承通りの動きがかつて実際にあったと考え、さらにそれを今日の武術の動きとして再現できないかと考え、日夜工夫を重ねているのである。

甲野善紀が、新たにつくりだす動きは、単に武術の世界にとどまるものではない。力のある柔道家や力士などに技の効果を試してみることもあるが、それをバスケットボールなど他のスポーツに応用可能でないかと考える。さらに、バイオリンやピアノ、フルートなどの楽器を演奏する音楽家が常日頃行っている、ときには無理を伴う動きを、より楽に、より自然で、無理のないものにできないかとプロの演奏家に提案を行い、効果を挙げている。たとえばどんな人も普通にフルートを吹こうとして手に持つと親指に負荷がかかり、三角筋を緊張させてしまう。
 
 しかし、武術を稽古し、肩周辺の詰まりにひときわ敏感になってくると、この肩の詰まりというのはどうしても避けたい状態なのです。なぜならば、そのことでフルートの音自体が出にくくなってしまったり、吹奏を行う滑らかさにブレーキがかかってしまうからです。
 そこで私は、親指の背にフルートをのせて口のあたりまで持ってくる方法を考え出しました。pp61-62

さらに、新しい動きは介護の世界にも応用可能でないか、色々な工夫を行い、実演し、現場でも成果を挙げているという。持ち上げる時に、誰もが普通にするように掌を上にするのではなく、手の甲を上にするのが基本である。
 
 人を抱き起こしたりするとき、掌をちょっと返して、手の甲にあたる部分を相手に当てるだけで、それを行わない場合とはまったく違った働きが生まれることは、体験した人全員が実感するほどたしかなことです。p35

甲野善紀のめざす新しい身体の動きは、常識の範囲に収まることがない。というのも、それまでに当然と考えられていた基本の動きに逆行するものであるからである。たとえば相手に腕をつかまれ、そこから逃げようとして床を蹴る動きなど、実は相手の対応もこれを前提に組み立てられている。だから、それ以外のイレギュラーな動きを行うなら、相手の技が無効になるゾーンが存在する。そのようなものの一つとして、「太刀奪り(たちどり)が存在する。
 
 この動きを使って柔道の投げ技に対応すると、こちらの重心が宙を浮いて瞬間移動しますから、ちょうど先ほど述べたような大きな重いリュックを背負おうとした瞬間、誰かにそのリュックを横のほうにひょいと動かされたような状況が起き、体勢を崩してしまうのです。p47

あるいは居合において、真剣を両手を離さずに近づけて持つこともその一つである。それにより、真剣を竹刀よりも早く変化させることができるようになったと甲野善紀は言う。

こうした前例のない動きとして、たとえばサッカー選手やラグビー選手、アメフト選手にも一度も止められたことがないという「屏風座り」の姿勢による移動や、手の形だけで脚部が驚くほど強化される「虎拉ぎ(とらひしぎ)のような技法もまた考え出されたのである。

基本から応用へ、易から難へという訓練の順序に関しても、甲野善紀は疑問を呈する。単純なものから複雑なものへと動きを足しながら発展させる方法は、西洋の科学的なモノの見方とともに、スポーツや武道の世界でも一般化したが、それが逆に武術本来の動きを失わせる結果になったと甲野善紀は憂う。その発想では、同時に身体の複数の部分を動かす武術本来の精妙な動きには永遠に到達できないのである。

甲野善紀はどのようにして、新しい身体の技法を考え出しているのであろうか。一つは過去の武術家に関する文書に記された伝承を真に受け、それが実際に可能でないかと考えるところにあるが、もう一つは動物の動きに学ぶということである。
 
 私は、自然界の鳥の飛び方、魚の泳ぎ方、虫の形態などに昔から興味がありましたが、武術の研究を専門に仕事として行うようになってからも、それら自然界の動植物から学ぶことを技の進展のヒントにしている面が少なからずあります。p80

甲野善紀の、ユニークな点は、60歳を過ぎた現在でも、少年少女のような、センス・オブ・ワンダーを持ち続けていることである。それは、人間の身体の固定観念を超えた、新しい(少なくとも現代人にとっては)動きへの驚きである。公開の場で、新しいスポーツや武道の専門家が来るたびに、甲野は技を試しては、相手を驚かせ、そして自分もまた驚いている。

甲野善紀の周辺から、直接間接に、この国のスポーツ界や、教育界などの硬直した発想を覆し、人の身体や心がより自由でのびやかなものへと解放される動きは、小さいながらも多方面で広がり始めている。それらは21世紀の人類がより幸福になるためには、必要不可欠な部分をなしているように思われるのである。
 

PS 1)本書で解説されている身体の動きに興味を持たれた方には、次のようなDVDブックを勧めたい。


その他、Youtubeでも動画がいくつか上がっているので、参照されたい。

2) 私が甲野善紀の名前を知るようになったのは、漫画家の井上雄彦との対談であるこの本がきっかけであった。『バガボンド』に出てくる、運命は完全に決まっていて、しかも自由だという言葉が甲野善紀から来たものであることも明かされる。



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