つぶやきコミューン

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東野圭吾『ラプラスの魔女』
JUGEMテーマ:自分が読んだ本    文中敬称略


 

東野圭吾『ラプラスの魔女』(角川書店)は、科学知識に基づいた緻密なロジックで作品世界を完結させる東野圭吾の作品としては、異色のミステリである。何と言っても、ほとんど超能力のように見える何かが作品の主題になっているからである。

『ラプラスの魔女』というタイトルは、ラプラスの悪魔(またはラプラスの魔)という言葉に基づいている。ラプラスは18世紀末から19世紀初頭にかけて活躍したフランスの数学者であり、物理学者・天文学者だが、決定論の世界の帰着する先を次のように定式化した人物である。

 

 「もし、この世に存在するすべての原子の現在位置と運動量を把握する知性が存在するならば、その存在は、物理学を用いることでこれらの原子の時間的変化を計算できるだろうから、未来の状態がどうなるかを完全に予知できる―」p342


もしもそのような知性が存在するなら、極論すればある時ある場所で火山の噴火や津波や土砂崩れなどの自然災害が起こることが予想できるなら、その時間、その場所に待ち合わせて相手を誘えば(そして自分はその場所に行くタイミングを遅らせれば)、相手を死に至らしめることが可能である。しかも警察はそれを不慮の事故として処理するしかないから、自らの手を汚すことなしに、完全犯罪による殺人が可能ということになる。『ラプラスの魔女』というタイトルが暗示するのは、そのような知性が登場するミステリの世界であり、その知性の持ち主が女性であることを意味する。

作品の冒頭で登場するのは、羽原円華(うはらまどか)という少女の話である。彼女は母親美奈の実家のある北海道で母親ともども竜巻にあってしまう。次の章は、数年後、「数理学研究所」へと呼び出され、羽原円華のガードを依頼された元警官の男、武尾徹から見る彼女の姿である。彼女はいくつもの不思議な出来事を引き起こす。それは風船や紙飛行機を思った通りに飛ばすというものにすぎなかったが、川に流された帽子が戻ってきたり雨が降り止むことを予言したりと不思議な出来事が相次ぐことによって不気味さを感じるようになった。次の章では、ある温泉宿で散歩に出かけたカップルの夫水城義郎が妻千佐都が忘れ物を取りに帰った間に、硫化水素ガス中毒で死ぬ。麻布北警察所の中岡佑二の元には、財産目当てで結婚した年の離れた妻に、息子が殺されるかもしれないとの告発の手紙が男の母親より寄せられたばかりであった。地本の警察の依頼で事故の調査を行った地球化学者の青江修介は、現地で円華と出会う。さらに彼の元を訪ねる刑事の中岡、次第に事件の隠れた真相があるのではといぶかしく思い始める。もしも、硫化水素ガスの流れを操ることができるなら、犯行は可能だが、そんなことは物理的にありえない。だが、本当に不可能なのか。

さらに別の温泉宿でも同じ死因で人が死ぬ。二つの場所は300キロメートルも離れているが、二つの事件の間につながりはあるのか、それとも単なる偶然にすぎないのか。

 

その二カ所の場所でも羽浦円華の姿が見られた。とすれば彼女の仕業なのだろうか。だが、彼女のような能力の持ち主が一人でないとしたら…

二つの事件の死者が映像関係者ということで、そこから共通点を探すうちに、別の人物とその家族に訪れた悲劇に青江はたどりつく。そこでも再び現れる硫化水素ガスの存在。いつしか硫化水素の迷宮の中に、青江はさまよいこむのであった。

ラプラスの悪魔のような存在は、現在の法律上では、超能力や呪いによる犯罪同様に処罰が不可能な存在である。法律は超能力や神のような知性といった非科学的な存在を認めることができないからだ。それだけに、結末の部分も歯切れが悪いものにならざるをえない。事件は解明されても、もやもやとしたものが残ってしまう。それを回避する方法もあったはずなのだが、著者はその方法を取ってはいない。そういう意味で、途中までは引き込まれるように読み耽るが、倫理的な落としどころには達しておらず、ややカタルシスの弱い作品と言えよう。最近の東野作品では、刑事が主人公の場合を除き、真実の解明のみが探偵役の使命で、その裁きには一切関わらないといった方向性が顕著になっているのである。

関連ページ:
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東野圭吾『祈りの幕が下りる時』
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